異世界人
いつもお読み頂き有難う御座いますm(__)m
「ふわあ~、あふぅ」
物凄い大きい欠伸をして、健人は目を覚ました。一応目を覚ましたがまだボーっとして視点がおぼつかない。どうやら昨日は、アクーに到着した当日という事もあって、本人が思っていたよりも疲れていた模様。夕食の後大浴場に行って、部屋に戻って着替えてベッドに入ったら、ものの数分で寝息を立てていた。
目が覚めてとりあえず上半身だけ体を起こし、う~んと思いっきり伸びをする。天蓋付きのふかふかのベッドだ。前の世界でもこのレベルのベッドは、間違いなく高級品扱いだろう。
「大浴場も凄かったな」天蓋をぼんやり見つめながら思い出す。何処かの高級温泉宿かと思うほど広い浴場だった。20mはあるんじゃないだろうか? 昨日はたまたま健人一人だったので、その広い浴場を独り占めだった。ちょっと泳いでしまったのは内緒だ。大浴場から戻ってくる途中、チラホラ他の宿泊客とすれ違うが、明らかにセレブな雰囲気の客ばかりだった。服装も冒険者丸出しの自分とは全然違う。ガウン? そんなの着れないっす。自分が場違いでちょっと恥ずかしくも思う健人だった。
そして昨晩の夕食。やっぱり醤油やソースがあったのだ。ただ、それを調味料として使うのではなく、料理にかけて食べるというスタイルがメインみたいで、元の料理の味付けは大雑把だ。調味料の良さを生かし切れていないのが残念だった。だが、それでも今後自分が料理するには、日本でもよく使っていた調味料があるのは嬉しかった。
「……でもどうして日本でお馴染みの調味料がこの世界にあるんだ?」そこも不思議には思う健人。とにかく今日は、伯爵夫妻に会った後、ギルドにお金を預け、それから買い物に行かねば、と、眠い目を擦りながら、ベッドから降りて準備を始める。
起きて着替えて部屋に備え付きの洗面所で顔を洗う。ここもやっぱり水のクリスタルで魔法を使う。ただ、高級宿だからか、火のクリスタルも着けられていて、加減を調節してお湯にして洗顔が出来るようになっていた。下に降りて食堂に行くと、既に真白がいて軽く朝の挨拶をする。
「お風呂凄かったにゃ。ベッドもふっかふかだったにゃ」真白テンション高いな。そしてやっぱり大浴場行ったみたいだな。
そうだな、と笑顔で返し朝食を頂く。朝は軽めにトーストやベーコンエッグ等だった。前の世界の食事にほんと似てる。それを見てまたも不思議に思う健人だった。異世界なのに食事の違和感がないというか、中途半端というか。
後で真白と下で合流する約束をして、とりあえず自分の部屋に一旦戻る健人。そしてこれから自分がどうするか、ふかふかのベッドにゴロンと寝ころんで、あれこれ思案していた。まずやるべきは金稼ぎだが、今は500円玉を売ったお金があるので、当分資金には余裕がある。だが一生何もしないという訳にはいかないので、やはり冒険者で稼ぐのがいいのだろう。冒険者として何処までやれるかも知っておかないと。そこはギルドで相談してみよう。
住居は、ここで家を買うか、何処か長期的に宿を取るか。前の世界のビジネスホテルみたいな宿があれば、そこを長期で借りるのもいい。他の都市とかも行ってみたい。そうするためには何が一番適切なんだろうか。
そして、健人にとって重要な事。ドラムを叩きたい。もう二ヶ月くらい音楽に触れてない。前の世界ではあり得ない事だ。ドラムを2か月叩かないなんて事、前の世界ではあり得なかった。村の宴会では適当に演奏したけど、あんなのは演奏のうちにも入らない。もし可能なら、ドラムセットを作って飽きるほど叩きたい。ハイハットはまあ、金属なのでなんとかなるだろうが、スネアとバスドラは、動物の膜とかを代用するしかないだろうな。シェル(ドラムの太鼓の側の部分の事です)は金属か、最悪木製でも何とかなるが、ドラムヘッド(太鼓の叩く部分ですね)は牛皮があればいいけど。それにバスドラとハイハットのペダルが最大の難点だ。踏んでバチが動くなんて構造、この世界で作れるかどうか。でもそれは絶対に必要だ。タムタムやシンバルもほんとは欲しいが、まずは最低限でいいから揃えたい。あードラムやりてー。
スティックも作らないとなあ、削って作るしかないか、と、いつの間にかドラムの事ばかり部屋で一人考えていたら、コンコンとノックする音が聞こえ、健人がどうぞ、と言うと、使用人が「失礼します」と、ドアを開けた。
「旦那さまがお見えになりました。ご準備が出来ましたら、下の玄関フロアまでお越し下さい」と恭しく頭を下げた。
分かりました、と答え、早速出かける支度をした。大金だがギルドに預けないといけないので200白金貨も忘れずに持って。そして下に降りると、ベルアートと真白が既に待っていた。
「お早うございます。タケトさん。昨晩はよく眠れましたか?」笑顔で挨拶するベルアート。
「お早うございます。もうベッドが最高でした」こちらも笑顔で答える健人。
「お気に召したようでよかった」フフっと微笑む。「さて、伯爵様ご夫妻のおられる邸宅に参りましょう」と、真白と健人を宿の外へ促した。外には既に馬車が待っていたが、ベルアートが行商で使っていた馬車とは全く違い、かなり豪華な造りだ。真っ赤な塗られた枠組みにところどころ散りばめられた金箔。花の柄を模した装飾が、より一層きらびやかさを演出している。
「この馬車凄くキレイだにゃー」真白がそう言いながら物珍しそうに馬車をあちこちから見ていた。
「乗り心地も全然違いますよ」真白のそんな様子を微笑みながら見ていたベルアートがそう伝えた。
「じゃあ早速乗りたいにゃ」わくわくしながらそう話す真白。健人も高級馬車? と普通の馬車の違いが早く知りたいので、少しワクワクしている。
「了解です。では早速乗り込みましょう」二人のそんな様子に、ニコニコしながら二人を馬車の中に誘導した。御者席にはベルアートの使用人が座っているので、車内はベルアートを含む三人が乗っている。広さも前に乗った馬車の2倍はありそうだ。座席はふかふかのソファのようになっていて、とても心地よい。赤のクリスタルが馬車の扉とは逆の上辺りについていて、暗くなっても灯りが灯せるようになっている。中の装飾も豪華で、白を基調とした花の柄が施されている。内装の豪華さに健人と真白はほほー、と感嘆の声をあげた。
そして御者の鞭の音と馬のいななきが聞こえ、馬車が走り出す。大きいのに軽やかに進む。多分素材? が前の馬車と違うのだろう。馬もさほど負担を感じていない気がする。しかし走り出して暫くしてから健人がある事に気づく。確かにベルアートの言う通り乗り心地がいい。というか揺れを余り感じない。座っている椅子がふかふかで心地良い感触だからか? ・・・・・・いや違う、多分これ、車軸にサスペンションが入っているんじゃないか?
「凄いにゃー! 快適だにゃー!」と気持ちよさそうに叫んでいる猫耳美少女とは対象的に、うーん、と複雑な表情をしている健人。
「タケトさん、どうかしましたか?」その表情が気になってベルアートが質問する。健人は、この馬車のだけじゃなく、昨晩から食べている料理の調味料も気になっていた。
「ベルアートさん、この馬車の揺れない技術って、昔からある技術なんですか? 他にも、食事に使われている調味料、あれもいつから、どうやって生産しているんでしょうか?」
ベルアートは健人の質問にほほぅ、と感心しながら微笑む。「そこに興味を持ちますか」
健人は黙って頷く。ベルアートの続きの言葉を待つ。
「さすがというか、やっぱりというか、気づくんですね」ベルアートがニコっとしながら話を続ける。
「この馬車の、揺れが少ない構造や、食事で提供した調味料は、ずっと昔、勇者カオルが来るもっと前、異世界から来た人間が残したものだと言われています」
「え?」健人は一瞬何を言っているのか分からないような表情になる。ずっと昔に異世界人が? いたの? 勇者カオル以外に? 呆気にとられた健人に構わず、ベルアートが続ける。
「この世界には、タケトさんのように、ずっと昔から、何度か異世界人がやってきています。その時に、異世界人がこの世界の人間に、この馬車の振動止めや、調味料を教えていたのです」
……昔から何度か、何人もこの世界に、俺のいた世界から来てたのか。初めて知る新たな真実に驚く健人
「ただ、基本的に、この世界に来る理由というのは、何かの災厄が訪れ、それを解決するため、というのが通例です。そして必ず、災厄が訪れるので、それを救って欲しいと言う事を、神から伝えられるらしいです。そしてその災厄に対抗するため、異世界から来た人は、戦うための類まれな能力を持っているのです。が、タケトさんはどうも違うみたいですね」
ベルアートが(タケトさんは違う)という部分を言いにくそうに話すが、その通りだから仕方がない。
「そして、皆決まって黒髪の黒い瞳なんです。また、過去にこちらの世界に来た異世界人の、この世界で生涯を終えた人もいるます。その子孫の中にも、黒髪で黒い瞳という人はいたようです。なので、黒髪で黒い瞳は確かに希少ですが、イコール異世界人と決めつけられる事も少ないでしょう。なのでそこは気にしなくていいかも知れません。一方で、勇者カオルのように、元の世界に戻る人もいたそうです」
黒髪で黒い瞳が、異世界人の特徴になってるのか。て事は、ここに来る異世界人は、皆アジア人? まさか皆日本人なのだろうか? 日本人全てが黒髪で黒い瞳でもないけど。ベルアートの話を聞きながら、ふと疑問を感じる健人。
「そして、もしかしたら、タケトさんも、きっと何かの能力をお持ちなんじゃないかと私は思っていますけどね」含みを持たせつつ微笑みながら話し終えるベルアート。
俺に能力? でも俺は災厄が来るとか誰からも聞いてない。神ってのにも会ってない。そして能力貰ってないし。だから真白が来たんだと思う。なので俺自身に能力なんてないはずなんだがなあ。
ベルアートが確信めいたように話すのを、健人は不思議そうに聞いていた。