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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
38/66

第四話【カウントダウンは進行する】後編

 〈7-7〉シモン・クロウの場合。

「紅さんは熱中症、リリーさんと時破田さんはお出かけ、キャサリンさんは忽然と消えた……そして今日に限って先生方も部室に来ない」

 大変な状況だった。

 僕ことシモンは、暇を持て余していた。

 とりあえずドリンクバーで(部室にドリンクバーを発見した時は本当に驚いた)りんごジュースを飲んでから考えよう。

「……………」

 何かがおかしい…と思った。

 リリーさんと時破田さんは明らかにここから追い出されている。おそらく、理事長の手によって。

 何故かはわからないけど、何かあるんだろう。

 でも、少々わざとらしい気もする。動くならもっと、慎重に動くべきじゃあないのか…?僕なんかに勘付けることなら、どこかで邪魔が入りそうだけど…。

「シモン君」

 僕がそんなことを考えていた時だった。

 部室の扉を開けて、理事長が入ってきた。

 理事長が入ってきた?

「───‼︎」

「そんなに驚かないでおくれ、シモン君。今日は君に話があって来たんだ。落ち着いて聞いてくれ。」

「り、理事長…お久しぶりです」

「ああ。転入手続きの時以来だね。」

「今日はどのような話を…?」

「君、忍者に興味ないか?」

 まさかの質問だった。そして、興味ないと言えば嘘になる。ジャパニーズカルチャーで一番気になっていたのが忍者だ。

「実は、人助け部に私の仕事の手伝いを依頼したくてな…今はまだ言えないが、じきにこの星は3回ほど消滅の危機に瀕することになる。そしてそのうちの1回がもう間近に迫っていて、普段の仕事をしている場合ではなくなってしまったんだよ」

 さらっと、とんでもないことを言った。

 3回ほど消滅の危機に?大変な事態じゃないか。

「危機に瀕していることは部活内で情報共有してもらって構わない…嘘ではないからな。本当に危機が迫っている」

 だから仕事を手伝ってくれ、と、理事長は言った。

 僕は警戒する。

「僕たちをここから追い出して、何をするつもりですか…?なんだか知りませんけど、先生の手には乗りません!」

「地下都市の経験は君の人格を良い方向へと持って行ったようだな。それでいい。人間らしくて素敵だ。下手に言う通りにしてもらったら、私の方が不安になる。」

「………僕は人造人間、ロボットじゃありませんよ」

「なら人間に頼もう。シモン君。忍者の里に赴いて、ある能力者に手紙を届けてくれないか?」

 手紙。何やら、危なそうな響きだった。

 というか、手紙というのは比喩かもしれない。

「嫌です…僕は弱っちいですけど、今ここを離れたらいけない気がする」

「ふむ…なら」

 すると理事長は、またとんでもないことを言った。

「私と2人で行こう。それならば、文句あるまい?」


 〈5-1〉

 僕はこの時、賢い選択をしたと思う。

 理事長が何をしていて、どう動くかはわからない…でも、弱っちい僕が絶級能力者を監視できて、なおかつ学園から離れさせることができるとなれば、そうするのが一番だった。

「そんなに、深く考えることはない、シモン君」

「ぜえ…ぜえ…」

 ところで僕と理事長は山登りをしていた。

「はっきり言ってしまおう…私が君たちを学園から追い出そうとしているわけはたった一つだ。君らの副部長、薙紫紅君を夢の世界に招待するためだ」

「……はぁ……はぁ…夢の世界?」

「ああ。彼は熱中症になっただろう?いい機会だと思ってな。今後の世界に起きる危機の一つ目は、達成でも死にかねない災害のようなものなのでな」

「…もしかして、夢の中で事件に巻き込ませる実験ですか?」

「ああ。その通りだ。二回目や三回目に彼を巻き込まないわけにはいかないが、1回目は絶対に来てもらっては困る。拘束しなくてはならない」

「……」

 なんとなく、この人は本心を語っている気がした。

 なので、それ以上は会話しなかった。そして無言の末、僕と理事長はある場所にたどり着いた。

「…え?」

 そこはやけに緑の多い場所だった。例えるなら、小学生が秘密基地を作りたがりそうな場所、という感じだった。

「ここが忍者の里…通称、『透明色の淵源』」

「……何もなくないですか」

「ああ、確かに、家もなければ文化もないな」

「それは、里って言うんですか…?」

「言う」

 理事長は断言した。そして続けた。

「彼らが…『忍者』が、ここに住んでいるからだ」

「忍者?」

 僕は、あたりを見回す。

 しかし、誰も見当たらない。

「うーん?」

 そうしていると理事長がその辺の長い枝を集め始めた。そして、地面にある葉っぱをどかして土が見えるスペースを作った。枝を拾って縦向きに刺していく。

 陣地を確保しているようだった。

「……理事長、まさか」

「君にひとつ課題を指定する」

「げげっ」

 なんだか面倒ごとに巻き込まれた気がした。

 それは後に必要なことだったかもしれないし、そうじゃないかもしれなかった。

 なんにしろ、理事長は僕にこう言った。

「この付近で忍者を見つけて、この手紙を渡すこと、だ。ちなみに最大で1週間は野宿するつもりだからそちらもそのつもりでよろしく頼む」

 そして、僕に一枚の封筒を手渡した。


 〈2-1〉理事長暇じゃん…?

 というのは置いておいて、僕は忍者を見つけて手紙を渡さなければいけないようだった。何故理事長がそんなことをするのかわからないし、わかろうともしなかった。

 この行為に、意味が感じられなかったからだ。僕はあれから、その場から離れずに30分探してみたが、

「……」

 いない。確実に。確実にそこに忍者はいない。

 何故わかるかというと、僕はこれでも人造人間だから、客観的な目線で人間と植物を見わけることができるから…つまり、この大自然に人間の生体反応が僕と理事長の二つしか無いことぐらい、見るだけでわかるからだ。

 わかるからわかるというのはおかしい文章だった。

「……はぁ」

 地下都市の禁止地区から日本に来たのは良いものの、こんな変なことに付き合わされるとは。

 こんなことを言ってはなんだが、こんなことをするくらいならリリーさんのパシリをしていた方がずっといい。

「ほう、君はパシられているのか?」

 心を読まれた。

 そして、この手のことには慣れた。

「……心を『読めない』という状況を封印したんですか?」

「まあ、彼女の行動は君だけでなく、地下都市全体を良い方向へ持っていったからね。本来ならあの場所の住民は彼女の配下になってもいいぐらいだ。パシリなんて当然さ」

 この人は人の言葉を無視する傾向がある。

 少し腹が立ったので、少し反抗的になってみた。

「リリーさんはエゴだって言ってましたよ」

「はは。まあ確かに、正しいとは言えないな」

 理事長はまさかの言葉を放った。

「正しくはないさ。少なくとも、3回も殺し合いを起こすのはね。最終的に褒められるようなことをしてくれたが、とてもじゃないが『良かった』手段とは言えない」

「……それはまあ…」

 確かにそうだ、と納得してしまった。

 これは果たして裏切りに相当するか?

「しないよ。そして彼女自身もそう思うはすだ。君には私のようになって欲しくないと────まあ、仮にも同級生をパシらせている時点であまり考えてないかもしれないが」

「はは…」

 その方が納得できる。そして安心できる。

「で、忍者は見つかったか?」

 今の数瞬で見つかるわけがない。

 しかし、せっかく安心したのに不安になってきた。もしかして、マジに1週間外泊することになるのか…?

 外泊、それも本当の外で。

「いや、さっきのは冗談だよ…さすがに私もそこまで暇ではない。あと五分ぐらいで見つけてもらう」

「五分…」

 35分が経過していた。

 依然、忍者は見つからない。


 〈6-3〉

「私がこんな遠回りをしてまで伝えたいことはだね、二つあるのだよ。一つは、誰もが嘘をついているということ。そしてもう一つは、大人は特に酷い嘘をついているということだ。」

 教訓めいた言葉を僕にプレゼントした理事長は、スーツ姿のまま地面に座り込んだ。汚い。

 実は3ミリ浮いてたりするのだろうか。

「嘘を…?どういうことですか?」

「早めに帰って、薙紫くんを看病してあげた方がいいということだ。命には関わらないようだが」

「……」

 じゃあ今すぐ帰らせろ、と言っても言わなくても伝わるようなので、わざわざ言わなかったが、僕はそう思った。

「忍者…ねえ」

 しのぶもの。もしかして、ジャパニーズ忍術とやらで隠れられているのか?

 なら仕方ない、『共鳴烏』を使うしかない。

 リリーさんには目立つから使用を控えるようにと言われていたけど、この場所なら大丈夫だろう。そして、それで見つけられないんだったら、もうお手上げだ。

「【共鳴逆算・雷電探索】──────」

 雷電探索は共鳴烏の中のスキルの一つで、その名の通り物を探せるスキルだ。

 が。しかし、見つからない。

「────理事長、どういうことですか」

「何がだね」

「忍者なんていませんよ」

「いいや、いるさ。」

「いや、いないんですって!」

「いるよ。なんなら、君の目の前にもいるね」

「……え?」

 理事長が変なことを言った。目の前にいる?

 いや………目の前『にも』いる?

「きみの予想通り、彼らは忍術を使って隠れている…だけど、わざわざ能力を使って探さなくても、見つかるはずさ」

「…………」

 今、僕は、自分が何を探しているのか、わからなくなった。果たして、僕は何に辿り着くべきなんだ?

 忍者を見つけること?

 忍術を看破すること?

 何かが違う気がする。そして、理事長も───何かがおかしい気がする。この違和感はなんだろう。

 というか、狙いはなんだ?

 この体験は、人助け部に流させる為にさせられているんだろう……だとして、一体こんなことになんの意味がある?

 誰もが嘘をついている。

 大人は特に酷い嘘をついている。

 その言葉が意味することって、なんだ?

 考えろ。人間みたいに考えろ。僕。

 人間みたいに、人造人間みたいに考えろ。

「………あ」

 その忍者は僕の目の前にいた。僕をあざ笑うかのように、もしくは、僕をあざむくために、隠れていたのだ。

 さながら、忍術を使ったかのように。


 〈6-8〉

「……虫?」

「クルマバッタモドキに、ミミズクの幼虫、こちらはムラサキシャチホコだな。どれも、自然に擬態する虫だ」

「気づかなかった…」

「忍術で隠れる忍者というのも、あながち間違いではないだろう?彼らは立派に君から隠れてみせたのだから」

 忍んでみせたのだから。

 それが今回のオチだ。誰もが嘘をついていて、大人は特に酷い嘘をついていた。虫たちは僕を騙し、理事長はあたかも封筒の中に手紙が入っているかのように見せかけた。

 中には何もなかった。

「さて、では帰ろうか。下山はめんどくさいから、瞬間移動で送っていくよ」

「……薙紫さんに何したか知りませんけど、もし何かあったらその時は覚悟して下さいね…とは言っても僕は何もできない

 ですけど」

「…ああそうそう、その話をしてなかった」

「?」

「君は今のままだと足手まといだ」

「‼︎」

「そうなりたくなければ、まあいろいろ考えるんだね」

 最後に理事長にそんなことを言われた。

 そして今、僕は部室に帰ってきた。誰もいない。

「………………」

 虫のように隠れている、もしくは逆算の力を伸ばす。今の僕には二つの選択肢がある。

 …いや、一つだ。

 自分の身は自分で守らなければいけない。それを、僕はさっき彼らから学んできたんじゃないのか。

「【四則逆算────────隔離雷電】」

 共鳴烏を発動する。雷エネルギーの集合体を作る。

 さあ、伸ばそう伸ばそう。

 この部活の戦力になるためには、人助けのためには、この先、大きな力が必要になってくる。

 だから、訓練だ。シモン・スタートを乗っ取った時の能力の使い方をイメージして、再現する訓練をしよう。

 こう、もっと、爆発するような感じだ!

 その時、部室に閃光が走った。

 巨大なエネルギーが本当に爆発し、教室が爆散する───まぎれもなく僕の仕業だった。

 なんと青空が見える。

「うわぁああああああああああ⁉︎」

 考えてみれば、シモン・スタートとも、どころか食人文化の創始者シモン・ワイドスカイとも、僕は同じ人間だったのだ。

【逆算】が共鳴烏のまま終わるはずもなかった───これはその完成形、封印能力【絶対逆算】とでも言っておこう。

 どうやら僕は今まで、自分に嘘をついて、弱者の座に座ろうと必死だったらしい。

「…は、はは……」

 僕はこの時なんとなく、初めて自分を、もう『サクリファイス』ではないのだと認識できた気がした。

 これからの僕は『クロウ』だ。

 日本の烏は目立たないように黒くなったらしいが、僕はあえて、その逆を行くことにしよう。


 〈1-2〉薙紫紅の場合。

「あ、薙紫さんに……えっと、夏枷さん?」

「ああ、えっと…えっと…」

「…シモンです」

 この時、俺の住む学寮の部屋に駆けつけてくれたシモンは複雑な感情を抱いたらしい。

 さて、俺こと薙紫紅は、熱中症でぶっ倒れていた。そして、過去形からわかるように、ただいま復活したのだ。

 もう真夏とは言えない時期だが、しかし残暑の時期だ。窓を開けず、かつ暑さ対策を取らず寝れば当然そうなる。

 しかし犯罪が許容されている阻害地区では窓を開けて寝るわけにはいけないし、なおかつ電気が通っていないから冷房はつけられないし、そもそも冷房は存在しない。

「貴様はもう少し自分を気遣えよ。やりようはあっただろ。死線を潜り抜けることに慣れて感覚が麻痺しているかもしれないが、達成は殺意からの致命傷を無効化してくれるだけで、病気は防げないのだぞ」

「そんな言わなくてもいいじゃん…看病してくれたのはありがとうだけどさ。あと、夏枷、お前、前は『紅くん』って呼んでくれてたじゃないか」

「一対一の時はキャラが変わるんだよ」

 とても必要ない設定だった。

「………で、夢の中で事件に巻き込まれたんですよね」

「ん?なんで知ってるんだ?」

「実は、それをした犯人から言質を取ったんです」

「理事長か?」

「理事長です。でも、悪意は無さそうでした」

「だろうな。だって、それほど悪夢というわけではなかったんだよ。いつもどおりって感じだった。」

 嘘だ。これは強がりに過ぎない。

 でもあの人は、マジでいつも通りだった。

 いつも通りに最悪だった。

「……理事長は危険なのか?」

「どうでしょう?」

「わからないな。あの人のしたいことが見えてこねえ。だけど、今回のがリハーサルだったってことはわかるぜ」

 俺がそう言い終えた後、場に静寂が訪れた。

 2人とも気になるのだろう。俺がどんな事件に巻き込まれたかが。そうだ、それを言わなくては始まらない。

 事件……というより、事件の始まりだったけど。

 では、話そう。

 俺が見た、悪夢について。

 でも、本当の悪夢はここからかもしれなかった。


 〈6-1〉ずらりと並ぶ少年少女たち。

 そいつらは、全員知らない奴らだった。(ちなみに俺は、終始、これが夢であることに気づいていない。)

「自警団シャイニング・オーダーという異能組織がある。彼らはそこに保護された子供達だよ。彼らはそれぞれ極限状態から助け出された。最終的には団員になるのかな。まあなんにしろ、興味深いから、紅くんに教えてやろうと思ってね。」

「………………」

 そこにいたのは、知っている女だった。

 ずらりと並んでいないから、見逃していたようだ。

「庵内さん」

「やっほー、いつぶりだろうね、紅くん。元気してたかい?こちとら、君のおかげで運動不足さ」

「ついに復活したってわけですか」

「そうだね。だけど今は、ほら、彼らを見な」

 君が救いたいであろう境遇の子供達さ。と、彼女は少年少女を指差して言った。俺は不思議なことに、その時点で庵内湖奈々への警戒をとき、何も考えずに彼らの前に立ったのだった。

「……」

「時間稼ぎ…というかカウントダウンなのかな?あの理…あの男が何を考えてるのかは、心を読めない私でもわかるけど、子供を放置するだけとは、忙しくて焦ってるにしても仕事が雑い。だから、ちょいと手伝ってやろうと思うんだよ、私は。」

「……」

 この人の話は、不思議と聴きたくなる。

 しかし、いくら話してるからってこちらが黙るということは以前はあまりなかったのに、どういうことだ?

「『影』は絶級能力者でも侮れないからね。私は別だけど。まったく、旧文明も変なことをしてくれた……おっと、変な話はここまでにして、本題に移ろうか。紅くん。」

 そういえば、彼女は高校二年生の時点で成長を止めたのだった。…俺もあと一年足らずで高校二年生だ。

 でも、それを待たずして既に身長は抜かしていたようだった。成長したなあ、と思う反面、なんだか気持ち悪かった。

「今回はこの子たちを救う方法を考えよう」

 彼女がそう言うと、視界が変わった────それまでは何もない真っ白な空間だったのに、瞬きしたらそこは部屋になっていたのだ。見た感じ、男の子の部屋だった。

 なお、こんな異常事態でも何の疑問も抱かない。

 元からそこにあったと、この時は思っている。

 無かったのに。

「夢に侵入する付属能力『ドロップス』を使って君の夢を操っているのさ───まあ君も、これが夢だと認識できれば、なんでも作り出せるはずだよ。楽しいからまたの機会にやってごらん……というのはいいとして、さあ、じゃあ始めよう」

 突如。部屋の中に、少女が現れた。

 でもなんだか、男っぽい少女だった。

 三角座りで、うずくまっている。どうしたのだろう。

「さっき並んでいた少年少女達はね、この子がなりたかった理想の姿なんだよ。ちなみにこの子の名は『夢』。素敵だよね…もう死んじゃったんだけど。この子は生前、ハーフで、いじめられていて、トランスジェンダーで、父親を亡くしていて、部落出身で、虐待されていて、貧乏だった子供なんだよ。」

「……」

 なんだ、それは。ハードモードにも程があるだろ。

 庵内湖奈々は続けて語り続ける。


 〈6-3〉

「彼女が感じた苦痛を考えてみよう。

 例えば彼女が学校に行った時、彼女はハーフだから周りの生徒とは顔立ちが違う。すると、目立つ。そして学校で目立つというのは場合によっては良くないことを引き起こす。もちろん彼女は悪くない。だけど、悪い奴は存在する。

 彼女の場合はいじめだった。相当酷いことをされたらしい。チョークの粉で……いや、ここは口を噤んでおこう。でも程度を表すなら、そうだな、もし君が居合わせたらいつもの戦闘用手袋をはめていただろうね。

 彼女がいじめられる理由はまだある。彼女は、トランスジェンダーだった。それを気持ち悪がられた。だから彼女ではなく、彼と呼んだ方が良いな。彼は女の体を持って生まれたが、心は男だった。この部屋を見てごらん、君も来た時は男の子趣味の部屋だと思ったろ?

 でも、周りはそれを許さなかった。いじめは勿論、大人達も冷たかった。それは思春期によくある間違いだと言いきかせて、それがダメになったら無関係になろうとした。

 酷いことに、冷たくしてもしても、絶対に離れられないと嘆いていたのが母親だ。彼女はシングルマザーだった。母親も母親で、そのせいで周りから迫害を受けていたらしい。でも、シングルマザーであることは本来罪でもなんでもないのにね。なんにしろ、夢くんは父親がいなくて肩身が狭く感じた経験がたくさんあっただろうね。

 まだ彼の苦痛は終わらない。部落差別も受けていた。住んでる場所によって差別されるとか、どうなんだって話だけど、とにかく彼は『あの場所』の人間だと言われ続けた。いや、人間扱いもされなかった。人には悪が必要とは言うけれど、その地域の人間はそんなふざけた心理の元、差別の標的にされたのさ。

 虐待もされていた。…母親に情状酌量の余地があるとは言え、それは余地に過ぎない。産んだならちゃんと育てろって話だ。親にはその責任がある。でも、彼が引きこもったのをいいことにシングルマザーは彼を無視し始めた。そして、それは親のする事ではない、と言ってくれる相手もいなかった。

 貧乏だった。この辺は、男女の賃金格差問題も絡んでくるね。彼の母親が1人で自分と息子の生活ができるほどの金を稼げたかと言ったらそうではなかった。そして最悪なことに、それで成り立っていたんだよね。

 さて、そんな夢くんだったけど、栄養失調で死ぬ寸前だったところをシャイニング・オーダーに保護され、九死に一生を得た。大っぴらにめでたしめでたしとは言えないけど、なんとか助けてもらえてよかったって話だ。」


 〈5-2〉「あのセリフを言わないのかい?」

「あのセリフ?……ああ、回数の奴か。そこまで酷い境遇の子供を見たのは……まだ、3回ぐらいしかない」

「3回も。さすが、百戦錬磨だね」

「で。あんたは俺に何を考えさせたいんだ」

「ん?」

「そりゃ可哀想とは思うけど、あんたのことだ、夢くんを利用した嫌がらせをするつもりだろ。さっさと言ってみろよ」

「……おお、よく気づいたね」

 じゃあ遠慮なく、でも、さすがの私も悪趣味なことはしないつもりだよ、と彼女は言って、部屋の中央を指差した。

 すると。いつのまにか、1人の少年がいた。

 やはり夢の中なので、元からいたように感じる。

「比較対象だ。この子はウィット。ある地雷原の近くに暮らしていたんだけど、その地雷に吹き飛ばされて死んだ子供だ」

「……何が言いたいんですか」

「いやだから、考えて欲しいんだよ」

 庵内さんは言う。

 どっちの方が、より恵まれていないと思う?

「どっちの方が不幸だったと思う?どっちの方が救済があったと思う?どっちの方がマシだったと思う?」

「…やっぱりあんたは悪趣味ですよ」

「ごめんね。だって私は完全悪だから。」

 俺は思考する。否、するまでもない。不幸比べぐらい無意味なことが他にあるか?いやない。

「そこでやめられちゃあ、困るよ。そこを無理やり結論を出してもらわないと、話が進まない」

「……進みようがないでしょ。結論は一つ、どちらも酷い、比べられないほどに。それだけです」

「それじゃあダメだよ。一旦倫理観を捨てて考えてごらん」

「…庵内さん、あなたは例えば百円の物を買いたいのに1円しか持っていなかった時、1円あるだけ0円よりマシだったとでも思うんですか?思わないでしょ。それと同じですよ」

「まあそうだね。つまらない意見だ」

「常識的なんですよ」

「じゃあさ。どちらも不幸に変わりないから比べるのは駄目って言うんなら、2人の境遇を逆転してみたらどうなる?」

「‼︎」

 この人はどこまでも悪、だった。胸糞悪い。

 考えたくもない。

「夢くんは生きていることで、幸せを得ることができた。50歳での早い死ではあったが、しかし、一般男性と変わりない生活を送り、運命の人にも出会って、ある程度金を余らせて、最後は家族に囲まれて笑顔で死んでいった。しかし、交換してみるとどうだろうか?彼にはそれらの幸せを手にするチャンスすら回ってこない。そこで考えたらどうかな」

「もういいですよ。ええ認めますよ、夢君がどれだけ辛くても、人間はよりよく生きて初めて『生きている』と言えるとしても、生存してるかしてないかで全然違いますよ。」

「……」

「でもね、庵内さん。だから、不幸比べなんてしちゃいけないって言ってるんです。だって、確かにあなたの言った通りだけど、生きて初めて幸せになれるけど、

 だけど、『生きてるからまだマシ』だなんて、本来人間にあってはならない思考なんです。人間は人権を持ってて、みんながみんな幸せにならないといけないのに、そうなってないからそんな考えが生まれる。

 巫が言ってたのはそのことでなんですよ。

『命は尊い』って言うのは、そういうことなんです。

 命が尊いことぐらい前提条件なんですよ。

 みんなが幸せであることは前提条件なんですよ。

 あなたが言ったんじゃないですか、『現実を理論上で考えるな、感情で考えろ』って。」

「そうだね」

「100円の物を買えないってのが間違いなのに、0円か1円かで競ったって、虚しいだけです。みんなが100えn」

「そう!まさに、今日はその話をしたいのさ」

「……え?」

 この人の前では、必死の訴えも、ただの本題前の小話になってしまうらしい。

 俺は突然、完全悪に、庵内湖奈々に口を挟まれて、黙ってしまった。なにやら本当に嫌な予感がしたからだ。

 なんだか、嫌なことを告げられそうな予感がする。

「その様子だと、わかってるようだね。

 そう。

 その巫くんだけど、3日前に完全復活したよ」

「うわぁああああああ‼︎」

 ……というところで、俺の悪夢は終わった。起きたら元弟子に膝枕されていて今一状況が掴めなかったが、なんだか体の調子が悪くて、ああついに熱中症になってしまっていたのだな、と悟った。そして、悪夢の記憶が少しずつフラッシュバックしてきた。完全復活だと?完全に復活しただと?

 庵内さんと巫が?嘘だろ?

「おう、何やら悪夢でも見ていたかのようだな」

「……夏枷……ああ、全くその通りだよ」


 〈5-8〉現在。

「……シモン、あれ?そういえば、雰囲気変わった?」

「ふふ…そうなんですよ、ほら!」

 学寮が爆発した。

 特に俺の部屋が木っ端微塵だ。

「ばかやろー‼︎!!」

「封印能力【絶対逆算】と名付けました」

「スルーすんな!」

 ひとまず、庵内さんの方はまだ時間がある。あの人は封印以来、普通に負傷しているはずだから。

 問題は、巫の方だ。3日前に復活しただと?3日前?

 じゃあ、あの完全無欠のダーク・バランスは、少なくともノルマの60人以上は人を助けていることになる。

 夢君やウィット君のような人間を。

『自己犠牲』の危険な方法で────!

「理事長の思惑はわからないが、今後、何か協力できることがあったら呼んでくれ。百花繚乱を教えてくれた借りは、未だ返せてないからな」

「そう……そうか。なら、椎名君を今すぐ、学校の視聴覚室に連れてきてくれ。」

「え?」

 俺は、あいつに人を助けさせない為に動かなければならない。そして、どちらが正しいかを巡って、喧嘩をしなければならない。そうしないと、あいつは、巫槍は破滅する。

 俺は悪の味方だ。

 だけど、あの男のためには、悪になる必要がある。

 エゴで相手を潰すのはいつ以来だろう。

 でも、俺はやらなければならない。あの男の狂った正義を止めてやらなければいけない。

 だって、誰かを助けるためにあいつが傷つくのは、もう見ていられないから。

「理事長は後回しだ。それよりもっとやばい奴が蘇ってしまったらしい」

「⁉︎」

 俺は巫槍という男が、庵内さんより怖い。

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