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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
43/66

第無話【僕たちはダーク・バランス】終末論

 〈1-6〉1年2組・殺人鬼クラス。

 その中の十数人を集めた少数精鋭の殺人者組織、アスクブランク。そのメンバーは全員『自己完結』を持っており、当然リーダーである『林道栄徹』という男、つまり俺も、自己完結という思考異常を持っている。

 だがしかし具体的にどの辺が異常なのかわからないので、かつて近藤いつみと争った時も、何をそんなに怒っているのか、わからなかった。

 その後、時破田心裏と命がけのバトルをした時はうっかり蹂躙してしまって、今でもトラウマだ…だが、いまでも俺は『悪い奴を殺すこと』は正義だと思っている。

 あれ?もしかしてこういうところか?

 一体いつからこうなったのか…わからない。最近はよくその原因を考えることが多い。

 ちょうどいい、今日来るらしい敵に出会うまで、少し遡ってみよう。俺の過去を。人生で一番最初の記憶は、親に殴られている記憶だった。思い出すだけで吐き気がする。

 ああいうのを悪というのだ。


 〈6-4〉

 物事が起こるのには原因がある。

 これは人間は皆知っている絶対不動の事実である。

 だから親が怒って殴ってくるのにも正当な理由があると思っていた───たとえ六歳であっても、怒られるようなことをしたら殴られるのが普通だと思っていた。

 俺が悪いことをしたから、学校にも連れて行ってもらえないし、ご飯も抜きにされるし、熱があっても病院に連れて行ってもらえないのだと思っていた。

 なんてことはない、今から考えれば、産んだのに育てない、命に対して無責任で不誠実な邪悪極まりない虐待親だ。

 だけど俺はあの時そんなことを考えもしなかった。

 そしてある日、事件は起きた。

 自宅で母親が俺に向かって皿を投げてきた時のことだった。皿が俺ではなく床に当たり、破片が飛んできた時のことだった。

 俺はそれまで、血というものを流したことがなかった。人は傷つくとアザが出来るものだと思っていた。だから幸運なことに、それまでは一度も。だが不運なことに、それもあの日途切れたということだった。

 破片が。足に刺さった。出てきたのは赤色の液体だった。その時俺は、それまでに感じたことのなかった恐怖に包まれた。サイリウムを折ったら光って、もう一度折ったら中の液体が出てきた時みたいな感覚だった。

 自分の肉体がついに本格的に壊され始めるかもしれないということを本能で感じ取った。だからこの瞬間だろう。

 能力が発現したのは。

「……………ッ!!!」

 気づいた時には、目の前の母親が爆散していた。

「………え?」

 いつのまにか、あたりが血の海になっていた。

 俺は呆然としていたが、少しして怖くなり、外へ逃げ出した。そしてひたすら走って…野宿して、逃げて逃げて、最後には警察に保護された。

 刑罰に問われることはなかったが、俺は精神病院へ行くことになったのだった。そこで出会ったのが、警察官の鈴木という男だった。

「よう。まあ質問会ってことだが…気楽にいこう。君がたとえ本当にあんな猟奇的な殺人の犯人だとしても、この病院は君を歓迎する。だから正直に話してごらん?」

 何があった。

 鈴木はそう質問した。

 俺は答えた…自分なりに出した結論を。

「あの時に関しては俺が悪かったです」

 その回答が悪かったようで、俺はふたたび取り調べを受けることになった。


 〈6-7〉

「てめえだな」

「ん?」

 現在。昼休み。俺は怪しき人物を見つけた。

 カジュアルな格好をしている背の高い男子だった。

 ただしかし、なんだか服以上に、『威厳』のようなものを身にまとっている…ように見えた。

 奴は振り向いた。

「今日この学校を滅ぼしに来るダーク・バランスってのは…てめぇのことだよな?」

「ああ、そういうことだったか……そうだ。如何にも、余はこの学園に、制裁を加えに来た」

「じゃぁあ、敵ってことでいいんだな?」

「いいぜ……余の名は『翼村 未玖』。お前は」

「林道栄徹!」

「ああ、ヒーロー気取りのアホの奴か」

「ああああああああああ⁉︎」

 あ、煽ってきやがった────許さねえ!


 〈7-4〉過去。

「君の思想は危険で、普通じゃない…この業界でそれは思考異常と呼ばれる」

「思考異常…ですか」

「ああ。思考異常『自己完結』。人の話を聞かない思考異常だ…他の物に比べれば幾分かマシではあるが、さっき君はなんて言った?もう一度言ってごらん」

「……俺に罪悪感はありません」

「ほらな」

 結局、やはり罪に問われることはなかった。

 しかしおっさんは、俺が現代社会に戻ることを危惧していた。そう、刑法にも、冷静になってから解いた精神病院のテストにも、俺は引っかからなかったのだ。

 晴れて普通の人間、である、

「だって、俺も殺されるところだった…俺がもし幸せな家庭に生まれてたら、こんなことしませんでしたよ。」

 その代わり、異能適正のテストに引っかかった。

 どうやら俺には『具現系』の超能力があるらしい。

「…それに、悪い奴を殺して何が悪いんです」

「命だ」

「尊くない命です」

「……」

「あなたの腰にある拳銃が、尊くない命もあるってことを証明してるでしょう」

「これは平和のためにある」

「…さようなら」

「待て、せめて忠告ぐらい聞いておけ!」

「…………なんです」

 おっさんは俺のことを気遣ってか、それとも法のことを気遣ってか、こんなことを言ってきた。

「お前はこれから人を殺して回るだろう…そしてそれを、俺たち警察は止めることができない。不甲斐ないことに、力不足だ。だが、お前が能力者や殺人鬼である限り、いつかお前は、お前の目を覚まさせる奴に出会うことになる。そしてその時、自分のした過ちに、お前の精神は耐えられない。」

「…はぁ」

 この時、自己完結が発動している。

 もう話を聞いていない。右から左へ流れていく。

「だがその能力なら…『具現隷骸』なら、罪を償える。だからそれまでは、絶対に能力を捨てるな!」

「はいはい…さようなら」

 そんな感じで、俺は去っていった。そして裏社会に出入りすることが増え、果てには殺人鬼になった。

 悪い奴を成敗する、人々の味方になった。


 〈5-6〉現在。

「てめえ、今、なんつった!」

「面倒臭い役に当たってしまったみたいだな…この余が、何故こんなことをしなければなんないんだ…はぁ、憂鬱だ」

「聞いてんのか!」

 聞いてないようだった。ムカつく野郎だ────これはちょっと、痛い目に合わせてやる必要がありそうだ。

 と、その時、

「林道栄徹、よく聞け」

 と奴が言った。何のつもりだ?

 どうやら本気で死にたいらしい。

「これも何かの縁だ…面倒臭がらず、巫にいい話が持っていけるように、頑張るとしよう。いいか、よく聞け。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 殺人鬼も自己完結も、終わらせてやる」

「…ああ…?」

 俺は、やはり威厳のようなものを感じ取ったと同時に、不気味さを感じた。なんだか、この翼村未玖という男とは、絶対に『合わない』…根本的に関わってはいけなかった人間だと思ったのだ。

 邪魔だ…と、怒りがこみ上げてきた。

 何故だろう。この男の存在を、本能が許さない。

 放つ。能力を。

「馬鹿にすんのも…大概にしやがれ!!!」

「!」

 時破田(時破田心裏)と戦った時にも紹介されたはずだが、俺の【具現隷骸】の能力はその名の通り例外を作り出すことだ。既にある状況や法則を無視することができるから、いわばなんでもありということになる。

 例えば『高速移動で相手を追尾して触れれば大爆発するマグマのエネルギー弾』はこの場所にあるわけがないが、今この時間を例外にしてしまえば、具現化させることができる。

 それを掴んで、野球するかのように翼村に投げつける───俺が触っても大爆発しないのは、俺を例外にしたからだ。

 真っ直ぐ飛んで行く!

「…あー、そうか、バトルをしてなかったな」

 すると、奴はポケットに手を突っ込んでこう言った。

「【絶対虚無】」


 〈6-7〉過去。

 俺には異名がなかった。作る気もなかったが、普通そういうのは周りがつけてくれる物なのだ。

 だがしかし、俺にはなかった…恐らく、俺が仕事を選ぶからだ。殺人鬼である以上、現実の司法から逃げなくてはならないので、裏社会で殺し屋として地位を確立して金を工面していたが、恐らく俺が悪人しか殺さない『めんどくさい奴』だから、尊敬の念も畏怖の念も抱かれることがなかったのだ。

 逆に人を殺していなくても、『クリムゾン』のように邪魔でもしてればコードネームというのは付くのだが。

(俺は俺を雇う奴を殺しても良かったのだが、雇われていた方が悪い奴を探しやすかった。〉

「いやでも、二つ名はあった方がいいわよ」

「え?なんで?」

 一時期つるんでいたニューハーフだ。

 バーでそう言われた。

「なんでって、あんた、仮にも正義の味方を名乗ってんでしょ?ヒーローネームがあった方がそれっぽいじゃん?」

「いや…いいよ」

「なんで?」

「…………なんでだろう?でもいい」

「あっそ」

 このとき感じた違和感の正体は今でもわからない。

 ヒーロー…だよな…?俺は。

 なのに、名乗る気になれなかった。

 今も、なぜか、ヒーローネームを作れない。


 〈6-5〉現在。

 マグマのエネルギー弾が、空中で止まった。

 しかし勢いが落ちたようには見えない。今も動いていて…それでいて、止まっている。何が起こった…⁉︎

「ネタばらしだ…余の能力【絶対虚無】の効果は『概念的な距離を生み出すこと』だ。無限に続くマラソンを走りきることが出来ないように、全ての攻撃は余に()()()()。」

「……はっ、ペラペラ喋りやがって、それで負けても知らねーぞ!」

「余はそれで勝って初めて勝利だと思っている…そして気にするな、余が負けることはあるかもしれないが、お前のようなアホが余に勝つことは絶対にありえない」

「あぁああああ⁉︎」

 つくづくムカつく野郎だ。

 …ん?『余が負けることはあるかもしれない』?

「まあまあ落ち着けよ。良かったじゃないか、お前はまだ17歳だろう?生まれてたったの17年で正気に戻れるんだ、幸せだよお前は。いちいち怒るんじゃない」

「…何が言いたいんだてめえ」

「おや、聞いてないのか?自己完結と自己犠牲は合わせると消えると…まあ待て、実演してやる」

「…えっ」

()()()()()()()()()()()()()()()

 奴は、そう言った。真っ直ぐ俺の目を見て、威厳を放ちながら。さあ、口撃を受ける時がきた。今まで無視してきた言葉を、やっと、受け入れる時が来た。時破田心裏がしようとして、残酷だと思い、やめたことが、起ころうとしていた。

 自己完結が、発動しない。

 自己犠牲の言葉に対しては、無効化される。

 俺もついに、目覚める時が来たようだ。


 〈5-8〉

「悪人は…そりゃ、悪い奴だよ、人に迷惑をかけたり、人に損をさせたりしてる奴だよ」

「じゃあお前は?お前は違うのか?お前は正義の名の下に人を殺してるらしいが、お前だけは例外か?」

「そ、それは、ほら、あれだよ、速度違反の車をパトカーが追いかけるようなもんだ」

「お前がパトカーだと、誰が決めた。パトカーってのは赤いランプつけりゃあそれでいいってわけじゃないぜ?」

「…誰に決められるでもねえ、自分の正義は自分で決めるもんだろ。俺は他人じゃなく、自分の正義に沿って行動してる」

「じゃあお前が正義だとして、悪もお前が決めるのか?」

「そ、そうだ」

「そいつのことを、他の誰かは正義だと思ってるかもしれないぜ…それは、お前にとっての悪に過ぎないんじゃねえ?」

「………いや、違う。俺はそんな、自己満足する為に人を殺してるわけじゃねえ。人殺しの罪をわかった上で、みんなの邪魔になる奴を排除してるだけだ」

「自己満足とは言ってない。自己完結だと言ってるんだ。それに『みんな』って誰だよ。殺しの仲間か?クラスメイトか?それとも、人殺しをする度に国民投票でもしたのか」

「し、してねえけど…でも」

「もしくは、人の話を聞かない自己完結の思考異常を持ってる癖に、民意をわかった気になってるのか?ああ、続けろよ、『でも』なんだ?」

「……だいたい、わかるだろ。悪い奴が誰か。お前、例えば妹がいたとして、そいつが強姦されて殺されたとしたら、復讐したいって思うだろ。俺はそれを代行してるだけだ」

「被害者遺族の為なら、人は殺していいんだな」

「そうは言ってねえ。クソ野郎だから殺していいんだ」

「だからその話だよ…お前、今までに何人殺した?心の中で思い出してみろよ。それだけ人間を殺したお前はクソ野郎じゃねえってのかよ」

「…それを言うなら死刑制度はどうなんだよ。あれだって悪い奴を殺してるけど、存在を許されてるじゃねえか」

「死刑台とお前の違いはなんだと思う?」

「……」

「正当性があるかどうかだ。電気椅子はみんなが認めてるから存在してる。でもお前は自己完結だ、自分が気にくわない相手を殺してるだけだ。司法に任せればいいことにまで首を突っ込んでヒーローの気分になってるだけだよ」

「…異能じゃなきゃ裁けない悪もある」

「どうした?随分と自分が正義側に回りたいんだな」

「…そりゃ、人間は誰しもそうだろ」

「お前は連続殺人犯だよ、もう人間じゃねえ」

「……」

「それと、誰しもそうとは限らない。きちんと勉強して教養が身についた人間はそんなことは考えねえ」

「何?」

「社会がそんな二元論的な世界観なわけあるかよ。異能じゃなきゃ裁けない悪もある?笑えるな。それじゃまるで、能力を持つ者は全員、人を殺していいってことになるぜ……はぁ。馬鹿馬鹿しい。あのな、この際言っておこう。お前の考える悪なんざ存在しねえんだよ」

「俺は幾度となく見てきたぞ」

「それはお前の理想を夢に見ていただけだ」

「悪人だぞ!死んだ方がいい奴だぞ!どうして庇うんだ!…命は尊いって言葉はなぁ、尊い命にだけ適応されるんだよ!」

「なんで…」

「……は?」

「なんで……そんなことになったんだ。お前は。というか人助け部は何をしてんだか…もう少しで手遅れだったぞ」

「な、なんの話をして…」

「治療後の痛みは相当な物になるだろう…死にたくなるかもしれない。だが、ここで気づかねえとお前は、いずれ廃人になる。よかったなぁ本当、この余に会えて」

「なんの話だ!俺を舐めてんのか!」

「この世の全てを舐めてるみたいなテメェに言われたくねぇよこのクソガキ!!」

「⁉︎」


 〈5-5〉

「いいか教えてやる!お前はただの人殺しだ!正義のヒーローなんかじゃねえ、ただの人殺しだ!!」

「なっ…」

「世の中はそんなに甘くねえ!善悪なんて、見方によってすぐ逆転する!そんぐらい脆弱なもんなんだよ!」

 これが、翼村未玖。…いや。

 これがダーク・バランスだ。

「お前わかってんのか!人を殺してるんだぞ!?」

「だからそれは悪人だけで…」

「悪人がどうして悪人になったか考えてみろ!」

「‼︎…」

「生まれた時は誰も悪くないだろうが!それがどうしてお前の思う『悪』になっちまうのか考えてみろよ!」

「……!!!」

 決定論、というらしい。

 人間は、人のおかげと人のせいで出来ている────

 ────罪を憎んで人を憎むな。という理論。

 だが、俺が憎んでいたのは何だ?誰だ?

「…悪なんざ存在しねえ。もちろん正義もだ。誰かが正しくて誰かが間違っているなんてことは、大人の世界じゃありえねぇんだよ…この世はフィクションじゃねえんだ!」

「……………や」

「いい加減目を覚ましやがれ…林道栄徹」

「やめろ…ちょっと待て、やめてくれ、待って」

「待たねえよ。どうやら『効いてきた』ようだな…どうだよ、思考異常が無くなって、純粋に自分を見た感想は」

「……消えた?」

 自分から、ポッカリと何かが消えたのがわかった。

 水をせき止めていたダムが無くなったような感覚。

「…『自己完結』が…?」

 正気に戻るとは、こういうことだったのか?

 俺は、勝負なんてせずに逃げ出すべきだったかもしれない。…もしくは、この辺で止まっておいて良かったかもしれない。

 俺を襲う、『罪』。

 俺が犯した殺人の全て。その記憶が、蘇ってくる────1人目、母親。2人目、悪。3人目、悪。4人目…5人目…まだまだ続くそれらが、鮮明に俺を襲ってくる。

「よくも俺たちを殺したな!」と。今まで一度も感じたことのなかった罪悪感が、脳内に溢れてくる────

 ─────俺は人を殺してたのか…?

「がっ、がぁあぁあああああああああああ…」

「……リバウンドは覚悟しろよ」

 そうだ、そもそも悪だったのか?ていうか悪ってなんだ?俺は一体どういった基準で人を殺してたんだ?

 いや、仮に地球人全員から「それでいい」と言ってもらえる基準だとしても、それで俺は納得できるのか?

 人殺しだぞ?

 人殺し?俺が?いやいや、俺はヒーローで…

 ヒーローってなんだ?

 ヒーローってなんだよ…それだって所詮、人の願望の集合体みたいなもんじゃないか…そんなものになってどうするつもりだったんだ?というかそんなもの本当に……あれ?

 ………………….俺の人生って、なんだったんだ?

「無駄だったんだよ、全部。」


 〈6-7〉薙紫紅

「林道君!!!」

 俺が駆けつけた時には、もう色々と手遅れだった。

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!消えろ、消えろ、消えろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 林道栄徹がうずくまって、叫んでいた。

 彼の異能、【具現隷骸】を発動させながら。

 紫色の炎が彼を包んでいた─────そしてその中に、大きな蛇がいるように見えた。こちらを睨んだように見えた。

 そこから少し離れた場所に、もう1人男がいる。

「…遅かったな薙紫紅、もう終わったぞ」

「…ダーク・バランス、翼村未玖…!」

「そんで悪いがそいつを止めてくれ…余には無理だ」

「…やりやがったな、お前」

「そこはありがとう、だろ」

「……………林道君!!!」

 俺は、彼の元へ走っていった。

 達成『マゼンタ・エモーション』が発動する。

 達成があれば、本来触れればひとたまりもないであろう封印能力も無効化できる…いや、触れればひとたまりもないから、無効化できる。

 紫色の炎をかき分けて、彼の元に行く。

「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!!!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!」

「林道君!落ち着け!気をしっかり持て!」

「消えろおぉおおおぉおおお俺ぇええええええ!!!」

 たどり着いた。

 俺はすぐさま彼の頭に手を当てる。

 マゼンタ・エモーションによる『攻撃』の発動まで、まだもう少し時間がかかる!

「林道君!…落ち着け!」

「……薙紫ぃ」

「!」

「落ち着けって?ええ?お前は…本当に、そうなんだな…誰の味方でもする…聞いてた通りじゃねえか…?」

「り、林道君何言って」

「なぁ!!!!」

 また、叫んだ。涙を浮かべて。

 もう、誰に何を訴えたいのかも曖昧になって。

「俺はなぁ……!!!殺人鬼だ…!!!!」

「………林道君…」

「どうしてだよ…俺は、悪を成敗するヒーローになりたかっただけなのに!」

「………」

「なりたかっただけなのに…そんな『悪』は、どこにもいなかったんだよ。最初からどこにも。正義の為にあるような悪なんて、正義の反対なんて…なかったん……だ…」

「‼︎…」

 マゼンタ・エモーションによる攻撃。

 感情を操って、林道栄徹は深い眠りについた。

 同時に、紫色の炎も消えていった。

 蛇も。

「…お見事、上手くいったな、薙紫紅」


 〈5-7〉

 すると、翼村未玖が話しかけてきた。

 なんだか彼も顔色が悪い。

「……何がだよ」

「え?林道栄徹を余に合わせたのは、というかダーク・バランスの対策チームに組み込んだのは、お前じゃないのか?」

「…ああ」

「じゃあ、お前のお手柄だ。お疲れ様だったな」

「俺の……責任だよ」

「責任?……まさかお前、罪悪感を抱いてるんじゃないだろうな?だとしたらそれは的外れだぞ…お前がしたのはファインプレーだ。そいつが更生できるのはお前のおかげだろ」

「………違う。もっと他に方法はあったはずだ…こんな荒治療なら、しなくてよかった」

「…お前、『消える』ってのを、完全な消失ではなくて、一時的な物だと思ってたのか」

「ああ」

「だとしても同じだ…勘違いとはいえ正しいことをしたよ、お前は。ここらでこいつには、こういう経験があって良かった」

「でもこれは、思考異常の治療法としては不十分だ」

「…お前の考えてることを当ててやろうか?」

「なんだよ、言えよ」

 本当に顔色が悪い。恐らく、軽度な物だが、林道君と同じ現象が、彼にも起きているのだ。自己完結と自己犠牲が中和されて無くなった、その影響を受けるのは彼も同じだ。

 思考異常のない真っ白な状態で自分を見ることは、本当に辛いらしい。そして、常人に近づけば近づくほど、俺は畏怖の対象になるから、彼は今まさに、野性に帰った気分だろう。

 だがそんな状態でも言いたいことがあるらしい。

「お前について…『クリムゾン』について、一応調べてきたんだよ…そしたら、お前と巫との因縁を記した文書が出てきた」

「ええ⁉︎」

「そ、そんな驚くなよ…」

 いや、驚くのも無理はないだろう。だって、あの事件の詳細を知ってる人物で文書に残しておこうだなんて考えるのは、庵内さんに決まってるのだから。あの人何をしてるんだ。暇か?

「…まあ、それを読んだわけだ…天使の力を借りて、ほぼ全知全能の怪物を倒したところは、鳥肌ものだったね」

「そんな小説読んでるみたいな…」

「だが、ひとつ、聞き捨てならないところがあった」

「…?」

「お前、元は『犯罪者擁護』の思考異常を持ってたんだって?そんでそれが強化されるのを危惧して、準全能・庵内湖奈々と巫の両名から思考異常を移された…ええっと、自己犠牲に…『完全悪』か。それで、今はそれが混ざって『悪の味方』になってるってわけだ」

「ああ」

()()()()()()()()()()()()って考えてるなら、それは無駄だぞ」

「!」

 今、翼村未玖はなんと言った?

 無駄だって?混ぜても無駄だって?

「聞くところによればお前、思考異常の治療法を探してるらしいじゃねえか…だが、残念ながら、思考異常を移された所でそれを飲み込んじまう物もある」

「…なんてことだ。正解だ。当てられたな」

「当たってたか。そりゃ良かった…お前もここで気付けて良かったな…まあ簡単に言うと、卵焼きとキムチみたいなもんだ」

「は?なんだ?料理の話か?」

「料理の話だ。考えろ。キムチに卵焼きがプラスされてたとして、お前はそれをなんて呼ぶ?」

「…そりゃ、卵焼き付きのキムチ、だろ」

「じゃあ、卵焼きにキムチがついてたら?」

「……」

「キムチ付き卵焼きとは言えねえよなぁ。キムチの方が味が濃いんだから。どうしても主役になっちまう。そういうことだ」

「ああ、キムチは食べたことないけど、なんとなくわかった」

 つまり、軽度のものを重度にするだけで、その逆はできない…思考異常の感染が及ぼす影響はそれだけということか。

「犯罪者擁護はあれだが…一色強引とか、それこそ自己完結みたいな軽いもんは、ほっといた方が得策かもな」

 懐かしい名前が出た。一色強引。

 何故知っているのだろう。

「一色強引を知ってるのか?」

「当たり前だ…余は、界隈では『背かれた王』とか呼ばれてるダーク・バランスで、そっちばっかり見られるんだが、本職は『思考異常の専門家』なんだよ」

「……まじか…」

 これはこれは、レアな人間に出会えたものだ。

 彼の体調が悪くなければ、質問責めにしたのだが。

「………ひとつだけ、聞かせてほしい」

「治療法はまだ見つかってねえ」

 質問より先に答えを言ってくれた。

 心を、見透かされた。

「いや、思考異常を消すだけなら簡単だ…相反する思考異常をぶつけるか、そんなことをしなくてもそれが出来る能力に頼ればいいからな。問題はアフターケアだ。そこで世界中の専門家は、そして俺もお前も、つまづいてる」

「そうか…ありがとう」

「じゃあ、余はこのへんで…」

 会話は、終わった。恐らく視聴覚室の巫の元へ向かう彼を止めるのは流石に気が引けたので、俺は最後の対戦場所に赴くことにしようか─────超能力の気配が二つする。

「ああ、そうだ、ひとつ忠告しといてやる」

「ん?」

 去っていく翼村が止まって振り返った。

 そんな、無理をしなくてもいいのに。

「忠告?なんの?」

「『完全悪』にはまだ合わせない方がいい」

「!」

 完全悪(それは普通庵内湖奈々のことを指すが、ここではその思考異常のことだけを指すのだろう)の強さ…度合いがどの程度なのか、俺にはわからないが、専門家である彼にはわかっているのだろう。

「真っ白な人間になったそいつに感染ったら本当に厄介だ…そいつの言っていた『悪』を否定できるようになるまでは、絶対に合わせるな」

「…思考異常の感染を、否定することで防げるのか?てっきり無理だだだと思っていたが」

「いや普通は無理だ」

 良かった。それで出来るとか言われてたら、俺の暗黒の小中学時代はなんだったんだということになる。

 いや良くはないけど。

「だがそいつは、自己完結の癖に、そんなひどい有様になるくらい悪化していた…それを悪の存在を否定するって方向に逆転できれば、多分跳ね返せる。特例だがな」

「はぁ…」

 人生を無駄にし、人を殺して、精神を崩壊させて立証したこと。その真逆だから大丈夫ということか。

「だが、『まだ』?いつかは合わせろって?」

「ああ。完全悪ってのはそれこそ、そいつが思ってた悪の姿そのものなんだろう?なら、庵内湖奈々が『特異だから』そうなんだってことを知っておいたほうがいい」

「……よくわからないけど、わかった。言う通りにしてみるよ。ありがとう」

「じゃあ俺はこれで…」

「あ、待って」

「?」

 さっさと帰してやりたいが、俺も何か言っておきたい。

「せっかく忠告をくれたんだ、俺からも一つ」

「ほう」

「その『余』っていう一人称、浮いてるぞ」

「……それを言うな、もう癖だ」

「そっか」

「悪口を言われたから余も一つ悪口を言っとこうか」

「なんなりと」

「その手袋はなんだ?」

 彼は、俺のはめていた手袋を指差した。

 これは戦闘用で、手を保護するためのものだが…。

「…まあ、メリケンサックみたいなもんだよ」

「どこで買った?」

「えっと…裏市場の通販」

「悪い奴だな…だから騙されるんだ。ばーかばーか」

「えっ、騙されてんの⁉︎」

「何円で買った?」

「いやまあ、二千円ぐらいだけど…」

「価値としては二百円だな、今度からは買わなくていい」

「あああああああ!!!」

 こうして、何故か俺は謎の敗北感に包まれて、林道栄徹vs翼村未玖の戦いは幕を下ろした。

 因みに、保健室に寝かせておいた林道君の元に時破田が赴いていたことは知る由もないし、そこで彼女が能力『テレポーテーション』を使って健康状態の修復を行なっていたことも、知る由もなかった。


 〈6-6〉過去。

「あたしにあなたは殺せない」

 正しくは─────────殺さない。

 だったのだろう…時破田が俺にかけた言葉は。

 俺が、未熟だったから…愚かだったから、彼女の同情を誘ってしまったということだろう。

 正しい。但し、正しくない。

 現在。等強都は渋屋。

 その日の夜、世界中で起こった不可解な事件。

 死んだはずの人々が突如生き返り、何事もなかったかのように家に帰ってきたり刑務所に帰ってきたりしたという。

 俺の仕業だ。

 保健室から抜け出してきたから、不審に思われただろうが、それは仕方ない。これは最優先事項だ。

 これで魂にだけは償いができた。

 ここからは、反省の時間だ───とりあえず、これからどうするべきか、1人で考えてみよう。

 仲間からも、天角学園からも離れて。

 正義も悪もないなら、何があるのかを─────

 ───────考えて、知ろう。

 二元論を捨てて、他の論理を学ぼう…さて。

 でも具体的にどうすればいいのか………。

「やあ、そこの少年、どうやら自分を見失っちゃったようだね。そんなときはこのお姉さんを頼ってみるかい?」

「……………見失ったというよりは、見損なったって感じなんですけど…易々と俺の背後を取るあなたは一体誰ですか」

「庵内湖奈々。準全能の絶級能力者でもなければ、完全悪でもない、最近やっと封印から復活した、ただの女子高生だよ」

 俺はこの日、とんでもない大嘘つきに出会った。

 この日から俺の人生は大きく変わることになる。

 奇しくも俺は、全く必要がなくなった瞬間に、望んでいた悪に出会えてしまったらしい。

「まあ私は、完全悪、だからね」

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