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000 序 安産祈願とアクシデント


 

 


 あまりの寒さに(かじか)んだ手を何度も擦っては吐息で温める。手袋を忘れた事が悔やまれた。来るときは手ぶらで両手はポケットに入れてきた。

 しかし、荷物ができた帰り道は荷物を持つ手が外気に触れて余りの寒さに痛い。手の動きとともに持ち上がって音を立てる紙袋を見て、思わずため息をついた。今日は一人寂しく地元の神社に初詣に行ったのだ。

 親しかった友人は皆、就職を機に地元を離れ、今年の初詣は一人で行くことになった。年賀状によれば友は遠くの勤務地で職務に励んでいるらしい。

 毎年恒例となっていたおみくじは狙ったかのように『凶』であった。その文字を見た瞬間、乾いた笑い声が漏れた。

 『凶なんてめったに出ない』と心の中で口笛を吹く。珍しい事があるとソレが凶事であろうと『興』に感じる俺は書かれている内容がそう悪くないこともあり、それを木に括り付けずにコートのポケットにねじ込んだ。

 益々冷え込んできた外気に身震いすると、片手をポケットに入れ、白い息を吐き歩き出した。横では恋人らしき男女が揃いのお守りを買って笑い合っている。

 (…いいなぁ。)

  年の数=彼女いない歴

 それは非リア充の代名詞的表現であるが、俺もその該当者の一人。何も恋人がいることだけが幸せじゃない、とか虚勢を張っていた時期もあったが、結局そういったものに対する憧れは膨れ上がるばかりだった。


 『…恋がしたい』


 それが24歳、数えで25歳の厄年に一番強く願っていたことだった。俺は『リア充もげろ』とは思わず、ただうらやましくその光景を視界に収めた。

 その幸せそうな顔を見ていると、俺もそのおすそ分けを貰いたく思い、お守りに手を伸ばした。自分が厄年であることをおみくじのせいで思い出したこともある。

 お守りが入った紙の袋を手にさっさと家路につく。寄り道しようにもする場所が無い、する連れがいない。そんな現状に本日何度目かのため息をつき、マフラーに顔をうずめる。油断すると目から熱いものがこぼれそうだった。

 マフラーの温かみを感じながら、上目づかいで前を見ると、自分に向かって速度を緩めることなく向かってくる車の前照灯が目と鼻の先にあった。避けなければと考える間もなく俺は数メートル後方へと吹き飛ばされ壁に激突し、さらに追い打ちをかけるように車体がそのまま襲いかかってきた。

 俺は車と共に壁にめり込んだ。


 ぼやける視界に白に朱色の字が書かれた紙袋が見えた。

 (あぁ、お守りの袋か…。全然御利益なかったな。)

 俺は震える手で袋に手を伸ばし中身を取り出す。その朱色の袋には金字でこう書かれていた。


 『安産祈願』


 「は、はっは!」

 笑いの発作をこらえることが出来ず、俺はさび臭いの匂いのする息を吐き出した。

 (そりゃぁ、御利益…無いわ。)

 吐き出す息が白さを失いつつある。指先が震えるのは寒さのせいばかりではあるまい。薄れゆく意識の中で、俺はずっと自分を笑い続けた。




 意識が薄れ限りなくゼロへと近づく。しかし、ゼロの原点を掠めるようにして再び意識が再浮上し始めるのを感じていた。

 (というか実際、浮き上がっていないか?)

 何かに流されている浮遊感。そして出口への渇望に比例するかのような加速度。次の瞬間には暗闇から明るい場所へと躍り出ていた。その解放感たるや仕事明けの金曜夜以上である。その解放感に押し流され、咽喉元に言い知れぬ衝動が込み上げてきていた。もはやそれを我慢する理由は俺には無く…。


 「おっんぎゃあ!」


 俺は大声で泣き叫んでいた。ソレが自分の鳴き声だと自覚するのに苦労するほど耳は良く聞こえず、目に至っては明るさくらいしか判別できなかった。

 温かな液体につけられ、拭われると何かに抱きしめられていた。それは暖かく、柔らかだった。その感触を俺は長く忘れていた気がする。ひどく懐かしい。

 耳元から伝わってくる規則正しい鼓動の音は、俺を眠りの世界に誘うように瞼を優しく押し下げていった。



 

 

 

 

 


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