過去編【絶級ティーチャー】
【絶級ティーチャー】
〈Spring vacation for elementary school sixth graders〉
「長セリフに憧れないかい?
少なくとも私は憧れる。だからやってみることにしたんだ。さあ、まずは、この長セリフを始めた記念として自己紹介をしておこうかな?
私の名は庵内湖奈々。
満を辞さずに登場した、限りなく全能に近い生物。そして、かわいい高校二年生だ。
まあ、紅くんから色々と既に聞いてるだろうけど、今回は飛ばさず省略せず簡単にせず手短にせずに話したいと思う。
薙紫紅、巫槍、そして私に起こったあの事件を。
なあに、よくある話だ。
君たちの想像通りに進むよ。多分。
今回は章変え無しだ。何せ全てセリフだからね。
二段改行するから許しておくれよ。
さあ、それでは始まり始まり、とはいかないな。さっきので自己紹介を終えてしまっては、何がなんだかわからないからな。でもこれはそれこそ手短に行こう。
庵内湖奈々は全知ではないがほぼ全能だった。
何故全知でないかと言うと、私はまだ17歳だからだ。
何故全能でないかと言うと、私は心が読めないのだ。
これは罰なのか。
私は一度本当の全能になりかけた。だが、ルール…最強の存在を許さない世界の掟に触れてしまい、心を読む能力を没収されてしまった。
気がついたらなくなっていた。
まあいらなかったけどね。
で、だ。私はそれ故に『ある程度』人生が楽しかった。全能に近い故にこの世に絶望して自殺したくなるとか、そういうこともなかった。
しかし、暇だった。
そう、私は趣味を作ることができなかった。
争いには勝ってしまうし、芸術とか奥の深い物も肌に合わなかった。
新しい知識で喜怒哀楽するのは楽しいが、それは一瞬だけのことだ。趣味や義務がないのは辛かった。
学校もやめた。確率操作で宝くじを当てまくって、とっとと自立した。しかし豪遊の楽しさも一瞬のことだった。
私は暇していた。
だから、探すことにしたのだ。
私はとことん私の知らない物を探すことにした。
一瞬も、集まれば数瞬になる。もちろん数瞬で我慢するつもりはなかったが、まあとにかく私は旅に出た。
あえて能力を使わずに、自分の足で。
私はそのうち『疲れ』や『出会い』を知ったが、慣れてくると感動しなくなった。
そんな時だった。
私が、『ダーク・バランス』という存在を見つけたのは。巫槍という少年を発見したのは。
彼はアフリカのある集落にいた。
ダーク・バランスというのは要するに、悪になって正義を立ててやろうという考え方のことだ。
彼はその塊みたいな男だ。
『自分が必要悪になる』『そうすれば周りは団結する』『この世界は下らない』『せめて平和でいてもらわないと困る』
そしてそのようなことを言う狂人だ。
どこが狂人かと言うと、そのような自己犠牲を全くなんの抵抗もなく、ライフワークとして行っているところが、だ。
やった!と私は思った。
その出会いがうれしかった。
私は全知ではないがそれなりに賢かったので、人間の限界というものを容易に想像できたのだ。しかし、この少年はそれを超えてきた。
超えてきた、最初の人間だったのだ。
彼はびっくりするぐらい矛盾していた。
私はアフリカで当時小学六年生の歳だった彼(なんでアフリカにいたのかは知らない)に出会って親しくなったが、理解はできなかった。
彼の迷言の中で一番好きなのはこれだ。
『僕を蔑ろにするな』
頭おかしいだろ…いやいや、お前が進んで嫌われ者になろうとしてるんじゃんって、私はそう思った。最初は。しかし、彼はこう思っていたらしい…『僕に関わるな、不幸になる。』
だから、『蔑ろにするな』ということで、蔑ろにされることを望んでいたんだね。私は彼に『ダーク・バランスなんてやめたら?』と言ったらそう言われた。今思えば会話になってなかったねぇ。
まあそういうわけで、『心底悪になろうとする少年』の存在は私にとって貴重だった。だから、私は思ったのだ。
この子を鍛え上げて私の敵にしようと。
戦闘狂ではないが、私はそう決めた。
自分に対抗しうる人物の卵を始めて見つけた時は誰しもそうするだろう。まあ、2回目からは普通叩き割るがね。
しかしその時私はとにかくうれしかったので、巫くんを少し教育することにした。私は自身の成長を止め、彼に『具現蒼穹』という弱い防御能力を与え、義務教育分の知識を与え、後は経過を見守ることにした。
するとどうだろう。
彼の人生を一ヶ月間見てみたが、なんともまあ面白くないこと。それなりに優秀で、それなりになんでもできて、面白いのは『ダーク・バランス』に基づく行動だけだった。
彼はようするに『いい子ちゃん』だった。
世界に絶望して、正義が歪んでるけど、でもそれでもいい子ちゃんに過ぎなかった。
私は彼の禍々しい行動に飽きさえしなかったが、物足りなさを感じていた。
私は一ヶ月ぶりに、外の世界を見てみた。
アフリカの空気が肌に合わなかったというのもあるが、まあとりあえずまた時々旅をすることにしたのだ。
外のつまらない人間を見たら、やはり巫くんは『良い』と感じた。そりゃそうだ。彼は狂人なんだから。
そんな感想を抱きながら、私は日本の家に帰ってきた。まあ、日本の人間もつまらなかったから、
『…じゃアフリカに帰るか』
と独り言を吐いたその時だった。
私の日本の家の近くにある銀行で、火災が発生した。妙にあたりがうるさいな、と思って外に出たら火の手が上がっていた。
すると、1人の少年が銀行の中からバッグを抱えて走り去って行ったのだ。
私は気になった。
すぐに透視してバッグの中身を確認したら、そこには大量の金が入っていた。なるほど銀行強盗か。こんなに小さい子が火事まで起こして…よっぽど生活が苦しかったんだな。と、私はそう思って、あえてその子を逃した。
するとどうだろう。
その翌日、さあアフリカへ出発だ、と家を出る瞬間、流していたニュースに昨日の銀行強盗事件のことが出てきた。
私はそれを見て驚愕した。
キャスターが、『犯人の12歳少年の焼死体が見つかっている』と告げたのだ。なんとあの少年、死亡扱いになっていた。
居ても立っても居られなくなって、私は千里眼の能力で警察を覗いた。するとちょうど取り調べ中だったようで、少年は申し訳なさそうにしていた。
しかし反省の色は見えなかった。
反省する様子は見られなかった。それどころか彼は平然とこう言った。
『計算通り燃えたはずですが』『けが人はいませんでしたか』『いないですよね』『お金は〇〇工場のもう使われてない倉庫に置いてきました』『で、僕は刑務所で暮らせるんですよね』『刑務所って、三食あるんですよね』
なんということだ。と思った。
ここまでテンプレートな不幸っ子がいるとは!と思った。まあ私は正義の味方でもなんでもないから、別にそれで銀行強盗の少年を助けてやろうとは思わなかったが、興味が湧いてきた。
巫くんの時とは違う感情が湧いてきた。
悪魔的で、悪的な感情。
『あっそうだ』
『強い方と戦おう』
私はそれで、その銀行強盗少年───
──薙紫紅くんも、観察することにした。
因みに、銀行強盗での怪我人はゼロだった。
巫くんに会っておよそ一ヶ月が経った。
なんか彼、足を骨折したらしい。
というわけで、しばらくは紅くんの方をじっくり観察させてもらうことにした。
もちろん私はすぐ気づいたが、彼は世にも珍しい『負荷能力』を持っていた。まあ私は希少価値に興味が無かったけど、やはりかわいそうだと思った。負荷能力は異能適正や才能の有無に関係なく呪いのように会得してしまうもので、効果はどれも能力者自身を破壊しようとするものなのだ、と前に誰かから聞いていたからだ。
まあ私ならそれを消せるが…そんな気は起こらなかった。むしろ活性化させたいぐらいだった。
さすがに、活性化したせいで両親と妹を亡くし、挙げ句の果てに犯罪を犯して刑務所に入らないと飢え死ぬという状況にまでなってしまった彼にそんな酷いことをする私ではないが。
彼はとっくに思考異常者だった。
家族愛を失ったことで、自分に寄ってくる殺人鬼の味方をするようになっていた。だからこそ、計算尽くとはいえ放火することに躊躇いがなかったのだろう。
40代前半の男は、そんな紅くんのお世話係に任命された。名前は…忘れた。平凡な奴の名前は覚えられないのだ。昔から。
とにかくその男と紅くんは今現在まで仲良くしているようだ。よかったよかった。いやいや本当に良かった。彼がいなかったら紅くんは孤独から自殺していただろうからね。
その男は紅くんに二つの指令を出した。
まあこの時点でなんとなくわかる。心を読めなくても。要するにこの熟年警官は、警察の仕事を手伝わせることで紅くんに生きることの素晴らしさと社会の厳しさをやんわりと教えようとしたんだね。
まあ彼は紅くんの負荷能力『クリムゾン』に自ら首を突っ込んだせいでどんどん地位が落ちていくんだけどね。
では、【紅くんの指令】編スタートだ!☆♡
指令『年下の2人を助けよ』。
なんと。
なんと。
彼は、紅くんは新シリーズを一日でやり遂げた。
完全に、私の予想を超えてきた。否、予想ぴったりの行動をされたのが予想外だったのだ。簡単に言わず複雑に言っても、彼の仕事は完璧すぎて、なんか、えっと、とりあえず、まとめると、簡単で難しいものだった。
指令は具体的に言うと以下の通りだ。
『今、誘拐事件が二箇所で起きているから、俺と共に突撃して順番に人質を救出する。いいな?紅』
というものだった。
『まっかせてくださいよ!』
と、彼は意気込んでいた。大方、大人に認められるチャンスと思っていたのだろう。張り切った様子だった。
そしてそのままのテンションで、
慣れた手つきで、
いつものように。彼はたったの1時間で二箇所で発生していた誘拐事件を解決してしまった。もちろんクリムゾンが発動していたから殺し合いが起きたはずだが、彼は無傷で戻ってきたのだ。
私は彼をたくましいと思った。
彼に接触することにした。
『達成使いになれば、死ぬ危険はなくなるよ』
そんな言葉をかけ、私は紅くんと同意のもとで達成使いになる為の修行を始めた。とはいっても、彼は既に負荷能力によって鍛えに鍛えられていたので、私が教えたのはコツだけだったが。
まあとにかく彼はその修行の甲斐あって、感情を操る達成『マゼンタ・エモーション』を手に入れた。
しくった。
一言で言うとしくった。なんと、巫くんに私の『2人を鍛えて戦わせて勝った方を敵にしよう』作戦がバレたのだ。
彼は、紅くんのことまで知っていた。
これについては本当に反省せざるを得ない。私が巫くんに渡した『具現蒼穹』は渡した当時は雑魚い防御能力だったが、シャレにならないぐらいのチートに成長していた。もはやほぼ全能の私にも手のつけようがないほどに。どうしてそこまで能力が強化されたのかはわからないが…いや、おそらく彼と相性が良かったんだ。もっと、『ダーク・バランス』を、『歪んだ自己犠牲』をちゃんと調べていれば、それか、もう少し理解しようとしていれば、…もしくは彼を侮らず、目を離さずちゃんと監視していればそんな事態にはならなかったろう。
しかしながらそれは失敗でもあり、成功でもあった。
というかそもそも、失敗はありえない。
彼は『ダーク・バランス』だから、たとえ計画がバレても反発せず従ってくれる。それに、この旅の、この度の目的は『数瞬驚くこと』なのだ。そういう風に見れば、彼に計画がバレてもそれは予定調和ではないが期待通りだ。
なぁんて。
その時の私はそんなことを考えていた。自分の失敗を良かったものにしようと無意識に必死だった。以前失敗は継続しているのに。
では、私のした真の失敗とは何か。
ひとえに、彼に『味方された』ことだ。
私は敵にするつもりだったのに。
彼によって改造された能力『具現蒼穹』のチートさを、私は理解していなかった。考えてもみてほしい。私にに味方する…私の失敗を黙っててくれる、つまりは私のご機嫌をとることが、この世界に存在するにあたってどれだけ強い防御になることか。
私の固有能力は『ラインバース』。
『名付け親』とも呼ばれる。効果は、可能性を見出すこと。不可能を可能にする、ということだ。おかげで私はほぼ全能だ。
そんな私を、味方につけたのだ。『具現蒼穹』は。
この時点で、計画は破綻した。
私は計画を作り直すことにした。
とは言っても。敵ができたわけじゃないし、私は別段困っていなかった。2人が1人になるだけだから。
そしてそのまま、決戦の日はどんどん近づいてきた。
そして前日。
巫くんと私は日本に帰ってきた。
日本では、春休みが始まっていた。
遊園地。
私の家の近くには銀行もあれば遊園地もあった。
私はほぼ全能ゆえ睡眠を取る必要はなかったが、アフリカから瞬間移動した時には午前4時で(向こうの集落では朝が早かった)、日本(正午)の春の空気で気持ちよくなって、昼寝してしまった。その間に巫くんは遊園地に行ったらしい。
もちろん遊びに、じゃない。
ここからは後でわかったことだが、遊園地で強盗事件が起きていて、人質を取って犯人が立てこもってるというニュースを聞いて駆けつけたらしい。
もちろんそこには紅くんもいた。
なんか彼ら、共闘したそうだ。そして、思考異常者同士気があったのか、紅くんと巫くんは仲良くなったらしい。
お礼としてもらった遊園地のチケット(チケットで済ますのかよ)を使って、彼らは一緒に遊んだ。同年代の友達を持ってこなかった2人だ、それはもう楽しい時間だったろうね。
しかし、巫くんは思い出した。
薙紫紅は、明日戦う相手だと。
さあ、もしかしたらもう分かった人もいるかもしれないが、そう、巫くんは、またもや私を驚かせてくれた。
なんと彼、計画を全部バラしちゃったのだ。
会話の流れはこんな感じだったらしい…
『ねえ紅君。君は何が一番頼れる?』
『…そうだな、実績かな』
『実績か。いいね。僕はそういうのないや』
『実績作るのなんて簡単だぜ。まずは』
『そうじゃない。僕には、頼れるものも信じれるものもないな、と言ったんだよ』
『…』
『そうだね。実績もいいけど、それは僕に言わせてみれば夢を見ているよ。努力なんて、努力の結果なんて、努力の結果だって、結局はたまたまなんだから。』
『…たまたま?』
『そう。人間に要るのは才能じゃなくて環境だよ。全ては環境で決まる。教育や、判断材料や、影響や、そういうものに恵まれた人間が、偶々恵まれた人間が、努力のおかげです!って言うの、僕はふざけるなって思うよ』
『…なんかごめん』
『いやいや、謝ってもらうために言ったんじゃない。ただ、君はまだ夢見がちだと言ったんだ』
『…俺はまだ、起きてないのか?』
『うん』
『起きるとは、なんだ?』
『現実を見ること…現実に気づくこと?いや、現実を受け入れること?受け止めること?いや、違うな。現実に浸ることかな?』
『そうした結果、何が得られるんだ?』
『得たものの価値が下がる』
『?』
『君は負荷能力を持っているそうだね』
『!…なんで知ってるんだ?』
『庵内湖奈々から聞いたんだ』
『⁉︎庵内さんの知り合いなのか!奇遇だな!』
『奇遇?違うよ。だからさっきから言ってるだろ、これは奇遇なんて素敵なことじゃない。彼女によって作られた偶然なんだよ』
『?…何を言ってるんだ?』
『だから。この世の全ては偶然なんだよ。君が達成使いなのも、僕が庵内さんの知り合いなのも、全ては偶然だ。彼女は、庵内湖奈々は、そんな偶然程度で人の人生を変えられることを知ってるからそうしたんだ。
君は彼女の作った偶然に嵌められた。』
巫くんを殺した。
私は心を読めないが状況を読むことはできたので、起きて、何かあったをチェックして、何かあったから殺した。
まあ、『具現蒼穹』はチートだから100回ぐらいなら存在を消してもすぐ生き返るから殺しても殺せないことはわかっていたけど、なんかちょっとムカついたから殺した。
その時の感情を例えるなら、弟や妹が親に褒められてるとムカつくあの感じだった。
すっくと起き上がって、彼はこう言った。
『棄権します』
あと何回か殺した。
生き返ったら私は、『もう帰っていいよ』と言った。彼はしょんぼりとした様子もなく帰っていった。
彼の『薙紫紅と戦いたくない』という気持ちも汲んであげたかったから、結局私は彼の棄権を許してしまった。まあ、あんな愚直で素直で不幸な少年に会ったら誰でもそう思うよね。私は違ったけど。
本当なら彼に暴れさせて、駆けつけた紅くんと戦わせるつもりだったけど、もう仕方ない。
…ということで、明日は私が暴れることにした。
そしてそれを、紅くんは既に知っていて──
──彼は急いで対抗手段を探した。
その『数瞬』を楽しむ為に、私はそれを邪魔しなかった。今から思えば、しといた方が良かったかも…しれない。
『心を読むこと以外はなんでもできる準全能』を倒す方法。まあ、彼はあれで百戦錬磨だから、すぐに正解にたどり着いた。その正解はこうだ。
『達成使いを作れるほどの能力者を凌駕するほどの能力者を地上で見つけることは恐らく不可能』
『だから、地上以外を探す』
彼は自ら命を絶った。
天国や地獄の存在を信じて。馬鹿だと思うだろ?しかし、この場合それは正解だった。まあ厳密には、彼がたどり着いたのは天国でも地獄でもなく、『神の領域』だった。
絶級能力。私や、現天角学園理事長の須川朝登、リリー・シエルの叔父である大魔導師ガティア・シエルはそれを持っており(おっと、ネタバレしちゃったかな?)、『絶級能力者』と呼ばれる。
その定義は、『封印能力者を倒せること』。
世界を滅ぼせる者を滅ぼせること。
『神の領域』にはそういう奴らがうじゃうじゃいる。しかし、彼らは地上に降りてきてその力を振るうことはできない。何故なら『神の領域』に存在する彼らは一人一人が『概念』や『ルール』であり、それらが『天使』の形をしているのだから。
地上で羽根つき人間が見つかったら色々と面倒だからね。神の領域がそれを禁止している。
私の『名付け親』に付属する能力『読心術』を奪ったのもそういう存在だ。
紅くんは神の領域にたどり着いた。本来会えないはずの天使に出会った。それが何を意味するのかは今はまあいいとして、とにかく彼は『天国に着いた!』と思ったらしく、すぐに協力してくれそうな天使を探し始めた。
そして、探し出した。他でもない、私に最強の名を許さなかった天使を、『アリカ・レリエル』という天使を、『最上は存在してはならない』という『ルール』を、彼は見事探し出した。
まあ本当なら門前払いだけど、庵内湖奈々の名前と達成使いの称号によって、彼はアリカに協力してもらえることになった。
彼は、『剣の柄の部分』だけを預かった。
それを使って自分の絶級能力(アリカ・レリエルの固有能力)『スクリーザショット』を貸し出せるようにしてあげる、というような形で、彼は本来ありえない『絶級能力者にして達成使い』という、攻防最強と言っても過言ではないほどの存在になって、現世に帰ってきた。柄と紅くんを経由することで、絶級能力を地上で使えるようにしたのだ。
しかし、それは不完全にも程がある力だった。
そもそも達成と能力は相容れない。異能の適正がある人間は達成使いになれないから、つまり今回は異能の適正無しで絶級能力を扱わなければならない状況であり、だから剣ではなく剣の柄しか貸出せなかったし、まあ簡潔に言うと制限時間がある。柄を持って絶級能力を発動して50分を過ぎると、彼は爆散する。
達成による死亡防止効果は発動しない。絶級能力の発動は彼が選んだことだから、自殺だと見なされるのだ。まあ、才能の異能や努力の技術、環境の思考異常と違って達成は逆境によって生み出されるものだから、見なされるというのはおかしな言い方だが。諦めるといった方がいいのかな。
そして、アリカ・レリエルという天使も存在として不安定だ。神に仕える身でありながら、『最上を許さないルール』という存在なのだから。彼女に負けた私が偉そうに言えることではないが、彼女はそれ故に神の領域の天使の中では最弱、落第の部類に属する。ようはピンキリのキリなのだ。
まあしかしそれでも、
私と違って今の彼は心も読めるし、私に殺されることもない。50分間私が逃げきらない限りは負けることはありえない。彼は50分の間だけ、神の領域の天使でさえ敵わない。
神という絶対を除けば、最強の存在になった。
翌日の朝。紅くんが生き返った頃。
私はどこで暴れるかを決める為に散歩していた。
決めた。
とりあえず最初にこの国を壊そう。それを開戦の合図にしよう。爆心地はこの銀行にしよう。
そんなことを考えていたその時だった。
銀行から帰る私の行く手を阻む男がいた──
──そう、巫槍だ。
『庵内さん。考え直してください。やけにならないで下さい。あなたは人を殺しちゃだけだ。たとえ生き返ることがわかっていても、生き返らせるつもりでも、人を殺しちゃ、人を殺すことに慣れちゃダメだ。命は軽いものかもしれないけど、軽く扱っちゃダメなんだ。どうか、考え直して下さい。人生はくだらない物だけど、命は、あなたが今思っているよりずっと尊いものなんだ!』
彼はそんなことを言った。
私には聞こえなかった。私にはもう、平凡な言葉は聞こえないようになってしまったらしい。彼の必死の訴えも…。
どこにでもある言葉。たとえ大切なことを伝えていても、量産されて価値が薄れた言葉…『命は尊い』。そんなものに、私は動かされなかった。
巫くんは紅くんに私とのバトルを押し付けてしまったことに気づき、後悔して責任を取る為に私を説得しにきたみたいだったけど、私は彼を障害物として扱った。
私は彼を袋に詰め、持ち手の長い紐を持って振り回し、彼入りの袋をあちこちにぶつけながら、彼を破壊しながら50mほど歩き、彼が動かなくなったら袋こど河川敷に捨てた。
まあそれでも彼はどうせ生きるから罪悪感なんてなかったが…しかし、彼の言う通りだった。
私は彼を殺すことに昨日で慣れてしまって、朝方だから人はいない、という理由で平気で外で殺人を働いたのだ。
…自分が、薙紫紅の負荷能力『クリムゾン』の効果範囲内に居ることを忘れて。
『…あ』
『てめえ…』
薙紫紅に見つかった。
『庵内…湖奈々』
『やあ、昨夜は大変だったね。紅くん。私の為にわざわざ自殺の経験なんか積んでくれちゃって。君まだ小6なのに凄いよね。ほんと。』
『…お前らは、お前らは俺にはよくわからない。まだ、よくわからない…』
『うん?』
『達成使いにしてくれたり、努力には価値が無いと言ったり、裏切ったり、一緒に遊んで楽しかったり、俺にとっては優しい人だったのに敵になったり、相容れないのに友達みたいに遊んだり、お前ら2人とは短い付き合いだったけど、色々あったけど、お前ら2人とも、俺は、俺にはよくわからない…』
『わからないことがある、ってのは私も同じさ。だから、数瞬の間の楽しさを求めて私も生きることができる』
『…お前は、人間を弄ぶことが楽しいのか。』
『楽しいよ。私は、完全悪、だからね。』
『そうか。なら俺は、悪の味方だ。』
バトルスタート。
しかしまあ、さっきあれだけ言ったんだ。勝敗はわかるよな?そう、私は健闘したが、49分59秒99の時点で負けた。ギリギリ、私は封印されてしまった。
いや、私だけではないな。彼を忘れてはいけない。
巫くんも、私と共に封印された。
彼は私達の、宇宙規模、世界規模、概念規模にまでなった戦いに乱入してきた。紅くんは柄の部分から光状の異能効果を放出して私を攻撃していて、もちろん私は押されていた。そしてついに決着がつこうとしたとき、私を庇いに参上したのだ。
チート能力に進化した『具現蒼穹』に合った行動をするなら紅くんの味方をするべきだったのだが、彼はそんな、絶級能力すら凌駕する防御の指示すら凌駕して、思考異常『ダーク・バランス』を発動させたのだ。
気合いで自殺したようなものである。
そうだな、語弊があった。
彼は、私も紅くんも庇おうとしていた。
彼はこう言った。
『実は僕が黒幕だったんだ!2人とも騙されたな!』
私は素直に感動した。
また、私の想像を超えてきてくれた、と。
しかし紅くんの方はそうはいかなかった。彼はその時、巫くんの言う『偶然を作り出せる』側の人間だったのだ。
そんなことを言わせた自分と庵内湖奈々が許せなかったし、そんなことを言った巫槍を許さなかった。
結果。
彼は私達2人に達成で攻撃し、感情を操り、無理やり頭を冷やさせることに決めたのだ。私達はそれ以来、日本のどこかの山奥に作られた霊感あらたかな巨大な社に閉じ込められている。
紅くんは一時的に全能だったから負荷能力を消せるはずだったが、それをしなかった。そして彼はこう言った。
『いつか、お前達を救済してみせる。』
彼は自分に課せられた呪いから逃げなかった。
彼は悪の味方になってみせると言った。
私は、彼はやはり、たくましいと思った。
ということで、社の中の独り言はこれでお終い。いやあ、意外と短くで済んで良かった。いかがだったろうか。
ようするに、未熟な者達が力を持って、過ちを犯してしまったという話だ。そんなに深い話ではない。
しかし、紅くんは深く受け止めているようだ。彼は日々戦って、日々進化している。
そうだね…
その調子で頑張って。私達は君を待ってるよ。
…とでも言って、このへんでお開きにしとこうか。
じゃあね。」