殿下!? それ以上はまずいですって!!
「カトレア・スクルルトゥス、キミとの婚約を解消させてもらう!」
その日は王太子であるクレア・バーモントの誕生パーティーであった。王国の後継者である王太子と懇意になろうと、来場客には多数の貴族の姿があった。
パーティーの主役からの唐突な宣言に会場がざわつき始める。
「え……な、なぜですの……」
王太子の婚約者であるカトレアは困惑するが、その原因となる存在を目にして状況を理解する。
カールしたピンクブロンドの髪がふわりと頭をかざり、庇護欲をそそる愛くるしい顔立ちの少女が王太子の一歩後ろに控えていた。
本来であれば婚約者であるカトレアがその位置に立つはずである。
彼女はカトレアの視線に怯えるように王太子の影に隠れる。
「マリー・メイベル男爵[ピー]への数々の嫌がらせがあったと聞いている。既に目撃証言も上がっている。公爵[ピー]として言い逃れなどという醜態はさらさないでほしい」
「うそですわ! 殿下は騙されているのです。公爵家であるわたくしが男爵[ピー]である彼女にみっともないことなどするはずもありません」
両者の間に緊迫した空気が流れようとしたが、二人はどこか歯に物がはさまったような渋い顔をする。
そこに、マリーがおずおずと話しかける。
「あのお二人とも、さっきから[ピー]という音でうまく聞き取れないのですが」
「お黙りなさい!! 今大事なところなのですから!」
「ヒィッ、す、すいません」
カトレアから射殺すような視線を向けられ、マリーは首を縮こませる。
怯える彼女を守ろうと王太子がそっと彼女を抱き寄せる。そんな二人の様子に、さらにカトレアの眉間にしわがよった。
「マリー、仕方ないのだよ。いつからかこの世界から[ピー]という言葉を発することができなくなったのだから」
「そんな……、神が人々の言葉を狩りとったなんて……」
「しかし、貴族階級において[ピー]という言葉ははずせず、不便ではあるけれど我慢してくれるね」
甘い雰囲気を漂わせる二人への苛立ちのままカトレアがマリーを睨みつける。
その気迫に飲まれマリーは顔を青くして、一歩後ずさる。
距離をとったことで、マリーは気づいた―――王太子の足元に開きつつある隙間に。
いやな予感がして、マリーは王太子に注意を促そうと声をかける。
「あの、殿下……」
「いや、大丈夫だ。約束しただろう。キミのことは私が守ると」
不安げなマリーの様子から勘違いした王太子は、最後の一歩を踏み出してしまう。
「カトレア……公爵[ピー]であるキミが人前でそのような態度を見せることは―――」
言葉を続けようとした王太子から突如足元の感覚が消え、驚愕を顔に貼り付けたまま浮遊感に包まれる。
「な!? なんだこれはああああああ」
彼の叫びが尾を引きながら、やがて穴はふさがり何もなかったかのように王太子の姿だけが消えた。
マリーは落ちていく王太子に手を伸ばすが、その手が届くことはなかった。
唐突に起きた異常事態に静まる会場の中で、少女の涙交じりの叫び声が響く。
「殿下!! クレア様!!」
マリーはドレスが乱れるのにも構わず這いつくばり、王太子が吸い込まれた穴を掘り起こそうと指先で硬い大理石の床ひっかきつづける。
半狂乱ともいえるその姿は愛するものを失った恋人の姿そのものであった。
「おやめさい。……殿下は禁じられた言葉を口に出し過ぎてしまったのです。おそらくはもう戻ってこないでしょう」
マリーの手をつかんで止めたのはカトレアであった。
きれいに整えられた爪先はぼろぼろとなり、指先には血が滲んでいた。
カトレアは哀しそうな目で静かに首を横に振る。
「そんな、うそです……」
もう愛しいひとが手の届かない場所にいってしまったと理解したマリーは泣き崩れた。
そんな悲劇のヒロインを見る会場の視線は憐れみに満ちていた。
「それは、それとして……、あなたを守ってくれる男がいなくなったこの状況はわかっているかしら? 公の場でこれだけの侮辱を受けたのですから、覚悟してくださいまし」
冬の湖を思わせるアイスブルーの瞳にいすくめられ、マリーは顔を青くさせる。
「うそですううううううーーーー!!」
暴れるマリーが衛兵に引っ立てられていく様を見送ると、カトレアは扇で口元を隠しながらにんまりと笑うのであった。
『令嬢』という言葉が放送禁止用語だと知って勢いで書いてみました。
もしかして、悪役令嬢系がアニメ化しない理由って……