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Case0-5.息の詰まる舞踏会

 清煌院家は由緒正しき家系……ではない。

 樹理亜の父が「鈴木」から改名してこうなったのだという。


 なぜ改名を要望したのかは、自分の娘には鈴木などという地味な苗字を名乗らせたくないから、なんてものだった。

 全国の鈴木さんに謝罪した方がいいのではないだろうか。


 彼のそんなめちゃめちゃな要望が家庭裁判所を通ってしまうのか、と初めて聞いたときは呆れた。

 父の寵愛に不満はなかったし、彼の理想に沿うように成長してきたと思っている。


 同時に、その時の樹理亜が改めて意識したことがある。

 それは簡単なことで。樹理亜は生まれた時からすでに普通ではなかったという事実だ。


 現にミナミたちの研究費やタチバナへの補助金はほとんど清煌院グループから供出された金である。


 そんな家柄に生まれたというのに、なぜ自死を選ばなくてはならないタチバナに志願しているのか。

 それもまた簡単なことで、理由は父への反抗だ。


 彼は樹理亜を愛してくれたし、不満は抱いてこなかった。

 だがある時気がついたのは、彼の理想とする「清煌院樹理亜」と、樹理亜自身がズレていること。

 彼が作りたいのは冷酷に他人を見下す君臨者だとわかったとき、樹理亜は彼への反抗を決意したのだ。


 清らかで煌めく院など驕りすぎにも程があると今でも思っている。

 だからこそ、樹理亜はその名に負けぬように生きていくと、心に決めていた。


 それは決して他人を足蹴にするだけの女ではなく、民に寄り添う女王となるための流儀であり、樹理亜の根底にあるものとも言えるか。

 なによりも──


「あの、もう着いてるんすけど」


「……あら、いつの間に。ともあれ案内ご苦労ね」


 樹理亜の話は中断された。

 本当はもう少し先まで聞いていてほしかったが、もう目的地まで到着していたのなら仕方がない。


 先程までの話は、ずっと樹理亜が彼に話していた内容である。

 お嬢様にはお嬢様なりの悩みがあって、この日は誰かに聞いてもらおうとずっと思っていた。


 答えを求めていないので、相手はタチバナでもそうでなくても変わらない。

 そこへちょうど通りがかったのが、ミナミとの話し合いを終えた彼「三森カケル」だったのだ。


 彼は自宅へ帰るところだというので、樹理亜はそれについてきた。

 若くして政府の重要な職務を任されているというのに、一般的なアパートの一室であるらしい。

 いつも通りにカケルが扉を開け、すると家で待っていたらしい誰かが走ってくる音がした。


「おかえり、カケルにーちゃん!」


「あぁ、ただいま」


 三森家には、まだ小学生にもなっていない少年が暮らしていた。

 ばたばたと動き回る彼は樹理亜を見て首をかしげたが、そのしぐさを含めて悩みで凝り固まった心をほぐしてくれる。


「あら、可愛いわね」


「でしょう、まぁオレは独り身ですし、うちの姉貴の子なんすけどね。ちょいと預かることになりまして」


「……おもいだした! このおねーちゃん、テレビでみたことある!」


「知っていただけているなんて、光栄だわ。少年、私の名前は言えまして?」


「うーん、わかんない!」


「っふふ、不敬なのね。正直で好きよ」


 意味もわからず首をかしげる相手にほほえみかけ、次は彼自身の名を尋ねた。

 答えは胸をせいいっぱい張ってのものだった。


「みもはね、みも、ことっていうんだ!」


「一応言っとくと、こいつ『三森古都(みもりこと)』です。舌ったらずで抜けちまうんですわ。そこがかわいいんすけどね」


「そうね。みもさん、私はジュリアよ。ぜひ覚えてくださいな」


 古都は激しく縦に首を振った。それでいい。


 彼のように幼い子供は嫌いではない。

 むしろ将来において樹理亜のもとで暮らす民となる希望と未来の象徴だ。

 庇護し、かわいがってやらなければ。


 なんて自分に染み付いた勝手な思考を言い訳にしてはいても。

 幼い少年少女への好意は、樹理亜本人の好みであるわけなのだが。


「三森さん」


「はい、みもです!」


 古都のほうから返事をされて、樹理亜は小さく咳払いをして言い直す。


「……カケルさん、夕食はいつもご自分で?」


「あぁ、そうですけど、もしかしてシェフとか呼んじゃうんですか」


「清煌院の女が料理程度できないと思いまして?」


 一方的に話しかけたり押し掛けていったのは樹理亜の方だ。せめてものお返しをしてやろうと、台所を借りることにした。


「今日はおねーちゃんが作るの?」


「えぇ、楽しみにしてもよろしくてよ?」


「……大丈夫なんすかね」


 カケルだけは不安げだが、樹理亜も古都も笑顔を崩さぬまま調理を進めていく。

 やがて完成するころになってもそれは変わらず、食卓に並べたところでカケルの不安だけが驚きとなった。

 当然だ。彼は樹理亜がやたら高そうなフレンチなんぞを出してくるような偏見を抱いていたろうが、実際に出てきたのは肉じゃがと味噌汁と白ご飯だったのだから。


「なんていうか、すごい意外っすね」


「民の生活を知らずして君臨なし……格言よ。私のね」


 とにかく食べろと促し、いただきますの挨拶をしっかりとさせ、カケルと古都の口へ料理が運ばれていくのをじっと見ていた。


 美味しいという感想が出てくるのは、自分の料理に合格点をあげてもいいと自信をもてる。

 それになにより、舌を喜ばせれば、人は自然と笑顔になる。


 樹理亜が好きなのは、そういう表情なのだ。


 ◇


 すっかり完食してしまったふたり。さっそく皿洗いをと思ったが、カケルに「さすがにここまでお嬢様に働かせられないです」といって止められて、かわりに古都と遊ぶほうを任された。


 彼がおねーちゃんと外で遊びたいと言い張り聞かないので、しかたなく外に連れ出して、すぐ近くにあるビルに囲まれた公園まで連れていってやった。

 人様の子供を連れ出すことになるが、人様といっても樹理亜がいずれ手中におさめるなら身内と変わりあるまい。


 そうして誰もいない夜の公園にやって来たのだが、ここでひとつ問題が出てくる。


 樹理亜はこの17年ほどの人生において、公園で遊んだことがないのだ。

 他の子とまじってはしゃぐなど父が許さなかったためである。


 まず体験してみないことにはわからない。

 ブランコというものに乗ってみて、元気よく遊び始める古都の真似をしてみることにした。

 動き始めると、冷たい夜風がほどよく当たり、気持ちいいものだ。


 隣でどこまで高くあがれるかと騒いでいる少年がいるほかには、ビル街が寂しげにたたずんでいるだけの景色が目の前に広がっている。


「みもさん、あまり騒ぐものではなくてよ」


「でも楽しいよ!」


「だからこその我慢です。いずれもっと楽しくなったときのためにとっておきましょう?」


「うん、そうする!」


 こんなふうに、素直で気持ちいい返事をしてくれる彼なら、いずれ樹理亜のすばらしき臣下になってくれるだろうか。

 なんて、ブランコをこぐのも忘れて、古都をながめてばかりいるのだった。



 そうして遊んでいる樹理亜と古都に、忍び寄る影がある。

 確かな敵意をもって接近してくる相手を樹理亜は察知したが、時はすでに遅かった。

 夜の空気が震え、風の音が耳に届く瞬間には、すでに古都はブランコ上から姿を消していたのだ。


 高速の敵が彼を連れ去ったのかと考えるまでひと呼吸、応援を呼ぶと決めるのに一瞬。ミナミへの連絡に数秒。

 そこから樹理亜は駆け出して、頭を全力で回転させた。


「……おや樹理亜さん、ちょうどよかったです。ただいまストレセントが」


「すぐに助手を向かわせなさい、私が対処します」


 ワゴンの速度と自身の脚を考慮して計算し、おおよその待機場所を指定しそこまで走っていく。

 向こうも全速力だ。走る少女が走る車へと、互いに勢いを落とさぬまま無理やり飛び乗って、武器庫に転がり込む。


 乗り込んだからといって休憩はしていられない。古都が無事なうちでなければ意味がない。

 反応を表示するモニターをアリスに見せてもらい、上空を突っ切っていく相手に対して回り込むルートを探し、伝えた。


 これでいい。あとは、樹理亜が変身し、あいつに追い付き、倒すだけだ。

 武器をいくつか手に取って、さまざまなものがあるのに感心しつつ考えた。


 刃物であいつに追い付けるか。いや、相手は肉眼で捉えきれなかったほどの速度を持っている。刃物だけでは無理だ。

 ならば、必要なのは刃ではない。


 樹理亜がひっ掴んだのはガスマスクと線で繋がっているスプレー缶らしきものだ。

 一酸化炭素が封入されていると記載されたこれは、人を即座に殺せるだけ濃い煙なんだろう。


 樹理亜はそれを迷いなく口元にあて、安全用のロックをいくつか外し、そして吸い込んだ。

 意識が遠退き、手足が痺れ、血は巡っているのに全身が酸素を欲し始める。

 暴れる自らの身体を押さえ込んで、まだ缶からおくられてくるガスを吸入し、死へと急激に近づいていく。

 そこへ持っていた生体隕石をねじこんで、隕石は樹理亜の胸元で命の宝石となる。


 高濃度の一酸化炭素による中毒はゆるやかでなく、樹理亜に似つかわしいほど華やかな散り様ではない。

 それでも、これは民のためならば。


 決意を最後に樹理亜の意識が途切れ、その喪失を合図として身体が変わっていく。

 衣装はぴったりと身体に沿ったものとなって、頭には飾りがついたカチューシャが装備され、すべての変化が終わってから意識が帰ってきた。


「……な、なによ、これ」


 清煌院樹理亜、一酸化炭素中毒、そして格好はバニーガール。

 首をかしげたくなる組み合わせであったが、こうなってしまったものは仕方がない。

 恥じらいはかなぐり捨て、ストレセントの前に飛び出した。


 空中で急ブレーキをかけて止まるストレセント。どうやらトンボ型だったらしい。

 脚でがっちりと古都の身体を捕まえており、凶悪な顎と巨大な複眼は常人を怯えさせる。


 だが清煌院樹理亜は例外であり、複眼を睨み付け返す彼女の眼差しは民を害する者に対する怒りに満ちていた。


「みもさんを離しなさい。私に黙って、虫風情が私の民に触れるなんて、不敬にもほどがあるわよ?」


 トンボに言葉は通じない。その強靭な顎で彼女を砕くことしか考えず、一瞬で忍び寄っては攻撃に出る。

 だが、顎が少女を砕くことはなく、しかし回避もされていなかった。


 窒息によってタチバナとなった彼女が手に入れたのは、煙を克服するため、煙そのものとなる力だ。

 攻撃の瞬間に霧散し、結集した樹理亜はストレセントの脚をすでに引きちぎっていた。


 なにが起きたのか理解されるより先に古都を解放した樹理亜。

 気絶していた彼をそっと寝かせ、あとは残っているトンボの処理のみだ。

 今度は腕だけを煙とし、樹理亜自身は動かない。


「光栄に思いなさい。清煌院樹理亜が、こうして手を下してあげるのよ」


 樹理亜が指を鳴らし、警戒な音が響いた。

 それは、駆除終了の合図でもあった。


 虫の頭部から少女の腕が突き出す。耐えきれず、虫は破裂し呆気なく絶命する。

 彼女は煙を吸い込んだトンボの体内で自らの一部を結集させ、内側からトドメを刺したのだ。


 撃破されたストレセントが生体隕石を残して消滅していくとともに樹理亜の腕も元に戻っていき、変身も解除される。


 一仕事を終えた彼女はひとつ大きく息をつくと、寝かせていた古都を見て、かすかに笑ってみせた。


 寂しげなビル街を吹く夜風は、そんな笑顔も冷たく撫でていくのだ。

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