第無話【僕たちはダーク・バランス】机上論
「あれ?巫?お前、巫槍だよな⁉︎おいおい、久しぶりじゃねえか!」
声が聞こえた。
僕の名を後ろから呼んだのは、同志であった。それは即ち、ダーク・バランスの同志であり、自己犠牲の同志である。
12歳の時以来、会っていなかった友達だった。
「愛谷」
「そう!愛谷祐樹!」
「懐かしいね。祐樹。久しぶり」
「おいおい、今まで何してたんだ?」
「……ちょっと封印されていたんだよ、うっかり全能に味方しちゃってね」
彼の名は愛谷祐樹。僕の仲間だ。
まさかこんなところで再会できるとは思っていなかった。
「ぜ、全能…よく無事だったな…」
「無事だよ。僕に傷をつけられる人なんていない」
「まあ、それはそうか」
正確にはボコられたんだけど、それくらい見栄を張ってもいいだろう。嘘でもつかないとやってられない。
「で?こんなところで何してんだ?やっぱり人助けか?そりゃそうだよな。おいおい、自己犠牲は健在かい?」
ここはカンボジアである。
何を隠そう、僕は各方面を脅してエイズの治療薬を持ってきた所なのだ。カンボジアにはエイズ患者がたくさんいるから。
でもそのうち日本にも持ってって、その時に『あれ』をしようと思っていたが、そうだな、気が変わった。
「……それもそうだけど、実はダーク・バランスを集めていたんだよ。祐樹、君に会えてよかった。実は一つ、協力してほしいことがある」
「んん?おいおい、頼み事か?俺にできるくらいの?」
「ああ。具体的に言うなら」
日本の阻害地区を破壊したい。と、僕は言った。
「なんだ、そんなことか。じゃあ俺にもできる」
と、彼は言った。
〈We are dark balance〉
僕、巫槍が直々に、ダーク・バランスとは何かについて解説したいと思う。
ダーク・バランスとは組織ではない。まして異能ではなく、技術でもない。そして、ダークでもない。
ダーク・バランスとはつまり、考え方なのだ。正確に言うなら、ある考え方を持って行動する人間のことを指す。
ある考え方とは、自己犠牲の精神だ。
もしくは思考異常であり、脳内疾患だ。
我々は『共通の敵になる』ことで敵同士だった人々の対立を消すことを生業にしている。
だから活動目標は基本『悪い状況』の殲滅である。
それだけ聞くとなんだか正義の味方のようだが、実際には正義の味方でも悪の味方でもなく、全ての敵なのだ。
しかし僕や祐樹のように過激な奴は中々いない。
殆どのダーク・バランスは法に触れるようなことはしないし、敵を作るにしても限度がある。勿論それを、保身に走ったなとか、結局自分優先かよとか、そんな風に言ったりはしない。
間違っているのは、僕たちの方なんだから。
だから今の彼は恐らく僕を止めるだろう。
「しかし、阻害地区ってことは、天角学園があるだろ?さすがに2人じゃ厳しいんじゃねえか?
「そうだね。せめて5人は欲しい」
「誰を考えてる?」
「茅蜩 黎明、暁 紗里、翼村 未玖あたり」
「おお、黎明を呼ぶのか。懐かしいな」
「黎明とも、中々会ってないな…全く、封印が結構強くてびっくりしたよ。まあ天使だから仕方ないか…」
「あいつは今も武士してるぜ」
「へえ…侍になるって、嘘じゃなかったんだ」
仲間が必要だ。
できるだけ強力な仲間が。
何せあちらもかなりの物だ。須川朝登にキャサリン・ヴァルキューレは勿論のこと、確か巡野英成もいたはずだ。
誰かって?天角学園の猛者だ。
しかし彼については考えなくて良さそうだ。むしろこれは本来彼の仕事でもあるのだから。
あと気をつけるべきは、そうだ、生徒会長……彼女は他の生徒とは一味違う。戦闘は無いにしても、何かしら接触があると考えた方が良いだろう。
それぐらい、か。
「薙紫紅は?それと、キャンディ・ベルもいただろ」
「その2人は無害だ…彼らは決して戦力にならない」
「他の生徒達は?除外してるようだったが、封印までいるんだろ?結構な強敵じゃないか?」
「いや…理事長を倒さない限り、彼は封印を解かない。それにもし解けたとしても、僕がなんとかする」
「ひゅー、おいおい、たいした余裕だな」
「ああ。だって僕たちは、やるときはやる男だろ?」
「おいおい、僕たちは?」
「……そうだったね、言うセリフが違ったよ。
だって僕たちは、ダーク・バランスだ。」
〈6-4〉
俺こと薙紫紅は作戦会議を開いていた。
天角学園の視聴覚室に6人が集まって、円を描いて座っている。5人とは、俺、夏枷、椎名君、烏丸、そして、
「……で?どんな奴がやって来るって?全部俺がぶっ殺してやんよ、クールにな」
「殺しは、違うんじゃないですか?紅さん」
「ああ。一旦落ち着いてくれ」
林道栄徹に、近藤いつみだ。(補足しておくと、林道栄徹は少人数精鋭の殺人者組織アスクブランクのリーダーにして、自己完結の思考異常者である。封印能力【具現隷骸】を持っており、事実に例外を生み出せる能力である。第二話時破田編参照。近藤いつみはそのアスクブランクを中心として天角学園全体を監視する政府のスパイであり、炎の能力者である。ファザー・エルシスという炎を使う竜の力を取り込んでいて、殺人術は人体発火現象である。同じく第二話時破田編参照。)
え?烏丸についての補足もいる?仕方ねえな(烏丸憂は3組覚醒者クラスの代表であり、体の全ての機能が尋常じゃなく強い。噂では空気を蹴って空を飛べるらしい)
彼らを呼んだのには理由がある。
舐めないからだ。
相手に全力でぶつかってくれるからだ。
「みんな聞いてほしい。この学園に今、最大の危機が迫っている。だから力を貸してほしい。いいか?」
「御意」
「もちろんだ」
「うむ」
「う、うん!」
「ちょっと待った」
口を挟んだのは林道君だった。ちょっと待つ。
「無条件にいいぜとは言えないぜ────敵が来るってんなら、もしくは狂ってんなら、その詳細を寄越せ」
「君ならそう言ってくれると思ってたぜ、林道君。そして、それこそが今回の件で一番大切なことだ」
「ん?」
「相手の名はダーク・バランス。史上最悪にして史上最優秀な犯罪者集団。わかりやすく言うなら、義賊、かな」
「盗みか?」
「時には。でも、彼らが一番得意とすることは、終戦だ。」
「終戦…?それは、どういう規模の話ですか?」
「どんな規模でもだよ。彼らは争いや蹂躙、理不尽を見つけては、法に触れてでもそれらを解消する。戦争も、貧困も、はたまた小さな喧嘩でさえもだ」
「どうやって」
そう、それこそが一番重要なポイントで、一番厄介なポイントだ。彼らはとんでもない手段を使う。
「悪役を引き受けるんだよ。例えば薬物を売るマフィアが居たならその重役に『なって』内部から組織を潰していくし、戦争が起きていれば両方を襲って同盟を組ませる。そして悪役としての伝説をその土地に残したまま、悪い奴のまま去っていく。自己犠牲と言えばわかりやすい」
「なんでそんな遠回りなことをするんだ?」
「自分の主観で正義を働くとロクなことにならないから…とかいう感じの理由だったかな。」
「正義?」
林道君がそう口を挟んだ。
「ああ。しかし、ここで言う正義は君ら自己完結の正義とは違う。彼らは正義と悪で区別するのではなく、正義と非正義で区別する。まあ、独特な考え方だから、俺もよく分かってないけど…」
その時、ドンっと林道栄徹が机を叩いた。
何事だ。
「いいぜ。やってやる。なんだか知らねえがその感じだとどうやら自己犠牲ってのは自己完結の逆みてえじゃねえか」
「……そう、かも、しれないね」
「じゃあ俺が出ないわけにはいかねえだろ」
「ありがとう。じゃあ、作戦を伝える。いたってシンプルとは行かないが、簡単な作戦だ──────相手は異能力者5人程度。しかし気を抜いてはいけない」
〈5-2〉
「しかし、かんなぎ、なぎし、似てるな」
「ああ言われてみれば…」
「何かの運命かもな」
「まあ確かに、あいつとは運命じみた縁を感じるよ」
「おいおい、女だったらハーレム入りしてたんじゃねえか⁉︎あっははははははははは」
「…誤解があるようだから言っとくけど、紅くんはハーレムを築いてないよ」
「え⁉︎」
そういえば彼は頑張りの割に人から好かれないことを嘆いていたっけ…なんとなく残念な奴だよな紅くんは。
しかし思えば彼との交流は薄いものだ。
たまたま事件で知り合って、その後遊園地で遊んだだけだ。お互い強烈な個性を持ってたからよく覚えているだけで、そんなに長く一緒にいたわけでもない。
「おいおい、よく言うぜ。そのあと思考異常を感染させたり、渾身の一撃を防いだり、夢に出てきたりしてたんだろ?」
「………」
思考異常の件はそろそろ許してほしいものだ。
仕方なかったのだ。あそこで自己犠牲を移しておかなければ、彼はきっと庵内さんの完全悪の影響を強く受けてダークサイドに落ちてただろう。
「今でも割と落ちてる気がするけどな」
それに、彼は犯罪者擁護をしていた。僕のもう一つの思考異常・決定論を移しておかなければ、彼の後の人生は確実に刑務所で送られていただろう。
「自己犠牲に決定論…お前の思考異常を少しずつ受け取って、混ざり合った結果できたのが『悪の味方』か。じゃあ、薙紫紅もダーク・バランスってことになるのか?」
「いや」
僕は否定する。彼は違う。
「違うよ。むしろ真逆だ。……だけど、彼はそれでいい。だからそれを自覚させるために、スカウトでもしてみるつもりだよ。俺とお前は似た者同士だとか、言われたら嫌だからね」
「ひでえなぁ」
「うん」
酷いのは僕だ。それは知ってる。
〈6-3〉
「……なあ、お前さっき最大の危機とか言ってたよな」
「言ったぜ」
「で、今はなんて言った?」
「来る奴らは異能力者5人程度」
「おい!」
なんだか林道君はお怒りのようだった。というか、他の4人が何も言わないことの方がおかしかった。
林道君は言う。
「つまり、封印ですらねえってことだろ」
「そうなるね」
「それなら、俺1人でも…なんなら、お前1人でも対処できるじゃねえか。何が最大だよ」
「それでも最大なんだよ。たとえ力は強くなくても言葉が強いのがダーク・バランスだ。あいつらに言いくるめられない為には相当な精神力が必要になる。力ずくで侵略されるよりも平和的に潰される方がよっぽど厄介だ」
「…よくわかんねえ感覚だぜ。もういいや、考えるのはやめる。で俺らは何をすればいい?」
「1人につき1人、相手と戦ってほしい。ああ、夏枷と椎名君はセットだけど」
「相手の異能の特徴とかはあるのか?」
夏枷が言う。
「ある。奴らは、防御しか使わない」
「ええ…?」
「もちろん防御で攻撃したりはするけど、基本的にこちらから手を出さない限りは奴らは何もできない」
「それってなんか、逆に厄介だな」
烏丸君が言う。
「だって、彼らはなんなら言葉だけでも十分なのだろう?我々を潰すのには」
「そうだな」
そうだ。言葉は攻撃ではない。
攻撃性を持っていても攻撃ではないのだ。
そして彼らはそれで十分で、我々はそれじゃ困る。
「だから力ずくで追い返すしかないってことですか?でもそれは、なんだか言論の放棄のような気がするけどなぁ」
近藤いつみが言う。
「だいたいなんで我々なんです?話し合うなら『言論の達成』を使えるキャンディ先生がいるじゃないですか。それに我々は林道君を除けば全員普通の異能力者ですよ?キャサリン・ヴァルキューレだとか桜原棘だとか、もっと強力なメンバーはいるでしょうに」
「キャサリンは天使と戦って殆どボロボロになった能力の修復をまだ終えてないし、桜原は味方をしてくれないだろう。それに、この2人にはこの作戦に適さない共通の理由がある。そしてそれはリリー達にも当てはまることだ」
「ん?なんだ?」
「倫理観の欠如だよ。キャサリンは異能解放という大事件で8人も殺してるし、桜原は言うまでもなく殺人鬼だ。リリーと時破田は命を簡単に蘇らせることができるから命を軽々しくみているきらいがあるし、シモンは食べられるために生まれてきたという意識がまだ残っている。」
とここで、やはり林道君が口を挟んだ。
ど正論を挟んだ。
「じゃあ俺やお前はどうなんだよ。俺だって殺人鬼だ。そしてお前は悪の味方なんだろ?」
「俺がいるのは、俺がダーク・バランスのリーダー巫槍に似ているからだ。下位互換と言ってもいいかな。そういう存在が、言論の上では必要だ。君は仕方なくだよ。相手も恐らく封印能力者を連れてくるから強い人が必要なんだ」
それに最近は常人の文化に興味を示して殺しを行なっていないと聞いたから。そして、自己犠牲と自己完結がぶつかったら何が起きるのか興味がある。
「じゃあ、キャンディ先生は?あの人も昔は暗殺者だったらしいが、言論の達成なんてもんがあればそんな事は弱点にならねえだろ?」
「いや、なる。というかそれさえなければいいんだ。それがあるから、あの人は巫に通用しない。実は巫槍は達成による封印を破れるような奴なんだよ。殺人鬼なんて弱点があれば、そこを突かれて言論の達成は意味をなさなくなる。」
「なんだそりゃ…そいつ何者だ?」
「ただの正義漢…のはずなんだけどね」
〈5-3〉
「さぁて、ついにこの日がやってきたなぁ、おいおい、緊張してきたぜ」
「はやいよ」
今日は集めたメンバーで作戦会議するだけなのに。
さて、あれから数週間が経った。僕と祐樹は言っていた3人を探し出し、協力を要請して、今日、この阻害地区永代市市のショッピングモールのフードコートに集合するよう指示を出した。
「こんたちは、暁です」
「おいおい、紗里ちゃんか?でかくなったなぁ」
「愛谷さんも。お久しぶりです巫さん」
「やあ。まあその辺座りなよ」
暁紗里。
「ぬしらであったか。我を呼びつけたのは」
「侍が板についてきたじゃないか」
茅蜩黎明。
「よう。久しぶりだな。」
「どうやら能力は健在のようだね」
翼村未玖。
「ということで、阻害地区を潰したい。みんな協力してくれ」
「おいおい、今更かよ!」
「勿論だ」
「任せておけ」
「反対です」
僕の次のセリフを邪魔したのは暁紗里だった。
「いや、そもそもですね、私たち、要ります?皆さんには悪いですけど、愛谷さんも茅蜩さんも翼村さんも私も、巫さんの足手まといでしかないでしょう?」
「……言ってくれるな」
「ごめんなさい。でも、実際そうじゃないですか。巫さん。あなた1人で行けばいいのに。その方が絶対成功率は上がるでしょう。なんでわざわざ敗因を増やすような真似を…」
「君は顔の割に性格悪いよね。でも確かに言う通りだ。普通なら、悪いけど僕単体の方が仕事しやすい。足手まといとは言わないけどね。だけど今回は別だ。
1人、絶対に論破できない奴がいる。
そいつは僕によく似ていて、それでいて自分のしていることに自信が持てていない。実際には真逆のことをしているんだけど、それでもだ。彼は僕に似ている。
だから彼だけが僕を否定できる。だから怖い。天敵と言うべきかな。だから、彼の前で僕はどうなるかわからないから、仲間が必要なんだ。ひょっとしたら意気消沈して帰ると言い出すかもしれないし、激昂して破壊活動を働くかもしれない」
「それを止めろってことか」
「無茶を言いよる」
「……なるほど、わかりました。失礼しました」
「ああそれと、向こうは逆に有利になるから、僕と彼はタイマンで戦うことになるとは思うけど、一応君たちも気をつけておいて。彼は恐ろしく自己犠牲について否定的だから…」
〈6-4〉
私、1年1組技術使いクラスの叶屋柳が何故こんなタイミングで語り部になるかと言うと、ちょっとしたわけがある。
(私については第一話参照)
急な登場で申し訳ないけど、しかし私も焦っているのだ…先ほどから、何者かにつけられている。しかも、ストーカーの技術を使って逃げているが、全然巻けないのだ。
「おい」
しかも声をかけてくる始末である。
もう、覚悟を決めるしかないか。
「何?私今忙しいんだけど………えっ」
そこにいたのは、1年2組のクラス委員長にして封印能力者の林道栄徹だった。嘘だろ。
「叶屋さんだよな?俺は林道。ちょっと頼みがあって来た。お前の力に頼りたいんだが」
林道栄徹⁉︎
封印能力者の─────その目の前にいるのは私である。間違いない。実は後ろのやつに用があったとかそんなことは一切ない感じだった。私の目を見ている。
力を?どういうことだろうか。私の筋肉を全部もぎ取って額縁に入れて家に飾りたいということだろうか⁉︎
「いや、俺は確かに殺人鬼だけどそこまで猟奇的じゃねえよ……普通の意味で、力を貸してほしい」
「…何?なんのつもり?」
「懇願してるつもりだぜ…話を聞いてくれるか?」
ここで引き下がってもいい事はなさそうなので私は逆に怯えず堂々と振る舞うことにした。
「舐めないでほしいわ。私だって凶悪犯罪者よ。そして商売人でもある。ビジネスよ。とりあえず金を出しなさい」
「ほれ」
彼は3万円を出してきた。甘い。
「足りない。ケタ一つ間違えてんじゃないの?」
「じゃあほれ」
ケタを一つ増やしてきた。私は受け取った。
彼はあまりいい顔をしていなかった。
「…お前、金しか信じられないタイプの人間か?」
そしてそんな失礼なことを聞いてきた。しかしその推測は外れていたので私は素直に否定する。
「まさか。お金より信頼してるものはいくらでもあるわ。たとえば、情報、自らの実力、社会の脆弱さ、そして───」
「そして?」
「───────『金づる』」
「…よしわかった、俺はお前の顧客だ、金は払うし金づるになる。だから、本題に入ろう。」
「言っとくけど私はストーカーよ。できることと言えば個人情報を売ることぐらい。戦闘面はからっきしだから」
「俺が頼みたいのはその個人情報だよ」
よかった。
それなら役に立てそうだ。
殺されずに済みそうで、良かった。
「『俺の』───個人情報だ。俺が今まで送ってきた人生の詳細が知りたい。事細かにだ」
「なんで?」
「なんとなく気になったからだよ。なんか、ポッカリと忘れてる部分があるっぽいんだ。それに気づいたのはまあついさっきなんだけど…とにかく、忘れちゃいけないことを忘れているような気がしてならねえ。頼まれてくれるか?」
「わかったわ。でも、それ自体はお安い御用だけど、金額はお安くないわよ。大丈夫?」
「封印能力者にそれを聞くか?」
「はは。それもそうね。じゃあはいこれ」
私は持っていたカバンからUSBを取り出し彼に手渡した。彼は疑問の表情を浮かべていた。
「なにこれ?」
「データよ。あなたの個人情報まるまる」
そう言うと、彼は少し引いたようだった。
「……お前さ、よく人から変態って呼ばれない?」
そしてまた失礼なことを言ってきた。
だがやはり間違いであったので訂正を入れる。
「呼ばれないわよ。だって、会話も言葉も、全て情報だもの。私に情報を渡したくないから、誰も私と会話しない。それに、知らなかった?
私と会話した人間はみんなロクな目に合わないのよ」
「は、まるで呪いだな。俺に降りかからなきゃいいが」
「健闘を祈るわ」
祈りつつ───私は、こいつが近々痛い目に遭うことを拡散して、出番を終えたのだった。
〈5-4〉
「君に頼みがある」
「俺も、頼まれようと来ました」
「どうやら、利害は一致しているようだね」
俺は理事長室に呼び出されていた。
ダーク・バランスの話で。
「君も聞いているだろう?これから3回ほど世界を揺るがす事件が起こると…その一回目が、もう既に迫っていると」
「ええ。そして俺を拘束したいことも…まあそれは今は置いておきましょう。単刀直入に言います。
巫槍に関しては俺に任せてください。あなたの手は煩わせません。というか、手を出さないでください」
「そう言ってくれて助かるよ。任せていいんだね?」
「はい」
俺がそういうと理事長は微笑んで、席から立ち上がり、ポケットから取り出した二枚の紙切れを俺に渡した。
「…これはなんです?」
「一枚は果たし状さ。ダーク・バランスからの」
「!」
俺は手紙を開ける。そこにはこう書かれていた。
10/1、そちらへ向かいます。
「10月…あと一週間もある。私は今すぐにでも来ると思っていたが、仲間集めに時間がかかっているのだろう。何せ単独行動が基本で、世界に羽ばたく彼らだからな。
もちろんその日時より早く来るかもしれんが」
「いや、それは無いです…巫がそれを許可しない」
「なら確実だな。まあでも今頃は既に阻害地区内に入ってたりはするんじゃないか?」
「でしょうね…………ん?」
俺はもう一つの紙切れを見た。チケットだった。
「そっちは半額券だ。なんでも、君に会いたい人が永代市のショッピングモールのマッサージ屋で働いているらしい。
名前は、城之内智子さん、という。先日こちらに連絡を取ってきたんだ。人違いでないならぜひ行ってみるといい」
奴らが来る前に。
理事長はそう言った。
俺は理事長のそのセリフから、今ショッピングモールに行けば恐らくダーク・バランスに鉢合わせするんだろうなぁと予想しつつ、クリムゾンの呪いのせいで結局行くことになることを確信したのだった。
〈4-5〉
「……お出ましか」
「ん?おいおいどうした、つらぬっきー」
「変なあだ名をつけるな。いや、ちょっと用事ができた。席を外すよ。なんか適当に話し合っといて」
「おいおい、気をつけろよ?」
僕はフードコートの前を横切った『彼』らしき人物を追う。間違いない。あいつだ。薙紫紅だ。
彼はこんなところで一体何をしているんだ?
と思ったが、おそらく負荷能力クリムゾンの効果が発動して事件に巻き込まれているのだろうと結論づいた。
「…えっと………」
何やら手にカードのようなものを持っていた。
クーポンか何かのようだ。
なら、そこに記載されている地図を見ていたのだろう。
「あ、薙紫君⁉︎久しぶりじゃない!」
「ご無沙汰です、先生!」
すると、彼はまさかのマッサージ店に入っていった。そして、受け付けにいた大人の女性とは旧知の間柄だったらしく、そして久しぶりに会ったようだった。
しかし公共の場ではもっと静かにしろと言ってやりたい。うるさい。会話が丸聞こえだ。
再会が嬉しいのかもしれないが、それで自制が効かなくなるなら普段からびっくりマークを使わない話し方を心がけた方がいい。何を隠そう僕はうるさい奴が大嫌いだ。
因みに口うるさい奴は嫌いじゃない。
とここで、彼は店の中に入っていったので、僕は追跡を諦めた────そして数十分後、とっくにフードコートに戻っていた僕が発見したのは、さっきとは打って変わって不機嫌な様子で入り口を横切る彼の姿だった。どういうことだ?
店の中で何かあったのだろうか。
いや、何にしても僕には関係ないが、少しだけ気になったのであった。なぜ彼はあんな顔をしていた?
「知りたいか?」
と。席に座っている僕の頭上から突如声がした。
後ろに、誰かが、というかあいつがいる。
僕は焦って思考を張り巡らせる。そうだ。ショッピングモールのフードコートの入り口は大体二箇所ある。そっちから入って来れば普通に僕に気付かれずに背後を取れる。
若干早すぎるが、それで説明がつく。
しかしこいつ、僕の背後を取れるようになったのか。
「ちょっとした悲しい出来事があったからだよ…それはそうと久しぶりだな、巫。元気してたか?」
「…やあ、これはこれは、想定してたより早い再会になったね。紅君。僕はずっと元気だよ…君も元気そうじゃないか」
刀や杖を握る音が聞こえる。
茅蜩と暁だ。愛谷と翼村はじっと動かない。
「やめろ…まだ戦いはしない。こんなところで暴れるわけにはいかないからな…それを下ろせ」
僕がそういうと2人とも従ってくれた。
さてこの後ろの男、どうするか。
「懸命だな。そして俺も戦いはしない。今日は忠告に来たんだよ───警告と言ってもいい。お前ら、ウチを潰すつもりらしいな……だが、俺からあの場所を奪えると思うなよ。ある程度で止めとかないとその時は生きて帰れないと思っとけ」
明らかにイラついていた。
だからなんだという話だが、しかし簡単な話ではなくなってきた。何故このタイミングで、誰が、紅君の本気を引き出させるような真似をした?
誰が勝負に水を差した───誰でも良かった。
「君がそう言うことはわかってたよ。その上で来たんだ。君のような依存者を助ける意味合いもあるんだから、なんとしても成功させなければならないと思ってるよ」
「その感じだと準備万端ってわけだな」
「ああ。10月1日が待ち遠しい。君を潰す日が」
「正々堂々そん時ゃ戦ってやるよ。待ってるぜ」
そう言って彼は去っていった。
そして、角を曲がって姿が見えなくなるのを見届けて、愛谷が話し出した。
「おいおい、しっかりしてくれよリーダー。これじゃあまるで俺らが口だけの雑魚みたいじゃんか。本来なら、あいつが恐怖に震えて引きこもっちゃうぐらいじゃねえと…」
「祐樹。舐めちゃいけない。あいつは幼い頃から色んな種類の犯罪者に会い続けてきた人間だ。僕たちには威圧感なんてないんだから、ああいう態度を取られるのは仕方ないよ」
「そういうもんかね…おいおい」
「結果を出せばいいんだよ。大丈夫、そのうちわかるさ。ダーク・バランスの力って奴が。なんでも言わせときゃいい」
それに、僕に関して言えば、あいつは僕の力をよく知っているから、まず敵わないことはわかってるはずだ。自分で言うのもなんだが、僕、巫槍は、彼、薙紫紅の、
完全上位互換なんだから。
いや、やっぱり撤回する。恥ずかしい恥ずかしい。
〈5-8〉
「じゃあ、今は天角学園なんだ?」
「そうですね。楽しいところですよ」
俺はベッドに寝転びながら、体の凝りをほぐされながら、マッサージをされながら、そう言う。
城之内智子は、かつて世話になった、通っていた小学校の保険医だった人物である。
五年生になったあたりからクリムゾンの呪いが深刻化した俺は同時に両親と妹を失い、それから人に否応なく恐怖感を与え、会話をすれば思考異常を感染させてしまうという、恐ろしく不便な生活を余儀なくされることになった。
この頃から戦闘づくしの毎日になって、保健室にお世話になることが増えた。病院ほどではないにしても、多分、週に5回は行っていた気がする。…もうそれは通っていたな。
とにかく、何らかの拍子で戸籍が消えて、黒の実験場という危ない病院が使えるようになった時までおよそ1年間ほど、俺は保健室に通い詰めた。その時、俺と普通に会話できた変な人物が、保険医の城之内智子である。
結局彼女がどういう思考異常やらを持っているのか教えてくれずじまいで別れることになったが、まさかこんなとんでもない場所で再会するとは思ってもみなかった。
「ふふふ、友達はできた?」
「できましたよ。だから最高の場所です。俺にとっては……もちろん、今までにいた場所も悪くはなかったですけど」
「友達ができないけど俺は頑張る!ってずっと言ってたもんね。あはは。感慨深いわ」
「そうですね…やっぱ、いいもんですよ。俺は完全に1人だったわけじゃないですけど、それでも数人とだけしかコミュニケーションが取れないって、辛いですから」
「ふふ」
先生は微笑むと、その場を離れた。何かを持ってくるのか、カーテンの向こうから声が聞こえてくる。
「それにしても、成長したわね。小学生の頃は周りの子よりちっちゃかったのに」
「はは。まあ今でも、大体の周りより低いのは変わりないんですけどねぇ…3人ほどショタがいて誤魔化されてるだけで」
「それはよくわからないけど、なんだか楽しそうでよかったわ。今も呪いが続いてるのは残念だけど、それでもいいことあって…そうだ、今度、パーティでも開きましょうか」
「おお、いいですね」
「色んな人に会わせてよ。なんだか幸せなあなたを見ていると私も頑張れる気がするわ」
「………ええ、そうしましょう…」
俺は気づいてしまった。
気づいてしまった?あれ?いや、気づいた。
何故そんな、気付かなければよかったみたいな反応をしたのかはわからないがとにかく、気づいた。
城之内智子が俺に『銃口』を向けていることに。
無論、振り返ってはいない。しかし、さすがに銃の撃鉄を引いたら音でわかるし、本気度もわかるのだ。
おそらく今はカーテンは半端に開いている状態で、少し離れたところに彼女はいるのだろう。そして俺に狙いを定めている。
気付かないふりをしよう。
最後まで鈍感なふりをして、気付かないふりをすれば、達成によって銃弾は俺に当たる寸前で消え、2人の仲は崩れずに済む。なんで俺を撃とうとするのか、目的はわからないけど、とにかく現状を維持できる。
現状を維持できる。現状を維持できる。でもあれ?現状って何だ?現状ってのは、あの学校のことじゃないのか?
バァンッと音がした。
意外にも離れていたようで、耳は無事だった。
しかし、先生の様子はおかしかった。
「な…えっ⁉︎なんで…⁉︎」
そういえば先生は、俺が達成使いになったことを知らなかったのだった。そりゃあ焦るだろう。
「……甘いんですよ。俺に銃弾は通用しません。それぐらい調べときましょうよ。まるでやる気が感じられない」
あれ?
それは俺の願望か?
「くそっ、死ね!死ね!」
銃を乱射する───しようとする。しかし、今度は発砲すらできなくなっているようだった。
「さっさと死ね!死ね!」
「…ああ、わかっちゃいました、俺、懸賞金が出てるんですね?裏社会で…しかも高額で?もしそうなら、よかったですね先生、簡単におびきだせる奴がたまたまいて」
そんで殺せたらもっとよかったですね。
俺はそう続けた。
「く、くそっ!」
「………」
「なんでだよ!恩を忘れたのか!優しくしてやっただろ!さっさと死ねよ!借金返せねえだろが!」
「ほんとあんたは、俺じゃなきゃ救えねえぐらい救いようのない奴になっちゃったんだな……そういうの」
そういうの、なんだろう。
俺は言葉を失った。
「悲しい……………いや」
「おらぁ!」
彼女が最後の一発を放つ。ただし銃でではなく、近くに置いてあったハサミで。俺はそれを持つ手を叩いて弾き飛ばし、即座に回し蹴りを食らわせた。
「ぐ、はぁ……ぐっ」
「許せない」
思い出を汚されるのは絶対に許せない。
もうこれ以上許すわけにはいかない。
目の前にうずくまる女を見て、そう決心した。
「本当、今までありがとうございました。でも、もう二度と目の前に現れないでくださいね」
俺は、俺の大切なものを傷つける奴を許さない。
たとえそれが本人であっても、
恐ろしいダーク・バランスであっても。
「……あなたはもう変わってしまったみたいだから」
今回の総括はそんなところだ。
ひとまずこれが序論ということになる。
こんな最悪な仮定は、未だ嘗て見たことがなかった。




