第無話【僕たちはダーク・バランス】根性論
政府への報告書を書かなければならない。
私に課せられた仕事のうちの一つである────
────天角学園に潜り込むスパイである私、近藤いつみは、この学園をいつでも滅ぼすことができるのだ。
報告書の内容によって、『彼ら』を動かせるから。
これは、数々の試練をクリアした私ともう1人のスパイにだけ与えられた特権だ…だが。それと同時に、私と『彼』には自分の意思で、逆にこの学園を守る権利も与えられている。
不当に生徒が傷つけられることはあってはならない…という建前で、実際は社会に貢献している3組を外敵に潰されてしまっては困るからだ。
「……おいおい、面白くなってきたな…まさか、お前が立ちはだかるとは。近藤いつみ…本来ここを潰すのが任務じゃなかったのか?」
「私はひとりの生徒としてここに来ました」
「おいおい、かっこいいじゃねえか。見習いてぇ」
その男、ダーク・バランス『愛谷祐樹』。
私は彼の前に、故意に立ちはだかった…何故?
それは、半年を超えるスパイ活動の末に、彼ら、殺人者小組織アスクブランクに情が移ったからだ。
何をやってるんだ私は。
〈5-7〉
「いやマジでさ、お前を襲うってのも考えたんだよね」
「……」
卑猥な意味じゃないだろうな…?
「たった一枚の紙で…天角学園を潰せる。おいおいすげえじゃねえかって、初めて知ったときはそう思ったね。だから巫からこの話が来た時、お前、近藤いつみから、報告書を奪い取ってやろうって提案したもん」
舐められているなぁ。
当然だが、彼らは勝つことが前提で来ているらしい。
…しかしウチも強い。勝敗は今の所、2勝1敗と見た。
「なんでやめたんだ?」
「いや、『異質存在』を呼ぶより、1組や2組の生徒を唆した方が早いだろって結論になってさ…」
「……!」
異質存在…何故、彼らのことを知っている⁉︎
私も実際彼らが何者なのかはよく聞かされていないが、彼らの戦闘力ぐらいは知っている…あれは異常だ。
まさに異質だ。だが、ダーク・バランスが集まって本気で潰そうとしているなら…合わせたくない。絶対に。
どちらも負ける姿が想像できない。
まずい状況なのか、もしかして。
「あ、いや、不安にさせちまったなら悪かったが、俺らの調査じゃ、その名前ぐらいしかわかってねえ…異質存在という、政府が異能へ制裁を行う為の能力者たち、それ以上は知らねえ」
「…奇遇だな、私もそんな感じだ…」
良かった。
ひとまずは安心できそうだ。
「で、そんな得体の知れないもんにゃあ、会いたくねえじゃん。だから、学校内の凶悪犯罪者や殺人鬼たちを阻害地区の外で暴れさせて、学校崩壊を起こそうかなと思ったんだよ」
…もしそれが本当に起こったら。
大変なことになる…天角学園どころか、機密軍事施設まで、存在が明るみに出ることになる。せっかく国を挙げて、能力者の力まで借りて頑張って隠してるのに、ダーク・バランスみたいな奴らにそんなことを本気で取り組まれたら、全て、努力が水の泡だ。それはさせない。
「で、まあそれがメインで…あと5通りほどサブを考えて来たが、結局お前は襲わないことになった…だが」
「ああ。私はお前を巫槍と合流させはしないよ」
「へえそう…じゃあ、バトルでもするか」
「そうするかどうかは後で決めよう」
「おいおい後でって…じゃ今は何すんだよ」
「名乗れ!」
「…おいおい、そういうことかよ。そりゃ殺人鬼同士の挨拶だろうがよ…まあいいか、乗ってやる。だがお前が先に名乗れ」
「『燃やし殺す』!」
「『濁った海』」
〈5-5〉
天角学園に潜むもう1人のスパイ。
私はそいつの情報を、男だということ以外は知らない。生徒なのか教師なのかもわからないし、そもそも男というのも嘘かもしれない。向こうは私のことを知っているから若干の不公平さを感じているが、変に詮索しないでほしいという本人の希望なので仕方ない。
ただ、メールでの発言だけでもわかる。
奴はとんでもない強者だ。
まあそれに対して、私はとんでもない弱者だ。
時破田さんに鍛えてもらうまで、私の戦闘力はほぼ皆無といっても過言ではなかったのだから。
…もともと、弱者目線での意見が必要とだということで派遣されていたようなものだ。しかし、なかったとは言ったが、今だって、別に強いというわけではない。アスクブランク相手に戦えていたのは、それまでにある程度付き合いがあって相手の弱点を知っていたからだ。もし、お互い知らなかったら…
つまり戦場だったなら。私は死んでいた。
試合では勝ててもストリートファイトで勝てない。
それが私だ。今もそうだ。
「…!」
濁った海。その言葉と同時に広がる奇妙な世界───私は気づけばいつのまにか、夜の競技場にいた。オリンピックで使用されるような大きな競技場で、ライトが眩しい。
そして何故か、膝まで浸水している。そのくせ透き通った綺麗な水で、とても気味が悪かった。
そして私は気づく───光が水に反射していない。つまりこれは普通の水ではない…もしくは光ではない。
触れるのは危ないかもしれない。
「ようこそ、ここがお前の処刑場だ」
「…っはー」
超能力で作られた空間に閉じ込められてしまったらしい。
「よくできてるね…かなりの精度だ。なんていう能力?」
「【事象艦壁】」
「………え?なんて?」
「一回で聞けよ…おいおい、事象艦壁だ」
「自称完璧?」
「…あれ?」
「ん?」
「……………ん?あれ?そういえばそうだな」
「それは、狙ってやってたの?」
「いや全く」
「じゃあ変えたら?」
「そうだな…………じゃあ」
よし、仕切り直しだ。
不幸な事故が起こったのだ、仕方ない。
「【事象艦隊】。おいおいこっちの方がかっけえじゃん」
「そうだね」
「まあこの能力は簡単にいえば、お前の思ってる通り、こういう空間を作り出す能力だよ。だと思う…たぶん」
「多分ってなんだよ」
「いやまあ、ホルダーの俺もよくわかってないんだ」
「…まさか、最近手に入れた?」
「いや違う違う…まあいいや、こいつのことはおいおいわかっていくとして」
「『おいおい』の別の活用法を出してきやがった…」
「とりあえずまあ、こいつを味わってみれば、俺がよくわかってない理由がわかる。こいつはな…」
すると、彼は両手を広げる。『泥』のようなものが、地面から吹き出し、彼の手に集まってゆく。
「どうやら生き物らしいんだ」
〈5-6〉
「うおああああああああああああああ!」
天角学園のとある教員が散歩をしていたら聞こえてきた大きな音。地震のような、人の恐怖を煽る音。
その音源であろうグラウンド(から聞こえてきたのだ)に向かった時に、つい叫んでしまった。
「え、ええ…?」
壮大なトリックアートだと言って欲しくなるような。
大穴が空いていた。グラウンドが消えていた。
黒い。黒い、穴が、グラウンドを埋め尽くし────
「こりゃ、落ちたら死ぬな…」
現実の世界ではそんなことが起こっていた。
一方、超能力空間では、謎の泥の生物と炎がぶつかり合っていた。泥に関しては詳細不明、炎には二つ種類がある。
即ち自然の炎と異能の炎。
泥は、その二つともを、いともたやすく吸収する!
「【過炎】んん!!」
「おいおい、おんなじ技を何回やるんだよ!もうちっと工夫しろよ!一辺倒じゃ倒せるもんも倒せねえぞ!」
「【流星】!!!」
大きく振りかぶった拳に纏った、青い炎の力。
泥の謎の生物を、今度は爆散させる!
呻き声をあげ、その生物の残骸は溶けていった。
「…おいおい。何も本当にしなくても良かったんだ」
「どうだ畜生!」
まずい…今のはほとんど最高威力だった。
まだ過焔コーティング(炎の質のレベルを漢字の変化で表す。火炎→火焔→過炎→過焔という風に強くなる)が残っているとはいえ、それが最後…それに『流星』は最高火力なのに、もう使ってしまった。まずい。
限界が人にバレるってほどの危機は他にない。
「尊敬するぜ、近藤いつみ。こいつに勝ったのは君が初めてだ…というか、無傷だというのも凄い」
「は、そう…そんなに強くなかったよ?」
強がってみる。
こういうハッタリが、後で生きるかもしれかい。
「そうか。じゃあ相性も良かったのかもしれないな…いや実は、この泥が表してるのは、お前の嫌いなものなんだよ」
「…え?」
「嫌いな物、嫌いな人のオリジナルの強さが、そのままその泥生物の戦闘力になる…ははっ、昔封印能力者が嫌いなやつがいたんだが、そん時の戦力差はえげつなかったぜ」
今、なんて言った?
嫌いな物がそのまま戦闘力になる?だった?
なんだそれ…は。ありえない。
「……なあ、こいつ、嫌いな…戦闘力?」
「ええ?そう言ってるだろ?おいおい、バトル中に集中を欠くのはよくないぜ」
「嘘をつけええええええ!」
「…⁉︎」
「私の嫌いなものが、こんなに弱いわけがないだろ!!」
「そ、そうかい…」
突拍子もなく突きつけられた事実に、私は異議を唱えざるを得ない。仕事柄、たくさんの悪を見てきた。もちろんアスクブランクもそうだ…私はたくさん嫌な奴らを知ってるのに、あの泥の生物が弱いのはおかしい!
「じゃあ、さほど嫌いじゃないんじゃないか?」
「なっ…!???」
そんなことは、考えたことがなかった。
〈4-6〉
人間は言葉巧みに、詐欺に騙される────何故?
何故そのようなことが起きるのか…理由は単純だ。
人間は、言葉を使うから。
言葉を使う生き物だから、言葉巧みに騙される。
そもそも言葉というのは『表す』ための道具であって、言葉そのものが本物であることはありえないのだ。
『甘くて』『美味しい』『リンゴ』。
たとえば甘くて美味しいリンゴを例に出してみるとして、実際に食べてみてもちゃんと甘くて美味しいリンゴだったとする。
しかしどうだろう…それは本当に甘くて美味しいリンゴか?
甘い───という言葉を使っているはいるが、本当に『甘い』の定義にきっちりあっているという保証はない。
言葉は、本当か嘘かわからない。
塩水につけておいたおかげで少し塩っぱくなっており、『塩っぱく、そして甘い』の方が表現が正しいかもしれない。赤子なら、美味しければなんでも甘いと言うかもしれない。
細かくいこう。
『美味しい』というのは個人の感想である。なのに、みんなが同じように使う言葉で、本当に正しくその味を評価できるのだろうか。その美味しさを踊りで表現してくれた方が、個人の感想としては優秀なのではないか?
最後に『リンゴ』。リンゴという名称。しかし、たとえばリンゴを『ランド』と呼んだって別に構わないわけだ。みんながそう呼んでるからって、君まで呼ぶ必要はない。命の恩人の、あー…どこかの国の人が、リンゴのことをランドと呼んでいて、もうリンゴとは呼べない、とか…あとは、好きな人がリンゴのことをランドと呼んでるから合わせるとか。
あと、どこからどこまでがリンゴだ?ランドだ?
いわゆるリンゴの形をしていても、中身が発泡スチロールだったら?もしくは、見た目も味も食感も全部再現された発泡スチロールだったら?
何かもので挟まれて雪だるまみたいな形に育ってしまったら、リンゴ?それともリリリンゴ?
結局、何が言いたいかというと、言葉は便利が故に不安定で、不安定が故に便利なのだということだ。
甘くて美味しいリンゴとはひょっとしたら今夜の暗殺対象かもしれないし、もしくは恋人のことかもしれない。
それでいいのだ。
だから、騙しやすくて俺には助かる。
おいおい、口癖がなかったら誰かわからねえか?
まあ、だから、つまりだ。
みなさん詐欺には気をつけましょう…じゃあなくて。
『濁った海』が、俺のコードネームとは限らないわけだ。
「ふぅ…おいおい、呆気ないな。スパイさん…」
「うぅ…ぅぅう…」
グラウンドに空いた大穴…その中に、男と女が一人ずつ。男は片膝をついて女を見下ろし、女はうなされながら眠っている。
彼女は夢の中で、炎を纏って戦っているのだろう。
だが、夢中になりすぎて、周りが見えていない。
浸水した競技場も、泥の生物も、本当は、存在しない。
「…んで?どう思う?この【事象艦隊】…どうやらお前には効いてないようだけど」
「とんでもない能力だと思うよ…催眠術のお手本だ」
「おいおい、うれしいことを言ってくれる」
薙紫紅は、男の元にたどり着いた。
あったはずの大穴が、いつのまにか消えている───
「嫌いなものを具現化する能力…じゃなくて、事象艦隊は、あったら嫌だけど無かったら寂しいものを具現化する…みたいな感じなんだろ?」
「正しくは、壁を用意する能力さ…つまりは相手の精神を成長させるための能力ということになる。どう思う?」
「よくもまあ、そんな変な能力を手に入れたな」
「おいおい攻めるなよ…まあ、不便っちゃ不便だ。催眠で脳内でコツを掴んだこの子は現実でも強くなってしまうし、そもそも壁を乗り越えることになれている君のような奴には催眠が効かないからな…でも、平和利用がしやすくてこれはこれでいいんだ」
「…ダーク・バランスしてるね」
「つまりお前の敵だ」
「………」
また開戦しようとしていた。だがもう既に勝負はついているようなものだ。なのに、どうだ?
目の前の男…『濁った海』のダーク・バランス、愛谷祐樹。巫槍の右腕は、まるで負けそうな顔をしていない。
「…さっきの声を聞かせてもらった…彼女に意地悪したな」
「まあ、誰かがやらなくちゃならないことだろ。この子は気づかなくちゃならない…誰かを憎んでいるんじゃなくて、みんなで仲良くしたい…それが自分の本心だってことを」
「じゃあ俺もお前に一つ気づかせてやるよ」
「…何だ?」
「今回の戦い、お前たちは重きを置いているようだけど、実のところ俺はそんなに重く考えてないんだ…何故かわかるか?」
「おいおい、わからねえよ。俺らはてっきり、長年の因縁の決着の時が来たんだと思ってたぜ」
「決着はほんの少し前についた…知ってるだろ?俺は結局、あいつらを改心させる前に世に放っちまったんだ」
「ああ、それは完全に負けだな」
「だから今回は、学園が守れさえすれば、因縁とか、思想とか、そういうことはどうでもいいんだ」
「十分負けたから、もう負けたくないってか?」
「いや。勝つよ。だけど、形を選ぶことを覚える年になったんだって、最近気づいたからさ」
そう、大人には大人の強かさがある。
大人になるにはそういう質の強さが必要だ。
そして、その為には子供を卒業出来なければならない。
「どういう形?」
「肉弾戦」
「……………え?」
「俺は喧嘩するよ…巫と。だって、あいつを殴れるのは俺しかないないんだから。これは俺に与えられた、言うなれば…」
───────特権だ。
俺はそう言ってから、達成マゼンタ・エモーションをようやく発動する…これも一種の催眠だ。感情を操る。脳を錯覚させる。そういった、危険な力。
彼、愛谷祐樹は眠りに落ちる。
2名の睡眠する戦士を保健室に運んだところで、この戦いは幕を下ろした。勝敗は、
近藤いつみvs愛谷祐樹は後者の勝利、
薙紫紅vs愛谷祐樹は前者の勝利、ということになる。
なかなかいいウォーミングアップになった。
人間二人を運ぶというのは…。
〈5-7〉
ダーク・バランス愛谷祐樹が何故、巫槍を選んだのか。そんなことはもうどうでもいい…とはいかない。
俺にとってあいつは、結構、重要な人物だったりするのだ…薙紫紅が『喧嘩』と今回の戦いを称した以上、俺は安心して気絶できるので、ここは一つ、夢を見てみよう。
達成の下位互換である『具現蒼穹』を持ちながらも、薙紫紅の上位互換である彼が、まだまだ弱かった頃────
────俺が彼に助けられたあの時。
巫槍は、まだ小学三年生だった。
俺が愛谷祐樹という名を得るきっかけとなった、ある事件があった。それは、とある奴隷解放だった。
ガヤガヤとしている食堂…そこにいるのは、本日より自由の身になった奴隷たちだった。皆、笑顔で土地の伝統料理を食している。その眺めは、俺を含めた奴隷たちが、毎日夢に見ていた光景だった。
ついにこんな日が来るなんて。ありがとう───
ツラヌキ・カンナギ。皆がそう言った。さあ、そのツラヌキ・カンナギとは一体どんな人物!?
食堂を、どこか満足げに眺める小学三年生。彼こそが、俺たちの命の恩人だった。
誰しもが最初は疑った。深夜、唐突に爆発音が聞こえたと思ったら、自分たちを助けにきたと彼が言ったのだ。
普通、信じられるか?
そりゃ俺たちは、自由の身になれると信じて頑張ってきてはいたが、まさか小僧に、俺と同い年の男子に助けられるなんて、誰も思っていなかった。
だからまず、誰もが聞いた。
「一体どうやって、この奴隷市場をぶっ壊したんだ?」
すると彼は、この国の言葉でペラペラと答えた。
コツがあるのだ、と。
「例えば、僕は子供だから腕力がないし、一対一で大人をねじ伏せる事なんて出来っこない。
でも、相手がこっちに突進したり、銃で撃とうとしてきたら、突進なら避けて背中を軽く叩くだけで相手を転ばせられるし、銃なら奪ってこちらの戦力にできる。
他にも、鉄の扉があったとしても、僕一人の力では破壊できないけど、車を奪って突撃すれば壊せる。」
自分が弱くても、相手が強ければ、それはこちらにエネルギーをプレゼントしてくれているようなものだ。
彼はそう言った。今回の手順も細かく教えてくれた。
9歳にもできる奴隷解放の技を。
色んな物を利用したらしい。市場は地下にあるから照明を破壊して暗くすれば簡単に敵の背後を取れたとか、そんなことを彼は語り尽くした。
俺は憧れた。彼のようになりたいと思った。
「なあ、弟子入りさせてくれないか!」
俺は彼に突撃した。
だがしかし、彼は俺をあしらった。
「…奴隷根性かな?それは」
言われてみれば全く反論できなかった。
お前は自立できないから世話になりたいだけじゃないのかと。まあよく考えればさっきまで奴隷だった奴にかける言葉ではないが、しかし彼だって足手まといはほしくないだろう。
だがこの時の俺はしつこくしつこく、ねだった。
いいじゃんかいいじゃんか。
さすがに彼も、勝手に俺が付いてくるとまでは思っていなかったらしく、俺は彼を折れさせて、弟子入りすることに成功した。ひょっとしたら歴史的大勝利だったかもしれない。
「次はどこへ行くんだ?」
「…そうだな。アフリカにでも住むか…」
そして。弟子入りしてから1年間ほど、様々な戦いをして、様々な修行をこなして、俺も一介の戦争仲裁人になっていた。
ダーク・バランス、濁った海の完成だった。
…が。その後、だんだんレベルアップしていく戦いに俺は無能力では付いていけなくなっていった。
アフリカは厄介だった。俺は能力を手に入れるための修行のためフランスに渡ったので戦いの顛末はわからないが、アフリカの貧しい国や村を、貧しいままにさせようとする組織・団体が多すぎたのだ。
あれからどうなったのか…実はまだ聞けていない。
案外この喧嘩が終わったら、またアフリカの貧困を解決しに行くのかもしれない。
だが最近再開した時はカンボジアにいたから、一段落ついているのかもしれない。それは聞いてみないとわからない。
とにかく俺はフランスへ渡った。
そして、のちに事象艦隊と呼ぶことになる能力を手に入れた。そしてアフリカに戻ったのだが…彼はいなかった。
現地の仲間に話を聞いてみたところ、異国の女が連れ去っていったという。まああいつのことだから大丈夫だろうと判断して、俺もアフリカの一件は放置して別の国へ向かうことにしたのだ。その時は他に急ぎの用があったから。
そして、いろいろと資料を漁っていたらたまたま、準全能の完全悪と一緒に天使の力を借りた達成使いに封印されたことが明らかになった。まあ無事はわかっていたので、事態がややこしくなるのも嫌だったからそれも放置することにしたのだ。
だが、その後、国を転々としていたら、カンボジアでまさかの再会を果たした。
そしたらあいつは言ったのだ─────
────因縁を晴らしに、日本に行くつもりだ。
おいおい、どうやら相手はそんなつもりじゃないみたいだぜって、早く起きて伝えてやらなきゃな……。
〈6-5〉
どうやら私には夢を見る時間が与えられたようだ。
「はぁ…はぁ……」
倒して動かなくなった目の前の泥の生物が、みるみると姿を変えていく。
そして出来上がったそれは、在りし日の父親の姿だった。私を虐待していた、父親失格の父親────
───それはそうと、この人は既に死んだはずである。
以前、時破田さんと、殺人者組織アスクブランクを相手に戦った時。『挟み殺す』の殺人術者…本名は知らないが、スパイとして潜り込んでいた時に結構仲が良かった彼女によって、父親は殺したとの殺害報告を受けた。
“あなたのお父さん、私が殺しといてあげたよ”。
そして、忠告も受けた。
「まあ別に、答えを出す必要はないよ…でもね、いつみちゃん。あなたのその態度は、その優柔不断は、世界への、そして私達への裏切りなんだってことを覚えておくんだね…でないとあなたはまた負けるよ…自分に」
私は今回、おそらく自分ではなく奴に…愛谷祐樹に負けるようだが…いや、言い訳はやめよう。やはり自分に負けるようだ。
彼女の言う通りになった…二つとも。
私があの戦いの後、父が首を吊って自殺していたとの連絡があった。そして私は、それを他殺と知っていながら、それを言う勇気がなかったのだ。…いや、つもりがなかった。
恐らく言論に挟み殺された父親の名誉が、心底どうでも良かったから。あの人が書類の上でだけでも、自分が嫌になったという記録が残ればいいと…そう思ったのだ。
つまり私は自らの掲げる正義を曲げてしまった。
二極化を許さないという正義を。
こんなんだから、天角学園に送られるのだ…なんだ、私は適任だったんじゃないか。
この泥生物の強さは、虐待してきた父親への畏怖の心に他ならない。だから、それを倒せたということは。
私はついに、トラウマを乗り越えたのだ。
だから、次のステップに進むべき時が来たのかもしれない。
すなわち、挟み殺す彼女を否定するということだ。
「……」
目の前の愛谷祐樹が何も喋らなくなった。
ならば、推測するに本体は別の場所にいて、誰かが倒したということだろう。
だから…夢を見る時間。
これは神様からのプレゼントだ。
父親からの虐待は少し特殊だったのかもしれない。
いや、そもそもあの人が本当に父親だったのかもわからない。だが、少なくとも親になっていい人間ではなかった。
妻より娘より、酒を愛した男だった。
あいつは一日中酒を呑んでいた…その間、私はどうしていなければならなかったと思う?
正座だ。飲み始めてから酔いつぶれるまで私は正座させられていた。そして謝り続けていた。
全く関係のない場所で培って家に持って帰って来た怒りを私にぶつけて、私は関係ないのに15秒に1度は謝らされていた。
父の最も悪質な部分はそこだった。
彼の1日のルーティンは、酒代を稼ぎ、酒を飲む。それだけ。私はあいつがいないうちに万引きして食いつなぎ、他の時間は正座でいつも謝っていた。
オジギソウでももっとマシな暮らしができるだろう。
普通は。だが普通ではなかった。
あの日までは。突如、私は殺人術を手にしたのだ。
人体発火現象。
指先から急に炎が出るようになった…その瞬間は突然のことだった。私と父が対面している時に急にそんなことが起きたので、私はひどく焦った。
だが父は、今までに見せたことのない笑顔だった。
気味が悪かった…わけではなかった。むしろ、なんだか私は穏やかな気分になった。この人は、こんな顔もできたのだ…なんだか未来に希望が湧いたみたいな、少年のような顔をしていたのだった。彼は。
だから、その一瞬だけ彼を許した。
その後の会話が全てを台無しにした。
全てを打ち明けられた。
私がどこかの忌み子だったこと。体に龍を宿していること。異国の奴隷市場で売られていたこと。それを安かったから買い取ったこと。その龍を売ろうとしていること。
実際、その龍、エルシスの自由を考えず、縛りつけて国に提出すれば、うちには大金が入るし、もうこんな生活ともおさらばできるだろう。そして、強力な異能の炎があれば、日本の電力をそれで五分の一は補えるようになる。しかも環境問題も考えなくていい。
ドラゴン以外、誰もが幸せになれるプラン。
父は私を買った時からそんなプランを父は立てていた。
だが、どうだ?
そんなことをすると聞いて、耐えられるか?
私には無理だった。もう私には何もなかったのだ…指先で、メラメラと燃える、綺麗な炎以外は。だから、私という人間の尊厳は、それが全て…それを奪おうとするなら。
「…お父さん、私もお酒を飲んでいいでしょうか」
「おう!飲め飲め!」
殺す。
殺す。殺す。殺してやる。
私の全てを奪ってきた男。だが、この炎だけは。
私の心の炎だけは、誰にも揺るがせはしない。
そしていい感じに、上機嫌になっていた父の隙をつけた…だが、私は猶予を与えることにした。仮にも父親だ。
わざと、埃の積もったコップを選んでやった。ちゃんと私を見ていれば、それを指摘するはずだ。
十。九。八。七。六。五。四。三。二。一。
「これで…この国を救えるかもしれない」
あいつはそう言った。
私は、ならば、『私も救ってほしかった』と心の中で返して、酒をコップに注いだ。
その炎はドラゴンの炎ではなかった。
殺人術【燃やし殺す】。自然な本物の炎。私は明確な殺意を持って、父親にコップにいれた酒をぶっかけた!
「…‼︎」
「さよなら」
そして、炎を────────!
〈5-7〉
「……」
「……」
保健室で2人は目覚めた。
なんともない夢と、悪い夢を見た2人が、同時に。
「あー…どうする?」
「…私の負けだ」
「そうかい。おいおい、いいのか?」
「いい。今はなんだか、炎は見たくない気分なんだ」
「そうか」
そして沈黙が訪れた。
おそらく2人とも、これまでの人生を決算している。
静寂を破ったのは近藤いつみだった。
「なあ、現代の医療ってのはすごいよな」
彼女の父親は、全身にやけどを負った。だが、懸命な治療の結果、ちゃんと生きながらえたのだ。
それが彼女の望む結果だったか、そうでなかったかは、おそらく彼女自身にもわからない。
「…医療に関わらず、人間てのはすごいさ」
「そうだな」
ここで2人は気があったのか、声を合わせて言った。
「「なのに」」
「私はどうしていいかわからない」
「世界はちっとも良くならない」
笑いが起こった。そう。
みな、悩みを抱えながら、それでも笑って生きられるなら、それが一番良いというものだ。
「まあ、人生なんてそんなもんだ…主義は違うが、これからもお互い頑張っていこうや。応援してるぜ」
「そうだね。私も応援してる。とにかくまず、『頑張る』…話はそれからだ」
こうしてダーク・バランスとの戦いの4戦目が本当に終了した。残すところは、男二匹の学園をかけた大げんかである。
全能でも割れない防御vs全能でも殺せない防御。
絶対戦わなくて良い2人は、望んでぶつかる。
思想ではなく、正論でもなく、感情をぶつける。
ここからは感情論の世界である。




