第鬼話【学園は天を隠す】キックオフ編
「……!」
「その攻撃自体は、妾が防いだ……だが逃げられた。ある置き手紙を残してのう」
「……置き手紙……?」
「うむ。それは、生徒会と人助け部の全面戦争をしようという内容だったのじゃ……どうじゃ?妾は今から生徒会室に行くが……お主も来るか?」
「……」
僕は暇つぶしをすることにした。
「……うん……ついていくよ」
〈school emperor〉
俺と倉谷は、視聴覚室に出向いていた。
他の部員とは違い、戦う前に話し合いをしようと。
「……にしても、どうして俺たちだけなんだ」
「分からない。が……紅、これはチャンスだ。生徒会は3年生を味方につけている。ここで上手くまとめることが出来れば、一気に学園のコミュニティは強力になる」
「ああ…」
俺たちは扉を開け、無言で、教室の中心に一つ置かれた長机に向かう。
そこに先に座っていた2人。
1人は、特に奇抜な部分もない、普通の生徒。そしてもう1人が、明らかに強者感を醸し出している女。
生徒会長、鬼月ビオラ。
「やあ、2人とも。よく来てくれたな。昨日はうちのが失礼した……彼は早とちりしがちなんだ」
「そうですか。後で失礼しましたっていうだけの仕事は羨ましいですね、生徒会長」
「紅」
おっと……そうだ。
協力的にだ…決して喧嘩はしてはならない。
「まあそれはいいとして……」
「……」
向こうは意外とそんな気はないらしい。
「今回の件…については、そちらも分かってくれているだろう。君らの世代が入学してきてから、色々と面倒ごとが増えた……ぜひとも、部活を解体してほしい」
「無理ですね」
その瞬間─────俺の顔の前で、パァン!と音がした。俺は何が起きたかもう分かっていたので、さほど驚かなかった。
生徒会長の拳骨…を、倉谷が止めた。
凄い……俺は予想していても全く反応できなかった。
場が硬直する……影の薄い、生徒会長の付き人は、あわあわしていたが。
「ほう……止めるか。レベル10はあったぞ」
「紅…いいか?」
「いいよ。まさかここまで決裂が早いとは思ってなかったけど……まあ、暴力で解決したいタイプらしい」
もう交渉は決裂だ。
俺も立ち上がって、戦闘態勢になった。
しかし。
「ふむ……」
生徒会長は何やら満足げに、また座った。
そしてニヤリと笑って、こちらを見つめてきた。
「どうしたんですか」
俺の言葉を無視して、彼女は指示をする。
「葉付書記。退室せよ」
「は、はい…」
言われた彼女は、おろおろと視聴覚室から出て行った。
そして……生徒会長はおもむろに立ち上がった。
俺は警戒する……さっきの戦闘機のような拳を。
「……」
「……いやぁ」
何かを話し出すようだ。
いったい此の期に及んで何を……
「十分だな。君らには1年生を任せられる…全くもって大丈夫だった。ならば、戦いは中止だな。どうやら私の思い違いだったようだ」
「……えっ?」
え……今……なんて……?
これから、激戦が始まるんじゃなかったのか?
「改めまして諸君ら。私は天角学園現生徒会長、2年生の鬼月ビオラだ。この度は本当に済まなかった……ドッキリのような真似をしてしまってな」
「……ドッキリ……⁉︎」
「ああ」
彼女は…生徒会長は笑顔を見せた。
そして俺たちに事の真相を明かし始めた。
「今、来たメールだ…君ら人助け部の部員と、うちの生徒会のメンバーに手合わせをさせていたのだが……合格だ。全員、決着がつかないとのことだ」
「……!」
俺は緊張が解けて、拳を下ろした。
倉谷も何が何だかという表情をしていた。
「……ということだ。君らの実力は十分。我々の戦う意味はもうない……」
「そ、それ……先に言ってくれれば」
「だが」
そしてここからが今回の本当のお話……
生徒会長はあることを提案してきた。
「あいにく3年生たちが君らにヘイトを向けているのも事実……それは私たちには本来関係ないことだが、しかし放っておけないことでもある」
「……つまり……?」
「一つ提案だ。君らに責任がないことは理解している。だからどうだ……学園で、人助け部vs生徒会を目玉にした、決闘大会を開催しないか?」
「決闘……大会?ですか」
「うむ。言い換えれば……球技大会をしよう」
〈4-9〉
3年生がやたらに俺たちを嫌っているらしい。
それはそれはもう、親の仇のように。何故かと言うと、3年生はほとんどの人間が、学校にいる間に学習をしてこなかった人間なのだ。
生徒会長いわく……『勉強など、しなくて済むならしなくてよい。意欲が湧かねば、机に向かうな』……そんな感じの方針があるらしいのだが、急に登場してきた卒業テストによってそうも言っていられなくなった。
そして、行き場のない怒りに無理やり行き先を作った結果、俺たちへ……ということになった。
しかし、これまた生徒会長いわく、
中身の伴わない怒りや恨みは、何かのきっかけですぐに消え去るもの……だからこそ、3年生の親分的な存在である生徒会執行部と、問題の人助け部が、仲良くそして本気でぶつかる場面を3年生に見せる必要があるというのだ。
それは納得した。
だがその次……次に生徒会長が言ったことは、少しモヤっとした。
俺は倉谷と、仲間の勝負を止めるためにそれぞれが向かった場所へと…今なら、生徒会室に歩いていっていた。
「球技大会は1年生と3年生で開催して、二大部活の対決が大目玉になる。まあそれはいいけどさ……倉谷、どう思った?」
「何が?」
「最後に生徒会長が言ってた言葉だ」
「ああ……」
“総合点で勝った方の学年には、キャンディ・ベル先生のハイスピード講義がついてくる”
これだ。
天角学園で能力を使わない学習をしようと思えば、一つだけ近道を使うことができる。
それが言葉の達成使いであるキャンディ先生、すなわちうちの担任による、超スピード授業だ。
1年1組、つまり俺たちはそれを受けて、たった数ヶ月で高校一年の範囲を終わらせた。
しかも、ちゃんと身についている。なんなら、演習問題でも解けるくらいには。
だから3月までに間に合わせなければならない今のタイミングには、とてつもなく都合のいい存在だ。
しかし何かが引っかかる。
「彼女…生徒会長はまるでもう許可を取ったかのような言いぐさだったな」
「そう、それ!」
一体どういう関係にあるのか、推察しても無駄だろうが、しかし場合によってはあの生徒会長、とんでもない奴なのかもしれない。
何せキャンディ先生は元暗殺者だ。
一体どういったタイミングで知り合ったのか……
「怪しいな。だがまあ、深く考えても仕方ないかもしれない……紅、それはお前の悪い癖でもあるぞ」
「え?……」
「自分から巻き込まれてどうする。別にお前は、この世の全てを率先して知ってなくちゃならないわけじゃないだろう?お前の知らないうちに、どこで何があろうが……それは別に、お前を構成してる物じゃない」
「ま、まあ、それはそうだけど……だけど倉谷、俺はどうも気になるんだよ」
「?」
「あの生徒会長……どちらかというと一般人に近い性質の人間じゃないか……?なんでこの学校にいるのか分からないっていうか……」
「いや、俺はそうは思わなかったけどな」
「そうか……」
「それに、凄いオーラを放ってただろ。あれはかなりの修羅場を踏んでなきゃ出せない」
「うーん……」
そんなことを話していた時だった。
俺たちの中で、無意識に出していた結論…あの生徒会長が只者ではないということについて、それに混ざるように、ある人物が会話に入ってきた。
待ち伏せされていたのだ。
「あ、あの、」
その女子に…というか、さっき退出させられていた人だった。確か名前は……葉付。書記の、葉付さん。
「ん?」
「薙紫さんに、倉谷くん、ちょっといいですか……?」
気の弱そうな彼女は、何かを話したいらしく…そのまま俺たちは、図工室に誘われていった。
〈5-8〉
「……」
「…………ん?」
何なのか。座らされたが、もじもじして何も話そうとしない。顔をうつむかせていた。
「紅。こいつは話すのが苦手なんだ……それにお前はよく知らないだろうから俺から紹介しておこう」
「え?お前が紹介する側?」
「ああ……『クラスメイト』だからな」
「!」
倉谷のクラスメイト…その言葉が表すのは、ある強烈な事実だ。つまり彼女は、5組の生徒ということになる。
「彼女の名前は葉付桃。俺やリリー、時破田、それにマリーにシルフィードと同じ、封印クラスの生徒だ」
「あ、友達だったのか」
「まあ、俺含め周りはそう思ってるだろうが……とにかくこいつは周りと絡もうとしない。ああ、1人仲良い奴がいて、そいつとはつるんでるようだがな」
「それって誰だ?」
「紅は知らない奴だ。まあだからそれについてはどうでもいいとして、こいつはだから極度の人見知りなんだ……さっき声をかけた反動で、2分間ほど舌が動かなくなっている」
「そんな重症なの!?」
なるほど、人見知りにもレベルがあるのか。
しかしそれは不便なことだなぁ。もはやそれは病気の域まで来ているじゃないか。可哀想に……
「あ、あの……」
「!」
彼女はまた、なぜか申し訳なさそうに話し始めた。
「ふ、2人とも、その……お願いがあって」
「お願い?」
「うううん、きゅ、球技大会のことなんだけど…うう、ごめんなさい」
「紅、30秒待ってやれ」
「不便だな!」
俺は性根はいいのでイライラしたりはしない……しかしこれでは埒があかないので、後で紙に要件を書いて、人助け部に届けてもらうようにお願いした。
……嫌な気分にさせてしまったかもしれないが、今も繰り広げられている、部員たちの無駄な戦いをさっさと止めなければならないのだ。
俺たちは図工室を出て、まずは時破田の戦っている大会議室に向かった。
「……」
「どうした紅、悩み事か?」
「……いや、まあ……なんだか今回も色々と波乱がありそうだと思ってな」
「はは。まあ確かにな。でも、楽しむぐらいでいいんじゃないか?もうあっという間に1年生も終わっちまうんだからな」
「まあ……それもそうかね」
そんな会話をした。
実は学園より、異能業界の方に大波乱が起きようとしているということは、俺たちのまだ知らない事実である。
〈4-8〉そろそろ本題に入ろう。
球技大会における、生徒会vs人助け部の決戦……それが、なんの因縁もなく楽しく迎えられるはずもなく、
一瞬、普通に戦うよりも楽でいいやと思った俺を馬鹿にするように、あちこちで勝手に物事が動いて行った……
大会議室。
「あははは!ほぅらどうしたの!」
「ちっ……!」
時破田はとてつもなく苦戦していた……それにも納得の理由がある。彼女が今相手をしているのは、伝説の生物たちなのだから。
ユニコーン、グリフォン、ドラゴン、
もしくはスライム、キマイラ、鵺。
なにを言っているのか分からないとは思うが、その言葉の通りなのである。
「子弾・流星!」
「きっかないよー!」
友達──近藤いつみから学んだ、炎の技を放つとしよう。するとその『女』は体を変形させ、炎の効かない体になる。
その姿はあの『堕天使イフリート』……を、服にして来たようなものになる。
「クソ……」
テレポーテーションを完全には使えない上に、どう攻撃しても対応される。『クラスメイト』に。
「心裏ちゃんも案外弱いね!私と互角だなんて!私なんて、ただ死なないだけなのにねー!」
「……なんとでも言えよ、鉋さん」
「ローズちゃんって呼んでよ!他人行儀は嫌。それに……怒らないでよ。あなたが悪いんでしょ?」
「……」
彼女の名前は鉋ローズ。
1年5組、封印能力者クラスの生徒である。
しかし希少なクラスメイトとはいえ、それほど仲が良かったわけではない……だからその能力を知らなかっただけに、時破田心裏は驚いた。
そして考えた。
ただ死なないだけ…その強さは、今まで散々教えられてきた。いわば彼女は……いや、彼女の能力は、
「【絶対生存】!まあ私も悪いやつだよね、いつまでも負けを認めないんだもんねー」
便利な紅みたいなものだ─────
「さぁて、次は何をしてみる?ブラックホールに吸い込ませて、マグマに埋めさせて……それでもダメだったね……心裏ちゃん?」
「……じゃあ次はマントルにでも行け」
時破田がブーイング(くたばれ)のポーズを鉋ローズに向けると、彼女は消える。
実際に、地球の奥深く、中心の核にまでテレポートされたからだ。しかし、ほんの5秒後……
「ぷはぁ!」
教室の床を抉って戻ってきた。その姿を変えて……強烈な熱気を伴って帰ってきた。
そして笑顔で時破田を見つめる。
これが、絶対生存という能力の真髄。
死なない為なら、どうにでも進化する。今の彼女の姿は、不死でお馴染みのフェニックスである。
生徒会室。
「だから本当に、なんのことか分からないよ」
「ふ……ふざけんな……」
「お、おい落ち着け!」
キャサリンに連れられてやってきた桜原棘は、激怒していた。それは何故か。
目の前の男の態度が許せないものだったからだ。
「なんであんたがそんな……」
「済まない、順を追って説明してほしい。僕と君は、一体どういう関係だったんだ……?」
彼の眼前に座っている男は、生徒会の副会長。
『夜宵 阿摩羅』である。
とても優しそうな目をしている少年。
この学園にいてはならないような、暖かな雰囲気のその男は、本当に何も分かっていなかった。
「そんなに都合よく……罪を消そうと……!見損なったぞ!あんたはそんな奴じゃなかった……」
彼が激昂する訳。
それは彼の殺人鬼としての人生観によるものだ。桜原は、悪いことを悪いことだと理解した上で悪いことをするし、許されるとも思っていないし、また罪の重さを忘れるわけでもない。
しかし目の前の男はそれに反した。
いつも気怠げな彼が、声を上げて批判する。
「……以前のあんたは……どんな奴より凶暴で、殺意に満ちていて、それでいて負けず嫌いな……血も凍りつくような殺人鬼だった!」
「!……そ、そんな馬鹿な……僕が…?」
「お、お主それは本当か…⁉︎」
「ああ…今のお前がしているのは最低なことなんだぞ!俺たちは悪だ!それだけは忘れちゃ駄目だろう!お前に殺された奴らに、失礼だとは思わないのか!!」
敗北撲滅活動組織、ホワイトウルフ。
その汚れ仕事を担当するメンバーにおいて、桜原棘を差し置いて序列1位に君臨していた男。
それが、夜宵阿摩羅。彼はちょうど、
2年前に行方不明になっていた。
「……!」
「……2人にしてくれ、キャサリン・ヴァルキューレ。こいつに零から百まで、罪を教えてやる」
図工室。
「はあ……」
書記、葉付桃は顔を伏せて落ち込んでいた。
自分はどうしてこうコミュニケーションが取れないのか……人間生活を上手くやっていけないのか。
こんな訳の分からない学校にわざわざ入ったのも、能力者に理解のある友達が欲しかったからなのに、
全然出来ないままでいる。
いい加減どうにかしなくては、今後はとてもやっていけない。もっと勇気を出さないと……
そんなことを思っていた。
「あ、いた!」
「⁉︎」
そんな時だった。
図工室の扉を勢いよく開けて、小柄な男子が入ってきた。その手には、何か光っているものがある。
それは……雷。
彼女は彼が何故そんな莫大なエネルギーを持ってきたのか、意味不明だった。
「お前だな…葉付桃!覚悟しろ!」
「え……」
覚悟…彼女は何のことか一瞬分からなかったが、数秒遅れて理解した。そう、今は『普通』に、生徒会と人助け部がぶつかっているのだ。
「【絶対逆算─────────
「や……」
因果律の到着する順番を反転させ、必ず相手に雷を落とす必殺技。彼は手のひらのそれを葉付桃に投げた。
そして、スロースピードではあるが強烈なエネルギーを持って、彼女へと飛んでゆく!
「──────────必殺雷電】!!」
「やめてえええええええええ!」
「!」
シモンは気づく…彼女には戦意がないことを。
戦うんじゃなかったのか、と思った。
まさか生徒会の中で意見がまとまっていなかっただなんて、思いもよらなかったのだ。
だが……彼が気づいた時にはもう遅かった。
何が遅かったのかというと、避けるのが遅かったのだ。彼は放ってしまった雷を止めようと前に飛び出たが、その必要はなかった。
彼を待っていたのは、限りなく白い空間であった。
「あ……」
何が起こったのか。
それを一番に理解できたのは、つまり被害者であるシモンだった。
人助け部の部室に、念のために置いてある自分の細胞から『共鳴烏』の逆算を使用して、体を再生する。
服を着替え、一応わかってはいたものの、
その目で、図工室へ確認しに行く────
そこにいたのは、えんえんと泣いている葉付桃と、前半分が綺麗に吹き飛んだ教室だった。
「……!」
「あ!良かった…!無事だったんですね!」
これは彼女から後で解説されることだが、彼女の能力は【絶対消去】。
掛け値なく、全てを消し去る能力。
「そ、そっちこそ……凄いね」
「……そ、そうですか…?……えへへ……」
因みに2人これをきっかけに友達になるのであった。言うなれば『地味な人同盟』の、結成の瞬間であった。
屋上。
「噛め。産まれろ。流せ。光れ。そして燃えさかり、高らかと歌え、そして託せ──『聖剣』」
「【絶っ……対……」
「『デュランダル』」
リリー・シエルは激しい頭痛に見舞われていた。まっすぐ立っていられなくなるほど強烈だった。
「零……砕】!」
「!」
まるで太陽のような炎を、リリーはなんとか防ぐ。しかし能力を使うたびに、体調が悪化していく。
少し前からそうだった。
宇宙に行った時も、少し体調が悪くなって……そして、「能力を使うな」という幻覚が聞こえてきた。
いったい自分に何が起こっているのか、彼女には全く分からなかった。
ここで問題なのは、本気で分かろうとしているのに分からなかった、という点であり、それはつまり、封印能力者を『押さえつける』ような力が働いているということを表していたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
リリー・シエルはついに膝から崩れ落ちる。
だがしかし、彼…生徒会の剣使い、『疼アキレア』もまた、その剣を大地に刺して座り込んだ。
彼は軽薄だが硬派な人間である。
「きちんと使えさえすれば余裕で対処できる……のに、それが出来ない相手をいたぶるなんて、俺には気が引けるや……お前の勝ちでいいよ」
「はぁ……はぁ……何度も……言ってるでしょ……やめなさい……そういうの……私はね……手加減されるとか……屈辱なんだって……!」
「俺は先輩だ。一歳上だ。敬語を使えよ……あのなぁ、屈辱ってなら、俺もそうだ。身支度が万全でないまま戦場に立たれるなんて、馬鹿にされてるとしか思えない」
「……でも……あなたは応じた」
「決闘を断るほど腐ってないんでね。だが、決闘どころか、勝負が成り立たないのなら……俺もこうして何もせず、座っておくことにする。それだけのことだ」
「……!……」
リリーは何故か、能力が自由に使えなくなった。
ほんの少し前、『神影』が地球を襲った時……もっと正確に言うなら、裂命という武器を使って莫大なエネルギーをそれにぶつけた後。
幻聴が聞こえたのだ……「能力を使うな」。
結局その後からそんな状態が続いたが、このことは他の仲間には言っていない。
しかしそれを匂わせるようなことを、理事長には相談していた。するとこう返ってきた……
『あの裂命には、史上最強の能力を持っていた、君の叔父であるガティア・シエルの遺体の成分が入っている。だから君の能力と何らかが噛み合わなかった、ということが原因だと考えることもできる……』。
それは違うと、彼女はすぐにわかった。
既に死んだガティアの能力が、姪である自分にこんな事をする理由がないからだ。
あいにくリリーには『鍵飲』という思考異常があり、何か結論を出さなければずっと考え続けてしまう。
彼女は一つの仮説を結論とした。
様々な異能や可能性の総体に触れた時、ウイルスのような物が混じっていたのだと。
リリーにとっては、
能力とは自由の証である。なので現在、彼女はとても『生き心地』が悪い。まるで、骨折をしてギプスで片手を固められたような気分なのだ。
「……だがまあ、あれだな……そこまでの覚悟を、無駄にするのも勿体ないか……そうだ」
疼アキレアは提案する。
「賭けをしよう」
「賭け……?」
「ああ。俺は断固として、弱った相手を攻撃などしたくない。そんなことは主義に反するからな。だが……しかしお前の意気込みを買ってやりたい気もする」
「……じゃあ」
「だから、ジャンケンだ」
彼はすごく真剣な、何かを見極めるような顔で、子供のするような遊びを会話に出してきた。
リリーは一瞬何かと思ったが、その趣旨を理解した。
「……ジャンケンね。なるほど……あなたが勝ったら攻撃はなし、私が勝ったら勝負は続行……ってことね」
「まあそうだ。だが、勝利条件は決めさせてもらう」
「……?」
ジャンケンのルールは簡単だ。
グー、チョキ、パーの三竦みで勝負し、出した手の強い方が勝ち。同じなら引き分けでもう一度。勝率が公平になるということもあり、人々に親しまれている。
だがこれは公式のルールで、勝利条件を変えればまた別の楽しみ方も出来るのだ。
「20回連続であいこになったらお前の勝ちだ」
「……な、なにそれ、そんなの……」
「勝ち目がない?」
「!」
リリーは気づいた。
目の前の男が本当にしたいことが。
「そんなことは無いはずだ。今のお前は……もちろん能力を使わなくても、勝ち目は十分にある」
「……」
この男は実はいい奴かもしれない。
リリーはそう思った。
今、一体自分が何に取り憑かれているのか、見極めようとしてくれているのだから……騎士道の精神をもって。
「さーいしょーは……」
ジャンケンは始まった。
もしも、能力をずっと使わないジャンケンで、不可思議なことが起これば……つまり、あいこがずっと続けば、それはリリーに起こっている異変の仕業だということ。
幻聴の正体によって、なされたことだということ。
あいこが続いてリリーが勝てば、
恐らくリリーは死ぬ。
逆に普通にジャンケンが行われた場合、
何も起こらない。だからもしウイルスが取り憑いていて、リリーに敵意がある場合は、
あいこが20回、続くはずなのだ。
疼アキレアも、リリーも、正真正銘、能力を使わずにジャンケンをするのだから。
それはお互いに信用していた。
「…!」
彼はチョキ、リリーはグー。
「……」
『実に65回のあいこの後』、そのような決着がついた。これで確定した。
「……なるほど、じゃあ悪霊でもいるんだな」
彼は立って、とことこと、スッキリとした様子で、屋上から屋内へ戻ろうと歩いて行った。
しかし。
「待って」
リリーは疼を呼び止めた。
彼は足を止め、振り向く。
そして若干、恐怖してもいた。彼が思ったのはこうだ────この女はどこまで筋を通すつもりだ。
「約束を……守りなさい」
「…お前、よく考えろよ、俺なんか、口じゃあ偉そうなことを言うが、結局軽々しい男さ。やめとけよ。こんな奴に命を取らせるんじゃねえ」
「はやく」
その三文字が不気味で仕方なかった。
「お前…死にたいのか?」
「私は死なない」
「今は、能力じゃ生き返れないんだぞ」
「あなたが本当に言いたいことはこう」
「!」
リリーはそもそも、いつでもキリッとしているのだが、いつにもまして覚悟の決まった顔でこう言った。
「命を粗末にするだなんて…この馬鹿め」
「大正解だよ」
「違うね……命は人間が本当の意味で持つ唯一の所有物だ。先輩にああしろこうしろと言われる筋合いはない」
「お前、馬鹿か」
「は・や・く・し・ろ・よ……伝説に頼ってるだけの、封印能力者の恥さらしが」
「!」
彼……疼アキレアに向かって、突如、強烈な言葉が投げかけられた。
そして彼は気づいた。
彼女……の、右手。握りすぎて爪で切れて、血が出ている……何かに抗うように。
「お前……リリー・シエルじゃないな…?」
「私を……殺せぇ!殺せぇ!殺せぇ!はやく地獄に送るんだぁ〜〜〜〜〜〜!!!!」
「無詠唱『魔法剣』」
疼アキレアは急いで剣を召喚する。
その剣は古代の遺物でありながら、今の最新鋭の技術である『無機物への異能の組み込み』が為されている。
だから魔法剣。
「『クラウソラス』」
「【●●●●●●●●●●●●●●●●】」
「……!」
圧倒的な輝きを持つ聖なる力……だが、リリー・シエルに届くことはなかった。
明らかに様子がおかしい彼女が、突如放ったエネルギーによって……光が全て、跳ね返されたのだ。
幸いにも回復効果だった為、疼アキレアはどうともなかった……だが、もし攻撃をしていたらと考えると、彼はゾッとした。
「…………短詠唱……飲み込め、泥沼の底に……赤く赤く光るが良い、『偽剣』」
「う……ばぁあああらああああああ!!!」
「『ダインスレイヴ』!」
ついに分かりやすく彼女に異変が訪れた。リリーの背中から翼が生えてくる……彼はそれより先に、大ごとになる前にトドメを刺そうと、反射能力の突破口として『存在があやふやな剣』を使い、リリーへと突進する。
しかし。
「……俺に勝てると思ってんのか?」
「……!!!」
急に。彼に話しかけてきた。
一人称が、変わっていた。
『ダインスレイヴ』はこちらへと向かってくる衝撃波を相殺し、粉々になる。
いつのまにか立場が逆転し、彼が殺される覚悟をしていた。もう後には引けないので、自身の持つ最大火力で次の攻撃に備える───それこそは、
「度数利用詠唱!『聖剣…エクス」
「ナイスじゃ!」
「⁉︎」
彼が聖なるエネルギーを放出し始めた瞬間……屋上のドアがバンッと開いて、何者かが飛び出してきた。
その金髪は疼の頭上を舞い、『真っ白な』エネルギーの球を右手に持って……その手で、リリーの顔面を地面に叩きつけた。
「…………えっ……」
えぐい音がした。
犯人は、キャサリン・ヴァルキューレ。
疼は呆気にとられて、全身の力が抜ける。
「お前は……副会長が担当するはずの」
「ふぅ……間に合ってよかったのじゃ……どうも最近、様子がおかしいと思ったら…こういうことじゃったか」
「おい……おい」
「お主!ナイスじゃった!聖属性のおかげでちゃっちゃと事が済んだ!」
「おい!どういうことだ!答えろ!」
廊下。
生徒会長はキャンディ先生に邂逅した。
「ああ、キャンディ、キャンディではないか。最近はあまり生徒会室に来てくれなかったな」
「ごめんなさいね。存在の影のこともあって忙しかったのよ。明後日あたりからはまた行けるわ。」
「そうか。待っているぞー」
「……」
「あ!キャンディ!」
「……え?」
「そういえばお願いがあるのだが……」
……と、今後の展開が不安になるような要素がたっくさん見受けられた。
しかし行事は待ってくれない……
とにかく翌日、俺たちは部室に集合していた。
〈4-8〉
リリーは能力が万全に使えなくなった。
そして昨日、ついに暴走までした……ということが、翌日、ようやく人助け部の全員に伝えられた。
「……!…」
いつもならば…俺も、「今更かよ!報連相しっかりしろ!」と突っ込むところなのだが、
これが他の奴だったらともかく、リリー……となると、全く意味合いが異なってくる。
まあ、何が違うのかはよくわからないが……これから激動の時代が来ると、散々言われている中で、既にこんなことが起きてしまったのだ。
絶対に何かをやらかす血筋、『シエルの血統』が、能力を暴走させた。
「ぜっっったいに外部に漏らしちゃ駄目だね」
「いや……もう手遅れかもしれぬ」
「どどどどうしましょう…理事長に相談…?」
「……」
静寂が訪れる。
部室が、今までにない雰囲気になった。
まあみんな、リリーが只者ではないということは、何となく気づいていたのだろう。
「……」
当人は下を向いている。
しかし……いつまでもこんな雰囲気でいても、仕方ない。何があっても、リリーは被害者なんだから。
原因も分からない。
なら、楽しい気分にならなければ。
「……リリー」
「……何?」
「能力のこととか、俺にはよく分からん!」
「……」
「ただ、心配することはねえって。俺たちがついてるだろ?いざ何が起きても、何とでもなる。今回だって、誰かを傷つけることなく事は終わった。」
「……紅」
「心配しても仕方ないだろう。それなら、いつ、何が、どうなるか分からないことより、球技大会のことを考えようぜ」
「……?」
「ああそうか、言い忘れてたな」
彼も気づいたようだった。そう、俺と倉谷はその辺の説明をできていなかったのだ。
昨日はもう一度集まることが(上記から分かるように)面倒くさかったので、適当に解散していた。
さて、その時だった。
ガタガタという音が聴こえてきたと思いきや、知っている声で放送が始まった。
「お昼休憩中に失礼。生徒会長の鬼月ビオラだ。
勉学に追い詰められている生徒諸君、諸君らに朗報だ。この度、年に一度の生徒会長権限を用いて、
今週金曜日の日課を全て変更し、球技大会の開催を決定した。体育館ならびに運動場の全開放はもちろんの事、全世界の、メジャーな物からマイナーな物まで、全てのスポーツ器具を用意し、体験会を実施しよう!
学園祭で多かった要望である、外部の人間の参加も大いに認めよう!誰でも連れてこい!
さらに、学年対抗のトーナメントもする!
1,2時間目はバドミントン、3,4時間目はテニス。5,6時間目は卓球、放課後日が落ちてからは秘密のお楽しみタイム、夜の部ではバレーボールだ。
そしてトーナメントの最後では、生徒会執行部と、今流行りの人助け部の直接対決もあるぞ!
そしてトーナメントに勝った学年には、なんとなんと、卒業試験や進級試験に『間に合わせられる』、スペシャル講義の授業券が与えられる!
それでは皆の衆、金曜日を楽しみに、勉学に励むこと。失礼した!」
「……」
「……ということなんだ」
「なるほどね。ワクワクしてきちゃった」
部の空気が一気に和んだ。
これも実は生徒会長の為せる技だったりして……
ということで、若干知らない情報はあったが、予定通り球技大会は開催されることとなった。
生徒会との決戦は金曜日。
俺もワクワクしてきた……
……はずもなく、実は俺が一番焦っていた。
以前…というか、リリーに出会った時、俺は一つの感想を抱いたことを覚えているだろうか。
『魔力の質が』
そう。
『庵内さんと同じだ』
これである。しかしついさっき、異変を感じ取った。リリーの魔力の質は……面影の一つも残さずに、変わり果てていた。
それが良い方向なのか悪い方向なのかは俺には本当に分からない。だがひとつ判明したことは、
庵内さんや、以前のリリーから感じていた、魔力の質。あれは何か特色があったのではなく、何もなかったのだ……いわば無色透明の無味無臭。
しかし、恐らく『能力の可能性を制限させない為』に特色を持たない庵内さんに対して、リリーが特色を持っていなかったのは全く違う意味を持つだろう。
何かは分からないが……だが現実は、その意味は失われたのだ。そして能力使用がほぼ不可能になった。
……これから何が起こるのか、全く分からない。
いつまでそれを引きずるのか、も。
「………」
まあだがしかし。
俺がいくら考察したところで多分無意味だ。
だから……こういう時のための、
『コミュニティ』なのだろう。
Road。お偉いさんに翻弄されない為に、各組織から得た情報をこっそり共有するグループだ。
俺は倉谷に目配せをした。
倉谷は首を一回縦に振った。
その後俺は、リリーの今の情報を、持ってきたパソコンでコミュニティに流した。どうせ(学園は監視されているから)既にどこかにはバレていることなのだ、変に隠すよりも、開示することで信用してもらえる方がいい。
そして。
この時のこの判断が、後々効いてくるのだが、
それはまた、かなり後のお話だ。
「……おーい湖奈々、もしもーし」
「なんだいアイゼン。こっちはもう23時だ」
「例の坊やが例の彼女の情報を馬鹿正直に流しやがったぞー…なんか能力が暴走したってさ」
「……ほーう……早かったね…さすがリリーちゃん」
送信して5分で、既に関係者以外に伝わっていた。
こういうところが、コミュニティの怖い所だ。




