過去編【負荷プロポーズ】
「長ゼリフに憧れないかい?少なからず私は憧れる…だなんて、以前も似たようなことを言ったね。私は。
こんにちは。かつて史上最強にまで上り詰めたけど天使アリカ・レリエルと紅くんのチームプレイで封印されちゃった、
庵内湖奈々だ。
もう二度と喉の乾くようなことはしないつもりだったけど、まあいいだろう。紅くんと桜原棘?くんが戦ったんだ、私としては語らねばなるまい。あの男について。
いや、あの男だなんてよそよそしい言い方はよそう。なんせ私はその男となかなかに親しくなっていたんだからな。
そう、その男…桜原くんが心酔する、
クラン・ルージング。
クランさんについて。私とクランさんが出会ったのは、クランさんが死ぬ1週間前のことだった。
最高で最悪な1週間を、私達は2人で過ごした。まあその…両思いだった…と、思ってもらっていい。
気恥ずかしい。さっさと終わらそう。
もう終わってるんだし、始まらないんだし。
イグナイトソードブラッド・クラウンストライクアックス・カッターフリーゲイザー・タイムセイヴァーアタックちゃんのことは、君達にはまだ教えてなかったね。
まあこんな中二病みたいな名前をわざわざ覚える必要はないし、短く『ソードちゃん』と呼ぼう。
私はソードちゃんと勝負して、無事勝利を収めた。戦った理由は…まあ、下らない理由だけど、とにかく私はソードちゃんと戦って、半殺しにして、彼女の能力を奪った。
え?ひどいって?そんなこと言うなよ。また戦う羽目になったら嫌だったんだよ。仕方がなかったんだ。
…それに、それで誰より痛い目にあったのは私だったんだから、そこは許してほしいところだな。
当時私は15歳だった。それは、ソードちゃんをボコボコにして決闘場から帰っている途中の出来事だった。
私はあることに気づいた。
ソードちゃんから奪った能力が、私の固有能力『名付け親』と融合していた。私はびっくりした。能力と能力の融合が珍しかったわけじゃない。我ながら最強だと思っていた『名付け親』に、不足している点があったという事実に、私は驚愕した。
『不可能を可能にする能力』。世界を破壊できる封印能力の上に立つ絶級能力で、つまり最強格の能力で、これ以上強いものはないだろうと思っていた…つまりは、達成使いを除けば私は最強だと思っていたのだ。しかし、能力が融合を望んだということは、『名付け親』にソードちゃんの能力が必要だったということだからだ。
私は急ぎ確認し、そして理解した。
ソードちゃんの能力は、私の正反対だった。
『可能を不可能にする能力』。それを知って私はなるほど、と思った。ようするに能力というのは真逆の能力が弱点になるから(例・水を氷にする能力に対する氷を水にする能力)、持っていて損はない、と、そういうことだ。
これがいけなかった。
『どーも、コナナちゃん。君は地上最強になりました!おめでとう!でも、それは許されないんだ!ということで断罪!』
そんなことを言われた。
そう、『最強を許さない天使』、
アリカ・レリエルに。あのクソ女は、いつのまにか地上最強になっていた私を『神の領域』に連れてきて、それこそ私をボコボコにして地上に落とした。あいつ絶対許さない。
アリカ・レリエルの固有能力は『スクリーザショット』。スクリーンショットみたいなふざけた名前だが、これが結構えげつない能力だ。効果は、全てをアリカ・レリエルにする。私はこの能力の前になすすべもなく…いや、善戦した善戦した。しかし負けた。だって、彼女は自分より格下の物を全て操れるのだから。負けて当然だ。地上最強ごときじゃあ、神に仕えるルールは倒せなかった。ということで、だ。私はオンボロのズダボロになって、天空から落とされた。
もちろん、パラシュートはなかった。
どの国に落ちたのかはわからないが、とにかく私は屋根に落ちた。もちろん、屋根から地面にまた落ちた。
ゴンガゴンゴグググ、という変な音がしていたから、恐らく私は屋根を壊してしまっていたようだった。あたりでは雪が降っていたので、そのまま屋根を直さずに去るのは罪悪感があった。私は『名付け親』を使って、屋根を直した。
…と、いけばよかったんだけど、残念ながらそれは叶わなかった。私は、名付け親を発動できなかった。
これはあのクソ女の仕業だな…これじゃあ直せない…と私はあのクソ女に責任転移してその場を去った。いつもの私なら一週間後に潰してしまった屋根を直すことになることぐらい簡単に予知できるのだけど、どうやらその時の私はほぼ無能力者になっていたようだった。
雪が寒かった。孤独が寂しかった。
私は、『ああ、ここで死ぬのか』と思っていた。
しかし私はそれでも誇りがあったから、誰かに助けを求めようとはしなかった。それをしてしまったら、あのクソ女に完全敗北してしまったということになるから。
豪雪の中、ひたすら私は前に進んでいた。
1メートル先から向こうの景色は見えなかった。
意識が朦朧としていた。肺の空気が冷たくなった。
苦しかった。辛かった。
凍えて死にそうだった。
私は、ついに倒れた。そして、死んだ。
…といけばよかったんだけど。
あいにく私は生き残ったようだった。
朝。私は、知らない天井の下で目を覚ました。決して綺麗とは言えないけど汚くもない布団をかぶっていた。
頭が痛かった。
私はおもむろに起き上がって、色々と確認をした。ここはどこなのか?何故私は生きているのか?昨日の夜何があったのか?色々と探っていくうちに、私は自分が助けられたことを理解した。
部屋には鏡があった。髪の毛が白かった。
能力と一緒に色素が抜けたらしい。何故かは知らない。
ああそして、もう一つ鏡を見て気づいたことがあった。私は裸だった。そして、鏡に映るベッドが盛り上がっていた。
ベッドをまくると、これまた裸の男が寝ていた。
私は自分の処女性を確認した。
大丈夫だったけど、一発蹴りを入れておいた。
雪国の知恵だったらしい。
凍傷を防ぐ為に人肌で温めるというのは。
なんということだ。それじゃあ私は命の恩人に対して理不尽な暴力を働いてしまったのか。反省しよう。
とはならなかった。
が、まあ、服を着れば誠実そうな青年だったし、土下座までしてきたから、私は何も言わなかった(まあでも、人肌うんぬんは絶対変態が考案したよな、とは思った)。
これが、出会いだった。
彼の名はクラン。クラン・ルージング。
夜に外に出れば死ぬような雪国に、たった1人で暮らしていた。彼は、私を助けてくれた。
『どう?シチューおいしい?』
『…』
『君、名前は?』
『…』
しかしコミュニケーションを取ろうとしてくる彼に対して私はコミュニケーションを取れない状況にあった。
今まで能力に頼りすぎていたから無くなった途端に日常生活に支障をきたしていたわけではなく、ただ単に高熱だった。
15歳の私は今よりもっとずっと心が綺麗だったので…いや本当に、早く感謝の言葉の一つでも言いたかったのだけど、私はシチューを食べたら寝室へ直行し、バタンキューした。
次に目覚めたのは夜だった。
よく寝たよく寝た、だいぶ良くなったぞ、と心の中で思いながら私は伸びをした。そしたら、
『元気になった?大丈夫?』
と言って、彼が部屋に入ってきた。彼はまたシチューを持ってきてくれた。私は美味しくいただいた。そして、
『…ありがとうございます』
生まれて初めて、人にお礼を言った。
『いえいえ、気にしないでね』
彼はそう返答した。
で、私はその後風呂を貸してもらって、体を綺麗にするとともに、自分の髪色の喪失を再確認した。
風呂から上がった私は彼から話を聞いた。もちろん、ここはどこなのかということについて、だ。
そしたら、衝撃の答えが返ってきた。
『ここはシベリアだよ』
まあ、そういうことだ。こともあろうかあのクソ女は、春の近い、つまり吹雪の吹き荒れるシベリアに、私を、無能力者にして落としたのだ。つまりは、彼がいなければ私は死んでいた、ということになる。私は、もう一度彼に頭を下げた。
私がシベリア送りにされた翌日。
彼とあって2日目。
朝食にはチーズとパンとハムとそれから…
…いや、そんなことより、朝食は確かに美味しかったけど、それよりもっと重大な報告をしなければ。
髪の色が、少し戻った。
昨日は白髪だったが、今日は金髪に。
ギャル内湖奈々が爆誕したのかもしれない。
しかし、髪の毛の色は戻ったんだ、能力も恐らくそのうち戻るんだろう…それまでは、彼の家でお世話になるとしよう。
私はそう思っていた。いたが、
『よし、街に出よう。買い出しだ』と言って、
彼は私を外へ連れ出した。いやいや、日本人の女の子にシベリアの寒さはキツいだろう…と思ったが、やはり私は少しだけ能力が戻っているようで、まあ彼はシベリアの暖かそうな民族衣装を着せてくれたが、私はシベリアの寒さにもう適応していた。『名付け親』の何分の1かはわからないが、その時の私には能力がとても心強く見えた。
しかし、思い知らされるのだ。
能力なんて、人間の一部に過ぎない、と。
それは市場での出来事だった。2人で仲良く買い物をしていたが、誰かにつけられているようだった。さすがに無能力者になった私でもそれはわかった。私は元々優秀だったから。ロシア語も話せるし、尾行にも気づく。ロシアに生まれたら、恐らく国のスパイにスカウトされていたことだろう。
しかし、彼は『気にしなくていいよ』と言った。どうやら彼は複数人からストーカーされているようだった。それも全く悪意の無い、言うなれば動物園で動物を見るような…そんな感じで。何故ファンがいるのかは家に帰ってから聞いてみた。
『それは、僕の特性が不思議だから…じゃないかな。ええと、そうだね、わかりやすく説明すると…』
特性。それを説明する為に、彼はサイコロをもってきた。そして、『偶数が出れば君の勝ち、奇数が出れば僕の勝ち』と言ってから、サイコロを振った。
偶数が出た。そして偶数が出、さらに偶数が出、ついでに偶数が出、偶数が出、偶数が出、偶数が出た。偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た偶数が出た。
『まあ、つまりそういうことなんだ』
彼は私に教えてくれた。
自分は生まれつき、勝負事に勝てない体質なのだと。
私はすぐにピンときた。
『それは…それは負荷能力だよ』
私を救ってくれたクラン・ルージングという男は、私よりも救われるべき人間であった。
翌日。3日目。
彼のことを、『クランさん』と呼ぶことにした。そして、彼の負荷能力を消してやることにした。
しかし、今はまだ無理そうだ。まだまだ能力が戻ってこない。足りない。負荷能力を消すには、私が完全復活する必要がある。だがしかし、順調に回復はしているようだ。
髪の毛は茶色になった。いやはや、気持ち悪いものだ。以前までは髪色なんてその日の気分で変えられたのに。
まあその辺のことはともかく。
『今日は遊びに行こう!』とのことで、私達はウラジオストックにある遊園地に来た。いやあ、遊んだ。遊び尽くした。極寒の地にもこんなものがあるとは。私は能力で記憶していたことも忘れていたので、新鮮だった。
それも気持ち悪かった。
いやあ、疑問だった。
何故、このクランさんという男は、私と遊ぶ?何故、このクランさんという男は、私に関わる?疑問だった。気持ち悪かった。だから、聞いてみることにした。やんわりと。
『どうして救ってくれたの?』と。
そしたらなんと、衝撃的な答えが返って来た。
彼は思った以上に思いつめていた。
会話を進めていくうちに、彼は白状した。
『僕はね…今度の土曜日に戦場に行くんだよ。君ならわかるよね?僕が戦場でどうなるのかを。』
私は、やばい、と思った。
彼が何故戦場に行くのか、理由を聞いたら、世界で一番愚かな答えが返ってきた。最悪だ。最低だ。
『僕が行かなくちゃ、みんな死んでしまう。』
ふざけている。と思った。
つまりは彼は自分が死ぬことも厭わずにシベリアの市民を守ろうというのだ。ふざけるな。そう思った。
恐らく今の私なら、『勝てないなら行かない方が役に立つんじゃないか?』とか言って、彼の考えを一蹴できる。
しかし昔の私はそうは言えなかった。
私はそれを今でも後悔している。
『し、死なないで』
私はそう言った。当時から私は暇を持て余していて、期待できる人間を探していたから、自分の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。その何年後かに見つけた巫くん、ついでに紅くんが同じことを言ったところで、『ああそう。勝手にすれば?』と冷たくあしらうだろう。
しかし当時の私ったら、熱く感動していた。
死なないで。私に死んでほしくない人間ができたことがびっくりだった。私は必死に止めた。しかし、
『いいや、死ぬよ僕は。』
だから目一杯楽しんでるんだ──
──彼は冷たくそう言い放った。
家に帰ってから私は作戦を立てた。私は、どうしても彼に死んでほしくなかった。…というより、犬死にをしてほしくなかった。彼を敗北者のまま終わらせることを、私は、私の心は許さなかった。完全悪なりの平等さというやつだ。
まだ3日目…月曜日に初めて会話して、今は水曜日…土曜日まで、今日を含めずに考えればあと2日。本来の私の力を持ってすれば十分すぎる時間…しかし、今の私には足りない。
髪色さえ戻ってきてはいるが…明日には黒髪になるのだろうが、しかし能力はまだまだ足りない…。
正直言って、彼の代わりに敵国と戦うことすらできない。情けない話だけど、今の私は兵器にすら勝てないだろう。
ならば、彼の負荷能力を消すことも叶わない。
少なくともあと2日では絶対に…。
『詰んだ』
私はふとそんなセリフを吐いた。
まあ、諦めるしかないという状況に慣れていない私だから仕方なかったのかもしれない。
無理だ。それが結論だった。
私は彼の元に行ってこう言った。
『性行為をさせてあげよう』
『えっ』
『成功体験が無いのなら、せめて性交体験を』
『えっと…ごめん、頭打った?』
『打ってない』
『そう。大変魅力的な誘いではあるけど、断っておくよ。僕はね、頭を打ってないからさ』
『だから打ってないって』
自分の行動を大胆だとは思っていなかった。だって、会ったばかりだけど彼のことはもうよく知っていたから。
彼は臆病者だ。
そりゃそうだ。勝ったことがないんだから。
彼は、自信ゼロの人間なんだから。
翌日。木曜日。4日目。
『やり残したことは無い?』
『あるよ、ひとつだけね…』
『じゃあ無くそうよ、未練を』
『…そうだね…』
ということで、彼は部屋の奥から『積み木』を持ってきた。
『積み木』…『つみき』である。
これで遊ぼう。彼がそう言ったので、私は積み木へ手を伸ばした。実に、保育園以来であった。
そういえば髪の毛はやはり黒色になっていた。
『まだ小さい頃はね、自分の呪いに気がついてなかったんだ。勝負っていう感覚がなかったからね』
『…意識すると負けるようになった?』
『うん。だから、もしかしたら小さい頃は勝ててたのかも…まあ、記憶に残らなければ一緒だけど』
『本当に?そんなことはないよ』
『…どうして“そんなことはない”なんだい?』
『人は過去の為に生きてるんだから』
そう、現在も、未来も、いつか過去になる──
──過去を綺麗にする為に、人間は勲章を欲す。
人はそれを勝利、と言う。
『…でも、だったら尚更、過去として認識できないんだから、それは無意味じゃないんじゃないか?』
『…よくわからない。クランさんあなた、自分で勝利から逃げていってない?不幸な自分を守ろうとしてない?』
『…考えたこともなかったな』
『まあいいけど。できた。等響タワー』
『トーキョー?そんなところがあるのか?』
『うん。私の故郷の近くにね』
『ふぅん。だったら要らないか』
『?』
『この家…僕が死んだらよければどうぞって言うつもりだったんだけどね。ここは君の場所じゃなさそうだ。』
『一応もらっとこうかな』
『いいよ。この家も土地も、親父から完全に譲りうけたものだからね。僕はどうしようと勝手だ』
『…家を持ってたんだ。勝手ってか勝ち組だね』
『まあでも、勝ち組と勝ちは違うよね…』
『そうだね。でも、勝ち組の中じゃかなり勝ち組だよ。あったかい家があって、食料に困ることもなくて、性行為を許してくれる年下の女の子がいて…』
『最後のは余計かな』
よく見たら彼は超大作を作っていた。というかそもそも、積み木が多すぎる。箱買いしたのかな?
『…いい思い出っていうのがさ』
『?』
『積み木にしか無かったんだ。君が来るまでは』
『…』
『ありがとう。まだ明日があるけど、君に会えてよかった。確かに僕は、勝ち組の中の勝ち組だ』
素敵なことを言ってくれる。
気がつけば、もう夜だった。
彼と晩御飯を食べるのもこれが終わればあと1回。
ならこれは最後から2番目の晩餐か。
5日目。翌日。私は、ねだった。
『結婚式をしようよ』
『いや、いやいや』
『結婚はしなくていいからさ、式をしよう』
『いやいや、できないよ』
『昨日見たよ、こっそり、クローゼットに衣装があるの』
『見たのか…こっそり…』
『あれはお父さんの形見?お母さんの形見?』
『…そうだよ』
『なら、あれを着て式をしよう。』
『しない』
『いいやする!勝てないなら勝ち組を極めなきゃ!』
と、私はとても強引に挙式した。
もちろん結婚はしてないけど。
『誓いのキスを』
『それはしない』
…と、まあ、こんなところだろう。彼の人生は、私によって少しはマシになったはずだ…もちろん気休め程度だけど、それでも、私はできることをした…。
髪の毛の色を調節できるようになった。
能力は、思ったより戻ってきていた。でも、それでももちろん負荷能力は消せないし…戦場に出れば七割の確率で死ぬだろう。そしてそれは彼が許さない。
さぁて。詰んだままだった。
もうどうしようもないから、彼に謝罪するか。
それで私は、彼に自分の正体を話した。
で、彼はこう言った。
『そうか…それなら、僕が犬死にしても、絶対に誰にも生き返らせないように、最強、湖奈々ちゃん、頼まれてくれるかい?』
土曜日。はい、終了。
彼の人生が終る日がやってきた。
『…じゃあ、行ってらっしゃい』
『うん。行ってくる』
能力は結局、一割しか戻ってこなかった。
彼は結局、戦場へ行った。
家を出る直前、彼はこう言っていた。
『…楽しかった。ずっとこんな日々が続けば良かったなって、今ならそう思う。死にたくないとも思えるようになった。ありがとう。僕は君を忘れない。』
綺麗な文章だった。
まるで何か小説の一文を読み上げたかのような。
私は、やはり納得できなかった。
忘れない?そりゃ忘れないだろう。忘れる前に死ぬんだから。…と、まあ、そんな風に。私が静かに燻っていると、1人残ったシチューを食べていると、急に眠気に襲われた。
まさか、シチューに睡眠薬が入っていたのか…。
そんな考察も、意識と共に消えていった。
気がつけばそこは、数日前にも連れてこられた場所だった。そう、『神の領域』。やはり、最強を許さないルール、アリカ・レリエルがいた。私は彼女を睨みつけた。
『どうだった?コナナちゃん。シベリアは。そして負荷能力者は。ちゃんと傷ついてくれたかい?ふふっ』
『…』
『怖い顔するなよ。確かに私は故意に君に彼の人生最後の数日を見せたけど、彼はどうせ死ぬ運命だった』
『…運命、ねえ』
『君だって言ってたろ?人は過去の為に戦う。いつか未来は無くなるからだ。必ず未来が来る不老不死とは違うんだよ。彼は君と違ってあれでも運命に翻弄される一般人なんだよ』
『…アリカ、能力を返せ』
『能力で彼が救えるとでも?』
『…』
『無理だね。断言する。君は拒絶されるよ。』
『無理矢理にでも彼を救う』
『だからそれは敗北なんだって言ってんだよ』
『!』
『君は処女を貰うことが男として最大の勝利だと考えたみたいだけど、その逆を考えなかったのか?何が彼にとって最大の敗北なのか…わかってないようだから教えてやるけど、それはね、自分より強い人に助けて貰うことだよ。若い身で命を落とすことでもなく、もしくは極寒の中孤独に暮らすことでも、もちろん童貞のまま一生を終えることでもない…真っ当な理由で人から下に見られることが、彼は何より嫌だったんだよ。だから、生き返らせないでくれと彼は頼んだ。…まあそりゃそうだよね、年下の女の子に命を救われるなんて…自分が助けた女の子に自分が助けられるなんて、情けないし』
『…そんなことない』
『いやでも彼はそう思ってるよ。君は今心を読めないからわからないだろうけど』
『…』
『それに、忘れそうになったけどこれは罰だ──
──君の心を砕く、という目論見が無いと言えば嘘になるけど。でもこれは君の運命だ』
『…もういい…!』
明らかに不機嫌そうだなコナナちゃん。
と、彼女はそう思ったに違いない。
日曜日。アリカはああ言ったものの、能力を返してくれた。名付け親とその他の能力は、ほぼ全て帰ってきた。
『…』
春が近い。しかし、その日のシベリアに吹雪は無かった。当たり前だ。私が消したんだから。降ってもらったら困る。
この日は私の門出の日でもあるのだから。
まあつまり、クランさんは死んだ。
『…そうだ、墓を作ろう。』
ここはクランさんの家だ。この場所に彼の墓を作っておけば、きっと誰かがここに、彼を埋めてくれるだろう。
クランの死をこの場所にて祝福する。たった一度の勝利と、ほんの少しの全ての敗北に、乾杯を。
桜色の呪いと共に眠れ。桜色の恋と共に眠れ。
そして桜色の春と共に眠れ。
──あなたの恋人より。
彼はいつのまにか私の恋する人になっていたけれど、彼の方はいったいどうだったんだろう。わからない。
いやはや全く、心が読めないというのはこんなに不便なのか。…しかし、不憫では無いと信じよう。だって、
『…みんなそうなんだから。』
彼もそうだった。
私は能力を、一つだけ返してもらえなかった。
覚えているだろうか。私には弱点がある、と、前に言ったはずだ。そう、私は心を読めなくなった。
人の心が理解できるまでは使うな、これはお前を駄目にする…という意味で、アリカ・レリエルは返さなかったのだろう。
それについては私は何も言えない。
言い返せない。
だって私は、彼のあらゆる気持ちに気づかなかったから。そのせいで、彼は死んだんだから。
やれやれというか、私は本当に能力に頼りすぎて、人間としての機能を失っていたようだった。
ありきたりだ。私も、──彼も。
彼が私を助けた時、彼が1m先も見えない吹雪の中にいたのは、彼が自殺を図っていたから。
彼が私と食卓を囲んだり、買い出しに出かけたり、遊んだりしたのは、彼が戦場に行く理由を作るためだったから。
彼が小説から引用したような小綺麗な文章を言ったのは、自分に勝利経験がないからそうするしかなかっただけ。
彼が言ったプロポーズのような言葉は、
私に助けてほしかったから言った。
一度も勝ったことの無い少年は、死にたくなかった。生きたかった。いつまでも“そんな暮らし”をしたかった。
“損”でもいい。孤独でないなら、損な暮らしでも、
負け犬の人生でもよかった。
彼は私にしかSOSを出せなかった。
溺れる者は藁をも掴む。
溺れる者は藁にも縋る。
だけど私は藁に過ぎなかったし、
力に溺れる者だった。
『…鈍感すぎるだろ、私…』
私は自分を叱って、それをシベリアへの“さよなら”の代わりにした。私は、日本へ歩き始めた。
いや、未来へ…なのか。あの女に言わせれば。しかし、不老不死は未来に生きる…ねえ。私はそうかもしれないけど、私はそうは思わない。根拠はないけど。そんな気がする。
しかし、不老不死でもなければ過去を重んじない彼は、一体なんの為に戦っていたのだろう。
とまあ、自問自答してみたものの。
答えはわかっている…未来だろうが今だろうが過去だろうが、みんな自分の為に戦っているんだ。しかし彼はそうではなかった。彼は、彼は…。
『戦っていなかった』
彼はずっと、私を守ってくれていた。
…と。恥ずかしながらもまた長々と語らせてもらったよ。いやいや、山奥の巨大な祠の中から独り言が聞こえるって、怪談じみた環境を作ってしまった私だけど、
わかってくれたかな?
え?何を?おいおい、勘弁してくれよ…。
その様子だとまだ気づいていないようだね。
私がまだ大事なことに気づけていなかったということは。
彼のSOSに彼が死んでから気づいた私だが、愚かなことにま────だ気づけていないことがあった。
まあ、こっちは私は悪くないんだけど…。
答え合わせだ。
イグナイトソードブラッド・クラウンストライクアックス・カッターフリーゲイザー・タイムセイヴァーアタック…略して『ソードちゃん』。そして、私と、アリカ・レリエル、そしてクラン・ルージングが、今回の過去話の登場人物だったね。
それが可笑しいと思わない?
『名付け親』の逆の能力を持つ少女。
『最弱の天使』にして『最強を許さないルール』。
生粋の『負け犬』。
全部私の逆だ。
それだけじゃない。極寒のシベリアも、戦時中という環境も、いつもの真逆…だから、ようするに、だ。
私は藁どころか、傀儡だったということだ。
…え?誰のって?…いや、それは察してよ…
ヒント、上には上がいる。
ええ、わからない…?…ううん。わからないのか。それならなんだか、締まらない終わりになっちゃうな。
まあどうせすぐ教えるつもりだったよ。
神だ。
…え、神は全ての上に立つ法則なのだというスタンスはどこに行ったって?いやいや、ちゃんとここにあるよ…。
だから、だからね。
私は『神という法則』に触れてしまったんだよ。
だから受けたのは天罰でなく神罰だ。この物語はラブストーリーじゃなくて神話だったんだよ。
では、神という法則とは何か?簡単だ。
神が最強である。だからようするに、私は、いや、天使でも、神より強くはなれないけど、神に成り替わることはできる。
神の資格を手に入れてしまったんだ。私は。
人間だって、別に意識していなくても、アリを踏み潰すだろう?それも同じだ。ようするに私は神にとってのアリになったのだ。いや、アリどころか微生物かもしれないけど、
簡単に言うと、私は法則になりかけた。
庵内湖奈々が誰より強いという法則に。
だから、神罰が下った。
…というより、助けてくれたのかもしれない。
さあ、そろそろ喉も疲れてきたし、っていうか疲れてきたし、そろそろ終わろう。長引かせてごめんね。
今回のまとめ。
私は強くなりすぎて、法則になりかけて、勝手に、庵内湖奈々というルールになりかけて、でもまあそれは現実的に無理だったという話だ。その『無理』の形が今回はラブストーリーという形だったというだけ。…で、そのラブストーリーの甲斐あって私は今も人間だという面白みの無いオチ。はい、終了。
ここまで失恋物語を聞いてくれてありがとう。
で、そのラブストーリーのおかげで人間らしくなった私は当時の私の心を推察してみた。ふむふむなるほど、
私は彼が好きだった。」