片桐綾花※蠱動
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※残虐な表現があります。ご了承ください。
ピチャ、ピチャ、と粘つく様な水滴が不定期に落ちる音が聞こえる。ここはとある孤児院の地下にある、秘密の通路。
そこを白い衣服を着た見た目麗しい男性と、浅黒い肌の、額の両端に黒い角が生えている男が何も語らず階段を降りていく。そして分厚い木の扉の前に到着すると、白い衣服の男が鍵を開ける。ギイイ、と錆びた鉄の音を立てて、重厚な扉が開くと、中から粘ついた湿気をはらんだ重い空気が溢れる。
「グッ。相変わらずここの臭いはひどいな」白い衣服の男は腕で顔を隠し、臭いから鼻を守ろうとする。
「……全部君の仕業だろうに」浅黒い肌の男は、蔑むように白服の男を見て、鼻を摘まむ。
そして二人はゆっくりと中に入る。
「オオ、オ、オオオ」「ウギイ、アアア」「アハハアハア」
人の物かどうか分からない、様々な呻き声が聞こえる。浅黒い肌の男が、火の魔法でランプを付け、目を凝らしてみてみると、両腕両足がなく虚ろな目をしている女、髪の毛がむしり取られたのだろう、頭のあちこちが禿げ上がって、血が滴り落ちている女、片方の乳房が乱暴に噛み切られてなくなっている女、とにかく全て女なのだが、皆何かしらの欠損がある。多分健全であれば皆見た目麗しいであろう事は想像できるが、壊されている今はその面影が多少分かる程度だ。声の正体はそれらの苦悶や苦痛の声だった。
体液と血液の混ざった独特な悪臭が鼻をつく。そして異様なその部屋を見渡してみる。レンガ造りの部屋で、あちこちに拷問に使う道具が見受けられる。手前にはそこだけ綺麗に整えられているベッドが置いてある。広さは20畳ほどだろうか。他に体が無事な女や、ただ気絶している女達を含めると、どうやら10人ほどいるようだ。
「しかし、君の悪癖には我々もドン引きだよ」鼻を摘まんでいるので、こもった声になりながら、呆れている浅黒い肌の男。
「孤児院には親が分からない子どもが沢山くるからね。何しても大抵は分からないもんさ」浅黒い肌の男の嫌味に気づいているのかいないのか、それとも悪癖と言われた事が誉め言葉とでも思ったのか、普通にこの状況の理由を説明する。
「とにかく、これ全部君達で引き取ってくれるんだろ? 隷属の腕輪の支払えない金の分という事で」
「まあ、皆生きているみたいだし、使えるみたいだから、それでいいよ」人族のサンプルがこれだけあれば、実験に困らないだろう。
「良かった。僕はもうすぐメディーから出ていくから、ここを処分する予定だったし、助かるよ」この異様な光景とは対照的な、ニコっと美丈夫な笑みを称える白服の男。
「ただ、これからは旅に出るし、趣味を我慢しないといけないんだよなあ。あの女だけでどこまで我慢できるか。壊すわけにはいかないし」
「もう一人は?」こいつのパーティには女二人いたはずだ。
「ああ、彼女はおもちゃじゃダメなんだ」ニタリと嗤う白服の男。その顔を見て寒気がする浅黒い肌の男。こいつは本当に最低だな、声には出さないが、蔑んだ目で白服の男を見る。その視線を気にせず、怪しく嗤う事をやめない白服の男。
そして木の扉の向こうで、ガタガタ震えながらその話を聞いていた、腕に木の腕輪を付けた少女が、二人にバレないように慎重に階段を駆け上がっていった。
※※※
「ねえ聞いた? 神殿のそばの孤児院が火事で全焼だって」綾花がパーティメンバーのイケメン神官、ギルバートに話しかける。
「ああ。そこにいた人達全て亡くなってしまったらしいね」悲しそうな顔をするギルバート。その様子を見て、彼に気づかれないように蔑んだ目を向ける、同じくパーティメンバーの魔族の美女ナリヤ。
今三人は王都メディーの、人通りの多いオープンカフェのようなところでお茶をしている。王都なだけあってさすが人が多い。ごった返している。石畳で舗装されている道は、馬車と人とが別々に行き来するよう分かれており、馬車の往来もひっきりなしだ。オープンカフェは机と椅子を複数店の外に並べただけの簡素なものだったが、それでも人の多い場所という事もあり、席は満席だ。
「神官としては、心が痛むだろうね」お茶を口に含みながら、綾花がギルバートを気遣う。
「そうだね。神殿と孤児院は一心同体のような関係だからね」と、大袈裟に頭を抱えるギルバート。それを気づかれないように冷めた目で見るナリヤ。
「実はギルドに調査依頼がきていたんだよね。受けようかどうか悩んでて」綾花が二人に相談するように話す。
「綾花は他にやる事があるじゃないか。火事の調査なら他の連中に任せていればいい。もう既にアグニに移動する準備までしてるんだから」綾花の言葉を聞いて、頭をあげてギルバートが反論する。どうやら彼は反対らしい。確かに言う通りではある。ここメディーで魔物討伐依頼や、ダンジョン攻略をやってきたが、災厄に繋がる情報は一切出なかった。なら、他の都市を周ろうという事になり、既に馬車や馬、食料などを調達済なのである。
その最初の都市が、火の都市アグニ。火山に近い事もあり、良質な温泉が湧く観光地としても有名だ。直ぐ近くにはドワーフの村もあるので、武器や防具の取引の窓口にもなっている。メディーを中心にアグニは東に位置しており、西にある水の都市アクーとは真逆だ。
「アヤカはその調査依頼を受けたいのか?」ナリヤがギルバートの顔色を伺いながら質問する。
「うーん。なんか引っかかるのよねえ。何が、と言われても分からないんだけど」
「じゃあ、尚更無視していいだろう。はっきり理由が分からないなら、単なる気のせいだよ」ギルバートはどうやらこの調査依頼自体やりたくない様子だ。
「うーん、そっかなあ」なんか引っかかるんだよなあ。綾花が浮かない顔をしていると、綾花達が座っている席の、道の反対側の家の合間から、人影がこちらを覗いているのに気づいた。
綾花がそちらの方に目をやると、怯えたような顔をしながらも、様子が気になるのかじっと見ている少女。だが、その人影が綾花の視線に気づいたのか、急いで反対側の路地裏に逃げて行った。それを見て立ち上がる綾花。そして追いかけようと走り出そうとする。が、突然横切ってきた馬車に遮られてしまった。
「急にどうした?」ナリヤが綾花の行動を不思議に思い、声をかける。
「いや、気のせいかな? 何でもない」こちらを見ていたのは自分の勘違いかもしれない。他の人を見ていたのかも知れない。そう思ってナリヤに勘違いだと伝える。
そこで、ギルバートが突然立ち上がる。顔は焦りの表情が滲み出ている。
「ん? どうしたの?」今度は綾花がギルバートの行動を不思議に思い声をかける。
「い、いや。ちょっと。ごめん。急用を思い出した。先に宿に戻っててくれ」慌ててそう言って馬車の往来を躱しつつ、反対側の道へ走り去っていった。
「まさか。いや、全て処分したはずだ」そう独り言を言いながら。
※※※
「ああ。もしかして、王様に接見するのを断ったから、影武者でもついているのかも」綾花が人影の正体を推測する。
綾花が勇者である事は、メディー内でもある程度知られており、それであれば、王とて放置しているわけにはいかない。綾花に接触して謁見するよう、ギルド経由で聞いていたのであった。災厄についても確認する必要があるからだ。だが、綾花はそれを断っていた。理由はめんどくさそうだから。
綾花としては、別に王に取り入って貴族の仲間入りしたいとか一切思っていない。自分が望まなくても、勇者という立場であれば、あちら側から何かしらのアクションを起こされる可能性もあるのも面倒だと思っている。ラノベではそういう展開で面倒事を抱える展開がよく書かれていたし。なのでさっさと災厄を片づけて、そしてこの世界で冒険者をしながら、気ままに生きていきたいのだ。勇者という称号も、災厄を片づけてしまえば、出来れば返上したいと思っている。
「じゃあ、ナリヤそろそろ宿に戻ろうか。ギルバート様も後で宿に戻るって言ってたし、待っててもしょうがないしね」
綾花のギルバートへの呼び方が変わっている事を聞いて、背筋が寒くなるも、それに気づかれないよう無理やり笑顔を作り同意するナリヤ。だが、自分にはどうする事も出来ない。そう言えば妹は何処だろうか? メディーにはいないらしいが、巻き込まれない事を願いつつ、綾花と二人席を立つナリヤだった。