第六話【学園は世界を震撼させる】中編
アイゼンストリーム・ソリッドは完全悪であり、かの極悪、庵内湖奈々と同類の人間である。
だがしかし、彼女らが悪だと言われても、普通の人間には理解することができない。何故なら一般人の間では、『悪は普遍的に存在する』という論理が広まっており、また誰もがそれを採用するからである。
違う。
本当の悪は彼女らと、あともう1人の完全悪のみであり、実際のところ『悪』などという存在は俗世間には存在しない。
めちゃくちゃな考え方だと思われるかもしれないが、たとえ殺人をしても放火をしても、もしくは差別をしてもそれは悪ではない。
何故ならそれらをする人物たちは、自分が悪となることを選択させられてしまっただけだからだ。
なるべくしてなっただけ。これは決して擁護するものではないが、人には環境というものがある。
考えて欲しい。天皇家の人間が殺人をするか?
自らの家庭を持つ家族愛に満ち溢れた一家の大黒柱が、人の家に火をつけようという発想に至るか?恋人のいる人間が、ジェンダー差別をするか?
どこか人間は満ち足りていないから、人のものを傷つけようとするのだ。裏を返せば、全てが満ち足りている人は、人のものを傷つけようとは思わない。
人間は環境に左右されて生きる。
これは勿論、いい方向にも働く。教育の上手い両親の元に生まれれば、子供は素晴らしく成長するし、いじめのない学校に通えばその子もまた次の学校でいじめをしようとしない。
子供はそういうカラクリに気づかず育つ。
大人になっても気づかず、平気で『人のせいにするな』という冷たい言葉を投げるようになる。
だがそれは間違いだ。
君が恵まれて、彼が恵まれなかった。
それだけだ。
『これまで支えてくださった皆さまのお陰で、ここまで来ることができました。本当に感謝してもしきれません……!』と、
『誰が産んでくれと言ったんだ。子供は親を選べない。お前らのせいだ。お前らのせいで俺は…』は、
その本質は同じなのである。
しかし世間では前者は『感動のスピーチ』として扱われ、後者は『甘え』や『戯言』として扱われる。
こんな理不尽なことがあるだろうか?
『周りのお陰』と『周りのせい』。
何がどう違う?何も違わない。だから悪など存在しないということなのだ。
元々はみんな、原始反射をするような、か弱い赤ん坊だったのだ。それが真っ白な画用紙だとして、そこに環境という顔料が塗られていく。そして出来上がる絵は十人十色で、世間様は、
『たまたま』綺麗な絵ができたら、
「凄い!」「天才だわ!」「努力家なんだなぁ」
『たまたま』汚い絵ができたら、
「醜い」「どうして生まれてきたの?」
という。挙げ句の果てには憎悪を持たれたり、存在することすら否定されたり……そしてそういう世間の風潮が、またそういう絵を生み出すのだ。
そんなことが言えるのも『たまたま』平凡な絵になったおかげなのに。
全ては偶然で、そして必然なのだ。
罪を憎んで人を憎まずとは、よく言ったものだ。
と、実はここまでは、完全悪の説明ではあるが、これをよく使うのは完全悪というよりダーク・バランスだ。
巫槍のような人間はその時点で、
「そうだ、一刻も早く、一人でも多く、幸せな人間になれるように…世界中の貧困を無くさなくては!」
と思い立った高尚な人間だったが、
残念ながらそういった、見習うべき考え方に、完全悪は賛同しない。何故なら羨ましいから。
庵内湖奈々やアイゼンストリーム・ソリッドなどは、産まれながらにして、画用紙が真っ黒だったのだ。
そこにさらに絵を描いてみよう。
彼女らはそういった混沌を持って生きている。
それ故に、『完全悪』と呼ばれるのだ。
この世で一番強く、また一番弱い。
この世で一番自由で、また一番不自由。
性悪説をたった3人体現した人間。
これを悪と言わずして何という?
周りの人間たちはまたそうやって、彼女らを社会から追い出すのであった。
頭がめでたしめでたし。
〈1-2〉
「…………!」
いつも通りの部室。誰もいないが……
ここに扉があるというが、一見見当たらない。
先程は違った。
アイゼンさんは何気ない扉に手をかけ、開き…その先には真っ白な世界が広がっていた。
早い話がゲートということだ。
しかしどうだ…今の部室は。
さっきまで活動していた痕跡がある…美樹先生か都賀先生のどちらかが来ていたのか、資料がまとめられずにそのまま置いてある。
他のテーブルには飲みかけのりんごジュース。
そして全て開けっ放しの扉。そして窓まで。
「…おいおい薙紫ぃここで本当に合ってるのか?」
「合ってる…はずなんだが」
というかここまで放ったらかしにして部室を空にするのはどうなんだ…
「まさか、全員が突発的に消えた?」
「いやそれはないだろ」
林道君は断言した。そして部室の端、畳の敷いてあるスペースを指差してさらにこう言った。
「あの漫画」
「ん?…ああ、時破田のやつだな」
「ページの面を下にして置いてるよな」
「あ…ほんとだ」
「漫画好きのあいつのことだから、読む用と保存する用で別に買ってあるんだろう…だから漫画が傷みやすい置き方をしていたって別におかしいとは思わねえが、少なくとも時破田は急に消し去られたわけじゃねえし、時破田がそうならお前ら人助け部の他のメンバーだってそうだろう」
「確かにその通りだな。だったら考えられるのは………………何だろう。いまいちはっきりわからん」
すると、林道君は言った。
みんなが俺に秘密にしていたことを。
「お前にはまだ言ってなかった気がするが、今回の件については、この学園の能力者はほとんど理事長の『神影封印計画』に協力している」
「…しんえい?っていうかそれは…」
「理事長が担当させられてる【存在の影】の別名だよ。そして前の話からも分かる通り、お前には秘密裏に進められてきた話だ」
「じゃあ、みんなはそれに協力するってことで…それで何か変更があったとかで、急いで駆けつけたとか…?」
「そんなとこだろう…だが、何にしてもあいつらは心配ないだろ。まずはここを抜け出すことを考えないと…」
そうだ。それだ。
扉も窓も全部開いているなら、ゲートは別の形で存在するということだ…一体どんな……
「アイゼンさん自体、あまり分かってなかったんじゃねえかな……困ったな。なにせ来た時は全く別の場所だったんだよ」
「というかお前の【具現隷骸】で探しだせないのか?封印能力だったら余裕だろ」
すると林道君は少しムカついたのか、淡々と抑揚のない口調で説明を始めた。
「…理事長は絶級能力者だが、それでも全く付け入る隙がないわけじゃないはずだったんだ。
だが今回あの人が使った封印技は『条件型』…この場合は、ゲートを見つけ出さないと封印が解除されないという能力。ある一つの正攻法を作り出すことで、他の束縛をより強くすることができる…いわば『自分ルールに相手を引きずりこむ』タイプだ。
だからズルをしようとしても、絶級能力が全力で邪魔してくる。そういう効果なんだからな。
だから俺には無理だ。期待させてごめんな」
「なんかごめん……」
すごく悪いことを言ってしまった気がする。
この戦いが終わったら彼に何か奢ろう。
いやそれ以前に、俺は結構謝礼をしなくちゃならないみたいだが…金がないな……
「逆に言えば、正攻法を作らざるを得ないって事だよ。向こうもズルはできない。公正なゲームだ」
「…ひょっとして、マリーもシルフィードも、そういうことがあるから、ゲートのある場所に止まらずに俺たちの前に現れたってことなのか?
それに、来たあいつらに対して、1on1で戦う流れになってるのも、もしかしてそういうことなのか?」
「え、いやあいつらは出しゃばっただけだろ」
「…………」
そうなの?名推理だと思ったのに……
「しかし、俺たちが外からこの中に入れたのはそういうルールがあったからこそとも言える。
何せ、外で中に入るためのゲートを守っているのは『あの』灰芒稲妻だ。まともに戦っても…3人がかりでだって倒すことは…いや、倒せたとしても俺と鈴木さんは再起不能になってただろう」
「あのって言われてもわかんねえぜ」
「知っとけよー……異能の業界で事件に巻き込まれるなら、それぐらいさ。
アイゼンさんのとこのボスの懐刀だよ。とにかく強い…が、彼のことはどうでもいいんだ」
「そうか、ゲートを守る番人は、そいつにプラス封印能力者のトリオの合計4人……それに対抗できるように、脱出の可能性を50%にする為に、戦力を封印の内側に入れなくちゃならない……だから強い奴も手を出せずに、素通りできたってことなんだな」
今度は合っているはずだ!
さすが俺、名推理。
「合ってるよ。だからおかしいんだよ……シルフィードの為にアイゼンさんをぶつけた時点で、もうそこにゲートができても良いぐらいだったんだ」
「でも50%なら、すぐ見つかるはずだ」
「だな…どこか他に心当たりのある場所は?」
「いや!場所はここで間違いない」
「でもなかったじゃねえか」
「そういうなよ…まだ確認できてないところはある。今思い出した…扉は、もう一つあったんだよ」
「……?」
これは学園の他の生徒と教員にさえあまり知られていないことだが、人助け部は出張することが多い。本来この学校の生徒を更生させるというのが目的だったが、いまや活動は世界にまで広がっている。
だがしかし。
そうすると部員が揃う日が少なくなるのだ。
学園内、日本内での活動ならその日のうちに終わることが多いが、海外での活動ではそうはいかない。
だから─────全員揃う時は貴重だから、部員5人と顧問2人で菓子パをするのだ。
「菓子パ?なんだそれ」
「お菓子パーティのことだよ…お菓子を食べてパーティするのさ。だからうちの部室には…!」
俺は畳をどかす。
そこに出てくるのは、『隠し扉』である。
「おお」
「こうして、こっそり倉庫にお菓子を蓄えてんのさ……!ここが最後の扉だろ!」
そして。
その扉を開くと、やはり白い空間があった。
「よっしゃ!でかしたな薙紫ぃ!」
「へへ…さあ行こうぜ、本物の学園に!」
〈6-8〉時は遡り、紅、林道、アイゼンがまだ夢の世界から脱出した直後。
『吸血鬼の退魔師』マリー・アルカードと、
特に二つ名のない警察官、鈴木礼二は3年4組教室で対峙していた。
かたや、創作のイメージそのままのヴァンパイアの見た目をしていて、さらに聖なる斧を構えている少女。
かたや、制服すら着ていない、気の抜けたおじさん。この2人が戦ったところで結果は明白……
と思いきや、実はそうとも言えない2人の、実に奇妙な勝負が始まろうとしていた。
「10代の少年を止めるなんて無粋なことをするもんじゃねえぜ、茶髪の嬢ちゃん」
「黙れ…そっちこそ…消えろ!」
「気性が荒くなってるね…本当はそんな技、使いたくないんじゃないのか?」
「……黙れ…友達の為なら…いくらでも使う!」
「その友達は望んでなかったようだがね」
「〜ッ!!!」
少女は動く。上から覆い被さるように、鈴木に襲いかかる。この後はお馴染みの吸血をするつもりであろう。
だが彼は黙って何もしないわけじゃない。
確かに吸血鬼の攻撃は、一警察官に防げるものではない。だが彼を普通の警察官だと思うのは間違いだ。
「ハンドプロテクト」
吸血鬼は人間を超えるスピードを出すが、
「『“レント”チャージ』」
「!!!」
彼の銃弾は音速を超えるスピードを出す。
咄嗟に三発、鈴木は彼女に撃つ。
その全てがヒットして、彼女は四散する。………死んだわけではなく、またコウモリに分かれたのだ。
そしてまた人の姿に、いや吸血鬼の姿に戻る。
彼女は、中々に体調が悪そうな顔をする。
「…はあ……はあ……何それ…」
「これ?こいつか?俺の愛銃『エターナ…」
「その弾丸!」
「…………悲しいねえ。嬢ちゃん。よっぽど余裕がないようだ。とてもじゃないがヴァンパイアとは…」
「言え!!」
「……これは斬撃の超能力。俺やこの銃のアビリティじゃない…今回のバトルの為に借りてきたのさ。知り合いからね」
「斬撃…?」
「ああ斬撃。それも少し特殊な…ね」
特殊、というのは全く本当の事実である。しかもその斬撃を扱う戦士は無名のひとりの少女だ。
少し話はそれるが、鈴木礼二は異能という物に対して協力的であることを許された唯一の警察だ。というのも、異能は一般人には秘密にする決まりになっているのだ。だから警察としては、秘密的な力に依存してはならない方針を打ち出していて、異能に対しては原則的に科学で対抗しようという考えなのだ。
しかしこの鈴木礼二、中年にして改革の心を持っていて、それは古いと方針に意見を出した。人間は40にもなると、生活が整ってきて、アンシャンレジームを好むようになるものだが、彼は金遣いが荒く、生き様も荒かった為、そのような考え方をしなかったのだ。
元々はそれなりに良い立場の人間だったが、あまりにしつこかったので、異能関連の責任者の称号と引き換えに左遷された。
警察の上層部は、鈴木礼二はそこで力尽きると思っていたのだが、しかし彼はまだまだ破天荒だった。
エグゼクティブから警察官に逆出世した彼だったが、地元から着々と『異能のコミュニティ』を形成していったのであった。
勿論、薙紫彩や庵内湖奈々とは違って正常な心を持っているので、規模はどうしても大きくならない。だがしかしそんな中でも、とんでもない奴が紛れ込むものだ。
『事件に呼び寄せられる達成使い』薙紫紅。
『国家を落とせるハッカー』滝村望。
他にもたくさんいるが、今回力を借りたのは、
『斬撃少女』こと咲宮歌織。さきみや、かおり、と読む。彼女はここ最近で大きく強化していた。
弱っているとはいえ、封印能力者に効く斬撃を生み出せる。それが知り合いにいたなら、力を借りないわけにもいかないだろう。
そしてその咲宮歌織、そして滝村望は、薙紫紅の後輩でもある。警察の動きを不審に思った鈴木は2人に協力を頼み、そして『神影』に辿り着いた。
でも本当は『斬撃少女』が封印に乗り込む予定だったのだが、待ち合わせしていたアイゼンと林道が既に入っていて、実力がコストオーバーだとして弾き出されてしまったのだ。
それで『斬撃の弾丸』を持って、期せずして彼は並行世界に入ってきた。だがそれでビビったりはしない……それは何故か?大人だから。
冷静、そして冷酷になれる奴を、世間は大人という。自由気ままな性格の彼も、やる時はやるから、
『大人』なのだ。
「……なんだか知らないけど……銃に装填できるなら、当たらなければ無意味ってことだよね…ネタが割れればなんてことない、ただの銃と変わりはない!」
「…そうだね」
「悪いけど…あなたに構ってる暇は無いんだ!今からでもシルフィードか倉谷君のところに駆けつける…!」
「……」
「そして紅は絶対にここから出さない!」
「……やれやれ」
もう一度言おう。彼は大人である。
人は40にもなれば、社会の本質を知ることになる。それは何か?結論は人によって違うが……
彼は、社会とは『勝負』なのだと結論付けた。
それは馴れ合いの勝負じゃない。
闘技場でグラディウスが命をかけて戦うような勝負だ。それが社会に対する彼のイメージ。
勿論、懐かしい学校という場所においても彼の認識は揺るぎはしない。子供の頃を思い出しても、なお目の前の少女に「ここは譲ってやろう」とは思わない。
『許す』のが大人。
『許さない』のが大人。どちらも正しい。
彼は後者だ。
「君はもう既に3発当たった訳だが…次は避けられる、と思ってるんだな」
「私が本気を出せばね」
「さっきは本気じゃなかった?」
「そうよ。あなたを見くびってたの」
「…お嬢ちゃん。君は子供だ。失敗してもやり直せばいいと思ってる…こういう舞台であってもね」
「……⁇…何を……」
「俺は今から…地面に銃を捨てよう」
「⁉︎」
彼はその通り銃を前方に投げ捨てて両手を挙げた。その様子はまるで降伏しているかのようであった。
「何故なら、貰った斬撃の弾丸は三発……もう全部使っちゃって、俺には他にすることがないからだよ」
「ふざけてんのか?」
「ふざけてるよなぁこんな状況。俺は年長者なのにもう負けるしかねえや。よりにもよって女の子に」
「………」
マリー・アルカードは想像した。
斬撃のレンタルは恐らくまだどこかにあると。例えば服の下に潜めていて、触れれば切られる…とか。
そしてその可能性を含めて作戦を立てると、彼女はニヤリと笑った。
「偉そうなことを言っておいて…諦めるのね。だなんて言って欲しかった?残念…その服に隠された仕掛けを私が気づかないとでも?」
「……!」
鈴木礼二は驚いた顔をした。
そしてマリー・アルカードは勝利を確信して、聖なる斧『グロリアクロス』を持って突撃する!
「子供を舐めないことよ!」
「嬢ちゃんこそ、大人を舐めないこった…」
「?…何を…………………え⁉︎」
その時。
異変は起こった。
鈴木に突撃するはずのマリーの体が、思うように動かないのだ。というより、まともに立ってもられない。
「……な、何…これ……」
「話は調査済みだぜ。ティラバスという国で、紅が君の吸血鬼の呪いを洗い流してくれたんだってな」
「な!何故それを!」
「時々化け物になってしまうというのは苦しかっただろう…そして忌み嫌うその姿にわざわざなるというのは、よほどの覚悟があったんだろう……だが……」
「……だが……何よ」
「大人は嘘をつくもんだぜ」
「!」
鈴木礼二はそのまま続けた。
「あいつの達成は残留思念を消すことが出来るが…あくまでそのままだ。君が呪いを望んでいれば、それは紅にはどうすることも出来ない」
「私が呪いを望む…?そんなわけ!」
「呪いがあればお近づきになれたもんな」
「‼︎……」
大人は時として酷いことを言う。
だがそれは全て子供のためを思ってのことだ。
「紅との接点としての異能…それは欲しかったんだよな。だからヴァンパイアの能力はまだ少し使えたんだよ……つまり、呪いと能力は別ではなく同一のものだったということだ」
「……⁉︎……そんな……」
「そして俺は嘘をついた…貰った斬撃は確かに3発だが、さっき使ったのはそのうちの2発────だが3発撃った。残りの一つは何だと思う?」
「…………!」
「分かったようだな。そう『銀の弾丸』だ」
銀の弾丸。それは吸血鬼に限らず、化け物全般に共通する弱点である。
「高かったよ…銀だからな」
「じゃあ…じゃあ私の能力は……!」
「……そう、吸血鬼の特性に由来する能力だから、銀の弾丸に撃ち抜かれれば為すすべはなかった。例えそれが封印能力であってもね…今度こそ本当に、君の意思に関係なく消えたということだ」
「な……なんてことを…!」
「そして…」
そして。鈴木礼二は落とした銃を拾い、撃鉄を引いて構えた。聖なる斧『グロリアクロス』に向かって。
「これで終わりだ」
撃った。
今度こそは本当に斬撃の弾丸。斬撃は数秒間止むことなく斧を襲い、そしてついには粉々にした。
「……!!!!」
「これでお嬢ちゃん。君に残る力は退魔師としてのスキルだけ…俺に勝つ方法はなくなったな」
「そ、そんな…」
マリー・アルカードは膝を落とす。
そしてそのまま立ち上がることもできない。
いわば今の彼女は、無重力から帰還した宇宙飛行士のような体になっているからだ……
だがそれ以前に、彼女の心は既に折れていた。
「俺を恨むなよ。これが大人だ。君は大人と戦うということを理解していなかった…だから結果に君の意思が干渉できなかったんだよ」
「……!」
「負けた相手の羽をもぐ。ずるい大人の常套手段だ……ああ、俺はそろそろこの世界から失礼するが」
「……!……勝手に…したら…⁉︎」
「…ありがとう」
そして鈴木礼二は去っていく。
もう背を向けても大丈夫だと分かっていたから。
だがあまりに不憫で、最後に彼は彼女にこう台詞を捨てて、本当に去っていった。
「ああそうそう、この戦いが終わったら紅は周りに色々謝礼をしなくちゃならない…あいつは意外と責任感が強いから、きっとお前の望みも叶うだろう」
「…………」
「あいつの地元に、訳あってあいつに大恩が作ってしまって、一生タダで遊べてしまう大きな遊園地がある…誘ってみるといい」
「…………」
彼はそう言った後に、『良い友達を持ったもんだな、紅は…』と密かに思った─────
─────教室の扉がゆっくりと閉まると、マリー・アルカードの心はその頃にはもう落ち着いていた。
そしてこう呟いた。
「それ…良いですわね」
もう能力のことなんか忘れていた。そしていつものあの台詞回しも忘れない。
「ただ、今回は失恋ですわね」
どこまでも強い女である。
マリー・アルカードは16歳にして人間になった。きっとここからは大人になっていくのだろう。
夢の世界の戦い、勝者は鈴木礼二。
〈56-88〉
一方、アイゼンストリーム・ソリッドは、並行世界で強敵に対峙していた。
「……」
「…あんたもやるねえ。俺より弱いくせに」
「言ってくれるじゃねえか。そっちこそ、封印能力者だろうが餓鬼だろうがよ、それが一丁前によ」
「…………ふっ」
いい勝負をしていた。
信じられるだろうか……シルフィードの『全てを破壊する能力』に対して、『兵器を生み出す能力』が張り合えているということを。
そして本人が全く負ける気がないということを!
「…あんたさ、どうやってるんだ?それ」
「ん?何が……ああ、この能力か?」
「そうだ。知ってるぞ……こっちも全く調べてないわけじゃない。『転生』した能力…らしいな。だが具体的に転生というのがどういうことかわからねえ」
「説明してやろうか」
「……」
彼女は高らかに話し始めた。
転生能力とは。
その名の通り、能力が役目を終えた時、その特徴を残したまま別の能力に生まれ変わった能力である。
能力の持つポテンシャルは、転生前の能力に依存し、それを越えることができない。
「…つまりお前の能力の転生前……【ミリタリー・リガードレス】ならぬ【ミリオンドレス】の力を潜在的に秘めているから、俺に張り合えるわけか」
「そう思いたかったか?」
「!」
アイゼンストリーム・ソリッドは今度はにやけていた。完全悪の笑顔である……健康的な見た目の癖に、目の下にクマがあるように見える笑い。
「まあほんの1年前まではそうだったんだがな」
「え……」
彼女は自分の右手───義手を彼に見せつけた。
「そもそも【ミリオンドレス(天下取り)】というのは、あの理事長やシエルの血統も絡んでいた大事件…封印能力者8人殺しの『異能解放』の主犯、ザリオ・シエルの能力だ。
それはつまり、異能の業界人なら誰でも知ってる『最強の能力』【総司令官】を持つガティア・シエルの『兄』の能力…ということになる」
「……」
「ザリオ・シエルは自らの能力の効果を、生前誰にも教えなかった……転生後の能力を持つ俺にも分からない。だがひとつ確実に言えることは、ザリオの能力はガティアの能力に似ていたということだ」
「……それは俺でも知ってるぜ、【フォーチュンブレイカー】の能力は全てを操ること…!単純でいて、これ以上なく強力な一文だ」
「そう。そして『異能解放』の日、ザリオは世界を一旦滅ぼすことを目的として、宇宙が生まれる前の『無』をこの学園の屋上に持ってきた」
「……」
つまりザリオの能力も何かを操る能力だったと考えるのが普通である。
「だがそれが何で兵器の能力に…?」
「兵器は権力だ」
「!」
「少なくとも今の間違った世の中じゃな……残念なことに。まあとにかく、元々何を操る能力だったかは知らないが、転生した後は、兵器という形で人を操る能力になっていたってわけだ」
「それが…人である俺に負けない理由か?」
「せっかちだな。理由はもっと別の場所にある………で、実質人を操る能力だったこれなんだが、1年前に問題が起きた…俺は右腕を失くした」
「……あんた程の人が?」
「ああ」
要らないものに触れちまってな。
彼女はまだ笑いながらそう言った。
「だがその後が問題だったんだよ。右手が無くなったら、何と能力が半分消えたんだよ」
「…⁉︎……そんなことって…」
「ここだけの話だが、ミリタリー・リガードレスは、右手で超能力、左手で魔法を使う能力だったんだよ…それが今やこんな有様だ。
────だから能力では君に負けてる。
ブレイヴァーちゃん、君が俺に勝てない理由は実力とは全く関係ないんだよ」
「……」
関係ない話を長々としてたのか…と彼は心の中で思ったが、すぐに切り替えて次の思考に入った。
彼は思う。
勝負の結果に実力が影響しない?
逆だ………普通、実力だけで勝負が決まるのが現実というものではなかったか。
「ああ……そういえば……思考異常」
「そう。考え方は時に実力よりも強くなる」
「ペンは剣よりも強しってことか?納得できないな……力同士が対峙した場所に考え方なんて…」
「君は」
その時。シルフィードを急に悪寒が襲った。
今まで普通に見ることが出来たその人の顔に、違和感を覚えるようになったのだ。
「……⁉︎」
表情は、変わっていない。
変わったのは…向こう側の態度。
「年長者に対して……いつまでタメ口なんだい」
「くっ……完全悪……か!」
「ふ……」
ゆっくりと、歩いてくる。
シルフィードは蛇に睨まれたカエルのように、動くことは出来ない……しかし恐怖しているわけではない。
悪意に近づきたくない…そして後ずさりもしたくないから、動けないのだ。
「考え方より重要なものはない…俺が言うのもなんだがな。なにせ俺は生まれた時から考え方を決定されてたんだからさぁ。だが分からないでもないだろう?
あのデカルトはこう言った……『我思うゆえに我あり』。何もかもを疑った時に、まず信じられるのは自分の精神…つまりは考え方だったんだよ」
彼女は寄ってくる。
彼の前まで来ると、しゃがんで、顔を近く寄せて、凄まじい目力と共に言葉を続けた。
「俺は悪だ。悪い精神は…やがて悪い存在となる。特に俺たち完全悪みたいな領域まで来ちまうと……もう戻せない。取り戻せないんだよ。染み込んだから」
「な、何を…!」
「いいかブレイヴァーちゃん、これだけは弁えておけよ…人間には種類があるんだ。その中には、もちろん悪に属する奴もいるんだ。
生まれ持った才能だけでどこまでも進めるズッッルい奴もいるし、親の仕事を世襲制で受け継いですぐに金持ちになったのに何も残さないボンクラもいる。善良なはずの君ら日本人にだって、アドルフ・ヒットラーの意思を継ごうとする馬鹿もいる。そいつらのことは、みんな気に食わないし、死んでほしいって思うだろ?だけど殺しちゃならねえんだ。人権と倫理があるから」
「‼︎……」
「何が言いたいかっていうと、悪っていうのはまるで運命に味方されてるかのように滅ぶことがねえんだよ。その証拠に、人類はもう何千年と歴史を重ねてるのに、社会は一向に平和にならないだろう?何でかわかるか?」
「……悪は人の見方によって変わるからで」
「そう。正義がサンドバッグを探すからだよ」
「!!!」
「正義と悪は運命共同体だ。正義は必ず勝つ。だが悪は負けても滅ばない。上手くできたシステムだろ?これは正義と悪だけの話じゃねえ。厄介なことに、人々が望むものほど短命で、厭むものほど長久命だ。」
「……そんなことは」
「人間が人間として生きていく以上、絶対に避けられない『三つの格差』がある。一つ目は有無の格差。二つ目は上下の格差。そして三つ目が善悪の格差だ……なあ、ブレイヴァーちゃん。俺は完全悪で、少なくともお前よりは性根が腐ってる悪〜い奴だが、しかしお前に俺は殺せねえよ。俺を殺せるのはジョンと湖奈々だけだ。
何故なら悪を滅ぼせるのは別の悪だけだから…お前のように正義側の人間が暴力で悪を叩き潰そうだなんて、そんなことは不可能だ…許しちゃもらえねえんだよ」
「…だ、誰に…!」
「さあ、神様とかじゃねえの?」
〈2-7〉
「【military_regardless】」
「がああああああああああああああああ!!!!」
戦闘場所は移っているが、アイゼンストリーム・ソリッドはお得意の強力な兵器を存分に使うことは出来ない。
鈴木礼二が3-4教室で眠っているからだ。
にもかかわらず。
勝利を収めたのは彼女だった。
「がはっ……はっ……」
「ははははははは!正義は必ず勝つっていうのも絶対じゃねんだな!びっくりしたよ!」
「……今回はあんたが…正義だったんだろ…」
「違うね。ブレイヴァーちゃんの言った通り、正義も悪も人の見方次第……だが俺にはそれは通用しねえ」
「なんで」
「だって俺は完全悪だかんな」
「……」
最後に笑うのは悪だった。
少なくとも今回は。
並行世界の戦い、勝者はなし。
倒れたのはシルフィード・N・ブレイヴァー。立っていたのはアイゼンストリーム・ソリッド。
……彼女は彼の横であぐらをかいて座った。
「まあ倒したところで…結局ここでお前を見張っとかなきゃいけねんだがな」
今回の勝者は本当に何も意味がなかった。
結局戦う意味すらなかった。
「……あんたの能力」
「?」
「【ミリタリー・リガードレス】の転生前……最強の能力に似た能力…【ミリオンドレス】は、ひょっとすると『掌握』する能力だったんじゃないか」
「ああ、なるほど」
結果も過程も何も面白くない、
手に汗握らない勝負であった。
「さて…紅ちゃんも何か掴めるといいけど」




