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002 家族とグーパン



 

 

  

 「ただいま。」

 やっと帰り着いた我が家は暖かった。この村の家はどこもそうだが、半分地下に埋まっている。屋根は急こう配でそのまま地面に突き刺し固定され、雪が溜まらないようにされている。壁は土とわらで何重にも重ねられ断熱性はばっちりだ。ここまでしないと生きていけない寒さがここにはある。

 「おう。」

 出迎えたのは父だった。この辺りでは顔より腕力・体力、そして運が評価される。顔は二の次三の次なのだ。ちなみにこの父はモテるタイプの男だ。要するにムキムキマッチョの力持ち。

 だがこの男、何故母が選んだのか不思議になるほどに物臭だ。今も赤ら顔で酒臭い。前世だったらまずもってお近づきになりたくない、見かけたら距離を取りたくなるタイプの男だ。

 その割に不思議と普通に話せている。生まれた時から傍にいるとなれるのか?もしくは無意識に敵じゃないと分かっているからかもしれない。

 「母さんは?」

 「今だと竈だな。」

 「そう。」

 燃料節約のため、竈は村で共有している。パンを焼いたり、汁物を作ったりするのは村の竈でやるのだ。後で手伝いに行こう。共同作業場での仕事は女衆のネットワークで孤立しない為に大いに必要だ。村での地位向上に良いアピールタイムである。

 背負子を外して物置場に焚き木を重ね置く。水瓶から水を掬い、桶に溜める。土間から一段上がっている床に腰かけ、水を吸って重くなった靴を脱ぎ水に素足をつける。めちゃくちゃ気持ちいい。

 ほっと一息。室内に溜めている水は常温だから、外で雪を踏み締め歩いた足には程よい加減である。チクチクとした刺激があって少しこそばゆい。

 気分がよくなり鼻歌を歌っていると後ろから勢いよく何かがぶつかってきた。思わず咽る。後ろを振り返ると小さな人影が見えた。というか旋毛が見えた。

 「シアおねぇ~!コリンが~コリンが~!」

 「はいはい、コリンがどうした?」

 あ~痒いと足をぼりぼりと右手で掻きながら空いた手で妹の頭を撫でる。

 「コリンが私のお人形取ったの~!」

 涙で顔中をぐしゃぐしゃにした幼女が抱き付いてくる。至福、いや眼福。しかし、お蔭さまで俺の外套が鼻水と涙でぐっしょりだ。でも、もともと雪に突っ込んで濡れていたからさほど目立つ話ではないが。逆に妹が濡れる。そっちのほうがまずい。

 この年相応に幼い女児は俺の妹。名をクロエという。気が弱く、体も丈夫ではない。線の細い美少女、いや美幼女。だが、如何せん痩せすぎなので何とか飯を多く食わせようと奮闘中である。俺が木と荒縄で作ってやった人型人形『ジョナサン1号』をライナスの毛布並に片時も離さない。

 「コリン~、クロエに人形を返せ~。」

 「クロエがいけないんだ……。」

 俯きながら口をとがらせて意味不明な言い訳をするこれまた美少年、いや美幼年(?)はクロエの双子の兄(?)である。しかし、性格は正反対と言ってよい。やんちゃで困る。父に教育を頼むからこうなる。俺が教育するか、よろしい教育してやろう。

 「不満は外で遊んで発散しなさい。隣のブランドンとかと一緒に……。」

 「俺、アイツ……嫌い。」

 キリっとした真面目な顔をして俺を見つめてくる。……いや、そんな真剣な目をして嫌い宣言されても。何を嫌っているのだ?何かあったのか。ウチの弟妹は皆、繊細だからなぁ。あの色々不器用なブランドンとは合わないかもしれん。

 「まぁ、そんなに悪い奴じゃないから嫌ってやるな。」

 「……っね、ネェちゃんはアイツのこと好きなのか?」

 傷ついた顔で涙を浮かべている。そんな顔でこっちを見るな。何か俺が苛めているみたいな気分になるだろうが。というかどれだけブランドは嫌われているのだ。少しかわいそうになってきたぞ。今度会ったら少し優しくしてやろう。

 「まぁ、嫌いではないな。ほら、今日もこれくれたし。」

 「……物で釣ってきたか。」

 「ん?何か言ったか?」

 「ううん、何でもない!そんなの捨てちゃえよ!俺がもっと良いのを手に入れてやるからさ!」

 「いや、もったいないから。」

 うん、日本の宝『もったいない精神』。物がないここでは確実に有用な考えだわ、マジで。弟よ……この(アニ)の背を見て大いに学べ……ってなんで涙こらえて変顔こしらえているのか?

 「あらあら、どうしたの?玄関先に集まって……。」

 「母さん。」

 そうこうしているうちに母が帰ってきた。メシア降臨と喜ぶ反面、あぁ手伝いに行きそこなったと内心舌打ち。視線だけで双子を指し示して『何か言ってやってくれ』と目線でメッセージを送る。すると母は視線を俺と弟妹の間で往復させると手を叩いて満面の笑みを浮かべた。

 「あらあら、ウチの子は皆仲良しね?」

 「そう見える?」

 コリンが俺を恨めし気に見、クロエが俺の外套で鼻水拭いている様子を指し示すと、母はますます笑みを深くした。ん~ミステリアス。

 

 結局、夕食まで弟は一言も口をきいてくれず、妹は人形を取り返すとそっちに夢中で俺を完全に無視した。薄情な弟妹を持って姉ちゃ……兄ちゃんは悲しいぞ?

 ……父が面白そうに俺を見ていた。取りあえず無言で腹パン(全力)。拳が痛くなった。父が得意げな顔をしている、くっそ。



  

 「お前は、その……クーパーのとこの倅と仲良いのか?」

 夕食を終え、まったく片づけを手伝う気のない父に内心文句を言いつつ、というか口にも出しつつ片づけをしていると父がそんな事を言い始めた。一瞬何のことかと考え込む。そう言えば、ブランドンの父親がクーパーとかだった気がする。

 どうやらこの父は年頃の娘が気になるらしい。ふ~ん……やばい、心底どうでもいい。俺が男ならこんな面倒な事聞かれなくてよかったのだと思うと一層悲しくなる。

 「ん……、ふつう。」

 「……そうか。」

 俺のテキトーな返事により会話終了。それよりも父には色々頑張ってもらいたいのだが。父は森で木を切る与作……じゃなく木こりだ。その斧で大木を易々と切り倒す姿は、ちょっとしたものである。

 ただ、この男滅多に働かない。大抵、村の男と馬鹿騒ぎをしている。酒を飲み、適当に飯を食い、時たま思いついたように木を切ってくる。そして、本当に偶に野生の動物を狩ってくる。

 何というか……ハイスペックなくせに性能を発揮しないのは許せん。もっと(こいつ)が真面目に働けば我が家の家計は大いに潤うはずなのだ。主に食卓のオカズが。

 ブランドンのところの父親は無口な不愛想な人だ。だが、真面目に働く鍛冶師である。おかげでブランドンはあんなにでかくなったのかと思うと、ウチの貧相な食卓の原因は親父にあると言っても過言ではない。

 「兄さんはいつ帰ってくるのかな?」

 「さあなぁ?仕送りしか送ってこねぇからな。」

 何年か前に兄は家を出た。どうにも村の生活が合わなかったらしい。若い情熱が溢れ出た結果ともいえる。父はそれに対し無関心、というか好きにしろといった態度で特に何もしない。

 家出同然に出ていった兄は何処から送ってくるのか行商人に仕送りを持たせて送ってくるようになった。これだけで俺は兄を許した。当初は『労働力を減らしやがって』とか思ったものだったが、現金なものである。

 結構な額の仕送りだから、割のいい仕事を見つけたのだろう。何処で習ったのか手紙も添えられていた。しばらくは村長に読んでもらっていたが最近では俺も読めるようになったので、俺が受け取っている。ちなみに父は読めない。読めるようになろうとしない。曰く、『めんどくさい』らしい。

 こちらから送ろうにも宛先もないし、筆記用具もないので送れないから一方通行になっている。しかし、どうやら元気にしているらしい事は分かっっているので、あんまり心配してない。

 帰らないで仕送りしてくれないかなと、ゲスイ事を考えた。だって基本物々交換だから貯蓄できる貨幣を手に入れる機会って少ないし…。何かあった時の蓄えをしておこうという考えはウチのお気楽両親にはない。

 コリンとクロエの汚れた口元を拭い、最後に父の器を片づけた。クロエは恥ずかしそうに俯き、コリンは嬉しそうにはしゃぐ。

 「……まだ、男は早いと思うぞ。」

 「当たり前だ、くそ親父。」

 父の頬を拳でぐりぐりする。思いのほか髭が気持ち悪かった。

 そんで頭、殴られた。

 グーで軽く、笑顔だった。


 母は、『私はいいと思うわよ?』と無責任な一言。

 コリンは満足げな笑顔。

 クロエもよく分からない様子でおろおろとしていたが、つられるように朗らかに笑う。

 

 ……取りあえず平和。

   

 

 


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