第二話【問いの空白は埋まらない】中編
時破田さんが薙紫紅という男を天角学園に誘ってから幾分かの時間が過ぎた。
彼は毎日二件、大事件に巻き込まれる運命にあるらしい。それでなお生きているのだからそれは大したものだ。大したもので、
漫画のようなものだ。
しかしその薙紫紅という男はそんな探偵ものの主人公ばりの事件遭遇率が昔から続いているせいで、探偵のスキルを身につけることすらできなかったらしい。不憫だ。
〈The ask blank is not buried〉
その男に。
まさか会うことになるとは思っていなかった…いや、思ってもみなかったわけではないけれど、しかし衝撃だった。
だけどそれは未来の話である。
私こと近藤いつみはまず、今をなんとかしなければならない。
「じゃあ行ってらっしゃい。林道君以外の全員を倒せたら、ここに戻ってきてね。そしたらあたしは入れ替わりで出発するから」
つまり、生きて帰ってきなさい。
彼女はそう言った。
そういうわけで、私はアスクブランクのアジトである(廃墟地帯にある)廃屋敷に乗り込んでいる。もう既にバトルは始まっているのだ。
「よー!いつみっち!やっと来たか。待ちわびたぜ!今回は援軍付きだな?わかった。じゃあ、俺はそいつと戦うからいつみっちは俺の仲間たちにぶっ殺されな!じゃ!健闘を祈る!」
そして既にバレているようだ。
彼、林道栄徹君は恐らく彼の能力で脳内に直接語りかけてきた。言われなくとも。私に君は倒せない。
私は静かに歩き始めた。
〈6-25〉
ある程度までは勝算がある。
私はスパイとして短期間ながらも潜伏していたため、相手の殺人術がある程度わかるからだ。だけれど、それでも6人。
安心できるのは最初の6人までだ。
残りの、林道君に仕える四天王や、殺戮人形みたいなあの子を相手するならば、私に命の保証はない。
「フンッ」
とまあそんなことを考えているうちに、いつのまにか部屋に閉じ込められているようだ。しまった。
いや、閉まったという感じか。
「…名乗れ!」
「『密室で殺す』」
これは殺人鬼業界のルールだ。仕事の依頼やらなんやらが被ったりして殺人鬼同士で争うことになった時、殺人術もしくは名前を名乗ればそれで相手の力量が分かるから、無駄な争いをしなくて済むようになるのだ。
「『燃やし殺す』!」
「近藤いつみ。正直に言うと俺は完全に騙されていたよ。いや…本当は気づいていたのかもしれないが、信じたくなかっただけなのかもしれない…いずれにしてもだ、近藤いつみ」
「…」
「今ならまだ間に合うぞ。俺達は皆、気づいた者も気づかなかった者も、お前を仲間だと思っていた。…スパイとしてでもいい。戻ってこないか?俺達の元へ。」
「それはなんの冗談かな?いや、なんの時間稼ぎかな?」
「…ほう。バレたか」
何か、嫌な臭いがしてくる。この感じは、あれだ。
「『ガス』を…充満させたのか?」
「ああ。悪いがお前対策は万全だぜ」
なるほど。と、私は素直に感心した。つまり私が政府の回し者なら、ガス爆発を起こして人を死なせるようなことはしないと、ならば自分自身を人質にすればいい、と、そう彼は考えたわけだ。部屋をガスで満たすことで、燃料を投下することで逆に炎を出させない。『密室で殺す』。
「…だけど」
「?」
だけれど。私は感心したのち、こう言った。
「それじゃあ不十分だったね」
私は駆け出す。そして炎龍の炎を、つまり異能の炎を召喚する。ならば、だ。自然の炎でないなら。水で消えないなら。
ガスで拡大もされない。
「⁉︎」
心底驚いているようだが、しかしそれも仕方ないことだ。なんせ彼らは林道君に引っ張られているから…子供っぽい林道君に引っ張られているから、私の修行過程を調べもしなかったんだろう。だから計算外だった。
たったの一週間で炎の超能力を覚えるなんて。実際、それが無ければ私は完敗するしかなかっただろう。今度からは、時破田さん、ではなく、時破田様と呼ぶ必要がありそうだ。
「もうちょっと観察をするべきだった…ね!」
水で消えずガスで爆発しない炎。ならば、火傷させたり燃え移ったりもしない。あるのは破壊力のみである。
思いっきり殴る。
「うべっ‼︎」
1人目クリア。どんどん行こう。
〈63-26〉
しかし1人目が健闘してきたから2人目も苦戦するかと思いきや、さほどでもなかった。
「ふぉっふぉっふぉ」
「名乗れ」
「『捻り殺す』」「『燃やし殺す』」
ふぉっふぉっふぉ。それが彼の笑い声だ。だが老人ではない。やはり同級生だ。彼はクソ野郎である。
「近藤さん。修行の成果はこっそりさっき見せてもらったよ。炎の超能力を使うようだね」
「…その通りだよ」
「いいねいいねぇ。純粋で。僕なんかほら、捻くれちゃってるからさぁ。捻りたくなるんだよねぇ‼︎」
彼がどうクソ野郎なのか説明しよう。
まず彼の殺人術『捻り殺す』は力の流れに渦を作って攻撃したり回避したりできるというものだ。
つまりだ。バトルという名目で体を触ってくる。
「死ねセクハラ野郎!」
人体発火現象。今度は自然の炎を身に纏う。
「いぃ⁉︎」
すると彼は攻撃も防御もできない。
後は殴っておしまい。2人目クリア。
〈64-2〉
気を取り直そう。
私は、そういえばガスの充満している密室をそのままにしていたことを思い出し、二つ前の部屋へ戻ってきていた。
そこにいたのは。
「やあ、いつみちゃん。おひさ♫」
「…やあ。とりあえず名乗ってもらえる?」
「『挟み殺す』」「『燃やし殺す』」
彼女は割と仲良しだった奴だ。
「修行お疲れ様!どう?手応えは」
「まあまあだよ。でもそれでも多分…あなたは倒せる」
「倒す?殺さないの?」
「…人を殺すか」
私はよりにもよってそういう言葉を投げかけた。殺人鬼に対してこれは禁句の一つである。至極当然のことなのだけど、私は人を殺すような愚か者ではないとアピールすることで挑発しているのだ。
そしてそれは彼らとの決別の意味をも持つ。
「うーん。そっか…結局、いつみちゃんは私達とは相容れないよね…殺人したことないんだったね」
「ああ。そんなことをするなら死んだほうがマシだ」
「でもさぁ。この世には殺されるべき人間って、いるじゃん?」
「!」
彼女…彼女は何を言うつもりだろう。
否!わかっていた…彼女の殺人術は『挟み殺す』だ。
挟み撃ちにされる。
「いつみちゃんのお父さん、虐待してくるんでしょ?例えばそういう人達だよ。お父さんを殺したいって、思ったことない?」
「…思わないね…あんな人でも」
「あんな人?そんな言葉で終わらせていいの?」
あなたの服の下に一生傷があるのは知ってるよ。彼女はそういった。ダメだ。心を揺さぶられる。
そう、私の父親はクソ親だ。母を捨て、酒に溺れ、私を殴り、人を殺して捕まった…そういう、この世のゴミだ。
だけど。だけど。だけどそれでも殺しちゃならない。
「無理することはないんだよ、いつみちゃん。あなたが我慢したって、何も変わらない。それに、我慢するっていうのは一見美しく見えて最も逃げてる行為なんだよ。知ってた?あなたは倫理観を盾にして自分を大切にしていない。そんなのは、そんなことでは、あなたは人間じゃないよ」
「…それは言い訳だろう。人殺しこそ、どうやったって美しくならない…それに、元々倫理観は盾として使われるべきだ」
「はぁ〜?」
彼女の本領はここからだ。
「なんでそんな賢いこと言うの…?わけわかんない。あなた人工知能か何か?違うでしょ?あなたは人間でしょ?」
「…」
「人間らしさを放棄してるよ…信じられない。まあ信じてもらいたくもないんだろうけど、でもねいつみちゃん…私達の方があなたよりよっぽど人間してるよ。もっとあなたも泥臭く生きなさいよ」
「できない。私はどんな理由があろうと殺人を受け入れるつもりはない。お前達の仲間になるつもりも、だ!」
「落ち着きなよ…と言いたいところだけど、無理そうだね。…じゃあ、私から最後に一言いいかな?」
「何だ」
「あなたのお父さん、私が殺しといてあげたよ」
これだ。殺人術『挟み殺す』の真骨頂。挟み撃ち。前門の虎、後門の狼。ここで私がどういう反応をしようと、彼女を認めたことになってしまう。
私が『怒らない』ということは殺されるべき人間が存在するという言葉を認めることになり、私が『怒る』ということは人間性を放棄してしまったことになる。あの男を、一つの親としての形として認めてしまうことになる。つまり、これもまた彼女の言葉の通りだ。
『』内は殺す・殺さないに置き換えても(順不同)同じことになる。私は『挟み殺す』の精神攻撃を直に受けた。
どうする。ここで私は、どうすればいい。
何も、できない。
「まあ別に、答えを出す必要はないよ…でもね、いつみちゃん。あなたのその態度は、その優柔不断は、世界への、そして私達への裏切りなんだってことを覚えておくんだね…でないとあなたはまた負けるよ…自分に」
バタっと、彼女は倒れた。そりゃそうだ。ガス室で、私と違って部屋の真ん中で話し続けたら、そりゃ倒れる。
私は、彼女が死なない程度に治療してからその場を離れた。一体私は彼女が倒れてくれなければ、どうしていたんだろう。
なんにしろ、結構な時間が過ぎてしまった。
急ごう。
〈476-452〉
次の部屋へ向かったのだが、そこには先客がいたようだ。恐らく同級生ぐらいの男子と、中学生ぐらいの女子。彼らはチームで私を殺しにかかってくるのだろうか。
だけど、なんだか殺気が感じられない。
それに、見たことない奴らだ。もしかして、敵とは限らないのではないか?私はそう思って、とりあえず会話をしてみることにした。扉を開け、部屋に入る。
「うぉっ⁉︎またか⁉︎いいぜ…かかってきな!」
またか?また、とは、どういうことだろう。
「…待って、紅君、この子は違うわ」
「え?」
しかしその疑問はすぐに解けた…彼女、キャンディ・ベルがいたことによって。中学生ではなかった。
キャンディ・ベル。天角学園1年1組の担任にして、達成使いの監視係、彼女自身も『話術』を使う達成使いにして、かつてイギリス最強の座についていた殺人鬼、聞いた話では生徒会長と何か因縁があるという…。ならばそうか。
この男が噂の、薙紫紅君か。
「あなた、なんでここにいるのかは知らないけど、やめておいた方がいいわ…ここには超危険人物がいる」
「俺と先生は最近の行動が目に余るということで注意しに来たんだよ…えっと…」
「近藤。2組の、近藤いつみです」
「近藤さんか。あれ?でも近藤さん、あいつらの仲間じゃなかったか?俺達ほっといていいの?」
「…ちょっと、方向性が合わなかったんで喧嘩したんです」
「ふーん。そう」
「なんにしても近藤さん、ここは危ないわ」
この人達は時破田さんが協力してくれていることを知らないようだった。意外だ。薙紫紅はなんでも巻き込まれるんじゃなかったっけか?
「…大丈夫ですよ、私から言っておきます。喧嘩しましたけど…でも、あの人達は教師とか嫌ってるんで多分私からの方がいいんじゃないでしょうか」
「え?そうなの?じゃお願いしていい?」
「はい」
「じゃあ、無駄足だったか…まあいいか。先生、帰りましょう。俺達の家へ」
「どこですかそれは…」
そうそう帰れ…決闘を邪魔するな。
「ああ、でも一つ謝っとかないと…あいつら」
「ん?」
あいつら?誰だそいつらは。私は彼の指差す方を見る。
「⁉︎」
そこにいたのは。
「いや、そいつら急に襲ってきてさぁ…四天王のうちの3人とか言ってたかな?いや、本当にごめん…でも、眠らせてるだけだから安心してくれ。殴ってない殴ってない…」
「‼︎…」
3人の男女が寝そべっていた。
よ、よりにもよって四天王のメンバーをラスト1人にまで減らしやがった…それは、なかなかに邪魔してくれたな〜⁉︎
「…いや、いいよ…」
「マジでごめん」
ざっけんなよ…これじゃまるで、私がズルしたみたいじゃないか…楽になっちゃったじゃないか…。
「さ、先生帰ろうぜ、もうこれ以上誰かに出くわすのは勘弁だ、ほら、早く帰ろう、俺達の我が家へ」
「だからそんなものはありません」
そんな冗談とともに彼らは帰っていった。
いいはた迷惑だ。…だけど、これで少し余裕ができたのも事実だし、感謝するべきなのか…?
なんにしろ、できた暇で休んではいられない。私は異能のチェックの時間に当てることにした。
あとは『諭し殺す』に『ぶち殺す』に『封じ殺す』は大丈夫…だけど、あとの2人は以前変わらずやっかいだ。
四天王が1人と、殺戮人形ちゃん。
「はぁああああああ…」
彼と彼女を相手にするなら絶対に苦戦する。
全力を出せるようにしておかなければならない。
「【生物使役】、『ファザー・エルシス』!」
自身に居る炎龍を呼び起こす。そして、認識する。
声が聞こえる。
「よぅ、いつみちゃん!やっと俺の出番かよ!」
なかなかファンシーな奴だ。紹介しよう。今私の脳内に語りかけているのが、炎龍ファザー・エルシスだ。
その出自は不明だが、私に封印されている竜。
「さあ!どいつをぶっ飛ばすんだ!どいつにぶっぱなすんだ!?早くしてくれ!こちとら暴れまくりてえんだよ‼︎」
なるほどこういう性格だから封印されたんだな、と、私は謎の納得をして、ウォーミングアップを開始する。
「はぁああぁぁ…」
「おっ、今度は落ち着いてるな」
「そうだよ…さっきあの2人を見て思いついたことがあったんだ…」
「んん…?なんだ?そりゃ」
私は微動だにしない。全く、動かない。
その中で、メラメラと炎だけが燃える。
炎だけが動く。
「流れだよ…あの2人の動作からは流れが…エネルギーの流れが感じられなかった…」
「ほう。つまり?」
「だから…爆発力を使えば相手の流れをブチ切ることができる…そしてそのままカウンター攻撃も…できる!」
私は前の空間に向かって張り手をする。するとどうだろう。私の目の前の壁が崩れた。
「おお」
「炎を丸めてぶつけてみた…どうやら成功だよ」
「すげえな」
「いやぁ…あの2人に会えてよかった。練習自体は前からしてたけど…流れが無い状態ってのがよくわかんなかっ」
「へえ!じゃああたいを殺せるかい!?」
「!」
崩れた壁の向こうに、1人の女がいた。
「名乗れ」
「『ブチ殺す』」「…『燃やし殺す』」
〈653-45〉
時破田さん曰く、私の脅威はその成長度らしい。ならば。この頭のおかしい女を一生傷ができない程度に痛めつけて、力試しをしてみるというのはどおだ?
「よぉおおお近藤おおお!待ってたぜえええ!」
「…」
「てめえが敵として現れる日をよぉおおおお!」
「おい、いつみちゃん、この情緒不安定はなんだ」
「『ブチ殺す』殺人鬼だよ」
2組きっての殺人狂。『メスで猟奇的に殺す』桜原棘や、大量殺戮をライフワークとする殺人鬼ジュエリーに並ぶ異常性を持っていると言える。その殺人術も名前からして適当なものであり、片手に持ったハンマーで全てを破壊する攻撃は強力だが、それ以外に特に戦法はないという。
「おいてめえ!なんとか言いやがれ!」
「なんとか」
「ふざけてんじゃねえええぞおおお!」
「おい、いつみちゃん、この情緒不安定は」
「だから狂ってるんだってこいつは…」
そうこうしているうちにハンマーによる攻撃が繰り出される。私に、ではなく床に。私はさっき壁を壊したけれど、彼女は床を消し去った。さすがの威力だ。
私は、床を突き抜けて飛んでくる土を炎の爆発力で吹き飛ばすが、彼女は次の攻撃の準備を終えているようだった。
どういうつもりか、ハンマーを投げてきた。
「てめええはこれで終いだあああぁぁぁ!!」
「いいや…終わるつもりは無い!」
ハンマーは早すぎてかわせそうにない。ならば、真っ向勝負だ。私はハンマーを、殴り返した。
「⁉︎」
彼女は咄嗟にキャッチするが、もう遅い。既に張り手…もとい、火球の準備である。手のひらに炎を生成し…
「爆心地はお前だ!」
発射する!!【火炎・流星】!!!
遅効性で願いを叶えてくれる流れ星のように。爆心地はお前だ。ここでいう『お前』はハンマーを指す。
愛用していたようだから少しだけ心が痛むけれど(やはり殺人道具になれてしまって感覚が麻痺している)、だけど彼女の専用武器は粉々に砕け散った。
〈2-14〉
「名乗れ」
「『諭し殺す』〜」「『封じ殺す』」
こいつらも実験台にしてやろう。
「おいおい、いつみちゃん、さっきから口調が悪いぜ。殺人鬼どもに影響されちゃったか?」
「…あぁ…そうだったかもしれない。ごめんね」
「気をつけろよ」
「うん」
気を引き締めていかなければ。
まず、『諭し殺す』は極めて強力な殺人術であり、殺人鬼の身でありながら相手を諭し自殺を促すそれはまさに思考異常・自己完結の塊のような術である。
対策は簡単だ。耳栓すればいい。
そして『封じ殺す』もまた強力な殺人術だ。それこそ『エネルギーの流れ』を止めるように、相手の攻撃の筋を封じ、相手の攻撃も反撃も無効化してしまうという内容。
対策は簡単だ。人体発火現象を使えばいい。
さて。
ここからが、とはいってもラスト2人だけど、ここからが難関だ。何度も言うように、四天王が1人と殺戮人形のような女子が飛びっきり強い。私も戦いの中でそれなりに成長はしたつもりだけど、それでも勝てるかどうか──
──と、そんなことを考えている時だった。
「ざん!」
かわいい声が聞こえてきた。だがこれは知っている声だ。かわいい顔してなんでも真っ二つにする殺人鬼。
『種子島 軽』。否、彼女は殺人鬼ではない。彼女の専門は動物だ。例えばクマを、例えば竜を狩るハンター。
「『竜すら殺す』!種子島軽!」
彼女は私と同じように…いや、私より汚く、私の目の前の壁を破壊して入ってきた。扉という文化を知らないようだ。
破壊…というよりは、斬ッ!という感じだ。
複数の斬撃によって、壁が切り出された。小学生がカッターで紙を切って切ってしてるうちに、紙から紙が分離するように。
壁に図形の形で大穴が開いた。
「ざん!(早く名乗れ)」
「『燃やし殺す』」
「ざん(そうか、合わなかったか、私達とは。まあ、それは仕方ないことだ。あんまり気にしないことだな)」
「…」
「ざん(人は別れるもんだ…私も昔、好きな男の子と順風満帆に付き合ってたのに、いきなり振られたことがあったけど、それは私が〇〇新喜劇を見に行くからという理由でデートを何回も断ったことが原因なんじゃなくて、受験のせいだってことにしてなんとか忘れられたよ)」
「なんの話だよ!!!!!!!」
っていうか、その二文字にどれだけの意味を込めているんだー!っていうかなんでわかるんだーっ!
「ざん(だからな?私はあえて引きとめない。割と私達は友達として相性が良かったと思ってたから残念ではあるけど…でも、さっきも言った通り人は別れるもんだよ。振られたのは私が水族館とか動物園に行かせてもらっても『おいしそう』としか言わなかったからじゃなくて、音楽性の違いが明確に存在していたからだと信じてる)」
「だからなんの話だよ!」
音楽性をどこで知ったのか逆に気になるわ!
「ざん(体力と気力がお互い限界だったんだ)」
「限界だったのは多分世間体と人気じゃないのかな」
「ざん(今となっては彼じゃ満足できなさそう。だって、だってあなたを、あなたという存在を知ってしまったから)」
「キャラをハッキリしろー!」
「こうやって話せるのも最後かもね」
「普通に喋れたんかい」
「ざん(でも、一時期とはいえ仲良しだった私達が今となっては敵同士だなんて、本当、人は別れるものだね)」
「…」
「ざん(でも、また仲間になれたら、その時はまたあの秘密の名前で呼んでくれる?『るりりん』って)」
「どうやったら種子島軽がるりりんになるの」
「ざん(まあ、冗談はそれぐらいにして)」
「…」
彼女は両手に剣を構える。剣…という言葉で済ませてしまっては勿体無いほどの特徴的な剣だ。長さは彼女の身長以上ある。彼女もそんなに大きくはないけれど150センチはあるだろうに。長いだけじゃない。普通の剣を拡大したものより、刀身は大きく太くなっている。
皆この剣をこう呼ぶ…『竜殺しの剣』。
華奢な肉体の彼女だが、別に中が空洞になっていて軽いわけでもないこの竜殺しの剣をぶんぶんと振り回す。だから、だから竜殺しの剣。剣無しでもその怪力で竜を殺せる彼女に相応しい重さと殺傷力を持つ剣だと認められたから、そう名付けられた。因みにその重さは1トンだと聞いた。
最後の情報で一気に陳腐化してしまった感じはするが、しかし彼女は本当に強敵だ。本来、敵に回してはならない生物だ。
この炎の異能の力を持ってしても今は絶対に敵わない。だから、世間では姑息だとか卑怯だとか言われるであろう手段を使わざるを得ない。しかし…。
「ざん(いつまで長考するんだ…?)」
そういう対策は十分に考えてきた…が、しかしどれも通じそうにない。陳腐化という単語をまた使ってもいいが、
彼女の一番の強みはその剣の数にある。四○元ポケットを装備しているのかと疑いたくなるぐらい、彼女は剣を持っている。具体的に言うと、彼女は常に6本、非常時には100本、竜殺しの剣を用意してくる。
要するに弾切れがないマシンガンをずっと撃たれるみたいなものだ。この部屋にもさっきの部屋にもどこの部屋にも、スペアの竜殺しの剣はある。隠されている。
とするとこの家の頑丈さに拍手喝采を浴びせたくなるが、そんなことを言っている場合ではない。問題なのは『迂闊に建物を破壊できない』点だ。破壊がそのまま彼女の武装補給になる。
「まさに万事休す…だね」
「ざん(そうだな。まあ殺すつもりは無いけど、負けるつもりはもっと無いよ。いつみちゃん)」
そう言って彼女はゆったりと動き始めた。
がぎぎぎ。がぎぎぎ。がぎぎぎ。がぎぎぎ。
剣を床に擦っている…床は破壊されている。それもまた、武装補給だ。彼女は、最後の1人に仕事をさせないつもりらしい。
「『燃やし殺す』!」
「ざん」
殺す度胸なんて無いくせに。そう彼女がカッコ内で言った気がした。もちろんそれは的外れな意見だし、同じように殺人経験の無い彼女が言ったところで説得力はないんだけど、
妙に心に突き刺さった。
そして竜殺しの剣は私に剣先を突き刺しに来る。
「『ファザー・エルシス』ッ!」
「おうよ!」
今のところ私にこれ以上の防御手段は無い。
【火炎・竜壁】。私は体中に異能と自然両方の炎をその身に纏い、竜殺しの剣に回し蹴りを繰り出し、流れを曲げる。そして、炎を燃え移らせた。
「…」
種子島軽は剣を捨て、新しいものを用意する。
そしてまた攻撃し攻撃し攻撃し、新しい方法を全く取らず、同じことを繰り返す。何度斬撃をいなされようが、彼女は全く同じ剣筋で、しかし威力は落とさずに、殺すつもりは無いと言っておきながら致命傷を…心臓を狙って斬撃を放つ。
しかしそれでも唯の様子見である。
彼女は私の癖を探っているのだ…ならば、じきにレパートリーが増えてくるであろう彼女と、じきにスタミナが尽きるであろう私を比べれば、わかる事実は一つ。
勝負を長引かせれば絶対に負ける。
短剣のスピードで大砲の威力。
竜殺しは竜殺しで竜を殺しにかかる。
存在するだけで私を絶望的な状況へ陥れる彼女はそれでも、可愛い声でこう言い続けるのだ。
「ぞく!(後編へ続く!)」
そこは『ざん』だろ…と、ギャグを突っ込めるほどの余裕は既に私には無かった。
私にはただただ、ピンチだけが存在する。