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Angel Break!【1年生編/最終世代の学園】  作者: 山野佐月
【1年生編/最終世代の学園】
24/66

過去編【封印アンチエイジング】

「俺は無実だ!俺はやってない!頼む!信じてくれ!やめてくれ!放してくれ!離れてくれ!話を聞いてくれ!


 …って。

 さっきまで通り魔してた奴が現行犯逮捕される時にそんなことを言っていたら、君は信じるかい?

 もし信じるってんなら君は思考異常者だ。

 おめでとう。おめでたい頭だ。

 しかし、彼の場合はなんと本当に無罪で冤罪だったのだ…そんなめちゃくちゃな状況から、物語は始まる。


 どうも、かつて全能になったけど色々あって現在は封印されている、庵内湖奈々だ。長ゼリフに憧れ、過去編という名目で昔話をしてきたが(前回は乗っ取られたけど)、今回も同じように昔話を紹介しよう。

 とは言っても今から話す物語は今後のストーリーに全く関わってこない内容だ、なんなら読み飛ばしてもいい。

 だけど私は独り言を続けるよ…今回は、かつて天角学園で起こった盗難事件について、だ。

 盗難事件とは言っても、財布や携帯が盗まれたとか、そんなちゃちいもんじゃない…価値にして30億円。ある2人の男が、30億円の『時計』を、天角学園から盗みだす物語だ。



 私、庵内湖奈々が生まれるずっと前。

 その事件は始まった。

 その男はただ、都心に電化製品を買いに来ただけだった…スクランブル交差点を渡って、あるビルを目指していた。

 男は天涯孤独の身であった。名を、秋崎悟という。

 秋崎は教職についており、生徒から慕われていた。

 高校の数学教師…だったらしい。

 それがまさかあんなことになるなんて…というか、勿体ぶらずに言ってしまおう。彼は逮捕された。

 スクランブル交差点で事件が起きた。通り魔が現れたのだ。()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()しかし、彼ではなかった。世界には自分と同じ容姿の人間が3人はいるというが、まさにそれだ…秋崎の姿をした殺人犯が現れた。

 彼は巻き込まれたのだ。交差点の通り魔は、ナイフで刺さずして1人の人間の人生を殺した。

 期せずして、犯罪史に残る大事件の犯人と同じ容姿になってしまった。そんなところから、彼の第二の人生は始まる。



『俺から、代わりに謝らせてくれ』

『…いえいえ、いいんですよ、俺が悪いんです』

 秋崎は誤認逮捕された。冤罪、だ。完全に警察の落ち度…だが、あまりに似ている為、彼らは謝らなかった。いや謝ったが、誠意が感じられなかった。

 ちなみに、真犯人はもう捕まっている。

『すまなかった…そして、悪い知らせがある』

 本当にすまなさそうに謝る警官。彼は鈴木礼二。後に、紅くんから慕われることになるあの人だ。

『え?なんですか?』

『君の社会復帰はもう無理だ』

『⁉︎』

 残酷な事実を告げるーー

 ーーだがまあ、本来彼が言うことではないし、そもそも言うことで救われるというかなんというか。とにかく、 この時から警察は腐っていた…警察は、彼の容姿が犯人と全く同じという問題をほっぽり投げたまま、彼を世に返すつもりだったのだ。

 しかし、腐っていない警官が1人。

 彼は、秋崎の人生を諦めない。

『事件の真犯人…名前は秋崎(あきざき)(かたる)

『え…ええ⁉︎』

 名前までそっくりだった。

『もはや絶望的だ…だが、君を雇おうという企業が出てきたのだ。もし君が教師をやめて、そこに就職するのなら…君はまだ人並みの人生を送ることができる』

 朗報…否、悲報。

 しかし、警官鈴木礼二は彼を少しだけ救ったのだ。

『…ぜひ、お願いします』

 ちなみに、容姿が似ていたのはドッペルゲンガーだったとか、異能の仕業だったとか、そういうことはない。

 彼はただただ不幸だった。



『こんにちは、秋崎悟さん…ですね』

 凄い人だ。明らかに。

 すごいオーラである…その男が、今までに積み重ねてきた色んな物を背負っているのがわかる。やばい。

 秋崎は震えていた。ここは、面接室である。

『は、はい、秋崎悟です…』

『…』

 社長は秘書に、『2人で話がしたい』と言って退出させた。秘書さん(女の、めっちゃかっこいい人)はそれに従う。

 扉が閉まる。すると。

 社長はすっくと立ち上がって、こう言った。

『秋崎』

『は、はい!』

『とりあえず、これから一緒に仕事をする身なのだ、まずは私の正体を明かしておこう…私が持っているこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『へっ?』

 私に名前は、無い。だから、ただ『社長』と呼ぶといい。と、彼はそう付け加えた。そして使った…『出来損ないの封印能力』を。彼の体がみるみる縮む。

『え…えええええっ⁉︎』

 そうして、社長は少年となった。

 ()()()()()()()。中学生ぐらいか。

『ええええええええええええ⁉︎』

『ではさっそく、仕事へ行こうではないか秋崎!』

『うっそー⁉︎』

 元教師・秋崎悟は異能とは無縁の人生を送っていたから、それはそれは驚いたそうな。

『今回はある学校へ行く』

 資料の紙を一枚、秋崎は渡される。彼はわけがわからない、とでも言いたげな表情を浮かべる。彼は、会社に勤めるというのはつまりデスクワークをすることだと思っていたのだ。

 明らかにおかしい状況だった。

 その『ある学校』の写真が資料にあるのだが、明らかに廃墟と化していて、もう一生近づきたくない感じの建物なのだ。どのくらい廃墟かというと、ううん。

 あなたの通っているもしくは通っていた学校を思い出してほしい…その学校で、あなたは1時間の破壊活動をする。そして、そのまま1年間放置する…すると、ちょうどそんな感じになる。

『こ、ここで何をすればいいんですか…?』

 答える。

『君1人行かせるわけではないよ。私も同伴だ。私と君で、()()()()()()()()()()()()『時計』を貰いに参上するのさ』

『ぬ、盗まれた…?』

『ああ』

 私が盗まれたわけではないがね、と加える。そして社長(中学生)は秋崎の手を取り引っ張って、玄関に待機させておいた黒くて長い感じの車へ押し込んだ。

『さあ行こう!財宝は近い!』

 私はあれが欲しくてたまらない!。欲望丸出しの声で車内で叫ぶものだから、秋崎はビビる。

 すると、いつのまにか隣に座っていた秘書さんが、話しかけてきた。

『大丈夫ですよ』

『え⁉︎いつの間に⁉︎』

『社員になったからには、このわたくしと社長が命の保証を致します。安心してください、秋崎さん』

『え、えーと…社員?』

『はい』

 社長に目をつけられた時点で、あなたはもう仲間なのですよ。秘書はそう言った。そして社長は、

『キチンと付き合ってもらうぞ。秋崎。私の新たなる伝説にな。』と言った。

 秋崎はなんだか不安でしょうがなかった──

 ──それは、盗みではないのか。



 社長のプロフィールに決まって書かれる言葉。

 それは、『天才』である。実際彼はありえないほどの天才だ。彼の会社は基本は電化製品を作るのだが、その性能はもはや『神器』どころか神そのものの域に達している(私が言うと冗談にならないのが困る)…そりゃそうだ、()()()()()()()()()力を使って、それらを魔具にしているのだから。もちろんそれも彼が開発した力だ。

 普通、考えつくだろうか。

 洗濯機に水の魔法を組みこもうとか、テレビに光の魔法を組みこもうとか、冷蔵庫に温度の超能力を組みこもうとか。

 それらを実際に『しよう』と考えつくだろうか。

 彼はした。できた。

 おかげで、鈴木礼二も異能を持った銃を使って異能犯罪に対抗したりできるのだ…彼は間違いなく教科書に載るだろう。

 異能の存在が人々に認知されればの話だが。

『しかし今回の場所では別だ。この天角学園という場所では、魔法やら超能力やらが普通に認知されている』

『そ、そんなところなんですか…?でもそれって、危なくないですか?社長はともかくとして…』

 怪訝な表情をする。

『いやだから3人がかりなんだよ…秋崎、心配すんな。お前が思いつくようなことは私が先に思いついてるから』

 さらっととんでもなく酷いことを言う社長だった。

 そしてこうも言う。

『お前に罪をなすりつけるつもりはない。』

 まあ、秋崎がその言葉をはいそうですかと信じるわけもなかったが。しかし、社長は言った。

『…』

『だいたいあの時計には所有権というものが存在しないのだよ…心配しなくても、お前はもう一生牢屋には入らない』

『…所有権が無いってどういうことですか』

 なんとなく嫌がらせのように、秋崎は聞いた。

『なに、そのままの意味だよ。あの時計は所有することができないんだ…存在しないからね』

 わけのわからないことを言う社長だった。



 着いた。そこは、30年前の天角学園。

 この頃からボロかった。写真通りボロかった。

『うっわ』

『というわけで、社長、時計は3年3組に保管されているのでしたね?』

『ああ、それであってる』

 社長は時計を見る。午後5時半。少し早く着きすぎたな、と小声で呟く。そして秋崎はそれを聞き逃さなかった。

『え?社長、早いんですか?』

『ああ早い…3組の連中は覚醒者つってな、とんでもなく賢くて、それでいて研究熱心なんだ…あと一時間は待とう』

 彼らは腰を下ろした。

 廃墟の町と化した住宅街で夕食をとる事にしたのだ。

 ちなみに。彼らはとっくの大昔にその3組の連中に見つかっていて、時計を狙っている事もバレているのだが、彼らは無視する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 むしろどうぞ持ってってという態度だった。

 つまり、彼らは罠も貼らずに下校した。

 6時半。社長はそれまでに、阻害地区のルールを話し終えていた。あれだ、犯罪が許されることと、滞在したまま夜の12時を超えてしまうと戸籍が消えることの二つ。

『だから気をつけろお前達。大事に大事を取って、7時には切り上げるつもりだ、まあ、指令はさっき渡したトランシーバーで伝えるから、お前達はあまり気にしなくていいけどな』

『7時って…あと30分もないじゃないですか』

『ああ…それで十分だ。どうやら奴ら、なんの仕掛けもせずに帰ったようだぜ…つまりくれるってことだ』

 3人は突撃した。

 まず社長は、三手に分かれる指令を出した。

 社長が中央階段、秘書さんが左階段、秋崎が非常階段から、時計が保管されている3年3組がある4階を目指す。

 その姿は完全なる泥棒だった。



 秋崎は、さすがに2人を信用はしていなかった。

 しかし、強者であることは肌で感じていたのだ。

 ただの平凡な教師に過ぎなかった普通の人間である彼にだって、異能が持つ異様さや、異能がもたらす異常性が本能で感じられたのだ。まあ当たり前である。

 普通の人間でも。そう、彼は普通の人間だ。

 普通の人間で、普通の人生を送れるはずだった。

 普通で、普通じゃなく可哀想な男。秋崎悟。

 彼は天角学園を見て、もう自分が勤められなくなった学校を思い出し、とても寂しい気持ちになる。

 数学教師、秋崎悟の授業はわかりやすいと、生徒から常々言われていた…それだけでない、人望も厚い。恐らく、担任になってほしい教師ランキングを生徒達のアンケートから作れば秋崎は一位になっていただろう。

『…クソぉ…』

 彼は涙する。もうあの場所には戻れない、と。

 まあぐすぐすという泣き声もトランシーバーで2人には筒抜けである。社長はすかさずフォローを入れる。元気出せ、と。

『不運だったよなぁ秋崎。家電を買いに行ったら、家電を作る側になってしまったなんて。だけど安心しろ。教師を全うしていたお前なら大丈夫だ。きっとうちでも、縁の下の力持ちになれるさ…まあ私はいくらでも若返れるから社長になることはないけど、副社長に頑張ってなろう!な?』

『社長。その辺にして下さい』

 秘書が低いトーンで言った。

『お、おう、すまねえ…』

『…あはは』

 彼は思う…車で聞かされていた話は、『うちはいい会社だぞ』というのは本当なのかもな、と。

 しかし。的外れであった。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 低いトーンのまま言う。

『…?おい、何があった?』

『いえ、何があったと聞かれれば何もなかったのですが、何もないことがおかしいという感じですね』

『なんだ?ハッキリ言え』

『わかりました、ハッキリ言います。』

 彼女は言った。異変が起きました──

 ──3年2組と4組の間に、3組が無いのです。

『…はぁ?』

 社長はそんな声を出した…そして、秋崎も同じ気持ちである。2人は急ぎ秘書さんの元へ向かう。

 次に現着したのは社長だった。

『…おいおい、何が起こってやがる…』

 そしてまもなくして、秋崎は2人に追いついた。

『え、ええ…?』

 確かにクラスが、無い。秘書さんの言っていた通りだ。3組があるべき場所が、理科室になっている。

 3人は扉を開け、中に入る。やはり理科室だ。

『おいおいこれは…』

『単純に、3組と理科室の札を交換した、というわけではなかったですね…しかし、普通理科室を最上階に作るでしょうか』

『…それ以前に、周りは普通教室なのにここだけ突然特別教室というのもおかしいですよね…普通、特別教室同士は纏めるものでしょう…構造上の都合で離れる場合だってそりゃたくさんありますけど、こんな場所にあるのはおかしいですよ』

『なんにしろ、厄介だな…別にここが理科室であることはどうでもいいのだが、ならば3組はどこにあるんだ…?』

 社長は時計のことしか頭に無いようだった。秘書さんと秋崎は若干反応に困るが、すかさず秘書さんがフォローを入れる。

『なんらかの異能によって教室の場所が交換された…のかもしれませんね…社長』

『おう、手分けして、元理科室の3組を探そう』



 お気づきだろうか?ヒントとなるワードがちらほらと出てきたから、鋭い人はもう気づいたかもしれない…何故、3組は理科室になっていたのか。もう少しはっきり言ってしまうと、

 何故、『彼女』は3組を理科室にしたのか。答え合わせと言えば仰々しいからネタバレと言おう。さあ、ネタバレの時間だ。

 まず大前提としてこの過去語りだけど、一応紅くん達の動きに対応して関連する出来事を話すようにしてあるんだ。

 それは今回も一緒だ。彼らは今回、3組の時計を盗み出す。ただし、関連しているのはそれだけではないんだ。

 3組を理科室にした犯人、それは、

 キャサリン・ヴァルキューレである!

 おかしいよな。何故、30年前に現在の高校生がいるのか…ふっ。まあ、これは鋭い人でも気づかなかっただろう。

 一言で言って仕舞えば彼女は不老不死である。

 一応伏線はあったみたいだけどね…何を隠そう、彼女の能力は【臨時雇い(サバイヴリンク)】といって、他人より強くなる能力だ。この『強さ』にはたくさんの基準があって、その中に『健康さ』もあるのだ…つまり彼女はいつでも周りの人間より健康になってしまうということだ。高校一年生の姿に落ち着いているのは、それが彼女の人生で一番活力のある年齢だから。

 若くもなくなくもなく。ちょうどいい。

 ではでは。彼女が教室を交換したわけとは?

 それは誰でもわかるだろう。『時計』を守る為だ。

 ではではでは。この学校の生徒に誰かが盗まれたもので、価値にして30億円で、誰も所有することのできない『時計』とは、一体何か?まあ、この真相は誰でもすぐわかるだろう。


 そう、そんなものは存在しない。


 社長が聞いたのは嘘っぱちの情報だったということだ。…というか、それを聞いておかしいと思わなかったのだろうか。

 設定が矛盾しまくっているではないか。

 ここの生徒に盗まれたもの?誰も所有できないのに、どうやったら盗まれることができるんだよ。

 価値にして30億円?それも同じだ。誰も所有する可能性がないものには価値なんてつけようがないではないか。

 というか、誰も所有することができない?これが一番おかしいだろ。この世に金で買えないものなんてないさ。

 …というのが真相、である。

 社長一味は宝探しに来たけど、宝なんて最初からありませんでした!ちゃんちゃん!というわけだ。

 つまらないラストだ…だが、都合のいい結末なんか無いんだよという教訓を無理やりここから得ることもできる。

 だから我慢するんだな。

 大丈夫。我慢してればきっと良いことがある。

『社長…もう帰りましょうよ』

『う…うう…』

『社長、既に23時を切っています。これ以上の滞在は危険かと…社長』

『うう…時計ほしい…ほしかった…』

 精神年齢まで低下してしまったようだ…こういうところが出来損ないと言われる所以なのかもしれない。

 まあとにかく、3人は戸籍を守る為、阻害地区から出ることにしたのであった。それはつまり、時計の捜索を諦めるということを指していて、中学生レベルの精神の社長は駄々をこねていたというわけだ。3人は無事外に出て、迎えの車に乗り、会社へと帰っていった。

 社長は能力でまた老け、威厳を放ち始めた。

『うおっ…』

『秋崎。今日は止まっていきなさい』

『は、はい…』

『…時計ってどんなのだったんだろうな』

『…』

 秋崎は思った。この人、まだ精神年齢が戻ってない、と。…だがしかし、それは違うのだった。社長は時計が名残惜しくてそう言ったのではない。社長は気づいたのだ。

 そんな時計は本当はありえないということに。

 そして、想像してみたのだ。本当は無い…しかし、あるとしたら?もし実在したならば、一体どんなものなのか?

 気になって気になって、ふと呟いたのだった。

 …さて。

 では、最後のネタバレタイムだ。

 キャサリン・ヴァルキューレは時計を守っていた…そして、3組生徒は泥棒を無視した。まるで時計がそこにあるかのような行動をしていた。本当は無いのに。

 どうして?

 答えは単純、()()()()()

 キャサリン・ヴァルキューレにしても、天才揃いの3組生徒諸君にしても。作れるからだ。普通はありえない存在を…この学校の生徒に誰かが盗まれたもので、価値にして30億円で、誰も所有することのできない『時計』を、作れるからだ。

 でっち上げると言ってもいい。

 ようするに、だ。キャサリン・ヴァルキューレは能力で、3組生徒はその科学で実現可能なことだから、自分を訪ねてくれば、できてしまうから──手の内を見せてあげるか、見せてあげないかの選択をしたのである。今回は両方、見せてあげないを選んだようだった。

 しかし、次回はどうだろう?

 例えば、子供のことをよく気にかけていた元教師がその時計への未練を聞いてしまって(誤解)、無視できなくなって、独断でもう一度忍び込むようなことがあったとしたら…。



『よーし…』

 天角学園は戸締りをしない。物がないからだ。

(当時の話)

 教員は普通と比べて仕事をほとんどしなくていいから机に溜まる資料も無いし、生徒はほとんど登校してこないのが普通だし、あるものといったら、机と椅子ぐらいだ。

 職場放棄の、育児放棄。

 だから例え一介の無能力者でも、侵入し放題なのだ。そして、ここは阻害地区…不法侵入は存在しない。

 法が存在しないから。不法もない。

 秋崎悟は夜9時、翌日の天角学園にいた。もちろん、時計を手に入れる為に。…彼はこう考えたのだ。

『自分だけならあるいは…!』

 おそらく能力者である社長と秘書さんに警戒して、誰かが教室を逃げさせたのだ…平凡な自分なら、意外とすんなり渡してくれるのかも…!と。

 そして、それは意外と当たっていた。

 彼女──キャサリン・ヴァルキューレは警戒こそしていなかったが、しかしめんどくさがっていたのだった。

 秋崎の前に、彼女は姿を現した。金髪をかんざしでまとめていて、セーラー服を着ている少女。

『…!』

『すまんのう。昨日は会えなくて。えっと…秋崎悟くん、じゃったかな?』

『は、はい…』

『妾はキャサリンという。どうぞこちらへ』

 彼女は秋崎を3組に招き入れた。昨日理科室があった場所だ。今度は、ちゃんと普通教室だった。

 秋崎は素直に従う。

 キャサリン・ヴァルキューレは机を動かして、秋崎と向かい合って座る。そして、手を差し出す。

『?』

『ほれ、握手じゃ』

『あ、はい…』

 なんとなく彼は、キャサリン・ヴァルキューレが年上であることをわかっていた。彼も手を差し出す。

『では、作成に移るとするかのう』

『え?作成?』

『うむ。この教室には色んなエネルギーが保管されておるから、妾がそれより強くなれば、時計は作れるということじゃ』

 少し待っておれ、と彼女は言うと、勝手にロッカーの中をガサゴソと漁り始めた。

『……』

 秋崎は待機する…すると、目に入ってくるのは当然、教室の風景である。彼はやはり、寂しい気分になるのだった。そんな中、キャサリン・ヴァルキューレが彼に声をかける。

『この間、少しトラブルが起きてのう…魔法使いには特に気をつけておったのじゃ。すまなかった。お主らの無害さは把握したいたが、しかしそれでも念のため、のう』

『…何が、あったんですか?』

『クラス分裂じゃ』

 彼女は悲しそうに言った。

『色々あってのう…まあ起こったことは単純なんじゃが。妾の友達が喧嘩をしたんじゃよ…それで10人ほど死んだ』

『死…え?』

『死んだんじゃよ。みんな、おぬしの所の社長ぐらい強かった…世界を破壊できる奴らだった。だからこそ、強い力のぶつかり合いが起こった』

 キャサリンは席について、形成を始める。

 白い箱を机に置いてそれをじっと見つめる。

 秋崎は思う。そんな神様のような力を持つ人物達が争ったのが阻害地区内でなければ、一体どのように処理されたのだろうか、と。そして、同時にこうも思う。


 ──人知れず傷つく生徒がいた──

 ──誰も知らなく、誰も知ることのない場所で──

 ──それだけではない、こうして今も傷ついている生徒が、ここには存在するのだ─────────


『な、何か…』

『ん?』

『何か、自分にできることって、ありますか』

『…』

『手伝えることとか…ないですか。俺はもう教師じゃあないけど…アドバイスぐらいならできるかもしれない』

 秋崎はやはり放っておけなかった。

 しかし、キャサリンはそんな秋崎に頼ったりはしなかった。全く、そんなことだから紅くんが後の時代で困るんじゃないか。

 ──『一色強引』という思考異常。

 見下し見下ろす思考異常。それを彼女も持っていた。

 だから、彼女は助けを求めない。

『…ならば、社長殿をしっかり見張っておくんじゃな…同じことが起こらないように』

『…』

『ほれ』

 箱の中には、『時計』が完成していた。彼女はそれを秋崎に取らせて、もう一度盗り返した。

『これで完成じゃ…これで正真正銘、この学園の生徒に盗まれた時計、じゃ。持っていけ。取り扱いには気をつけろよ』

 そして、付け足して、

『この箱の中には()()()()()()()()()()()()時計が入っておる。トリックアートじゃ。そしてもう一つ、30億円の小切手も入っておる…』

『…‼︎』

 そう言った。完璧だ。

 この日、キャサリン・ヴァルキューレは秋崎悟を突き放した。キャサリンはその後、帰った帰った…と、秋崎に箱をもたせて追い出して、そして1人で教室の椅子に座った。

 その後彼女がどうしたのかは誰も知らない。

 まあそもそも、人のプライベートなんて公になる方がおかしいから、私はあんまり気にならないがな。



 その後、秋崎悟は『時計』を持ち帰り、それを評価されて、それなりのポジションについた。

『あの…』

『ん?』

『今更なんですけど、なんでメイドなんですか!』

『ん?そりゃ、仕事を評価したまでだよ…ここは年功序列じゃねえからな。お前は実力でそうなった』

『そうですよ』

『そしてなんで秘書さんまでメイドになってんですか!』

『ん?メイドじゃねえよ』

『いや、格好がメイドじゃないですか』

『わたくしはメイド長です』

『⁇⁇⁇…⁇…』

 …というわけでまあ、そんな感じで彼らの物語は終わりだ。彼らにとっては第1話なのかもしれないけど…」

「おい」

「今回の過去編はこの辺で締めておこうかな」

「おい、おぬし、何をブツブツ言っておる。さっきから妾の名前を連呼しておるようだが、何か用か?」

「⁉︎」

 これは意外だった…。

 まさか、長ゼリフで一話分(10,000字)を終わらせる過去編で、人から話しかけられるとは…。目の前にいたのは他でもない、キャサリン・ヴァルキューレだった。

「…キャサリン・ヴァルキューレ、何故ここに?」

「それは寧ろ妾が聞きたいことじゃな。見た所、そなたは妾かそれ以上の力を持っているようじゃが、どうしてそんな封印をされておる?」

「…」

 言えない…。

 人の心がわからないから、感情を操る達成の攻撃に全く抵抗できないとか絶対に言えない…。

「…ただの戯れだよ。そっちは?」

「妾は少し外国へ飛ぼうとしたらなんかやばい感じのオーラがあったから寄っただけじゃ」

「あっそ」

「邪魔をして悪かったのう」

「いいよ、どうせ()()()()()()()()()()()()()()()

「…?」

「気にしなくていい。さっさと行ったら?」

「うむ。そうさせてもらうのじゃ…その前に、一言言わせてもらってもいいかの?」

「…ん?」

「決して…自決しようとは考えるなよ」

「…」

 そう言って、現代のキャサリン・ヴァルキューレは去っていった。…全く、いらない世話だ…私が自殺なんてするわけないじゃないか。だって、

 ()()()()()()()()()()()()()()()のタイミングで私が死んだら、

 孤独が辛かったと思われるじゃないか。

 私はウサギではない。

 …さて。

「最後で邪魔されてしまったけど、まあいいだろう…今回はここまで。また次回会おう。諸君。

 そうだな次は、それこそあのキャサリン・ヴァルキューレの身に起きた事件について語ってやろうかな…」

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