4-2.妹の評判と兄の評判
逃げるように爺やから逃れ、居間の扉の前で息を整えていたところ、少しだけ開いた隙間から、ジジの声がした。
「ねぇ、カミーユさん」
「何でしょうか」
「本当、アデリン様って変わってらっしゃるのね……私、先日、鳥の柄の刺繍をしたクッションカバーを納品しに行ったんだけど……、アデリン様は話題になっていたわよ」
「……聞きたくないけど、どんな話題です?」
あー、私も聞きたくない。耳を塞ぎそうになって、やっぱりやめる。ちゃんと受け止めた方がいいわ、こういうことは。後から受ける方がダメージは強いもの。
ジジが明るい声で続ける。
「あの方のお兄様が、えーっと、何とかって侯爵なんでしょう? お名前は、ダリウス様っておっしゃってたかしら。奥方様の噂話では、『綺麗で頭はいいけれど、まともなダリウス様の妹にしては、ちょっと変わってるわね』だそうよ」
すると、カミーユはふう、と息を吐いた。
「そのくらいで済んで良かったわ」
「え、そういうもの?」
ジジの声が裏返った。ええ、私もそのくらいで済んで良かったと思ってる。
「旦那様の評判に影響がないだけ、マシです。旦那様は、ご自身の評判に傷がつくことも考慮して、それでもお嬢様を代理となされたのですから、懐の深いお方です」
カミーユの声が誇らしげだ。私の時にも少しくらい、その態度を見せてくれるといいんだけど……ないだろうなぁ……
「あらぁ……そうだったの。アデリン様のお兄さん、か。一度、採寸させてもらえないかなぁ」
「いついらっしゃるか分かりませんが、アデリン様が奮闘なさっている間、一度くらいはいらっしゃるでしょう。その時に、ご相談なさるといいと思いますよ」
「いいの? やったぁ!」
二人は私がいないのをいいことに、キャッキャと楽しげにファッションについて語り合い始めた。
入りづらいなぁ……でもいかないと爺やが追いかけてきそう……
思いながら顔を覗かせると、ジジが嬉しそうに声を上げた。
「アデリン様! ご用事はもうお済みなんですか?!」
思いがけないジジの笑顔に、私は戸惑いながらも、少し嬉しかった。王都で初めて出会った友達、そう思ってもいいわよね? ジジにとって私はただの顧客でしかないとしても。
「え、……ええ」
「今日は、アデリン様がおよろこびになるような、素敵な髪飾りなんですよ!」
「何かしら……」
ジジが取り出したのは、羽のたくさんついたハットピンだった。うん。それだけだったらよくあるエレガントなものだけれど、木彫りの小さな鳥がついている。黄色と緑で色彩された、とても愛らしい鳥だ。
「まぁ」
「今、こちらが流行りのようなんですよ! 早速取り入れてみました!」
「か……かっわいい!」
私が踊りださんばかりにハットピンを眺めていると、ジジはクスクスと笑った。
「本当に面白いお嬢様。いくら好きでも、こんなに喜ばないよ」
うっかり口調が街言葉になったジジがハッとして口を押さえる。私は気にせず続けた。
「そう? でもとっても楽しいわ。こんなのがファッションなら、いいのになぁ……」
「さすがに犬猫はありませんけど、ハンカチに刺繍するくらいならできますし、アデリン様、お作りしましょうか?」
「そうねぇ……うちの看板猫ちゃんたちの刺繍入りハンカチとか、ペットショップで売ったらどうかしら?」
見かねてカミーユが口を挟んできた。
「お嬢様、商売の話ではありませんよ?」
「でも……」
「だいたい、お嬢様は恥ずかしくないんですか。毎回、殿方の恋の橋渡しだなんて」
「私のせいじゃないわ。もう舞踏会では無理かもしれないなんて、思いたくないじゃない」
「一番思ってるの、お嬢様じゃないんですか?」
「ひどい。頑張ってるのに」
「お嬢様、今日は礼儀作法のお勉強を」
わーい、絶対嫌だ。
「ありがとう! でも、今日はすることがあるの!」
「何でしょうか?」
なんでしょう? それは私が聞きたい、一体何をしなければならないのか……あった。
「お兄様にお手紙を書いたので、街に出しに行くわ!」
「……わかりました。それなら仕方ありません」
よ、よかったー!
私はホッとして、兄への抗議文の続きを書きに部屋に戻った。