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Case0-4.あこがれハートはいのりを捧ぐ

 成績は中の中、スポーツも得意じゃない。

 学校で得意なことといえば、先生に愛想笑いをすることくらい。

 趣味は流行りのアイドルの追っかけで、容姿は地味なメガネっ子。

 磨けば可愛いと言われるのも、もう飽きてしまった。


 そんなどこにでもいるような高校生「祷可恋」は、ここ数日ずっと近所の大学で嗅ぎ回っていた。

 人々に聞いているのはほかでもない、天世リノという人物のことである。


 リノとは、タチバナの候補生として一緒に説明を受けたりした以外に接点はないし、まずうまく話せたことさえない。

 でも、彼女がどんな人なのかをどうしても知りたくて、大学の知り合いや友人がいないかと何日も聞き込みをしているのだ。


 現実には、一向に成果があらわれていないのだが。

 可恋がいくら聞き込みをしても、リノの人間味というものが聞こえてこないのだ。

 得られる情報は見た目の良さと人の良さばかり。

 悪い噂は聞かず、品行方正、まさに理想の王子様といったイメージが組み上がっていく。


 可恋が本当に知りたいのは彼女の生活なのに、まるで人助けをするだけの妖精みたいだった。


 そんなリノについて、新しい情報の供給が追い付かなくなり、可恋の心にも諦めが兆し始めたころ。

 今度は大学の外で、ひとりの路上ミュージシャンと出会うことになる。

 恐竜型ストレセントが現れたとき、リノと親しげに話していた二人組の片割れだ。

 名前はたしか、寧彩といったか。


 練習中なのか、手探りでかき鳴らしつつ心地良さそうに歌っている彼女。

 その前に人はいなかったが、置いてあるギターケースにはちらほらとコインが入っている。

 聴こえてくる歌声も澄んでいて、可恋の趣味のアイドルとは違う方向性ながら心に響いてくる気がした。


 彼女を称賛する気持ちとともに、可恋はお財布からお札を一枚取り出して、そっと置いた。

 タチバナの補助金としてもらった一部だが、誰かのためになるのだからやましいことはないだろう。


「おっ、ありがとなぁ……って、えぇ!?

 これって、ゆ、諭吉さんやないかい!」


 いたいけなJKからこんなもんもらえるか、と返しにくる寧彩。

 気の良さそうな笑顔であると同時に、口が軽そうだと思った。


「いえ、どうか貰ってくださいな。

 あ、でも、もしよかったら、お願いがあるんですが」


「なんや、歌以外はあんまできへんで」


「なんてことないです……その、リノさんのこと、教えてほしくて」


 純情に恋をする乙女として、ちょっともじもじしてみる。

 すると寧彩はすっかりのせられたのか、可恋の肩を抱き寄せ親指を立ててみせた。


「嬢ちゃん、あれやろ。あの恐竜が出てきたとき、あの女の後ろにいた子やろ。そんで、あんときあの女にホレてもーた感じちゃうか。

 その気持ちわかるで、あいつは誰でもたぶらかすやっちゃかんなぁ」


 可恋の想定より、ずっとうまく行きそうだ。

 心の中でガッツポーズを決めながら、路上だというのに堂々とくっついてくる寧彩に絡まれ続けていた。


「そういえば、寧彩さんって出身はどちらなんですか? ちょっとなまってるみたいですけど」


「んー? 生まれも育ちもこのへんやでー?」


 その似非方言は、いったいどこから来たのだろうか。

 口調だけは、リノよりも寧彩のほうが謎めいている気がした。


 ◇


 寧彩に近隣のカフェへと連れ込まれ、ゆっくりと話をしようと持ちかけられた。

 ひとまず快く応じて、一緒にメニューを開く。


 情報を引き出す可恋の戦いはここからすでに始まっている。

 リノが頼みそうなものを尋ね、彼女のいうとおりフィッシュアンドチップスとコーラを頼んだ。


 寧彩のオーダーはというと大盛りの親子丼で、もともと彼女はたくさん食べる人のようだった。


「ここにリノと水礼とうちの三人で来たらな。スイーツ食べるのは水礼だけで、うちらは好き放題食べるんよ。

 あ、リノは白身魚はいらんいうて、いっつもうちに押し付けてくるで」


「じゃあ、そうします」


「お、ええの? ありがとなぁ」


 寧彩の親子丼に、白身魚のフライという他人が紛れこみ、結局可恋が食べるのはポテトとコーラだけになった。


 すごく、ジャンクな味がする。

 塩加減は強すぎるくらいだし、コーラは炭酸が弱くて甘ったるい。

 カロリーも危険そうだ。


 おしゃれぶりたいやつはスイーツ目当てで訪れるし、もちろんこんなのは女子向けではない。

 ジャンク好きは、とことんジャンクな感じを求めるのかもしれない。


 とにかく出されたものは全部食べるべく口に運び、寧彩の親子プラス他人丼もなくなったあたりで本題に入ることにした。


「リノさんとはいつからのお付き合いですか?」


「うちらは学区がいっしょでな。小中高と一緒や。

 いや、高校はみんなで話し合って同じとこに決めただけやけどな。

 そんときははなればなれになりたくなくてなぁ、水礼もうちもリノに恋しとったのかもなぁ」


 寧彩は話したがりのようで、可恋が相槌をうっているだけでも話が展開していった。


 淡い恋心を幼なじみに抱いてしまったことに気づいて、オカルト研究部というかたちで一緒にいようとして、でも彼女は誰の気持ちにも気付こうとしなくて。

 なんて、すこし手を加えて小説にすればけっこう売れたかもしれない話が続けられる。


 リノに対して寧彩の持つ印象は、長年付き合ってきた親友というだけあり、ほかの皆とは違う。

 完璧な王子様などではなく、他人の心を省みない人助けのロボットだ。


 可恋がアイドルを好きなのは、偶像を演ずる人間がいるからだ。

 どこかで、私だってあんなふうに輝けるかもなんて幻想を抱いていられる。


 リノは可恋と同じタチバナで、そしてなによりもアイドルよりもきらきらした正義の味方である。

 彼女みたいになりたいと思うのは自然だし、せめてリノの生活だけでも真似しようと思うのは、きっと間違ってない。


 でも、だ。

 寧彩からするリノは遠いもの、近くにいたとしても決して手の届かないもので、ほかの人間は彼女にはなれないととらえられている。


 ……そう、なのだろうか。

 天よりの使者には、決して追いつくことはないのだろうか。


 彼女の話を聞くうちにそんな思考が頭を埋めつくしていき、いつの間にかまわりの音が聞こえないくらい物思いに耽っていた。


「おーい、どしたー?」


「あ、えっと、ちょっと考え事してて」


「そっか。やっぱ恋煩いってやつやね。

 あ、そういや嬢ちゃん、名前は?」


「い、祷可恋です」


「おう、カレンちゃんな。うちが応援したるかんな!」


 リノの親友がついてくれるのなら心強い。

 握手を求めてくる寧彩に応え、ぎゅっと握り返そうとする。


 そこで、けたたましく音を響かせて携帯電話が鳴った。

 驚きつつも着信を見てみると、ミナミからであるらしい。


「な、なんですか?」


「ストレセントです、可恋さんが一番近いので早急に向かってください」


 向こうはこっちの居場所を知っていて連絡を寄越しているのか、すぐにアリスのワゴン車がカフェ前に止められた。

 今すぐ行くしかないらしい。


「ごめんなさい、私、今から用事があって」


「お、カレンちゃんも正義のヒーローなんか。頑張ってな。飯はうちの奢りにしとくわ、諭吉さんもらってもーたしな」


「ありがとう、ございます!」


 礼を言い終わらないうちに駆け出し、可恋はワゴンに乗り込んだ。

 ストレセントと戦うのは、正直怖い。

 でも、リノになりたいのなら、ためらいなく戦わなくちゃ。


 車内に積み込まれた武器たちとともに揺られながら、可恋はどうしてもはやくなる鼓動を抑えようとしていた。

 そして、可恋の目にはある武器が飛び込んでくる。


 それは先日リノの血を吸った日本刀だった。

 血の跡はなく、刀身は美しく銀色を示している。


 眺めているうちに現場へと到着し、可恋はとっさにその刀を手にして飛び出した。

 相手のストレセントはサメらしき巨大な魚類の姿をしており、不思議なことに空中を遊泳している。


 ナイフのような牙がびっしりと並ぶサメのストレセントを前に、可恋は構えを取ろうとした。


 しかし、その刃は予想以上に重かった。

 それはそうだ。刀など、ただの女子高生である可恋に振り回せるはずもない。

 サメの前に威勢よく出ていっても、震える脚を必死に動かしても、攻撃は当たらないままだった。


 新たな獲物を嗅ぎつけたサメはというと、光のない目でこちらを見ていた。

 瞳に広がる一面の黒には刀を振るおうと無理をする可恋が映っており、それがどうしようもなく気持ち悪くなり、思わず声をあげてしまう。


「……そんな目で見ないで、見ないでよぉっ!」


 もちろん、感情と力に任せるだけでは意味がなく、むしろ刀身に噛み付いて刃を止めたサメに日本刀を投げ飛ばされてしまう。


 武器を失い、しかもバランスを崩してしまったら、その場にへたり込むしかない。

 まるでリノに助けられたあの瞬間をもう一度追体験しているようで、自分に嫌気がさす。


 可恋には腹を切って死ねる覚悟もないし、刀を扱う強さも持っていない。

 自分には、きっとあの女になる資格はなかったんだ。


 あの人になれないのなら、せめて可恋は可恋らしく死ぬしかない。

 アイドルにもなれない、天世リノにもなれない、中途半端な私らしく。


 眼前に迫ったサメの歯を、手の皮が擦り切れるのも気にせずに掴み、一本を引き抜いてやった。

 まるでナイフのようで、それでなら、ちゃんと死ねそうだった。


 息を吐いて、もう一度深く吸い込んだら、あとは簡単だ。

 凶器を握る。喉を突く。


 傷口が痛い。熱い。

 声が出せなくて、絶叫すらできないまま意識が遠のいて。


 断末魔にあげようとした「生まれ変わりたい」の言葉はちぎれた声帯には響かなくて、カレンはここで普通の少女としての生を終えた。


 ここから始まるのは、タチバナとしての覚醒だ。

 自刃で倒れた少女がまとうのは溢れ出した想いと鮮血で、血液の赤と憧憬の青が印象的なステージ衣装がその身を包む。


 可恋のしていた眼鏡は割れて、自分の喉を突いたサメの牙は美しく装飾がされた銀のナイフへと作り替えられていく。


 そして降り立ったのは、天世リノでなく、祷可恋としての歌姫であった。


「このわたしのライブへようこそ、化け物さん。ゆっくり楽しんでいってよ、ね☆」


 マイク代わりのナイフが向けられるのは、歯を引き抜かれて以降、可恋の放つ血のリボンに怯んでいたストレセントだ。

 今度こそ可恋を噛み砕くべく動き出すが、彼女はすでにタチバナとしてなにをすればいいのか理解していた。


 喉を裂いた可恋の能力は、歌声で血を操ることだ。

 響く音色は指令となって届き、意志をもっているかのように血のリボンがストレセントを襲う。


 空中を泳ぐ敵であっても、縛り上げて動けなくしてしまえば同じだ。

 尾鰭が捕まったのを境に全身が囚われていき、動きが封じられ、サメはもがいても逃れられぬ紅い糸につながれた。


 あとは、とどめを刺すだけだった。

 手にしたナイフは手ずから息の根を止めてやるためにあるものだ。


 可恋が全力で跳び、勢いそのままに深々と突き刺し、捌き、引き抜いた。

 サメはすぐに動かなくなり、その巨体を崩れさせて消えていく。


 敵は撃破された。ライブは終わりだ。血のリボンたちも、可恋の身体へと帰っていく。


「みんな、ありがとー!」


 今度のストレセントは幸運だった。

 覚醒したこのアイドルは、相手の消滅でも手を振って見送ってくれるのだから。

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