第無話【僕たちはダーク・バランス】進化論
〈5-4〉
「ねえアンタ、なんで私の秘密基地にいるわけ?」
「へ⁉︎ご、ごめんなさい!すぐに出てくから!」
「…いてもいいよ別に。ねえ、お話ししましょうよ」
僕がその子と出会った時のことは、多分今後一生忘れないだろう。別に強烈な出会いだったわけではないけど、でも、彼女がいろんな世界を僕に教えてくれたから。
いろんな世界を。
その中でも特に大きいのは、魔法だ。
魔法を知ったことで僕の人生と人生観はガラリと変わったのだった─────さてここらで、この世界における魔法の特性について語っておこうと思う。
『直線定規』をイメージしてほしい。
そしてそれによって書かれた直線も。
さて、では考えてみよう。あなたはそれを現実に用意できるかどうかを。なんなら今してくれてもいい。
まず、最初に思いつく答えはこうだろう。恐らく裕福な人間は家に定規と紙と鉛筆があるから、できる、と。
しかし、否定できないことはない。
直線定規で引かれた線は本当に直線とは言えない、と言えば、それは否定できてしまうのだ。それは『直線とは永遠に続く物であるから、人である以上、永遠に続く線を作ることはできないから』という理由からではなく、15センチで終わる真っ直ぐな線──つまり線分──でも直線と言って良しの状態でも、それは直線とは言えないということだ。
簡潔に言おう。
直線定規で直線は引けない。
わけがわからないと思うが、続けて聞いてほしい。
ここで考えるのは実際の話である。そもそも、直線の定義はこうだ。『二つの点の間を最短距離で結ぶ線』。
いや、定規で引いたらそうなるだろうと思うかもしれないが、実際どうなんだろう。使って時間が経つ定規なら側面は凹んでいて、真っ直ぐではないはずだ。それにそうでなくとも、直線定規は元は完全に真っ直ぐなのだろうか。その真っ直ぐと言われている側面を使って書かれた線を例えば何光年先までたどり着けるぐらい重ね合わせてみたら、円を描いて地球に帰ってくるんじゃないだろうか。
そして紙も、鉛筆の粉も立体であり、決して二次元ではないから、たとえ定規がまっすぐでも、紙や鉛筆を使えばそれは顕微鏡で見たら直線にはなっていないだろう。
紙に書く以外にも直線の作り方はあると思うかもしれない。しかしどうだろうか、それも同じことになるのではないか。
波が立っていない風呂桶の中の水を横から見れば?
いや、ならない。
重石をつけてピンと張った糸は?
いや、ならない。
詳しく解説すると長くなるので控えておくが、一見正しいそれらも細かく見ればボロが出てくるのだ。
物理的である以上、数式でも定義でも想像でもない限り、直線なんて物は、現実には存在できない。
それが、限界、だ。科学の。
『魔法』は、それをやってのけるからこそ、超常現象と言われる。直線を描く魔法なら直線が描かれるし、直線定規を召喚する魔法なら直線定規が召喚される。
定義通りの真っ直ぐな物が真っ直ぐ召喚される。
言うなれば、魔法は本物、科学は模倣である。模倣というのは全く悪口ではないが、しかし事実、魔法は科学にはできないことをやってのける。
理屈が通用しないとよく言われるが、それは少し外れていて、理屈とは別の道を通って現実に想像を表すのが魔法なのだ。
とにかくそういうこと。
それが魔法で一番大切なことだ。
不可能を可能にしているのではなく、不可能を知らないまま可能にしてしまった。魔法とはそういう罪深き存在なのだと、魔女村では何度も何度も聞かされた。
「魔法を使う自分を誇りに思うことは結構です。もしくは魔法を使って出した結果を誇るのも。ですが、魔法を誇ってはなりません。魔法とは順番抜かしのような物なのですから。運だけで夢を叶えたような、そういう“誇れない”ものと心得なさい」
「はい」
それでも僕、椎名冬空や、僕を魔法の世界に導いた幼馴染の夏枷遊華、師匠のリリーさんや、今回の敵までも、全員が魔法使いなわけだけど、はてさて、どうなってしまうのだろう。
彼女らは魔法をどう思っているのだろう。
そして、強化された自分の魔法が誇らしくて仕方ない僕は、どんな罰を受けることになるのだろう。
みんな幸せになる為には、魔法が邪魔という結論にたどり着くわけだけど、さて、進化論の始まりだ。
〈5-6〉
天角学園体育館は、1年1組によって校内清掃が行われる前からわりかし綺麗な場所だったらしい。それは何故かというと、一応行われる式典の際、理事長が事前に清掃しているからだ。もちろんその式典には誰も来ないのが普通だったけど(3組の真面目な生徒でさえ)、今ではその努力も報われるようになった。天角学園は更生しつつあるらしい。
夏休み明けの始業式。
体育館に集まった生徒は実に全校生徒の半分に登った。僕たちの世代の入学式ではほんの4人しかいなかったらしい(1年1組で初日から登校していた5人から遅刻した薙紫さんを引いた4人で、全員、担任キャンディ・ベルの達成『言論』によって半ば強制的かつ半ば自発的に出席した)から、とんでもない進歩だったようだ。
生徒会長なる人物が3年生を仕切っているらしいが、式典に出席するという風に方針を変えたのはやはり人助け部の影響だろう。彼らは1年生を相手に奮闘していて、1組の犯罪活動をやめさせ、2組の半分の生徒の殺人活動をやめさせ、3組と他クラスとのいざこざを彼らのリーダーの思考異常を柔らげるという方法で回避、阻止したという功績がある。
生徒会はかつての自分たちと同じようなことをしている奴らと対立するのは得策でないことはわかっているので、彼らの方針に合わせられるところは合わせようということになったと推測する。つまり何が言いたいのかと言えば、僕はそんな因縁の場所である体育館に、昼休み、式典でもないのに呼び出されていたということだ。
授業が行われるどころか生徒の集まりもままならない4組に昼休みの概念があるかと言われれば無いが、とにかく世間で昼休みと言われる時間に僕は体育館に1人で来るよう、トイレに行って帰ってきたら机の上にあった手紙にそう書かれてあった。
薙紫紅より、で締められた手紙に。
確実に嘘だ。
何故なら薙紫さんはこういう際について抜かりないのだ。実戦経験が豊富だからか、もしくはよっぽど人を信頼するのが怖いのか、事前にこう言われていた───今日1日は一切の連絡をしないから、もし手紙やメールがきたらそれは罠だ。
だからこれは罠だ。
さて、ここでどうするか。
罠とわかっていても行かなければダーク・バランスの手がかりがないというのが現実だし、今の僕なら問題ないと踏んでこうして単独行動をユーカが許してくれているのだ、これはもう行けと言われているようなものだ。
しかし───しかし、なんだ。
行かない理由が見つからない。やはり行こう。
と、結論は何度もついているのに、いまいち、体育館へ歩を進めることに対して嫌な感じを覚える。
とかなんとか言っても結局着いてしまった。
体育館。さあ、『天変地異』をいつでも使えるようにして、警戒マックスで扉を開ける。
「…………………………………!」
ここで問題です。
僕は体育館の真ん中にいた人物に見覚えがありました。それはどういった人物でしょうか。未登場の人物なので特別にヒントを出します。その人は僕の同級生だった人です。
〈6-6〉
「思い出すのに時間かかりすぎでしょ、ええと、日本での名前は椎名冬空くんだったっけ?」
「…コスモス・スティール」
「私の日本名は暁 紗里よ。久しぶりアザレア・リマー、もとい椎名君。まあなんとか思い出してもらえて光栄だわ」
彼女や僕、ユーカが通っていた魔女村の魔法学校がある(その名の通り魔法を学べる学校)。彼女はそこで同級生だった女だ。僕はそこで才能の割に何もできなかったゆえに迫害を受けていたわけだけど、彼女はどうだったか。
僕になにかしていたか?もはや覚えていない。
「お察しの通り、私はダーク・バランスとしてここにきた…あんたとこうして会ったのは偶然よ」
「それは知ってる。なんというか、変な縁だよね。かつての同級生と戦うハメになるなんて」
「………顔が変わったね?」
「!」
ふと、彼女のその言葉に僕は反応する。
「自信に満ち溢れてるっていうか、清々しくなったっていうか。そうそう、爽やかになったね」
「そう」
「何かあったね。まあ気になるところだけど…今日の本題はそれじゃないんだ。ねえ、こうして呼び出した理由、わかる?」
彼女はそんなことを聞いてきた。
僕は答える。そんなもの、一択だろう。
「今、自己犠牲の敵である僕を排除して、この学校を潰すため、だろう」
「違うよ」
「……ん?」
違ったらしい。じゃあなんだ。
「私はね、実のところこの学園はダーク・バランスが手を出さなくてもいいと思ってる…もしまた異能解放のような大事件が起きようとしていても、もう今は学習して、政府の抱える能力者達で十分に対処できるようになってるから。だから他の4人とは違って、私はこんな場所に興味はない」
「じゃあ、何が目的なんだ」
さらっと言ったが、そして僕も流したが、政府の抱える能力者達で絶級能力者でも抑え込めるというのは、なかなか重大な情報ではないだろうか。
後で…いや、駄目だ。さすがに放っておかない。
魔法で、メッセージを作って、そうだな…リリーさんに伝えよう。いち早く。(この時の僕は監視カメラでもう既に薙紫さんに伝わっていることを知らない)
「目的はただ一つ。人間観察よ」
「人間…観察?」
「そう、あなた達のね」
「あなた達?」
「そうよ。椎名君、あなたと、アイリス…夏枷ちゃん。あなた達が魔女村を抜けた後どうしてるのかを観察することにした」
「…さっき言ってたことと矛盾するぞ」
「しないわよ。ここに来るまではそんなつもりじゃなかったし。あなたが意外と成長してたから、その気になったのよ。それに私が見たいのは成長した姿…何があってそこまで成長したか、じゃないわ。今もほら、こっそり砂でメッセージを作っちゃったりする。以前のあなたには到底できなかったことよね」
「うっ…」
バレていた。
さすがに、魔法使いには簡単にバレるか。
考えが甘かった。
「近藤いつみとあともう1人、この学校にはスパイがいる…どちらかの報告によって、政府公式の異能組織『異質存在』が動き出す。まあ、これくらいは少し考えればわかることだし、情報を漏らしてもらっても大丈夫よ。でも言っておくけど、あんまり詮索しても無駄よ。私やリーダーでも名前くらいしかわからないんだから」
「…異質存在?」
「聞かないで。私も本当に名前しかわからないの」
「……そう」
なら、もう言っても仕方がない。
この話は終わりだ。本題に入ろう。
「で?僕を呼び出して、どうやって観察するんだ?というか、何を観察するんだ?さっさと始めよう」
「そうね。さっさと始めましょう。じゃあ早速だけど、言ったように成長度を見せてもらえるかしら」
「成長度?」
「そうそう。私と勝負しましょう。2人とも」
ん?今、なんと言った?
2人とも?ここには僕しかいないはずだけど。
「2人ってどういうこと?」
「出てきなさい、そこにいるのはわかってるよ」
彼女はそう言った。体育館の入り口に向かって。
すると、扉がガラガラと開く。誰かが入ってきた。
「───ユーカ!」
「……信じちゃ駄目だよふゆりん。こいつのことを」
「何?酷いなぁ」
入ってきたのはアイリス・ノーブル。
日本名で夏枷遊華、僕の幼馴染だった。
〈6-3〉開幕ぶっ放し。
「【百花繚乱】!!」
クリムゾンこと薙紫紅さん直伝の新技、百花繚乱。ユーカによればこれは普通とは逆のアプローチで出来た技だという。
柔よく剛を制すというように、僕が高威力の技を身につけることを見越して、細かな技術を伸ばしたらしい───なんでもミジンコほどのレベルにまで魔法を小さく分割しているらしい。だから百花繚乱のことを薙紫さんは不可避の技と呼ぶ。
そして今、彼女が使っているのは水属性、木属性、闇属性の混合技である。この学園に来た時にも実は使っていた、嵐を起こす技だ。㎜たちの嵐が、暁 紗里を襲う────
「【ヘジテイトブレイク】」
────が、しかし。
弾かれた。
嵐が、何かの、壁(?)によって。何だ?あれは。
魔法ということはわかる。
「ちっ…久しぶりだなコスモス・スティール」
「お久しぶりアイリス。あなたもあなたで成長したね」
「ほざけ」
そしてユーカはだんだん僕に近づいてきた。
近づいてきた?
「おいこら!ふゆりん!」
そしてバシィ!と頭を叩かれた。何事⁉︎
「痛い!」
「情けない!忘れていたのか!」
「え、ええ⁉︎」
「あの女のことを忘れていたのか!」
「こ、コスモスさんを…?忘れてたけど…」
「さん付けせんでいい!」
また叩かれた。痛い痛い痛い。
「ふふふ……」
当のコスモス・スティールもとい暁 紗里は笑っていた。いや敵に言うのもなんだけど、笑ってないで助けてほしい。
「あの女は貴様が虐められているのを見て楽しんでおった女だろうが!手を出されなければ忘れてしまうのか貴様は!」
「え、えっと…」
そういえば僅かに記憶がある。
僕が虐められている様子をいつも見ていたような、そして笑っていたような…忘れていた。確かにあの顔だ。
「貴様は!人としての尊厳を捨てたか!」
「ご、ごめんユーカ…ごめんって」
「全く……」
「ふっふふふ」
まだ笑っていた。なんだその笑いかたは。
…しかしそう思うと腹が立ってきたぞ…イライラしてきた。そうだ、見て見ぬ振りをするどころかじっくり見ながら放置したような奴だ、ダーク・バランスうんぬんより以前に彼女は僕の敵じゃないか。
潰したく、なってきた。
「まあまあ、そうカッカしないでよ。それについては許してほしいなぁ」
「許してほしい…だと?」
「そう。私の思考異常、実は『自己犠牲』は2つ目なんだよね。一つ目に、生まれた時から持っている、『観測者』っていう思考異常を持ってる…ご存知の通り、見て過ごしたり見過ごしたりするのよ」
「────」
「⁉︎」
その瞬間、体育館の空気が歪んだ。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、どうなら怒ったユーカが今度はお得意の『無詠唱』で百花繚乱をぶっ放したようだった。
だがしかし、また防がれた。
今度もはっきりと見えなかった。
壁のようなものが突如現れていること以外わからない。あれは一体何属性の何で出来ているのだろうか。気配で特定できないほどマイナーな魔法を使っているのか?
「貴様、私を煽るか」
「煽ってるつもりはないよ。ただ事実を話しただけ……ねえ、これでも私は一介のダーク・バランスで、つまり世直し人なわけ。世界を渡って破壊活動や救済活動をしてるわけ。そしたら色んな人間に会うのよね」
「……」
「まあそれで、学習したことがある…人が一番『嫌い』になるのは自分に似てる奴なんだよね。ねえ、あなた私のこと嫌いでしょ。ってことは、案外私たちは似た人間かもね…?」
「…そんなに戦争がしたいか」
「したくない。私は『折られた薔薇』なんて呼ばれるほど弱い女の子なんだから。ひ弱でか弱い、弱々しい乙女なんだから」
どの口が言う───ユーカの攻撃を止めておいて。弱いだなんてとんでもない、彼女はちゃんとした猛者だ。
「だからあなたもそうでしょう?あなたも弱っちいのよ……彼を甘やかす勇気が無かった。違う?」
「その次の言葉を言えばお前を潰す」
「アザレア、お前が自分の力で乗り越えろ!とか言っちゃって、いじめをやめさせなかったあなたは、本当私に似てるよねぇ?」
「ioksss」
〈6-8〉
夏枷遊華の本領が発揮された。
僕にさえあまり見せない、彼女の本気。それを引き出した暁紗里は本当に強者だということだろう。
その技は『不完全詠唱』と呼ばれる。
ioksss。それは本来ある長い詠唱に登場する言葉の、頭文字だけを言っているのだ。
そもそも魔法の詠唱には様々な種類があるが、そのほとんどは数式のような『法則』に似た作りになっている。つまりイコールの前と後ろ───公式に基づいた式とその答え───があり、後ろはいわゆる技名ということになる。
ユーカは前の公式と代入する値を省略して言うのだ。それで何が変わるかというと、意味を減らすことができるのだ。
同じように数式で言うなら、答えが0になる式を考えてみるとわかりやすい。いくつあるだろう。
1−1=0。1×0=0。(x+a)(x+b)=0。
eのiπ乗+1=0。いくらでもある。
だがしかし、例えばioksss=0だとしたら。
0と言うだけでは、どういった式の下に0になったのかわからず、ただ0は0であるしかない。しかし、ioksssと言えば、ioksssの結果としての0という風に存在を断定できる。
分数でも分かりやすい。
1/2を、半分(1/2倍)と捉えるか、0.5個(1÷2個)と捉えるかで、だいぶ意味は違ってくる。
つまり不完全詠唱は、『より詳しく説明するが時間短縮の為に略している』詠唱ということである。じゃあ何で誰もそれをしないのかというと、ただ単に難しいからである。
ioksssは最適な形であり、ユーカはこれを見つけるのに3年はかかったらしい。確かioffssasffsultから始まって、試行錯誤の末、やっと一つ目が出来たのだ。
結果得られるものは大きかったが、そんな苦労話を聞いてじゃあ自分もしてみようと思う魔法使いはあまりいなかった。
さて、そんなユーカの本気が放たれた。
杖を暁紗里に向けて放った嵐の最小単位は今度は㎜ではないが、しかしあれだけ威力があれば気にならなかった。
ものの数秒で体育館が跡形もなく消し飛んだ。
僕以外、周りへの被害を全く考慮していない暴虐さだった。さすがに僕もこれは酷いと思った。
「り、理事長先生…ごめんなさい…」
ふとそう呟いていた。
僕が。本当にごめんなさい。
先生は能力で直せるだろうが、一度はこの光景を見なくてはならないと思うと胸が張り裂けそうだった。
「うわぁ、ひどいね」
だがしかし。
そこまでの犠牲を払っても。
彼女は平気で立っていたのだった。
「────!」
「さすがに焦ってきた?いやまあ、私も無傷とはいかなかったけど、この通りピンピンだよ…残念でした」
「……『それ』は、どういう仕組みだ?教えてくれよ」
「ん?ああ、【ヘジテイトブレイク】のこと?」
よく見ると、暁紗里は少しだけダメージを負っていた。確かに無傷では済まなかったようだ。
「教えてほしいの?そんなに気になる?でもいいのかな、ここで聞いちゃうと万が一勝てた時に納得できなくなるんじゃない?大丈夫?」
「……フン」
するとユーカが暁紗里の元へ歩き出した。
「…何?」
「お生憎様、残念ながら今の私では貴様には勝てない。恥ずかしいがそれが事実だ。だから…」
彼女の前までくると、まるで熱を測るように額と額を合わせ、鋭い眼光をしてこう言った。
「こっそり教えてくれよ。次は椎名冬空のターンだ。意味不明のままじゃ、見ていても『面白くない』。」
「……」
暁紗里はこの言葉を聞いた時、表情を変えた。
今の今まで楽しげだったのに、つられるように怖い顔をするようになった。
「……あなた、持ってたの。へえ、そう」
「ああ。持っているよ。観測者の思考異常を」
「気づかなかったよ。さっきは似ているとか言ったけど、そういうところで同じとは思ってなかった」
「おや、『差別を利用するダーク・バランス』が聞いて呆れるね。決めつけちゃってわかんなかったんだ」
「それを言うならあなたも私の能力をわかってないじゃない…ここが戦場だったら死んでるよ?」
「とっくに戦場だが死んでないだろ。グダグダ言ってないで早く言えよ、心配するな、あいつには教えないから」
教えてほしい。
因みに僕は思考異常のことを知っていた。そして、まさか相手が気づいていないとは思っていなかった。観測者は観測してしまうがゆえに、お互い同じでも気付きにくいのかもしれない。
「…まあ、いいわ。あなた達の能力は噂で聞いてるし、私も能力を明かすのがフェアとも言えるしね」
それは…どうなんだろう。
それこそ戦場でしたら死にそうな考え方のように思える。しかし、自信の裏返しだと思うと恐ろしい。
「私の能力【ヘジテイトブレイク】は『相殺』系防御魔法よ。属性は土のプラスチック。小さなビーズ達が相手の攻撃の属性に対して有利になるように形を変えて、私を守る壁になる───」
それを聞いた時、僕は即座にこう思った。
やはり2人は似ている。
なら、こいつは利用できるぞ!
〈6-6〉
「た、助けて、アイリス!」
「あひゃひゃ何言ってんだこいつ!」
「情けねえなぁおらぁ!」
「痛い!蹴らないで!痛いよ!やめてよ!」
いつかあった、いじめの光景である。
場所は教室、被害者は僕、加害者はクラスメート。
傍観者は夏枷遊華と暁紗里。もとい、アイリス・ノーブルとコスモス・スティール。
僕はユーカ…つまりアイリスに助けを求めた。
だが彼女は僕を見るだけで、止めてくれなかった。
それは何故だったのか、今ならわかる。
「…なぁアザレア。本当に私を頼るのか?」
「……え?」
「お前、少しは考えろよ。私やみんなの気持ちを」
「そ、そんな、助けてくれないの…?」
「考えろ」
全属性。
僕はこの頃から、現存する六つの属性に適性があった。そしてそれは大変貴重であり、僕は彼ら彼女らクラスメートから見たら生まれついての強者であるということになる。僕は、強ければ、みんなから憧れられていたかもしれない。
考えてほしい。
魔法は決して誇ってはいけないものだと教えられていたとしても、それが力であることに変わりはない。一つより二つの方がいいし、ないよりある方がいい。誰しもそう考える。
そんな中で。
僕は最も分かりやすく、最もみんなが欲しがる才能を持って生まれた。全属性。全ての属性を僕は生まれながらに使える。
どうだろう。僕はこの時、言われた通り考えてみた。クラスメートやアイリスの気持ちを。そしたら、
僕はムカつかれて当然だったんじゃないか?
と、そう思った。
みんなが欲しい物を持ってるのに、それを使えない。使えないということは周りから見れば使わないのと同じだ。つまり僕は宝の持ち腐れをしていると思われていたのだ。
凄い才能を持ってるのが自分だったら良かったのに。せめて隣の席のあいつだったら良かったのに。あいつじゃなきゃ良かったのに。なんであいつが。なんで弱虫のあいつが。
納得できる思考だった。異常でもなんでもない。
そしてアイリスの場合、さらにもう一つ違う気持ちが重なっていただろう…彼女は闇属性を持っていたことで虐められていたが、それを自分の力で乗り越えたという過去がある。3属性の自分は出来たのに、6属性のこいつがなんで出来ないんだ、情けない。なんでこいつはそんなこともできないんだ…。
「…!」
「助けてあげてもいいけど、それを私に言ったら、人としての尊厳を失うと思えよ…それでもいいなら別だけど」
僕はその後何も言い返さずに急いで家に帰った。
感情がごちゃ混ぜになっていたが、とにかく孤独で耐える道を選んだのだった。
そして結局、最近になるまでずっとそんな感じが続いていた。だが、ある噂を聞いた時、僕の人生は変わり始めた。
大魔導士ガティア・シエルの姪の、リリー・シエルという人物が突如魔女村から姿を消した。
重要なのは最後の10文字だった。魔女村から姿を消した。そのリリーさんに何があったのかは今でも知らないままだが、僕はこの時自分とその女を重ね合わせた。
そうだ。魔女村の外にも世界はあるんじゃないか。
そんな、単純で、隠されてもいなかったことに、ようやく気づいた。ここが合わないなら外に行けばよかったんだと。
その後、かなりの時間をかけて、計画を練った。
ユーカを騙すのは簡単だった。
リリー・シエルを追おう。もうそろそろ大人になるから、封印能力者の元で修行して、今こそ自分を変えたい。
そんな言葉を使った。
そして今に至るというわけだ。
思えば変な人生だ。そして大変な人生だ。
今もまたバトルが起ころうとしている。
だけど。
僕は今、そんな過去がどうでもよくなるくらい、強くしてもらった。勘違いされないようにここでハッキリと言っておこう。
夏枷遊華、いや、アイリスとは昔から仲はいいが、
僕の恩人はリリー・シエルただ1人だ。
彼女に感謝したことなんて、一度もない。
「……」
だけど、今、彼女は初めて、僕の尊厳の為に戦ってくれた。そして負けた。なら、僕は勝たなくてはならない。
これは僕の尊厳に関わる話だ。
〈4-6〉
夏枷遊華は体育館から出て行った。ふゆりん、勝って出てこいよ。期待して待ってるぞ。とのことだ。
「そんじゃ始めよっか」
「ああ」
「…あれ?急に不機嫌になったね。なになに、嫌なことでも思い出した?」
「うん。よくわかったね」
「ふふ、やっぱり私は許せない?許せないよね?」
「………微妙なラインだ」
「あれ?意外…」
そう、ユーカはああ言ったけど、僕はやっぱり、忘れてしまっていたくらい、彼女のことをなんとも思っていないのだ。
だって傍観者といえばユーカなんだから。
「あ、じゃあ、そんなに憎まれてないなら、今のうちに聞いておきたいことがあるんだけど」
「何」
「いじめを見過ごすのは、いじめだと思う?」
「……」
それはつまり、夏枷遊華のことを許せるかどうかを聞いてるのだろう。彼女は本当はこう言いたいはずだ。
あなたは、どうして彼女と一緒にいるの?彼女が憎くないの?あの娘は、あなたのいじめを放っておいたんだよ。根性論で暴力を見過ごした人だよ。あなたの敵だった人だよ。
本当はさっき、情けない!忘れていたのか!って言われて叩かれた時、お前が言うな!って叫んで、殴ってやりたかったんじゃない?
「ねえ、どうなの」
「…一つ言わせてもらいたいことがある」
「何?言ってごらん?」
「僕は多分、わかっていたんだよ。あの場の誰よりも。いじめも暴力もいけないことだって」
「?そりゃそうでしょ。被害者だったんだから」
「違う。君たちが僕に勝てなかったからだ」
「……?」
まさか、こんな日がくるなんて思ってもいなかった。僕が僕の意思で、言いたいことを言う日が来るなんて。
それをこんなにも冷静に迎えるなんて。
「君たちっていうのは、僕をいじめていた奴らと、君と、それからアイリスのことだよ。君たちは全員、僕に勝てなかった。僕は負けてなかったから、やり返す必要がなかったんだよ。無意識のうちに、進化しなくていいことを知っていたから、ちぃっとも進化できなかったんだ」
「何を言ってるの…?」
「全員、大っ嫌いだって言ってんだよ!」
「!!…な、何⁉︎急に叫んで……」
さあ、ヒートアップしてきた。でも、すこぶる冷静だ。口調は若干暴走してるけど、でもこんなにも落ち着いている。
何故ならこれが本来の自分だから。
「いいか!弱者を作らないと自分を確立できなかった奴らも、それを放っといた癖に味方面してた奴も、それを見て大人ぶってた奴も!あの場にいた嫌な奴らは全員!自分は『勝ってる』って思ってたんだよ!だが実際は違った!あの場に勝利者は僕しかいなかった!差別を操るダーク・バランス様ならわかるんじゃないか?僕はいじめられっ子で、情けない奴だったけど、お前らはそれ以下だったんだよ!」
「‼︎…」
「そしてお前らはみんないつかそれを忘れる…忘れて、その後に何も残らない。だけど僕はそれを利用したぞ…そしてお前らの誰よりも強くなった!暁紗里、お前だって絶対に僕には勝てないんだよ!」
「……アザレア、やめて!黒歴史になるよ!」
おいおい。ギャグでやってるんじゃないんだぞ。
茶化すな。僕は本気だ。
「黒歴史どころか何の歴史も作れねえお前が言ってんじゃねえよ!所詮お前みたいな弱い奴に救える奴なんて、たかが知れてるんだよ!この自己満足女!」
「……はぁ?」
明らかに機嫌が悪くなった。
だが止めるつもりはない。
「怒るか?怒るよなぁ?それが誇りを汚されるってことだ。お前が見過ごしてきたことだよ!だが断じて間違いでしたなんて言わねえぞ、お前のような奴に!」
「…わかった。もうわかった。質問に答えてくれてありがとう。じゃあさっさと終わらせてあげるから早く攻撃してよ」
「それが逃げるってことだ。自分は負けないと信じて疑わないから、真実に気づくことなく散ることになる」
「早く」
「僕はな、お前らなんかよりずっと凄い人の背中を追いかけてるんだよ。鏡ばっかり見てるお前らじゃ、もう相手にならない。覚悟しろよ。本当の魔法を見せてやる」
「…は?」
〈0-2〉
「全属性というのは間違った呼び方かもね」
そう、リリーさんは言っていた。何故なら、属性はもう一つあるからだ。7つ目の属性、それは『支配属性』である。
封印能力者は皆、生まれつき持っている支配力。何もかもを支配する力があるから、世界一つ分の質量を葬ることのできる封印能力のような力が生まれるのだ。
それさえあれば、属性の多さとかはもう関係ない…現に、リリーさんは水属性の氷系統の技しか使えないけど僕よりずっと強いし、もし僕が支配属性を持っていて、【天変地異】が封印能力になったとしても、実力差はリリーさんと僕の努力量の差しか現れない。
だから、リリーさんに追いつくには。
そういう才能が必要だということだ。
まあ、普通は。
だけどどうだ。僕はそこで諦めていいんだろうか?いつまでもユーカやリリーさんのことを『超えられないあの人』って思ってていいんだろうか?と考えた時に、どうやらそれでは嫌だと思ったらしく、僕は無謀な挑戦をしようとしていた。
「…な、何、この……迫力は…!?」
「なあ、科学と魔法の違いって知ってるか?」
「……え⁉︎」
僕は、6属性をふんだんに使ったエネルギーの集合体を作り出していた。そしてそこに7つ目の属性を加えようとしていた。
しかしその手の才能はどうやらなかったらしい。
でも諦めない。
「な、何よそれ、こんな時に…」
「使うルートの違い…本物と偽物の違い…誇れないか誇れるかの違い…色々あるけどさ、僕は1番重要なのは、才能が必要か、必要ないかの違いだと思う」
「だからなんの話よ!」
「偽物なら用意できるって話だよ」
「え…?」
巨大化させていく────
─────まるで太陽のような見た目になる。
そして、できた。
『擬似』封印能力が完成した。
なんで今まで考えつかなかったんだろう。
不完全詠唱というヒントがすぐ近くにあったのに。
わかりやすく、逆だったのに。
「一体なんなのよ!それは!どういうことよ!」
「本物の魔法だよ。偽物になってまで、限界まで進化した……これが本来あるべき、そして褒められるべき、人の営みだ。これなら、これなら誇っていいはずだろうよ」
さあ、クライマックスだ。
そしてフィニッシュだ。
「式を書かずに答えを書いたんだよ。どんなプロセスかわからない、いわば横着をしてるみたいなもんだけど───────君にはこれで十分だ」
「ちょ、嘘、封印⁉︎」
エネルギー体はゆっくりと、暁紗里へ向かう。
そしてやがて作られた壁に当たり、破壊してゆく。
「まあ殺すつもりはないからさ、その代わり、こんなことがあったって、魔女村のみんなに伝えといてくれるかな。今は帰りにくいし……あのいじめられっ子に負けましたって、報告しといてくれる?」
「うわぁあああああああああ!止めて止めて!」
「止まらないよ。もう答えは出てるんだから」
「わあああああああ!」
「名付け、【答え写しの天変地異】」
決着が、つく。最後に僕は彼女『ら』にこう言った。
「……これが本物だ!!!」
〈6-7〉
「ん?見てなかった……ああ、やっぱり紗里ちゃんは負けたか。まあ仕方ないね」
「あ、あいつ…すげえな…擬似封印能力だなんて…」
二戦目も、俺たち天角学園側が勝利を収めた。
この調子だ。
「…しかし、気になるなぁ。この後、あの椎名君と夏枷ちゃんの仲はどうなっちゃうんだろう」
「はは、巫、そこは心配ないぜ。あの2人は前から意外と仲良くない部分もあったけど、なんだかんだ言って大丈夫だったんだぜ?むしろ本音を聞けたぶん、前よりいい関係になるかも知らないくらいだ」
「…まあ、僕が女だったら、前の椎名君より今の椎名君を取るだろうとは思う」
「だろ?」
「でも紅君。話は変わるけど君、油断しちゃいないか?」
「え?」
「いやいや、判断の話だよ……当日に連絡手段を自ら捨てるなんてあり得ないし、それによって担当する相手が最悪になっただろう」
「……」
「気づいてたか?さっきの茅蜩黎明vs烏丸憂、そして暁紗里vs夏枷遊華&椎名冬空、担当する敵を交換すれば楽に勝てたことに。うまいこと閃いたり覚醒したりして結果的に勝てたから良かったけど、勝率は最悪だったことに変わりはない」
痛いところを突かれた。
痛い痛い。
「まあいまさら言っても仕方ないけど。あ、あと、敵から出されたお菓子を食べるのも論外だ」
「…ぐうの音も出ないな。まあ相手がお前だからってことで、油断してるのかもしれない」
「せっかく警告してあげてるのに煽るなよ。そこはちゃんと受け取っとけ…あともう一つあるけど言わないぞ」
「警告が?嘘、聞かせてくれよ」
「…はぁ。ほら、もう遅いかもよ」
「え?」
画面を指差す巫。その先には、第三回戦を始めようとしている2人の男がいた。片方は大柄で、片方は小柄。
「林道君が…どうかしたか?」
「アスクブランクの殺人鬼なんだろ?彼は。だったら自己完結の思考異常を持ってるわけだ」
「そうだが…」
「自己犠牲と自己完結が逆だっていうのは?」
「知ってるけど…」
「…うん。少し不勉強だったな。今すぐ駆けつけてやれよ、その林道君の元に。早くしないと彼、精神崩壊するぞ」
「………………何?」




