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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
57/66

第六話【学園は世界を震撼させる】後編

 ここまで必要のない脱出劇を続けて来たが、滑稽に思う人もいるだろう。しかし俺にとっては必要だった。

 特にこの後の戦いは。

 これまでの人生を清算する良い機会になった……だがその戦いに至るまでに、俺たちは学園に施された罠から脱しなければならなかった。


 〈4-8〉

「おわああああああああああ!」

「薙紫ぃ!」

 廊下を走っていただけなのに、床が抜け落ちた。

 どうなってるんだこの学校は!

 いつもこんなんじゃなかっただろ!

「篠……」

 俺は両足で空気を殴る。いや蹴る。

「方ァ!」

 足元の空気にヒビが入り、砕ける……と同時に、俺は少しだけ浮遊して、上の階に空いた穴に手をかける。

「よ、良かった……はは、すごいな薙紫、うちのアジトで四天王と戦った時よりずっと強くなってんじゃねえか!今なら空も飛べるか?」

「飛べねえよ!それができたら……」

 俺はまた上の階に戻って、2人で上を見上げる。上には同じように穴があった。

『まったく』同じように。

「さっさと外に出て、こんなとこ抜け出してるわ!」

 迷宮。迷宮が、人助け部の畳の下から元に世界に戻ってきた俺たちを待ち受けていた。

 分かっていたことではあるが……

「もうなんか何もかも悪りぃ。分かってたことだったんだ……理事長が空間操作系を使うことなんて」

「気にすんなよ、どうせ対策は出来なかったんだろ?」

「ああ。だから形だけ謝罪をだな……」

「おい!」

 理事長の空間操作。

 封印能力者クラスの教室なんかはまさにそうだった…ごく普通のホームルーム教室の中に、レジャー施設やホテル、図書館や美術館などあらゆるエンターテイメントが揃っている。

 俺がわざわざ戦った(第零話参照)のが馬鹿らしくなるぐらいの最高の空間だ。

「まあ…オープンワールドみたいなもんだな。ここだって現実ではあるけど、理事長の術中なんだから殆ど仮想世界みたいなもんだ…」

「しかも本当にゲームだからな……さて、どうやって屋上に行こうか。何かヒントは…」

 俺たちは屋上の理事長の元へ駆けつけなくてはならない…そしてそれが勝利条件なのだ。

 ゲートは必ず屋上にある。

「しかし行けども戻ってくるんじゃ、どうやってもたどり着けないな。別の道を探そうにも結局はここから離れられないわけだし…詰んだか?」

「詰んでねえ!ここで諦めるわけにはいかねえんだ!何が何でも外に出てやる!」

 しかし俺たちは実はまだ人助け部の部室の前から動けてないのだ。情けないことに一歩も前進していない。

「よいしょっと……」

 ついに林道くんに座られてしまった。

 そりゃそうだ…もう30か40分はこうしている。俺も立っているのが疲れてきた。何故なら本来、人間の身体は寝転ぶ作りになっているのだ…

「違うぜ薙紫。こういう時は一度冷静になってみるもんだ……この迷宮の攻略法は『逆』なんだよ」

「なんだよ。それっぽいこと言うじゃないか……でも確かに、こういった迷宮は創作の世界では大体『逆』の発想をして解決するもんな…そもそもここがゲームのオープンワールドみたいな『作り物』なんだし」

「そう。だから最初に部室をチェックした」

「!」

 なるほど…入ってきた入り口が実は出口…。

 創作的でいてそれでいて逆の発想。

「だが部室は今度こそゲートを持っていなかった。もちろん畳の下にも……だからこれから逆の発想をしようと思えば、もうこれしかないだろ」

「なるほどそれで『待つ』ってことね」

「ああ」

 時間はあと…1時間半ほど。

 待つというのも、まだ選択肢に入れていいだろう。

「よし、じゃあ休憩がてら待ちますか…ああそうだ、部室にドリンクバーがあるけど」

「あーそういえばあったな…便利な部室だな」

「お腹は空いてないか?キッチンもあるぜ」

「常識の範囲を本当に超えちまったじゃねえか!ええ⁉︎そんなのあったか⁉︎」

「ああ…テーブルっぽいやつだからな」

「あれー…マジか。じゃあもっかいちゃんと見た方がいいな…お前、そういう特殊なギミックあるなは先に言えよ、見落としたらどうすんだ」

「いやいや林道くん、キッチンのどこに扉があるんだよ。他にも色々ギミックはあるけど、扉があるような物はない…残念なことにキッチンはあっても冷蔵庫はないんだよ」

「逆だろ!それ!」


 〈6-8〉

 待つ。

 実に30分が経過した。

 俺はいつのまにか寝てしまっていた。

「かー……」

「ったく……呑気に寝やがって……ん?」

 そして、安眠が阻害される時が来た。

 俺は林道くんの大声で起こされた。

「おい!起きろ!」

「ん?……なんだなんだ?」

「なんか…向こうの壁が迫ってきてる!」

「⁉︎」

 俺は慌てて起きて林道くんの指差す方向を見る…確かに、廊下の向こう側の壁が俺たちを潰さんとこちらへ向かってきていた。

「おい薙紫、この部室に傘ってあるか!」

「傘⁉︎なんで今そんな…あるよ!」

「よーしそれじゃあそれは頼んだ!俺は上だ!」

「上……ええええ⁉︎」

 上を見ると、いつのまにか空洞ができていた……そして遥か高くから何か黒い壁が襲ってくるのが見えた。

「ほんと…頼んだぞ!」

「見くびんな!」

 俺は前に走り出し、林道君は上へ飛んだ。

 俺は壁の直前で減速して足を整えて、勢いを少し落とし重さを加えて壁を殴る!

「奥義『篠方』!」

 洗練された動きを必ず最後までやり遂げ、邪魔させないという奥義。拳を壁が邪魔すれば壁は砕け散るし、空気抵抗が邪魔すれば空気も同様になる。

「……!」

 だが。だからこそ、

 触れて邪魔だったものしか砕くことは出来ない……破壊した壁の1m先には、全く同じ壁があった!

「マジか!……いいや、幾らでも来い!」

「どうした!薙紫!」

「連続でくる!そっちも気をつけろ!」

「…なるほどわかった!」

 これは俺には見えていなかったが、林道くんは傘を使って上からの壁を破壊していた。

 この迷宮に彼の能力は効かない。それでどうやってそんなことをしたかというと、殺人術だ。

「『クールに殺す』!」

 殺人のための技術。人を殺める技術。

 しかし、学校の壁が何で出来ているかは知らないが、硬いのは確かであるから、名前は威力不足のように聞こえるだろう。

 しかし…よりこだわって人を殺そうと思えば、パワーは必須事項だ。人殺しをしたことのない俺でもそれはわかることだ。

 まず骨。ちゃんとカルシウムを摂ってある人間の骨は非常に硬い。そして筋肉。何十キロの生物が何不自由なく生活できる程の力。さほど鍛えていなくてもそれなりに防御になる。

 人間は存在するだけで強力である。

 それをクールに殺す……その名の通り、必死にならずに人を殺せるのなら、それはとんでもない威力だ。

 破壊できないわけがない。

「篠方!篠方!篠方!くっそキリがねえ!」

「おい薙紫!上は一つだけだった!早くそっちなんとかしろ!」

「でもよ!壊しても壊してもいくらでも続きやがる!」

「お前どこまで行ってんだよ!」

 部室から50mは離れていた。

 もう林道君が親指ぐらいに見えた。

「お前のそれは話には聞いてる!まだ会得したばっかりらしいな!」

「それがどした!」

「篠方には4つ目がある!」

「!」

 もともと、俺に篠方を教えてくれた倉谷君(もうそろそろ敵としてエンカウントすることになってしまうが)は、篠方は3種類だと言っていたが……

「それは打撃、斬撃、迫撃以外にあるってことか⁉︎」

「ああ!溶ける撃で『溶撃』の篠方だ!」

「溶け……溶ける⁉︎」

「ゆっくり殴ってみろ!」

 ‼︎……ゆっくり。篠方の動きにとっては邪魔なのに速度は関係ない…だから……溶ける?

「!」

 溶けた。ドロドロに。しかし熱されているわけじゃなくて本当に溶けただけ!

「そうそれだ!それで全部溶かして今まで砕いたやつにぶっかけろ!んでお前は早くこっちこい!

 どうやらこの上がゴールへの道のようだ!」

 篠方は……物理学を超越する……!


 〈6-7〉

 警察官・鈴木礼二は目覚めた。

「お、レイジちゃん」

「…!」

「……おは……よう」

「どうした?すんげー代物持ってきた割には遅かったじゃんか。俺の方はこの通り完全制圧だぜ」

「みたいだな」

「鈴木…礼二。マリーを倒したのか…?」

「どーーなんだろうね。果たして倒せたというのかな……彼女はピンピンしてるよ」

「……⁇」

 彼はそれだけ話して、教室から出て行こうとする。

「おいおい待て待て。どこへ行く。現実世界に戻るのか?」

「いや…恐らくここに来てるであろう人物に用がある」

「……?なんのことかわかんねえけど、変に外に出るよりここにいた方が安全だぜ。よく考えたら俺らもこいつと一緒にいれば、火星に行く前に理事長の手で脱出できるんだ」

「ああ……やっぱりそうだったのか。ならすぐに戻ってくるよ。危険なことはしない」

「あっそ」

 会話はそこで途切れた。

 ─────そして鈴木礼二は教室を出て、そのまま歩いて外に出る。

 歩いていると、彼は変な感覚になった。

 並行世界。可能性の総体。

 自分では何も見えなくても、ここには例えば教室の外に出なかった自分や、意味もなくアイゼンストリーム・ソリッドに銃を向ける自分など、全ての運命の分岐がある……見えないが、感じないが、確かにあるのだ。

 しかし。

 だからこそ気配に気づけた……ここはこれから起こることについて沢山のルートがある。だがこの世界に入るまでにもう決定されていたことは、何なら変えないことだって出来るのだ。自分の中では。

 並行世界でも自分が認識するのは元の世界だ。

 権威を疑う。

 鈴木礼二はその心を持っていた。

 そして逆に『彼』は、権威こそが最高だと思っている。2人ともそれは変わらないし、この並行世界でそう思っていないルートが生まれていることに気持ち悪さを感じている。

 だから自身の確立の為に引き寄せられたのかもしれない。真反対の存在は意外にも必要なものなのだ。

 もっとも【存在の影】なんていうものは、迷惑以外の何者でもないのだけれども。

「で?何であんたがここにいるんだよ…元警視総監……いや、もっと懐かしい名前で呼ぼうか?角田警部補」

「どんな昔の話をしているのだか……しかし落ちぶれたと聞いていたが、むしろ生き生きしてるな、鈴木」

 静寂が続く。

 彼らの昔の警察内での関連性は彼らにしか知らないことだが、全く仲が良さそうな雰囲気ではない。

「天角竜馬」

「……」

「この学園を作った初代の理事長……ふふ、この名前を見た時はびっくりしたよ」

「左遷された癖にえらく権力者のようなことをするではないか……いや、ハッキングしたのか?」

「俺じゃあないがな。というか話を逸らすな……天角竜馬。俺が驚いたのはな、全くお前に隠す気がないという点についてだよ。

 その名前から角田警部補を連想するのは普通難しいはずだったが……若僧のくせに俺の上司になりやがったお前のことなんて全く忘れていたが、何故か思い出したんだ……ビビッときた。写真も見てないのにな……お前が何かしたんだろ?なあお前、何を企んでる……?」

「…………少なくとも今日は……この学園に何かをしにきたわけではない。最悪の場合に備えて接触を図れるようにしているだけだ……そんなことはないと思うが」

「言いたくねぇんならいいよ。昔からそうだ……お前と話をしてまともな結論が出たことがねえ」

「なら……何を言いにきた?」

「大人として釘を刺しにきたのさ。お前はまたどうせ裏で何かしてるんだろうが…もしくはしてないんだろうが、この学園に手を出したら俺はお前を許さねえ」

「……はっ……」

「笑ってんじゃねえぞ……これは敵対宣言だ。思えば昔からこうしておくべきだった」

「……」

「たった半年で警視総監に上り詰めて、なって3日で辞めたお前が……不気味で不気味で、当時から嫌いで仕方なかったんだよ……天角竜馬!」

「それはこちらの台詞だ。過去に警察になったことがひょっとしたらあったかもしれないが……」

「……⁉︎」

「自惚れるな……貴様など思い出そうとしなければ忘れていたよ。雑魚が……」


 〈4-8〉

 人助け部の部室は元々茶道部の部室で、学校としては世にも珍しい巨大な和室だった。そのあと畳が全部引き剥がされて吹奏楽部が使うようになった。

 ただし、それはこの学校が天角学園になる前の話である。前は普通の、大人数向けの高校だったのだ。

 そんなことはどうでもよくて、

 本題は部室は三階にあるということ。

 さらに一回、上がることができた……

「ぎゃあああああああああああ!!!!!」

「な、何だこれは……!」

 今は4階、後は屋上への道を行くだけ…なのだったが、4階は前よりずっと混沌としていた。

 世界がバグを起こしているようだった。

 俺たちはここでかなり手こずっていた。

 もう時間に余裕はない!

 さっきのように下に落とされることはなくなったが、どうだ…あちこちから悲鳴が聞こえてきたかと思いきや、瞬きしたらジャングルになっていたり、

 また少し進めば泥沼になっていたり、

 やたらと手裏剣が飛んできたかと思えば足元が血の池地獄になったり……

「いやおかしいだろ!薙紫なんだこれは!」

「俺は知らねえ!そんでこの会話は何回目だよ!」

 今度は天井がだんだん下がってくる。

 そして温度も…急激に下がる。

 眩しすぎる光が現れ、視界が奪われる。

 床は元に戻る。そして地震が起こる。轟音で耳が潰れそうになる。

「ーーーーー!」

「ーー!ーーーーー!」

 会話が成り立たない。

 俺はいい加減にキレて、この不快極まりない状況から脱する為に必死になった。

 林道君に渡した傘を奪う。

 そして『斬撃』の篠方を四方八方に発動し、周囲を切り刻む!俺は剣術など出来ないから、途中上手くいかないことも多々あったが、

 全て切り刻むと、不快さは消えた。

 そのかわり、何も切れていない空間がそこにはあった。また繰り返しだ。

「はぁ……!」

 実はもう目の先に、屋上への階段は見えているのだ。だが全然前に進めない。

「薙紫ぃ……これどうする……?」

「……」

「あともう少しなのに時間を気にしなきゃならねえなんて不思議な感覚だ…かなりマズイぜ」

「だな、でもどうしようもなさそうだ」

「…いやどうにかはしなくちゃならねえじゃんかよ。ここから出るにしても出ないにしても、とりあえずどちらも選べるようにするんだろ?」

「ああ…だがどうすれば……!」

 焦る。

 完全に俺たちは道が見えなくなっていた。

「……おっと」

 そして俺は膝をついた。

 そろそろ体力的に限界が近いようだ。

「ええ⁉︎薙紫お前、そんなに体弱かったか⁉︎」

「いや…篠方のせいで体が悲鳴上げてんだ……打撃は少し厳しい。まさかこんなに負担になるなんて……」

「そうか…斬撃は使えるか?」

「ああ、まだまだ戦える────元々体力が無くても動ける体なんだよ」

「なんだそりゃ」

 篠方のリスク。そんなものがあるとは考えたことがなかった。そもそも人生を賭して身につけた動きなのだから、それ以上のデメリットはないと…思っていた。

 違った。

 篠方は殴り『抜ける』のだ……普通、物を殴ったって砕けないから、殴り抜けるといつもより可動域が増えるのだ。だから疲れる。

 それに、拳は邪魔をされないが、その他の動かない身体の部分はいつも通りで、どうしても以前の動き…もしくは身体の作りと齟齬が生じる。

 関節が痛むのだ。

 俺の体は退化していてその手のことには強くなっている……だがもう1時間は戦いっぱなしだった。

「…………ふー……」

 俺は大の字になって寝た。ズキズキとは痛まない…でも筋肉を使うのが嫌に感じる。

「おいおい本当に大丈夫かよ!」

「やっぱり…進ませない為のトラップなんだ」

「?」

「こうして動かなければ何も起きない」

「……あ!確かに!」

 俺は寝て待つのもありだと思った…わけではない。やはりすぐにでも進まなければならない。

 俺は考える─────

「例えば……そうだな、これ、片方が動かなければ、動くトラップは半分になるのかな」

「……」

 考えてたのに、攻略法らしき物が聞こえてきたぞ?


 〈6-3〉

「どうだ薙紫、こちらの戦力が半分になる代わりにあちらの攻撃も半分になる……声に出してみるといまいちメリットがわからないが」

「やるだけやってみよう…動くしかないんだ!」

「じゃあ俺はここに居ておくが、しかし気をつけろ。トラップだけじゃない、まだ倉谷瑞がいる。この30mほどの距離で確実に現れる。能力はなんとか相殺するが…」

「あいつは武術も出来る…!」

 俺は走り出した。真っ直ぐ─────

 いつのまにか周りはジャングルになっていて、四方八方から植物たちが襲ってくるが、先ほどよりはずっと進みやすい!

「これも聞かれてるだろうがよ!出来るだけ相手せずに無視して突っ切れ!!」

「ああ!」

 ジャングルを─────抜けた!

「よく来たな…ここまで」

 その時だった。

 トラップを越え、普通の廊下に踏み込んだ俺が見たものは……先の見えない無限に続く廊下だった。

「⁉︎」

 そして後ろに誰かがいる……あの声だった。まるで、温かい心を冷凍保存したような…彼の声だった!

「【戦士の手紙(Key of 2nd)】」

 腕を思いっきり掴まれ、引き戻される!

「くらた───」

 その時。さらに後方から声が響き、何か衝撃波のようなものがぶつかってくるのがわかった……!

「【具現隷骸】!!!」

 廊下に轟音が響いた。見えない交通事故でもあったかのように……だがその後には少し静寂が訪れた。

「……!」

「…………」

「倉谷瑞!お前がここにいるって…ことは!」

「そう、ここが正真正銘のゴールだ……とは言っても今は遥か遠くにあるようだがな」

「林道君!」

 林道くんは膝をつけて立ち上がれなさそうだった。能力の相殺が上手くいかなかったのか……!

 自己紹介は……“俺は倉谷瑞。能力は【戦士の手紙】で、全てを遠ざける能力だ。よろしく”。……だったよな。

 それに比べて林道君は例外を作る能力……

 どちらも封印能力者で、力の差はそこまであるはずもない…リリーのように明らかに強いとも、倉谷君には感じない。どころか遠ざける能力だなんて、林道君はこの前その能力の上位互換である【距離を操る能力】に対して互角だったのだ。思考異常さえなければ……なのに、彼はすまし顔をしていて、林道くんは今にも押しつぶされそうだ。

「こっちはいい!集中しろ!」

「……!」

 俺は彼に掴まれた手を振りほどいて、少し距離をとって臨戦態勢に入る。一瞬で手袋をはめて、ダッシュもできる態勢を取る。

 距離を取るということはゴールから遠ざかることになるわけだが、どうせ廊下は無限に続いているのだ、

 これで彼に衝突すると見せかけて、放ったらかして行くわけにもいかなくなったのだから……倉谷君は、倒さなければならなくなったのだから、

 もうそれはどうでもいいことだ。

「林道栄徹君だっけ?」

「それが…どうした!」

「聞いてるぞ……最近思考異常が変わったらしいな」

「!」

 俺の方を向いていない…だが隙がない。

 まるで刃物を貼っつけているかのようだ。

「人の話を聞かない思考異常『自己完結』だったか?それが今では正義の味方を名乗っているらしいじゃないか……」

「何か文句あんのか!」

「悪党の力を使うというのは如何にもそれらしい……だがしかし、弱体化したようだな」

「………!」

 謎が解けた瞬間だった。

 そうだ…【具現隷骸】が殺人欲求や思考異常を基盤としていた能力だったとしたら、それが失われた今は酷く弱いはず……!

「まあそれでも元々、君の能力はかなり強力だったらしい……それに比べて俺の方は、少し特殊な事情もあって弱っちいんだ……それを『潔癖症』(倉谷瑞は潔癖という思考異常を持っており技を完成させなければ気が済まない)で少し強化しただけの脆弱な物なんだよ。

 だから君を抑えて、廊下を引き延ばすことで能力は使い切っている」

「……!十分だ馬鹿野郎!」

「さて」

 目線をこちらに向けてきた。

 俺も負けじと睨み返す。だが彼の眼力は独特で、何だか周りの気温が下がっているような感覚にまでなった。

 だが目は離さない。

 俺は、彼の先にあるゴールから目を離さない。


 〈5-8〉

「ここからは『勝負』だ。意味はわかるよな」

「………」

「お前との会話は拳で済ませたいということだ……だから無駄話は禁物だ。話すべきことだけを話す」

「…なんだよ」

「お前、死ぬ気だろ」

「!」

 ここに来て見透かされた……

 今まで誰も指摘してこなかった可能性。というか何故彼が知っているんだ⁉︎あのことを。

「経緯はよく知らんがとにかく、とんでもない戦力を持ってるらしいな…なんでも、ルールの力を使えるとか。

 その強さは俺には詳しくは分からない……だがそれをお前があとほんの少しだけ使えることは知っているぞ」

「………」

 彼が言っているのは『天使の刀の柄』の事だ。

 かつて、神の領域という場所の天使(ルール)から貰ってきた、天使の力を使えるアイテム……つまりは俺は天罰を起こせるのだ。

「おい薙紫ぃ!それってまさか、庵内さんを倒したり、キャサリンを助けたりしてた『あれ』の事か⁉︎」

「……ああ、あれだよ」

「お前…あれは使い切ったった言ってただろ!」

「それは本当だ」

 そう、使い切っていたそれを、キャサリンを天罰から逃れさせる為に、学園のみんなに協力してもらってほんの少しだけまた使えるようにしてもらって……

 ……また使い切ったのだ。

「理事長が実は学園や世界を救おうとしていて……でも、それ以外にも脅威があるっていうのを聞いた時、真っ先にあれが脳裏に浮かんできた」

「天罰なら、余裕だろうからな」

「ああ。だからお前の言う通りだよ。あれは俺が最終的に死ぬことで、あと0.1秒は使える」

「……!」

「見事に全員騙してたわけだ。だがいい判断だったな……恩人のあの警察官も、完全悪も、元殺人鬼の正義の味方も、知っていたら何も言わなかっただろう」

「さあ…アイゼンさんは言いそうだけど」

「さて」

 もう一度、緊迫感が戻ってきた。

 俺はでも、何ももうモヤモヤしていない。今は清々しい気分だ。

「だから少し、林道君、君の抑え方は工夫するよ」

「なんの…話だ!」

「俺はここらで、紅、お前と決闘してみたい」

「……!」

 衝撃な言葉を聞いた。

 俺はてっきり、武術の達人である彼からは見下されているかと思っていた。

「林道君、君は俺の能力が相手だ……それはそれで殺す気でかかるよ。途中で紅の援護をやめられたら、スッキリ『勝負』ができないからね」

「……!勝手にしろ!」

「こっちのセリフだ。もし僕が負けたら……その後は紅の敵に回るでもなんでも……勝手にしろ。」

 そして。

 また、さて。と彼が言った気がした。そして……さっきより3℃ほど、また気温が下がった気がした。

「俺は、全力でお前を止めないと気が済まない。一切手加減せずに叩き潰さないと、な」

「……どうしてそこまで」

「お前が、殺されないのに死にたがりだからだよ……今回の件なんて、お前は何も悪くないのに、どうしてそんなに暴れるのか、わけがわからない」

「俺が動きたいからだ。俺が死んでみんなを確実に助けられる……なら、それが俺の一番望むラストなんだよ」

「ならば俺はそれを止めるのが仕事だ。……俺たちは確かに、あの国で友達になっていたよな」

「……!」

 ふと、集中を切らした。

 脳裏によぎったのだ……ティラバスの国の物語が。馬車での会話、酒場や朝食会の騒動、酒場で聞いた話、キャロルの家、壊れた橋、酷い議会、飢えた人々と強い人々、王宮の貧乏な生活、神と聖なる歌の教典。

 教えてもらった奥義『篠方』!

 俺の右肩にいつのまにかあった衝撃────そこには足が置かれていた。

 そのまま彼はこう言った。

「友達なら…殴ってでも止めるんだよな!紅!」

 俺は本気を出すことにした。

 こんなことは…意外と、指で数える程度しか、これまでの人生でなかったかもしれない。


 〈5-8〉

 倉谷瑞は『奥義使い(マスター)』と呼ばれる、少し珍しい技術使いである。

 彼はそもそも【封印する必要のない封印能力者】だなんて言われていたけれど、それは能力【戦士の手紙】を封印しても十分な武力を行使できるからである。

 最初は、リリーや時破田のように封印されてもある程度の戦闘が出来るのかと思っていたが、ティラバスの一件で……特に、最後に披露していた奥義『激流(アズル)』で、その意味を理解できた。

 彼は刀一本で……しかも切れ味すらないレプリカなのに、スラム街の一角を微塵切りにしてみせたのだ。

 奥義。それは武術における大技のことである。

 必殺技と言った方が分かりやすいだろう。

 だから天角学園においては、実は一番真っ当な技術使いと言えるだろう……1組の生徒は犯罪の為の技術使いで、2組の生徒は殺人の為の技術使い…つまり殺人術者なのだから。

 そう、で、彼が生身で強いのには理由があって、それは思考異常による物らしい。

『潔癖』。

 簡単に言えば、完璧主義になる思考異常。

 だから奥義も極めてある……さて。

 俺はこいつに勝てるだろうか。

 正直、倉谷君の強さは計り知れない。

 そもそも俺は犯罪者やその用心棒、ついでに暗殺者を相手にしてきたのだ……凄く稀に『殺“劇”崩し』と呼ばれることもある。

 だが奥義はあくまで武道の技の延長。

 倒すことが目的で、殺すことではないのだ。

 なら、彼には彼の勝利条件があるのだろうが、俺にとってそれは不利である。

 俺だけじゃない。達成使いはみんな、殺されないから、相手の勝利条件が低くなる程負けやすくなるのだ。

 殺す為の装備には簡単に勝てても、

 倒す為の装備には中々勝てない。

 ────とはいえ。彼の力の源はなんだ……完璧主義、それだけだろう。旧姓の『刃渡』に何かあるのなら知らないが…俺はこれでもずっと頑張ってきたのだ。

 巫のように、途上国の子供を救うような高尚なことではなかったけれど……誰も殺させないために、誰も思考異常で人生を狂わされることがなくなるように、

 俺はそういう信念を持って戦ってきた。

 倉谷君はどうだ。

 俺に勝てる歴史はあるのか?

 ないのなら、俺が勝つ。今までに『敵わない』と思った奴らと…彼は全然似ていない。

 殺される覚悟を持って殺しにきた奴。

 自らの正義への否定を許さなかった奴。

 自分を押し殺して犬になった奴。

 疲れ果てるほど結果にこだわった奴。

 孤独に平和を目指して戦い続ける奴。

 そういう奴らに、似ていない。

「……倉谷」

 俺は後ろへ飛ばされそうになるが、踏み止まる。そして睨んでこう言った。

「お前それで……俺に勝とうってのか」

「……!!!」

 舐められては困る。これでも俺は百戦錬磨だ。

 それに学園に入ってからも、着々と実力を伸ばし続けている……もうそろそろ、

 負けてばかりではいられないのだ。

 巫槍というライバル…いや、友達に勝利したことは、俺にとって最大級の自信となった。

 今から負けたら、あいつに失礼になる。

 俺は言い切った。

「……俺とお前じゃ、基礎体力が違うんだよ!」

「…⁇」

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