師匠との別れ
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「タケトは酒はいける口か?」
ヴァロックが赤い顔をして質問する。
「いや、弱いですが、付き合い程度なら」と、無遠慮に差し出される酒が入ったコップを断らず、受け取る健人。
今は二人、伯爵邸の中の、健人が泊っていた部屋で酒を飲んでいる。今晩には、ヴァロックはこの世界からいなくなる。
「さっき見せて貰ったすまほ? とやらは、皆持ってんだってな」健人はヴァロックに、ついさっきまでスマホの中の動画や写真を見せていた。
「そうですね。殆どの人が持ってると思います。でもこれは元々、こうやって映像や写真を保存するためのものじゃなくて、電話という、離れてる人同士で会話をするためのものなんです」と、説明する。
「離れた者同士会話が出来るって信じられねえ話だ。風魔法でも頻繁に連絡とれるわけじゃねーのにな」そう言いながら、グイと酒をあおるヴァロック。この世界の人としては、到底信じられないのはよく分かる。健人もこの世界に来て約7ヶ月経過しているので、この世界の技術の水準は大体分かっている。ただ、魔法があるのは便利だとも思ってはいるが。
そして健人はおもむろに、ヴァロックに向き合い、正座をして頭を下げる。
「師匠。鍛えてくれて有難う御座いました」健人の心からの感謝の気持ち。ヴァロックのおかげで相当強くなれた。この世界に来た当初、全くの素人でゴブリンにも腰が引け逃げていた青年は、今は高ランク冒険者と言っても過言ではないほど、強くなっていた。特にヴァロックとの3ヶ月程の修行は、より一層健人の潜在能力を伸ばしていた。元勇者メンバーに鍛えて貰っただけはある。
「よせよ。そんな改まって言われたら照れるだろ」手をひらひらさせて照れ隠ししながらも、若干嬉しそうな顔のヴァロック。
「まあ、お前のおかげで、あっちの世界の事が色々知れて良かったよ」そしてニカっと屈託のない笑顔を浮かべ、涙目になっている健人の頭をガシガシ乱暴に撫でる。
ヴァロックは今晩、地球に転移する。これは以前、カオルが光の塊こと、神と約束した事だ。カオルが神と約束した3つの願い、それは、カオルを地球に戻す事、片桐綾花をこの世界に復活させる事、そして最後に、「この世界の大事な人を地球に連れて行きたい。当人の了承済で」という事だった。
カオルがこの世界に転移された理由が、災厄を防ぐ事だった。なら、災厄を防ぐために、きっと同志が出来る。仲間が出来る。この世界で大事だと思える人が出来る。それが男か女か分からないが、きっと命懸けの旅を共にする事になるだろう。それはかけがえのない人になるはず。そう考えて、転移される前に、神にお願いしていたのだ。
だが、神によると、それが出来るのは一人だけだと言う。カオルとしては十人くらいは連れて行きたいと言ったらしいが、「それはさすがに図々しい」と、神に窘められた。そもそもそんな願いを、転移前にする者は、カオルが初めてだったのだが。なので、一人だけなら構わないと神が了承した。カオルが舌打ちをしたのが神にバレていたかどうかは定かではないが。そして誰を連れて行くかは、カオルが地球に戻る前に、相談出来るという事で落ち着いた。
その地球に転移するのに選ばれたのがヴァロックだったのだ。カオルとしては、ゲイルかアイラ、どちらかも連れて行きたかったのだが、この世界に残って自分なりに貢献したいと、彼らは断っていた。その点ヴァロックはこの世界に特に未練はなかった。未練があるとすれば、カオルと離れる事。「じゃあ、あんたおいで」とカオルに言われ、二つ返事でOKしたのだった。まるでヘッヘッヘッと大型犬が涎垂らして尻尾フリフリしながらカオルに甘えてるみたいだったねぇ~。……とは、傍で見ていたとある誰かさんの感想です。
そしてヴァロックは、これから行く世界にいたという健人に、あれこれ質問していたのだった。ヴァロックの質問に快く応じて、この世界とは違い魔法がない事、科学技術が発展していて、先程説明していたスマホや、車や電車の事など、健人も思い出せる限り説明していた。
「そうそう。武器も普通は持ち歩きません。魔物はいませんから」健人はヴァロックの横においてある大剣を見て、ふとヴァロックが武器を装備したまま地球に行った時の事を想像してみる。
師匠が渋谷の有名なあの交差点で、いつも担いでいる大剣を装備して歩いるところを、目撃者が通報して警察が駆けつける。というか、尋問される前に圧倒的なパワーで間違って数人殺してしまうかも知れない。そして危険人物と認定され、SATとか出動して、師匠に対してロケットランチャーとかで攻撃するかも。そしてそれを軽くいなす師匠。ついには重戦車が出動するも、それさえも一刀両断にする。怪物が現れた、とマスコミが大騒ぎし、無料動画サイトとかにUPされて、世界中から注目されるようになってしまう。
どうしよう。トラブルの予感がする。
「……師匠。やっぱり行かない方がいいかも知れないです」想像してみてどうも騒動が起こりそうな気がしてならない健人が、冷や汗ダラダラで呟く。
「どうした急に? 武器を持ち歩かなきゃ大丈夫なんだろ? どっかに隠すなりしておけばいいんじゃねーか」健人の様子を怪訝な表情で見るヴァロック。
「ともかく、平和なところなので、大人しくしておきましょう。ついでに言いますと、この世界に比べて向こうの世界の人々は弱いです」考えたらこの人化け物だった。平和な日本でやっていくにはハイスペック過ぎる。健人はヴァロックが武器のない平和な世界に慣れてないのに、転移する事を今更ながらやばいと思ってしまった。もうどうしようもないのだが。
「なんだかよくわかんねえが、まあ喧嘩するなって事だな。気をつけとくよ」心配してくれているのだろう、とヴァロックは健人の言葉をそう受け取り、コップに残っている酒を呷った。
「そうだ。師匠って魔族と人族のハーフなんですか?」化け物、というキーワードで、ケーラが以前言ってた事をふと思い出した。
「おう。良くわかったな」ヴァロックがちょっと驚いた表情をする。
「ケーラが言ってたので」
「ああ、魔族なら分かるかもな。一応世間的には人族って事にしてるけどな。騒がれると面倒だし。昔は今と違って魔族と人族は仲悪かったからな」
過去ダンビルが見せてくれた絵本でも、ヴァロックは人族と書いていたのを健人は覚えていた。そしてどうやら、ヴァロックは魔族に余りいい感情を持っていないようだ。ケーラに対してはそんな感じはしないものの、言葉の端々に、ほんの少しではあるが敵対的な感情を感じていた。
「俺の親父、魔族の父は、俺が幼い頃俺と母親を捨てやがった。親父と母親の間に愛情があったかどうかは聞いてねぇが、余りいい関係じゃなかったのは、母親の普段の行動から分かってた。魔族と人族との混血だった俺だが、それでも母親は身一つで育ててくれたよ。だが、ある日殺されちまった。魔族にな」
瓶にまだ残っていた酒をコップに手酌し、グイッとそれを呷り、話を続けるヴァロック。
「本当の狙いは俺だったそうだ。人族との混血など許せるかっていう理由だったらしいが。だが、母親はそれを知ってたみたいで、俺を逃すため囮になって殺されたわけだ。そもそも俺がカオルの仲間になった理由は、あいつら魔族への復讐だった。そして最終的に母親を殺した連中には復讐出来た。その事があって、未だ魔族には苦手意識があるんだわ。ケーラには悪いとは思っているんだがな」頭をポリポリ掻きながら、今はいないケーラに弁解するヴァロック。
「そうだったんですか」言葉は少ないが、壮絶だったであったろう過去を想像出来て、黙る健人。そして勇者メンバーのヴァロックが、人族との平和のためや、災厄を止めるためではなく、実は復讐のために魔族と戦っていた事も、衝撃的だった。だが、戦う理由はどうあれ、結果的に災厄を止める尽力をした事には違いない。復讐のため戦ったからと言って、ヴァロックへの畏敬の念が消えるわけでもない健人である。
「辛気臭い話したな。俺も珍しく饒舌になっちまった。忘れてくれ」ガハハと照れ笑いをしながら、コップに入っていた酒を全部飲み干したヴァロック。
「ケーラは寧ろ感謝していると思います。そしてケーラに対しては、普通に接していたと、傍から見ていて思っていますから、もう大丈夫なんじゃないかと。偉そうな事言ってすみませんが」健人なりのフォローのつもりだ。
「ありがとよ」健人の頭をポンと軽く叩き、お礼を言うヴァロック。健人の思いが伝わったようだ。
「じゃ、そろそろ行くわ。明日から俺はいないが、頑張れよ」そしてニッと白い歯をこぼし、立ち上がって笑顔で健人に手を振るヴァロック。
「本当に有難う御座いました。こっちの世界で頑張ります。カオルさんにも宜しくお伝え下さい」ヴァロックが立ち上がって健人も同じく立ち上がる。その目には涙が溜まっている。
「泣くなよ。せっかく笑って出ていってやろうとしてんのに」健人の頭をガシガシ乱暴に撫でながら、無理やり笑うヴァロック。短い期間だったが、ヴァロックにとっては初めての弟子。それなりに思い入れもある。そして彼は素直でいい奴だ。しかも戦闘の素質がある。りずむ、という、彼独特の間合いもうまくハマるようになって、更に鍛えれば、正に勇者と呼ばれる実力者になっていただろう。
そんな健人との別れに、彼自身も寂しくないわけはなかった。
「そうだ。確かあっちの世界には名前がもう一つあるんだよな? 確かカオルはサエグサって言ってた。お前は? カオルにも教えたいから教えてくれ」カオルに聞いていた数少ない、あちらの世界の事を思い出すヴァロック。そしてこの世界に来た、カオルと同郷の人間の健人。こんな弟子がいたという事は、カオルに会った時、みやげ話にはなるだろう。
「俺は山辺です。山辺健人と言います」グスっと鼻をすすりながら答える健人。
「ヤマベ、か。変わった名前だ。じゃあな、ヤマベタケト」そう言って、健人の部屋を後にしたヴァロック。ヴァロックが健人の方を振り返らず出ていったのは、きっと顔を見られたくなかったからだろう。そう言えばこの世界に来て、初めてフルネームで呼ばれた健人。誰も知らなかったから当然だが。
……サエグサ? サエグサカオル? 三枝?
そして次の朝、ヴァロックが泊まっていた伯爵邸の部屋は、予定通り無人になっていた。