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久しぶり過ぎてテンションアゲアゲ

いつもお読み頂き有難う御座いますm(_ _)m

「ふんふふ~ん」健人は上機嫌だ。珍しく鼻歌を歌いながら、先日ドルバーに依頼した物が完成したと聞いたので、取りに向かっている。物が大きいのでベルアートの宿で台車を借りて、それを引きながら歩いている。そして真白も手伝うためついてきていた。


 既に二人とも、身に着けている防具は一新している。真白は用もないのにオリハルコンナックルを手に持っている。やっぱり新しい武器は嬉しいのだ。因みにオリハルコンで造られた武器や防具は、本来黄金色に輝いているのだが、オリハルコンは高価なので目立つ。盗難などの心配もあるので、ドルバーの配慮で、わざと色をくすませ、銅色にして貰っていた。見た目は気にしない二人だったので、寧ろドルバーの心遣いは有難かった。


 ドルバーに依頼したナックルや防具等は、2日間で全て完成していた。ただ、健人が別件で依頼した物だけは、ドルバーも初めて作る物という事もあって、結局十日要した。今日がその十日目だ。


 因みにその間、ベルアートに案内して貰って物件を見に行ったり、街を散策したり、情報収集したり、のんびりと過ごしていた。初めて魚市場に行った時の真白は、相当テンション高かった。やっぱり元猫だけあって魚は大好物みたいだ。そういやヌビル村の側には川がなかったし、魚を食べる機会は今まで全く無かった。それを数尾買って宿に持って帰り、調理して貰う。料理が出てきた時の真白は、正に至福といった表情だった。


 だが、そろそろこの宿から出ないといけない。いつまでもこの宿でお世話になるわけにいかない。家を買うか宿に長期で泊まるか。それも宿を見歩きながらあれこれ思案していた。また、この数日間でギルドに寄って討伐依頼もあれこれ見ていたが、日数的に微妙だったので受けていなかった。そもそも健人が最優先にしたいのは討伐依頼じゃない。それに今はまだ資金に余裕もある。


「そんな上機嫌な健人様初めて見たにゃ」真白も嬉しそうだ。健人の笑顔は真白も大好きなのだ。


「そうか? そうかな~」健人はほんとに嬉しそう。ああ、早く完成品を見たい。


 真白はチャーンス、とばかりに健人の腕にヒョイっと絡みついてみる。でも調子乗るなって怒られるかも、振りほどかれるかも、と猫耳が若干小刻みにピクピクしている。じゃあ、やらなきゃいいんですけどね。


「ふんふんふ~ん」そんな真白の勇気を気にもとめず、鼻歌を歌う健人。余程嬉しいらしい。腕には真白がくっついているが、それさえも気にしていないようだ。よっしゃにゃ! ミッションコンプリートにゃ! 真白は心の中でガッツポーズしていた。それからずっと真白は、ふくよかな双丘を健人の腕に押し付けながら、いつかやってみたかった腕を組んで歩くのだった。真白も同じく嬉しそうだ。


 そうして台車を引きながら歩く健人と、その健人と腕を組んでいる真白は、ずっと上機嫌で歩いていた。道中男どもから聞こえてくる「グギギ」も気にせずに。


「ん?」ふと健人が何かに気づいて真白の腕を外す。「あう」真白の幸せな時間は終わってしまった。しょんぼりする真白。あ、真白も気づいたようだ。ほんとは真白の方が耳がいいから先に気づくはずなのに。よほど健人にくっついていたのが至福だったみたいです。


「歌? が聞こえるにゃ」何処からともなく、女性の歌声が聞こえる。健人はその歌声が近くらしいので行ってみる事にした。この世界で初めて聴く歌。音楽好きとしては放ってはおけない。


 真白も気になったのでついていく。健人は早く例の物を取りに行きたいが、歌声も気になったし、またいつ聴けるか分からない。歌声の方に向かって見ると、住宅街に囲まれた屋外小劇場があった。階段状に造られたレンガ造りの椅子が、舞台の中心から扇形に広がっている。観客席のようだ。二百人は座れるだろうか。そしてその舞台の上で、ブロンドの髪に、スッと通った鼻筋、小顔で明らかに美女だと思われる女性が、ピンクのロングドレスに見を包み、空を見上げて祈るように歌を歌っている。見た目麗しいであろうその女性は、舞踏会でつけるような、目だけ隠れた紫色の仮面をつけていた。素顔を見られたくないようだ。


「ほお、上手いな」健人は感心した。色んなジャンルのドラムを叩いてきただけあって、歌唱力を聴き分ける自信はある。女性が歌う歌は、オペラで歌われるような響きで、だがオペラ特有のビブラートがない。ソプラノの音域だが、それでも耳障りではない、透き通るような響きを感じる。


「キレイな声だにゃー」真白がうっとりしていた。劇場を見渡すと、結構な人が聞き惚れている。涙を流している人もいた。


 そして女性が歌い終わると、割れんばかりの大拍手が観客席から響き渡る。女性はドレスの端を摘んで丁寧にお辞儀し、そして舞台の裏に去っていった。


「ああ、今日もリリィ様の歌が聴けた」「心が洗われるようだわ」「明日もここに現れるだろうか」「リリィたんリリィたん、はぁはぁ」


 あの女性はリリィという名前みたいだ。劇場に来た人々が口々に感想を言う。皆感動しているようだ。たまにここで歌っているらしい。最後のは、まあ聞いてない事にしよう。


「こんな劇場あったのにゃー」真白が感心する。健人も同じく感心していた。大きくはないが思ったよりきちんと造られているようで、音がちゃんとと反響するように作られているのが、先程のリリィの歌で分かる。娯楽としてこの都市には音楽が根付いているようだ。ただ、たまたまなのか、あの女性はアカペラで歌っていた。伴奏、というか演奏自体はないのだろうか?


「あ、そうだ。ドルバーさんとこに行かないと」つい歌に聞き入っていた健人は、元の目的を思い出し、ドルバーの武器屋に急ぐのだった。


「でも、ちょうどいい場所見つけたな」そしてニヤリとする健人だった。


 ※※※


 健人は今、例の小劇場の舞台の上にいる。どうもこの劇場は、予約とか特に必要なく、空いていれば勝手に誰でも使っていいらしい。先程の女性のように歌を歌う人がいれば、演劇を披露する人もいたり、結婚式で何かショーをやったり、何かを賭けて決闘をしたりもするらしい。とにかくこの小劇場は、ここアクーの人々の娯楽の場として、様々な用途で使われているようだった。


 さっきの女性の歌を聞いて、健人はもう我慢ならなかった。真白も一緒にセッティングを手伝ってくれている。


「これが健人様が前の世界でやってたドラムにゃ?」そう。ドルバーに依頼して作って貰ったのはドラムセットだ。


 スネア二つ、ハイハット、バスドラという、極基本的なものしか揃っていないが、それでもドラムが叩ける。健人にとってはそれがまず嬉しかった。特に気になっていたのがハイハットとバスドラのペダルだ。細かいジョイントがあるから、この世界の技術レベルで作れるかどうか不安だった。そして健人はドラムを叩きはしても作った事はない。だが、ドルバーが作ってくれたのだ。さすがはドワーフといったところか。もっとも時間はかかったが。


「よし。OK。真白手伝ってくれて有難う」そういうともう我慢出来ない。真白は健人のウキウキした様子を見てニコニコしながら、真白もまだ知らないドラムという物を見るため、一旦舞台から降りて一番前の観客席に腰掛けた。


 スティックを握る。これもドルバーにお願いして作って貰った。スティックくらいなら自分でも作れるかも知れないが、先端の丸い部分は、結構繊細なのだ。なら、器用なドルバーに依頼した方がいい。折れてもいいように10本は作って貰っていた。


 ド、ドド。バスドラのペダルを踏み音を噛みしめる。うん。悪くない。地面に響くような重低音は、前の世界のバスドラそのままだ。やばい。泣きそうだ。今度はハイハットのペダルをリズミカルに踏んでみる。シャンシャシャシャーンという金属同士がこすれる音。懐かしい。もう止まらない。いきなりスネアをタターンと叩き、前触れもなく8ビートで健人が演奏し始めた。


 何が始まるのか、と劇場の観客席で見守っていた人々が、その大音量に驚いている。しかし、暫くすると、何時の間にか観客達は、今まで聞いた事のない、健人が響かせる一定の、熱いビート、リズムに聞き入っていた。


 次に16ビート。速くなるスティック捌き。ハイハットを叩くリズムが、スネアのリズムが、バスドラのリズムが速くなる。健人はトランスしたように一心不乱にリズムを刻み続ける。


 そのまま観客席を一切気にせず、10分ほど演奏し続け、ついにスティックが折れた。そこで一旦演奏を止める。すると観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「すげー!聞いた事ない演奏だ!」「こっちまで熱くなっちまったぜ!」「カッコいい演奏ね!」「リリィたんリリィたんはぁはぁ」


 一心不乱に演奏していた健人は、その大歓声で我に返った。周りの景色を見ている余裕が無いほど、必死に、枯渇していた欲求を満たすように演奏していたので、観客席が満員になるほど人が集まっている事に驚き、そして周りが見えない程集中していた事が、急に恥ずかしくなった。一人何かおかしいのがいた気がするが、とりあえずスルーする。


「健人様ー! カッコいいにゃー!」真白もハイテンションだ。一番前にいたので、耳の良い真白はかなりうるさかったはずなのだが、それより健人が満足そうに楽しそうに演奏している事が嬉しかったようだ。


「素晴らしい。あんな楽器、あんな演奏初めて聞きましたわ。あのお方のお名前は何というのでしょう?」舞台からかなり離れた、観客席の端の方で、健人の演奏を聴いていたその人物は、その熱く激しいビートに、感動していた。


 観客達は次は何が始まるのか、期待しながら健人に注目している。次は静かに、4ビートでブルースのリズムを刻む。静かに、ゆっくり、でも力強く。さっきとは様相が違う健人の静かな演奏。その大人しい、それでも定期的に刻まれる優しいリズムに、うっとりして聞き惚れていたり、涙を流して聴いている観客達。


 ドン! とバスドラの一発で静かなブルースの、バラード調の演奏を終えると、またも拍手が巻き起こり、またも大歓声が轟いた。その様子を舞台から眺め、前の世界でライブした時の事を思い出す。ああ、これだ、こういうやりきったという満足感、高揚感、これが欲しかったんだ。


 健人は立ち上がって観客席に頭を下げる。再度大きな拍手が巻き起こった。


「ん?」その拍手喝采の中、急に舞台の裏から、先程歌を歌っていた仮面の美女が静かに現れた。


「あなたの演奏を聴いて、とても感動しましたわ。是非私の歌の後ろで、演奏して頂きたくて、つい出てきてしまいました」


「俺のリズムでいいなら、合わせられる演奏はできますが」セッションか。健人はさっき聞いた歌を想像し、とあるR&Bの歌を頭に思い描いていた。


「フフ。出来るのね。楽しみだわ。お任せします。どうすればいいのかしら?」仮面の美女は健人に微笑む。


「あの女はなんなのにゃー。勝手に舞台に入ってくるにゃんて。健人様に馴れ馴れしいにゃー」二人の様子を見て面白くない真白。でも健人の邪魔をするわけにもいかない。真白には音楽の事はさっぱり分からないし。舞台の下でグギギとなっているしかなかった。


「とりあえず、お好きに歌ってみて下さい。俺が音を乗せますんで」健人が歌うよう促す。


「音を、乗せる、ね。面白い表現方法!」ウフフと笑いながら、仮面の美女は健人の前で、舞台の上をクルリと回り、そして観客席に向かい合って静止して、静かに深呼吸をする。


 そして観客席の上空に、届けとばかりに静かに歌い始める。美しい歌声。ビブラートはないが、透き通るような、空に溶け込んでいくような歌声だ。


「ローリン・ヒルとは違うが、これでいってみようか」ツ、タン、ツ、ツ、タン。とバスドラとスネアでR&Bの4ビートを奏で始める。


 イメージしたのはキリング・ミー・ソフトリー。フージーズバージョンだ。キリング・ミー・ソフトリーは本来ロバータ・フラックのバラードの名曲だが、ブルース調の物悲しい旋律が、丁度リリィの歌う曲に近いと思ったのだ。リリィはローリン・ヒルほどハスキーではないが、楽曲的にこのリズムがしっくりきたのだ。


 すると面白い事に、仮面の美女が膝を曲げたり伸ばしたりして健人の奏でるリズムに乗る。思った以上に歌に合う。オペラのようなその歌が、健人のリズムでダンスミュージックのように変貌した。観客達も立ち上がって各々踊り出す。手拍子している観客もいる。歌っているリリィも段々楽しくなる。腰をシェイクし踊りながら歌う。こんな楽しい歌は初めてだ。こんな楽しい気持ちも初めてだ。仮面の美女は初めての感動を、沢山感じていた。


 歌が終わると同時に健人のドラムも終わる。またも観客席から大歓声。仮面の美女は頬が紅潮し、涙を流している。


「やっぱ音楽って最高だな。世界が変わってもこうやって皆で共感出来る」健人は久々の高揚感に満足した様子だ。


 そしてスッとドラムセットの横に立ち、頭を下げる。再度大歓声が巻き起こり、大喝采を浴びた。


「素晴らしい。素晴らしいわ。これは一体何なの? この高揚感。この感覚。歌を歌って心の底から楽しいと思えたのは初めて」


 仮面の美女ことリリィは、観客達以上に、涙を流しながら初めての経験に感動していた。


「有難う。最高だったわ。お名前は?」そう言って仮面の下から流れる涙を拭いながら、健人のそばに向かう。


「こちらこそ。歌を有難う御座います。俺も久々に楽しかったです。俺は健人といいます」一心不乱に演奏していた健人は、汗だくだ。


「タケト、ね。私は、リリアム。リリィは顔を隠して歌う時に使う仮の名前なの」本名は内緒よ、と微笑みながら耳元で囁くリリアム。


 リリアム? どっかで聞いた事ある名前だな。


 そしてリリアムは、おもむろに汗まみれの健人にスッと抱きつき、そのまま顔を上に上げ、健人に口づけをした。




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