第零話【達成使いは夢を見た】後編
〈3-1〉
学寮から飛び出した俺は天角学園の校門前に辿り着いた。否、校門前にしか辿りつけなかったのだ。中学生の女の子のような容姿をした一人の教師が、校門のど真ん中に立っていたからだ。
俺はそれを見てこう思う。
さすがに1人はいるとは思っていた。
予想は的中した。
そこにいたのは、うちのクラスの担任だった。
ホームルームでは全く分からなかったが、この先生只者ではない。なんだか、
俺と同類の人間な気がする。
一応天角学園に入るにあたって学校について色々調べようとはしたが、残念ながら俺にはハッキングの能力は無かったので、結局何もわからなかった。
教員に達成使いがいるかどうかも。
この学校の情報は、場所さえ、1週間前に郵便で届いた入学のしおりで初めて知ったぐらいだ。さすが異能が集う場所なだけあって情報管理がしっかりしてるな。
「先生、こんにちは」
「こんにちは渚くん」
「薙紫です」
「ああ、そうですか。それはごめんなさい。あなたのことは、『クリムゾン』という風に覚えていたので…薙紫くん。ですね。薙紫紅くん。」
「俺の全盛期をご存知ですか」
「もちろんですよ。生徒のみなさんについての情報は全てもう頭に入っています。教師として当然です!」
なんだよ。
いい人みたいに振る舞うなよ。
異常者だらけの学校なんかにいるくせに。
ちなみに全盛期というのは、まだ声変わりが始まっておらず、それでいて達成使いだった中1の頃の話である。
「…先生は担任以外に何か受け持っておられますか?生徒指導とか…」
「いえ、私は生徒指導ではありませんよ。でも…」
「?」
「達成使いの監視係ですね」
「!」
なんと。よりにもよってそんな役職の先生が担任とは…いや、俺がいるから担任なのか?
いや、なんにしろそれは困った。
いや、困ったどころの騒ぎではないかも…
これから理事長と生徒指導の先生をぶっ飛ばしに行くところなのに。
「…じゃあ例えば、俺が校内で教師とか生徒とかと喧嘩したら止めますか?」
「止めますね」
「俺が正義の味方だとしてもですか?」
「止めますね」
「じゃあ俺が悪の味方だとしたらどうしますか」
「…」
返答次第では久々に本気を出すことになるかもしれない。
今思い出した。この顔、間違いない。この人は、うちのクラスの担任は、
「キャンディ先生」
キャンディ・ベル。イギリスの殺人者数ランキングで、ついこないだまで一位を保っていた暗殺者だ。前におっさんに写真を見せてもらったことがあった。確か、厳重指名手配犯だった。
『他人任せの殺人鬼』だなんて呼ばれていて、仕事の依頼を受ければとにかく『偶然』で殺す暗殺者。もちろん、表に出ているランキングでの順位で、実際には先生より殺人者数の多い奴らはたくさんいるだろうが、情報が正しければ先生は『言葉』を操る達成使いだ。先生は少なくともイギリスで一番強い暗殺者だろう。
「…まあ、私はどちらかというと悪の人間ですから、味方をされてしまっては止める理由もありませんね」
「…」
よしっ
「そもそも紅くん。私はあなたと戦う為にここで待っていたわけではありません」
「え?」
「はい、これをどうぞ」
先生は、俺に手紙を渡した。その内容はこうだ。『リリー・シエルは預かった。取り戻したければ生徒指導室まで来い』。
「な、なんと古風な…」
先生は苦笑いする。
「全く困ったものですよねぇ。」
「…どういうことですか?」
「ほら、達成使いは頼られるじゃないですか」
「…んん…まあ…」
いきなり話題を変えて来た。いや、変わってないのか。
「大変ですよ、これから」
それは同情なのか、そうではないのか、そんなことは俺にはどうでもよかった。だって俺は、頼られたことなどなかったから。
俺は味方なだけ。正義の味方が正義になりきってもなりきれないように、俺は悪には、共感できない。だから、共感されない。
「紅くん」
「はい?」
「君はこの門を超えて行くのでしょうが、それがどういうことを示すか、もうわかっていますね?」
「…はい」
「なら、私にはやはり止めることはできません」
先生はどいてくれた。
あっさり。
「あなたはこれから理事長と、さらに2人の先生を倒すことをきっかけにまたいつか地獄を見ることになる。でも、私は君をとりあえず信じましょう。大丈夫だと。行ってらっしゃい。」
〈2568-2〉
担任の激励で怒りを忘れそうになった。
だから、仕切り直し。俺はまた駆けだした。
2人。先生はそう言った。もちろん嘘の可能性もあるが、まあそれを考えたらキリがないからとりあえずそこは無視するとして。生徒指導室の先生は2人いるらしい。
俺はとにかく走って、走って走って走って、南棟の三階にある生徒指導室についに辿り着いた。
走っている途中に時破田に連絡を入れたが、電源を落としているのか繋がらなかった。
よし。
「…ふぅううう」
とりあえず深呼吸をする。何を隠そう俺は、結構臆病だったりする。戦い慣れてはいるが、痛みには慣れないのだ。
そして、引っ越したせいで黒の実験場(だなんて物騒な名前の病院)による治療がもう望めない今、俺は自分に傷ができることが心底怖い。もし腕を落とされたら、もし足を切断されたら、そういうことを考えると本当に怖くなる。何を隠そう、俺の達成『マゼンタ・エモーション』は命を守ってはくれるものの、命以外は守ってくれない。
「…よし」
でももう落ち着いた。大丈夫。
本気で戦えば、多分大丈夫!
「失礼します!!!!!!!!!!」
ドアを蹴破る!だがしかし!そこには誰もいない!
破壊されたドアに驚く者もいない!
「うっそだろ…」
さっきの覚悟はなんだったのか。生徒指導室に来いとはなんだったのか。誰もいねえじゃん。
俺はそう思った。しかし、でも、もしかしたら誰か潜んでいるかもしれない。その可能性は十分にある。
俺は叫ぶ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
しかし、反応はない。俺は、焦ってきた。実際にはそんなに焦る事態ではないのだが、なにぶん俺は怖がりやなのだ。ちょっとでも物事が行き詰まると、怖くなってくる。
何度でも言ってやる。
達成は最強だ。達成があれば絶対に死なない。
しかし達成使いは決して最強ではない。
「…もういやだ」
なんでこんな、こんなことをしなくちゃならない。せっかく怒って飛び出してきたのに、なんでいないんだよ。
そんなことを考えている時だった。
俺に雨粒が当たった。
「…え?」
雨漏り。そのうち、ぼたぼた、と天井から雨が降ってきた。雨粒は地面に落ち、文字を作る。
『それでもクリムゾンかよ』
『バーカ』
〈3-3〉
「こ、これは…」
俺は驚愕する。当たり前だ。雨粒でメッセージを書く能力者にはこれまでに12人出会ったが、12人出会ったからといって慣れるものではない。
「でもまあしかし、怖い怖い言ってる場合じゃないよな…」
そろそろ真剣にならなきゃな。
しかしまあ、生徒指導室の先生方が俺の行動を見ていることはわかったから、これで俺の勝ちだ。
「よし!」
俺はポケットから取り出したかっこいいデザインの手袋をはめ、周囲を殴り、破壊活動を始めた。最初は、特に大事そうでもないものから。
机。棚。コーヒーメーカー。蛇口。蛍光灯。観葉植物。
次に、ないと困るくらいの大事なもの。
AED。謎の資料。USB。パソコン。
最後に、宝物のように大事なもの。
まずはこのスノードームから!
「そこまでだよ」
その声の主に、俺はその辺で止められた。
どうやらこのスノードームは大切な物らしい。
手を引きちぎられそうなぐらいの強さで掴まれているが、姿は見えない。魔法も超能力も感じないから、大方ステルススーツでも着ているんだろう。ラドえもん風に言うなら『透明なるマント』といったところか。しかし未来のデパートで売っている『きみつ道具』と比べるのはよくないか、裏世界の裏市場で売っている殺人道具は。
音すら隠す一級品のようだし、潜伏用のそれとは違いれっきとした凶器だな。なにより、これは『透明なるマント』にも言えることだが、自分自身と、ポケットに入れることのできる全ての武器が暗器になるというのは、肉弾戦主体の人からしたら脅威どころの話ではない。やばい。怖くなってきた。
ステルススーツを使う人と戦ったのはこれまでに多分200回を超えているけど、すっきりと勝てたのは3回ぐらいしかないんだったっけそういえば。
声から判断するに女教師のようだ。
握力は人間離れしている。
「お前クリムゾンとか呼ばれてた達成使いらしいな。薙紫紅君」
「…知っていただいていて光栄です」
「おいおい、つれない顔するなよ。まあもっとも顔を見せてない私が言うことじゃねえけどよ」
「…そうですね」
「クリムゾン君。お前、何か注文ある?」
「注文?」
「ああ。お前は予定通りリリー・シエルを助けにきて、この私とそれから都賀先生と戦わなくちゃならないわけだが…私と戦うにあたって、何かしてほしいこととかあるか?」
「…なら、諦めてください。」
「はぁ?」
「俺は先生となんて戦いたくないんです」
「ははっ…まあ、それはわからんでもないがな…しかし、こちとら給料がかかってるんだよ」
「…なら、やはり戦うしかないんですね…」
もちろん、これは演技だ。
戦いに慣れていることを隠すための。
そうしないと、俺には人間味が足りない。
「不本意かもしれんがな」
「なら、注文はたった一つです」
「何だ?」
「本気で取り組むこと。それをお願いします。つまらない結末は嫌ですからね。本気じゃなかったから負けたとか、調子に乗ってステルススーツを脱いだら負けたとか、そういうのは無しでお願いします。」
「…ほう」
俺の手に再び血が巡り始める。
女教師は消えた。いや、この部屋にいるはずだが、やはり裏市場の商品だけあって…
「…どこだよ先生」
俺はスノードームを破壊済みの机の上に戻し、警戒態勢を取る。小学生がよくやるあれだ。エセボクシングの構え。
「ほざくじゃねえかガキ!そんなことを一々言われなくても私はハナからちゃんとやるつもりだったっつーの!」
水が召喚される。水滴サイズだ。
部屋中で、それこそ雨漏りしたように。
そしてそれらは次第に形を変え、鋭利になっていく。そういえば『鋭利』で思い出したけど、時破田はまだ来ないのだろうか。もしかして何かあったのかもしれない。いや、来てもあんまり役に立たないだろうけど。
『こより』のような形になる。いや、渦巻きというべきだろうか。回転は加速する。
そして発射される。
怖い。
「うおおおおああああああ!」
これは恐らく致命傷になるような攻撃じゃない!この先生は俺との約束通り本気で戦ってくれている!命を取れないなら、できるだけ傷つけようと!
そしてそいつは俺と戦うにあたっては最適解だ!くっそー、今回からは治療も望めないってのに…
…いや待てよ。時破田に頼めば良くね?
あ、なんだ。
じゃあいいや。
俺は攻撃を受けた。
串刺し。
しかしそれでも軽傷である。
「…うーんんんんんんんんんんんんん」
「…」
「いやあ、困ったなー」
「…」
「クリムゾン君、これでバトルは終わりでいい?」
「…」
「いや、本気で取り組むつったってさ、やることやったしさー…ああつまんね。まあ、元々殺す気はなかったけどさ…でもそれでも最大威力を使っても意味ないなんてさ、そんなつまんないバトルある?」
「…これから俺の反撃ターンですよ」
「へえ」
「今から先生に一撃入れて気絶させます」
「やってみろ」
では、先生とのバトルもそろそろお開きだ。
体をいくらか貫かれたからかなり痛いが、それでも一応鍛えているのでなんとか動けた。
俺は教員用の椅子を持った。
「では、最後に先生の名前を教えていただけませんか?」
「最後じゃねえが…私は『美樹 巴』だ」
「ミキ先生ですか。ではミキ先生、あなたはリリーを攫うことに罪悪感を感じなかったのですか」
「感じたけど…でも仕事だし」
俺はそのまま真後ろの壁へ向けて椅子を叩きつけた。
壁へ向けて。
壁にはぶつからず、美樹巴にぶつかった。
「が…はっ…⁉︎」
攻撃面において限りなく貧弱な俺からしてみれば、ステルススーツに弱点は無い。
しかしそれを着ている人間は別だ。
人間はたとえステルススーツを着ていても背後に回るものだ。なにせ、ステルスしても相手からの目線は消せないのだから。
「ああそうですか。じゃあまた今度救いに来ますね。」
激怒復活。
脳天直撃。
さすがに防御はしたのだろうが、それは俺の腕を吹き飛ばすほどの威力だったらしい。だから無効化されたんだろう。
「じゃあ…失礼しました」
〈3-8642〉
ツガ先生。ミキ先生はそう言っていた。
破壊した机に書いてあった『都賀 生命』という名前の人物を指しているというのはわかった。もう確実だ。次の相手にして最後の相手は都賀 生命先生だ。お
走りながらそんなことを考えていたその時。俺が南棟の二階と三階の間の階段踊り場を通り過ぎようとしているあたりの出来事だった。俺が踏んだ階段の段の一つ下の段に線が現れた。
いや、線ではない。それは一閃だった。
あまりにも綺麗すぎる一閃。
景色がズレる。
パルン四世のコンニャク芋が切れない剣で切られた感じ。えげつない。
とても信じられないけど。
南棟の校舎が、崩れていった。
〈3-7〉
つまり放たれたのは一閃だけではなかったようだ。
しかし、なんという切れ味だ。広範囲攻撃で複数回ってことは多分飛ぶ斬撃を使ったんだろうけど、それでこの切れ味とはちょっと普通ではない。章まで切れてしまったみたいだ。
「…やはり、ここはそういう学校なのか」
残念だ。
世間から隔離されているから、もしかしたらクリムゾンの呪いも止まるかな、とか淡い期待をしていたけど駄目だったか。この調子じゃあ、3年間で事件が尽きることはないだろうな…
〈3-9〉
俺は崩れた校舎に埋もれていた。まだまだ斬撃が飛んでくる。多分、それをしているのは都賀先生だ。
もう放課後だから生徒もいない。思う存分剣を振るっているのだろうな。
「…俺を生き埋めにする気か」
そうはいくか。
俺は土竜のように校舎の山を掘り(殴り)進め、ついに山から抜け出した。
目の前には斬撃があった。
しかし、これこそ避ける必要はない。何度も言うが、俺に致命傷は存在しない。
「…」
崩れた校舎の近くにで日本刀を鞘にしまう男教師がいた。自分の放った一閃が当たる直前で消える様を目の当たりにしたその男、都賀生命は大して驚愕していなかった。
冷ややかな目をしていた。まるで、“これも計算のうち”とでも言いたそうな雰囲気だ。
「こんにちは先生。校舎が崩れるなんて今日は変な日ですね」
「そうでしょうか。ここでは、さほど珍しいことではありませんよ」
「生徒が誘拐されるのもですか」
「…」
「先生。先生はどうしてこんなことをするんですか」
「…その質問は美樹先生にもしたのですか」
「はい。」
「彼女はなんと?」
「金の為。と」
「…ほう。まあ、彼女らしいですね」
「話をそらさないでください」
「まあこの際言ってしまうと、封印能力者には3年間、教室内で暮らしてもらう予定なんですよね。能力を封印しながら。まあそれには理由があって、それはここで言えるようなことではありませんが。とにかく、リリー・シエルさんとそれから時破田心裏さんには教室から出てもらっては困るのですよ」
「…」
「もちろん教室とは言っても衣食住はきちんとできていますし、それが原因で死ぬとか飢えるとかいうことはないですね。その辺は理事長先生と私が保証します。なんなら外より充実しているようなものです」
「…」
「…とまあ。柄にもなく長長と話してしまいましたが、これらのことを薙紫紅君に伝えるように私は理事長に頼まれたのです。どうですか?引き返す気になりましたか?」
「…」
なれないな。この先生が今言ったことが本当なら理事長は思ったより人道的な人のようだが、少なくともリリー達が快適そうに暮らしているのを見るまでは。それと、だいたい、校舎の一角をぶった切った人を信じられるか!という気持ちもある。
不服な顔をしている俺を見て、教師・都賀生命はまるでマニュアルに沿った行動をしているかのようにこう言った。
「…わかりました。じゃあ仕方ない。続行ですね。」
咄嗟に!
都賀は前の空間へ居合斬りを繰り出す!
刀身が黒く染まっている刀によって出来た黒色の斬撃軌道はそのまま飛んで行き、それこそ殺人にうってつけの切れ味を見せる。
魅せる。斬撃は飛ぶ。しかし、これこそ避ける必要はない。当然俺はこれ以上被害を出さない為に、できるだけ早く決着をつけるべく駆ける。
ここからが正念場の終わりだ。
能力を統べる者を統べることのできる力。
それが達成だ。達成は異能ではない。
俺の達成は感情を操るもので、防御時にはとりあえず俺が死なないようになんとかしてくれる。そして達成だからなんとかなる。
よって、飛ぶ斬撃だろうがなんだろうが大丈夫。でも、これは俺もさっき気づいたことだけど、南棟が破壊されたということはつまり、飛ぶ斬撃を俺が避ければ職員室のある中央棟に向かうということだ。これもさっき気づいたことだが、職員室には電気がついていた。恐らく教師がそこにいるのだろう。
つまり、俺は飛ぶ斬撃に触れながら消しながら先生に近づかなくてはならない。後ろの校舎に斬撃が当たれば大惨事だ(まあ担任の先生は達成使いのようだから心配ないだろうけど)。だがそれでは防戦一方になるので、できる限り早く先生は殴り飛ばさなければならない。
進む!しかし思ったより距離があって、斬撃抜きにしてもなかなかたどり着けない。話していた時は気にならなかった程度の距離のはずだが、しかしどうやらそれは、入学式の後ということもあって生徒が俺の他にいなかったことと、風が吹いていなかったことに起因していたみたいだ。体感距離は10m、しかし実際は16mぐらいはあったようだ。あの先生も結構声を張り上げていたんだな。
そんなことを思っている間も。
俺は前へ進めない。
飽きてきたのかそれともしびれを切らしたのか、都賀生命は刀に纏っていた魔法を解き、刀を本来の色である銀色に戻して俺へ向けた。
「!」
そんじょそこらの人間では絶対に生まれない発想。やはりこの人は、いや、この人だけではなく、この学校の人間はみな常識というものを持ち合わせていない!
この人は、俺を刺すつもりだ。
あの冷徹な目をしたままで!
「ぬおおおおっ!」
先生は、刀を刺しますと言わんばかりに前に突き出し、俺へ向かってかけてきた。10数メートルの距離だから、勝負は一瞬で決まる!
〈3-15〉
刺しやがった。本当に、腹にぶっ刺しやがった。でも、それを見て一番驚いていたのは刺した本人である都賀生命だった。
何故なら。
それは俺にとって刀で腹を貫通されることは致命傷ではないということを表しているのだから。
俺が持っているのは負荷能力と達成で、決して体を治癒する能力なんてもっていない。だからこれは、少し二つの力を合わせてズルをしたんだ。
達成は致命傷から俺を守ってくれる。でも、その力には一つだけ例外がある。俺が死のうとしている時。つまり自殺したい意思がある場合は、致命傷であっても相手の攻撃を受けることができる。俺はそれを利用したまでだ。
もちろん、こんなありきたりな救出劇で死ぬ気はない。さらさらない。死んでたまるか。だから、これは賭けだ。次のクリムゾンの呪いが発動し、次の事件が解決するまでに誰かに治療してもらえれば。俺は助かる。
だから、できれば都賀先生とのバトルは長引かせたいんだけど…
「…お、お前…どういう…⁉︎」
そういうわけにもいかないだろう。
終わらせよう。右手で殴る用意をし、左手で教師都賀生命の剣を握る手を掴んで逃げられなくする。
「その勝負、そこまでだ」
しかし。俺が都賀先生を殴ることはなかった。
何者かの乱入によって、勝負は中断された。
「!」
地面から、大量の鎖が俺と先生に巻き付いてきた。
そこから先の記憶は途切れていた。
〈444-2〉
天角学園の教室のようだ。
確か俺は春休みに出会った時破田心裏という女子の同級生から頼まれてこれまた同級生のリリー・シエルという女子を生徒指導の先生と理事長から取り戻しに出陣して女教師美樹巴と戦って勝利して男教師都賀生命に日本刀で腹を貫かせてあともう少しで勝利というところで地面から出てきた謎の鎖に襲われて…
「自分の人生のこれまでをあらすじのように語るのはよろしくないな。」
その声で、思考は中断された。
俺は起き上がって、周りを見渡した。確かにここは天角学園の教室で、しかも理事長室のようだった。いかにも理事長室に置いてそうなエンジ色のソファに俺は寝かせられていて、そんな俺を逆側のソファから誰かが座って見ていた。
「…」
「なんてね。すまない。私は教師らしいことを言おうとするたびに失敗してしまうんだよ。」
「…あなたは…」
「私は理事長の須川だ。もちろん偽名だから、本名のように呼んでくれたまえ。」
なななななななななななななんてこった!
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザっ、と俺はアクロバティックな動きで距離を取った。
「な、な、なななななななななななななな」
「おお、死ぬかと思いきや死なないと思いきや十分に元気そうで安心したよ」
「な、なんでででで」
「落ち着きなさい」
落ち着き、俺は体の異変に気付いた。なんと、日本刀で貫かれた腹が完全に治っていたのだ。
「…⁉︎」
「ああ、それは『怪我』を封印したんだよ。それはそうと、お茶を飲むといい。動き回って、水分が足りないだろう。」
「あ、ありがとうございます…」
何故か、お茶を淹れてくれた。しかも冷たいのを。なんだこの先生、めっちゃいい人じゃないか…?
「…では、何があったか聞こうか」
「?」
「都賀先生と戦っていたようだが…」
「あ、ああ…そう、そうですね。先生、そのことなんですが」
「ん?」
「封印クラスの生徒を今すぐ解放してあげて下さい。お願いします」
「ははは…それはできないなぁ…すまない」
いや、やっぱりいい人ではないのか?
「どうしてですか!」
「あの子達…7人の封印能力者にはある特別な事情があってね。あの子達だけは行動を制限せざるを得ないのだよ。釈明ではないが、封印していない封印能力者も他のクラスにはいるのだよ」
「‼︎…」
だ、駄目だ。
知らない話に持っていかれる。
ここで話をそらされたら駄目だ!
「…その事情とやらが何かは知りませんが、それはあなたが時破田をはじめとする7人を教室内に拘束する理由にできるほどのことなんですか」
「できるよ」
「なら!俺に監視役をさせてはもらえないでしょうか!」
「…監視役?」
「はい!」
食らいつけ!食らいつくんだ!
なんとか、なんとかしないと!
能力はともかく、行動制限だけは駄目だ!
「…それは、どういう内容なのかな?」
「俺が、先生の封印を守るんです」
「…ほう」
「封印クラスの生徒の外出時、俺はついていき封印を守ります。先生は能力を使われることや自分の封印を解放されることを危惧してらっしゃいますね…?だったら、封印を解く可能性がある俺が先生の味方につくというのは、条件として結構いいのではないでしょうか!」
「遠回しに言わなくていいよクリムゾン君」
理事長は優しい目をする。
「…え?」
「そんなに丁寧に言ってくれたら、逆に断りやすくなってしまうよ…普通に、脅迫すればいいじゃないか。」
「脅迫って…俺はそんなつもりでは」
「普通にさあ、『俺はあんたより強い』『味方でいてほしければ言うことを聞け』って、言えばいいじゃないか。」
「先生!俺はそんなつもりで言ったわけではありません!」
「では、どんなつもりで言ったんだい?」
「…」
「…」
俺は頭を下げた。
「懇願です。」
〈478-12〉
これは後日談ではない。
一応、俺の頑張った結果である。
しかし俺もなんだかんだ言って疲れたので、結果報告は手短にしようと思う。
まずは時破田。なんか時破田は時破田でリリー救出に向かっていたようで、既にリリーとは感動の再会を果たしたようだ。
先生方はまあ、どうでもいい。
次にリリー。リリー・シエルは本来思ってた形とは違うが一応救出できた。よかったよかった。めでたしめでたし。
…さて。
しかし、俺はちょっと…
結局、監視役を命じられリリー達の行動の自由は取り返せたところまではよかったが、なんというか、色々伏線を張られてしまったような気分だ。
まあ、しかし。
あらすじのように言うのが駄目なら、物語のように言うのも駄目なんだろう。そうだな…
なんだか、天角学園に入学したことで、今まで以上に大変なことに巻き込まれそうな予感がしてきた。
まあでも、リリーの過去を知ってなお関わってしまうような俺だから、それは出来レースだったのかな。
…あ。
一つ、大事な報告を忘れていた。
俺に、初めて同い年の友達ができました。
時破田心裏とリリー・シエル。
ここから100人まで友達を増やすのが目標です!
これから始まる春が、
青色でありますように。