第職話【神影封印計画】全編
【神影封印計画】
これは私の奮闘記であり、もしくは失敗談である。
〈30 years ago……〉
「理事長就任おめでとう、須川朝登君」
「……はい。ありがとうございます。これからは一つの組織の上に立つという自覚を持って…」
「君に一つ、頼みたいことがある。」
「…………はい」
私の挨拶は無視された。しかし文句は言えない。この天角竜馬という男の絶大な権力の前には、能力者だろうと下手に出るしかないようなのだ。
まあ、私にもっと箔がついたら、何か変わるかもしれんが、今は、いい。
「君は本来まだ学生の歳だが…『大昔の人々』について聞いたことはあるか?」
「いえ、存じ上げておりません」
「そうか。まあいい。それはつまりは旧文明のことなんだが…」
旧文明?なんだそれは。
ふざけているのか?彼ともあろうものが…
「とにかくその旧文明の、最悪なプレゼントが地球に帰還するらしい…まあ詳しいことはまた連絡するが、須川君、君は理事長として、命を賭けられるか?」
「!」
…正直今聞かされたばかりのことに命はかけたくない。しかし、あの事件のようなことが起こるくらいなら、私は自らを投げ打ってでも阻止してみせる。
「勿論、生徒を守るために…ああ、返事はしなくていい。聞いただけだ。でも、心算はしておくんだね」
「…はい、わかりました…」
「頼んだよ。その為にあの場所に阻害地区を作ったんだから……」
〈25 years ago……〉
私が理事長の職について5年。
大人になり、人生経験も増え、私は変わった。
いい意味で。そして仕事にもようやく馴染んできたその頃に、以前聞いた話が舞い込んできたのだ。
「随分と遅かったじゃないか」
「すみません…!」
「怒っているんじゃない。ただその『プレゼント』についての調査は我々に任せろと言われていたから待っていたら、忘れた頃にやってきただけだよ」
「そ、それでは僭越ながら報告させていただきます!はるか宇宙の果てから発生した、『能力者殺し』と呼ばれる存在について…!そもそも」
「待て」
「…はい……?」
話が5年間の間に噛み合わなくなった。
旧文明というのは本当にただの冗談だったのか?
「旧…文明?はあ…」
「その様子だと君もなんの話か分からないようだな。いや実は、私と君の主人の間で齟齬が起きてるんだよ…だがまあ、触れるなということだろうから、忘れてくれ」
「はぁ…了解しました。では説明に入らせていただきますね。先程は存在と言いましたが、そもそもその『能力者殺し』は存在ではありません。【反存在】と呼ばれるものです。存在がプラスだとするなら反存在はマイナスにあたるもので…」
「待て」
「はい?」
なんだか嫌な予感がしてきた。
あいつの……ザリオ・シエルの言葉を思い出す。
『【存在の影】ってのがあるらしい。強い力が生まれた時の反動で生じる世界の歪みとかなんとか。存在がマイナスってことだな。【存在の影】というのは、全ての世界が生まれる前にある無の空間…すなわちこれに似ているらしい。これは存在がゼロだ─────』
「それの……正式名称は?」
「人ではないのですが、『参画者』と。」
「…他には?『影』とか……」
「はい。一部の人は、神の影と書いて『神影』と呼びます。以前はそう仰ってらして?」
「いや……」
嫌な予感が当たっただけだ。
〈tomorrow〉
異能解放…あの最悪の事件以来、キャサリン・ヴァルキューレは山奥に引きこもっていた。
それは彼女の能力【臨時雇い】から逃げる為、もしくは学園のことを思い出さない為だった。
彼女には定期的に会いに来ている。
「今度は…何の用じゃ」
「胃に穴が開きそうなニュースだよ。聞きたいか?」
「聞きとうない…しかし察しはついとる」
「そうか。なら、いつか協力を頼むことがあると思う」
「みなまで言うな…いつでも呼べ」
「助かる」
私はそれだけ言って、また学園に戻っていった。
〈20 years ago……〉
「…よし。ここまで長かったが、ついに…!」
「須川先生、何ですかそれ」
「うお!」
いきなり背後を取られて驚いた。
しかしそれも当然、彼女は…新任のキャンディ・ベルは元暗殺者らしい。
子供(中学生)のような見た目をしているが、雰囲気は大人だ。それも実は、年齢は私とほぼ同じらしい。
私はもう30近い。さすがに老けてくる。
しかし彼女は昔受けた呪いで、肉体の成長が止まってしまっているのだという。
「これは…前に話した『神影』に対抗する為の武器とでも言うべきかな」
手に持っているのは、グレーの変な形をした短剣である。そして謎の刻印もされてある。
「へえ…これがあると何か良いんですか?」
「まあな。これがあれば、神影を『能力の対象』に出来るんだ…今朝届けられて、私の能力と今、ドッキングできたばかりなんだ」
それが裂命のデメリットだ。
能力にドッキングしないと使えない。裏を返せばドッキングした能力にしか使えないということだ。
ああでも、よく説明書を読んだら追記があった……ドッキングした能力の逆の効果を持つ能力にも使えるようにしてあるらしい。
「ほぉ…つまり本来は出来ないってことですか」
「ああ。それで能力者殺しだとか呼ばれてるんだ」
「怖い通り名ですね…因みに、そっちの武器の方の名前はなんと?」
「なんと言っていたかな、確か、あ、そうだ」
【裂命】。
そうこれこそが、戦いの鍵。
「命を…裂く?なんだかそれも怖いですね」
「そうでもないさ。これで地球を救えるんだ…」
「え⁉︎そんなに壮大な話だったんですか⁉︎」
「あーそうそう、それで先生に一つお願いすることがあったんだった…」
「?」
これは本作戦の最重要事項。
すなわち達成使いの対応の仕方について。
「『神影』は阻害地区に落ちてくる…というか、だからここがそういう場所になったんだ。勿論なんとかするつもりだが、上からのお達しによると『神影』と『達成使い』は絶対に近づけるなとのことなんだ」
「わかりました。海外に飛べばいいですか?」
「そうだな。まあ、その時が来たらまた言うよ」
〈”line”birthday〉
その日の夕方、私はついにある作業に取り掛かかり始めた。それはすなわち神影を倒すために必要なものを集めることである。
必要なものは、『質量』。
私の能力【封印】で圧倒的な質量を集め、裂命で捉え、ぶつける…『反存在』を消す為には存在をぶつけてプラスマイナスゼロの収支をゼロにすればいいのだ。
しかしそう簡単にはいかない。
私は封印能力者…『に過ぎない』。神の影と称される物を消すほどの力は無いと言われた。だから私がずっと目指しているのは、絶級能力者である。
まあしかし、そうなると、他人に任せるのが最善だと考えるのが普通だろう。初めから絶級能力者に頼めば良かったのに、と私も思った。
でもそれはダメなのだという。
何故なら絶級能力者は何らかの独自の思想を持っており、総じて曲者揃いだから────らしい。
まともな人間はまずならないという。
キャサリンだって、私以外の視点で見てみれば酷いものだ。その場の怒りに任せて8人も人を殺すような人間で、不老不死で、他人より弱くなることが出来ない。
凄まじい人生にして酷すぎる特性付き。
ガティアだって、よくよく考えれば、実の兄を何のためらいもなしに『殺す』と言えるような奴だし、史上最強で間違いない能力を持ちながらもそれを使う気が起こらないという訳のわからない思考回路を持っている。
そうそう、さらに言っていたな。
絶級能力者は何故か、能力の癖が強い。
そして効果が単純。キャサリンは『相手より強くなる能力』で、ガティアは『全てを操る能力』だ。
だから、神影を消す為に適している能力を持っている絶級能力者は、実は少ないらしい。
少なくともキャサリンにはまず不可能だ。
だから私なのだという。
どうやら私には絶級能力者になれるポテンシャルがあるらしいし、私の能力はぴったりなのだ。
封印。
ならばこれは『神影封印計画』ということだ。
私は異能協会の『裏』と呼ばれる機関を訪れて、私のパワーアップに協力してくれる絶級能力者を探してもらうことにした。
世界に激震が走ったのはその1週間後。
私の携帯に連絡が来た。協会の裏から。内容は一人の生まれたばかりの赤ちゃんについてだ。
実は私もその『異常性』を持つ赤子の誕生のことは何となく察していたが、その正体を探ろうとはしなかった。
なんとなく関わりたくなかったから。
しかし無慈悲にも依頼が来たのだ。
「本当にヤバい赤ちゃんが生まれました」
「言葉遣いが荒いですね」
「名前はまだ決まっていませんが、その赤ちゃんをあやしてあげて欲しいのです」
「それは私がしなくてはならない仕事で?」
「いえ、あなたが喜びそうな仕事です」
「?」
「その赤ちゃん、絶級能力者なんです」
私はびっくりした。私のなりたいものに生まれた時からなっている子供がいた。少しモヤっとした気分になったが、私はきちんと依頼を受けた。
その赤ちゃんこそあの『庵内湖奈々』だったのだ。今からすれば伝説に立ち会った、凄い経験だったと思う。
あやす、その為に私は5回命を落として、そのおかげで無事に絶級能力者になったのだった。
そして私は日本に帰ると、【別の世界線】を作る作業に没頭するようになった。
ちなみに、何か異常な者の誕生の瞬間を察することはそのあと現在までに5回程あったが、そのうちの2回は本当にヤバい感覚を覚えた。
それも調査はしなかったが。
〈3 years ago……〉
そこから時は一気に進む。
3年前にまで。私がそれまでにしていた作業は、あらゆる可能性を質量で計算して実現させ収穫するという…言葉で言っても分からないことだが、とにかく私はこの世界のクローンを作っていた。それはすなわち、あらゆる可能性、あらゆる能力まで全て再現するということである。ただそこにある質量を再現するだけなら無意識下でも出来ることだが、全ての可能性を実現させた分の質量を作るのは中々至難の技だった。
子育てに例えてみよう。
ただ生むだけなら、体に問題がない限り簡単なことだ。何なら試験管にでも出来ることだ。
しかし、スポーツに勉強、芸術まで完璧にこなせて、尚且つ『何もできない』子供を誰が育てられるだろうか?
矛盾した物は作れない。
だから20年前からそこにいたるまで、本当にしんどかった。アメリカは崩壊するわ、庵内湖奈々は神罰を受けるわ、完全悪は増えるわ、シエルの血統はまだ途絶えてなかったわで…本当に、どれだけの可能性を模索して、どれだけの質量を作ってきたか…。
しかし、久しぶりに会った天角竜馬は言った。
「八割ってとこだな…もう少しだ」
「……」
17年で8割なら、完成するのは21年目。
全然間に合わない…厳しい現実に直面した。
『参画者』は待ってくれないというのに…!
そしてさらに面倒くさいことになった。
何でも、今まで裏の業界で『クリムゾン』と呼ばれてきた小僧が、とんでもない物を『神の領域』から持ち帰ってきた。
天使の力を使える刀。
さらにはそれで、庵内湖奈々が封印されたという。
びっっっっっっっくりするぐらい迷惑だった。
天使の刀がずっと使えるのならまだしも、あと1秒すら使えないらしい!これでは生み出される可能性も少ないし、庵内湖奈々の生み出す可能性に比べて全然割に合わない。
…だが彼に罪はない。しかしこうなると、協力者をもっと増やす必要がある。今でさえ天角竜馬の配下の能力者たちにかなり手助けしてもらっているのに、さらにどうやって増やせばいいのか…
「あ」
そうだ、とんでもないコネを持つ人を知っていた。
息子の失態は親になんとかしてもらおう。
「…………」
「というわけで、お願い出来ないでしょうか!」
「…俺とお前はいつの間に友達になったんだ?ええ?おい言ってみろ」
「すいません…」
薙紫彩。恐らくこの世で最も絵が上手い(本人に言ったら芸術は比べるものではないと怒られたが)人物で、最も金持ちになれる人物でもあるだろう。
クリムゾンの父親。
の割には、息子はなんの恩恵も貰っていないようだ。酷い父親だ…しかし彼ほど頼りになる人も中々いない。
現に、最強の能力を持つガティアと仲が良かった。異能協会よりずっとコネはあるだろう。
「しかしどうせ頼ることになるならどうしてもっと早く言わない…あと3年だと?」
「はい…」
「しかも天角竜馬が、お前中心にやれって?」
「はい…」
「あいつも腐ったもんだなぁ」
こんな陰口を言えるのも彼ぐらいだろう。
「わかった。どこまで払える?」
「え?」
「お前まさか、タダだと思ってたのか?」
ということで援軍も増えて、作業は再開した。
それからはいいペースで進んだ。特に問題はなく、事が進んでいった。
〈March〉
神影にぶつかって存在を削られた宇宙の巨大な岩が瓦解した。その結果、流星群が日本に襲来する……も、日本各地の能力者によって日本は守られる。
〈April〉
「【存在の影】……?」
「ああ」
今年、入学してくる封印能力者に事情を説明した。
そしてその為に力を貸して欲しいということも。
シエルの血統の最後の生き残りに。
かつて裏の業界を騒がせたテレポーターに。
刃渡家を抜け出した武術家に。
不便な能力を持つ退魔師の家系の吸血鬼に。
活発さの裏に闇を見せる赤髪の破壊者に。
本当の姿を見せようとしないハリネズミに。
影の薄すぎる少女に。
全て伝えて、そして能力による協力を全員が承諾してくれた。そう、その日から彼らを封印した。
後で、暴れているクリムゾ…薙紫君の相手もしなくてはならない。まあ、穏便に済ませよう。
しかし、彼にまた懸念事項ができた。
大事件に巻き込まれる負荷能力を持っているらしい。つまりはまたあの刀を引っ張り出してくるかもしれないということ…大変だ。
だが今は考えても仕方ない。
「それって、紅には伝えていいんですか…?」
「ダメだ」
……でも彼女らと彼はつるむようだから、まあ大丈夫だろう。と、訳のわからない安心をした。
〈School festival〉
いや、全然ダメだった。
今年は神影のやってくる年…だからキャサリン(精神面はかなり回復した)に学園に戻ってもらっておいたのだが、そのキャサリンが天罰の対象になった。
なんでも【堆積】が発動して、相手を超えたらそのままになる現象が起きているらしく、薙紫君は天罰を阻止すべく例の刀を少しだけ復活させて理事長室にやってきた。まあ、許可を取りに来たというより、「本来はあんたの仕事なんだぞ、死んだらどうしてくれるんだ。え?まさか止めたりしないよね?」と言いにきたようなものだが…そこで私は考えた。
たしかにそれは私の仕事だった。
ぐうの音も出ない。
しかしそれは別に考えて、私は行かせるか行かせないかを決めなければならなかった。
私は許可した。
だいたい、キャサリンに能力堆積があったところで、いきなり最強になったりはしない…誰か、最強に近い者に会ったと考えるべきだ。ならばこれは、封印されていた庵内湖奈々と巫槍が復活したということだ。そうに違いない…実際にそうだった。
キャサリンは弱体化して戻ってきた。
だがまあいい。その分の穴は埋まっているのだ。
……それは別として。
普通に、旧友を救ってくれて、彼には感謝している。これからは目を離さないことにしよう。
本当に本当に、本来は私の仕事なのだから。
〈summer vacation〉
シエルの血統、という言い方もおかしいか。
リリー・シエルがアメリカに行って、強くなって帰ってきた……嫌な予感がするが、未来の自分に任せよう。
〈Second semester〉
もし、もしだ。万が一の時の為に。
私は、人間の存在を夢の中に閉じ込める実験をした。薙紫君で。というか彼が一番、なんだかんだで神影が来ても阻害地区に居そうな人物だから。
他の達成使いは国外に大人しく行ってくれそうなんだが、彼はなんか、結局その場にいそうな気がする。
いや!言うと本当になる……
そんなことは絶対にさせない。
実験は成功、彼は所定の時間まで眠り続けた。
後で聞いた話によると熱中症になっていたらしい。私は全く知らなかったが、たまたま見つけた人が看病してくれて何事もなく回復したそうだ。
ついてるな。
作戦その2。
もし、もしだ。万が一の時の為に。
人助け部のメンバーを学園から追い出している間に、学園に罠を仕掛けた。しかも結構キツめのを。
薙紫彩から紹介された、『白湯奈レミ』という、因果律を逆転する能力者の力を借りて。
何故そんなにえげつない罠にするかというと、もし学園内に誰かを閉じ込めるとすれば、それは恐らく並行世界の方になるからだ。
可能性がひしめく空間なのだ。何でもありだ。
だから念には念を。
作戦その3。
これはもしじゃないが、並行世界もまた一つ、誰かを閉じ込めることができる。
神影へ質量を送り込む間は私は中にいる。
全て使い切るときは外にいる。
でも安心だ。【裂命】に登録してあるものしか、神影に投げることはできない。間違って投げてしまうことはありえない。
三段構え。これで、たとえ神影が阻害地区に来た時達成使いがそこにいても安心だ。
〈”fall”〉
人間が頭の良い動物で、本当に良かった。
神影は、能力の対象にならない。だから近くに行くことも、探すことも難しい。肉眼で確認するしかないのだが、ここで天文学や宇宙開発が活躍する。
もしこの世に科学が無かったら…もしくはあっても人間が扱えなかったら、人類はいきなり現れた黒い空の前に滅んでいただろう。
……神影は、ゆっくりと動いていた。
既に太陽系に侵入していて、地球に来るのももうまもなくだろう。
そんな時にダーク・バランスが数名、阻害地区に現れた。そこには巫槍もいた。
少し会話をした。
「罠を…まさか君が強化してくれたのか…?」
「ええ。あなた、自信があるのは良いことですけど、いざ神影が落ちてきた時に避難させる機能をつけ忘れていたでしょう」
「…いやしかし、ここが駄目なら地球は」
「地球は、でしょう?学園と、自給自足できる施設も一緒に火星に避難できるようにしておきましたから」
「……なるほど」
なるほど。
なるほど…そうだ、別の星という手があったか。
「あと、地球が守れなくても、あなたは絶対に生き残ってくださいね。並行世界はいわば、この世界のバックアップみたいなものでしょう?そしたらすぐに完全復元できるじゃないですか」
「……なるほど」
なるほど。
なるほど…私は色んなことを見落としていたらしい。作戦前に彼に会えて、本当に良かった。
……私は、焦っているのか?
「というか、厳しいことを言うようですけど、地球を守れないようじゃあ、達成使いの覚醒を止める権利なんて無いと思いますけどね」
駄目だ。
それだけは何より防げと言われている。
〈2 weeks ago……〉
準備完了だ。
私の能力も、【裂命】も、並行世界も、学園に施した罠も、全て万全の体制だ。
あと2週間後には『神影』は地球にやってくる。
触れれば飲み込まれ、消滅して元には戻らない。……そんなことは1ミリたりとも許さない。
ここからは最終フェーズだ。
〈1-1〉
金曜日。達成使いを日本から追い出す作業。
だがこれはそこまで難しいことではなかった。達成使いはだいたい、協会や学園、もしくは薙紫彩や天角竜馬のような普通でない人間の傘下に入っている、もしくは懐刀になっているケースが多いからだ。キャンディ先生は教師という枠にいるから、動かしやすかった。
『あの子』は放っておくとして……
薙紫君は結構な例外だ。
達成使いでしかも強烈な思考異常を持っている。
一般人と話さない、そして話せない生活を送っているから、学園以外どこのコミュニティにも属していないのだ。強いて言うならあの危険な病院『黒の実験場』だが……いくら恩があるとはいえ、ドクターストップを毎週破っている彼がいう事を聞くとは思えない。
だからここは一つ、人助けをしてもらおう。
私が一ヶ月後にするはずだった、『革命の失敗した国の戦後処理』の依頼を、革命が失敗する前に彼に託そう。
ちょうどいい。
そして外国に置いてくるのだ…問題は負荷能力。
事件に巻き込まれる能力。
考えられる限り、達成使いと負荷能力は最悪の組み合わせだ…これが事件でなく事故だったら、大変なことになっていただろう。
…いや、彼女の例もあるからはっきりとは言えないが……とにかく、彼には封印能力者のあの3人組を付けさせよう。他二人は彼女に…いつもの生徒会か。
キャンディ先生には他の教員を付けるとして。
リリー・シエルと時破田心裏には、仕事を頼まねばなるまい。後、シモン君にも。
〈1-2〉
シエルの血統は何をしでかすか分からない。
ただし、失敗はしない。
持ち前の天才性で、いつも最後に笑うのは彼ら彼女らだ。危なっかしいだけで、危なくはない。
その事は身にしみてる。
「リリー・シエル。君に頼みたいことがある。」
彼女の能力【絶対零度】は進化した。
その名も【絶対零砕】というらしい。
零度から、零下、そして零砕(=零細)とは、何とも分かりやすい成長だ。
概念を凍結する魔法。
それが今や、ゼロもマイナスもプラスも操れるようになっているとは、ガティアにそっくりだ。
最強の能力【総司令官】も引退かもしれないな。
「これは【裂命】…神影に質量を送り込む為に必要な道具だ。これのスペアを君に渡す」
「………」
因みにここは校長室だが、並行世界の中だ。
早めに帰さないと薙紫君に不審がられるだろう。
「神影を、別の場所から攻撃してほしい。時破田さんとシモン君、それからキャサリンと一緒に」
「キャサリンさんはダメです」
「!」
「彼女は貴方を心配してる…同伴がその2人なら引き受けます。頼みますから、1人にならないで」
「……では、能力とドッキングして、本番の日、私とは別方向から神影を埋める作業をしてほしい」
「それは良いですけど……なんだかなぁ」
「どうした?」
「いや、これ、紅には隠すんでしたよね」
「ああ…事情があって、彼を危険に晒すわけにはいかないんだ。明日からは外国に飛んでもらう」
「これは私見ですけどね、紅は絶対に戻ってきますよ。呪いに関係なく、あいつはそういう存在なんです」
「……?」
「まあわかりました。仕事はちゃんとします」
「ああ」し
ありがとう。とても助かる。
と言った。全て本心だ。
「それにしても、悪趣味ですね、理事長」
「?」
「あなたに絶対勝てない私に『頼み事』なんて」
「……いや、これは」
フラッシュバックする。そうだ、いつかの…入学式のあの日。紅君に私はこういうことを言ったんだった。
“それは脅しか?”
彼は何と言って返したんだったかな……。
「懇願なんだよ」
「…へえ、そうですか」
そうそうこれだ。しかしあれだな。
人に心から頭を下げるというのは、思っていた以上に疲れるものなのだな。
〈3-4〉
達成使い達が学園から去った日…土曜日。
神影が来るのは木曜日だ。
それからの作業は実に順調に進んだ。
作業、は。
月曜日。ここ数年行方をくらましていた庵内湖奈々と、同じく最近行方不明だった林道栄徹君がアメリカに現れ、そして異能協会に接触したと連絡があった。
「おいおい」
そして、理事長室のソファに腰掛けるある男───薙紫彩はこう言う。
「大丈夫なんだろうな…奴らならこの計画を狂わせかねないぞ…特に『完全悪』が邪魔だ」
「……もう考えても仕方ないでしょう。成り行きを見守ることにしましょう」
「見守るだけじゃ駄目だ…舐めたら死ぬ」
「そりゃそうですけど…」
「……仕方ない。俺の方からも接触を図る。天角竜馬に伝えろ、世界の重鎮達は仲良くなったので問題ありませんとな」
「…はい……まあ、はい。」
「不服か」
「いえ」
違うのだ。私もそれぐらい力が欲しいのだ。
間違っても憧れたくない人だが、心強い。
私ももっと頼られるような人間にならなくては。
少なくともここで失敗してるようでは駄目だ。なぁに、元々失敗の許されないミッションだと分かって何十年も準備してきたではないか。
大丈夫だ。
大丈夫だ。
〈1-8〉火曜日……
神影が。
ついに視認できるほど近づいてきた。
とは言っても能力で宇宙に飛んでの話だが、しかし、能力で探すことも出来なかった神影が、ついにこんな近くにまでやって来たと嫌でも認識させられる……気分が悪くなる。
と、そんなところで、大変なことが起きた。
「……ん?」
神影を初めて実際に目の前にしてみて、気づいたことがあった。それはサイズに関してのことだ。
「あれ…?」
思ったよりデカかった。いや私達だって勘で計画を練っていたわけではない…当初のサイズについては、最高レベルの天文学によって確実な数値が出ていたはずだ。
ならば、体積が増えているということになる。
もっとちゃんと言うならマイナス体積が。
………………。
質量集めは、もう終了している。
こんなこともあろうかと、多めに集めてもいたから、その点では大丈夫だ。だがしかし問題なのは────
巨大化した理由が全く分からないという点だ。
そこが解決できなければ…今後どうなるか……
でも全くもって見当がつかない。
とりあえず戦力をもっともっと補充しなければならなくなった。各国主要都市に置かれている能力者、重要人物や達成使いに付けていた能力者も…立場に構わず戦力を集めなくてはならなくなった。
リリー・シエルには、大変な数の初対面の人間を率いてもらうことになるが…シエルの血統だからそれは大丈夫だろう。信用はできる。
問題はそのシエルの血統の予言。
……薙紫君は確実に戻ってくる。同伴している3人にも、日本への入国は止められないだろう。
────ならば、学園と並行世界と夢の中に閉じ込めるしかなくなった。あれだけは使いたくなかったが……でも仕方ない。まだ予想の範囲内だ。
……そして。
〈4-8〉
「……!!!」
ついにその時はやってきた。
神影……つまりは『存在の影』。『参画者』。
『能力者殺し』─────『反存在』!
準備は出来ている。
「理事長!ここでいい!?」
「ああ!そこでいい!」
「……」
私とリリー・シエルは協力者の異能の力と(協力者自身は力の提供により眠っている)、溜めに溜めた質量(数えることすら困難な、莫大な量になった)をそれぞれ半分づつ持っている。
それをぶつける。
そして今朝、やはり帰国してしまった薙紫君も予定通り学園に閉じ込められた。
後はアクシデントさえ起こらなければ、
よかったのに。
「では始めてくれ!5分もかけずに終わらせるぞ!」
「わかったけど……理事長!」
「何?どうした!」
「なんかおかしい!黒いやつの様子が変だよ!」
「……何?」
「加速してる!!!」
「⁉︎……………………えっ」
「スピードを上げて地球に向かってるんだって!!!!」
「何だと⁉︎」
私は天角学園の屋上にいた。そして見た。
だんだんと大きくなっていく黒い点が。
──────あれが神影。
人類を終わらせる…ひょっとすると兵器かもしれない。何にしても、我々のすることは一つだった。
「早くやるぞ!地上に着く前に消せばいいのだ!」
「了解!」
能力を借り、力をブーストして質量を放つ。
彼女は氷で、私は鎖で。
それらはこの世界にもありえた可能性の塊であり、
奇しくも晴天によってよく見える、我々の絶望の真反対の存在たち。
大丈夫、大丈夫だ。
何も問題はない──────
────────そして。全ての質量を出し切ったその時、我々の敵……神影は消えていた。
「……‼︎」
私は安堵すると共に、皆に感謝していた。
そして数十年が報われたことに対して、
「理事長!!!まだだ!!!!」
──────────────え?
報われ……
まだ……………………まだ⁉︎
〈I seal the shadow of God. And protect the world.〉
「神影は二つあったんだ!さっき『埋めた』場所からどす黒い物が生まれ始めてる!」
「……‼︎⁉︎」
見える………また、大きくなる黒い点が。
……何故私がこんな目に?
そもそももっと強い奴に頼めば良かったじゃないか……この後、どうなってしまうんだ…?誰も責任を取れないぞ…………
いや、もっと根本的に間違っていたんだ。
私は理事長をすべきではなかった。
そうだ、天角学園を知っている時点で社会不適合者なのだ。世界を救うなんて無理に決まっていた。
私を推薦したのが悪い。私を採用したのが悪い。
私を信じたのが悪かったんだ。
もう嫌だ。
疲れた…この大地と共に死ねるならもういい。
バックアップ世界についてはリリー・シエルに任せよう。私はもう疲れた。
結局、薙紫君も日本に帰してしまったし。
神影からも世界を守れなかった。
数十年間の努力も全て水の泡になった。
が……まあいい。
全力で生きたんだから後悔はない。
だからもう誰も何も言わないでくれ……
そっとしておいてくれ。
「朝登!!!諦めてどうするのじゃ!!!!!立て!!!!!」
その時。
声がした。お前…いたのか。
キャサリン・ヴァルキューレ。我が友よ。
もうこの世でたった1人になってしまった……我が友よ。そうだ、君はいたのか。
「30年前!!!もう誰も死なせたくないと決意したことを忘れたか!!!!そんな姿で死んだら、ガティアはどう思う!!!」
「でも…ガティアは死んだじゃないか」
「お主にやる気が無いのなら!!!妾だけでも勇敢に戦って死んでやろうか!!!!」
「戦おうが…みんな死ぬよ。この神影には敵わない。どう考えたって人間を狙ってるんだから…宇宙のどこかに逃げても、いつかは追いつかれるだろう。絶対に勝てないんだよ。だったらもう戦いたく…ない」
「勝てと言っとるんじゃない!!!!」
「!」
「立てと言っとるんじゃ!!!!!」
それに……何の意味がある?私は疑問しか湧かなかった。勝てないのに戦って、負けるのに立って、
何の意味がある?
「立て!!!朝登!!!!」
気迫に負けて、ようやく立ち上がる。
そして私が見たものは、充血した目だった。
あの時と同じ…いや、私は見ていないはずだが、直感でわかった。彼女は30年前、8人、私のクラスメイトを殺した時も、こんな顔をしていたのだろう。
目は充血して泣いていた。
ああ。そうだ。
そうじゃないか。
やっぱり駄目だ、私は。
若かった頃は何があっても、こいつを守ると決めていたのに…今ではこんな体たらくだ。
「まだ遅くない!!!」
「もう遅い…が、まあ、そうだな」
戦ってみるよ。
私はそういって、また鎖を、【封印】を、私の能力を、私の全てを神影に放ち続けた。
何も変わらない。
全く、どす黒い反存在は姿を変えない。
……だからこそ、私の方の変化がよくわかった。
私は今、髪が白くなっている。能力の酷使が体にダメージを与えているのだ。
だが止めない。もう止まるつもりはない。
たとえ負けても!諦めるつもりはない‼︎
──────と、その時だった。
「くそう…偉そうなことを言っておいて、妾の能力では何の力にもなってやれぬ……無力とはこんなにも辛いものか…‼︎」
「そうでもないね」
その女は突如現れた。まるで文章を添削するように、物語に修正を加えるように……!
「これで122個目…危ない危ない、キャサリンちゃんが須川君に喝を入れてなかったら、ひょっとして間に合わなかったかもしれないぜ。救世主だ救世主」
「……!!!!???!!!?」
「ど、どういう風の吹きまわしじゃ…⁉︎」
私の物語に、真横から現れた。
起承転結、フラグ、カタルシス、それらを全て踏みにじって現れた。
「庵内湖奈々!!!」
「ほれ貸せそれ」
「えっ…」
すると、彼女は私の【裂命】を奪って、遥か上空にまでジャンプしていった。
「今、能力使ってなかったよな…」
「なかったじゃ…」
「【名付け親】」
そして、反存在は消えてゆく。
我々の絶望は、まるで塗り潰されるようにして、あの女の手によって葬られた。
「……‼︎」
こうして、我々を襲った【存在の影】の脅威は、後から見れば呆気なく、その場の私からすればようやく、その姿を消した。
戦いはようやく、終わった。
私は今度こそ安堵し、そして皆に感謝した。
ようやく、ようやく報われたことに対して。
協力者に、キャサリンに、そしてあろうことか、完全悪に感謝していた。
ここまで本当に、長かった。
〈4-8〉
それにしてもどういうことだ…
今回の件で、庵内湖奈々のような完全悪には一番頼れないと思っていた…それは協会も、天角竜馬も、薙紫彩も同じだっただろう。
なにせ、『悪』なのだから。
「そう、私は完全悪だからね。信用なんてしないのが一番だ……だけど今回ばかりは、私が動かざるを得なかった。それだけ相手がヤバかったんだよ」
「……もしかして、私たちには分からなかった危機があったということか…?ならば庵内湖奈々、君は……」
「今回我々を襲った存在の影は二種類あった」
「!」
「……それはどういうことじゃ…?」
「一つは君たちが相手をしていた、裂命が必要で、莫大な質量が必要な『参画者』。そしてもう一つが、能力の対象にもなって、規模も小さいけど、はるか宇宙の彼方から…人間の科学力では分からないような遠い場所から、光速の300倍で地球に衝突しようとしていた『参画者のなり損ない』だ」
「‼︎」
なんだそれは…めちゃくちゃだ。
「ならばお主、それを全部処理してくれていたということか……?」
「まあね……でもこれは、当初の計画にはなかったことだ。最初は、私がやらなくても、どっかの機関が動いてなんとかしてくれると踏んでたんだけど……」
「……まさか、どこも動かなかったのか…?」
「ああ」
どうせ駒だと思われている私は、まともな情報を持っていないが、ここまでくれば、組織のボス達の考えたことなど簡単にわかる。薙紫彩は調査をしない主義だから彼は違うにしても……
異能協会のボスも。絶大権力者天角竜馬も。
政府も。その他も全て。この問題を知っている、天角学園以外の全ての機関が、参画者のなり損ないを無視した……これはつまり。
「【達成使いの覚醒】をさせる為に、ピンチを放っておいたということだ…まあその先の話は、今度3人でゆっくりしないか?立ち話もなんだし……」
「そうじゃな。メモを取りたい」
「……だな、また今度どこかで会おう」
しかし。
もしこれが本当にそうなら、もう私はどこも信じられない。この世のほとんどの異能に携わる権力が、私を騙していたのだ。
覚醒がなんだか知らないが、それがノーリスクで出来るのならそもそもそうしているはずだし、後ろめたいことなどないはずだ。
地球の民を見殺しにしようとしていた。
もうそれは事実として認識していいだろう。
「ああそれと、この裂命は返しておくよ」
「ああ…ん?」
返されたその短剣には、元あった刻印が消えていた。どういうことだ?
「使用者を一度だけ増やせる機能だったんだよ。今その短剣に登録されてるのは、【封印】と【名付け親】、そしてその反対の効果を持つ能力だ」
「そう考えると…随分とこれも都合がいい武器だな。強いのはいいことだが。」
「強いのは当たり前だよ」
「?」
「その剣はあの大魔導師ガティア・シエルの遺体の成分を混ぜてあるんだから」
「⁉︎」
「なんじゃと⁉︎」
「じゃあ、これで私は帰るね〜」
「……ガティア…⁉︎」
また彼は、私たちを守ってくれた。なんて強い奴だ……ガティア……お前は、どこまで……
「どこまでお前は…過保護なんだ!全く!」
「嬉しそうじゃの」
「んなわけあるか…!」
こうして。
長きにわたる【神影封印計画】は幕を下ろした。
その代わりに。
達成使いについて、各々重鎮達の権力について、
そして、旧文明とやらについて。
問題が増えに増えてしまった……だが、それも頑張って乗り越えよう。
ここまで来たら、とことんだ。
だがまあしかし────────
───────────モヤモヤする。
どうしても消化不良感は否めない。
心が気持ち悪いというかなんというか……
多分、ストレスが溜まっているんだ。
奴ら重鎮どもへの不信感で……その時だった。
「理事長ォおおおおおおおお!!!!!!!」
声がした。
誰の声か、顔を見ずともわかる。
ちょうどいい。彼もモヤモヤしているだろうから、お互いストレス発散といこうか。
「やあ、薙紫君。よく来たね」
〈5-8〉
脳内に声が響く。
宇宙空間にいるリリー・シエルには、それがとてもうるさく思えた。
「うる…さい!うるさい!静かにしろ!」
「なら能力のエネルギーチャージを止めろ!」
「わかったー!わかったからー!いちいち言わなくても、黒いのは消えたから!なんでか知らないけど!」
「……」
リリー・シエルは、この時聞こえた声を知らなかった。
だがしかし、謎の親近感を覚えた。
何かが抑制されたことは分かっていたが、しかしそれでもそこに思いやりを感じ取ったのだ。
「もう!何だったのよ!」
そしてリリー・シエルは地球に帰還する。
これにて総員の無事を確認、神影封印計画は完全に幕を閉じることとなった。




