第六話【学園は世界を震撼させる】前編
これは、【存在の影】から地球を守る為に執行された、【神影封印計画】の裏で起こっていたささやかな脱出劇である。
全てが解決した今となっては茶番に過ぎないから、何なら全て飛ばしてしまってもいいのだが、あの一言を理事長に言うために俺たちはかなり頑張ったので、良かったら暖かい目で見届けてほしい。
その『盟友解放作戦』は、俺が夢の中で目覚めたその時から始まった。
〈1-1〉
そもそも俺は、『神王国ティラバス』から日本に帰ってきた時、倉谷君に眠らされてしまっていたのだ。
神影が落ちてくるその数時間前、倉谷君の能力が途切れたその瞬間、俺は学園のどこかの部屋で目を覚ました。
「はっ!」
「ようやくお目覚めかい、紅ちゃん」
そして。
その頃にはもうかなり、時間は迫っていた。
「……ここは……」
俺は起き上がり、辺りを見渡す。どうやら普通教室の、並べられた机の上に寝っ転がっていたようだ。
冷房が効いていて、寒い。
そして周りに2人、男女がいた。知っている顔が一つ、知らない顔が一つ…だがその雰囲気はよく知っていた。どうしてだかは分からないが。
「よう、久しぶり」
「……林道君⁉︎」
知っているその男は林道栄徹だった。
ダーク・バランスとの抗争以来学園から姿を消していたが、こんなタイミングで再開するとは……
いや待て。今はそもそもどんなタイミングなんだ?こんなわけのわからない状況で…そうだ、倉谷君に眠らされていたんだった。
「薙紫ぃ、長いこと寝てたな。まさかここまで待つことになるとは思ってなかったぜ」
「お前…精神状態はもう大丈夫なのか…?」
「ああ。まあ色々あってな…とにかくシャワー浴びて来い。頭を冴えさせるんだ。今、外の世界はどえらいことになってる」
「シャワーって…うちそんなの無いだろ」
「ある。ここは可能性の総体だから」
「……?」
「とにかく隣の教室だ。行ってこい」
「替えの服が…」
「それもある。ここは万能なんだよ」
「⁇」
言われるがまま、見ないうちに復帰していた彼の言う通り、何故か教室にあったシャワールームでシャワーを終えて、何故かあった替えの服に着替えて、俺は元の教室に戻る────
─────そして教室の外に出てみてわかった。
さっきまでいた部屋は3年4組の教室で、シャワールームがあったのは3年5組の教室だったのだ。
「なるほど、つまり封印クラスだからシャワー室があったってことなんだな…」
だがそれは見当違いだった。
とにかく俺は部屋に戻った。するとまた変なシチュエーションができていた……
知っている顔がまた増えたのだ。
「おっさん⁉︎」
「よお!来ちまったぜ。困ってるって聞いてな」
「困ってるって…そりゃ確かに困ってますけど」
おっさん…彼は俺の命の恩人とも言える人だ。
かつて俺が天涯孤独になった時に、その後の生活環境を整えてくれた警察官、鈴木礼二。
この学園に来てからはあまり交流は無かったが、こんなタイミングで再開することに……って、
だからこれはどういうタイミングなんだよ。
「紅ちゃん。これはある意味いいタイミングだぜ。普段モヤっとしてる部分を解決出来るかもしれねえ」
で。
一番訳のわからない人間が彼女だ。
俺より背が低い…キャンディ先生じゃないが、中学生ぐらいの背丈をしている少女。何故かマントをしている。
だがわかる。この人は明らかに年上だ。
そして格上だ。俺よりずっと凄い人生を送ってそうだ。何故こんなにも察することが出来るのか自分でもわからないが、何かこの人のことを知っているかのような感覚に陥っているのだ……何故?
今までにあった女子の誰かに似ているとか?
「あなたは…一体誰なんですか……?」
「俺はアイゼンストリーム・ソリッド。リム姐さんと呼んでくれ」
「ああ、愛染さんですか?随分変わりましたね…」
「…いや、これは本名なんだけど……」
「失礼しました。人違いでした。でも俺、なんか、あなたのことを知ってるような……どこかで俺と戦ったこととかありましたか……?」
「はははっ!なんじゃそりゃ!百戦錬磨はセリフもすげーな!でも俺は紅ちゃんと戦ったことはねえよ!」
「ない…ですか。じゃあデジャヴだったのか…」
「今ここで戦ってみるか?」
「え⁉︎いやいやいやいや!嫌ですよ!」
これ以上わけのわからない状況を増やしたくない。
ただでさえ疲れてるのに…いや、疲れてはなかった。やはり随分と寝ていたらしい。
戦いに最適化されているらしい俺の体で考えるなら、最低でも8時間は寝ていただろう。
「ジョーダンだよ。まあでも俺によく似た奴と戦ったことがあるってのは聞いてるぜ」
「よく似た奴ですか?」
「ああ、庵内湖奈々。知ってるだろ?」
「ええ⁉︎」
「それに俺とあのアホは似てて当然。なにせ俺はあいつとおんなじ、完全悪、だからな。」
〈3-7〉
状況がうまく飲み込めない。
行方不明だった林道君と、急に出てきたおっさん、そして庵内さんの…同類?
どういうメンバーなんだ。
いやそもそも、どうして俺の前に現れた?
そして3人はどういう接点があって出会ったんだ?
「まあ、突然のことで混乱してると思うが、俺がゆっくり説明していくからよく聞け」
と、アイゼンさんはそう言った。
「はい」
あんたが一番わけわかんないんだけどな!
「そもそも、一から十まで知らないわけじゃあるまい。紅ちゃん、お前理事長の動向が気になってたんじゃないか?」
「はい。時折俺たちを学校から追い出そうとしたがっていたように思います…」
「それがヒントだ。単刀直入に言うと俺たちは今、理事長に捕まっている状態なんだよ」
「……」
今度は、学園の中に閉じ込めたいのか。
「もっとちゃんと言うなら、お前が昨日までしていた旅で一緒にいたメンバー……倉谷瑞、シルフィード・N・ブレイヴァー、マリー・アルカードの3人に、封印されている」
「あの3人が?本当ですか…?」
「ああ。お前の為を思ってな」
「……⁇」
俺の為…なら理事長は誰のために…?
“悪事は働いていない”という言葉は、いつまで信じられるのだろうか……いや、まだ信じる。
「では何故そんなことをするのか……それは、今まさに地球が滅びようとしているからだ」
「いきなり壮大なストーリー⁉︎」
なんじゃそりゃ!
というか…学園じゃなくて地球…?
「いやいやマジなんだってば。マジで本当に、人類史上一番ヤバいであろう敵が地球に向かってきてんだよ」
「それは…どんな…」
「【反存在】」
「反存在…【無存在】なら聞いたことあるんですけどね……」
「どっちもレアだが、危険度は反存在の方がずっと高い。しかもそれは人じゃねえ」
「……!」
「反存在はまあ…ブラックホールみたいなもんだ」
「ブラックホール…」
「ああ。しかも物によっては能力が効かない」
「ええ!それ凄くマズいんじゃ…能力が効かないブラックホールって、それ本当に地球終わるでしょう」
「ああマズいよ。だから世界中のお偉いさんたちも大慌てさ。現に俺も徹ちゃんも礼二さんも、それぞれのボスから言われて来たんだ」
「ああ、目的は一緒だったんですね。それで…」
「そう。それが問題」
「?」
しかし聞いている話によると、俺に何かできるとは思えない…今は捕らえられているらしいが、ここから抜け出したところで何が出来るんだ?
いやまあ、大人しく最後まで話を聞くか。
「お偉いさん達がみーんな同じことを考えちゃってて、意気投合してんのよ…そんで重大な事実を隠してる」
「重大な事実?」
「ああ。実は今回来る反存在は二種類あるんだ。一つは理事長が数十年かけてなんとかしようとしてる『参画者』と呼ばれるタイプ。」
「対抗策はあるんですか…!」
「そうだ。理事長ちゃん死ぬかもしれないけどな」
「‼︎……そうですか」
落ち着け落ち着け。
冷静、冷静に考えるんだ。
「まあでも何とか出来なくはない。だからそれだけならまだ良かったんだが、新たに最近わかったもう一つのタイプ…『なり損ない』が厄介なんだよ」
「それはどう違うんです?」
「レーザービームみたいなブラックホールだ」
「ビーム…⁉︎」
「小さいが、四方八方から来る…120個ぐらい」
「それ…本当にやばいじゃないですか!」
「落ち着け落ち着け…いざとなれば湖奈々が動く」
「あんた今すごい重要なことサラッと言ったな」
庵内さん、やっぱり完全復活していたのか。
わかりきっていたことではあるけど、いざ事実として叩きつけられると中々にキツいものがある。
「しかし湖奈々はどこにも属していないフリーの能力者だし、最近仲間集めをしてるらしいがそれもまだまだ小さい集まりだ。あいつの評価は前までと変わらず、いつ何をしでかすかわからない危険因子ってだけだよ」
小さい集まり…また不穏な言葉を……
だが今は触れないでおこう。
「じゃあそのお偉いさん方の計算には入っていないってことなんじゃないですか?」
「そう。しかもそんな状況で、湖奈々自身が、自身が動くことを想定して準備してる…これがどういうことか分かるか?」
「……まさか……」
「そう、お偉いさん方、無視しようとしてんだ」
よりにもよって地球の危機を。
彼女はそう言った。
それって、ただ危機に瀕するよりずっとまずい状況になっているんじゃないのか…⁉︎
〈5-8〉
「それもこれも、お偉いさん方の意見が一致しちゃったのが悪いんだよ…どこか一つの機関でも動いてくれれば、対処できないことはない。同時に、当たり前だが湖奈々が動く必要もない。」
「それはどうしてなんですか…?異能に関連する団体って、いくらでもあるでしょう…協会みたいなのもあれば魔女村みたいなのもあるし、小規模でもレイバードのようなところだって…何ならダーク・バランスのような個人活動家だっている。政府お抱えの能力者もいるだろうし…そうだ、この阻害地区みたいな特殊地区を制定してる機関もありましたよね」
「うん…君のいう通り大量にある。あるにはあるさ。だが規模と権力が小さい団体には、そもそも計り知れないことなんだよ。能力での探索ができないからね」
「…!」
そうか…なら科学的に探すしかない。
そうなると宇宙産業を動かせるほどの権力がなくちゃそれはできない…それに、人を動かすことによって生じる責任をちゃんと持てる力がないと……。
「問題を確認した機関はたったの6個」
特殊地域制定の権限を持つ『スカイホーン』。
全世界の異能に関する情報を持つ『異能協会』。
各国政府合同の対策委員会『MoG』。
全世界裏産業医師連合『BROWN』。
強力な魔法使いを育成する『魔女村』。
そしてそれらから事情を説明されて問題に関わることになった唯一のカタギ、宇宙産業の『RAXA』。
「そして個人活動家はたったの10人。その中には湖奈々や理事長、うちのボスに、巫ちゃんもいるぜ」
「槍を知ってるんですか?」
「知らねーわけないだろ。まあそういうこった。わかったろ?個人活動家でも、かなりの高レベルに達していないと問題を知ることすらできねえ」
「なのに…知っている機関の人間達の間で、地球を見殺しにすることが決まった、と」
「そうだ。まったくもってその通りだ」
「それはどうして…」
「……それはまだ言えねえが、まあお前ら『達成使い』に関することだよ」
「それ…俺に隠さないで下さいよ」
そこが一番重要な部分じゃないのか。俺は達成使いなのにそれを知らなかったら、また大人達に振り回されるだけになってしまう。
「うーーーーーーーんどうしよっかなあーーー」
「頼みます!めっちゃ気になるんです!」
「……じゃあ仕方ない。説明してやろう」
「やったぁ!」
「もう仲良くなってる…」
「やつらの狙いは【達成使いの覚醒】だ」
「覚醒…と聞くと、俺はどうしても覚醒者(3組生徒。身体や五感の機能が非常に優れている人間)を思い出してしまいます」
「ぜんぜん違うんだがな……じゃあ質問だ。そもそも達成使いの特性はなんだ?」
「そりゃあ…死なないことですかね」
「そうだな。ちゃんと言うなら『殺されない』ことだ。悪意や殺意のない事故による死は防げねえ」
「はい」
そうだよ。俺は熱中症で死にかけたことがあった。
行方不明といえばあの時夏枷(※第四話『天変地異は炸裂する』・『カウントダウンは進行する』を参照)もそうだったな……あいつは今どこにいるのだろうか。
「だからそれを解決出来れば、達成はよりよくなるって思わねえか?」
「まあ確かに…考えたことは何度もあります」
それは傲慢だって結論が出て、毎回その考えは終わってしまっていたのだけれど。
「先人達もそう思って、新たな『達成』を開発しようとした…だが、それは不可能だった」
「……」
「達成はそもそも、何度も何度も死にかけて、ようやく手に入るご褒美みたいなもんだ。だからそれを身につけて、少なくとも殺意を向けられて平気になってしまうと、それ以上は伸ばせない。わかるだろ?」
「わかります。俺も、達成を貰った後も結構戦ってますし、結構ピンチになってますけど、性能は全く伸びなかったです」
「そう。だからそう考えると、突発的な事故に遭うしかないわけだ。だがしかし達成使いになるような人間はそもそもそういうのに敏感になってるケースが多い」
「……」
まあ俺も、今なら交通事故に遭うことはない。
奥義『篠方』の有無を問わず。
「実験にならない…どころか、交通事故の多い地域に住んで死んだやつもいた。本末転倒だ」
「それは……御愁傷様です」
「だがそれでも、寿命以外で死なない人間という存在は様々な人たちにとって理想だった……」
「なるほど。それで『参画者のなり損ない』を放っておくという選択を…」
「ああ。どころか、達成使いに落下地点に待機させるまである。失敗したら死ぬのにな。ひどいだろ」
「酷いですね」
「だが…奴らも悪意でやってるわけじゃない。善意が欠如してるだけで……【達成使いの覚醒】をさせたいのには理由があるんだよ。それは本当に詳しくは言えない」
「ええ…」
まあここまで事情がわかればもういい。
これから俺がするべきことを考えよう。
先のことも別のことも心配だが、とにかく今は理事長が心配だ。
「だがこれだけは言っておこう」
そして。
アイゼンさんはこう付け加えた。
「進化した達成使いが本当に必要になる時が、そのうちやってくる。『参画者』は序章に過ぎないんだ」
「……序章?でもめちゃくちゃに強そうなのに…」
「そう思うだろ?だけど残念ながら、比べ物にならないくらいヤバいのが来ることがもう分かってるんだ…まあ、だから覚悟はしておけよ。俺たちがここに来て、このことを説明したってことよ意味を、ちゃんとわかっとけよ?」
「……それはつまり……」
「ふふ……」
達成使いの覚醒。進化する達成。
それが必要だから……なら。この人たちに…この人たちのボスに目をつけられた俺は、
ひょっとして─────何をされるんだ?
〈5-8〉
「で、おっさんは警察から」
「ああ」
「アイゼンさんは…秘密なんですよね」
「うん」
「で、林道君は個人活動家って括りでいいのか?」
「ん?ああいや、俺は庵内さんの指示で」
「庵内さん⁉︎」
おい!先に言えよ!何でみんな復活してるの前提で……っていうか……林道君は……あれ?
そうだ、林道君は思考異常を喪失して、今は他の思想に触れることは良くないと言われていたんだった!
行方不明になってしまっていたからもう考えても仕方ないと思ってたけれど…よりにもよって完全悪に!?
「お前、その…思考異常は感染してないのか?」
「はは…まあそこは大丈夫…今は確かに庵内さんのコミュニティに入ってるけど、それ以前に自分の意見は固めておいたからさ」
「そうか…ならいいけど」
なら、俺はまた庵内さんに目をつけられてるのか。嫌な気分だ…今度こそはもっと上手くやろう。
「じゃあまあ……………いやいやいやいや」
「ん?どした?」
「皆さん、何してきたんです。俺に会いに?」
「そうだな。守りに…かもしれない。見ての通り、うちのボスと湖奈々と、一部の警察は今回の『レーザービームのブラックホールは放置する』っていう方針に反対してるってことだ。だから世界中に人を飛ばして、達成使いを保護しようとしてる…特にお前は拘束されそうって噂が立ってたから、俺みたいなのが来たんだよ」
どんな噂だよ。
拘束されそうって。
「いい協力者がいたんだ…またそういうことだ」
「なら、あなたたちの目的は」
「そう。お前をこの封印から逃がして自由の身にする…そして神影から守る。それは落ちてきた時の話だがな」
「…………でも、倉谷君にマリー、シルフィードもいるんでしょう?能力が使える状態で…でも失礼ですけど、今、ここにいる戦力って…」
「俺は銃のアビリティ。強化版だぜ」
「【具現隷骸】。例外を作る封印能力」
「俺はまだ秘密だがまあ普通の能力だぜ」
「封印能力者3人に勝てますか……⁉︎」
あれ?
自分でも思ったけど凄く失礼だな…?
「大丈夫大丈夫。外にもあと1人協力者がいるし、学園のデータはチェック済み…弱点も丸わかりだ。何より俺がいるじゃねえか」
「……」
「というかよぉ」
「?」
この辺で俺は怒られことになった。
完全悪が怒るとこうなるのかと思って、嫌な思い出と良い思い出が蘇ってきて、変な気分になった。
「こんだけ遠回しに言ってやってんのにまーだ分かんねえか?お前理事長が心配なんだろ?」
「……!」
「じゃあさっさと行こうぜ…あと3時間したら向こうの作戦も始まっちまう。そしたら、今の計算で80%の確率であいつは死ぬ。この確率はまだまだ上がるし下がることはねえ」
「………………」
「何故なら危険な現場に立たされているから…最低な権力者の手によって。さあ、どうする!」
「……俺は」
正直あの人のことを疑ってばかりだった。
だが、なんだ。教師らしいこともするんじゃないか。
なら俺は生徒らしく、生意気に首を突っ込まなければならない。そうだ。
今日も巻き込まれよう。
「みんな、力を貸してください」
「……ふん」
「まだ俺はどうしたいか、まとまってないけど……少なくとも誰にも死んでほしくない!理事長が死にそうなんだったら、俺は庵内さんに頭を下げる!」
「……うぉいおい!何もそこまで」
「宜しくお願いします!!!!!」
「お、おう…」
こうして。俺たち4人は理事長の元へ駆けつけることにした。脱出作戦、開始!!!
〈6-8〉
「んじゃあ、今ここがどういう状況か説明するぜ〜」
そう言ってアイゼンさんは窓を開けた。
外の景色は凄く気持ち悪かった。
なんだか夢の中でパソコンがバグった絵に水をかけちゃってめちゃくちゃになったような…………
「ここは並行世界。ゼロ距離で隣接するパラレルワールドだ。理事長は3時間後、この世界を【存在の影】を消すために投げ込む…その直前に異物排除の効果が働いて、俺たちはこのままじゃ火星に飛んじまう」
「火星に飛んじまう⁉︎」
「それにただの並行世界じゃない。ゼロ距離っていうのがミソだ……実はここは、中に入った人間の夢の中でもあるんだよ」
「……!…夢…」
そうだ。前にそんなことがあったな…
熱中症になった時、偉くはっきりとした夢を見た。その時庵内さんにも会ったんだっけ……
「なら、俺たちは寝てるんですか?」
「そだな。しかも起きても並行世界…さらに並行世界から出ても学園に物理的に閉じ込められてる」
「凄くめんどくさそうですね……⁉︎」
「そうでもない。夢の壁、並行世界の壁、学園の壁を越えればいいんだ。まあそれだけじゃ済まないかもだけどな…だがまあなんとかなるさ」
「3時間以内…よし、急ぎましょう」
そうだな…とアイゼンさんは答え、今度は窓を閉めて、教室の扉を開けた。
すると。
大量のコウモリが教室の中に入ってきた。
「ぎゃああああああああなんだこりゃぁ!!」
「下がってな」
コウモリはギャンギャンと鳴いている。
そんな鳴き声を現実でするかは知らないが、とにかく不快に感じた。そして─────
──────「下がってな」
アイゼンさんは左手を前に出した。そしてそれと同時に、それまでそこになかった『武器』達が現れる。
地面から生えてくる物。
どこからともなくパーツが飛んできて組み立てられる物。ステルスを解除したかのように色を取り戻す物。
色んな登場の仕方をするが、共通点が一つ。
それらは全て重火器だった。
「これは【指揮官】という能力だ…英語名は【military_regardless】‼︎かの大事件、異能解放にて死亡したザリオ・シエルの能力【ミリオンドレス(天下取り)】が『転生した』能力!」
「ミリタリー・リガードレス…⁉︎」
「そう!『兵器を召喚する能力』だ!!失せろ!!!!」
そしてそれらの重火器の砲撃によって、コウモリ達は次々に死骸と化してゆく…のではなく、粉になって、一箇所に集まっていく。
そして、教室に火がつく。
灼熱の中、現れたのはマリー・アルカードだった。
「マリー!」
「紅!あなたはここから逃がさせない!」
「聞いてくれマリー!ここにいたら…」
「ここにいれば!火星に逃げられますわ!」
「‼︎……」
「チッ…あの娘」
「紅!あなた何か勘違いしてませんか!あなたがここで今なにをしようが何も変わらない!」
「……!」
「色々事情があって複雑になってて…私にもどうしていいかわかりませんけど!理事長の元に駆けつけたい気持ちも、自分で何かしたい気持ちもわかりますわ!
だけど私はそんなことしてほしくない!
友達として!
少なくともこのままここにいれば、火星に逃げられる!そうすれば、シェルターで自給自足の生活をするだけでいい…達成使いにとって地球が危ない場所だっていうのは分かってるでしょう!」
「……マリー、俺は」
「紅!あなたの気持ちは絶対に尊重しない!結果それで友達じゃないと言われても絶対!
今の危機も、今後の危機も、全て終わってから地球に帰って来ればいい!」
「マリー、でも俺は何かしないと気が済まないんだ…何にも関与せずにただ指を咥えて見ていることなんて出来ない!」
「うるさい!帰ってきてからいくらでもすればいいですわ!反乱を止めるでも教典をつくるでも、同い年のスク水を着た女子と幼女同伴で露天風呂に入るでも!」
「なんかおかしい!」
「あなたが死ぬくらいならここで戦って絶縁してやる!絶対にここからは逃さない!」
「……マリー……」
「紅ちゃーん、どうすんだい?」
「…俺はいまさら、筋道を変えるつもりはない」
「…!」
「だけどお前と友達じゃなくなるつもりもねえ!」
「紅…じゃあ大人しく」
「どうすればいいか分からねえ!俺の人生はそんなことばっかりだよ!あーもうどうすりゃいいのかなぁ!」
「おいおい…何言ってる紅ちゃん」
こういう時。
やはりあの人は心強い。
俺が決断できない時、俺が困った時…いつも俺を1人にさせなかった。
「助けてください!おっさん!」
「…!」
この人のことを、親よりずっとずっと尊敬している。いまの俺があるのは殆ど、この人のおかげだから。
「……そうだな」
おっさんは答える。
「こんな窮屈な場所じゃあ、後で納得できる答えは出せないぜ」
「……!!」
「ここを出るかどうかは、最後の扉の前で考えればいいさ。俺たちはその手助けをしてやる」
そして。
銃を持って前に出て、背中を向けてこう言った。
「ここは俺に任せな。先に行け」
「……はい!」
「く、紅!」
「おっとお嬢ちゃん」
そしてマリーに銃を向ける。その間に俺たちは教室から出て、アイゼンさんの先導で脱出経路へ走る。
「何?あなた…私の邪魔をしますの」
「そうだな。あいつの応援をするにはそれしかないもんで」
「できるものなら…してみればいいですわ」
そして、マリー・アルカードはその姿を変える。目は黒色から赤色に、犬歯は牙に─────
─────人間から吸血鬼に。
そしてその金色のロングの髪からコウモリ達が現れて、一箇所に固まっていく。それと同時に徐々に髪色は変わって行き、最後には紫がかった黒色になった。
集まったコウモリ達は二つに分離し、
片方は彼女の体を守るマントになり、さらに背中に羽も生えた。もう片方は『退魔師』としての武器になった。
その名も『グロリアクロス』。
霊験あらたかな細かい装飾の施された、聖なる斧である。吸血鬼でこれを持てるのは彼女くらいだ。
「…ひやぁ、かっこいい変身だなぁ」
「その調子だと、余裕そうですわね」
「まさか。俺は今も足がすくんでるよ。余裕だなんてとんでもない…勝てるかどうかすら怪しいんだから」
「……あくまで勝つつもりですの」
「当たり前さ。俺たちはオーディエンスなんだから」
〈5-88〉
「はっ!」
俺はまた目を覚ました。今度は鮮明に覚えてるぞ……俺たちは夢の世界に閉じ込められていたんだ。
そしておっさんがマリーを足止めしてくれていて、俺と林道君とアイゼンさんは夢の世界から抜け出すドアを見つけて、脱出したんだ……
「お目覚めかい。今度は早かったね」
「俺…どんぐらい寝てました…?」
「いや、俺とそんなに変わらねえよ。先を急ごう。余裕はまだあるとはいえ、グズグズして良いことなんて何もねえ」
「そりゃそうですね」
「徹っちゃん!紅ちゃんも起きた!行くぞ!」
「はい!」
俺たちはまた走り出した。
アイゼンさんについて行き…この人もどこまで信頼していいかわからないが、火星に飛んで困るのはお互い様だから…まさか嘘をついていることなどあるまい。
廊下を進んでいく。
「これ、どこに向かってるんですか!」
「お馴染みのとこだよ!」
「……?」
とにかく走る。
そういえばここは並行世界らしい……それでいて『可能性の総体』でもあるとか。
「理事長が大量の質量を作り出す為に有効的な手段だったんだよ。例えばさっきのシャワーだって、シャワーをしたルートの未来としなかったルートの未来、両方の状況を理事長は手に入れたことになるんだ」
「林道君…それはいいけど、それならここの内部から干渉しないと質量は増えないんじゃないのか?」
「だからこその『ゼロ距離』なんだ。ここでの行動は現実世界と連動してる…分かりにくいだろうけど」
「……?」
「ここは2年生の教室が並ぶ階だよ」
「あ、ああ……」
そうだ。今期の1年生は俺たち人助け部によって、3年生は生徒会によって、大多数が登校するようになってる…けど、2年生は未だに登校せずに外部で犯罪をしてる人が多数派、研究熱心な3組生徒を除いては、登校している人はほとんどいない。そろそろ2年生もあたってみたいが……今はその話は後だ。
「だけど2年教室に用があるわけじゃない…用があるのは特殊教室棟…つまり東棟だ」
「わかった」
すっっごく今更だが、天角学園の形状について説明しておこう。この学園は無駄に広い。
正面の校門から入れば一見横長に見えるが、実は中央棟を中心にして四つも派生する棟がある。
北棟、南棟、東棟、西棟。
北棟はほとんどが廃教室になっている。
南棟は教員それぞれの役割の部屋があり、我らが顧問と副顧問の生徒指導室もここにある。そして何故か、生徒会室もここにある。
東棟は特殊教室が集まっている。3組の人たちがよく使用している物理室や被服室、俺が前に巫とお菓子を食べていた視聴覚室に、元吹奏楽部室…つまりうちの部活もある。最近また授業で使われるようになってきた。
西棟は1年2年3年のホームルーム教室。
そして中央棟は職員室が2階に大きくあって、3階にひっそりと理事長室がある。他は会議室が沢山あるがあまり使われていない。派生している棟と棟を繋ぐ廊下と階段が入り混じっている。
外には、大きなグラウンドがある。メタセコイアやイチョウ、桜など、なんか、でっかい感じの木に囲まれている。ここも無駄に広い。
プールはない。泳ぎたければ、ここは離島なので真っ直ぐ歩けば必ず海にたどり着くから、そこで泳ぐ。
使われていないかつての部室棟がいくつかあるが、本当に全く使われていないので何も言うことはない。
あと特筆すべきなのは体育館だろう。
と思ったが、普通の体育館なので他に特にない。
「おっと」
その時だった。中央棟を抜けて東棟に辿りついたまさにその場所に、次なる刺客がいた。
「シルフィード!」
「よう紅。なんの説明もなしに眠らせちまって悪かったな…だが仕方なかったんだ」
「そんなことはどうでもいい!ここから出せ!」
「出すわけにはいかねえ…お前にとってここが一番安全だ。外に出たら何をされるか分からねえし、万が一理事長の作戦が失敗しても安全な火星に飛べる」
よく考えれば火星が安全というのはこれまでの人生にはなかった論理だ。そして今は無視するべき論理。
「うるせえ!俺はそういう蚊帳の外に出されるみたいなことは嫌いなんだよ!」
「知ってるよ。友達だからな」
すると。
シルフィードはいつのまにか、俺の横にいた。
いや、横にいたのではなく────
「え」
───────俺の頭に蹴りを─────
「オラァ!」
次の瞬間。蹴りが入ったのはシルフィードの方だった…アイゼンさんが、蹴られる前に蹴り返してくれたのだ。
「あ、アイゼンさ」
「先に行け…こいつは俺が引き受けた」
「痛ってえな……!誰だお前」
「友達じゃねえのかよ。いきなり蹴りを入れるなんてひでえやつだな!まあ俺に言われたくねえだろうが」
「名前を聞いてるんだよ」
「生意気なガキだ…俺はアイゼンストリーム・ソリッド。お前よりずっと悪い奴だぜ」
「チッ…例の完全悪はお前のことか」
「そうだよ」
何やらすごいバトルが始まりそうだ…
全てを破壊する能力【相対回帰】vs兵器の能力【ミリタリー・リガードレス】!
単純な強さならシルフィードの方が遥かに上……だがしかし『完全悪』となると期待してしまう!
「紅!行くぞ!」
「あ、ああ……」
庵内さんと同じ、異能の強さの差なんてかき消してしまうほどの『凄さ』を彼女は確かに持っている。
正直この勝負、すごく見たい!
でも先を急がなければ。
ここで止まってるわけにいかない。
「え……でもアイゼンさん!どこに行けば⁉︎」
「行きたい場所に行けぇ!」
「え……ええ……⁈」
そして。アイゼンさんは振り向いてこう言った。
「お前が一番好きな場所だよ!」
「……!」
「よそ見してんじゃねえよ!」
シルフィードは手のひらから衝撃波を放つ。
アイゼンさんは飛んで避けた……そしてわかった。あの人の『右手』、今までマントでよく分からなかったが、あの人の右手は義手だった。
「せっかちさんめ」
「アイゼンストリーム!めんどくさいことをしてくれたな……!」
「アイゼン……『さん』だブレイヴァーちゃん」
「早く行け!」
「は、はい!」
この時点で、俺たちはアイゼンさんとは別れた。
そして進む…俺と林道君は真っ直ぐにあの場所を目指す。俺が一番好きな場所。
一番行きたい場所。
「おい紅!本当にいいんだな⁉︎」
「ああ!」
そんなに一つに決まっている。
「部室に行く!人助け部の部室だ!」
神影の降臨まで残り2時間25分!
中編に続く!




