第無話【僕たちはダーク・バランス】体育理論
「やあ」
「……………」
どうやら俺は計算を間違ったらしい。
約束の日の朝、早めに学校についた俺を校門前で待っていたのは、他でもない巫槍であった。
「遅かったな…まあいい、おはよう紅君。こんな遅い時間になってから一体何しにきた?」
「遅いって…」
実は今は朝の5時である。遅いわけがない。
いや、遅かったのか?
「お前まさか、今日来るって言って、0時になった途端来たんじゃないだろうな」
「そのまさかだ」
そのまさかだった。なんてやつだ。
「まあ僕だけだけどね…他の4人はお昼くらいに来る」
「じゃあお前何しにきてたんだよ」
「事前学習だよ。まああんまり意味はなかったけど」
俺はこんな所で話していても意味はないと思って(それにそろそろ肌寒い気もしてきた)、彼を視聴覚室に招いた。
「お前が本当は何を企んでるのかは知らないが…この前言ったはずだぞ、この学校は潰せないと思え」
「そうか、なら設置した爆弾も無意味だな」
「嘘だろ」
「嘘だよ、そんな無駄なことはしない」
視聴覚室の椅子に適当に座る。
そして彼はこんなことを言った。
「無駄じゃないことをした。今後あの理事長がミスしないとも限らないからね。まあそれは紅君が気にすることじゃない」
「そうか。ならいいんだ」
いや、良くはない。無駄じゃないことが何かはわからないが、依然緊張は解けなかった。
「いやでも無駄なこともしてたわ」
「してたんかい」
「ちょっと待っててね」
「?」
彼は視聴覚室のテレビと自身のパソコンを接続して、大画面にある映像を写した。
「ライブ映像か?これ」
「そうだよ。みんなが戦いそうなところに監視カメラを付けておいた…そこの映像だ。開戦したら、見届けてやろうじゃないか。ほら、お菓子も持ってきたし」
「お菓子を持ってきてんじゃねえよ」
すごい量のお菓子を手持ちのバッグから取り出した。
きみつ道具かよ。なんだこれは。ギャグパートか?
そんなことを思った。そう、忘れてはならないのが、俺たちは似た者同士だから、基本気が合うのだ。
だからこそ、油断してはならない。
この男とは今、敵同士なのだ。
お菓子を食べている場合ではないのだ─────
むしゃむしゃ。
「食べてるじゃん」
「うるせえ、朝ごはんを抜いてきたんだよ」
──────だから空腹を誤魔化すのであった。
俺は心底、馬鹿な人間らしい。
でも許して欲しい所ではある。どうも、この男やあの女の前では調子が狂ってしまうみたいなのだ。
結局俺はこの後、開戦するまでお菓子を食べ続けた。
そして、戦いはゆるい雰囲気の中始まったのだ。
こんなことでいいのか?
〈5-4〉
俺、烏丸憂には色々と特技があるが、それを語るよりも今は、俺という人間を包み隠さず語ろう。
1年3組、通称覚醒者クラスの委員長をしている。
持っているのは『全ての覚醒』。
体中の至る所の機能が人間離れしている。
本気を出せば、片足ジャンプで大気圏まで飛ぶことができるし、両足ジャンプで多分地球を壊せる。
俺はそういう化け物だ。
思考異常は『一色強引』で、周りの人間をとりあえず見下してしまい、見下せないと嫌いになる。ただし、自分に似ている人間に対しては無効化される。
犯罪歴はない。そしてこの学校には阻害地区の外から通っており、戸籍はあるので、いつでも社会復帰が可能である。
この学校に来た意味はひとえに研究の為だ。
研究テーマは『世界の正体』。
この世界とは、もしくはここでない世界とは、何であり、何でないのか、何でできているのか、何ができたのか。
何故ビッグバンが起こったのか。
ビッグバン以前には何があって何がなかったのか。
そういうことを突き詰めたい。
趣味は運動や研究で、将来の夢もそうだ。
「そりゃ結構。非の打ち所がない人間よのう、お主は」
昼休みを迎えた俺の前に突如現れたのは、侍のような格好をしていて、武士のように喋る男だった。細かく見れば実際とは違う点がいくつもあるが、しかし空気が俺に思わせる。
彼は武士である。と。
どうしようもないくらい前時代の人間なのだ。と。
わけがわからない。
だけどなんだか、嫌な感じがした。
〈6-5〉
「視聴覚室とやらがどこにあるか、教えて貰っても構わんか?一旦そこに集合ということになっておる」
「……お前、ダーク・バランスだろ」
「おや、知っておるのか?」
「俺はお前の敵だ」
そんな会話があった。この俺、烏丸憂が昼飯を食べ終えて、食後の運動がてらとりあえずブラジルまで行こうとした時のことであった。階段の踊り場にいると、下から声がしたのだ。
そち、ちょうどいいところに。
「敵、か。お主のことはよく知らんが、お主がそう言うのならそうなのだろう。そしてこちらも、お主のような奴は見つけ次第排除するように言われておる。しかし…」
「しかし?」
彼は提案をしてきた。
「こんな戦いに意味はない。我々が何をどうしようと、こちらのリーダーには関係ないのだから」
「戦わないでおこうってか」
「いかにも。まあでもそれはお主が許さんのだろう」
その通りだ。
今回は戦わないわけにはいかない。
「だから…自己紹介をしよう。我々ダーク・バランスは敵に回す人間が多いがゆえに、慎重になって選別したいのでな。もしかしたら、わかりあえるやもしれん…」
〈4-4〉
「そりゃ結構。非の打ち所のない人間よのう、お主は」
「褒めてもらえて恐縮だ。ではさて、今度はこちらが聞かせてもらおうか」
彼は一呼吸おいて自己紹介を始めた。
自信のある目つきで。
「我が名は『茅蜩黎明』。侍である。
能力『司ル者ノ楯』は吸収系防御の超能力で、吸収量に上限はないという、なかなかの優れ物である。
思考異常は『自己犠牲』。
そしてそれに乗っ取って、自分を犠牲にして周りを助けるダーク・バランス活動を行なっておる。
異名として、『斬られた武士』と呼ばれる。」
「……斬られた武士?」
司る者の盾というダサいネーミングは置いておいて、斬られた武士というのは何だろう。
武士にとって、斬られるということはつまり背中を斬られることで、大変不名誉なことじゃないのか?
「そうだ」
彼はこちらの思考を汲んで答える。
「敗北者…失敗者…そういう、他人から舐められるようなプロフィールを使って拙者は組織に潜り込み、潰す」
「…やっと一人称を使ったな」
つまりそれがその人の本質ということだ。
いいか諸君、一人称以外は信じるな。
〈4-3〉
友達の昔の失敗体験を聞いて、親しみを覚えることはないか?もしくは、自分より成績の悪い相手とは頭の悪い会話ができて楽だと感じることはないか?
そういうことだ。
見下すと楽になれるのが人間だ。
俺のような変な奴を除いて。
「それを正しいとも間違っているとも、断定する気は拙者には毛頭ない。しかしこれは使えるものだ。お主も一度やってみい、呆気なさすぎて泡を吹くぞ。」
「……つまりは競争しなくていい相手か…期待をしなくていい相手とも言うのかな。そういう人間を他の人間は拠り所にするから、いなくなればそれだけで組織が荒れる」
「まあ、その通りだ。そしてこれは今回のうちのリーダーの思考異常とは真逆の考えに基づいていたりする」
「真逆?」
聞いていた、二つ目の思考異常────
─────決定論、だったか。
「あらゆる人生は人のおかげと人のせいで出来ている。
拙者は言い得て妙だとは思うが…納得はできん」
「それは何故?」
「だって、誰しも役に立つだろう。問題点として」
「………そういう感じか」
ここらで一色強引が発動するから、上から目線で考えてみる。問題点としての人間、について。
「人は悪者を作りたがる。自分が正義になる為の悪者を。少しでも相手に不備があったらそれを許さない。そして相手を許すこともなく容赦なく非難する。そのサンドバッグになれるであろう、斬られた武士は。」
「……」
とんでもない考え方でびっくりした。
その悪者になることに正当性があるかのように語る。
「人間社会にだって働きアリと働かないアリが存在する。働きアリは働らないアリを見て奮起する」
「どうかな…まあ見下せる相手がいたら楽なのはわかるが、だから怠け者に怠け者として価値があるとは思えん」
「怠け者に育てられてしまった───だろう。決定論に乗っ取るならな。そしてここでは周りがそうさせたというのも大きな点だ」
「…周囲が斬られた武士を望んだからそうなったって?」
「そうだ」
…まあここで決定論について語っても仕方がないし、結論は出ないのだろうが、しかし俺はそれを否定しなくてはならない。
なんとなくわかってきた。
ダーク・バランスの特異性が。なるほど厄介だ。
〈5-4〉劣る者であったり。
マイノリティであったり、被差別者であったり。
弱者であったり。
彼らは多分そういう存在なのだ。ダーク・バランスは多分、だからこそ説得力のある言葉を使えるのだ。
周りがそう望んだから優劣が発生する。
ぐうの音も出ない。全く否定できない。
でもだから。だからこそ、それをわかっていて尚その境遇に身を置く彼らの自暴自棄さは、認められてはいけない。
何故傷ついてまで人助けをするのか。俺には理解できないが、理解してはいけないことのようだ。
「……なあ茅蜩黎明。自分を大切にしないってのは人間が一番やっちゃいけないことなんだぜ、偉そうに言わせてもらうが」
そう言って俺は構えを取る。
戦闘態勢だ。
「……」
すかさず茅蜩黎明も抜刀する。
「それに悪を罰する為に君が傷つくのはおかしい」
「それで、痛い目に遭わせて拙者を止めるというのは果たして正しいか?お主はとんでもなく矛盾しておるな」
「そこは吸収とやらに懸かってるぜ、痛い目に遭いたくなけりゃちゃんと防御するんだ……な‼︎」
俺は小手調べに、階段から飛び降りて、茅蜩黎明の周り一体に向かって張り手をし、『風圧』で踊り場を破壊する!
「うぉっ…」
天角学園中央棟の一角が崩れ落ちる。
しかし、茅蜩黎明はぴんぴんしていた。少し驚いたようだったが、なんともないようだ。
「やるじゃねえか、どうやら物理攻撃が効かないってのは真実らしいな!」
「………そちらこそ、大した力だ。やるな」
足場がなくなって、どちらも外へ飛び出る。そして俺が地上に着地した時には既に、あちらは刀を構えて仁王立ちしていた。
俺は今度は拳で空気を押し出して攻撃する!
「……」
土をえぐり、飛んで行く空間だったが、やはり効かなかった。とりあえず俺は色々試してみようと、次は石を投げてみた。
が、彼に当たった瞬間石は止まり、劣化した吸盤のように下に落ちていった。
「なるほど、一筋縄じゃいかないな」
というか不安になってきた。
俺は勝てないかもしれない。
─────諦めるな。お前はその程度ではない。
「…………!」
父親の声だった。今は亡き父親の。
この幻聴は体育祭以来聞かなかったが、どうして今?
「…お主は、なんだか超人だのう。どうやって育ったのかは知らんが…まるで、拙者に叩き潰される為にあるかのような覚醒であるな。拙者に物理攻撃は効かんと言ってるだろう…ここまで可哀想な奴は見たことがない」
いやいや、まだ戦いは始まったばかりだ。
あんたは俺が弱っている時に現れる。
消えろ。
俺にはもう、あの言葉がある。
「…おい、俺が可哀想だって?」
「そうだ。そんなに強いのに、相性が悪いだけで活躍の場が無くなるというのは、なかなか悲惨だろう」
「悪いが俺はもうその手のことは既に乗り越えた」
結果を出さなきゃ意味はない?
結果を出さなきゃ有り得ない意味に何の意味がある。
意味など必要ない。
頑張ればそれでいい。
まさしく愚か者の理屈だ。
「確かにお前は合ってるよ。この世には愚か者が必要だ。まさしく、この俺がそうだった。
俺は完璧じゃねえし、お前が相手になった途端、何も出来ねえ。だが、一度他の奴らを見てみろ、お前もそんなもんだ。この世の人間はみんな、愚か者なんだよ。
比べることなんてできないくらい。
みんながみんな愚かだ。
だから全員が愚か者で、全員が頂点だ。」
なんとなくあいつの受け売りの意味がわかった。多分これを言った奴は人間じゃない。
「だけどな。
それは前提条件だ。愚かで当たり前なのは条件に過ぎねえ。それを理由にその場で止まることは許されない!」
「だがみんなそうしているし、他人にはそれを望む。許されないとはいうが、しかし人類の大半がそうなのだ。大多数の欲望は果たして間違っているのかな?」
「ああ。間違っている。汚らしい。
足りないのに満足する奴も、そのポジションを認めようとするお前も大嫌いだ。だから全部ぶっ飛ばしてやる」
「…なら仕方ない。来なされ」
「うぉおおおおっ!!!」
〈5-7〉『司ル者ノ楯』
自身と、身にまとっている武器や衣服に触れたエネルギーを吸収する。保管したりそれを使ったりはできないが、その代わりエネルギー吸収量に際限はない。
──────────────────
俺は茅蜩黎明に向かって走り出した。
「三つだ!三つの攻撃方法を全部対処出来たなら、俺は負けを認める!そしてまず一つ目は、これだ!」
「来い!」
加速し────もっと加速する!時を置き去りにするかのように、自分だけが動いているような状況を作るまで!
俺は方向を変え、近くにあった学園の街灯を手刀で切断し、そのまま持っていく。そして茅蜩黎明の後ろに回り込み、蛍光灯の部分を後頭部にぶつける!
がんっ、と、音がして───いない。
ダメだ。完全に防がれた。
その後頭部で、街灯は完全に動きを止めていた。
「…!」
「く、くそ…!」
「…なるほど、蛍光灯の熱を利用するつもりだったのか。だが甘い。熱も、エネルギーであるぞ」
「ぐっ!」
作戦その二に取り掛かる。俺はその場を離れ、とりあえず宇宙空間までジャンプで飛んでいく…意外と、片足で余裕だったりしたが、それを喜んでいる余裕はない。
ちょっとした大きさの石を発見した。
そう、こういうのを探していた。
「うむ?あやつどこへ…?」
投げる──地球に──日本に──ある離島に──天角学園に───茅蜩黎明に!
「ぬ!」
が、しかし。後に追いかけて墜落してきた俺が見たのは、刀でそれを防いでいる彼の姿だった。
しかも、片手だった。
「う、嘘だろ…」
「重力もエネルギーだ…甘い」
「……………………マジかよ…強すぎるだろ…」
奴はその辺に隕石を放り投げる。
俺は着地する。
「どうした。最後の一手は。それとも終わりか?」
煽ってくる。
だが、それも仕方ない。 それに、強く反論できない。だって実質あれで終わりだったのだ。
残る一手は、全力を出す───ただそれだけ。
それに負ける奴とも思えない。さあ、どうする。
ここで下がるか?
「…いや」
──────はい、諦めません。
俺は父親にそう答えた。
「終わりじゃないぜ…渾身の一撃がある」
とは言ってもただのパンチだ。
だけどこれは小さい頃から使い慣れた技でもある。
ふと、昔を思い出す。
類い稀ない…では済まない体の機能を持って生まれた俺を、父親以外は皆、気持ち悪がった。そして父親は逆に俺に期待をした。何度も何度も、お前は私の誇りだと言われた。
だから、気に食わない奴には立ち向かった。
この拳で。
父親の期待に応えようと。だから、普通のパンチは、俺が最も使い慣れた技で、履き慣れたシューズのようなものだ。
多分効かないんだろうけど…。
それもまた一興だ。
「今からお前をぶん殴る」
「来ませい。こちらはこいつで受け止める」
茅蜩黎明は刀を構える。
俺はゆっくりと歩いて行く。
彼の目の前まで来ると、拳を構える───
〈5-4〉ただしそれは人為的に行使される力に限るのだが、どんなに強い力でも、たった一つの弱点が存在する。
プラン3はそれを利用する。
それはかなり致命的な弱点だ。
上手くいけば…異能を持たない俺でも、彼の防御を無効化して攻撃を浴びせることが可能となる。上手くいけば。
それには“美”を使用する。すなわち、美しさだ。
方法は以下の通り。
まず、殴る。
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
この時、体を意識する。体幹をフルに使って、殴るのに完璧なフォームを心がける。拳の軌道は数式にできる程正確に放物線を描く。体の捻りには黄金比も採用する。
空気抵抗は存在させないつもりで、むしろ味方につけるつもりで。足の置き方は体重移動に最適な形で配置する。
どんなハイスピードカメラで撮られようと、一コマ一コマがミケランジェロのダビデ像のような素晴らしい芸術作品になるように、相手に魅せる体型。そう、作品になるのだ。
本当に素晴らしい何かは、人を黙らせる。
そしてそれが『流れる物』『続く物』である時、人は黙って最後まで見届けようとする。
それを利用する!
「‼︎!!!!!」
体を作品にした───続きが気になる作品にした。
プロセスが、結果が、その全てが気になる作品にした。
ならば、彼はどうする?いや、思考する暇は与えなかった…無意識にどうしていたか、の方が正しい。
無意識に『能力を解除』しようとしたのではないか?
どんなに強い力でも、それを持ち主が掌握している限り、使わないという選択肢が発現する。それが弱点だ。
さあ、無理やりその選択肢を引き出せたかどうか。
結果やいかに。
「…………!」
〈6-4〉
刀を殴ったが、刀が破壊されれば当然砕けた刃はそれを持つ茅蜩黎明の元へ飛んでいくし、そもそも起きた風だけでも大ダメージを与えられる計算だ。
そして俺の皮膚は刃物では切れない。
だからこの状況は一体何が起こったのかわからない。
『刀』は『破壊』できた。
『俺の拳』は茅蜩黎明に当たって『止まって』いた。
『茅蜩黎明』は『無傷』だった。
「─────!」
「…お主に、経緯を表する…まさか、心で押し負けるとは、思わなんだ。お主は、拙者の心を砕いた…」
「ど、どういうことだ!」
恐らく自分が負けたというのはわかったが。
気が動転していた。
「拙者自身にかかっている『司ル者ノ楯』は常時発動で、防御に関しては当人の意思に関係なく発動する仕様になっておる…だが、刀の方は拙者の意思が必要で、お主はそれに勝って、この刀を砕いたということだ。お見事」
「〜〜ッ!」
完全敗北だった。
どうしようもないほど負けた。
いや、まだいけるか?
プラン4を考えて…でも、3が通じなかった以上、もっと高度な方法を取るとなると、俺はそのうち自爆することになる。
どうする。まだどうしようもあるはずだ。
「ん?次の対抗策を考えておるのか?全くお主も負けず嫌い…というか、執念深いのう。しかし、諦めないだけでは世界は渡っていけんぞ」
「うるさい………………⁉︎」
「気づいたか」
俺の体に、異変が起きていた。
いや、これといって何かが変わったわけではない。しかし変わらないことが問題なのだ。
ビクともしない。ビクとも変わらない。
「う、動かねえ…⁉︎」
体が止まって動かない。まるで凍ったように。
「だから言ったであろう。『司ル者ノ楯』は攻撃してくるエネルギーを吸収すると…自分以外にも付与できると」
「ま、まさか俺のエネルギーを吸い取ってるのか!」
「その通り…まあ、正しく言えば、先ほどの攻撃に使っていた体の箇所が、その体勢を維持する以上の筋力を使えなくなっているといったところだ。攻撃時から吸い続けているゆえな。さて、お主、話の続きをすると…」
まさかの大ピンチだった。
完全に油断した。ダーク・バランスは防御しか使えないというから、それを拘束に転じられるなんて、考えもしなかった。
いや、それは嘘だ───俺は刀を破壊できて、浮かれていたのだ。一泡吹かせられたと。
あれだけ、結果より過程が大事とか言っといて。
それでも結果を蔑ろにはしないとか言っといて。
俺は、なんと愚かなことだろうか。
「諦めないだけではなく、諦めることもあった方がよい…知っておいた方がよい。はっきり言って、敗北経験は大事だ。負け知らずは雑魚と言っていい。猪突猛進で成功を重ねることが悪いとは言わんが、まっすぐ車道に出て死ぬ猪もいるのだ」
「…面白い例えだ」
さてどうしようと迷っている暇はなくなった。とにかくここから脱して、反撃の機会を狙わなくては!
「まだわからんか!お主はもう既に負けておる!」
「俺が認めるまで負けじゃねえし!」
脱するには、脱することだ。
全身の力を、抜く────茅蜩黎明が吸収できるのは攻撃に使われるエネルギーのみ、つまり周りに普通に存在している重力は無効化できない────俺は膝から崩れ落ちる。
と同時に、後ろへ飛び退がり、距離を取る。
「…………それでどうするつもりだ。もう攻撃手段はないであろう!さっさと諦めろ!うっとおしい!」
「諦めるかよ…!俺は!車をも弾き飛ばす猪になる!」
そうだ。
まだまだ。勝つ方法を考えよう。
非現実的でも、非人道的でもいい。俺の身体五感異常があれば考えつくことはなんでもできるはずだ!
「─────!」
思いついた。
まさか、こんな方法があったなんて。
「…馬鹿が!勝手にやってろ!」
距離を詰める。
そして────連打する!
今度はフォームに気を使わない。とにかく速度だ。速く速く速く速く速く!とにかく顔面を殴り続ける!もちろんそれでダメージは入らないし、それ自体に意味はない。だがとにかく殴る。その動作が大事なのだ。
顔面の、あらゆる場所を殴る。何度も何度も!たとえ茅蜩黎明が体勢を変えたとしてもそれを追いかけて殴る!
風速を超えろ、雷速を超えろ、光速を超えろ!
するとどうなる⁉︎
邪魔になってくるよなぁ!!!
「フン、何をするかと思え…ば………⁉︎」
「やっと…気付きやがったな…茅蜩黎明!」
「い、息が…⁉︎」
「そうだ!」
顔まわりに拳が行き来するということはつまり、その拳がある空間には空気は存在できないということだ。なら、顔まわりの空間に乱撃を加えたなら、空気は無くなる!
「…ぐっ、甘い!」
「!」
彼は、退避した。口周りを腕で隠して。
それで打撃を当てさせず、息を吸うつもりだろう。
だが甘いのはそちらの方だ。
俺が風圧で校舎を破壊したことを忘れたか。
「…⁉︎」
腕を使えば、竜巻ぐらい起こせる!
「──────⁉︎」
「台風の日に息苦しくなったことはないか?この突風はお前に君に吹いているわけだが、同じ現象が起きるはずだ」
「ぐ、ぐ、ぐぇっ、ぐううう!」
「そんな馬鹿みたいな方法で、負けてたまるかって思うだろ」
「!」
「負けてもいいとは、思わねえよなぁ」
「───ぐ、ぐぁあああああああ!」
「そういうことだ。まあ馬鹿みたいな方法ってのは勘弁してくれ…ここ最近俺は『見下す思考異常/一色強引』を直す為に、低俗な文化とやらを知るためにギャグ漫画を読み漁っていたんでな。その影響だ」
歩み寄ろうとしているから勘弁してくれ。
それまでは許してくれ、諦めてくれ。
俺だって人を見下したくはないんだ。
「まあでも、あのジャンルはあれはあれで面白いんだぜ?それになんだか俺に似ててよぉ、高潔さを諦めてる感じが。
滑稽だよな。笑っちまうぜ」
「がああああああああああああああああ!!!!」
〈5-7〉
「わあ、勝っちゃったか……異能の使えない覚醒者が、防御の専門家に……これは驚いた」
「そうか?『全ての覚醒』は大抵の異能は超えてるスペックだと思うけどな」
テレビ中継で一部始終を見ていた俺、薙紫紅はテレビに向かって座りながら偉そうに批評する。巫も同じだ。
「逆に時間かかりすぎだぜ、烏丸君、聡明なはずなのに、どうしてあの程度の作戦がラストまで思いつかなかったのか…」
「さあ?自尊心が足りなかったんじゃないか?思考異常にカムフラージュされて、実際のところ実力の割に自信がついていなかったことがわかりにくくなってただけで」
「一色強引を知ってるのか」
「知らないわけがない…というか、人間なら大抵が持っている思考異常だろう?どこで身につくのかは知らないけど」
「まあ凄く小さく存在しているってケースまで持っているという風に言い表すならそりゃそうなんだろうけど」
「見下したいものだよ。誰だって」
「…まさか、逆に、自信がないから思考異常が強くなったとか……?」
「ありえるね。というかそれで確定だろう」
ならば、もし彼が真人間になれた場合、それは唯一彼を化け物扱いせず、依存されるまで褒め続け期待し続けた父親のおかげなのかもしれない。
…しかし褒められる為にはやはり結果が必要である。どういったって、頑張った過程があったって、出てくる言葉は「次は上手くいくといいね」に過ぎないのだ。完全に上手くいったことを称えられるにはやはり過程ではなく結果がいる。そこはどうしてもそうだ。
そしてそれが子供の頃から皆平等にそうなのだから、なるほど、そりゃ彼のような人間がいるのも納得できる。
最終的に、家庭より結家な彼が出来上がったわけだが、さあ、今後どうなるかが気になるところだった。
「さて、一戦目が終わったところで、まあ勝敗は、実際でいくなら烏丸君、気持ち的な面では黎明の勝ちかな」
「気持ち的な面…?」
「だって彼は『斬られた武士』を否定できなかったからね」
「…おい巫くん、何か勘違いをしてるようだけど、俺たちは別に学園を守りたいだけで、お前らの正義を否定したいわけではないよ」
「ん?危ないからやめてほしいんじゃなかったのか?」
「それはついでだ……そもそもそれについては俺は何も言えねえし、それ以外についても俺は何も言えねえ」
「なんで」
「お前らは原始的だったり暴力的だったりするだけで、基本的には俺も正しいと思うからだ」
「……へえ、つまんないな」
「つまんなくて結構」
「…………まあでも、みんなが同じようなダーク・バランスとは思わない方がいい。中には間違ってる奴もいる」
「え?それは意外だな…お前の口からそんな言葉を聞くとは。びっくりした。ちなみに例えば?」
「ほら、テレビを見な」
「………」
見ると、どうやら第2戦が始まろうとしていた。
2人の魔法使い、すなわち夏枷遊華(日本名、ニックネームはユーカ)と椎名冬空(日本名、ニックネームはふゆりん)の向かい側に立っていて、同じく短い杖を構えている女。
「ダーク・バランス、暁紗里。魔女だ。僕はあいつは個人的にあまりよろしくない自己犠牲の仕方をしてると思う」
「…それはどういう…」
「差別を利用する。彼女は被差別者になるんだよ」
「……」
なるほど、正義感と、決定論が相まって、差別や加害者被害者の関係をわざわざ作り出す行為が嫌いなのだろう。
気持ちはわかる。
さあ、次の戦いが始まろうとしていた。




