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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
61/66

過去編【達成ダブル】

「突然だが、天角学園には二つの部活がある。

 ああいや、体育祭のために作られた自己完結部とか化学部みたいなのもあったか……まああれは無かったことにするとして、実質的に活動しているのは二つだ。

 片方は珍しく、片方は普遍的に存在するもの。

 そもそも学園の名前が変わるかもしれないという状況だが、それらの正体を明かそう。

 一つは紅くんが副部長を務める人助け部。

 そしてもう一つは、彼らと同じように生徒を更生させる活動をしている、生徒会執行部である。

 私は空気が読めないから、そのメンバーの名前すら明かしてやろう。

 生徒会長、鬼月ビオラ。女。

 副会長、夜宵阿摩羅。男。

 役員その1、疼アキレア。男。

 役員その2、鉋ローズ。女。

 役員その3、葉付桃。女。

 全員、生徒会長によってスカウトされたメンバーだ。上3人は2年生で、下2人は1年生である。

 とまあ、彼女らのことは今はいいとして、今回伝えたいのは彼女だけのこと……鬼月ビオラちゃんについてだけなのだ。

 どうも。庵内湖奈々だ。

 過去編のお姉さんだよ。


 さて、さっそくだが、今回の主人公……鬼月ビオラは、実は本名を隠している。とは言ってもそれは日本名かどうかだけの違いなのだが……

 本名は、ビオラ・オーガ。

 鬼の名を持つ少女。

 ちなみに日本名も難読だ……『おにつき』ではなく、これで『きさらぎ』と読む。

 鬼という字は元々『きさらぎ』と読むから、そこに本来の如月の月を足して、おにつき……ではなく、きさらぎ読みをする。

 まあともかく。話を脱線せずに進めよう……

 つまりは、今は学園に来ている彼女だが、元々日本の生まれではないということだ。

 もちろん、天角学園にも外国人の生徒は沢山いる(戸籍は既に無くなっているわけだけど)。

 しかし、中にはやはり訳ありな人もいて、たとえば国外追放になったとか、そういう理由があって来ている人もいるのだ。

 リリーちゃんは、故郷を追い出されて、旅の途中で日本に立ち寄ったところ、気に入ったんだよね。

 なら、彼女には……ビオラ・オーガちゃんには一体、なにがあったのか?

 では、お聞きいただこう。

 ちなみに断っておくが、これはキャラに深みを持たせる為に悲しい過去を付け加えるコーナーじゃない。

 私はそんなくだらない仕事はしない。

 私がこんな独り言を繰り返すのは、人の転落劇が、話していて楽しいからだ。

 それだけ。では、どうぞ。



 イギリス。正式名称がめんどくさい国。

 国の形を、白いワンピースを着た少女に見立てる者もいる……そんなイギリスでは、今からおよそ20年ほど前まで、暗殺家業が盛んであった。

『はぁっ!……はぁっ!……』

 街を駆ける少女。

 中学生くらいの女の子。この子はお察しの通り暗殺者である。今日も仕事に勤しんでいる。

『……!あそこだ!』

 この時代から…というかずっと昔から、殺人術というものは開発されていて、暗殺者の間でもスタンダードな物だった。

 しかし彼女は今、彼女の殺人術に反したことをしている。なんと、仕事現場に向かっているのだ。

 彼女の殺人術は『任せ殺す』。

 本来、彼女は部屋からすら動かないような暗殺者なのだ……しかし、彼女は暗殺者のランキングではかなり上位の実力者であった。

 で、何故彼女が自ら仕事現場に赴いているのかというと、人に任せていては間に合わないからだった。

『ふん!』

 彼女は、ある暗い一軒家に窓を割って突入した。

『……な、何者……だァ?』

 そこにいたのは、明らかに薬物をやっている男……と、地面に伏せている小さな少女だった。

『間に合った……あなたどういうつもり⁉︎』

『ああお前か……どーゆー……つもり!つもりつもる!ぎゃはははははははははははははは』

『ふざけないで!』

『ふざけてねーよーーーおおおおお!!!飽きたんだよおおお!!あれ……あれ!じゃあさぁ!娘でやるっきゃないしょー!??????』

『……クソ、もう救えないか……!』

 会話が成り立たたなかった。

 最期まで……仕方がないので私が解説しよう。

 彼は仕事仲間だった男だ。それが今や、薬物中毒者で快楽殺人犯、人食いまでするようになり……挙句の果てに娘を強姦しようとしていた。

『ああ……あああ!????』

『くっ……クソ……どうしてこんなことに…!』

 完全に気が狂ってしまったのだ。

 同僚であった暗殺者は、まともな彼を知っていたばかりに、ショックで胸がいっぱいになった。

 しかし今やイギリス全体を騒がせる化け物で、堅気に迷惑をかけまくっている。強姦趣味まで出来てしまうぐらいなら、自らの手で葬ってやるのが一番だ……

 そう、彼女は考えたのだった。

 彼女はナイフで彼を刺し、命を終わらせた。

 彼女の名は『キャンディ・ベル』。

 父親から助けられた幼女の名は『ビオラ・オーガ』。

 奇妙なことに、

 前者は今、学園で紅くんの担任になっていて、

 後者は今、学園で生徒会長をしている。

『……』

『あなた……可哀想に』

 キャンディはこれをきっかけに暗殺業から撤退し、彼女を育てることに決めたのだった。



 キャンディ・ベルは現在1年1組の担任以外に『達成使い監視係』を担当しており、学園の達成使いが悪事を働かないかを観察している。それにはやはり暗殺者時代の諜報能力が活かされているのだ……

 彼女はかなり深層の情報にまで手を出すことが出来て、2人で住む場所を探すことも簡単だった。

 たどり着いたのは、イギリスの特殊地区。

 阻害地区と同じ、犯罪オーケーで、一晩寝ると戸籍が抹消される場所……しかしここはかなり特殊で、阻害地区と同じ扱いをしていいのかと言われれば、違う……と言わざるを得ないのだ。

 その場所は、イギリス内部にありながら、一つの国として扱われている。実際には国としての条件を満たせないため、やはり一つの地区なのだが……

 イギリスじゃなくて異世界のようなものなのだ。

『……ここが……』

『ここ……どこぉ?……』

 時空の曲がった場所。

 昇華地区(消化地区)と言って、ここに入った途端、体の成長は止まり、精神だけが前に進むようになるのだ。

 そして霧に包まれている。

 だから外から見れば、入った人間が、入った時のそのままの背丈で帰ってくるから、

 時の止まっている場所────だと、思われている。だが実際、体の成長は、その場所にいる間だけ止まるのだから、未来へタイムスリップしていると言っても過言ではない。

 だから周りの人間にとっては、『国民』が存在せず、そして、だから『主権』もない場所。

 よって、国にならない。

 キャンディはここならば良いと思った。

 別に敵がいるわけではないが、彼女は自分の前の仕事をやはり後ろめたく思っていたので、『人殺しに育てられた』という事実をなかったことに出来るように、彼女の時間を奪わないようにしたかったのだ。

 体が成長しない理由は、昇華地区の植生にある。この国の植物は尋常ではない生命力を持っていて、土地や空気、そしてその場にいる人間までも、全ての環境にそれが伝染するのだ。

 だから生物や土壌は過度に健康な状態になり、老けることもなくなる。夢のような場所だ。

 ちなみにこれは私からのネタバレになるが、こういった種類のパワースポットのような場所には、ある名前が付けられている。

 その名も、『飽和存在』。

 まあ気にしなくていい事実だ。

 ようするに普通よりエネルギーが多すぎる場所だということだ。

 昇華地区の主権は自然にある。

 自然の保護と、自然との共存。

 それが昇華地区の住人に課せられた使命。

 犯罪の温床である阻害地区とはえらい違いだ。



 木造建築が点々と並ぶ、少し寂しい町。

 そして小さい町。

 名前もないそんな場所に家を一軒構えて、2人は平和に暮らし始めた。

 昇華地区の土壌は世界が羨むような最高のもので、種をまけば翌日には実や花が出来るし、何なら高濃度の塩水を撒いても数日後には回復する程である。

 だから生活に不便することはまずなかった。

 しかし。

 ひとつだけ懸念事項があった。

 このあたりは、横は霧に、上は雲に囲まれていて、太陽光が完全には届かない (だからこそ一般人が間違って踏み込むリスクを減らせるから、特殊地区としては優秀なのだが)。

 だから、キャンディは考えた。

 いつか自分とビオラがここから出て行く時、外の日差しに耐えられなくなっていてはいけない、と。

『……うーん……』

 彼女は打開策を見つけだした。

 ビオラを、外で働かせることにしたのだ。

 毎日5時間ほどを、パン屋にケーキ屋、パスタ屋にアイスクリーム屋などを転々とさせて労働体験をさせる。

 そして。

 残った時間は彼女が家で勉強を教える。

 彼女は暗殺者をしていたから教養が足りなかったが……幸いにもこの頃には既に『言葉の達成使い』だったので、キャンディ自身も高速学習をすることができた。

 そして噛み砕いて教えることができた。

 昼は働き、夜は勉強。

 ビオラ生徒会長の幼女時代はそんなスケジュールで過ぎていった……。

 さて……やばいな。

 話すことが無くなってきたぜ……いやまだあるけど、それを語っちゃうとマジで話すことがない。

 まあそんなもんだ。

 そう考えよう。

 悲しい過去というのは誰しもが10000文字分も持っているわけではないというのが、今回のお話の隠されたメッセージということになるかな。

 ……まあ、生徒会長が生徒会長たる所以も、そこにあると言ってもいい。

 あんまり闇を抱えてる奴は、一緒にいてしんどいものだ。悲しい過去なんて無い方が、人生は楽しい。

 そして楽しい奴と一緒に居たいのが人間。

 だから……別に過去編を作らなくても良かったかもしれない。でも、でも、私は語りたかったんだよ。

 彼女が明るい生徒会長なのは何故なのか。

 他の奴がヤバいだけで、幼少の頃から親元を離れるだなんて、一般人からしたら普通に重い過去だ。

 それを履き違えちゃならない。

 問題なのは、何故、天角学園に来るような彼女が、一般人と比べられるのか、だ。



 彼女らがやってきて、幾年かが過ぎた頃。

 キャンディの元に、一つの手紙が届いた。

 元同僚から……その内容はこうだ。

 “イギリスの暗殺者達が一斉に検挙され、興業はほぼ壊滅状態で、復活は難しい。”

 そして追伸、

 “そこから外に出ない方がいい。そこは安全だ。”

『……』

 そのニュースに彼女は、何とも言えない気分にさせられた。暗殺者稼業がイギリスから消えるということの意味を、よくわかっていたからだ。

 一見、いい事のように見える。

 人殺しが街から消えるのだから……だが現実はそうではない。

 順を追って説明しよう。

 まず、『暗殺』というのは、創作ではありふれているから分かりにくいが、裏社会の中でもかなりヤバい部類に位置付けられる犯罪なのだ。

 そして、そこに辿り着くというのは、依頼者が『落ちるところまで落ちた』ということを表す。

 暗殺を依頼する人間は、だいたい3種類に分けることができる。

 ①商業の人間。ライバルを殺したい。

 ②復讐者。憎い誰かに裁きを与えたい。

 ③支配者。従わないのなら用済みだ。

 そんな感じ。

 ここで問題なのは、それらの人間の本質がみんな同じだということにあるのだ。

 その本質とは、『ある程度いい人』であること。

 だから、自分で誰かを手にかけたくはない人間が、暗殺者を頼るのだ。逆にそれらの人間は、暗殺者がいなければ殺人など考えないとも言える。

 そ、こ、が、問題なのだ。

 暗殺者が消えれば、そういった人達は皆、我慢しなければならなくなる。そして相手はいつまでも生きているから、せっかく我慢しているのに、ストレスが溜まるだけで問題が解決しない。

 ……え?いないのが普通?

 暗殺者に頼らないのが普通だって?

 そりゃそうだ。その上での話だ。じゃあ……さっきの人のうち、甘えている人を探してみよう。

 ①と③だ。

 商業だって支配だって、出来ないのが悪い。

 復讐者とは違って、そこに理不尽はない。ただ社会の重さや難しさに耐えられないから、ズルをしているだけ。

 だったのに。って話だ。

 まあここからは常人の感性からは外れた話になるけど、こういうことだ、つまり、

 暗殺は自分と相手との関係。

 我慢は自分と状況との関係になるのだ。

 ……説明が下手だったね。

 もっと分かりやすく言うのなら、前者は良い状況が基準で、後者は悪い状況が基準だ。

 つまりはズルを許されなくなって、厳しい状況が続くことになる。

 本能で考えてほしい。

 耐えられるか?

 いや、ここで『人殺しはいけないことだ』みたいな論理はいらない……私が聞きたいのは、『1人殺せばすぐ解決する問題をずっと我慢するっていうのは馬鹿らしくないか』ということなんだ。

 みんながみんな恵まれて生まれてくるわけじゃないし、恵まれて育てられるわけじゃない。

 みんなが強いわけじゃないし、そもそも強弱を比べることすら叶わない人もいる。

 ここでその責任の話をするとややこしくなるから敢えて触れることはしないけど、現実を見よう。

 人間は動物だ。

 殺意を持たずに一生を終える人間はいない。

 裏社会の最下層にいる人たちの話ではないのだ。暗殺者はあくまでも代行。

 依頼者の殺意が無ければ活動しない。

 キャンディ自身、暗殺者の思考異常があるから、正しいことを考えているとは言えない。

 しかし彼女が危惧しているのは未来のことだ。

(みんなで諦めちゃうようなセリフを私は今から言うから、出来れば見ない方がいい……)


 はっきり言って。

 現体制の社会に未来はない。


 みんなが譲り合って、我慢して、おもてなしして、人の役に立って、相手のことを考えて、思いやって、考慮して、協力して、尽くして、高め合って……

 それって一番疲れることだと思わないかい?

 それを耐えられない人がしなくて済んだのが暗殺者時代なのであり、いつか爆発するのが平和時代だ。

 爆発って言い方をすると曖昧だな。

 具体的には……無差別殺人とか、自殺とか、もっと軽くても、とにかく人に当たる。

 今はどこの国もそんな感じじゃなかったか。

 何かみんな勘違いしているようだから上から目線で教えてやるけど、人間の人生に精神的成長なんて必要ないんだからね?

 みんなが子供のまま、好きなことして、なんの不快感も味わわずに100歳まで生きることか出来たなら、それが一番いいことじゃないか。

 まあ程遠い理想だけど……

 暗殺者の時代が終わるということは、その理想からまた離れていくということなのだ。

 長くなってしまったが、要するに人間は進化するほど窮屈になるということだ。

 さて。

 紅くん的に言うなら、夫れ。あれ、滑ってるよね。

『ビオラ』

『んー?なぁに?』

 2人は昇華地区から出て行くことにした。

 1週間後には、凄く遠いが、オーストラリアの特殊地区に向かうことにしたらしい。

『ねえ、ビオラ』

『今度は何?』

『あなたの体は、ここを出ると成長し始める。だけど怖がらないで。みんなそうなのよ』

『へぇ。うん。分かった!でも、なんだか悲しいね』

『悲しい……?』

『うん。だって、いつか死んじゃうんでしょ……?私、せめて100歳までは死にたくないなぁ』

『‼︎……そう、そうね』

 彼女は凄い気持ちになったという。

 言葉で説明するのが苦しい気持ちとも言う……どれくらい凄いか?いたいけな少女に自分の『命を奪ってきた』という罪をいきなりぶつけられて、肯定しか出来なくなるくらい心をへし折られたのだ。

 彼女にしか分からない凄さだっただろう。

 私は知らない。



 荷造りを終え、身分を偽造し飛行機に乗る準備も済ませて、ついに明日、ここから出て行く……という行程になった。

 最後にキャンディは、イギリスの、かつて暗殺者が集まっていた酒場に赴いていた。

 酒場の、廃墟に。

『……』

 この時はまだ、自分が日本で教職につくなど考えてもいなかった。どころか、またここで裏社会に浸って、人殺しの日々に戻る未来すら見ていたのだ。

『……懐かしいな……』

 正直。

 彼女にとって暗殺は楽しいことだった。

 報酬もいいし、良い仲間もいたし、やり甲斐もあった。チャンピオンと持て囃されるのも気分が良かったし、何より……自分が世界のアウトローであることに快感を覚えていた。

 今や幼女との生活ですっかり丸くなった彼女だが、この場所に来て、血が騒ぎ始めていた。

 かつての日々……ああしてこうして、偶然を装って人を殺すゲーム……誰にもバレてはいけないし、誰にも殺しに加担したことを悟らせてはいけない。

 上手くやったら金が手に入って、好きなだけ酒を飲んで、酒を飲んで、酒を飲んで、酒を飲んで、

 自分の過去を無理やり忘れる。

 人の尊厳を汚し、自分が自分であることすら忘れるくらい泥酔して、頭が真っ白になったら、ようやく、彼女はキャンディ・ベルになる。

 毎日同じ言葉で慰められて、それを素直に受け取って、『死』を思いとどまるキャンディ・ベルになる。

 気づけば。

 彼女はナイフを手に持っていた。

 酒場は、いきなり襲撃されたままの姿を残していて、彼女はその中のテーブルの一つに、何回もグサグサとナイフを突き立て、穴だらけにしていた。

『……しまった…』

 そして彼女はこう言った。

『私の悪い癖だ』



 親……という生物に課せられた使命。

 それは、子供が大人になるまで守り育てること。

 しかし世の中にはそれが出来なくて、子供を産む権利などそもそも無かった、酷い親もいる。

 キャンディの両親はその部類だった。

 しかし。

 キャンディの両親は他の人間と少し発想が違った。普通なら、子供を育てられない親は育児放棄や虐待をするものだが、キャンディの両親が考えたことは、あくまでも『解決策』だった。

 両親は闇の世界の住人だった。

 父親は刺青だらけ、母親はタトゥーだらけ。

 彼らは闇市であるものを仕入れた。

 それは、『感情抑制剤』。少なくとも合法ではないし、飲んだら命も保証できない、危険な、毒。

 その効果はその名の通り、飲んだ者の感情を希薄にすることである。

 両親は育児が出来なかったが、あくまでもキャンディに愛情を持っていたので、育児放棄も虐待も、する気がなかった。

 だがしかし、夜に泣かれて起こされるのは嫌だし、反抗期もめんどくさい。駄々をこねてほしくないし、疲れても我慢してほしい。

 そう、我慢させたかった。

 だから両親はキャンディにそれを飲ませた。

 異常が出たのはキャンディが小学校を卒業した時。キャンディの一家は遠くの国に引っ越すことになった。

 その時。

 彼女は『涙のお別れ』が出来なかったのだ。

 とても大事に思っていたはずの友達と永遠のさよなら……なのに、悲しい気分になれない。

 目の前の友達たちは泣いて別れを惜しんでくれているのに、自分は表情を変えることもできなかった。

 それから彼女は、『自分はどこか頭がおかしいのだな』と思うようになった。確信に至ったのはそのわずか2ヶ月後、彼女は自分の『感情』に異常があるということまで察した。

 そしてもう一度自分の心を見てみることにした。色んな視点から、何度も何度も…………すると見えてくる、一つの異変。

 心の奥底に、何か『思い』が溜まっていることに気づいた。彼女はそれに触れてみようと手を伸ばした……

 それがある意味、運の尽きだった。

『感情抑制剤』の効果は、表面的に見た場合での話で……希薄にされた感情は、消えていたのではなく、表に出てこないだけでずっと心に留まる物だったのだ。

 彼女がそこでした経験は、今までの人生の感情の全ての、半分ずつを一気に経験するということ。

 歓喜?憎悪?慈愛?憤怒?

 なんでもいいが、なんにしろ、人間は少しずつショックを知って成長する生き物なのに、その過程を無しに感情をぶつけられたらどうなるだろうか。

 キャンディは、

 涙が止まらず、口角は上がりっ放しで、過呼吸になり、うずくまり、体が震え、ドッと汗をかき、

 そして復讐を決意していた。

 “よくも私をこんな目に合わせたな!”

 そして。

 事件は起こった……少女に、両親が刺殺された。彼女は情状酌量の余地があるとして、無罪で釈放されたが、精神病院に通院した後、戸籍を抹消するという形で現代社会から追い出された。

 その後、彼女は生きるため、暗殺者稼業に手を出した。さらに、小卒では様々な常識が欠如するので、図書館通いを始めた。

 その過程で……彼女は達成使いになった。

 言葉のプロフェッショナルになった。だから彼女は、語彙を選ばなくていい泥酔状態が、一番落ち着くのだ。

 ということで、彼女の過去はそういう物だった。

 しかし彼女は、今でも感情を抑制している側面がある。言葉の達成のおかげで自制が効いているだけで、普通の人間なら表に現れて爆発するような感情も胸の内に秘めているのだ。つまり癖づいているのだ。

 だから彼女は無意識に、ストレスを発散する為に、ナイフをそこかしこにぶっ刺す。これも癖。

 まあこれに関しては『ストレスを発散したいならスポーツでもしろ』と私は思うけどね。



 その日。ビオラの元に現れたある男。

 キャンディが目を離した隙に、コンタクトを取ってきたその男に、ビオラは見覚えがあった。

『……!』

『やあ、ビオラ。ごめんな、遅くなった』

 それは死んだはずの父親だった。

 しかし彼はキャンディに殺されたはず。

 何故ここに……とまでは、ビオラの思考は及ばなかった。ただ単に、死んだと思っていたお父さんが生きていてくれて嬉しかった。

『お父さん!』

『さあ帰ろうイギリスへ!』

『うん!……でもキャンディに言わなきゃ』

『お父さんから伝えておいた!お手紙も貰ったよ』

『本当?』

 ビオラはあっさり付いて行きそうな感じだった。で、そこに彼女は帰ってきた……間に合った。

『……!!』

『あ、キャンディじゃないか!今までこの子を育てておいてくれてありがとう!今日からは私が』

『な、なんでここに……なんで生きて……⁉︎』

 彼女は驚愕を隠せなかった。

 確かにちゃんと殺したはずなのに、どうして生きているのか……ということについてではない。そんなものは、超常的な力の存在するこの世界ではよくある事だ。

『それが、偶然助かったんだ!』

 彼女が驚いたのは、自分がいつのまにか歪んでいたことについてだ。実は生きていた彼を見て、当時の自分は、暗殺者としてではなく、殺人鬼として人を殺したのだということを知ってしまった。

 殺意を代行したのではなく、殺意を持って人を殺した。まあしかし彼女はそれを後悔したりはしない……人殺しには慣れているから。

 彼女が思ったことはただ一つ。

 自分が暗殺者ではなく殺人鬼に成り下がったと気づいてもなお、また殺意が胸の内にあり、また何らかの使命感に駆られていたこと。

『うわぁあああああああああ!!!』

 キャンディは。

 ビオラの目の前で……ナイフで、父親の首を切り落とした。叫びながら。

『え』

 それには心情の変化による殺人。ある意味、この世で最も近いコミュニケーション。

 しかしキャンディは何故、殺さなくてはという使命感に駆られたのだろうか?それには訳があった。

 復活してきた彼が、全く改心していないことを、彼女は察したのだ。男がしていたネックレスが……人の耳を沢山繋げたものだったのだ。

『ど、どうして……キャンディ、お父さんが……』

『はぁ…はぁ……』

 酒は飲んでいなかったが、彼女は泥酔状態の時と同じ脳内、そしてテンションになっていた。

 殺された父親の首は転がり落ち、体も仰向けに倒れる。それがもう生き物でないことは、2人の間で分かりきっている事実だった。

『そいつ…は……もう救いようがなかった!私だってもともと同僚だった奴を殺したく……なかった!』

『…キャンディ……』

『……』

『それは、言い訳…?』

『!!!』

 その時キャンディは、ある決意をした。

 いつかはしなければならなかったこと。

 彼女は彼を撥ねたナイフを自らの首元にまで持ってきて、頚動脈に刃先を当てた。

『……言い訳だったね。良くなかった。そうだ……私はどこまで行っても逃げたい奴だったね……』

『キャ、キャンディ何を……』

『パン屋さんまで行ったら右に曲がって、ずっと真っ直ぐ……そうすれば空港に着ける。分かった?』

『……⁉︎』

『じゃあね。今こそ償う時だ……』

 そして、首に横からナイフを刺した。

 血が吹き出る。

 そして目から、光が消えた。

 色んな物が切れて、貫かれて、流れて……ビオラにもそれが本当にヤバいことだということが分かった。

『キャンディ!』

『……』

 達成使いは殺されない。

 しかし自殺は許されている。

 キャンディは自殺することで、ビオラの人生をリセットさせるつもりだった。

 そう。

 つもりだった。

 彼女の願いは少し変な方向に叶うことになる。



 キャンディは目を覚ました。

 長い間眠っていたような感覚……は存在せず、ただ5分程度うたた寝をして目覚めたような気分だった。

 だが。世界が何か違うことを理解した。

 起き上がり、あたりを見回すと、部屋の中だった。この辺で記憶が戻ってきた。そうだ自分はナイフで首を貫いて死んだはずだった…と。

 しかし。

 首は何ともない。血濡れたナイフはあるが……それに、あの男の死体もない。

『……』

 ビオラもいない。

 と、詮索をしていると、徐々に何かがおかしいことに気付き始めた。

 家の生活用品が、何やら劣化している。

 そして日焼けしていて……蒸発している。

 キャンディが、これら様々な謎についての合点のいく答えを得ることができるのは、この数分後である。

 彼女は外の様子を見ていた……そして家の庭の植生が違うことにも気づいた。何かおかしい。

 街の中も何かしらの違和感がある。

 基本的に景色は変わらないが、しかし何か増えているような……そして減っているような……

 彼女は町の外へ出ることにした。昇華地区を囲う霧を抜けて、イギリスの街へと向かう。

 そして。

 その途中……霧を抜けている時、彼女は転んだ。何かに足を引っ掛けて……そのことから、彼女は自分の体が弱っていることに気づいたが、それよりももっと重大な事実に目を向けることになった。

『……⁉︎』

 足元に転がっていたのは、ビオラの父親の死体だった。しかもそれが確信できないくらいに腐敗した……

『……まさか』

 キャンディは全てを察した。

 彼女は、自分と父親の両方と決別させ、ここから別の場所に行くことで、この世の闇から逃がそうとした。

 だが、よりにもよってビオラは、キャンディにとって最悪の形でここを去って行ってしまった。

 ビオラのしたことは……

『キャンディは家。お父さんは外。

 キャンディはいつか目覚めてほしいから家に置いておいて、お父さんは悪いやつだからそのまま死ね。』

 という、命の選別だ。

 生殺与奪の権利を得て、どうするも自由だったのに、生きるべき死ぬべきということを勝手に決めてしまった。

 命は等しく尊いはずなのに……

 命は等しく尊い物だと、教えたはずなのに。

 自分のようになってほしくないから、散々教えたはずなのに。最後の最後でキャンディはしくじったのだ。

 “どうしても救えない奴はいる”

 と、彼女にそう言ってしまったのだ。

 それが真実だとか、本心だとかは、誰にもわからない。だが……子供の思想なんて大人の一言で変わるのだから、彼女はもっと慎重になるべきだった。

『クソ!……畜生!!!』

 それから、彼女は体を戦闘仕様に戻して、オーストラリアの特殊地区に向かった。

 だが、ビオラは既にいなかった。

 来てはいたらしいが、その後は知らないという。

 暗殺者のコミュニティが使えない今、彼女は完全に、思想のねじれた人間を取り逃がしてしまったのだ。

 倫理観がないとは言えど、育児生活を送る中でほぼ改心していたようなキャンディにとっては、それはとてもとても悔しいことだった。

 まあ、殺人鬼に幸せになられても困惑するが。



 まさか。まだえぐいことが起きているとは、キャンディも予想していなかっただろう。

 さあ、今回の話はこれで終わりだ。

 キャンディはその後、色々あって最終的に天角学園に落ち着いた。

 過去の反省を生かして、更生できそうな人はしてやろうという目論見を持って。だがしかし……キャンディの目論見は上手くいかなかった。

 そもそも生徒が不良だとかいう問題ではなくて、学校に来る生徒がほとんどいないから、更生のさせようが無かったのだ。

 いや……無理をすれば不可能ではなかったが、彼女は神影封印計画のことを知っていたので、『とりあえず地球の危機が去ってから考えよう』と、問題を先送りにしていたところもあった。

 そこに、だ。

 彼女はやってきた……鬼月(きさらぎ)ビオラという名前で。キャンディはその年の入学者名簿を見た時、ほんとうに驚愕した。

 実はもうこれは結構最近の話になっている。

 紅くんは今1年生だが、鬼月ビオラは2年生なのだ。で、ここでキャンディが驚いたわけもそこにある。

 別れてからかなり経っているのに、彼女がまだ高校生の年齢でいるという点。

 これはつまり、昇華地区もしくは他の飽和存在……そうでなくても異能の力に、彼女が今までずっと触れてきたということを表しているのだ。

 そしてこんな学園に入ってきた。

 キャンディは心底ガッカリした。ああもう完全に、ビオラは一般人じゃなくなってしまったのだな、と。

 しかし。

 闇は、彼女の想像よりも深かった。

 ビオラは入学後すぐに、生徒会執行部を設立した。ということは即ち顧問が必要だということで、職員会議で急遽、くじ引きが行われた。そして何の因果なのか、

 キャンディはそれに当たってしまった。

『……‼︎』

『……』

 運が悪かった。仕方がないことだったが、キャンディはあまりビオラには関わりなくなかったのだ。

 もう自分は何も言う資格はないし、より状況が悪くなるまである……と思ったから。

 しかし。

 それどころか……2人の再開はもっと悪いものだった。ビオラにとっては電撃的なものになった。

『なんと!キャンディ!キャンディじゃないか!みんな聞いてくれ!このキャンディ先生、実は小さい頃に私を育ててくれたお方なのだ!』

『……』

 言葉には意図せず感情が出る。

 泣いている時にまともに話せなくなるように……言葉を発すれば、人の考えていることは、割と分かるものなのだ。内容に関係なく。

 言葉を操る達成使いであるキャンディにとっては特にそうだった。だから彼女はこの時、訳が分からなくなったという。

『また会えるなんて嬉しいぞ!急に消えてしまったから、ひょっとして誰かに攫われたのかと思ったが…しかしまたこうして会えて良かった!今日はパーティだ!』

『……は』

 ビオラには歓喜の感情しか無かった。

 例えるなら、『昔すごく仲が良くて、なんの禍根も無かった友達にばったり会った』みたいな……

 たとえ再開した友達でも、何か嫌な思い出があれば100%は喜べないものだが、ビオラにそういう『複雑』的な感情は存在しなかった。

 ただただ会えて嬉しい……まさかキャンディも、ここまで酷いことになっているとは思っていなかっただろう。

 ビオラは全て忘れていた。

 自分が命の選別をしたことも、何もかも。

 ただ自分に都合のいい事だけを覚えて、都合の悪いことは全て忘れていた。

 それは、最悪だ。

 罪を開き直るより、最悪なことだった。



 ということで、いきなり生徒会長の過去を暴露しちゃったけど、これはつまり今後のストーリーに生徒会が関わってくるってことなんだよね。

 そんでまあ、既に六話とかやってて、そろそろ1年生編も終わりが見えてきたというのは分かってもらえてると思うんだけど。

 さて、ここからが勝負どころだね。

 紅くんも、入学してから色々あったけど、かなり強化されたお陰で、無事に1年間過ごせそうだし、そろそろ大きな波乱があっても良いタイミングだ。

 私もそろそろ、メインストーリーに出張ってきても良いのかもしれないね。

 ……冗談だよ。ではまたね。」

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