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チェックメイト

いつもお読み頂き有難う御座いますm(_ _)m

 劇場裏での一悶着が落ち着いて、宿に向かう二人。健人はドラムセットと大剣を乗せた台車を引き、後ろから真白がそれを押す。さすがに疲れていたので二人とも一言も声を発しない。夜遅い時間なので既に真っ暗だ。優しく二人を包む月明かりを頼りに帰路につく。そして無言のまま二人は歩き続け、ようやくベルアートの高級宿に着いた。


「ふう」健人がようやく着いたと、つい一息つく。「真白もお疲れだったな」そして真白を労う。


「健人様もお疲れ様だにゃ」真白は獣人なので健人より体力はあるものの、それでも若干疲れていた。ただ、どうやら、道中真白が無言だった理由は、別にあるようだが。


 使用人に台車ごとドラムセットを預け、早々に部屋に向かう健人。遅い夕食を使用人に依頼するのも忘れずに。まだ前に渡した魚が残っているはずだ。真白も同じく夕食を依頼し、部屋に向かってそのままベッドにうつ伏せで飛び込む。ポヨーンと少し跳ねたが気にしない。


「はあ~……」真白の口から深く長い溜息が出る。


 今日は色んな事があり過ぎた。化け物や魔族もそう。でも真白にとっては、それらよりも、健人の事が、何より気がかりだった。


「健人様に初めて本気で怒られたにゃ」真白にとって結構ショックだった。


 そして更に、自分の嫉妬からなる行動が、健人に怒られた事よりも、もっとずっとショックだった。自分がまさかあんな攻撃的になるなんて。あんなに衝動的になって、自分を抑えられないなんて。恋が原因の負の感情。真白が初めて経験するものだった。


「あの中年デブと私は一緒かにゃ……」勿論見た目は全然違うも、嫉妬にかられて攻撃的になったのは同じだと思った真白。


「人間って大変にゃー」まさか自分がこんなに恋心に翻弄されるなんて思ってもみなかった。凄く焦れったい気持ち。でも時折胸の奥が熱く、温かく、心地よくなる幸せな感情。しかし嫉妬はその真逆。激情し、忌み嫌い、腹立たしいと心底思う負の感情。


 それを今回はじめて経験し、そしてそれが、健人を想う気持ちの強さを表している事を、改めて認識してしまうのだった。


「私がピンチだと能力が開放されたんだにゃ」そして今まで考えた事の無かった、健人の、自分への想い。本来なら相手ありきで恋愛は進むものだが、元猫の真白にはそれが分からなかった。だが、先日の伯爵夫妻との一件で、健人様は自分の事をどう思っているのか気になった。そして今日の件。真白以外に、健人を気にする相手がいないから安心していたが、あの容姿端麗な女は健人様にキスをした。もしあの女と健人様がくっついたら……。そう思うと涙がポロポロ落ちてきた。


 嫌だ。他の誰かは嫌だ。自分がいい。自分がずっと、健人様の隣がいい。


 素直にそう思ってハッと気づく。ああ、これが独占欲なのか。これも初めて気がついた。きっとずっと前から持ってたはずだが、健人には、真白以外に相手がいなかったから、今までは気づかなかっただけなのだ。


「真白ー? 夕食食い行くぞー」そんな真白の悩みをつゆ知らず、健人が真白の部屋の前でドアのノックしながら呼んでいる。真白は急いで涙を拭いて、顔を洗って出迎えた。


「ん? どうした?」なんかよそよそしい真白を不思議がる健人。


「な、なんでもないにゃ」気恥ずかしさもあってしどろもどろになる真白。


「ああ。あの舞台での件は向こうが勝手にした事だから気にしなくていいよ」健人がキスの件で真白の様子がおかしいんだろうと推測し、説明する。


「大体キスなんて、前の世界では挨拶でやってた国だってあるんだし」実際そういう国はあるが、あのキスは全然違いますよね。フォローのつもりなんでしょう。


「……なんでそんな優しい言い訳してくれるにゃ?」上目遣いで少し赤い目をした猫耳美少女が問いかける。


「え?」驚く健人。まさかそんな的確な質問されるとは思っていなかった。


 そういや中年デブの件ですっかり忘れていたが、カインツに発破をかけられていたんだった。そうだ。真白嫉妬してリリアム王女に食って掛かったんだ。俺が諌めたんだ。魔族が出てきたりしてその事を忘れかけていた。


 猫耳美少女はじっと上目遣いで健人の答えを待っている。やっぱ可愛いですねこの人。


「誤解されたくないから、だろうな」この期に及んではっきりしない答えを吐き出す健人。


「誤解って何の誤解にゃ?」もう詰みなので真白は攻め込むだけだ。


「えーと? 俺がリリアム王女に気があるとか?」まだ逃げようとしています。


「それの何が、健人様にとって不都合にゃ?」ドンドン追い込む真白。


「……」言葉が出なかった。これ以上はただの誤魔化しにしかならない。


 チェックメイトっぽい。


 ずっと上目遣いで見つめ続ける真白の視線が痛い。視線を外すため一旦虚空を見上げる健人。もう逃げるのは無理だな。覚悟を決める。


「真白の事が好きだからだな」ようやくその言葉を口にする。


「……ふぇ?」その言葉が出てくるのが分かっていたようで、それでも自信がなかった真白が変な声をだす。


「じゃ、じゃあ飯行くか」その展開でじゃあ、とはなりません。


 真白が突如健人をギュッと抱きしめる。そして目からポロポロ涙が零れ落ちる。


「もう一度、もう一度」震える涙声で健人を強く抱きしめながら懇願する。


「お願い、もう一度」涙を零しながら健人を見上げ懇願する。


  意を決した健人が、涙を流し続ける目を見つめ直し、真白の懇願に答える。


「真白。俺は()()が好きだ」


  そしてこの時初めて真白の事を、お前と言った健人。


「うえ、ふえ、うわああああああん」ずっと聞きたかったその言葉を、確実に聞く事ができ、大声を上げ大泣きする真白。


 因みにここはドアの前。部屋の外である。なので廊下には真白の大泣きの声が響き渡っている。それでも仕事が出来る使用人達は一切彼らに触れない。何故なら接客のプロだと自覚しているからだ。お客様のフォローこそすれ、色恋沙汰に無碍に参入するような無粋な真似は決してしないのだ。なので何事も無いように、しかし二人には決して自分達の事を気付かれないように、最善の注意を払って仕事を続ける。しかし事の顛末は皆大変気になっていたので、手が空いている使用人達の何人かがそーっと覗いているのは、ベルアートには内緒だが。


 この若いカップルは、普段セレブなお客様ばかり相手にしている使用人達にとって、とても新鮮だった。しかも恋仲じゃないという。初日に部屋を別にすると言われた時は、「んだぁ? こぉ~の腰抜け野郎が! 」と心の中で思ったのは内緒だ。


 それからと言うもの、この二人の今後についてあれこれ想像しながら、影で語り合うのは、使用人達の娯楽になっていた。まるでカウチソファに座ってポテチをポリポリ食べながら、恋愛ドラマを楽しんでいる主婦のように。そして今、このカップルはとうとう結ばれたのだ。


 その様子を数人の使用人達が、二人の恋の成就を見届けたのと同時に、「イエス! イエース!」と小さい声でグッと拳を握ったり、「良かったあ」と小さい声でオロロと泣いていたりしている。勿論お客様には気付かれないように。プロですからね。


  そして同じくその様子を、ドアを開けてこっそり覗いている他の客達がいた事も、一応触れておく。


 そんな周りの事など露知らず、二人はそこで抱き合っている。まるで赤ん坊のように大泣きしている真白の頭を優しく撫でる健人。猫耳はピンと立って、それでもフルフル震えている。喜びを表し感動しているようだ。


 沢山の不安、沢山の心配、沢山の鬱積した気持ちが、全て開放された瞬間、真白は喜びというより、安心を手に入れたように感じていた。身の安全とは大きく違う、心地良い、暖かな、ほんわかする優しい安心。


「ひゅぐ、ヒックヒック」嗚咽が止まらない。健人もそれをずっと受け入れる。


 健人は分かっていた。この真白の号泣は、自分の自信のなさのせいだ。獣人だから、元猫だからとか、完全に言い訳なのだ。単に前の世界で軽い恋愛しかしてこなかったがための、自信のなさが、ここまで彼女を追い詰めたのだ。


 決めた。この子をずっと大事にしよう。ようやく決意が出来た健人だった。


 そうなると、ずっと抑えていた健人も遠慮はしない。ようやく落ち着いた真白をいきなりお姫様抱っこし、部屋に入り、ドアを閉め、ベッドに真白を投げ込んだ。あらまあ、という使用人の誰かの声は聞こえなかったみたいだが。


「ひょえ?」真白から変な声が出る。泣きはらした赤い目のまま、突然の健人の行動にびっくりする真白。


 覚悟しろよ、と言わんばかりにベッドに入ってくる健人。自分から健人にアタックした事はあっても、自分がされるのは初めてで、心臓があり得ない程バクバクいっている。


 と、その時、「くぅ~」と真白のお腹が可愛くなった。ああ、そうだ。夕食誘いに来たのだった。


「アハハハハ」その音に大笑いする健人。一方これからの展開にドギマギしつつやらかしてしまい、恥ずかしさもあってほっぺが真っ赤になりつつも、プクーと膨れる真白。


「ま、飯行くか」


 ひとまず腹ごしらえをしようと提案する健人だった。




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