過去編【霊障キャット】
「私の名前は庵内湖奈々。もう察したね?
そう、今週も過去編のお時間がやってまいりました。まいっちゃうね。過去編ばっかりで。
だけど、これについては語っておきたいのだよ。無論、語っておきたくない過去も語ってしまう企画だが。
さて、前回、リリー・シエルちゃんが地下都市を破壊し、差別を無くし、見事地上へ回帰させて見せたけど、そういえば紅くんが博士のことを知っている理由は明かされてなかったよね。さて、なんででしょうかね。少しも残さず憧れろ。
舞台はある中学校。名前はあえて隠しておくが、とにかく中学校だ。だがしかし、この中学校は普通じゃない。何せ、この間全能を封じ込めたばかりの達成使いが通っているのだから。
そう、紅くんの母校ということになる。
『今日はいい天気だけど、心はコッペパンといったところかしら。でも、自動ドアも大人しくなったものね』
『……』
中学1年生の彼は生意気にも、休み時間女子に話しかけられていた。訳のわからない言葉選びについては後で説明しよう。
彼女の名は『仮宮のぐる』。
紅くんを構ってくれる人間の1人である。
当時、天角学園のような異常者だらけの学校ではなく、普通の、普通の人のための学校に通っていた紅くんは、当然(彼は普通でないから)畏怖の対象となっていた。
ここらで詳しく説明しておこう。それは何故か。
それはひとえに、彼の雰囲気が怖すぎるからだ。
目つきが悪くて不良じゃないのに怖がられる、というのはよくある設定だが、紅くんの場合はそんなちゃちいものじゃない。
まず、達成がある。
私が達成使いになるコツを教えてあげたせいで、彼にどういう変化があったかのかというと、自暴自棄になった。そしてそれは異常ではなく通常であるということがさらに怖い。クリムゾンという負荷能力で常に事件と隣り合わせの人生を送る彼は、入学早々案の定事件に巻き込まれ、責任を取って学校を守る為、クラスメイトの前で命を賭して戦った。達成使いなら死ぬ心配がないから、彼の戦い方はだんだんリスクを増していったということだ。まあそれだけなら良かったのだが、彼の負荷能力、つまり呪いは1日2回起こるのである。最初のうちはヒーロー扱いされていたが、だんだんクラスメイト達は彼を気味悪がっていった。
次に、そのクリムゾンだ。
小学五年生の時から本格的に事件に巻き込まれるようになった紅くんは、つまり中学入学に至るまでに実に1460回ほど犯罪者と対敵した。彼は嫌でも犯罪者の考えに染まっていった。
それで言うなら家庭環境も異質だ。
父親と母親と、仲は悪かったが妹を亡くし、頼れる人は警察のおじさんと一歳下の男女、保健室の先生だけだというんだから、そりゃあまともな人間にはなれはしない。
とどめを刺したのが思考異常・悪の味方だ。
犯罪者擁護の精神。決定論をこよなく愛する脳内疾患。これは彼のライバルである巫くんが彼に『うつした』ものだ。犯罪者を擁護するということは、間違ったことを許容するということは、どんな人にでも寛容になれるということであるから、紅くんは当然、誰に対しても怒らない。幸い、彼は恐怖の対象であるからといって誰もいじめはしないが、しかし紅くんはされても許してしまう。
以上の原因から、彼はやばいやつの雰囲気を持つことになる。だから、避けられる。
避けないのは、今話しかけている仮宮のぐると、以前彼自身が思い出していた『刃渡唯』というもう1人の女子のみである。
では、彼女らは何故避けないのか。
理由は簡単、入学早々起きた事件で、紅くんはクラスメイト……刃渡唯と仮宮のぐるの為に命を賭して戦ったからだ。
しかし紅くんが好きなわけではない。
同情感や義務感から、そういう行動を起こすのだ。でも、私はそれでもいてくれた方がマシだと思う。クラスではいじめられていないと言ったが、しかし職員室からは、彼の評判は最悪だからだ。
雨男ならぬ事件男。あいつがきてから(悪い意味で)変わったな、というやつである。はっきり言って邪魔なのだ。
忌み子扱いである。
しかしだからと言って、彼は誰も攻めることができない。犯罪者は擁護してしまうし、クリムゾンについては言っても仕方ない。思考異常にしたって、実はそれに救われていたりもするのだ。絶級ティーチャーの時のことを覚えているだろうか?
遊園地で起きた事件に巻き込まれた紅くんと、駆けつけた巫くんはそこで知り合い、会話を重ねた。そして、思考異常をうつされた。巫くんはその過剰な自己犠牲精神からダーク・バランスと言われているが、それは彼の持つ二つの思考異常、『決定論』と『自己犠牲』があるからだ。その両方が少しずつ、うつった。その結果どうなったかと言うと、全ての人間の性質は環境で決まるから、恵まれなかった人々を救う為、人生を賭けて地球から貧富格差や差別を消そうと思う巫くんに対して、全ての人間の性質は環境で決まるから、犯罪者を擁護しようと思う紅くんが生まれた。思考が生まれた。
ようするに劣化版。だけど、それが無ければ、紅くんはきっと大罪人になっていただろう。
思考が犯罪者なのだ。さすがにサイコパスというわけではないが、しかしそれに近いものがある。ロリコンから子供を守るかそれともロリコンだから子供を守るかみたいな問題で、犯罪者擁護の立場に立たなければ間違いなく紅くんはダークサイドの人間になっていた。
まあだからといって彼にマイナスになっていることは間違いない。それが一番の理由で、クラス内で孤立することになったのだから。
思考異常は感染するということを身を以て証明したことのある紅くんは、クラスメイトと会話をするわけにいかない。
自分をちゃんとクラスメイトとして認識してくれる天使のような2人に感謝の気持ちを伝えたくても、伝えた途端犯罪者になってしまうのでは意味がない。だから話せない。
『投げるには力がいるもの…仕方ないわ。何回柵を作ったって結局はホテルだもの』
そう、そして、その仮宮のぐるちゃんだ。
天使というよりは小悪魔的な彼女だが、彼女は変な言葉ばかり喋る。それは何故かと言うと、紅くんに合わせてあげているのだ。普通の言葉で会話することのマズさを、彼女はなんとなく理解している。だから、暗号化する。暗号といっても、数学的な暗号ではない。彼女がしているのはもっと単純なことで、比喩に持ってくるべき単語をぶつけることで文をめちゃくちゃにしている、のだ。『今日はいい天気だけど、心はコッペパンといったところかしら。でも、自動ドアも大人しくなったものね』というのは直訳すると『最近は何事においても平和な日が続いてるけど、今日は少し違うみたい。だけど、せっかく紅くんは最近ちゃんと授業に出れてるんだから、もう放っといてもいいんじゃないかしら?』で、『投げるには力がいるもの…仕方ないわ。何回柵を作ったって結局はホテルだもの』は『何度やっても変な奴らとか怪物とかが来るんだから、今日ぐらいならたまには先生方に頼ってみたら?』となる。
そして彼女は続けてこう言った。
『今日は校庭に猫が入り込んだそうよ』
これは、珍しくそのままの意味だ。
幽霊猫。幽霊猫はポルターガイストである。先日リリー・シエルちゃんが回収していたね。
幽霊猫は大量発生型で、ポルターガイストの中では妖怪の部類に近い。しかし(化け猫とか猫又とかの系列だが)、害はほとんどない。
しかし全くないわけではない。
幽霊猫は、ほんの少し光る。
そして、ほんの少し風を吹かせる。
電球を扇風機に引っ付けたのが猫になったような感じだ。そして何よりの害が、一般人に見えるということ。つまり、生徒たちの気が散る。
授業中はこんな感じ。
『わあーっ…ねえ紅くん、あれ何?猫だよね?光ってるけど……光る猫っているの?』
紅くんの後ろの席に座っている、少しだけバカっぽい女の子。彼女こそが紅くんに話しかけてくれる2人のうちの1人、刃渡唯。
彼女は仮宮のぐるちゃんとは違って、暗号を使わない。というか、使う気がない。彼女は本気で紅くんとコミュニケーションを取るつもりだ。仮宮ちゃんは一歩引くところがあるが、この子はもう彼女かってぐらいに寄って行く。
もちろん恋愛感情なんてないし、紅くんに関しては友達になるつもりもないというぐらい無関心なのだが。よくもまあそんなどうでもいい相手を命懸けで守れるよね。
紅くんのせいとはいえ。
『深海で育ったのかな?』
本当にバカっぽい。というか、将来が不安になるほど、発想が柔軟なのだ。いやむしろ堅すぎるのかもしれない。
されど、それも仕方のないことだ。
何せ彼女は、親から教育を受けていないから。
刃渡唯の人生は壮絶なものだ。まず、家に帰ると両親から虐待されるので空き地で暮らしている。そして、生活費はバイトしてまかなっている。だが、食費はかけない。山へ川へと繰り出して、狩りと採集で食材を探し出す。
紅くんだって(もうこの頃には戸籍が無いのに)そんなに酷い生活はしていない。
一応、対異能警察官にして恩人の鈴木の配慮によって学校に通っているし、『黒の実験場』という怪しい病院に住ませてもらい、安全にご飯を食べられる。
しかし刃渡唯は違った。
無論、紅くんだってそれを知っていればなんとかしてあげただろう。しかし、彼女はそれを語らない。彼女の性格の一番の特徴は、『強くありたい』と強く願うところにある。
強さ────とは言っても、異能とか達成とかそういう話ではない。ここで言う強さと言うのは、世界を生き抜くためのサバイバル能力のことだ(達成がまさにそうだろというツッコミを待っているよ)。
例えば地震が起こった時どうすればいいか。銃口を向けられた時どうすればいいか。いじめを受けた時どうすればいいか。自然に生き、自然体を求める彼女にとって、そういったイレギュラーは飲み込めなくてはならない。全て計算の内じゃないと、死んでしまうから。
だから今回彼女が気になっているのは異能について、だ。百戦錬磨の紅くんを見て、説明がつかない摩訶不思議な事が起こった時、どうすればいいかを学ぼうとしている。
『……………』
一方紅くんは、彼女を無視していた。幽霊猫を、異能になる前の異能の正体を、探っていた。
『変な猫ちゃんだよね。でも、どうしてここに来たんだろう?この前のドラゴンもそうだけど』
紅くんはドラゴンの時点で学校を出ておくべきだったね……というのはもう遅いとして、当然、幽霊猫がここを訪れたのは、クリムゾンという負荷能力があるからだ。
『何かを探してるみたいだよ』
………とは、限らなかったようだ。今回の場合は。
紅くんはそろりと教室から抜け出た。
つまり、サボり、早退だ。
そしてそれを誰も止めない。
『ポルターガイスト…私は【霊障】って呼んでる』
『霊障』
『うん。能力以前の異能というか……薙紫さん、化け猫とかってわかる…?そんな感じだと思う』
何気に初登場だ。
彼女の名は咲宮歌織。かつて紅くんに誘拐犯から助けられた(んだっけ?)男女のうちの、女。まあ彼女についてはまた詳しく紹介する機会があるだろうから、ここでの解説は軽く済ましておこう。
彼女はまさに、妖怪変化の専門家である。もちろん、この時点で彼女はまだ小学六年生であるから、(さすがに有名どころは知っているとしても)特段専門知識があるかと言われればほとんど無いようなものだが。
しかし彼女は一つの能力を有している。
正式に名前はつけられていない…が、人は彼女の能力を【スラストコート】と呼ぶ。その名の通り、斬撃を生み出す能力だ。
で、紅くんは彼女を当たっていた。
ちなみに今彼がいるのは黒の実験場の自室である。パソコンで通話して話しているのだ。
『化け猫ねぇ…化け猫を見たのはそんなに無かったな。21回ってところか。まあ今回は違うようだけど』
『薙紫さんって本当、記憶力いいよね』
『ああ…まあ、前にも言ったけど、親父は天才的な画家だったんだ。その才能の遺伝と、記憶法を教わったことで、俺は異常に色んなことを覚えることができる。因みにお前とこうしてパソコンで話すのは15回目だ。悪いな、いつも頼って』
『気にしないで。……むしろもっと頼ってくれていいんだよ。特に今回とか、相談してくれてよかった』
『ん?どういうことだ?』
『動物型で弱い妖怪は、群れるの。薙紫さん、おじさんと滝村くんに連絡したら、すぐに学校に戻って。』
そして彼女はこう言った。
『たぶん、校庭が猫だらけになってるよ。』
一部の人にはウケそうだな、と返すと、紅くんはパソコンをカバンに入れて黒の実験場を後にした。
携帯を取り出し、警察官鈴木と天才少年滝村に連絡を取る。前者は紅くんが私と出会う少し前に起こした銀行強盗事件で知り合った警官で、後者はその少し後、咲宮歌織ちゃんと共に彼に助け出された少年だ。
帰ってきた返事はこうだった。前者は、
『おう、わかった。すぐに向かう。』
だった。後者は、
『勘弁してくださいよ、僕は咲宮さんとは違って引きこもってない健全な小学生なんですよ?』
だった。まあそう言われてしまってはどうも返せないし、この件は3人で当たることになった。基本は4人チームなのだ。
学校へと紅くんは走る。今は携帯で通話中である。
『薙紫さん、私も鈴木さんもあとだいぶかかりそうだから、取り掛かるなら気をつけてね』
『ああ。でも、猫ぐらいなら俺1人でも大丈夫かもな…また連絡する』
通話は終了した。彼はそのままかける。
街をかけ街中をかけ、道をかけ道道をかける。
と、紅くんはかけ続けた後、遅くもある事実に気づく。先ほど、鈴木さんもあとだいぶかかりそうだから、と咲宮歌織ちゃんは語っていたのだ、しかし、この辺りはその鈴木のおっさんの管轄である。
『し、しまった!』
『ねえ君』
なのに何らかの形でこの場を彼は離れている。それはつまり、自分の事情を知らない警察官が代わりにこの辺りにいるということではないか。
取り掛かるなら気をつけてね。
『そっちのことだったのかよ!』
『ねえ、君』
と、その時。警官の格好をした男に、紅くんは声をかけられた。かけてかけてかけられた。
『あ……ああ。遅かったか。しまったなぁ…』
『ねえ、中学生だよね?どうしてこんな平日の昼間に学校じゃなくてここにいるのかな?』
ここは住宅街である。
彼は振り向き、しょんぼりとして顔を合わせない。
『ち、遅刻したんです…』
精一杯の嘘である。だが、彼はそれを言って、遅刻というのが意外と良い詭弁だったことに気づく。何故なら、スクールバッグを持っていて、制服を着ていて、尚且つ走っていたから。
遅刻しそうな中学生と状況は一緒だったから。
あれ?大丈夫なんじゃね?
と、警官の方を見上げる。 背の高い男だ。
『いいや、君は猫がどうたら言っていたじゃないか』
ダメだった。
遅刻しそうな学生はまあ言わないであろうセリフを思いっきり言っていたのだ。というか、携帯電話も使わない。
普通の人間は走っている途中に電話しない。
『あ、ええと…猫っていうのは学校の…』
『そう。学校にいるはずなのだよ』
と、半ば諦めかけていた紅くんだったが、ここで警官はおかしなことを言い出す。
そして彼は、1度目のクリムゾンは発動してまだ終わっていなかったことに気づく。
『あなた、まさか────』
『──────────幽霊猫を、ご存知かな?』
『…!』
実はこの男、あの『博士』である。
誰にでも味方してしまう思考異常・守護者を持つマッドサイエンティストにして、アメリカの地下都市こと禁止地区に食人文化を作った張本人(のうち1人)。
『市立無庭中学だな?送っていくよ。あの猫を逃した責任は私にあるからね……ほら乗ってくれ』
と、私がせっかく隠した学校名を明かした彼は、紅くんを乗せて学校へと車を出した。
『あなた、警察じゃないですよね』
『ああ。私のことは博士と呼んでくれ。もっとも、あんなに実験体を強力にしてから逃してしまったんだ、博士を名乗れば各方面から怒られそうだがな』
学校裏サイトを知っているだろうか…………………まあ、知らないだろうね。学校裏サイトっていうのはまあサイトなんだけど、ある学校の生徒達が教師への不満をぶちまけたり、裏口叩いたり、いじめの計画を立てたりする場所だ。
今では廃れて昔の文化となった…だが、その学校裏サイトのせいで病んでしまったり、
『もしくは死んでしまったりした人間がいた……今も、いるだろう。そして恐らく君の中学にはそれに似たようなものがある。例えばSNSのグループとかかもしれないな』
『うっわ…ええ?嫌ですねそれ』
近くに停めてあったパトカーに乗って中学へと向かう2人。初対面のくせに会話が弾んでいた。
あまりいい話題ではないが。
『幽霊猫は目立ちたいと思う人の心に取り憑く霊障だ。人の脳内を覗いて、目立ちたいという欲望を勝手に持って行き、それを燃料にして光り、風を吹かせる。』
『…ん?…えっと、それが学校裏サイトとどう関係するんですか?』
『インターネットもしくはSNSというのは、人の感情で出来ているようなものだということだ。
私も迂闊だった。まさか、妖怪の類である幽霊猫がネットの世界に進出するとは』
『ええ⁉︎』
まさかの事実。というか、ふざけた話だ。
『だが、捨て置けない話だ。これは、情報化社会の弊害と言うべきだろう……異能は何らかの器があって初めて存在できる。そしてその器の大体が人間だ。幽霊猫もそうだ。
だから、もっと早く思いついても良かったのだ。人間が0と1の数列に浸れば、異能もまた浸るのだということを』
『ええ…』
『妖怪と言ってしまえば古典的で奥ゆかしいもの…だが、まあそうとも限らないということだ。』
『で、ネット上、SNS上から目立ちたいという感情を回収した幽霊猫がたくさん集まって光害、暴風を起こしている…………でも、どうして学校裏サイトなんですか?』
『それはわかりやすく例えようとしただけだ。別にそれに限定しなくてもいい。裏でこそこそ口に出さないことを書いているという状況がある、というのが重要なんでな』
まあわかりづらかったようだが、いい例えだっただろうとは私も思う。普段は温厚な人でも、ネットでは感情を垂れ流しにしちゃうというのはよくある話だ。それはそうと、ジェネレーションギャップというのは嫌だね。
かくいう私も中学生の頃は知らなかったけどね。
まああんなもの知らなくてもいいけどね。
むしろ知って欲しくない。
『問題は何故君の学校なのかということだが』
『それは多分俺のせいです』
『ん?』
『なんでもありません』
ちなみに、彼らはこの事件より後は一度も会っていない。だから、忘れていたということだ。あの時もあの時も。
さて、そう話していると、学校についたようだった。恐らく猫は校庭に変わらずいるのだろうが、校門でも既に結構な風が吹いている。
『送ってくださり、ありがとうございました。んじゃ、軽く成敗してきますね』
『……君、1人でやるつもりか?』
『ええ。俺1人で十分です』
感情を操る俺は、まさに幽霊猫の天敵だから。紅くんはそんなことを思って、風の中へ進んでいった。
校庭を埋めつくしていた猫が消えた日。
紅くんは猫を成仏させたあの後パトカーがあった場所に戻ったが、そこにはパトカーの代わりに、一枚の紙があった。
そこに書かれていたのは、恐らく番号だった。
A-12-102。
ちなみに、A-12というのが博士のラボラトリー名であることにこの時の彼はまだ気づいていない。
何はともあれ、紅くんには平和は一生訪れないにしても、一応危機は去った。猫の大量発生は終わり、平穏な休み時間が訪れていた─────なぁんてことは当然あるわけもなく。
またまた事件の発生である。
幽霊猫関連の。
その日はやたら静かだった。
『あらあら、弓道が泣いてるわね。まるで譜面台だわ』
『………』
仮宮のぐるは紅くんに話しかけていた。翻訳すると、今日は台風が来るってニュースで言ってたのに、風の一つも吹いてないわね。不思議だわ。である。
『あ、仮宮さん!おはよっすうぃ!』
『あら、おはよう刃渡さん』
『台風は進路それたらしいよ〜』
『あらあら。随分と気まぐれなこと』
そう、この日は台風が来るとの予報だったが、全然来なかった。まあ、よくあるイベントである。全然来なかったところまで含めて。
だけど、紅くん今現在の状況が明らかに異常であることに気づいていた。台風が逸れたからといって、風が全く吹かないというのはおかしい。それに、風といえば、先日の幽霊猫が頭に引っかかって離れない。
『………一つ目……だよな』
彼はせっかく話しかけてくれている女子達を無視してパソコンを開き、天才少年・滝村君にメールを送った。
内容はこうだ。
『よっす、今台風ってどのへんかわかる?』
何故滝村君に送ったのかというと、彼は時間ができるごとに電子機器の画面をのぞいているからだ。連絡が帰ってくるのがもっとも早い。
『なぎしさん今どこにいます?』
と、返ってきた。
『今中学だけど』
『そこです』
『どゆこと?』
『台風ちょうどそのへんですよ』
ああ、なるほど。と彼は呟いた。そして、パソコンを持って教室から歩いて出ていった。
そろそろ授業が始まるが、そんなことは関係ない。
紅くんは屋上に出た。静かすぎる世界だった。
それもそのはずだ。
何故なら今彼は、台風の目の中にいるから。
『………っし』
ならば、次に彼がすべきは猫の捜索である。もしこれがただの偶然(逸れたはずの台風がわざわざ戻ってきた)ならばそれで良いが、そんなことはないだろうということはわかっていた。
普通、規模がそれほど大きくなく、よくある自然現象はクリムゾンの呪いにカウントされないのだ。
さて、彼はどこを当たるべきだろうかを考える。
幽霊猫がいるということは、目立ちたせたいけど目立ったら困るような何かがあるということである。
それこそ、学校裏サイトのような。
目立ちたいけど、目立ったら困る。言いたいけど、言うわけにはいかない。不満があるけど、不満を言えない。決して良い状況とは言えない。普通ではない。尋常ではない。
普通にしたいのに、普通ではない。
そんなものといえば?
彼は考える───────必死に考える。何も校内とは限らないが、とりあえず近くから順に考えていく。
近くから。
でもそれは近くからであって、近いところからであって、決して、その場所ではないのだ。
自覚症状が、ない。
『………あ』
結論から言うと、彼は猫を探さなくても良かった。
何故なら、幽霊猫は今、彼の目の前に現れたから。
イルミネーションのように光る猫が、優しく触れるような風を流している。彼の目の前で。
だけど同時に、あたりで暴風を起こしてもいる。光は拡散されてわかりにくくなっていたが。
『お前が犯人だったのか……いや、俺が犯人だったのか。そんなことはもう数え切れないほどあったが、猫に一本取られたのは初めてだな』
紅くんは理解した。
何を隠そう、何よりも普通じゃなくて、そして何よりも普通でありたいのは彼自身である。
『ああ…俺、そうか、こんなに辛かったんだな。知らなかったよ。自分のことなのに。』
少なくとも、自分の居場所を包み込んでしまうくらいには。彼がそれを認めると、台風はまた動き始めた。
『ありがとな。まあ、卒業までの辛抱だ。それまで、俺もお前も我慢、だぜ。』
そうして、このセリフによってストーリーは完結する。
『良い高校があれば、それが最高なんだけどな。』
はい。ということで、今回はこの辺で終わりということになる。まだ少し時間があるから一つだけ話すとするなら、インターネットやSNSでは発言に本当に気をつけろということかな。
0と1の数列、と博士は言っていたが、まさしくその通りだ。データというのはたったその二つの数字だけで作れてしまう。
そしてだから、永遠に残る。
幽霊猫──群生型だったり強個体だったり──に取り憑かれる前に、自分に正直になっておいて、そしてある程度は言いたいことをはっきり言って、スポーツか何かでストレスを発散しておくんだね。
画面ばっかり見てないで。
我慢ばっかりしてないで。
やりたいことやっちゃえ。
そしてそれを誰も笑わない。
少なくとも、中学の間は。
私は高校生の時点で成長を止めてるからわかんないけど、大人たちはきっと中学生なんて猫と同列に見てるよ。
……まあただし、こと紅くんに関して言えば、彼は中学の間は、青春も過ちも、許されないんだけどね。
めでたくなし、めでたくなし。




