過去編【封印ディフェンド】
「今から30年前、とある事件が起きた──
──それは、異能犯罪史上最悪の事件とか言われたりする。私、庵内湖奈々が起こした一連の事件なんて比べものにならないほど、『酷い』事件。はっきり言って、最近の楽しみである長ゼリフ昔話のコーナーでこんなこと話したくないんだけど、しかし仕方ない…このままだと、あのキャサリン・ヴァルキューレという存在が陳腐なもののまま、紅くんは助けに出ることになるんだからね。だってそうだろう、いきなり現れた奴助けて1年生篇の前半終了とか…いまいち締まらない。
だからそのキャサリンが味わった悲劇を紹介する…彼女を、『可哀想な存在』にしてやろうじゃないか。
紅くんにとってだけどね。
これは、学級崩壊の物語。
他でもない、後の理事長・須川朝登と、キャサリン・ヴァルキューレ、そして、
リリー・シエルちゃんの叔父、大魔導士ガティア・シエルの物語だ。
まあこれを見れば、何故理事長が封印クラスを封印するのかがわかるよ…紅くんはその事情を知ったその上で、リリーちゃんを助けることにしたんだけど。
ほんと、頭おかしいよ、あいつ。
あれ?そういえば、この事件…『禁忌解放』について紅くんは調べてもらっていたけど、どうしてキャサリンだけを知らなかったのかな?その辺も、注目ポイントかもね。
長ゼリフに憧れる。少しも残さず憧れる。
3年5組は当時なんと呼ばれていたかな…まあいいや、当時の封印クラスに、須川朝登はいた。彼は当時から3組に所属していた、キャサリン・ヴァルキューレと仲が良かった。
ちなみに所属クラスからわかるように、須川朝登はその昔はまだ封印能力者だった。
『のう朝登、なんだか嫌な感じがせんか?』
『嫌な感じ?なんだそれは』
『何か、禍々しい異能の気配が…おぬしは感じんのか?妾はもつさっきから吐き気がするのじゃ』
彼女は感じていた。嫌な気配を。まあこれは伏線でもなんでもない。ただ単に、リリー・シエルが誕生したというだけだ。
そう、誕生した。
『ん…じゃあ、封印しようか』
『…いや、ちょうど今治ったのじゃ』
『ええ…じゃあ、勘違いだったんじゃないか?』
彼らは気づくはずもない。
胎児のリリー・シエルに、封印能力が宿ったなど。
だがまあ、それは今回の話とは関係ない話だ──
──重要なのはもっと他の件。
『胎児が』宿った件。このへんは彼らは既にこの時点で把握していた情報だから、私から説明しよう。
須川朝登の同級生・つまり封印能力者のザリオ・シエルとラナチェアード・レモンの間には子供ができていた。
生々しいというか生でというか…まあ、その当時、天角学園はゆるかった。教師は、絶級能力者や達成使いを配置することもなく、普通の能力者5人だけだったし、生徒を気にかけてもいなかった。不純異性交遊なんて気づかなくて当たり前。そんな感じ。まあだからこそなのか。
生徒達は…具体的に言うと、当時居た須川朝登以外の封印クラスのメンバーが、えげつない計画を立て始めた。
仲良しの2人はそれをまだ知らない。
『いや…この感じは、相当すごいような…』
『…絶級能力者のお前が感心するとは、放っておくと危ないかもな…』
『…いいや、でも放っておこう』
『?そうなのか?』
『うむ…それより朝登』
キャサリンは話を変える。切り替える。
『最近、噂が流れているのを知っておるか?』
『噂?なんだそれは』
『妾とおぬしが付き合っておるというぬがっ⁉︎』
拳が脳天に直撃…酷いことをする。
須川朝登はこういう時真面目じゃない。
『おいキャサリン…まさか、この私が女欲しさにお前を訪ねていると思っているのか?私はそこまで落ちてはいない』
『痛いなう』
『なう?』
『間違えた。痛いのう…いや、のう?まあそれは冗談として、噂というのはザリオ・シエル君についてじゃ』
『…ザリオ?あいつの噂?』
彼女は言う。
『うむ…なんだか最近、ラナチェアードという女子と付き合っておるとか…』
『ふーん…結局そういう話か』
『いや、これは結構重要な話じゃ…朝登、おぬしはあまりあの教室に居たがらないから知らぬ話かもしれんが、こんな治安の悪い…どころか、治安の無い場所で男女交際なんて、出来るもんかのう?』
まあこの時には既に遅く、ザリオとラナチェアードはいくところまでいった後なのだが。しかしキャサリンは警戒した方がいいと告げる。
『……』
『はっきり言うとの?あやつらを筆頭にして、封印クラスの生徒が阻害地区の外へ繰り出していると聞くのじゃ。まあ妾はそれ自体はそこまで問題では無いと思うのじゃが、しかし、思考異常者が街へ出て、平和に帰ってこれると思うか?』
妾は思わん。と彼女は言う。
そしてそれは的を得ていた答えだった。私も思わん…例えば紅くんが街へ出たところで、買い物すらままならないだろう。思考異常・悪の味方は発動するまでもなく、一般人に異様さを伝えてしまうから。まあ悪の味方は思考異常の中でも結構強い方だから例えが悪かったけれど、しかしザリオ・シエルにしたってラナチェアード・レモンにしたってその他のクラスメイトにしたってそれは一緒だ。
普通じゃないから異常者と呼ばれる。
タバコを吸えば犯罪者顔になるみたいに、思考異常を持てば普通でないことはバレる。
『それは私も賛成だな…で?つまりなんなんだ』
『いやそれで、心配になっての…彼らが戻ってこなくなったら、外で暴れられたら、妾もおぬしも対応できなくなるじゃろう?』
これこそが、今回の物語の鍵だ。
そう、かつての天角学園では、封印能力者は押さえつけられていなかった。全員が、桜原棘君や林道栄徹君のようにフリーダムな状態。しかしそれでもなんとか学校が学校として状態を保ってられたのは、ひとえにキャサリン・ヴァルキューレのおかげであった。相手を無条件に超える『臨時雇い』は、封印能力者達を暴れさせはしなかった。
そしてその役割を須川朝登は手伝っていたのだ。
『…連中もストレスが溜まってきたということか?』
『かも、のう。入学式で初っぱなから力を見せつけたのは良かったが、最初から目標を妾に定めたのは良くなかった』
『…しかし、お前に倒せない相手なんているのか?能力放棄は、相手に勝ってからでも遅くは無いんだろう?なら、ザリオ達がどれだけ外で暴れようと…』
『だからそれが不安なのじゃ』
『?』
『想定してみよ、例えばお熱い2人がどうしてもこの狭苦しい状況から抜け出したいと思ったら』
『…』
『2人で力を合わせればなんとかなるって、思うじゃろ?』
この時須川朝登は、それはこちらも同じことだろう、と言おうとしたが、やめておいた。放ってはいけない問題であるような気がしたからだ。
そしてもう手遅れだった。
その翌日…須川朝登は登校した。
とかいって、彼の動きを中心に話していくのもそれはそれでいいが、しかし彼らがこの後することといえば、ザリオ率いる封印能力者達の打倒ぐらいである。
だから、ここはあえて焦点を変えてみよう。
今回のキーパーソン、ガティア・シエルに。
彼は絶級能力者だ。
海外には、魔女村という場所がある…ガティアならびにザリオはそこで生まれ育った。双子だ。同じ条件の元で同じ教育を受け、同じように育った。しかし、それでもやはり考えには差が出たようで、ザリオは青春がしたいと天角学園へ、ガティアはそうでもなかったので旅に出たのだった。
そんなガティアだったが、彼は今アメリカにいた。
『なあ、彩さん』
『……』
再び登場、紅くんのお父さん。とは言っても、この時にはまだ父親ではない。ええと、これまた時系列がめんどくさいな。
まとめてみよう。30年前。
紅くんはマイナス14歳…その父親、彩さんの年齢はわからないが、この14年後に紅くんは誕生することになる(それならリリーちゃんはこの30年前に既に胎児であるのはおかしいと思うかもしれないが、そこはなんとかなるから心配しないでくれ)。
つまり彩さんはイグナイトソードブラッド・クラウンストライクアックス・カッターフリーゲイザー・タイムセイヴァーアタック略してソードちゃんを巡る一連の事件よりもずっと前から、アメリカにいたということになるね。
まあ前回(領域エクスキューズ)は彼が晩年何をする為にアメリカにいたのか、理由はわからなかったけど、しかし今回ははっきりしている。ただ単に、アメリカが好きで住んでいた。
その後日本に戻ってすぐ奥さんを作るという流れだね。なんで日本に戻ったかというと今回の事件を見届ける為なんだけど。
『彩さん、これみてくれよ』
彩さんが当時何歳かはわからないが、さすがに若い…そしてその横にいるガティア・シエルも若い。まあ彼はこの後死ぬから、人生の中じゃ最も老けてる年ということになるんだけど。
『…なんだ、それは』
『水晶玉…俺の魔法なんだけど、これを通せば世界中、どんな場所でも覗くことができるんだぜ…』
グリーンカーテンで朝日が少ししか入ってこない彩のアトリエで、好青年ガティアは占い師のように水晶玉を見つめる。
『それは知っている、要件は?』
『依頼だ…なんか、俺のにーちゃんが暴れたがってるんだよね…引き分け師のあんたにとっては、争いを止めることぐらい簡単だろ?』
その絵を使えば。彼はそう言った。
それに答える。
『それを言うのなら君だって同じだろう…異能史上最強の能力を持つ君なら、どんな争いだろうが止められるだろう』
異能史上最強の能力。
ふん。
まあこれについては、認めざるを得ない。
彼、ガティアの持つ能力は、確かに史上最強なのだから…この庵内湖奈々の『名付け親』と比べても、だ。
ただし最強すぎて人間には到底扱えない代物だから、それを持つガティアが史上最強の能力者というわけではないが。
『いやだから俺は不完全なんだって…』
『…ふん』
薙紫彩は立ち上がった。
『いいだろう…同行してやる。どうでもこうでもしてやる。ただし、俺は引き分けにすることしかできない…その場限りで誤魔化すことしかできない。無能力者だからな。物事の解決は君のような才能ある者がしろよ』
『…!…ありがとう』
こうして、2人は日本へ渡った。
さあ、これで役者は揃ったわけだ。つまりそろそろ、クラスが分裂する時が来た。…いや、元々分かれていて、裂かれていたのかもしれないけど、しかしこれで決定的に…。
須川朝登は目を覚ます。 彼は、登校したその後、校門から校内へ入った瞬間、深い眠りについたのだった。
何故?、と彼は自問自答をしてみるも、そんなことはするまでもなく、すぐさま『犯人』候補の所在を確認する───
『…‼︎』
その時、ザリオ・シエル達率いる封印能力者達の気配が、学校からしなかったのだ。その代わりと言ってはなんだが、キャサリン・ヴァルキューレが走ってきた。
『朝登!』
───いない。彼女は結論を告げた。
会議が始まる。
『…昨日帰ってから、こういう時の為に色々準備してたんだがな…睡眠、いや、催眠、か。聞いてないぞこんなものは…あいつら全員の全力だろうと、お前を眠らせることなんて不可能だろうに』
『…いや、朝登君、妾は眠らされたのではなく、おそらく不健康にされたのじゃ』
『不健康?』
『うむ。判断が遅かった…まさか連中がここまで早く動いてくるとは、妾も思わんかった。…【予知】をした時にはこんな結果は出ておらんかったよな?多分その後に邪魔をされた…』
『いやでも待ってくれよ、睡眠を無意識に長引かせる程度の不健康さだって、【臨時雇い】の付属能力で100倍ぐらいにして返すんだろう?確か。誰がやったかは知らないが、そいつは今、コンディション最悪…なら、まだ校内に』
『やったのはラナチェアードじゃ』
彼女は須川の言葉を遮る。
『そして、奴はおぬしの言う通り校内にいる。それを感じさせぬほど衰弱してるようじゃが…確かにいる。だから、おぬしが追いに行ってくれ。妾はここで見張っている』
『…わかった。行ってくる』
しかし、彼が逃げ出したクラスメイト達を見ることになる時にはもう、彼らは負けていたのだった…廃墟街にて、地面に突っ伏して倒れるクラスメイト達がそこにいた。
そして、その中に佇む謎の人物。
誰だ?と思い、須川朝登は声をかけてみる。
『おい、君、一体──』
『俺の名はガティア・シエル』
『…! シエル?まさか!』
『ああ、ザリオの弟だ。だがここにはにーちゃんはいなかったんだが、君はうちのバカ兄がどこにいるか、知ってるのかい?知ってたら教えてくれよ』
ぶっ殺すから。
彼はそう言った。
須川朝登、キャサリン、そしてガティアは協力体制を取ることにした。ガティアが打倒した数人と、キャサリンが発見したラナチェアードは拘束できて、つまりはザリオ以外の封印クラス生徒は全員拘束できたわけだが、しかし、3人はとてもじゃないが『首尾よく進んでいる』とは言えなかった。
一番逃してはいけない奴を逃してしまったのだ。3人の意見は一致していた。他の誰よりまずザリオを追うべきだった、と。
『弟である俺の参戦はまず見抜かれてただろうな…だから、御誂え向きの敵を用意した。そして、そのラナチェアードって奴を校内に残すことで、君らの片方を同じく校内に残らせた…戦力の分散を図った…いや、朝登君を校外に出して俺に合わせて話をさせて時間を稼ぐってのが狙いか』
『なんにしても、見事にやられたのう……1人外に出れればいいから、他は犠牲にするなど…奴らの狙いは、全員でのここからの脱出ではなかったのか?…まあ、恋人であるラナチェアードをここに置いている以上、彼はもう一度戻ってきて、妾らを排除するつもりなんじゃろうが』
『…挑戦状代わりか。嫌なことをする…』
『……』
3人の脳内にはまた同じ考えがあった。
須川朝登、キャサリン・ヴァルキューレ、ガティア・シエル。この3人が同盟を組んだ今、果たして誰が対抗できるだろう?
彼らは自尊心が強いわけではない。
ただ、自らの持つ力の危なさをわかっているだけだ。
封印能力者1人と絶級能力者2人。
本国もしくは外国から、ザリオがそれらを打倒できるほどの人物(達)もしくはエネルギーを持ってくることができるとは到底思えない。
この私、庵内湖奈々を連れてくればキャサリン1人ぐらいなら倒せるかもしれないが、それでも絶級能力が一つ足りない。
だから、ザリオは私を2人連れて来なければならないのだ。…否、勝ちたいのなら、最低3人はいるだろう。
(もっとも私はその頃はまだ生まれてないが)
しかし。ザリオが先ほどのような作戦を立てたということは、アテがあるということなのだ。3人は余裕ぶってる物言いだが、内心ビビっている。
これから確実に未知の攻撃が来る。彼、ザリオが、自分達を倒せると判断した攻撃が。もしそんなものがあるのなら、
もうどうしようもない。勝ち越しているはずなのに、もう彼らは負けた気分なのだ。
『…にーちゃんは変なところで誠実だ。仲間を裏切るような奴じゃねえ…だから、絶対に【何か】を持ってくる。そして、俺達はそれをどうも出来ないんだろう…と、俺は思う』
『うむ。同感じゃ』
『それでもやるしかないだろう…まあ、ガティア君、君は嫌になったらすぐ逃げていいんだからな』
『逃げるかよ。これは兄弟の問題だ。俺は逃げない…それに、いざとなれば奥の手がある。俺はまず死なないさ…だから、まずいのは君らだ』
『というか、朝登君じゃのう』
『うん。まあ、私は最低でも死ぬだろうな』
感情を使わずに須川朝登は覚悟する。それを2人も黙って見ていた。少しした後、ガティアが話しだした。
『諦める必要はないぜ。その【何か】はキャサリンちゃんと俺でなんとかする…時間はかけない。すぐに片付けて、すぐに加勢する。だからほんの少しの間、朝登君がにーちゃんを抑えててくれれば、死なずに済むはずだ』
『ああ、期待してるよ』
そうは言ったものの。彼はこんなことを思っていた。
──私は別に死んでも構わないのだが。
ザリオ・シエルはその昔は純粋な少年だった。
いや。今も今とて、恋に恋する純粋な少年だ。そして、その恋人ラナチェアード・レモンも、純粋な少女だ。
だから。彼らは教えてくれる。純粋とは、純を装っても、粋を計らってもいないからこそ、最大の武器になり得るのだと。
翌日。ザリオ・シエルは学園に帰ってきた。
もちろん、投降しにきたのでも登校したのでもない。
彼らと戦うため、である。
『やあ』
『…やあ、元気そうだね、ザリオ』
『朝登、お前もな』
ちなみに。先に言っておくと、彼が持ってきたのは天使の力ではない…もっと単純に恐ろしいものだ。
寝る前に、宇宙が生まれる前のことを想像したことはないかい?…無くてもいいけど、しかし誰もが知っているだろう…全ての物事にはそれが無かった時代が存在するように、宇宙や世界もまた『物事』である、最初は無かったのだ。
彼が持ってきたのはそれだった。
何も、『無い』空間──────
─────────何も無い空間すら、『無い』。
そこには何も存在していない、空間。空間も無い。
解く前の解答欄。書く前の白紙。
─────────────さえ、無い。
『ある噂を聞いてさ…【存在の影】ってのがあるらしい。なんでも、強い力が生まれた時の反動で生じる世界の歪みとかなんとか。だから存在がマイナスってことだな。
で…その【存在の影】というのは、全ての世界が生まれる前にある無の空間…すなわちこれに似ているらしい』
これは存在がゼロだ─────ザリオは後ろにあるそれを指差してそう言った。
『それ』とか『在る』いう表現をすることは許してほしいところだが、ザリオの後ろには莫大な量のそれがあった。
『…それは、どのくらいあるんだ?』
『さあ?でも、糞弟と、のじゃのじゃ女をたった一秒ほどなら足止めできる、とは思ってるぜ』
『で?それでタイムスケジュールはどうなる?』
『0.1秒でお前を殺す。後の0.9秒で世界を作る』
『…へえ』
『悪いが、俺らはもうこんな世界は勘弁なんでな…新しく、世界を作らせてもらうぜ。この世界の上に、上書きするように、な。お前ともおさらばだ』
『…じゃあ、一つ聞いておいていいか?ザリオ』
『あんだよ』
『この世界の何が気に入らない?』
『……』
ザリオは黙る。返答に困っているようだった。
『…いや、別に嫌いなわけじゃないんだぜ、ここも。だけど、好き、だと、はっきり言えねえ。俺は気づいてしまったんだよ。恥ずかしいことを言うようだが、好きなことだけで世界を埋めつくせばいいって気づいてしまったんだよ。だから、嫌いじゃない、じゃあダメなんだ』
『はあ』
『ま、簡単に言うと、我慢したくねーんだよ』
『…言いたいことはたくさんあるし、こちらにも事情がたくさんあるが…だが、今はお前に響きそうな言葉だけを言うことにするよ。お前はさっき、強い力が生まれると【存在の影】とやらが生まれると言ったな。偶然やら暴走やらなら致し方無しと言えるが、世界を作るなんてことをすれば、当然それが生まれるだろうが…それを承知でやるのか?』
『あぁー…そだな。やるよ』
『…わかった。わかったよ。じゃあ、戦おうか。
お前は本当に封印されるべきだよ。ザリオ。』
そして0秒が経過する───
───0.1秒経過。
もちろん、時は止まっている…。彼らには0.1秒が、一日ぐらいに感じられただろう。つまりは、一日で決着がついた。
結果:須川朝登の惨敗。それも仕方ない話だった。
バトルが始まったその瞬間!拘束していたはずの8人の封印クラスのメンバーが、揃いも揃って彼の前に現れたのだ。逆に、同格の相手が9人もいて、よく一日も耐えたものだ。だが、しかし、尽き果てた。須川朝登は殺された。
相手がザリオ1人なら。彼は勝てていたかもしれないのに。
何故、拘束は解けたのだろうか。
それはひとえに、開始0.0秒でガティアが死んだからである。拘束を担当していたのはガティアだったのだ。
それはまだゼロ秒も経過していなかった時のこと。これまた、ザリオの作戦に飲まれる形になった。
ガティア・シエルの用意した魔法供が、一つ残らず吸収されたのだ…その、無の空間に。いきなり突撃した2人だったが、近づいただけで絶級能力を吸われることに気づいた。
いや、吸われるのではなく、固定されることに。
実にまずい状況だった。
その空白に、まさか攻撃性が無いとは思わなかったのだ。ザリオがそれを操って、こちらへではなくとも無差別でもいいから『攻撃』をしてくれたなら良かったのだが、しかし。
その空白はただ膨張し、周りを塗り潰すだけで、攻撃をしていない。ならば、キャサリンは身を守ることができない!
相手より強くなる?この場合はその相手が存在しない。というか、真似できるような強さが存在しない。
無論、キャサリンならば付属能力だけでなんとかできたのだろうが、しかしそんなことをガティアは知らない。ガティアは彼女を突き飛ばし、守るようにして、能力を発動する───!
『【総司令官】‼︎』
その能力は単純。『すべてを操ること』。
まさに最強の能力。だが、それは人間に使えるほど安い異能ではない。咄嗟に発動した程度ではたかが知れている。
開始ゼロ秒、ガティアは存在を塗り潰された。
その代わり、その空白を消し去ったのである。
キャサリンはただ見ていることしかできなかった。咄嗟の発動とはいえ、ガティアの手際が良すぎて、手出しをする時間がなかったのだ。電光石火で、彼が自らの存在消去と引き換えに空白を消したからだ。
そして───1秒経過。
キャサリンはガティアが消えたショックを感じると同時に、須川朝登が血まみれで倒れているのを発見した。
発見──してしまった!
『‼︎‼︎……がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』
そこから先は、酷い蹂躙だった。
そこまでの負け越しが嘘だったかのように───
──キャサリンは、9人の封印能力者を叩きのめす。1秒じゃあ終わらせない。何秒も。何秒も。何秒も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
ふと気がつけば、あたりは血の海になっていた。そして、死体の山ができていた。
そして…彼女はザリオの首を締めていた。
『ぐっ…がぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!』
『抵抗しても無駄じゃ…もう離さん。もう容赦はせん。もう油断はせん。もう失敗はせん。もう誰も殺させん。
確実に殺す。首が引きちぎれるまで締め続ける!』
その言葉の通りにするキャサリン。
すると、ザリオが笑い始めた。
『は、は、ははははははあははははははは‼︎』
『何が可笑しい?死ぬ前だというに』
『…レモン!今だ!』
ザリオはそう叫ぶ。何か、今だ!と叫べば何かを起こそうか、という打ち合わせがあったのだろうか?
『…レモン!おい…⁉︎』
『あの小娘ならとうの昔に死んでおるわ。大変じゃったぞ?何度でも生き返るから、生き返らなくなるまで殺すのは』
『…え?』
さらに強く首を絞める。そして、
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●。
『……あーあ…すべて終わってしまったのう』
すると彼女は、仰向けで倒れている須川朝登の横に座り、胸に手を当てる。そして、能力【臨時雇い】を彼に壌土した。
すると彼はみるみるうちに回復し、
そして目を覚ました。
『……』
だがそこに、キャサリンはいなかった。
その代わりと言ってはなんだが、
薙紫彩がいた。
『どうするつもりだ…派手にやらかしたな。聞いたことが無いぞ、10人も全能候補が死んだ事件…など』
彼は冷たくそう言う。
『あなたが奥の手…ですか』
『まあそうだが、しかし必要はなかったようだな。武力行使を選んだのはガティア自身だ』
『……』
『全く…だがまあ、何はともあれご苦労様だったな。これだけ死人が出たのは残念だったどころの話ではないが、しかしよくぞ世界を守ってくれた』
『…世界を守れても、誰も守れませんでしたよ』
『守らなくていい。誰が君に頼んだ。』
『……』
『まあ、大人として言えることはただ一つだ…くれぐれも、勘違いはするな。殴って物を解決するのは今回限りで終えておけ。そうすればお前も大人になれる』
『じゃあどうしてあなたは解決してくれなかったんですか』
『ガティアに頼まれなかったからだ…だが、今からでも君が私に頼むのであれば後始末の仕方ぐらいは教えてやってもいい』
『…どうしろというんですか』
『まずはその異能を持ち主に返すことからだな…お前の体で効果を使ったからグチャグチャになってしまっているだろうが…作り直せばそれなりにはなるだろう。そしてその後、彼女の極悪非道を知らんぷりして水に流して、ここに連れもどせ…これだけのことが起こったんだ、教師入れ替えは必然だろう。そこでだ。お前がここを仕切ればいい。そして権限を使って彼女のことはあらゆる資料にも載せるな。徹底して、もみ消すんだ。…だがお前自身は忘れるなよ。今後こういうことが一切起こらないよう、そこも徹底しろ。』
『……そうしてみます』
『ああそれと』
『…?』
『最後にもう一つ。シエルの血統に気をつけろ。あのカリスマ性は理解しただろう?シエル性の人間を見つけたらとりあえず封印しておけ。とにかく気をつけろ。あいつらは、魔女狩りを終わらせた魔女の末裔だ…警戒しろ。
あの金髪の彼女をちゃんと味方につけておけ。そして、お前自身も能力を鍛えておけ。
さもないと、悲劇は繰り返されるぞ』
『…あなたは、一体何者なんですか』
『薙紫彩。ただの画家だ。では、さらばだ』
…というわけで、というわけがあったんだね。
いやはや、マジで大変だったんだね。でもこれは、未だに続く問題でもある。
リリー・シエルちゃん。彼女は一体何をやらかすんだろうねぇ。いや、もしかしたら何もしないままかもしれないけど。
…では、今回はこの辺でお開きとしようかな。いやあ、昔の理事長編を少しでも語れてよかった。
ん?いや待てよ?
そうだ。あの謎がまだ未解決だったね。
リリーちゃんは30年前に胎児だったのに、何故現代でまだ高校生なのか。…というか、お母さんが殺されちゃったから、謎がさらに深まっちゃったけど。
答え合わせ。
ただ単純に、彼女は能力で生き残ったのさ。
【絶対零度】という封印能力を彼女は胎児の時点から会得している。だから、母親が死んでも、火葬されても、羊水に浸からなくても、へその緒から栄養が送られてこなくても。彼女は生き残ったのさ。生まれるのに14年かかったようだけど…。
【絶対零度】についても、いつかは話したいね。
では、今回はこの辺で。
次回、キャサリンは救われるのかな?
あはは。それはそうと、案の定、キャサリンは極悪人だったね。紅くんが味方するわけだよ。……まあ、極悪人をハッピーエンドに導くのが彼の今の仕事らしいけどね。」




