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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
6/66

第一話【技術使いは登校する】全編

 一連の騒動(とも言うほどでもない何か)が終わってから数日が経った。

 結局、入学式の日から毎日登校してきた1年1組のクラスメイトは5人。たったのそれだけしかいない。

 俺はリリーと話していた。


 〈422-1〉

『まあつまりは拘束だよな』

『拘束から救ってもらっておいてなんだ。俺を拘束しようってのか?いや別に構わないけどなんか傲慢じゃない?』

 俺はそんな感想を微々たるものだが密かにちょっとだけほんの少し感じていた。いや、感じていないと言ってもいいぐらいだけども。

 はい、では問題の一言がこちら。

「部活がしたい」

「は?」

「部活がしたい。だって、青春っぽいじゃん。クレナイ、手伝ってよ。心裏ちゃんも誘うつもりだよ」

「…このアマは…」

 リリー・シエルは1-6の教室でそう言った。

 そう、一年6組の教室で。ここは封印クラスだ。

 監視役ということでこの俺、薙紫紅は特別に出入り自由になったのだ。あたりを見渡すと、確かに封印能力者は7人いる。

 リリー・シエル。

 時破田心裏。

 そして、青髪の男子、赤髪の大男、金髪のお嬢様とその執事らしき少し太った男(この人はカウントしない)、ハリネズミ(こいつも封印能力者らしい。は?)、そして影の薄い女。

「…どんな部活だよ」

「そうだね、『人助け部』なんてどうかな?」

「へえ」

 人助け部。なるほど、『このアマ』だなんて酷いことを思ってしまった。立派じゃあないか。

「どう?」

「いいね」

「よし!」

「具体的にはどんな活動内容だ?」

「そうだね…この学校カウンセラーさんがいないよね。私たちでやっちゃうってのはどうかな?」

「おう、いいじゃん」

 まあしかしこの思考異常者の学校でカウンセラーをやるってのは結構な大仕事のような気がするが…

「溜まり場もできるしね」

「おう…」

 なんだ、リリー、結構計算尽くだな…

「どう?」

「いいじゃん。じゃあ、明日紙にまとめてきてくれよ。それで書類作ろう」

「オッケー!」

 うむ。なんか、早い決定だったな。

 まあ利害は一致しているし…?不思議な話ではないか。俺もリリーも、青春したいんだし。

「…」

 帰宅中。俺は思いだす。

 リリー・シエルという女の過去を、俺はつい最近知った。そこには、理事長・須川朝登も絡んでいた。

 まあそれはちゃんと話せば長くなるから、簡潔に。

 リリーの母親と父親、それから理事長は当時『要封印能力』の持ち主で、天角学園の生徒だったらしい。つまり3人はクラスメイトだった。その昔、リリーの両親は仲間の封印能力者と共にあらゆる国家を滅ぼして自分たちだけの楽園を作ろうと画策したが、天角学園に駆けつけたリリーの叔父と、理事長率いる封印能力者軍団がそれを阻止した。ようはクラス崩壊だ。

 そして。

 理事長は立ち上がった。理事長になった。

 理事長が危険だと判断した封印能力者の生徒を、教室に封印することにしたのだ。

 能力を封じ、行動を封じて。

「まあでも結構快適そうではあるけどなぁ…」

 そんな独り言が漏れるほど。都賀先生の言っていたことは正しくて、封印クラスはびっくりするぐらい快適だったのだ。

 あれは、ほぼ娯楽施設だった。

 まさか教室に教室以上の空間があるとは。

 とまあ、そんなことを考えながら俺は学寮に帰ってきた。

 その時俺は。

 忘れてはいなかった。今度こそは、忘れてはいなかった。自分が既に面倒ごとに頭を突っ込んだことを。自らの意思で突っ込んだことを。

 寮に帰ったら、見知らぬ女の子がいた。

 いや、それは知っている顔で…


 〈4-12〉

 生き別れの妹だよ。薙紫緑だよ。お兄ちゃん。

 俺が、「お前は誰だ」と聞いたら彼女はそう答えた。彼女は勝手に部屋に入っており、俺を待ち伏せしていた。

 それは、よく知っている顔だった。厳密に言うなら、よく知っている顔が成長したような顔だった。

 しかし、どうも信じられない。

 よし、質問責めしよう。俺はそう思った。

「では妹よ、お前が本当の妹なのかどうか今からチェックするぜ」

「うん!」

「問題1、俺の好きな野菜は?」

「お兄ちゃんは野菜は全部嫌いだったよね!」

「…問題2、俺のハマってたカードゲームは?」

「スピバトだよね!」

「うん。問題3、俺が世界で一番好きなのは?」

「ん私だよ!」

「いえーい!」

「いえーい!」

 懐かしいノリだ。いつもこんな感じだったな。

「…やはりお前は俺の妹のようだな」

「当たり前じゃん!私は妹だよ!」

「じゃああれ言えるよな?あの暗号」

「えっ」

 表情が曇る。おお、怪しくなってきたぞ。

 実のところ、俺はこの妹が本物か偽物かわからないのだ。何せ、世界を滅ぼせる能力を知ってしまっているから。

 本物の可能性がありありだから。

「あれ、言えないのかな?」

「いや、言えるよ」

「じゃあどうぞ」

 スタート!

「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけって名前あるじゃん!あれおかしいだろ!呼ぶ時の不便さに気づけよ!名付ける時に!こんな呼びにくい名前は昨今のキラキラネームさんもびっくりだよ!いやぁ、ツッコミたくなってきた!よし、順番に見ていこう。じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけという名前は呼びにくいだけでなくただ単純にキラキラネームであることを教えてやろう!行くぞ!『じゅげむじゅげむ』。いや、毛虫か!なんだよげむげむ言いやがって!『ごこうのすりきれ』。ごぼうのすりきれか!『かいじゃりすいぎょの』。じゃりじゃりしやがって!『すいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ』さっさと終末を迎えろ!『くうねるところにすむところ』ここが一番おかしいだろ!地名性のつもりでも名前の方に持ってくんな!『やぶらこうじのぶらこうじ』ぶらぶらするな!シャキッとしろ!っていうか芸人みたいな名前だな!『ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがん』。なんだよそのボカロの歌詞みたいなの!『しゅーりんがんのぐーりんだい』グリーンピースみたいだな!『ぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーの』。ぽんぽこぴーはさすがにないだろ!頭ぽんぽこぴーかよ!『ちょうきゅうめいの』それは名前になった途端死亡フラグになるやつだよ!実際じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなのちょうきゅうめいのちょうすけ君はその名前のせいで溺死したしな!『ちょうすけ』。なんでちょうすけにしなかった!長助だけ取ってみたら良い名前じゃん!全く、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなのちょうきゅうめいのちょうすけの親は何を考えてんだか…」

「…」

「どう?たしかこれだったよね!」

「お前…1115文字も使いやがって…」

「お兄ちゃんが言えって言ったんじゃん!」

「2分も喋りやがって…」

「お兄ちゃんが言えって言ったんじゃん!」

「…だがまあ、確かにお前は俺の妹だよ」

「でしょ?」

 まだ信じられない。

「…じゃあ、最後に一つだけ」

「何?まだ何かあるの?」

()()()()()()()()()

「…」

「おい、答えろよ」

「…あーあ。」

 曇っていた顔が晴れやかになる。なんだか、捕まって安心している犯罪者のようだった。

 彼女は顔に被っていた変装用マスクを剥がした。

「…」

「やっぱもっと入念に調べとくべきだったな。」

 それは、妹ではなかった。


 〈5-2〉

 後悔していることがいくつもある。

 感謝していることがいくつもある。

 俺の人生には。

 俺の母親ほ平凡な人だった。俺の父親は画家だった。俺の妹は嫌な奴で、少なくとも俺を“お兄ちゃん”と呼ばなかった。

 俺が5歳になった頃、どこからともなくクリムゾンの呪いが俺に憑依した。俺には父親譲りの記憶力があるので、その時のことは鮮明に覚えている。

 その時はまだ、俺は少し関わる程度だったのだ。誰かと戦うこともなければ、誰かを助けることもなかった。殺人事件の証人になることはあっても、悪の味方なんてしていなかった。少なくとも死体なんて知らなかった。そして自分が人を救っていることも知らなかった。

 しかし、小学5年生の時。

 クリムゾンの呪いは酷くなった。

 俺は必ず事件の現場に遭遇するようになり、

 そのうち両親と妹は惨殺された。

 その後、俺は心を病んで、鬱になった。鬱をどうにか消そうとして、思考異常者になった。小学6年生の時、気まぐれに行ってみた精神病院にたまたまあのおっさん(当時はもう少し若い格好をしていた)がいてくれなければ、俺はきっとダークサイドに堕ちていただろう。

 その後少年君達や庵内や巫に会うことになって、悪の味方活動を始めて、庵内と巫を封印して、悪の味方活動を続けて、今に至るのだ。俺の人生は。

「『生き別れ』から間違いだよ。」

 生き別れの妹なんていない。妹とは、死に別れた。異能という物がなければ、本当はもう会えないはずなのだ。

「…はーあ…古いデータを参考にしたらいつもこうだ」

「お前、確か俺と同じ1組だったよな。名前は…」

「叶屋柳」

「そうか、カノヤさんか。さっき質問は最後と言ったが、もう一つだけ質問させてくれよ」

「…」

 ナイフを持っている。俺を刺すつもりだろう。

 構え方を崩している。殺すつもりはないのか。

「お前、そのまま俺の妹にならないか?」

「殺す!!!」

 構えをちゃんとしやがった!

 襲いかかってきやがった!

「うおわぁっ!?そんな、そんなに怒んなくてもいいじゃん!クラスメイトの冗談だぞ!?笑えよ!」

「ふざけんな!お兄ちゃんって呼ぶのどんだけ恥ずかったと思ってんだこの野郎!」

「…俺はお兄ちゃんなんて妹から呼ばれたことなかったから、結構うれしかったんだけどな!」

「殺す!!!」

 しかしまあ結局“殺す”というのは冗談のようだ。

 なにせ剣筋が崩れている。殺意の無い、意味の無いナイフ術なんか、このクリムゾン様の敵にもならない。

 そんなことを思っている間に、俺が避けたナイフが壁に刺さった。よく見れば、部屋中が既に傷だらけじゃないか。

「…」

 のんびりしてる場合じゃなかった。

 俺はナイフをサッと奪って、彼女の顔の前で寸止めした。

「‼︎…」

「…なんで俺の妹に化けた、答えてくれ」

「そ、それは…趣味だから…」

「趣味⁉︎」

「趣味ってか特技ってか…」

「はあ…?じゃあもしかして、お前が1組に…つまり、『凶悪犯罪者クラス』に入っている理由はそこにあるのか?」

「まあね」

 彼女は語った。

 自分はストーカー気質なのだ、目に入った人間すべてにストーカーせずにはいられないのだ、と。

「だから、天角学園にしては珍しく真面目な俺が目についたから、ストーキングする為に妹に変装した、と」

「まあ、趣味ってか特技ってか…癖だから」

「ふーん…」

 俺は考えた。というより思いついた。閃きとまではいかなくとも。こいつ、使えるんじゃね?と俺は思いついた。

「…」

「なあカノヤさん、力を貸してくれないか?」

「え?」


 〈7-13〉

 本日、翌日。現在、放課後。

 俺はおっさんの言葉を思い出した。

 教師は真面目な生徒に優しいとは限らないが、少なくとも真面目でない生徒に優しくしなければならない。

 俺はその昔、両親と妹を亡くし挙句の果てに死亡扱いになった。その時飢えない為に銀行強盗をしてわざと捕まったことがある。その時のことを思い出せばいいんだ。俺が人生でたった一度、悪になろうとして悪になったあの時のことを。

「“理事長先生”ェ!“部活動”の“許可”を“お願」

「どうぞご勝手に。ここには生徒会以外の部活動がないですからね、書類も無いですよ」

「‼︎…」

 “理事長先生”ェ!“俺”の“鏡”の“前”の“努力”は“なんだった”んすか!“答えて”くださいよ!

 俺は理事長室を出た。というか生徒会はあったのか。

 そういえば3年生は大人しいという噂だったな…

 もしかしてその生徒会が一枚噛んでいたりして。

「“おーい”、“許可”取れたぞー」

「その前にその喋り方の癖を取って…」

 1-5を訪ねた。しかし長居する気はない。今日は大事な用事があるのだ。リリーと時破田に“部活動の内容を細かく考えてまとめといてね”と伝えると俺はそそくさと教室を後にした。

 そう、今日は大事な用事がある。

 俺はさっさと帰ろうと、ホームルームである1-1に荷物を取りに戻ってきた。カバンの中に水筒を入れて、教室を出

「死ね」

 そんな言葉が聞こえてきた。俺は右上から声が聞こえたような気がしたので右上を向いたが、どうやらそれは間違った判断だったようだ。

 右上には誰もいなかった。

「…⁉︎」

 俺は、左横から蹴り飛ばされた。

 左横から蹴り飛ばされて廊下の端まで吹っ飛んだ。

 廊下の端まで吹っ飛んで、それで終わりではなかった。パンチだのキックだので、俺は十数秒の間壁に()()()()()()()()

 太鼓になった気分だ!鬼モード!

 あまりに突然の出来事に、俺は声が出なかった。

 乱撃が止んで俺が久しぶりに地に落ちて初めて、痛みが回ってきて、状況を理解できて、うずくまって、

「痛えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 叫んだ。痛かった。やばい。なんだこいつ。

 今、異能っぽい気配はしなかったのに、しなかったのに、声が聞こえた方向に俺を攻撃した奴はいなかった。

 こんな、こんな現象は見たことない。

 ()()()()()()

 しかし聞いたことはあった気がする。これは昨日、叶屋が言っていた…いや、叶屋が使っていた…!見たこともあった!そうだ!これは!

「これが『技術』だよ」

 そいつはそう言った。俺を散々殴りちらした奴は。

 痛みで動けない俺を上から見下ろしてそう言った。

「…てめぇ…!俺だって人間だぞ…⁉︎なんでこんなことをするんだよ…!痛いじゃねえかボケえええ!」

「『君が言うのかよ』…という、会話を終わらせてしまうつまらないセリフを僕は言う気が無い。会話を終わらせてしまうからね。だから代わりにこう言うのさ…『同じ人間だからこそ、争いが起こるのさ』『痛みは生きてる証拠だよ』。こうすれば会話は、そして哲学は終わらない。会話を終わらせてしまうようなことを言ったら、哲学は終わってしまう」

「…⁉︎」

 は!話が通じない!?

「まあそれは冗談として、俺達がお前を襲う理由だったな…知りたいか?」

「…ああ、不当な理由だったら俺は手袋をはめる」

 殴っても手が痛くならないように。

 まあこいつに体術で敵うとは思わないけども。

「まあ、深い理由ではないんだよ…自然の摂理という奴さ、分かりやすく言うなら『出る杭は打たれる』という感じかな」

「…俺はそんなに異端者か?」

「ああ異端だね。ここは思考異常者ばかりのようだけど、それでも個性が埋もれない異端者だ。お前、達成使いなんだってな」

「!?…え、お前それ誰に聞いた!?」

「叶屋という奴からさ」

「叶屋ああああああああ!」

 なんてことをしやがる。あいつ情報を渡しやがった…俺の実力はちゃんと見せてやったのに、怯まず売ったというのか!どんな神経してんだよ!

「そんなに驚くことか?」

「…ストーカー気質は知っていたが商売人とは知らなかったのでな」

「いやいや、彼女は人の情報を知る『技術使い』だよ、知られないテクも持ってるって想像しなかったのか?」

「…」

 そういえばその叶屋が言っていた。

 “1組の生徒はなんらかの技術を持っている”

 “技術は達成に似ていて異能と似ていない”

 “技術は、努力でしか手に入らない力だ。”

 “私も含めそういう物を持っているが故に、1組の生徒はプライドが高い。そしてそういう物を持っているが故に殺人をしなかった奴らだが、そういう物を持っているが故に強い”

 “お前には敵が出来るぞ”

 “お前の負荷能力に憤怒して、達成に嫉妬する”

 “恐らく徒党を組んで潰しに来るだろうな”

「まあ、そういうわけだ、死ね」

「生憎死ねねえな、俺はお前の為に死んでやることができない」

「そうか、なら本気でやっても安心だな!」

 投げ飛ばされた。窓から。

 もちろん窓を破壊しながら。その怪力野郎は俺を運動場までハンマー投げのように投げ飛ばした。

 俺は臨機応変に動けるよう制服に色んな物を仕込んでいるが、さすがにパラシュートは無かった。補充忘れだった。

「うおおおあああああ!」

「ところで技術使いはあと30人ほどいるんだが」

 奴は落下中の俺を追ってくる。

「…!」

「対応しきれるかな?薙紫紅」

 さらに彼は俺を蹴り飛ばし、俺はかなり強く地面に叩きつけられた。柔道をかじってなければ死んでいただろう。

 それはそうと、左腕が折れた。

 この感じは多分、粉々だ。骨が。

 でも左腕で良かった。これならまだまだ戦える。


 〈1-3-4〉

 技術は誰にでも身につく。努力によって。いや、技術のレベルを問わないならば努力せずとも身につく。

 低レベルなものでいいなら例えば、

『歩く技術』『走る技術』『火を起こす技術』『石を削る技術』『枝を折る技術』『目で追う技術』などがある。

 高レベルになると凶悪犯罪に使える。例えば、

『薬物使用の技術』『放火の技術』『強姦の技術』『虐待の技術』『器物破損の技術』『詐欺の技術』『監禁の技術』『誘拐の技術』『自殺教唆の技術』『強盗の技術』『毒の技術』『体罰の技術』『迫害の技術』『銃砲刀剣類の技術』『公害の技術』『汚染の技術』『脅迫の技術』『ストーキングの技術』『ハッキングの技術』『爆破の技術』『事故の技術』『欠陥の技術』『公務執行妨害の技術』『人体実験の技術』『ハラスメントの技術』『横領の技術』『怪盗の技術』『混入の技術』『不正の技術』『レプリカの技術』など。

 しかし。

 俺は今日大切な用があるのだ。

 運動場でおよそ30名の技術使いが俺を待ち構えていたが、こんなのとまともに戦っていたら間に合わない。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 落ちたそばから技術使いは攻撃を加えてくる。

「喰らえ!!」

「…」

 まだまだ戦える。まだ左腕だけだ。しかし30人全員を殴って突破している暇はない。

 ここは一つ、使うしかない。達成の力を。

 避けながら考える。

 若干避けれてない場面もある。

 達成『マゼンタ・エモーション』による攻撃…つまり感情書き換えを喰らわせる為には普通の10倍の力が必要となる。10倍俺を認識させなければならない。しかし、先ほどの右上から声が聞こえてきた現象が何なのかを解明しない限りは、怒鳴るのは避けた方がいいだろう。…いや、よく考えれば、向こうには叶屋さんの渡した情報があるんだった。怒鳴ることに関しては恐らくもう対策されているだろう。

 では新しい方法を取らねばならない。

 問題はもう一つある。彼らの『技術』だ。『殺さないことを前提とした技』だなんて、俺を打倒する為にあるかのような物ではないか。生死ではなく勝敗を賭けて戦い、殺すのではなく降参を待つ戦い方。それらには、織田と徳川のホトトギスに対する対応ぐらいの差がある。

 相手を、俺が一番苦手な『戦闘不能』状態にする『技術』は、間違いなく俺の天敵になりうる。

 ふざけるんじゃない。

 構ってられるかそんなもん。

 今はこいつら手加減しているようだが、本気を出されたら墓参りに行けなくなる!

「おらおら!どうしたよそんなもんかァ!?」

「…そろそろだ」

「あ?」

「10倍とは言ってもそんなに長くはなかったな」

「はぁ?何言ってんのおめー」

1()0()()()()()()()()()()()

「…?」

 殺し合いは基本的に短期決戦だが、『勝負』は必ずしもそうではない。今回はこういう手が使える。10倍時間をかけて10倍俺を認識させた。

 さぁ、時間が無い、急ごう。攻撃!

「おい、やっちまうぞてめえ…ら…⁉︎」

 彼らは異変を感じたはずだ。

 だんだんと、皆よろめき始める。

「だんだん眠くなってきただろ?」

「て、てめえ何を…!」

「自分の心に聞いてみな」

 眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い。

「…⁉︎」

「な、なんだこれ…?」

「ぐっ…⁉︎」

 悪いが今日は、今日だけは邪魔されるわけにいかないんだ。凶悪犯罪者の世間体なんかに構ってられない。

「…この状況、巫の言った通りか。あいつには、常時勉強させられるな」

「…」

「おやすみなさい」

「…Zzz…」

 俺はその場で寝ている30人に背を向けて、家族の墓場へ向かっていった。


 〈5-2〉

 そのうち、俺のこれまでの人生のことを細かく語らねばならない時がくる。でもそれはまた今度だ。

 俺は予定より少し遅れて墓場に到着した。

 父親の『彩』、母親の『涼子』、それから──

 ──妹の『緑』。3人まとめて一つの墓だ。

 俺は泣いたりしない。手を合わせる。

 もう昔のことだ。お辞儀をする。

 俺はしんみりしない。掃除をする。

 俺はもう歩き始めているのだ。俺は帰った。


 〈14-3〉

 水筒、教科書、筆箱ならびに筆記用具を新調した。(金はある。俺は昔死亡扱いになった時から、社会に出ない代わりに補助金をもらえるようになったのだ。因みに昨日の骨折も治療してもらった。まだギプスをはめている。)例の彼、『虐待の技術使い』佐谷鉈士くんに廊下でぶっ壊されたからだ。俺はそのせいか清々しい気分になった。

 学校へ着いた。俺がホームルーム教室に入ると、そこには30人の仲間達がいた。

「…!」

「やっと来やがった…」

「薙紫てめえ一体何をしやがった!」

「なんのことかな」

「俺らが学校に来てるのはお前が何かしたからだろつってんだよ!」

「…確かに俺は叶屋さんに君らの住所を調べてもらい、朝赴いて感情操作して君達を学校に来させたけど」

「ほら見ろ!」

「そうした甲斐があったよ」

「は?」

「だってほら、みんな学生らしく教室で仲良くしてるからさ」

「…⁉︎」

 口ではそれしか言わなかったが、俺はこう言いたかった。

 “お前ら覚悟しろよ”

 “規則正しく暮らしてもらうからな”

 …というわけで、これから技術使いのみなさんには俺のクラスメイトとしてちゃんと登校してもらうことにした。

 彼らは俺に何か言いたげだったが、

「みなさん!今日も元気に生きましょう!」

 という、教室に入って来た担任キャンディ先生の一言で、席に付かざるを得なくなったのだ。

 先生は次の休みの時俺に、

「よくできました」

 とこっそり言ってきた。あの人にはなんでもお見通しのようだ。


 〈5-1〉

 クラスメイト確保完了。

 共通の敵を作ることでその他を団結させるというのはまさに俺が嫌う方法ではあるが、まあ今回は仕方がなかった。

『それ』を最も得意とする巫を救う為には、それへの理解も必要になるだろうから、そういう点でも間違った判断ではなかったと言えるだろう。

 それなりにクラスでグループが出来てきたら、俺がそのまとめ役になればいいだろう。

 ところで。理事長がクラス復活のお礼として気を利かせて腕を治療してくれ、予定より早くギプスも取れたところで、

 俺たちは新たなる壁にぶつかっていた。

 なんと。理事長から驚愕の一言を頂いてしまったのだ。

「書類はいらないとは言ったが、ある程度の条件を満たしてもらうことにした。今更ながらすまない。

 条件①は顧問と副顧問をつけること。

 条件②は休日に活動しないこと。

 条件③は男女比を考えること、だ。

 よろしく頼む。」

 一応理事長の気持ちはわからないでもない。クラスメイトが暴れて世界を滅ぼそうとしたという経験を理事長は持っているから。

 しかし。

 迷惑だった。

 言ってしまえば迷惑だった。

 が、一応ある意味俺を信用してくれている理事長を裏切る訳にもいかないし、俺たちはなんとかして顧問と副顧問を探さなくてはならなくなったのだ。

「ああああああああああああああああ」

 リリーは叫ぶのであった。

 青春は続く。

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