第二話【負け犬の末裔は遠吠えする】後編
「紅!無事か!?」
スマートフォンへ叫ぶ女がそこにいた。
美樹巴。天角学園教師。ただいまリリー・シエルを桜原棘の元へ輸送している途中である。
「無事です!でも、少々めんどくさい自体になってまして!先生はどちらに?」
電話の会話は続く。
「街だ!リリーが謝りたいっていうから持ってきてる!」
「⁉︎」
「…というかそれ以外に解決策はねーだろ!あいつらは謝らねえ限り、いくらでも襲ってくるぜ!」
「まあそりゃそうですけど…今?」
「お前を守る意味合いもある!頼む、逃げ延びてくれ!」
美樹巴はそう言って、電話をブツ切りした。
「…ええ…」
薙紫紅は少しの間困惑したが、『しゃあねえな、しかし逃げるのは無理だ』と独り言を言って、戦場へ降り立った。
〈63-8〉
資料は全てスマートフォンに入っている。
おっさん(警察官)や少年(天才)に頼るまでもなく、相手が殺人者なら、俺が以前集めたネットワークの情報で十分わかるはずだ。雇われた奴らの情報は。
あいつは16人と言っていた。そいつらは今ところどころに散らばっていて、各々暴れている。つまり、人殺しをしている。
もう既に死んだ人もいるだろう。
死んでしまった人たちは後で桜原に生き返らさせるとして、できる限り被害を、殺害を防がなければ。
俺は、目に入った奴からぶん殴ることにした。
殺人者の相手は、得意だ。
ではご覧いただこう、
私こと薙紫紅の鮮やかなる殺人鬼討伐を!
あと16人。
見つけたのは、殺人術『滑り殺す』を持つ殺人鬼。
(殺人術とは、殺人する為の術である)
オールバックでおさげ髪の大男が刀を持っていた。
その名の通り、滑り滑らせて攻撃する。威力が上がるだけでなく、攻撃速度が途中で変わることも脅威だ。
対策はいくらでもできる。
ビギナーズラック的な、まぐれ的な攻撃をわざと起こす技というのはさほど珍しい物ではない。これもそれに当たる。俺はそんなのはもう慣れっこだから、普通に対処できる。
具体的な対策方法は、距離を取ること。
簡単だ。刀の射程距離に入らなければいい。
あと15人。
見つけた。殺人術『抉り殺す』を持つ殺人鬼。
巨大なスプーンを持っていた。
そのスプーンを使って、さながらアイスをすくうかのように人体をえぐるのが基本攻撃だ。一撃を放つのに刀やらと比べて時間がかかるが、大きい武器なだけあって威力は大だ。
対策方法は、先手を打たないこと。
武器の重さが一番困るタイミングは攻撃後だ。
あと14人。
見つけた。殺人術『絞め殺す』を持つ殺人鬼。
ただ単に握力が強い。相手の首根っこを掴んで、一気に意識を飛ばすのが通常攻撃だ。
シンプルな殺害方法は対策もまたシンプルだ。
遠距離攻撃すればいい。
あと13人。
見つけた。殺人術『絞め殺す』を持つ殺人鬼。
ピアノ線を持っている。
殺人の道具として有名なピアノ線だが、普通は密室殺人やらに使う。だから、ピアノ線で密室を作り出す攻撃は俺にとって新しかった。
対策は無い。
しかし、ピアノ線にも防御力がない。
あと12人。
見つけた。殺人術『斬り殺す』を持つ殺人鬼。
ありとあらゆる刃を持ってい…るわけではなかった。多ければ良いというわけではない、彼…彼女?いや彼?が持っていたのは、たった一本のナイフだった。
しかしナイフは七変化した。時には包丁に、時には刀に、(省略)、俺はその攻撃に懐かしさを覚えていた。
対策なんて必要ない。さっきも言ったように、
たくさん刃を持つのは雑魚の証拠だ。
あと11人。
見つけた。殺人術『縛り殺す』を持つ殺人鬼。
縛るのは選択肢だ。反撃と防御をさせにくくことで攻撃を通す殺人術。具体的な方法は多すぎて言えない。
わかりやすい類似品がある。一般人を庇う為にヒーローは攻撃を受けざるを得ない、という感じのくだりがそれに近い。
対策はほぼ無い。
できるだけ早く本体を叩くしかない。
あと10人。
見つけやすかった。殺人術『溢れ殺す』を持つ殺人鬼。彼は大量のカミソリを有していた。大量の、溢れるほどの。
サイコキネシスでも使っているのだろうか、彼のカミソリ達は鳥の群れのように俺に飛んでくる。
対策は無い。数の暴力だ。
俺は麻酔銃を使うしかなかった。
麻酔はあまり使いたくなかったが仕方なかった。
あと9人。
見つけた。殺人術『貫き殺す』を持つ殺人鬼。
彼の神葬グングニルという必殺技は超強力だ。この辺から、達人の域に達した人間が増えてきた。異能もびっくりの威力で放たれる槍は、ひょっとしたらビルひとつくらい壊しかねない。
対策は一つだけだ。
避けて殴る。
あと8-7-6人。
見つけにくかった。3人で隠れていたのだ。殺人術『躾け殺す』『轢き殺す』『噛み殺す』を持つ殺人鬼達。
まず『躾け殺す』は虐待の殺人術だ。躾けてないじゃんというツッコミはしないでくれ。つい最近、虐待の技術使いと戦ったが、そいつの使う技術とこれは本質からして違う。虐待の技術はできることが幅広かった。怒鳴り声を上げることもできるし、鞭を使うこともできた。しかし、虐待の殺人術はもっと単純だ。最終的に殺す虐待。飢えさせることは今できなくても、例えば相手がアレルギーの食べ物を食べさせるとか、ロッカーに閉じ込めるとか、そういった、強者の立場ならではの技をふんだんに使い、暴虐の限りを尽くす。
対策は自立すること。というか、離れること。
『轢き殺す』はその名の通り轢き殺す。
対策は簡単だ。車を避ければいい。
『噛み殺す』については説明不要だろう。
対策は顔への攻撃である。
さて、しかしそろそろ、コメディタッチに戦闘を流せなくなってきたようだった。
〈99-3〉
この世で最も強い力とは何か。
無論、神である。ここでいう神は漫画やアニメで主人公と対決するような神ではなく、いわゆるちゃんとした神だ。
〜神、○○神、神化、そういうものは創作物の中にしか存在しない。多神教のみなさんには申し訳ないが、神は1人、いや、一つなのだ。もっと言うならば全てが神なのだ。
全てが生み出される為に必要だった絶対的な物。存在が存在し始めるにあたって必要だったルール。
例えば妊娠によって人間は生まれるが、その過程を説明できるものがいたとしても、じゃあ命は何でできている?という質問に答えられるものはいない。
夢と希望でできている、というような答えを無理やり出すこともできるが、じゃあこの世の夢と希望とは何か?という質問に、私的な見解を示さず答えられるものはいない。
そして皆こう言うのだ。
そんなことを気にしてどうする、いいから勉強しなさい、お前は不思議な子だなあ、心の中にあるんだよ。
つまらない。
僕、桜原棘はこの世がつまらない。
つまらないから、いつも元気がでないのだ。
「…まだ…10分か…」
〈16-3〉
俺はまた1人、いや2人、殺人鬼を発見した。
彼らは高い場所に居た。それは何故かというと、重力を使うつもりだろう。位置エネルギーを殺しに、使うのだろう。
殺人術『踏み殺す』と『落とし殺す』。
『踏み殺す』は空中戦の殺人術で、『落とし殺す』は迎撃の殺人術だ。
重い。彼らの強さはそれに限る。
重いのだ。まあ重くても落ちる速さは変わらないが、重ければ落ち続ける。
対策なんてなかった。
「さぁてどうするかねぇ」
舞台は商店街のど真ん中へ移動していた。人も多い。こんなところではまともに戦闘できない。
…だろうという奴らの考えから生み出された作戦は、なかなかに強力だった。おそらくこいつらも雑魚の部類なのだろうが、しかしそれでも俺は苦戦した。
しかし苦戦したのは俺が手を抜いていたからだ。マゼンタ・エモーションという、殺人鬼狩りに最適な達成を出し惜しんでいたから、だ。
ではどうやって倒したかというと、こちらは飛び道具を使った。飛び道具とは言っても、その辺の石を投げただけだ。が、まあしかし、俺の体は劣化して原始的になってるそうだから、投石にもそれなりの威力はあったのだろう。
ちなみに体の原始回帰についてだが、
辛い。
そんなことを考えていると、いつのまにか俺は背中をとられていた。ナイフを持った男が、後ろにいた。
後でわかったことだがこの男は殺人鬼だった。
『背後から殺す』殺人術を持っている。
相手の背後に回ることだけの殺人術だ。
ようするに雑魚だった。
いつか言ったような気がするがもう一度言っておこう。人は恐怖するが故に背後に回るのだ。いまさらチキン野郎に負ける俺ではない。
〈5-4〉
僕の能力は『絶対行使』だ。絶対行使と書き、
『アブソリュート・ワン』と読む。
能力は『絶対』を作ること。
そう。封印能力だ。
「…とは言えど、僕の作った絶対なんて同格かそれ以上の能力者にはかき消されてしまうから、絶対…と呼ぶのは烏滸がましいのだけど。
とにかく絶対を作る。
神の、レプリカのような能力だ。
僕がこれを身につけたのはいつだったか忘れたが、僕がクラン・ルージングという負け犬の存在を認知した後だったことは間違いない。
僕は彼に直接会ったことはないけど、彼の人生の悲惨さを知ってしまい、ホワイトウルフに入った。
負荷能力者。
自身に呪いのような効果を与える能力。
彼のは、『ブロッサム』という名前だったらしい。
勝負事に勝てない能力。
それを知ってから僕は色んなことを考えるようになった。自分のこと、周りのこと、クラン・ルージングのこと、そして神のこと。そして僕は、たくさんの結論をつけた。
〈62-9〉
「待たれよ」
それはこれまた背後から聞こえてきた言葉だった。
「私のことは無視か。この臆病者」
「おーおー、会って早々disるじゃねえか」
明らかに、殺気の度合いが違った。いや度合いというか、質が違った。この感じは武術家だ。
「名乗れ」
「神拳奥義流五の刀、微睡みの破壊し…」
「あ、もういいもういい」
なんだその…なんだその。俺はこの子を知っている。神拳奥義流といえば、殺人の拳法のことではないか。前に、恐らく俺はこの子の師匠と戦ったことがある。
「では喰らえ!神拳奥義・練角!!」
「喰らうかよ…」
たしか、あの時は、俺は弟子入りしたんだ。一日だけ。スパイとして。殺人拳法を教える悪い奴がいるという情報を聞いてかけつけたんだった。
そして神拳奥義流では最初から奥義を習う──
──神拳奥義・練龍。
俺はそれを習った。殺人拳法の中で、殺人術『練り殺す』の中で唯一、人を殺さない技を。
相手の神拳奥義を止める技を。
出会い頭に殴ってきた女子の拳を俺は受け止めた。
「な⁉︎」
五の刀、というのは道場で五番目に優秀な弟子につけられる称号だったはずだ。だが微睡みの破壊者は、のびしろが無いことを示す。ようするにこの子は破門されたからこんな所にいるのだ。道場に、彼女は見捨てられた。
「…知らんがな」
対策はカウンター攻撃だった。俺は顔を殴るような人間ではないので、腹を殴って気絶させてあげた。
「お前はどの口で言うのですか」
と、心の中で戯言をほざいていたら、美樹巴からそんなメールが届いた。あの人は俺の心を読めるのだろうか。どの口でも言ってない。
「紅へ。大方片付けてしまったみたいですね。
私とリリーはそちらへ向かっているので、もう少し耐えてください。美樹巴より。」
どうでもいいけど、先生は文章では礼儀正しいようだった。しかし、“お前はどの口で言うのですか”はおかしいだろう。
〈578-3〉
しかし神が全てを作ったとして、その価値はどうなんだろうか。例えば人間には善人と悪人がいるけど、善とか悪とかいうのは果たして価値に影響を与えるのだろうか。
例えば去年起こった地震で日本がパニックになった時、不眠不休でボランティアをして多くの命を救った人がいたが…しかしあの人は、地震が無ければ動かなかったのではないか?人々が困っているというシチュエーションがあったからあの人はヒーローになれたわけで、それがなかったらそうじゃなかっただろう。あの人がヒーローになれたのは、状況があったからだよな…?じゃあ、もしもあの地震が人為的なものだったとしたら?しかし、地震とヒーローを創り出したそいつはヒーローより偉いとはならないよな。…ということで、結論はこうなることになる。善悪は個性ではない。役割だ。そして、いつだって誰が何の役割につくかはランダムで決まる。
だから僕はランダムで殺人鬼になった。
だから僕は責められるべきではない。
僕が殺人鬼になったおかげで、僕の『正反対』がいつか生まれてくるのだから。悪は、善の親なのだ。
今回は薙紫紅ということになる。
なら、彼が活躍できるのは僕のおかげだ。
その活躍に価値なんてない。
〈5-2〉
昨年、そういえば嫌なニュースがあった。
外国のどこかで、どこかの辺境の土地で、1人の少女に一つの集落が潰されたという。
集落にいた数百人が、殺されたという。
老若男女関係なく、無残に殺された。
でもぶっちゃけた話、その集落は裏社会では有名な薬物の生産場で、その少女の破壊と殺人のおかげで周辺の国の薬物中毒者が減ったから、本格的な捜査はされなかった…それどころか、犯罪の大市場を潰してくれて感謝すらしていそうだった。
嫌なニュースだった。
もちろん俺は六つ(だった気がする)の国を救うためだけに大量殺人は許されるはずがないと思う。しかし、当の本人は開き直ってすらいなかった。
そう、今目の前にいるこの女は。
「…あれ?どっかで会ったっけ?思い出せないなぁ。…あ!ひょっとして、ミカエルくんか!」
「誰だよそいつは」
シリアスくんはいつ訪れるのだろう。
そう、この目の前にいる軍服を着た女は、大量殺人を生業とする殺人鬼。名を、『ジュエリー』。宝石。
もちろん偽名だ。
俺はこいつを何度も倒したことがある。だから知っているのだ。こいつの殺人に理由などないということを。
そう理由がない…適当なのだ。
麻薬の生産場だから襲ったのではない。
ただ単に蹂躙する癖があるだけなのだ。彼女は。
「…そういえば紅くん、前に言ってた悩みはどうなったの?ええと…そう、殺人鬼を逃しちゃうってやつ」
「克服したさ…今じゃ全員ムショ送りだよ」
「そ!よかったね」
「そういやお前が殺した人達だけど」
「ん?」
「うちの友達が全部生き返らせたぞ」
もちろんハッタリだ。確かに時破田やリリーには可能だが、俺は頼まなかった。色々、面倒だから。
「うっそだー、ありがとー」
「…」
そう、つまりこういうことなんだ。
「じゃあ今度の土日にでも行こっかなー」
殺人鬼は、殺人を辞めない。絶対に。ジュエリーなんかはその典型だ。今や殺人に、殺人鬼に慣れすぎて、癖ついて、辞められないのである。悪気も無ければ良い気もしない。
最早、殺人は日常のルーティンなのだ。
桜原棘もきっとそうだ。
殺人に意味を見出さない。娯楽とさえ感じていない。彼ら連続殺人犯クラスの生徒は、みんなそのはずだ。
だからこそ、だからこそだ。
俺はそういう奴らの味方にならなくちゃならない。
「あれ?そういや紅くんは達成使いだっけ」
「そうだよ」
「じゃ殺せないねぇ…どうしよっか」
「…」
少し悩んだ末、彼女はこう言った。
「いや、でも、やる前から諦めるのはダメだね」
「…」
「逃げてばっかの人生じゃ楽しくない」
「…」
「困難には立ち向かわなくてはならない!」
「…」
「死ね!『撃ち殺す』!」
何を常識人のようなセリフを吐いているのか。
少なくともお前は、俺の知っている人間の中で15番目ぐらいの極悪人だというのに。
「悪いが俺は死なねえ」
「⁉︎」
彼女は倒れた。いつもの通り、眠らせたのだ。
対策はしかし無かったとも言える。この女は撃ち殺すなんて言っておきながら、ダイナマイトを用意していたのだから。
〈4-1〉
しかしこの世には役割があって、だから価値は無いという前提で物事を考えるのは危険だ。他の場合も考えよう。ゼロでないなら…例えばそうだ、プラス…プラスの値で、価値がある場合…いやしかし、それはありえないな。固定された価値でも変動する価値でも、プラスの値で存在するなら金で買えることになる。果たして、夢や希望はいつまでも金で買えるのだろうか。金で依頼すれば、神と同じ仕事を誰かがしてくれるというのだろうか。…なら、マイナスでは?この世の全てがマイナスの価値しかなければ…いや、それでも同じだ。それでも金で買える…なら、無限なら?無限ならどうだろう。
例えば命の価値が無限なら、尊いというのもわかる。無限はいくつ合わせても無限だ…そして、いくら減っても無限だ…命の価値が無限なら、地震の時人々を助けたヒーローと僕の命は同価値ということになる。おお、役割は価値に影響しなかったのか。なるほど。そうだ、命の価値は無限なのだ。…否。万物の、すべての価値は無限なんだ。
僕はそう結論づけた。
殺しはやめなかったが。
〈5-9〉
商店街の雑貨屋さんで、最後の1人を見つけた。
いや、正確にはあと桜原と髪の長いあいつがいるが、街で暴れているのはあいつで最後だ。
「かわいいー!このお人形さんください!」
あいつは一体何をしてるんだろう。
街を巻き込んだ殺し合いをしてるんだぞ?
「200円になります」
「はぁ?」
「200円になります」
「これが?200?ふざけてんの?」
「お客様、適正価格でございます」
「いや、納得できねーわ。最低2億だろ」
「⁉︎」
なにか、到底理解しえないことで揉めているようだった。いや、本当に理解できない。なんだあの女は。
「私のセンスが200円とでも言いてえのかよおい!」
「お、お客様、」
「…」
掬火 蓮香。貴族の夫婦の元で養子として育ったお嬢様。世にも珍しく、殺人術を2つ持つ殺人鬼。
「2億にしろ!200に負けてもらうけどな!」
「お買い上げありがとうごさいます!」
店員さん…強いな…。
ともかく、あの女は危険だ。掬火蓮香。彼女は殺人件数こそ少ないものの、明らかに強い。なにが強いって心が強い。
「おい薙紫!出て来い!」
「…」
俺は言われた通り参上した。
「…よー。話には聞いてるぜぇクリムゾン。殺意崩しとか呼ばれてたてめーが敵に回って残念な限りだぜ」
「何を言うか。俺は悪の味方だ。」
「味方…ねえ。どんな方法でも殺されない達成使いが、殺人鬼の味方にはなれないと思うがね」
「…おい掬火蓮香」
「戦わない」
彼女はそう言った。
まるで俺の宣戦布告をわかっていたかのように。彼女は戦いを放棄した。俺は動揺を隠せなかった。
「私は『隠れ殺す』と『見せ殺す』を無駄に使うつもりはねんだよ。降参してやるからとっとと消えろ」
消えて、行って──
──それから助けろ。あのクソガキを。
彼女は確かにそう言った。
きっと彼女は見てしまったんだ。桜原棘という男の人間性を。目の当たりにしてしまったんだ。
「…わかった、勝負はお預けな」
俺は彼の元へ駆けだした。
〈44444444444-4〉
負け犬の遠吠え。
負け犬の遠吠え。
負け犬の遠吠え。
みんな、僕の言うことをそう言う。まあ、そりゃそうだ。僕の考えることなんて、普通はみんな考えないんだから。
真の劣等感なんて、普通は感じないんだから。
「…でも…君はどうだい…?…紅君…」
「…よう」
残り時間はあと十分余っていた。十分だ。
彼には僕を止める資格がある。
「…やるね…君は彼らを雑魚だと思っていたようだけど…あれでもそれなりには強いのにね…」
「得意分野だからな。当然だ」
「…そっか…」
この際だ、聞いてもらおうか。
僕の思ったことと、思っていることを…紅君ならひょっとしたら、僕の期待通りの答えを出してくれるかもしれない。
「…紅君…聞いてくれるかい…?…」
「命令なら聞かないぜ」
「…話をだよ…あのね…」
僕は話した。負け犬の遠吠えをした。全部全部全部全部、打ち明けた。ぶちまけた。さながら恋人に昔好きだった人の話をする時のような感じだった。
楽しかった。
「…」
「…何か感想は?…」
「…これは半分受け売りなんだけどな」
「…ん?…」
「俺が昔知り合った女が言っていたことだ。
『事実を発見するのは誰にでもできるさ』
『だから大切なのは感情だよ』
『自分がそれを…正論を知ってどう思うか』
『理不尽を知って捻くれるだけじゃダメだ。言いたいことを言うだけじゃダメだ。人間なんだから──』
──人間なんだから。お前は、お前がどう思うかを考えて、結論を出して、そして口に出さなくちゃならない。お前は負け犬で、狂犬で、組織の犬で、飼い主の手を噛むような犬で、歩けば棒に当たる犬なのかもしれないけど!
それでもお前は人間なんだから。
言わなくちゃならない。
言え。
自分という役割を、お前はどう思うんだ。」
「…」
…ああ。なるほど。
なるほどね。
ああ。
そういう…ああ。
そういう考え方もある…のか。
なるほど。
感動した。じゃあ考えるか。いやぁ、いい言葉を貰った。そうだそうだ。大切なのは感情だな。
感情…感情か。考えたこともなかった。
そうだな…
「…」
「どうした、恥ずかしがらずに」
「僕は僕が嫌いだ!!!」
死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死を君に。
どうせ無理なんだろうけど。
〈7-5〉
「『絶対行使』」
メスに、銀色のオーラを纏わせる。
まず付与した絶対は『命中』。投げたメスはそのまま防御をすり抜け、薙紫紅にぶっ刺さる。そしてそのメスには、もう二つ絶対を付与している。
「ぐっ…お前この感じ…封印能力者か!」
「終わったと思うなよ…始まってすらいない」
殺すことができないなら、限界まで殺す。
もう一つの絶対は『切断』だ。
薙紫紅と体はスクランブルエッグのように、あるいはシュレッダーにかけられたように切断され、最後に爆散した。
そして、一つのサイコロステーキが残った。
無残な姿だ。
「ようするに『絶対死なない』と…僕が先に決めてしまえば、達成による防御は発動しない。君は肉片になっても僕によって死なないのだから、僕に対して防御する必要はない。」
蹴った。ほぼ地面と平行に飛んでいくように。その肉片を、その肉片に憎しみを込めて。
肉片は、建造物を破壊しながら進む。進むが、高度は徐々に下がって行き、アスファルトを破壊しながら地中へと潜って行く。そして次に地上へ出たら(瞬間移動した)僕はさらに一本メスを投げ、刺し、薙紫紅のサイコロステーキを超加速させ、宇宙旅行へ招待した。それを追う。サイコロステーキは惑星を一つ破壊し、僕はそれを直しながら惑星の直径を通ってサイコロステーキにさらに蹴りを入れる。
今度は変化球だ。サイコロステーキは大きくカーブを描き、さらに惑星を五つほど破壊してからブーメランのように僕の元へ戻ってきた。僕はそれをキャッチして、地球へ投げた。
「なるほど、これじゃ駄目だな。やはり意識のあるうちに蹂躙しなければ」
謎の砂の山にサイコロステーキが落ちた。気づけばそれは人の形に戻っていた。そして既に戦闘態勢だった。
ここから腕っ節の勝負になる。
僕は腕が鈍っているだろうなと思い一度なにかのコンクリでてきた壁を殴ってみた。しかしそれらはヒビが入るだけで、昔のようには壊れなかった。
「うおおおおおっ!」
人間・薙紫紅はまた性懲りも無くやってきた。
が、うっとおしかったので蹴り飛ばした。彼は、近くのショッピングセンターまで吹っ飛んだようだった。僕は小柄で、いわゆるショタだが、それなりに力はあるのだ。
駆けつけた時には、外壁を突き破って入店し、三階の時計屋でぐったりとしていた。
では、そろそろ僕の殺人術『メスで猟奇的に殺す』を使ってフィナーレにしようかという時に、彼は立ち上がった。
「…おお」
固そうな時計を、メリケンサックのように、手にはめていた。そこから、メスVS時計サックの連撃勝負が始まった。
しかしまあ、薙紫紅は勝てるはずもなく、途中でスタミナが尽きて逃げ始めた。逃げる体力はさすがに残していたようだから一瞬見失いそうになったが、しかし、
人けの少ない場所へ逃げる彼を追い詰め──
──僕はメスを振りかざす。と、その時だった。
女の声が、聞こえてきたのだ。
僕の彼の破壊は、残念な事に止まってしまった。
〈475-43〉
「ごめんなさい」
「…リリー・シエル…」
「お墓に触れてしまったことを謝らせて」
「…」
また、僕は負けるのか。いや、負けざるを得ないのか。申し訳なさそうに謝る女の子という圧倒的勝者に対して、僕は、僕という役割は無力だ。
…いや、それは事実を述べただけ、なのか。
大事なのは感情…だっけか。
「……………リリー・シエル…来たのが僕で良かったね…あいつなら…絶対に許さなかっただろう…」
「!」
「でも…まあいい…今日の所は…わかった」
大切なのは感情、か。
なるほど。僕は感情を操られたのか。とすると、僕より紅君の方が戦士として一枚上手だったということか…?
いや、そうではないのか。得意分野と言っていたな。
「…い、いいの…?」
「…いいよ…いいから…僕はとっとと失せるとするよ…結局、雇ったクラスメイトも全滅したしね…」
「…」
「…紅君。君とはまた話がしたい」
「…じゃあ、また学校でな」
「ああ」
不思議なことに。というか、僕が不思議だった。薙紫紅のマゼンタ・エモーションには気をつけろとは言われていたけれど、まさか全然攻撃性が無いとは思わなかった。僕は気づかぬうちに思い切り彼の達成を喰らい、殺意を失くして去っていったのだ。よく考えれば不思議では済まない。
僕は、あろうことか勝たずに、任務を諦めた。
それが、クラン・ルージングを崇拝するホワイトウルフにおいて、それがどれだけ罪なことなのかは知っていたはずなのに。
「…こりゃ追い出されるかなぁ」
フリーになりそうだ。
もしかすると、彼はこれが狙いだったのか。
僕を救う…僕を組織から切り離す…ことが狙い…だったとしたら、僕は役割を破壊されて負けたことになるのか。
「…得意分野…ねぇ」
じゃあ、それについて僕はどう思うんだろう?
「…」
うん。わかった。
今の僕は、若干、清々しかった。
〈7-3〉
ようするに殺意を持って認識されると、10倍なんてとっくに超えるということだ。それだけ。
…それでは、恒例の事後報告といこうか。
人助け部と桜原棘はその後、依然として対立状態のままだ。…だがしかし、彼は自分の感情を言うようになった。
ま、わかりやすいハッピーよりのエンドだ。
だがここで二つ問題が発生した。
一つ目は、今更ながらクラン・ルージングのことを誰に聞いたことがあったのか思い出した。庵内湖奈々だった。…そういえば話を聞いた時、少し物悲しそうにしていたような…?
気のせいかもしれない。
二つ目はやばい。
いやいや、そんなに深刻な話ではないんだけど、
時破田が姿を消した。
どこへ行ったんだろう?