第四話【絶対零度はあなたを止める】後編
この世の最高戦力は?と聞かれれば、つい最近の私なら、『クレナイの持っている剣の柄』と答えただろう。
天使の、『絶対勝つ』法則を使用できるというのは、これ以上ないチートであった。
しかし今はもうその力は使い切ったらしい。キャサリンへの天罰を少し待ってもらい、話し合いをする為に使ったようだ。正しく言うなら、使い切ったのではなく、これ以上使うとクレナイが爆散するから彼はもう使えない、である。
では、私の戦力はいかが?
ついうっかりこの禁止地区をまるまる敵に回してしまって、大丈夫だったのだろうか?
私は穴の下へと落下していた。
〈1-3〉着地。暗いところに来た。
「きやがったな!リリー・シエル!」
どちらさまだろう。
目の前にいたのはオレンジ髪の少女であった。雷を纏った槍を持っている。こちらとしては舞姫が出たばかりだからもう少女キャラはお腹いっぱいだ。
「私は白湯奈レミ!お前と同じ日本人だ!」
私は確かに日本語を話すけど日本人じゃない……。
リリー・シエルつってんだろうが。
「博士の邪魔をする侵入者には、どぎつい制裁を与えることにしている!お前とて、ここで引き返さないのなら例外ではないぞ!」
「どいつにもこいつにも帰宅部の勧誘ごくろうさんと言いたいね。でも残念ながら、私はあいつを諦める気がない。
何に変えても手に入れてみせる」
私はシモンを、連れて帰らなければならない。
そしてこの地下都市を潰さなければならない。
「ならば!死ぬ覚悟を決めることだな!ここを通りたくば、この私を殺してからだ!」
「殺さないよ。殺しは甘えだ」
相手の意見を封じることになるから。私はしない。
「フン!お前がどうであろうと、私は遠慮なくお前を殺す!」
槍の雷が、増幅する───地上で戦った執事の技を彷彿とさせられる。そう、あれは確か、『合同逆算・必殺雷電』。
異能の雷を使っている分、この白湯奈とやらの方が威力は高そうだ。彼女は槍を突き出すのではなく、投げる。
「【逆筆算・必殺雷電】!」
雷速。しかしここはどういう場所かはわからないが、とにかく暗いから攻撃は見えやすい───だから普通に避けてもいいが、あまりこういう時は余裕を持たない方がいいだろう。
最初から必殺技。殺さないけど。
「【具現隷骸】」
「⁉︎」
この技は例外を設定することでなんでもできる封印能力。2組の仲良しグループ、アスクブランクのリーダー、林道栄徹君の能力だ。これも多分鍵飲で会得したんだろう。
本当、それこそ自己完結とか、悪の味方に申し訳なくなるほど便利だ、この思考異常は。
私は槍の電撃を操り、Uターンさせて戻す。
「お、お前今…具現系の能力を使ってたのか?魔法使いじゃなかったのか?」
「魔女だよ私は。魔性の女かもね」
「ふ、ふざけるな!」
白湯奈は地面に落ちた槍を拾い、すかさず電撃を纏わせる。そして、攻撃体制へ!
本当に、どうしてここにいるのかが不思議になるほど、彼女は優れた戦士だった。この間1秒!
この動きは、本物にしかできない。
「─────────【雷槍・禊崩し】!」
今度は投げるのではなく、回転をかけてからの袈裟斬り。無論、その間も1秒ほどである。
「【逆筆算・雷電零度】」
だから私は、他でもない彼女の技でとどめを刺した。
〈4-1〉殺したわけじゃないけどね。
さて、白湯奈レミを撃破し、私はついに親玉の『博士』とやらのアジトへ乗り込む運びとなった。暗くてよく見えなかったが、白湯奈の後ろに扉があったようだ。
私はさっそく開けて入る。すると、その先に続いていたのはあまりにも細い道だった。青白く暗い道。
街灯がある程度の間隔で続いている。
「…行くか」
さて、ここらで一つ、人造人間の人権について思考してみようか。シモン・サクリファイス────奴隷と呼ばれる彼らに、果たして人権はあるのか。考えよう。
シモンへの対応には二つの種類がある。
①彼らは食用であるから食べていい。
②倫理的に規制されるべきである。
まず①について。私個人としては、そういう文化はあってはならないと思う。人より生態系が上の生物が人を食す、もしくは人が人より生態系が下の生物を食すことについてはどうとも思わないが、しかし人が人を食すというのはありえない。
では何を持って人を人とするのかという問題が出てくるが、それには単純な答えが出せるだろう。それは、誰かが決めることではない。人でなしという言葉があるように、何が人であると判断するか、もしくは人に何を求めるかというのは人それぞれで違う。強いていうこともできない。
ただ。しかし、だ。人間だと言うには、根拠が必要だろう。人によって、あるいは価値観によって判断が違ったとしても、しかしある程度の共通点があるはずだ。
私はこう思う。人の形をしているか否か。
同じ哺乳類でも、ウマを人間だと言う者はいない……だが、ゴリラとかならギリギリ言えるのではないだろうか?じゃあ、ウマを食し、ゴリラを食さない理由は何?
似ているから、だ。
②倫理的に規制されるべきであるについて。そりゃあ、倫理的に規制されるべきであるだろう。舞姫達は、明らかに人間の幼児の形をしたものを、否、人間の幼児を焼いていた。
正しくは人造人間…だなんて、付け加える必要はないだろう。あいつらは、その気になれば私の知っているシモンだって食うだろう。人間の形をした人間を。
そんな狂った文化あってたまるか。個々人の価値観で済まされるわけがない。あれは最低の行為だ。
人類三大タブーは親殺し、近親婚、人食いであるが(私は既に実質親殺しをしたことがあり、人食いをしたことがある)、そのうちの一つを率先してしようなどということはありえない。
禁止地区も、阻害地区と同様無法地帯なんだろうが、しかしさすがに看過できない。
うん。こんなものかな。だいたい考えはまとまった。
「それが思考異常『鍵飲』か」
「!」
気づけば結構な距離を歩いていたが、目の前に1人の男が立っていた。真っ白なスーツを着て、メガネをかけている男が。
「まさか…」
「ご明察、私が『博士』だ。リリー・シエル君」
彩さんは元気にしているかな?
と、彼は続けて言った。彩さん?誰だそれは。
〈4-2〉これは誰も知らない真実だが、
薙紫紅の父親、薙紫彩は生きている。薙紫紅が小学五年生の時、自宅を襲撃した能力者に殺された……とデータには残っていて、残された息子、紅も、そう聞いていたが、しかしそれは彼が作った嘘の記録である。
それに、クリムゾンの呪いの活性化により家族が事件に巻き込まれたわけではない。薙紫彩が事件を引き寄せただけなのだ。
それはつまり彼が誰かに憎まれたということで、それはつまり彼が仕事を失敗したということだった。
ともかく、息子の紅の外出中、その妹の緑、母の涼子、そして父の彩は致命傷を負い、紅の発見・通報により病院に運ばれた───だが、妹も母も父もみな、即死だった。だがしかし、彩が運ばれたのは普通の病院ではなく、今では紅が毎週お世話になっている、『黒の実験場』という非正規の病院だった。
治療薬のかわりに劇薬が処方されるとの噂があるその実験場では、魔法や超能力に頼らずとも死者の蘇生が可能であった。
そして生き返った父親は、息子を放り出して海外へと渡っていった。それまで通り、絵の力を、つまり希少価値の力を、つまり金の力を、つまり経済の力を、つまり国の力を、つまり世界の力を行使して。
「……そうか、お亡くなりに……」
「私はそう聞いてますけど……というか、なんで敵同士である私達がこんなトークしてるんですかね?」
「それはさっき言っただろう」
「信用ならないって言ってんです。それこそお無くなりになってんですよ」
「そうか…」
さっき言ったこととは。
彼はまずはじめに、私にこう言ってきたのだ。
「まあ何はともあれ、最下層にようこそ。待っていたよ。執事を寄越したはずなのに中々降りてこなかったから、ひょっとして街燈市の連中に絡まれて死んだんじゃないかと心配していた。無事でよかったよ……おい、そう構えるな、私と君は敵同士だが、しかし本当は敵対なんてしたくないんだ。ついてきてくれ、シモンの元へ案内しよう」
私は少し驚いてしまった。
想像と違ったのだ。もっとなんかこう、人間なんて食い尽くしてやるぜヒャッハー的な人間だと思っていたから、意外だった。まあ罠なんだろうが、私が罠にかかったって別に困ることはないだろう。絶対零度で心を読むのもポリシーに違反するのでする気はない。
私はおとなしく白スーツの後ろを歩く。
「ああでも、私が天角学園のリリー・シエルで薙紫紅の友人だってところまでは当然バレてるって思ってましたけど、よく私がシエルの血統だってわかりましたね?一応能力で隠してたんですけど」
「私ではなく、【逆算】の力だ。まあそれについても詳しく説明しなければいけないな」
「……逆算は、というか共鳴烏はあなたの能力じゃないの?」
「違う。あれはシモンの能力だ……そうだな、そろそろいいだろう。では、説明させてもらう」
博士は急に立ち止まると神妙な顔でこう言った。
「私を止めて欲しいのだ」
「止め…?」
止めて欲しいのだ?一体どういうことなんだろう。広空ホールディングスが企業として大きくなりすぎたから、外部からでないともう止まらない、とか?
「違うな…広空はそもそも私の会社ではない」
「え?」
なら、博士が仕切っているというのはなんだったんだ。私はてっきり、博士が人食を広めていたのかと思っていた。
「君と同じく、私にも思考異常がある───
───思考異常・守護者。効果は、目の前の人間全てに味方してしまうこと、だ」
〈3-1〉彼は語り始めた。過去について。
私は昔から、誰からでも博士と呼ばれていた。俗に言う、マッドサイエンティストだったからだ。
専門分野は異能だった。異能を科学で理解し、法則を設定することで異能を作ることができる。その作られた異能の最高傑作が逆算の力だと言えるだろう。
しかし、異能には器が必要だ。私は世界を旅しながら、実験台になるという人間を探していた。
その旅の一環としてこの禁止地区に立ち寄った。……当時のこの場所は本当に酷かった。荒れ果てていた。
第一層にあったのは少しだけ綺麗な、綺麗を取り繕った街だった。第二層にあったのは廃墟だった。第三層にはもう住居らしき物は存在せず、ただただホームレスがいた。その状態が続き、第十三層から先には生きた人間はいなかった。活気の代わりに、死臭があった。
はっきり言って目をそらしたくなる有様だった。マッドサイエンティストを名乗っていた私だが、この時初めて本当の闇を見たような気がしたよ。
部落差別。地下都市にいた彼らは元々はその真上…平原に住んでいたんだ。だが、その土地はあまり周りからは好まれていなかった。ただそこに住んでいたからという理由で差別され、最終的には空襲を受けて、富も恵みも燃やし尽くされて、しかし周りは敵だらけの四面楚歌だったから、地下に……当時の防空壕に困るしかなかったのだ。
平原自体は回復していっているようだがな。
もちろん、昔からそんな大きな地下都市を防空壕にしていたわけではない。ただ、商売のためには仕方なかったんだ。
土地は燃やし尽くされたが、なんとか金が必要だった。だから、地下へ地下へと繰り出して行った。何かがあることを信じて。そこで見つけたのが、他でもない、宝石、だった。
防空壕は、ダイヤモンド採掘穴に出来たのだ。
無論、資産を無くした丸裸の人間に巨大な穴が掘れるわけがない。だから私は、そこで薙紫彩の介入があったのだと推測する。彼はどこにでも現れるからな。
彼に差別は消せないが、しかし人を動かすことができる。彼の絵の価値を理解した人間なら、それが報酬になると聞けば飲まず食わずで働くさ。
で、それでようやく、私が来た時の状態だった。
30年ほど前だったか、薙紫彩はこの地下都市を離れた…そのあと日本に向かったらしい。ダイヤモンド採掘穴と、そこで働く為の労働環境は完成していた。若い者は最下層で働き、安値でだが周辺の集落へ売って稼いだ。やがて、地下都市にも金が溜まってきたのだが…しかし、ここで問題になってきたのが食料問題だった。
いや、元々いい飯を食えていたわけではなかった。だから、食料問題はずっとあったのだが…わずかに残っていた家畜達が、揃って感染病にかかったのだ。
何者かの嫌がらせ、だったのだろう。
当然、思考異常・守護者が発動したから、私は地下都市の食料問題の解決にあたって行動を始めた。だがしかし、事態は思っていたより深刻だった。もう私の力ではどうしようもなかった……そこに現れたのが、シモン・スカイワイドという男だった。つまり、広空、ということだ。
そして、そいつは私の前に現れてこう言った。
「肉が無いなら、いい考えがある」
彼は、自らのクローンを住民に食べさせようとしたのだ。彼が私に提案してきた方法は意外と簡単なものだった。
「人間は多細胞生物だ。一つの受精卵が体細胞分裂を繰り返して、分化して、人の形になる。つまり、だ。
全身が受精卵だと解釈もできるだろう?
例えば僕の肌の細胞だって、元は受精卵だ。ならば、そこに能力を与えて存在を確立させてやれば、僕のクローンを、培養槽の中で作ることが、ひょっとしたらできるんじゃないか?」
人食文化が誕生した瞬間だった。
〈1-3〉
「‼︎…」
「まあ、シモンの能力【逆算】が因果律を逆転させる効果を持つからこそできる芸当だがな」
「そ、そんな理由があるなら先に言ってくれれば!」
「いやいや、先に言っただろう。本人が食べられることを許可している場合どうするかを、彼に会う前に冷静に判断できるように」
「………冷静に判断?」
できるか?私には無理じゃないか…?もうこれ以上人食を否定することなんて。だって、詰んでるだろ。
ここまで上手くできていて、尚且つ他に方法がないギブアンドテイクを潰したら、マジで舞姫達の生活は破綻することになる。まさか、人を食べるしかなかったなんて。
変えられない運命には死んでもらう?殺してしまったら、取り返しがつかないんじゃないか…?
「それでも私は、君にこの文化を止めて欲しい。食卓にならぶ幼児の姿には慣れてしまったが、しかし嫌な気分なのだ。
殺される為に命を生み出すことにはなんとも思わない。だが、それが人間となると別だと私は考える」
そうか、この人には守護者という思考異常があるから、守りたい人を食べていることになるのだ。
「それに、君はどう思う?地下に潜れるからって、潜るべきだと思うか?彼らは依然、差別されたままなのだぞ」
「……」
それは良くない。なるほど確かに、博士の言う通りだ。
「誰にも怯えず、誰からも迫害されない暮らしができるならそれが一番だ────食料問題だって、差別さえなくなればどうとでもなる話だ。ここはアメリカなのだからな。
意識の改革。それは私にも、シモンにも、あの薙紫彩にさえできなかったことだが……シエルの血統、君には期待していいのかな?」
君はこの地下都市を、破壊できるかい?
彼はそう言った。私は答える。
「わかった。なんとかしてみる。」
そう言った瞬間。博士はどこからともなく銃を取り出し、私へ銃口を向けた。撃鉄はもう引いているようだった。
「私はもう限界らしい…君を傷つけてしまう前に、早く私を殺してくれ!頼む!」
あなたのような人を殺せるか。
【証明逆算・雷電零度】───────!
〈6-2〉対面の時が来たようだ。
細い細い道を抜けた先には、研究所があった。培養槽が並んでいて、その中にはシモンに似た容姿の少年たちがいた。
「──シモン!」
「り、リリーさん!」
そして、シモン・サクリファイスがいた。縄で柱に縛られていた。私は駆け寄ってそれを解く。
「大丈夫だった?怪我は?」
「無いです…というかここ、どこなんですか…?」
それは私も気になっていたところだ。
なんだ?話が違う。博士はこの道の先にシモン・ワイドスカイがいると言っていたのに。いないじゃないか。
「…ねえシモン、あなたに似ている人がここに来なかった?」
「来ました」
来たんかい。それなら話は早い。
「……じゃあまあ、多分地上で決戦するつもりでしょ…ひょっとしたら生き埋めにされるかもしれないけど」
「ええ⁉︎」
「落ち着いて。あなたの拘束はもう解いたから、ほら、脱出するよ。ついてきて」
「あ、あの…リリーさん、その拘束なんですけど…」
「ん?どうしたの?」
シモンはなんともいえない表情でこちらを見つめてくる。
「手が柱から離れないんです……」
「…えっ?」
私は念のため絶対零度で拘束を凍結したんだが。甘かったか?いや、そんなに甘かったか?
「…まさか存在束縛?いやそれは…でも、因果律を逆転するのなら特別不思議なことじゃない…」
「り、リリーさん…?」
「わかった」
私は絶対零度の発動をやめ、別の異能を発動する。
…これはあくまで仮定だが、多分絶対零度には制約があったんだ。存在束縛とはその名の通り存在を縛り上げる効果だが、どうやら絶対零度はそれにだけは弱いらしい。
私の両親、ザリオ・シエルとラナチェアード・レモンが異能解放という大事件を起こした際、父親は、世界が存在する前の無を存在束縛で持ってきたという。多分その時に私の存在に気づいていて、邪魔されないように絶対零度は細工されたのだ。
「無理。鍵飲で会得できる能力だって結局は絶対零度のうちだからね…だから、こうする。」
私は手のひらから剣を取り出す。舞姫の能力【可動式浸水剣極】だ。これはシモンを切るのに最適な刃物だろう。
「えい」
「ぎゃあああああああああ⁉︎……ってあれ?」
手首から先を切り落として、治癒した。絶対零度で。人には使いたくないのに、ここにきてから何回使わされただろう。
本当に、この街は……。
「《お見事》」
と、その時だった。部屋のスピーカーから放送が流れ始めた。そして私はこの声に聞き覚えがある。
「《無事、取り返せたようだね。それでいい。それでこそ、シエルの血統だ。ようこそ地底へ。僕が広空ホールディングス取締役、シモン・ワイドスカイだ。》」
「り、リリーさん…」
「うん。ついに親玉の登場ってわけね」
「《僕は今地上にいる。どうしてもこの地下都市の破壊を願うなら、ぜひ来ることだ。正々堂々、勝負しよう。》」
「…いいでしょう、行くよ、シモン!」
「ふぇ⁉︎」
私は彼の手を掴み、狭い道から穴へ出て、ロケットのように一気に地上まで飛び立つ!
「うわぁああああああああああ⁉︎」
そして地上に躍り出る!
「じゃあ、最終決戦と行きま………」
が、しかし。張り切って飛び出していった私を待っていたのは、思ったよりもずっと強い奴だった。
「え?」
そこにいたのは、大量のシモンだった。
「解析終了。スタート、殺れ」
「了解」
そして、そのうちの1人が私の元に飛んで来て、飛び足蹴りを食らわす!もちろん、雷を纏っている。
またも脇腹に、直撃!
「……う、嘘」
痛い。痛いが、いつまでも空中に浮いられない。どうやって絶対零度の防御を破ったのかは知らないが、とにかく、この場所を離れなければ!
「【彼方任せ】!」
「!」
シモン・サクリファイスが、能力を発動した。私が預けた五つの異能のうちの一つを────いい反応だ。
「うおっ」
そして、その預けた五つの異能とは全て、彼の身を守る為の『緊急回避能力』!私の体は引っ張られる!
何メートルか離れたところまで行くと、飛び蹴りを決めた彼は追ってこなかった。
「……なるほど、なかなかどうして侮れないな。リリー・シエル。一撃必殺かと思っていたよ」
「…‼︎」
「シモン・ワイドスカイ。僕の名だ。そしてもうこれ以上、我々は言葉を交わす必要はないだろう。さあ、さっさと終わらせようか」
「終わらせようか?終わるのはあなただけよ」
「残念ながら終わるつもりも、算段もない。リリー・シエル───シエルの血統。人食いを終わらせることはできない。」
「……」
確かに、この戦力差は厳しそうだ。
たくさんいる奴らのことではない。あいつらは蹂躙できる。問題は、『スタート』と呼ばれていた彼だ。
絶対零度を物ともしなかった。恐らくは、あの博士もしくはシモン・ワイドスカイの最高傑作ということだろう。
……とりあえず、腹の傷が治るまでは時間を稼がないと。
「……あなたはどうして、人食いを続けようとするの?そんな面倒なことをしなくて済むのなら、そっちの方がいいじゃん」
「不可能だからだ」
ほう?何を言ってるんだか。あなたに味方している博士でさえ、どうとでもなると言っていたが。だいたい、封印能力者が本気で取り組んで、できないことなんてないだろう。
絶級能力者を倒すこと以外は。
「それは、できるかもしれないという、仮説の話だろう?その為に今の体制を崩すのはリスクが高すぎると言っている。失敗は成功の母とは言うが、これに関しては一度の失敗も許されないのだ」
まあ確かに、それはそうだ。力を持っている割りにやることが小さいという封印能力者の習性のことを考えれば、怖くなるのはわかる。
だけど私は否定する。
「理想論を語れない奴は信用できない」
「……」
治った。リリー完全復活だ。
「失敗するか成功するか…そんなことを言ってられる程度の話なら、失敗する原因は努力不足だよ。だから『失敗は成功の母』ってのは非常に危険な考えだ。代わりにこれを覚えとくといいよ、『成功とは子供のことではない。子供を産む為にすることだ』ってね」
「…なるほど…ダーク・バランスを知らない者の意見だな」
「ん?」
ダーク・バランス?それって確かクレナイの旧友がなんとかかんとか言ってた気が…巫槍、だっけ?
「わかった。ならば、僕は成功も失敗もしないことにしよう。それが嫌なら、全力で止めてみるんだな」
「もちろんよ。絶対零度はあなたを止める」
私は宣誓をし、戦闘体制に入る。どうやら今の私の力じゃ、シモン・スタートには勝てないようだから。
だからせめて、あいつら全員再起不能にしてやる。
私もろとも。
「り、リリーさん!僕は何をすればいいですか!」
「あなたは…取りあえず渡した異能で日本に行きなさい。クレナイか理事長の元までたどり着けば多分大丈夫だから」
「そうじゃなくて…」
「もっと頼まれてくれるなら、今すぐどこかへ行って。そこにいられると本気を出せないから。」
「……!」
「それが嫌ならその辺で三角座りして爪でも噛んでなさい。大丈夫、全部なんとかしたげるから」
「リリーさん!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
私は駆け出す。まずは、雑魚共を凍結する。シモン・スタートとの戦いに集中できるように。
「凍てつけ、絶対零度!」
概念を凍結する能力。それが絶対零度。封印能力者でないと、これからは抜け出せない。
やはり、物ともしない奴が1人。
「シモン・スタート!勝負だ!来やがれ!」
「了解。僕の力を思い知れ。」
彼もまた、私に一直線に駆け出した。
絶対零度…も、自由戦士も。私の持つ全ての能力を統合しても、多分敵わないだろう。
何故なら彼には歴史がある。秘密兵器として、必殺兵器として重宝されていたという歴史が。だから、私は負ける。
だけど本当はそれでいい。
私は負けていい。負けちゃダメなのは、むしろ彼らの方なんだ。だけど譲らない。
私はこの絶対零度で否定する。
「人を食って!許されるわけがないだろ!この外道がああああああああああああああああ!」
「【共鳴逆算・必殺雷電】!」
その瞬間。
敗北が確定した。
能力の解析は既に済んだ。彼の放つ必殺技は、これまでと同じ原理で出来ている。因果律を逆転し、結果を先に持ってくる……私の体など、骨も残らないという結果を。
骨も残さずいただきますってか。
調理法ではなく、捕食法。
その捕食法に私は成すすべもない。
だから彼の敗北が決まった。
「リリーさん!」
「!!!」
シモン・サクリファイスが飛び出して、シモン・スタートに抱きついた。何故?そんなことは決まっている。
受精卵から何までも構成要素が同じである、同じ生物で、共鳴烏という起源を同じくする能力を持っている。つまり、同じ能力を持っている。
例えば因果律を逆にするとして、その効果が二回あれば?逆算を逆算し、逆転が逆転する。
─────逆算を、無効化できる─────!
「な、なんだと…⁉︎」
「…私は」
私は、スタートを押さえつけるシモンを通り過ぎて、ワイドスカイの元へ歩いていく。
「私は…君のような人間を心から尊敬する。シモン・サクリファイス。君は未来を切り開いた…!!」
「………シエルの血統…貴様」
「シモン・ワイドスカイ!これで終わりだ!この地下都市も、人食も!」
「貴様ああああああ!!!!」
「【必殺逆算・雷電零度】!!!!」
それは、新しい能力の誕生だった。因果律を逆転する能力【逆算】と、概念を凍結する能力【絶対零度】の混合物。
零度と地面を下回り、限界と法則を超えるというところから、私はこの能力を、
【絶対零下】と名付けることにする。
〈4-1〉日本、天角学園。あれから地下都市を地上に持ってくるのに、一ヶ月かかった。
達成マゼンタ・エモーションを使って洗脳すれば手っ取り早く天角学園の全生徒を改心させられるだろうと思っていた私だが、夏休みを全て使った『差別を無くすための意識改革』を経て、能力や達成に頼ってもいいことはない(少なくともいい気分ではない)ということに気づいた。
まあ何はともあれかくかくしかじか、バカンスを謳歌するはずだった私の夏休みは、ちょっとした国際貢献で全て費やされ、結局青春はできなかった。
でもそれも一興だろう。
それに、人助け部の部員が増えるのだ。今は残念がるよりもっと別の感情を抱く必要がある。
私はシモンに新たな苗字を与え、名乗らせることにした。
「し、シモン・クロウです!よろしくお願いします!」
「わー!パチパチパチパチ」
「おお、めでたいめでたい…これはめでたいぜ。男女比も許容範囲内に入ったし。リリーの推薦なら安心だ。
なんだがな?リリー。流石に流しちゃいけない流れがあるだろ。お前マジでどこまで行ってたの?俺は一応監視係だからさ、めちゃくちゃ怒られたんだけど。特に美樹先生から」
おっと。いけないいけない。日本での後処理編などしたくない。終わろう。何か一言言って早く終わろう。
さながら、因果が逆転するように。
今回の総括を兼ねて。
「正直に答えろ!どこまで行ってた!」
「したいことをしたまで、よ」




