第二話【問いの空白は埋まらない】前編
漫画。漫画について、話をしよう。
あたしこと、時破田心裏は漫画が好きだ。
〈5-2〉
漫画家の苦労を、一度考えてみよう──
──最初は物語を考えるのだろう。だが、それだって簡単なことではない。自分の好きなことと、世間が好きなことを、一致させなければならないのだ。
そして、小説を作るのとはまた質が違う。どちらが良い悪いではなく、漫画家は、絵で表現できるところはして、できないところはしない、その棲み分けを考えなければならない。
全てを文字で表してなおかつ表現を工夫しなければならない小説家と、同じぐらい大変なことをしている。
もちろん絵を描くのは大変だとして、
次に個性だ。周りとの差別化を図らなければならない。それをすることは非常に難しい。というか、天才性が無ければそれは不可能だろう。…いや、そうでもないのかもしれない。
最近の雑誌の漫画はみんな綺麗な絵ばかりで、見ていてつまらないところがあるが、アプリやウェブで自由に描いている漫画家は割とそうでもなかったりする。
本家より分家のほうが差別化できている。
よくわからない。それが世間のニーズなのか?もっと昔のように、劇画調の物があってもいいではないか。
そう、あたしは割と絵が濃い方がいい…という、個々の好みの話は置いておいて、そう、最近の漫画は綺麗すぎる。
…賞賛がいつのまにやら批判になってしまった。
まあ、だけど勘違いしないでほしい──
──あたしは漫画が好きだ。読んでいて幸せだ。
綺麗な絵が追いつかなくて休載しようが、それを楽しんでしまうほど漫画が好きだ。
劇画調のものが今あまりないなら、昔の打ち切り漫画でも読んでしまうほど漫画が好きだ。
自分だけの為に日本中の有名な漫画家を集めて、いいところを出し合ってできた漫画を読みたい、という意見を逆に批判できてしまうぐらい漫画が好きだ。
とにかく!あたしは漫画というコンテンツが大好きだ。現存する全ての漫画は既に読んだぐらいに、だ。
だから、あの子…同じく漫画好きのあの子、
『近藤いつみ』という女の子に出会った時は、
あたしは大層うれしかったよ。
〈6-2〉
善と悪。強と弱。光と陰。上と下。
彼女はそういうシステムを嫌う…別に平等が主義なわけではないが、ただ『嫌だ』…と、二極化されてしまった世界を見るたびにそう思うらしい。だから、漫画ならなんでも好きというわけではないようで、彼女曰く「怪人だったら殺してオーケーだなんてそんなのは大嫌いだ」だそうだ。
彼女との出会いは突然だった。
ある日、というか昨日、紅がリリーの起こした宗教的な事件に巻き込まれたあの日、あたしは暇していた。
いや実際には、一つことを成し遂げた後だった。
ついに、『人助け部』が認められた。天角学園を普通の高校にするという活動内容と、生徒指導室の先生方が顧問副顧問を務めるという証明書を理事長に渡して(苦笑いされたけど)、ハンコを押してもらい、ついに部活になった。
部室はまだない。みんなで決める。
ということで暇だった…まああたしの場合、暇な時は、いや、暇でなくても漫画を読むから、別に良かったんだけど。
しかし漫画を読んでいられる平和的な状況であることに間違いはなかった。が、まあ、それも長くは続かない。
あたしには暇な時間の後、用事があった。
以前、紅が生徒指導室と対立してくれた時…あの時、あたしがそこにいなかった理由と、今回漫画を読む手を止めた理由は一緒だ。まるっきり。あたしには日課がある。
怠ると大変なことになる日課が。
紅には“仕事がある”と言って誤魔化していたけど、まあもったいぶるほどのものでもなかったし、明かしてしまうと、
あたしは毎日、午後5時になると、世界を消している。世界を消す必要がある。
そしてその日もいつもと同じように、消していた。
理事長も同伴だ。いやあ、こんな下らないことに付き合わせてしまって本当に申し訳ない。
ええと、簡単に説明しよう。
あたしの能力は『テレポーテーション』。封印能力。
しかし、テレポーテーションは世界を破壊できるから封印能力とされたわけではない。世界を作れるから特別に、封印能力とされた。そう、お気付きの通り、
あたしは無意識下のうちに世界を作ってしまう。知らないうちに、自分の想像や空想や妄想や夢から世界観を作ってしまうのだ。だから、世界で溢れかえってどうなるかわからないから、念の為世界を消している…まあ何故能力がそんな欠陥品になってしまったのかはおいおい話すとして。
とにかくあたしは世界を消していた。
その日は25個の世界を消した。世界を消したなんていうと大仕事のように聞こえるけど、案外そうでもない。
世界はそこにあるだけで、だから消すのは簡単だ。
んで、理事長に封印してもらって、5組に帰っている途中…あたしは、奇妙な現象を目にしてしまった。
〈73-15〉
その奇妙な現象というのは今回のお話とは関係ない。関係ないが…それがあたしと、『自己完結』という思考異常との戦いについての、重大な伏線になっていたことに、あたしは気づいていなかった。気づきようがなかったんだけど。
紙ヒコーキが飛んできた。しかも、まっすぐに。
高度を下げることなく…もちろん地面を抉って地中を泳いで最終的に六個の惑星を破壊するなんてことはなく、
まっすぐあたしに当たった。
そして何も起こらなかった。
しかしそれを広げて見ると…メッセージがあった。
明らかにあたしの字だった。
竜と蛇に気をつけろ。
あたしは思った──
──蛇はともかく『竜』ということは──
──将来的に戦うことになるのだろう。と。
実は奇妙な現象とは言っても、しかしそれはよくあることなのだ。紙飛行機にメッセージを書いて過去の自分に飛ばすというのは、あたしがよく使う手だ。
「…なるほど、今度は『竜と蛇』…ね」
そして多分、それは間違った判断だったのだろう…今回の場合、あたしはその紙ヒコーキを飛ばさなかった方がよかった。
まあそんなことは、今これを語っているあたしも、その時のあたしも知らないことだ。
「…今、『竜』って言いましたか…?」
その女は。
あたしが初めて戦った『自己完結』であり、あたしが、天角学園の闇に飲み込まれるきっかけとなった女。
近藤いつみ。
「…何故、分かったんですか…⁉︎」
彼女は、少々頭がおかしいところがある。だが、それも仕方ないところがある。なにせ、
2組・連続殺人犯クラスの生徒なのだから。
許して仕舞えばいろいろ終わってしまうが。
倫理観とか。
〈7-66〉
(あんまり過去語りばかりだと過去編みたいになるので…ここからは過去の自分に任せよう。)
戦闘を、いや、殺害を開始することに対して、彼女はためらいを持っていないようだった。
彼女の体が燃え上がる──『人体発火現象』。
しかしそれだけではないようだ。
「うおお!!」
廊下は走ってはいけないというルールをどうやら彼女は知らないようで、その身に炎を纏い、突撃する。
「だが逆に俺の頭は冴えていた」
あたしはそんなことを言って、彼女の攻撃を止めた。今は無能力者でもあたしは人間だ。冴えた頭を使って考えた結果、彼女の攻撃を止めることができた。
まあその代償として、あたしは理事長室のある東棟の4階から落ちることになるのだけど。そうあたしは窓から外へ飛び降りた。さて、この後どうしよう。
今は無能力者のあたしは人間だ。学校の4階…天角学園の高さの基準が普通の学校と同じなら、およそ20mぐらい…だったかな?いやあ、死ぬだろうな。
「世界は理不尽だ。都合のいい奇跡なんて起こらない。」
あたしはそんなことを言って、もう少し頑張ってみることにした。するとどうだろう。3階の窓に手をかけることができた。
諦めずに頑張ってみるもんだ。
あたしは逃げる。
そこは頑張らない。
3階廊下に無事入り、激走する。
しかしまあ、機動力ではあちらが上だったようで、北棟にある5組(安全地帯)につくまでに普通に追いつかれた。
「だけどここで逃げたらあいつに顔向けできねー」
ちなみにあたしは戦う時こんな風に漫画のセリフを言うことが多々あるが、気にしなくていい。あたしは紅に出会うまで弟に存在を消滅させられいて、言葉は全て漫画からテレポートからテレポートしていたので、癖がついているのだ。
「ファザー・エルシスを知る者よ!悪いが死んでもらう!死ね!死ね!死ね!」
「…あれ?」
あたしは気づく。こいつは…サイコパスではない。2組の生徒なら死ねと言えば本当に殺しそうなものだが、この子から殺気が感じられない…というか、そもそも放つ殺気が存在しないみたいな感じがする。
どういうことだ?
しかしわからなくてもあたしは迎撃するしかない。あたしは上靴を脱いで彼女の顔へ上靴を投げ飛ばす。そして当然弾かれる。だがしかし、それが狙いだ。
上靴だけでは目隠しとして不十分だが…それを振り払う腕はどうだろう、と考えたのだけど、どうやら十分だったらしい。
「!」
「そしてどんなに燃えて平気でも、さすがに顔は燃やさないみたいね!じゃあ遠慮なく…!」
殴った。
とでも思った?いやいや。寸止めだ。
「…負けました…」
と、炎だらけの少女は言った。
はてさて、紅はいつもこんな感じなのだろうか。あたしには久しぶりの感覚だけど。この、
事件に巻き込まれそうな感じ…。
〈6-3〉
女性という生き物は基本的にフレンドリーだけど、嫌いな奴はとことん嫌う生き物なのだと男性諸君には心得ていただくとありがたい。磁石のようなものだ。
合う奴はくっついて、合わない奴は離れる。
とすると、あたしと近藤いつみちゃんは合う奴らだったようだ。あたし達はその後とても仲良くなった。
え?でも殺されそうになってたろって?
いやいや、友情があればそんな過去は気にならないよ。確かに彼女は無能力者のあたしに容赦なかったけど、しかし、そういうところが彼女のいいところという風にも言える。
え?時系列がわからない?もう?
ええと、今日は桜原棘君と紅の戦いが終わった日の翌日だ。ちなみに桜原君は全く反省していないようだった…。
あの子は罪悪感とか無いんだろうか…と思ったけど、無くてもおかしくないのかもしれない。なんせ、『絶対行使』とやらを使えば今まで殺した人々を生き返らせることができる。まあ、生き返らせられるから殺していいというのは暴論であるけど、だけど彼の場合、間違っているとは考えないのだろう。彼の持っている思考異常を持ってすれば、殺人は罪にならないらしい…。
え?前回、『時破田が消えた』とか言ってたのに消えてないじゃんって?
いやいや。あたしはちゃんと消えているよ。
では問題。
いつみちゃんに襲われ、和解し、一日が経過して、あたしは一体どこにいるでしょう?
正解は…、
『海』でしたー!
いやいや観光に来たわけじゃあない…仲良くなってすぐ海水浴に行くなんてそんな、リリーじゃないんだから。
あたしは今、クルーザーに乗っている。何故か。何故ならあの後まだ色々あったのだ。
戦い終わった後、いつみちゃんはこう言ってきた…「弟子にしてください!」。
そのあたりであたしが封印クラスのテレポーター、時破田心裏であることに気づいたようだった。彼女は、あたしに超能力を教えて欲しいと言ってきた。普通ならあたしは断るべき場面だったけど、しかし漫画好きのあたしにとって彼女はあまりにも魅力的だった。
竜。
竜と蛇…ではなく、竜。
もしかしたら片割れなのかもしれないけれど、とにかく竜。彼女は体に竜を宿していた。
もちろん体内に存在するわけではない。というかそれは質量的に無理だ。彼女は『過去の事実』という形で竜を自身に封印していた。かつてあったから…今もある。かつてから変わらないから…今もある。『から』。つまり『=』を使って、竜が自分に居ると、存在を証明する。
実際はどうだかわからない。彼女は、その『かつて』を多く語らなかったからだ。
『人体発火現象』、つまり、殺人術『燃やし殺す』とは関係ないが、その竜は炎を纏うらしい。炎龍、ファザー・エルシス。
目的はわからなかった。
しかし、その炎龍の能力を使えるようになる為に超能力の訓練をしてほしいと言ってきた彼女だが、殺気は存在しない。
悪用しないというなら、善用するのか?
しかし足踏みしていては事が進まないということで、あたしはまず海中で訓練をさせている。
訓練その①。
水中で火を出そう!
〈745-4〉
おっと、そんな目で見ないでほしい…。
ようするに、人体発火現象の炎なら水で消えるが、炎龍とやらの炎なら、つまり超能力の炎なら消えないだろう、と、おもったのだ。
「時破田さーん!できました!」
彼女は言う。まじで?
「も、もう出来たの⁉︎」
「はーい!」
彼女は成長速度が凄いようだった。それとも、早く成長しなければならない理由があるのだろうか。気になるところだ。
「…じゃあ、明日は訓練その②よ」
「その②?」
「その炎を自在に操れるようになる為に、まずは炎を消すところから始めましょう」
翌日。訓練その②。
事前に山火事を作っておいた。
「何やってんですか⁉︎」
「よく来たわね。ということで、今日は既にあるこの炎を操って消してもらいます」
無論、近隣住民の皆様方なんていう者達はいない。ここは疎外地区なんだから。
「操ってって…今はまだ、出すことしか出来ないんですけど…」
そういえば何故同学年に敬語なのだろう。それも気になる…けれど、伏線っぽくはなさそうな気がする。そういう癖なんだろう。
「だから頑張れ」
「だから頑張れ?」
「だから頑張れ!」
彼女は走っていった。さてはて。
ここで一つ、考えなければならないことがある。ん?いやいや、もしこの火事がやばいぐらい広がったら、未来のあたしに消してもらうことにしているから、それは大丈夫…。
あたしが考えなければならないのは、先日から気になっていたこと…『何故、竜と蛇に気をつけろ』という内容の手紙をあたしは過去のあたしに送れたのかということ。
天角学園卒業後に、つまり理事長の封印が外れてから送ったと考えるのが普通だけど。
だけどもし…理事長が殺されて、あたしがピンチになって…そういう状況になったから手紙を送ったのだと考えれば、それはそれで説明がつく。それとも竜と蛇というのは何かの暗喩か何かで、竜と蛇ですら無いかもしれない…。
考えればキリはない。
それに、天角学園に最高戦力の1人である理事長を倒せるほどの強敵が来襲するとするなら、例え過去に手紙を出そうがもうどうしようもないのではないか?いや、裏をかける方法みたいなのがあったのかもしれないけれど…。
「できました」
「早っ」
もしかしてこうして、いつみちゃんを育てることに何か意味があるのかもしれない…。
「いや、それはないか?」
「何の話ですか?」
「いやなんでもない」
しかし、あまり気にしない方がむしろ良かったというケースもあるのが異能の世界だ。
…あたしも体を鍛えるか?
「いや、それはいいや」
「?」
「いやなんでもない」
〈7785-555555〉
そういえば、理事長の様子が変だと、生徒指導室の先生達は思っていたそうな。
そして紅はその理由を本人から直接聞かされたらしい…以前は理事長は、生徒をわざわざ封印するなんていう無駄な真似はしなかったが、あたし達…今年度の封印クラスのメンバーには特別な事情があるから封印せざるを得ないと。
その特別な事情とやらが。
理事長を慎重にさせる。
まあ未来のことはよくわからない…。
もうこの話題は終わりにしよう。
それと同時に「訓練は終わりよ」
「ええっ⁉︎」
「いや、驚いてるのはこっちよ」
「えっ、でも…」
「だって訓練㊿まで全部こなしたじゃん」
本日は実はいつみちゃんに出会ってまだ一週間しか経過していないのだ。
「というわけで完遂おめでとう」
「はぁ…」
「あなたは結構強くなったわよ」
「…」
それでも足りない、という感じだった。
一体何を目指して頑張っているのかわからないのが気になるを通り越して気持ち悪いけど、無能力者のあたしがしてやれることは全てした。
「ありがとうございました…いやでも、溢れるこの力を使えばきっと…うん!」
「頑張れ。何をするのか知らないけど」
「ありがとうございましたー!」
ということで。
結構なスピードで訓練は終わった。
最初はただの火が出る女の子だったけど、今や竜の炎を使いこなす女戦士だ。
いやあ、よくやった。
だがしかし、本当に気持ち悪いところだ。あたしはその力を何に使うかわからないのに、殺人クラスの生徒を強くしてしまった。
まあでも、ここ一週間の間で、いつみちゃんとはとても大きな絆が築けた。そしてわかったのだ。あの子は悪い子じゃあないと。
だから完遂させた。あの漫画でよくみる漫画的な女の子はきっといい子だ。そしてこの発言はきっと伏線ではない。
だが、甘かった。
本当に、甘かった。
その翌日。彼女はあたしを訪ねてきた。
確かに悪い子ではなかった──
──そして漫画的だった──
──だけど、だからいつみちゃんは──
──漫画的に負けて帰ってきた──
──伏線だった。
彼女は、クラスメイトに挑んで、全く敵わず、あたしに頼ってきた。
「時破田さん…お願いします」
これは伏線か?
「助けてください」
〈74-32〉
なんだか終わりそうな雰囲気だけれど。
だけどまだ終わらない。
ということで語り部交代だ。ここからは私こと近藤いつみが物語の進行を…妨げる。
そう妨げる…私は足手まといにしかならない。
とりあえず、だ。
とにかく説明をさせてほしい。
何故私が力を求めたのか、その力で何をしようとしたのか。
巻きで。
でもまずは漫画…漫画の話をしよう。
私、近藤いつみは漫画が好きだ。
〈6-1〉
しかし好きだけれど、好みに偏りがある。時破田さんは昔の物が好きと言っていたけど、私はその逆…私は王道が嫌いだ。
嫌いじゃないものはじゃあ好きなのかと言われればそうではない…そんなことは小学生でもわかることだ。
王道以外を好むのにはちゃんとした理由がある。
ならば最初の話の持っていき方を間違えたようだった…私は、簡単に言うと、『弱肉強食』が嫌いだ。かといって下克上が好きというわけではない。なんというか、
悪い奴は殺されていいというのが嫌なんだ。それは、世間が認めた弱いものいじめではないのか。弱い、を、悪い、に置き換えただけ…。
悪を倒しただけで正義を名乗れる流れは害悪だ。いや、だから正義の『味方』なのか。正義じゃないから…。
なら、正義側にいるという状況がほしいだけの正義の味方なんか嫌いだ。
そんなのは正義じゃあない。
だから私は、彼に出会った時、彼の正義を聞いてしまった時、即座に敵対することを決めた。
「悪い奴をブッ殺す!それが正義だ!悪い奴は皆殺しだ!
俺たちが!俺たちアスクブランクが!
ここから世界を救うんだ!」
「いや、無理だ」
そんなやりとりがあった。
そう、それは少しだけ前の話だ。
〈625-356〉
アスクブランク。
問いの空白。
それは殺人鬼達の組織だ。
組織とは言っても、クラス内の物だが。
彼らは皆、ある思考異常を持っている…、
『自己完結』。
自分で、己で、完結してしまう。
そういう思考。そういう思考異常。
例えば助言を聞かないとか、制止を無視するとか。彼らはそういう行動をする。
そしてそんな彼らを率いて面白おかしく暮らしているのが、2組のクラス委員長、
『林道栄徹』という男である。
同じく2組の崇拝殺人者・桜原棘と同じぐらいに小柄で、しかし同じぐらいの実力を持つ男。そう、彼は封印能力者だ。何故彼ら2人だけが封印クラスでなく殺人クラスにいるのかはわからないが、とにかく強い男だ。
私も少し前まではアスクブランクに所属していた。何故か。
何故なら私が政府の回し者だからである。
そう、こういう所には決まっているのだ。スパイが。私のような者が。だから、私は例外的に戸籍を削除されずに済んでいる。
しかし、楽しい場所ではあった。
アスクブランク。私は自己完結を持っていないけれど、彼らは受け入れてくれた。というか、馴れ馴れしかった。
それと同時に、怖い場所でもあった。
アスクブランクの中には自己完結を持っていない者は私以外にいなかった。だからなのだろう…自己で完結させる彼ら彼女らは、組織を尋常じゃなく歪ませていた。
最初は仲良しグループだったのが。
今では殺戮集団だ…仲良しなのは変わらないようだが。
だから、「いや、無理だ」と私は思った。
アスクブランクは林道栄徹君の掲げる正義論に引っ張られていた。それがさっきのやつだ。
「悪い奴は退治してやる!かかってこい!」
それだ。
私はそれを聞いた瞬間逃げ出した…いつ聞いたのかというと、彼と一緒に街のパトロールをしていた時だ。
アスクブランクは(というか林道栄徹は)謎の正義を持っており、街のパトロールをするというので、仲間のふりをしていた私はルートを教えてもらう為に一緒に歩いていた。
いやあ、これは無理だ、と思った。
だってそうだろう。
主義主張が真逆の人間の下にスパイとして着くなんて、それほど危険な状況はあるまい。私は逃げ出した。
だが彼は追ってこなかった。
私はそれを好機と思い、天角学園から逃げようとしていた…しかし、たまたま時破田さんに会えたので、これはこれでまた好機と考え、鍛えてもらったのだ。
いつかは潰さなければならない組織。
いつかは敵対することになる封印能力者。
ならば『いつか』ではなく『今』…潰すなら早い方がいい、と思ったのだ。同じく封印能力者である時破田さんに鍛えてもらえば、封印能力者にはなれなくても林道栄徹に有効な攻撃ぐらいは生み出せるという期待もあった。
だがしかし、その考えは甘かった。
訓練㊿を終え師範から卒業した私はそのままその足でアスクブランクのアジトに向かった。だが、私がそこに入ることはなかった。玄関先で、林道栄徹は仁王立ちをしていた。
「よ!いつみっち!待ってたぜ!一週間ほど!」
「そりゃどおも…」
「で?どうだ?何か発見できたか?俺たちから離れてみて、何か気づいたことはあったか?」
「…ない」
「おいおいつれない答えだなぁ。俺は一週間飲まず食わずでずっとお前の帰りを待ってたってのによ!」
「だからそりゃどおもってば…林道君」
「おっと、言わなくていいぜ。お前の葛藤は知ってる…だから、俺らも変に縛ろうとはしねえよ」
「…」
「だけどないつみっち、俺らの正義を否定することは許さねえぜ。もちろん邪魔することもな」
「…」
「おお、何か言いたげだな」
「…林道君。あなたの殺人行為は到底許されるものではない。よって、私はあなたと対立し、あなたの正義を否定する」
「そんな弱い力でか?」
「…」
「いやいや、修行の成果を貶したいわけじゃねえ…だけどよ、お前、封印能力者に教えてもらえば封印能力者に勝てるとか、そんな甘っちょろいこと考えてねえ?先に答えを言っちゃうと、無理だぜ。封印能力者と普通の能力者には明確な差があるんだ。どんなに強くなっても何故か封印能力に勝てない理由ってのがあるんだ。だから」
「うるさいねさっきから。そんな細かいことはどうでもいいんだ。確かにそれは誤算ではあったけど…だけど私は諦めない」
「諦めないって言葉は諦めの証だと思うがね」
「黙れ!うおおおお!」
「バトル開始か。残念だぜ。お前とは友達になれると思ってた。今も思ってる…だけど、今は無理そうだな」
「ああ!」
「【具現隷骸】」
その後はコテンパンにやられて…そして撤退した。
何故か。彼の言っていたように、私の攻撃は全く持って彼に通用しなかった。何故だろうか。
彼は防御すらしていなかったようにも見えた。
舞台は現在へ戻る。
「それは『支配属性』だよ、いつみちゃん。封印能力者以上なら誰でも持っている属性だよ」
時破田さんはそう言った。
「属性?」
「うん。属性…あなたなら炎。でも、あたしや林道なんとか君なら支配属性がそこにプラスされる。そして支配属性はなんでも支配できる能力だと思ってもらっていい…だから、貫通効果だね。最強の矛と盾を持っているとも言える」
「…それはどうすれば」
「…」
「それはどうすれば打破できるんですか」
「あたしがやるしかない」
あっさり。
私の頼みを彼女は引き受けてくれた。
「目には目を歯には歯を…正義には正義をだよ」
「で、でも、今は時破田さん、無能力者じゃ…」
「いや、実はそうでもなかったみたいでね。あなたのおかげだよ、わかったのは…ほら、理事長が施してるのはあくまで封印であって消滅じゃないのよ。だから、能力の対象を外にすることは不可能でも、自分自身になら使える」
「…!」
「部はすごく悪いけど…でも多分大丈夫。あたしはそういうの慣れてる分、うまく戦えるはずだから」
「じゃ、じゃあ…!」
「うん。人助け部の初仕事というわけだ」
人助け部?それはよくわからなかったけれど、とにかくよかった…。と、私は胸を撫で下ろした。
「だけど条件がある…二つ」
「条件?」
なんでもこい、と私はそう思った。
「まず一つ目。林道なんとか君以外の自己完結はあなたの手で倒すこと」
「オッケーです!」
「そして二つ目。今この場で、あなたがどうしたいか、ちゃんと言葉にすること」
「…どうしたいか?」
「ええ。政府の依頼だからとか、そういうのは無しで。あなたは彼らをどうしたい?」
二極化が嫌なら、どうしたい?彼女はそんな質問をしてきた。ならば私はこう答えるのみだ。
「救ってあげたい」
「いや、それは今回だけでっていうのは…」
「えっ」
「もうちょっとハードルさげよ?」
「…ええ…?」
とまあ、いまいち締まらないスタートだった。
それでは、いよいよ始まる。自己完結との戦いが。
「いや、どうせいまいち締まらないのなら、私からも聞いておきたいです」
「?」
「どうして、私を手伝ってくれるんですか?」
彼女はこう答えた。
「そりゃあ、ヒーローの本分は悪人をぶっ飛ばすことじゃなく、人を助けることなんだということを、漫画脳のこのあたしが幼稚なその彼に思い知らせる為に…じゃなかった、ごめんもう一回、いい?」
「どうして、私を手伝ってくれるんですか?」
彼女はこう答えた。
「それが私達、人助け部だから。それに、こういうの漫画っぽくて、燃えるじゃん?」
何回言い直すんだこの人。私はそう思った。
だけど、私の口から出たのは別の言葉だった。
「燃えるのは私の仕事ですよ」
このあとすぐ