第二話【問いの空白は埋まらない】後編
父は日課のように私に罵声を浴びせる男だった。
父は仕事のように私を殴ってくる最低な人間だった。
結局は人殺しになってブタ箱に収監された…が、彼のバットエンドは私のハッピーエンドにはならず、私は結局、裏社会…裏世界に関わる人間になってしまったわけだ。
どこで人生を間違えたんだろう。
それとも間違うのが人生…ってやつか?
〈64-22〉
「ざん(理解した…いつみちゃんの癖は全て把握できた。よし、なるほどなるほど、いつみちゃん、あなたは負けるよ)」
そんな怖い言葉をかけてくる彼女だった。
種子島軽。竜殺し。
彼女の持つ巨大な剣の破壊力は見ての通りだ。既に、私はさっきまで部屋にいたはずなのに、部屋があった場所は別の何かになっていた。現代アートと言われれば納得できるけど、とても部屋とは呼べないな。もう立て直すしかない。
と、その時だった。…いや、その時というか、その後ずっと。彼女は剣筋を変えてきた。もう彼女は私のことを、いつも狩る獲物と同じ風に見ているのだろう。
単純に…『流れ』を変えるとか、そういう工夫をさせてくれない。本能のまま避けることしかできない。しかしそれは彼女にとっての武装補給だ。いつまでもそうは言ってられない。
とか、言ってられない。無理だ。
この際、剣のことを考えるのはやめた方が良いのかもしれない。武装補給をされても、剣を潰さない限り交換はしないのだから…それについては諦めるしかない。
ならばどうするか。あれだ。
本体を叩くしか無いッ!という奴だ。
「ざん!ざん!ざん!」
可愛い声で言ってくれる…本来は『斬!』だろうに。
私は駆け出す。
割とここにかけている所がある…成功してくれ。私は剣を突き出している彼女の手…ではなく、その手で掴んでいる柄の部分に自然の炎を燃え移らせる。そしてこれは刀身が燃えるのとはわけが違う。
「!」
彼女は急いで剣を手放した。そう、放さざるを得ない。そして私はそこを突く!
「【火炎」
しかし、私は最も基本的な事項を無視して考えていた。やはり焦ってはいけないようだった。彼女にとって竜殺しの剣は、持ってもいいギリギリのラインにいるというだけで、許容範囲内にいて、便利だから持っているだけであって、
本来必要無いものだった。いやむしろ。持つことで攻撃力は上がっていても、1トンの重さを持つ剣を両手に持っていれば、スピードは下がりに下がっていただろう。
剣を手放した彼女は目を疑うことすら許されない、目に見えない速度で、私を部屋の奥までぶっ飛ばしたのだった。
「⁉︎」
そして私がそれに気づいたのは、壁にぶつかり、壁を少し粉砕した後のことである。
「ふふ…ざん(竜殺しの剣にばっかり意識を持ってって、私本体のパワーとスピードを忘れてたみたいだな)」
彼女はそんなことをいって、余裕の笑みを浮かべている。それも当然だ。もうここらで早くも決着はついたようなものだから。私は、一歩も動けずにいた。
やれやれ、順当に負けそうだ。
さて、問いの空白を埋めてほしい。
設問、1。体が動くまであと30秒はかかる。それまでは避けられない。しかし、避けなければならない。
彼女は向かってくる。どうする。
私はどうすれば、彼女に勝つことができる?
自己で完結せずに答えよ。答え、無理。
「ざん!(ここらで楽にしてあげる!)」
種子島軽は再び竜殺しの剣を手にとって私を仕留めにかかる。殺人こそしない彼女だが、猟奇的な発想をする女だ。きっと彼女は私を斬り、多量出血させて意識を落とさせるつもりだ。
剣を構える。あと20秒。
剣を振り下ろす。あと19び
「あ」
私は思い出す…私はもう、能力者だったという事実を。そうだ、私は炎を飛ばせるんだった…もう少し頑張れば、炎を盾にすることだって、出来るんじゃないか?
そんな漫画みたいに都合よく新能力を身につけられたらいいのだが…普通は誰しもそういうのだろう。
しかし言っていた…時破田さんは言っていた。
あの漫画好きの時破田さんが、あの、二次元と三次元の区別がついてないみたいな脳みその時破田さんが、
あなたの驚異的な学習能力は脅威だと言っていた。
ならば。間違わないことも人生であるべきだ。
私は炎の盾を作り出し…まあ実際には作り出せなかった。けれど、最悪な状況からは脱することができた。盾を作ろうとして、私は間違って大爆発を起こした。
「…⁉︎」
ドガァァァッ!、という音が聞こえた。
これ以上壊れるものもないはずだが。
もちろんそれでも彼女の攻撃は止まらなかった…というより、剣が止まらなかった。彼女はとっくに後ろへ逃げて爆発を回避していた。が、二本の竜殺しの剣は飛んできた。しかし、爆発の威力によって、既に壊れかけていた壁が完全に壊れ、私は後ろへ転がっていくことで(これまた爆発で吹っ飛ばされて)二本の剣を避けることができた。
「いやぁ…」
一階なのに随分太陽光が眩しかった。
これ以上ない、悪趣味な天窓である。
「諦めないって大事だね!」
「ざん…(やるじゃん…いつみちゃんのくせに!)」
〈6-5〉
異能による攻撃手段と防御手段を手に入れた。
それでようやく彼女に追いつい…たわけではなかった。当たり前だ。竜の力を使いこなせるようになったところで、竜殺しの彼女には勝てない。どころか彼女は急に倍速で攻撃してくる始末だ。
「ざん!(ほらほらどうした!)」
しかし。
しかし…だ。若干心に余裕が出来たことで、彼女の戦法が絶対でないこと、つまりやはり対人間用の殺人術ではないということがよくわかるようになった。
というか、急に弱点が見つかる見つかる。
大振りであること、小柄であること、重さがあること、補充がきくこと、速いこと、竜すら殺せること──
──なんだか全てが弱点に見えてきた。
なんだろう。思ったより、割と簡単に彼女は倒せそうだ。…いや、簡単ではないけれど、難しい手順は必要なさそうだ。
問いの空白を埋めよ。どうすれば勝てる?
答え。
「【火炎・百撃】!」
名前の通り!火球を百撃だ。
そうそう、そうだ。彼女の弱点…それは、強すぎることだ。要するに相手がいつも弱いと、自分の凄さもわからないのだ。
だから自爆する。勝手に墓穴を掘る。
そんなに用心しなくてもいいだろう、というところまで彼女は用心する。絶対にだ。人と戦わない彼女は加減がわからない。
彼女は強すぎるが故に、弱い相手に対しても強い手段を取らざるを得ない。例えば…。
「ざん!」
火の玉100個ぐらいなら、本来は竜殺しの剣の一振りで対処できるだろう。だけど彼女はこうした。
剣を捨て。部屋にあった消化器の中身をまいて、行方をくらまし、他の部屋へ逃げた。やりすぎだ。
もはやビビっているようにも思える。これが彼女の弱点だ。
「…」
彼女は後悔する。しまった、前が見えない。
私は火炎技の準備をする。私の癖は見破られたようだったけど、しかしランダムに飛ぶ炎の矢のようなものならば、彼女は見切れない…それも視界が悪いとなれば。形勢逆転だ。それに、化け物みたいな彼女だが、しかしそれでも人間だ。そろそろスタミナが限界にくる頃だろう。
不安はいくらでもあるが、しかし勝算はないでもない。
【火炎・流星】。小さくした火球を大量に用意する。
私はそれらを撃ち込んだ。
…だが。私は、またしても油断していた。
そもそもおかしい話だった…1対1で戦えるなんて本来、ありえないことなんだ。みんな少なからず私を知っているから、私と1対1で話したいからまとめて潰しに来ないだけで。
だから、彼はそこをついたのか。
彼女、種子島軽は人間に対しては正々堂々としている。だけど、最後の1人…四天王、『青土時雨』はそうではなかった。
「‼︎…しまった…クソ!」
よりにもよって彼という男を忘れていたとは、失態にもほどがある。私はすぐに避難をするが、しかしもう遅かった。
炎が、そのままの形で、帰ってくる。
私をめがけて、曲がってくる。そうこれは彼の能力によるものだ…本当に、迂闊だった。
私は当然防御する。あの竜殺しを倒すために必要だったエネルギーは全て、彼に弾き返されたから。
「よう近藤。また会ったな。」
「…青土君、また会ったね。」
〈53-24〉
「というわけで最後は僕様だ。四天王を他人に任せるなんて、とんでもないショートカットをしたようだけど、まあ別にいいだろう。それぐらい林道君は許してくれる。ここで君は倒されるんだから」
「…」
「ああそうそう、それと種子島さんはリタイアだそうだ。負けを悟ったらしい」
「…青土君、私は」
「私はあなたのそんな姿は見たくなかったよ、か?」
「!」
私は心を読まれた──
──そう、私は今の彼を少し軽蔑している。
何故なら彼は…青土時雨という男は、殺人鬼ではありえないほど、相手を自分と対等に見る男だったから。
青土時雨は林道栄徹と仲がいい。
恐らくアスクブランクで一番…それは何故か。ひとえに、彼らの性格がほとんど同じだから。2人とも、殺人鬼ではあるが…しかし、彼らには正義感がある。
思考異常・自己完結。自分の殺人は正義だ。と、彼らはそう思って殺人をしている。邪魔者を排除する為に殺人をする桜原棘だって、自分のやっていることが、彼の崇拝するクラン・ルージングの墓に書いてある『死は勝利』という言葉に反していることを自覚しているのに、彼らはしていない。
完全に、自分達のしていることの罪深さを自覚していない。怪人を倒す感覚で、みんなの平和を守る為に、人を殺している。
私はそんなのは大嫌いだ。
自分は正しいことをしていると本気で信じている。自分が世界で一番愚かな人種であることを全く自覚していない。
二次元と三次元の区別がついていない。
でもそれでも。
彼らは、歪んでいても正義があった。
だから、種子島さんを助けたり、私に休憩の時間を与えず登場してきたりする、彼らしくない行動に、私は、ついに堕ちたか、と、思った。
「息が切れてるぜ、少し休みな。とか、今も変わらず言ってみたりしてな。心配しなくても僕様は変わってないぜ、なんならお茶でも出そうか?」
「結構だ」
しかし彼は彼のままだった。良かった。
良かったとか言ってられない!
私は思い出す。彼が彼のままなら、そうでないよりよっぽど厄介だったことを。休んでいる暇なんてなかった。
「殺人術『ブレて殺す』」
彼は私の焦りをよそに、対等を極める。
「それに能力【塞凜波動】。その二つが僕様の力だ。その効果はご存知の通りだ。能力の方はこの銃を持っていないと使えない。しかし君の方も、体の表面からしか炎を召喚できないようだから、それと合わせてそれらはおあいこでいいだろう。しかし…」
種子島軽が正々堂々なら、青土時雨は対等。ずるい手を使わない彼女に対して、彼は、ずるい手を使いますよ、と先に言う。
「術と異能が一つずつだが、僕様の方が異能の熟練度が高い。…そうだな、ルールを決めよう」
そして、お互いの勝ち目をできるだけ消す。
問いの空白を埋めよ。
将棋の棋士とチェスの棋士が勝負します。互いに勝ち目の無い戦いとはいったいなんでしょう?
答え→将棋とチェスで一戦ずつ戦う。
互いの全力が完璧に発揮できる場では、互いに勝ち目は無くなる。これはどんな場合でもそうだ。
彼はゲームを提示した。
「ルールは簡単だ。全力で攻撃してこい。君は全力で炎を放てばいい。僕様は全力で防御する。
ただし一回だけだ。一回に君の全てを詰めろ。
どんな形でもいい。君は渾身の一撃を、僕様は渾身の迎撃をする。な?簡単だろ?攻撃が通れば君の勝ちだ」
「…うん。いつも通りだね」
「ああ。いつも通りだ」
私は渾身の一撃とは何かを考える。
【百撃】?【流星】?いや違う。今も私はこうして立ってられるんだ、あれらは渾身の一撃ではなかったということだ。
…いや、渾身である必要はあるのか?
そうだ…そもそも、彼の能力であり防御手段である【塞凜波動】を抑えさえすればいいんだ。
『ブレて殺す』は攻撃の殺人術。
なんでもいい、軸をブラすことで、色々できる。
ならば【塞凜波動】はその逆だ。
空間をズラす。彼にはそれができる。
普通に炎を放っても、ズラされて終わりだ。ならば、銃を壊して能力を使えなくする方向で…いや、無理か。それじゃあ銃を破壊するには銃を破壊しなくちゃならなくなる。
どうすればいいのだろう。
「こちらは準備オーケーだ、いつでもこい」
急かすな──
──私はとりあえず、巨大は炎を用意する。
彼は何も用意していないようだった。それとも、構えないことが最大の構え、みたいなあれか?
ん?構えない…?
あれ?
いや、待てよ?
私は無意識のうちに張り手をしていたけど、それはなんでだ?…『炎が重かった』からじゃないのか?
「いつみちゃん!文字数がやばいぜ!」
黙ってろ竜。
炎が重かったから…ならなんで、軽くしようとしなかった?それも、無意識か?かつて少しだけだけど暮らしていた場所を壊すことに、抵抗を感じたから?
「…わかった」
「!」
私は召喚した巨大な炎を指先に集める。
小さくすれば、軽くすれば威力が上がる!…と安直に考えたわけではない。私は気づいたんだ。
圧縮して圧縮して圧縮して、爆発させる。それが、異能の炎の爆発力を一番活かせる形なんだ。
それに、利点はもう一つ。攻撃範囲が広すぎるなら、空間をズラしても何も変わらないということ。この家まるごと…この辺り一帯を火の海にすれば、あるいは。
私は指を下ろし、彼に向ける。
「…行くよ」
「ああ。来い!」
漫画的に、私は勝てるはずだ!
放つ!!【火炎…否!『禍炎』・恒星】!!!
〈5-2〉
「とゆーわけで時破田、うちのあおつっちーがいつみっちと引き分けたわけだが、ここまで計算通りかい?」
「いやまさか。あの子の成長度は計算できないわよ」
「だよねぇ。見事に炎の能力者になっちゃってさ。いやあ、かっこよかった。んじゃ帰ろっか」
「おい待て」
何を勝手に終わらそうとしてんだ。
再び語り部はあたしこと時破田心裏へ。
あたしは、敵の大将、林道栄徹と話していた。
「…つってもよー。このまま漫画みてーに、順当に戦って、どっちかが勝って、どっちかが幸せになりましたってさあ、そんなのは別にわざわざ俺らがすることじゃねーと思うんだよ」
「…どういうこと?」
「いや、だからな?いつみっちの戦いをこっそり撮ってライブ配信で見て、まるで神みたいに応援してた俺らがよぉ、わざわざ理由見つけて戦うことないって。平和は保たれてるだろ?保たれてただろ?じゃあもう引っ掻き回さなくていいって」
「平和?どこ?」
そう、あたし達は屋上で戦いを見守っていた。
あちらから直接接触を図ってきたときは驚いたけど、結局彼は一度も攻撃してこなかった。
「ここにあるだろ。せっかく今は引き分けで終わってるんだからさぁ、ほら」
彼は手を出してきた。言葉通り。
「俺らが終戦の握手をすれば、和平解決だ!な?」
「はぁ?」
あたしは彼の手をバチンッと音を鳴らしてはたいた。
彼は不思議そうな顔をしている。
「…えっ?」
「悪いけど、血で汚れた手と握手なんかできない」
「おいおいつれねーなー、俺はお前の為を思って言ってるんだぜ?お前だって、戦いが趣味とかそういうわけじゃないだろ」
痛いところをついてくる──
──まあ確かに、彼の言うことはある意味正しい。
あたしだって、他人に能力が使えない今の状況で、能力全開のあたしと恐らく同じぐらい強いこの男と戦いたくなんてない。
それに、話し合いで解決したいとも思っている。
だけど、今回はそうはいかない。
相手は『自己完結』。話を聞かない。絶対に。
ましてや殺人をやめさせるようにするとか、改心させるとか、無理無理の無理だ。…。紅ならともかく。
あたしにはまだ無理だ。
「…あのね」
「ん?」
「この世には、許しちゃいけない人がいるの」
「おお!わかってくれたか!」
「お前だよ!」
「えっ」
あたしは卑怯な手を使う…奇襲だ。
体内だけで使える封印能力『テレポーテーション』を最初から全開にして、あたしは自らの戦闘力を上げて、殴る!
が、しかし、受け止められた。
「おいおい、勘弁してくれよ、漫画じゃねんだからさぁ…そんな物理的な方法で、俺が倒せるとは思わねえでくれ」
「…チッ」
わかっていたことではあったけど、やはりそうだ。今のあたしには勝てそうにない。
あたしは逃げる。どこまで?どこまで逃げればいい?世界を破壊できるこいつから逃げるには、どうすればいい?
とりあえず空中を飛んで逃げることにした。
「ああわかったよ、わかったよ!お前がそんなに戦いてえなら仕方ねえ、気は向かねえが、相手してやるよ!」
彼は追ってくる。今は逃走に関してはそこまでの力量差は無いようだけど、彼が本気なのかわからない。
あたしは逃げる。でも逃げてばかりではいられない。
「…よし」
試す。あたしはどうしたら彼に勝てるかを。
覚えているだろうか、封印能力者の弱点を。
持っている力の割にやることが小さいことだ。
方向転換する。そして、彼に向かって突撃する。
「!」
そのまま突っ込む!あたしの腕は、彼を貫いた。
「…へえ、びっくりした」
「まだだ!」
そしてそのまま彼を掴んで、地球へ叩きつける!
「うおっ」
彼は瞬時に怪我を治し、着地する。そう、こんな程度では、彼を倒せない。だから、あたしは止まらない。
「まだだ!」
「⁉︎」
あたしは勢いをつけて彼を踏み潰す!
つもりだったが、これまた受け止められてしまった。
「…おいおい時破田、ふざけんなよ…俺がガードしたから良かったものの、そうじゃなきゃ太平洋が蒸発してたぜ」
どうやらハワイに落ちたようだった。
周りに人はいない。あなたは少し距離を取る。
「…残念だったね、それでも本気じゃないんだよ」
「そんな話はしてねえ。お前、自分の持ってる力がどういうものなのか、ちゃんと理解してんのか?世界を破壊できるから、地球なんてちっぽけに感じちまうのか?」
「…」
お前はいったいどの口でそれを言っているんだ。
殺人鬼に言われる言われはない──
──しかし、チャンスだ。
この会話の流れで揚げ足を取ってやる。
「勘違いするなよ。俺はこの能力は世界を守る為にあると思ってるし、時破田、お前はどう思ってるかは知らないが、少なくとも俺達の能力は生まれ故郷であるこの星を傷つける為にあるわけじゃないんだ。それぐらいわかるだろ?許可されていることは何でもやっていいとか、思ってんじゃねえぞ。そんなんじゃ、帰れと言われて帰る馬鹿と何も変わらねえ。力を持つ者には力と同じだけの大きな責任が」
「責任?あなたは責任感に駆られて人殺しするの?」
「…」
静かになる。
「それとも正義感に駆られてるの?は、馬鹿らしい。いや、馬鹿だわ。あなた、それこそ、許可されたことは何でもやっていいとか、思ってんじゃないの?それとも、自分は特別だとか思った?自分はヒーローになるべきとか思った?」
あたしは付け足してこう言った。
「あなたのやっている殺人は偽善ですらない。欺瞞ですらない。それに犠牲ですらない。ただの自己満足だ」
漫画の読み過ぎだ。あたしはそう言った。
すると。
小柄で小物な彼は高らかに笑う。
「は…はははは。は、は。ははははは!」
気味が悪い。図星を突かれ過ぎておかしくなったか?
「いやいや、時破田、お前の言う通りだった」
「…」
「正しい。正しいよお前は…確かに俺は自己満足をしたいだけだった。認めるよ。」
「…?」
意外だった。今、彼はなんと言った?
認めるよ?意外どころか予想外だ。『自己完結』は都合の悪いことを聞き流すんじゃなかったのか?
「だけど、だけどな時破田」
しかし彼は結局、想像通りだった。
「誰かがやらなくちゃいけないだろ、殺人って」
「…何を言ってるの?」
「死刑制度があるのは何故か。正当防衛が認められるのは何故か。警官に銃を持たせるのは何故か。そういうことを考えてみろよ。すぐにわかるぜ」
殺されるべき人間は存在するってことが。
彼はそう言った。
なるほど、なるほど。まさかここまでとは。
性格歪みすぎだろ。…いや、まっすぐ過ぎるのか。誰かを悪者にしたいイジメっ子みたいな思考回路を、彼は高校生になっても捨てきれずにいるのか。どれだけ子供っぽいんだ。
「…それこそ、さっきの言葉に反するでしょ。許可されたことはなんでもやっていいの?」
「いや。だけど、逆に考えてみろよ。そう言って誰もしなかったら…世界から殺人が消えたらどうなると思う?お前は知らないだろうが、俺がした殺人によって救われた奴らも大勢いるんだぜ。復讐や、防衛や、戦争や、そういったものは人類の歴史にたくさんあったろ。美談になってることだってあるぜ。もう憑かれているんだよ」
「…だから、殺人は許容されるべきだって?そんな暴論で、あたしが引き下がるとでも?」
「思ってねえよ。…だがこれだけは言っておく」
「何」
「許容はもうされてるし、されなくても俺は例外だ。」
そういうと、彼は能力を発動した。
空気が揺れているような感覚に襲われる。
あたしは、「あっ死ぬ」と思った。
というわけでそろそろ後編もフィナーレだ。
結局何もダメージを与えられなかったあたしは、たった今思いついた最後の秘策を使うことにした。
「封印能力【具現隷骸】。その名の通り、あらゆる状況に例外を設ける超能力だ。これを使うと」
あたしは次の瞬間、────────────。
─────、──、──。
文字にもできないほどグロい事態が起こった。
簡潔に言うと、──────が飛び散った。
では、問いの空白を埋めよ。何が飛び散った?
答え→あたしのすべて。
〈45-2〉
ここは一体どこの世界だろう。わからない。
あれだけぶっ飛ばされたんだ、力を超えた力で、速さを超えた速さで。あたしは幾多もの世界を破ってやっと着地できた。
着地と言うには少々可笑しいぐらい可笑しいが。
あたしはなんとか体を再生して、起き上がる。
さて。
バトル開始から実に1時間が経過した。最初の数分以外はずっと────で、────な──だったわけだけど、
あたしの最後の作戦は、あたしの最後のメッセージは、ちゃんと、自己で完結せずに彼に届いたかな?
彼、林道栄徹はどうしてるだろう。
あたしは、ちょうどそこにいた彼を見てみた。
おお。良かった。
「⁉︎…⁉︎、⁉︎ー⁉︎,!?"!?(!?)&!?/!?-!?=?!+!?;!?'!?」
どうやら体を張った甲斐があったみたいだ。
「…………⁉︎」
随分と苦しんでいる。あたしはただ、負け続けただけなのに。…まあようするに、彼の正義を『いき過ぎた』正義にしたということだ。
あたしなりの、マゼンタ・エモーションだ。
彼があたしの言葉を聞かないなら、彼を彼の中で矛盾させるしかない。理想のヒーローらしからぬ行動…弱いものイジメをさせることで、彼の脳内をぐっちゃぐちゃにした。
「…い、今!俺は何をしていたんだ⁉︎時破田を…『蹂躙』してたのか⁉︎ば、馬鹿な!嘘だ!そんなの」
「そうだね、そんなの正義じゃない」
「ぐ…ぐあああああああああああああ!」
頭を抱えて叫んでいる。さっき彼は警官に銃を持たせるのは何故か、と言っていたけど、なら今の彼は本当に犯罪者を銃殺してしまった警官の気分だろう。
しかし、銃殺してしまった警官ならあるいは周りのケアやらでトラウマを乗り越えることが可能かもしれないけれど、彼はそうはいかない。自己完結だから。
「我ながらひどいことをしたと思う…けどさ」
「ひっ‼︎」
やはり彼は少年の頃から精神が成長していない。
それも、自己完結のせいか。あたしは怖がられた。
「林道君…覚えておいて。あたしはたくさん世界を知っている。だけど、二極化された世界なんて存在しないよ。誰が正義で誰が悪だなんて、そんなの、存在しないんだ」
「…!」
「極悪人であるあなたにも正義感があるように。完全な正義なんて存在しないし、完全な悪なんて存在できない。」
「…俺は」
彼はあたしの言葉を切ってまで、何か言いたげだった。
「俺は、それでも…自分のやってきたことを、間違いだとは思わねえ。…思えねえ。」
「…」
「なあ時破田、今度さぁ、頼むよ、お前なら、俺の悪の部分を取り除けるだろ。もう、こんなのは嫌なんだ。なぁ時破田、俺はな、楽しかったんだ。お前の血や肉を飛ばして散らかすのが。」
怖いよ。助けてくれよ。
悪い俺を、殺してくれよ。頼むから。
彼は、そう言った。あたしは何と答えるべきだ?
問いの空白を埋めよ。
仮定1。ネタバラシしてしまうと、この林道栄徹という男の人生はあたしを壊した所から壊れ始める。
仮定2。彼は、竜と蛇のうちの、蛇の力を手にする。
仮定3。そして最悪から一歩手前の結末を迎える。
彼は人を殺しすぎた。やりすぎた。
それは、それだけは絶対に許されない。
あたしはここで、何と答えるべきだったかな。
「…林道君。あたしはあなたを殺さない。」
紅じゃあないけど…絶対に救ってみせる。
悪いあなたも、良いあなたも、みんなあなただ。
あたしはあなたを殺さない。
そんな言葉から、あなたと『自己完結』との戦いが始まった。…そう、始まったんだった。
過去のあたしよ。竜と蛇に気をつけろ。
竜は、いつみちゃんでも、紅でも、もしくは理事長でもない。
他でもない、あたし自身だ。
それに自分で気づけなければ、
お前もまた、偽善者にすらなれない。
そんな意味ありげな言葉が、
どこからか聞こえた気がした。