過去編【領域エクスキューズ】
「長ゼリフには憧れない。少しも憧れない。けれど、どうやら語らねばならない過去があるのに、コナナちゃんは寝ているようだ。
ということで今回はこのアリカ・レリエルがコナナちゃんの代わりに語り部を務めることにしよう。語らせてもらうよ。
かつてコナナちゃんと同じように力に溺れた少女、イグナイトソードブラッド・クラウンストライクアックス・カッターフリーゲイザー・タイムセイヴァーアタック、略してソードちゃんについて。
もうお気づきかもしれないが、彼女は『自己完結』の思考異常を持っていた──
──最強を許さないルールである私は盛者必衰の『必』を守るため、その日も仕事に勤しんでいた…その時、地上を観察していたとき、彼女、ソードちゃんを発見したんだ。
舞台はアメリカ。こんなことがあった。
ソードちゃんはいわゆるドジっ子である…その日も、またドジをしていた。
『す、すみませっうわあああああ!』
何があったか説明しよう。
ソードちゃんは、彼女の通うハイスクールの購買でパンを買った。だがしかし、廊下の曲がり角で男子とぶつかり、パンを顔にぶちまけてしまったのだ。ぶちまけた、という表現から多分わかってくれているだろうが、パンがただ顔にぶつかったのではなく、具が…。
『だ、大丈夫かい君…あれ?おいしい…』
『すみません!』
あえてもう一度言おう。彼女はドジっ子である。
それは今日も同じことであった。
だから、今日も同じように。
彼女はドジをすることになる。
それがいけなかった。
場所は変わって体育倉庫。そこには、5人ほどの男子生徒と、3人ほどの女子生徒がいた。
ほど…という表現からわかってはもらえないだろうが、彼ら彼女らは不良である。
ちなみに、日本の不良よりタチが悪い。アメリカの不良はえげつない。何がえげつないかって、まずアメリカは銃社会だから護身用に銃を持っている…そして、薬物の社会への、学生への浸透度も日本よりずっと高い。そして最悪なのはスクールカーストだ。アメリカ人にしては内気なソードちゃんは、当然下に見られる。
『お、おそくなってしまってもうし』
『遅えぞイグナイト!』
『マジつかえね』
『わけありません!!!』
パンを買って来させられるのは世界共通…なのかは知らないけれども、ここまでの描写からわかってくれてただろう。
そう、彼女はいじめられていた。
『自己完結』だから。
『自己完結』。それは、簡単に言えば『人の話を聞かないで自分で結論を出してしまう』思考異常だ。これの厄介なところは、成長を妨げてしまうところだ。
勉強する際、授業を聞かない。
料理する際、レシピを見ない。
議論する際、意見を聞かない。
…といったことが色んな場所で起きるから、つまり学習しにくいのである。
と、するとだ。
自己完結を抱えて育った人間は、周りからはどう見えるだろう?アホに見えるか?
いや違う。自分勝手に見える。
都合の悪いことから目を逸らしているように見える。だから他人に嫌われるのだ。
天角学園の林道栄徹君は自分のしていることを正しいと言って、思っていたけれど、まさにそういうことだ…そういうとこだ。彼を見て、彼の意見を聞いて、自分勝手だと、身勝手だと、自己完結だと思わない人間はいない。
ソードちゃんも同様である。
不良達は、ただ彼女が内気で扱いやすかったからいじめをしていたわけではないだろう。いや、もしかしたらそうかもしれないが、しかし自己完結によって曲げられた彼女の心がうっとおしかったからというのが一番の理由だろう。
頭を下げろ。彼女はそう言われて下げたら、靴で頭を踏みつけられた。痛い、痛い、と彼女は訴えるが、勝訴にはならない。
結局その後、彼女は殴られ続けた──
──何で?金属バットで──
──身体中に痣ができた。
『…もういやだ…』
だがしかし、そんなことがいじめられていい理由になるだろうか?少なくとも、本人である彼女は納得していないようだった。
割と都市部に近い田舎に、彼女の通うハイスクールはある。彼女は田舎の方へ、家の方へ帰っている途中、そう呟いたのだ。
『なんで?なんで私なの?なんで?どうして私がこんな痛い目にあわなきゃならないの…?』
募る。思いは募る。
憎いは募る。彼女はそろそろ限界を迎えそうだった。自己完結ということもあって、あまり外に感情は出さないタイプの彼女だが、怒りのあまり道の脇に生えていた小さな樹木にパンチをいれた。そして、疲れのあまり、その場に座り込んだ。
『…明日は休もう…』
彼女は考えた。しかし、明後日は?その次は?一週間後は?あいつらはいつか消えるわけじゃない。なんとかしなきゃ。
さすがの私も見ていて可哀想になった…まあ結局助けなかったけどね。何故かと言われると、それは私が断罪するのは地上最強になった者だけという制約があるからだ。
だがまあ彼女の場合、私の助けはどちらにしろいらなかったようだ。
それは、次の瞬間だった。起き上がってまた歩き始めたソードちゃんの目の前に、怪物が現れた。彼女はそれを見て、
『…⁉︎』
『雷神』と、そう思った。ここはアメリカだから、風神雷神図の雷神ではない…雷神トールの雷神だ。まあ、そんな中二病みたいな神様なんて存在しないというのが真実ではあるが、彼女はそれをわかっていてもなお、その雷でできた人型を、神様だと思ったようだ。
自己完結は重度の中ではまだ軽度の思考異常だ。達成使いである紅くんと会話ができることからわかるように結局重度に属しているというのは確かだが、しかし、『悪の味方』や『崇拝』、『負け犬根性』に比べれば、ずっとマシで、軽度とも言えるのだ。
人の意見を参考にしないだけなら、自分の意思を思考異常に左右される他の物よりよっぽどいい。だがしかし。
しかしそれでも天角学園が集める思考異常である…自己完結には、ある欠点がある。
自己完結の人間が中心にいる『悪い状況』は、『尋常じゃなく悪い状況』に進化してしまうのだ。さっきはいじめの描写が甘かったが、彼女はもっと大きな怪我をさせられたこともある…アザだらけでは済まないような、そんな怪我を、自己完結によって起こされたのだ。
そして今回もそれは同じことだ。
彼女は雷神のような怪物に問いかけられた。尋常じゃなく悪い質問を。
『少女よ。ならば力を欲するか?』
『…』
普通は、普通の人間は、道端であった怪しい雷の塊に頼みごとなんてしない。だがしかし、彼女は悲しいことにこう思ったのである。
ただ1人、この人だけが自分の味方をしてくれている、と。
『欲しい。欲するよ私は…あいつらに復讐したいし、あいつら以外にも復讐したい。私は無力であるこの状況から脱却したい。』
すると雷は『良かろう』とでも言うように、少女の体と重なった。
田舎道に電撃が走った。
『それでは自己紹介をさせてもらおう…私はお前自身だ。力無き者の幻想から生まれた生物だ。だからお前はこの雷の力を惜しむことなく使うが良い。復讐にでも何にでもな』
『…正体は裏の人格…みたいな?つまり、あなた本当は存在しないの?』
『そうだ。だが、別に文句はないだろう?結局お前は、能力を手にしたのだから。さあ!早く使え!復讐するのだ!』
『うん。でも今日は疲れたから…』
『疲れ?痛みではないのか?』
『…』
『私の能力はそれなりに強力だ…簡単に言うと、『可能を不可能にする』能力…疲れも痛みも容易に消せるさ。さあ、復讐だ』
『…』
『お前は憎くないのか?あいつらが。あのグループだけの話ではない。助けを求めたのに見て見ぬ振りをした奴らもだ。さあ…』
『いいよ。今日はまだ。まだ…復讐を簡単に終わらせるつもりはない。私の怒りであるあなたには申し訳ないけど、もう少し待って』
1人で2人いるような会話を進める頭のおかしい少女がそこにいた。灼熱の剣の血液にして、王冠の斧の打撃にして、自由なる切断の観測者にして、時の救世主の攻撃。
ソードちゃんは翌日動き出した。
派手にやったものだ。
『…ふぅ、なるほどこれはいいね。だけどまだまだだよ。こんなもんじゃない…』
彼女は能力を、学校全体に発動した。
話すことができない、動くことができない、学校の生徒ならびに教師はそういう状況にある。
静かになった校舎に、ただ1人彼女だけが歩みを止めない。彼女は、こんな堂々と廊下を歩ける日がくるとは思っていなかったようで、それも相待ってノリノリになっていた。
『…!』自分のクラスに入ると、そこには待ち望んでいた光景があった。
『ああ!この支配感!最高!』
自分の力になすすべなく、憎きクラスメイト達が動けずにいる様が面白かったんだろう。
当然だ。
だが、お楽しみはここからのようだ。
それじゃあまずはテメェらからだ。そう言って彼女は不良グループ8人のうちの同じクラスである3人の女子を、雷で弾き飛ばした。
人が死なない程度の弱い雷ではあるが、前の黒板近くでたむろっていた彼女らを教室の後ろ側まで吹っ飛ばすぐらいの威力を持つ。
『なるほど、専用の効果だけじゃなく、雷の基礎の魔法も使えるんだね。これは便利だ』
『そうだ。だが基礎とは言っても、お前の望む復讐をできるぐらいには強いぜ』
『よぅし』
そして彼女は、自己完結に責任を押し付けられないようなことを、目も当てられないような酷いことをしたのだ。しでかしたのだ。
彼女からすれば、でかした!という感じなのだろうが。彼女は、雷を使って不良三人娘を燃やした。いや、周りも巻き添えだ。
火事が起こった。教室は燃え盛る。
もちろん生徒達は動けない。
流石にもう擁護できない。できないが…だがしかし、やり過ぎているわけではないということは一応説明しておこう。彼女は可能を不可能にした…『死ねる』を、『死ねなく』した。
だからつまり、彼ら彼女らクラスメイト達は死ぬことはないが、しかし火事によって生み出される痛みや苦しみは受けるのである。
そして火事はこの教室から広がらない。
やっぱり擁護できない。
『…これで結構気が晴れたかな。まだあと5人分も残ってるけど…』
『他のクラスではやめとけよ。やり過ぎになるからな』
『わかってる』
でも…しかし。彼女は止まらない。
隣のさらに隣のクラス。5人の男子生徒に電撃を浴びせる。全身くまなくスタンガン攻撃を受けさせる。
この時私は考えた。もしかして彼女の憎しみは無尽蔵なのではないのか、と。
ならば、と私は計画した。
その時、地上で最強に…つまり法則になりかけていた準全能、庵内湖奈々、コナナちゃんを、場合によってはぶつけようと。
このままだと彼女は少なくともアメリカ全土を焼き払うだろう…アメリカには残念ながら彼女を倒せそうな能力者は他にいない。だからぶつけるならコナナちゃんだ。全く不思議なものだ。日本とかロシアとかには能力者は腐るほどいるのに、何故かアメリカだけ少ないなんて。
なんでだろう?
まあそれはいいとして。
話のスケールが大きくなる前に一つ大切な伏線を張ることを忘れていた…そう、1人だけ、勇敢に彼女に立ち向かった男子生徒がいた。
立ち向かった…というより。
向き合った。って感じだけど。
そいつは賢かった…ソードちゃんが教室に入ってきた時点で行動を開始した。特定の人物を探し、自分の方を見ない彼女を見て、『動けなく』する異能を彼女が自分以外の誰かに使ったとすぐ見抜いたのだ。
そして、能力の内容もなんとなく察した。だから、話すことも、動くことも諦め…できそうなことをした。
彼女は気づいた。今度は周りを巻き添えにせず酷い復讐を完了させ、部屋を出て行く途中…男子生徒が、開けていたノートに『やめろ』というメッセージを、歯で持ったペンで書いたことに。そう。話せないし動けない…だから、
『伝えた』。汚い字だけど。
絶級能力でも封印能力でもない、ただの能力が相手だからできたズルとも言えるが、しかしその男子生徒は、それでも能力を看破した。
『…ふぅん。喋っていいよ』
そして彼は評価され解放された。
『な、なんで君はこんなことをする!』
『あー、見たことあると思ったら、パンぶちまけちゃった人だ。あの時はごめんなさい』
『そうじゃなくて!』
『なんで、ねえ。私もずっとそう思ってたよ。いや、思ってるだけじゃなかった。ちゃんと自力で解決しようとしたし、みんなにも頼った。でもみんな無視するんだから、だから、私はやっぱり自力でなんとかすることになった。それだけ。私は頑張ってるだけ』
『ぼ、僕なら相談に乗れる…!これからは、僕が君の味方をするから!…いや、僕がなんとかするから!だからそんな、なんだかよくわからない力に頼っちゃダメだ!そんなことをしてたら、いつか君はとんでもないことに巻き込まれる!今すぐ考え直せ!』
『…』
思考異常『自己完結』発動。
もう彼の声は彼女に届かない。
『ご忠告ありがとう。でも、これはよくわからない力じゃないよ。これは、いや…これが、これこそが!私なんだよ。私は頑張る』
そして彼女は去っていった。
これにて前半終了。
さあ、後半戦の始まりだ。
いやあ過去語り疲れるね!今回はあんまり内容無くて良かったよ…気が楽だ。
というかコナナちゃん、よくずっと喋れるな…全部で30分は経つんじゃないか?
…まあ、ということで。
後半戦開始!そして終了だ。
いやいや終了したのは後半戦ではなかった…ソードちゃんVS米軍の戦いだった。
そう彼女はアメリカを完全に敵に回した。まあ当たり前っちゃ当たり前か。
一度復讐を成し遂げた人間がその後の人生で我慢なんてできるわけがない。案の定という奴だ…予定調和という奴だ。それにしても雷の魔法がここまで強いとは思わなかった。軍は全滅…魔法やらを使う部隊もだ。それでいて死者がゼロというのもまた凄い。いや、死者を出そうとしていないからこそ…戦争のマニュアルが全く活かされなかったからこそ、彼女は無双できたわけか。
とまあ、そんなことで。後半戦は終わってしまったが、まだアメリカは終わらないようだ。
『やぁ、派手にやってくれましたね』
大人の…40代の男だった。
『焼け野原になってるじゃないですか』
日本人だった。
『…何?あなた。度胸あるね』
『俺は薙紫 彩。画家だ』
『へぇ、画家…』
そう、紅くんのお父さんである。まさか過去編で初登場するとは思ってなかっただろう?でも、それも仕方ないことだ、彼は現在はもう死んでるんだから。…さあ、時系列がややこしくなってきたね。では、ここらで一旦まとめてみよう。
この頃のコナナちゃん…庵内湖奈々は15歳だ。この後ソードちゃんの能力『雷神』を奪って全能になってしまい、神罰と天罰を受けてクラン・ルージングに会うことになる。
そして彼女とクランが死別したら彼女は荒れた。その2年後、彼女は当時小学六年生だった紅くんを気まぐれで達成使いに昇華させ、巫くんを最強の防御能力者の卵にした。で、最終的に紅くんの達成で封印されちゃったわけだけど。
で、だ。薙紫紅くんのお父さん、薙紫彩さんは紅くんが小学五年生の時に死んじゃった。
だからこの年は彼の晩年ということになる。
彼は晩年を崩壊したアメリカで過ごそうとしていたわけだけど、一体何しに来てたんだろうねぇ…?まあ、本人は晩年だなんて意識はなかっただろうけど。
そもそも、本当に死んでいるかも怪しいね。無能力者の画家とは言え、絵を描いて妻と子供2人を養えていた人だ。そして、
紅くんのお父さんだ。何かミラクルがあるかもね。
紅くんはお父さんの死体をちゃんと確認したわけだけど、それでも、何か期待してしまうよね。
『あなたに何か提案があるそうですよ』
そういうと、ダンディで素敵な男は近くに着地してきたヘリコプターを指指した。そこから降りてきたのは、ソードちゃんがよく知る人物だった。しかし、知り合いではない。
大統領だった。正確にはその側近もいた。
『We resist you. One week later, Colosseum will be in place where San Francisco was. Come there. We have 10 fighters we chose to fight. We will not forgive you.』
我々は君に抵抗する。一週間後、サンフランシスコがあった場所にコロシアムができる。そこに来い。我々が選んだ10人の戦士と戦ってもらう。我々は君を許さない。
そのメッセージを彼女が受け取る頃には、彼、薙紫彩は既に姿を消していた。彼女は『うん』とだけ返事をして、
勇気を振り絞った国の代表達を嘲笑うように、不敵で素敵な笑みを浮かべた。
〈54-55〉
『雑魚すぎない?』
状況は一気に進む。場所はコロシアム、選りすぐりの10戦士は雷の前になすすべなく敗北し、中には逃げ出す者もいた。まあそれは戦略的撤退なのだろう、正しい判断なのだろうが。
彼女はそう言うのだった。やはりアメリカは能力者の質が悪い。見事に雑魚しかいない。紅くんでも勝てそうだ。
というわけで、私としてもそろそろ動かなければならなくなった…彼女を倒せる手段をアメリカに落とすことが、最強を許さないのが私の仕事だ。では、ご登場いただこう。
『ん?』
コロシアムの戦場に現れた1人の女。
人間と呼ぶことが蔑称にあたるほどの人間。
『誰?あなた』
『庵内湖奈々。11人目の戦士。』
彼女を持ってくるに当たって、彼女がここに来るべき理由を作らなければならなかった。適当につけておいた。ハンバーガーショップを潰したから、だったかな?
『ハンバーガーにピクルスが入ってたから来た』
おお、思ったより適当につけていた…。
とにかく、アメリカの救世主は現れたのだ。まあ、この時点でほぼアメリカの勝ちは確定された。
準全知全能。ソードちゃんが自分の能力を『雷神』と、『神』と呼ぼうと!彼女こそが、庵内湖奈々こそが、神に最も近づいている人間なんだから。
『【無条件敗北】!』
ソードちゃんにはどんな奴にも勝てる自信があったけど、それと同時に不安もあったようだ。ビビって、相手を負けさせる能力を作成していたらしい。無条件だって。まあ、そんなことができる『雷神』とやらは、封印能力ぐらいの力を持っているのだろう。しかし、相手が悪かったかな。
庵内湖奈々は絶級能力者である。
絶級はなんの略か。何もかもの略だ。
絶対であり、絶望であり、絶縁であり、絶叫であり、絶交であり、絶技であり、絶奇であり、絶勝であり、絶大であり。
彼女はもはや、超えてはならない存在なのだ。
『…⁉︎』
効かなかった。ピンピンしている。
空気抵抗より効いていないようだった。
『【無条件敗北】には【無条件勝利】だよ、ぶつければいいんだ…ソードちゃん』
『‼︎…』
その瞬間。
彼女の中にあった暗黒の思い出が、続々とフラッシュバックした。痛い思い出、辛い思い出。
敗北する思い出。
庵内湖奈々はそれを引き起こした。
まったく、ひどいことをするやつだ。
上には上がいる、という言葉があるが、あれは本当のことだ。いくら順風満帆な人生を送っている奴でも、人間が人間を超えることはできない。負け続ける奴には敗北経験が募る。勝ち続ける奴はそれを知ることができない。
ソードちゃんは分かっているようだった…庵内湖奈々が、そんなシステムの上にいると。準全知全能を、肌で感じていた。
誰にも、負けない。
上には上が、いない。
『絶対に勝てる』存在は、まさしく、彼女が雷に願った、『なりたい姿』だった。それが今目の前にいる。
さて、問いの空白は埋まらない。
今の自分が、理想の自分に勝つ方法は?
そんな方法は無いということを、彼女はよく知っていた。弱者としていたぶられ、弱者をいたぶった彼女は、いじめっ子の脆さを、よく知っていた。
最大の必殺技が効かず、負けを覚悟したようだけど、
負けを認めなかった。
『…それでも私は逃げない!』
悲しきかな、彼女は自己完結である。正義感やら意地やら、そういう正しいものを持っている。歪んでるけど。
そこからは激戦だった。
激戦というより、劇のようだった。
その頃のコナナちゃんは心が読めるから、大方色々察して乗ってあげたんだろう…ソードちゃんと、ある程度互角の争いをしたら彼女はこう言った。
『あなた、強かったよ』
正しい強者になりたかった彼女にとってそれは救いにもならなかったが、しかし次の瞬間、彼女は呪いから解放された。
『雷神』を、奪った。
庵内湖奈々は、アメリカの崩壊を全て直して、コロシアムから去っていった。戦場には、敗者だけが残った。
という事で、ボコボコの半殺しにされたソードちゃんだけど、この後庵内湖奈々の方が酷い目に遭うのでした、めでたしめでたし…とはいかない。
ソードちゃんは力を失った。
アメリカの命運をかけた戦いは終わった。
実質アメリカの負けみたいなものだけど、それでも倒れたのはソードちゃんだ。となると当然。
アメリカ政府は彼女を許すわけにはいかない。恐らく彼女はこの後、国の為に、国民の為に消される。
軍隊が駆けつける。
彼女を取り押さえ──
──られなかった。それは、本来ありえない展開だった。ありえなさすぎて、逆にありがちに見えた。
一枚の、絵が飛んできた。
縦1メートル、横1メートルの紙に描かれ、高そうな額縁に入っているその絵はソードちゃんの近くに落ちた。
そして、薙紫彩が現れこう言ったのだ。
『It's a prize』
景品だ。持っていけ。
その瞬間。退場した10人の戦士たちが、戦場へと飛び出してきた。彼らは己の異能を使い、スピードをつけて『絵』を我がものとせんと突っ込む。
そこには軍隊がいる。当然、ぶつかる。そうして、彼女の周りは絵の介入により一気にカオスになった。
戦士が彼女の確保を止めようとしている、と誤解する軍隊、そんな軍隊と、自分と同じように絵を狙う戦士を攻撃し、仲間割れし始める10人の能力者。火種を作っておいてさっさと逃げてどこかへ行く画家、薙紫彩。
自分を助けにきたと言う、どこかで見た男子。
『こっちだ!早く!』
戦場ならびに会場に、混乱が生じる。そりゃそうだ。一般の者にわかるはずもない。彼の絵の価値など。
薙紫彩は黒色のみを使って色を描く。
顔料を使わず虹を描く、絵画の技術使い。それこそが、紅くんのお父さん、薙紫彩の正体。
超絶激レアの彩。彼の絵は国家を動かす。
正確に言うなら、国家を潰せるほどの金を動かす。どの角度から見てもこちらを向いているように見える『ひまわり』という絵があるが、それの最終進化というわけだ。
彼が彼の口で、それを『景品』と言った。
つまり、10人の戦士と庵内湖奈々に、彼の絵を手にする権利が生まれた。それを手に入れたなら、それを売ったなら、人権が買えるほどの金が手に入る。
戦場は地獄と化した…そして、そんな中、地獄からこっそり抜け出した画家は、少年に告げた。
『後は君の好きにしろ』
『…はい!』
その少年は、あの少年だった。
彼は彼女を助けたのだ。
顔にピクルスをぶつけてきた女を。
復讐の鬼と化したいじめられっ子女子を。
何の罪も無かったはずの可哀想な女の子を。
彼には彼女が自分勝手に見えていたはずだ。
彼は彼女の汚い本心を知っていたはずだ。
彼は彼女がされた仕打ちを知らなかったはずだ。
なのにどうして。
彼女はそう思ったようだが私はすぐにピンときた。
こいつダーク・バランスだ。
(他でもない、紅くんを悪の味方にした張本人、巫槍くんがそうだ。ダーク・バランスは、極端な自己犠牲精神の思考異常を持つ人間を指す。)
思考異常・自己犠牲は特殊も特殊だ。
薙紫彩の絵ほどではないが、しかしダーク・バランスもまた、国家を動かすほどの力を持つ。
(実際に巫くんは、訪れたアフリカの村の貧困問題と教育問題を一日で解決してしまっている。)
そして、今回それはいい使われ方をした。
本人には自覚がないようだけど。
思えば変だったのだ…周りに守られていた大統領ならともかく、絵で能力者を雇っていた薙紫彩ならともかく。
普通のハイスクールスチューデントが『雷神』の効果から逃れられるなんて。ようするに彼は、自己犠牲で自己完結を無効化したのだ…彼女に共感することで、能力の矛先から逃れた。
つまり敗者が敗者を救った──
──彼らは共にいることで、異常者でなくなる。
ということで今回はここまで。
え?続きをちゃんと言えって?そんなの大体予想はつくだろ…ヒーローがヒロインを救ったんだ、
漫画的に結婚したに決まってんだろ。
まあ彼らは愛情で結ばれたんじゃなくて依存しているだけなんだけど、それもまた無意識のようだ。
と、いうわけで、これで本当におしまい。
勝ったはずのコナナちゃんは意中の人と結婚できなかったけど、負けたはずのソードちゃんは幸せになりましたとさ。
ほんのちょっと後味が悪いけどまあいいだろ。
二十歳になったソードちゃんだけど、
所詮、彼女は自己完結だ。幸せにはなれない。
最後にハッピーエンドは訪れない。
そのうち死ぬでしょ。
まあ、どこぞの誰かさんが、
林道栄徹君を救うことができたなら、
ソードちゃんもまた、救えるだろう。
そんな結末を待っているよ。
そして、気をつけるんだよ。
決して、竜頭蛇尾にならないようにね。」