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片桐綾花

第二章開始です。

いつもお読み頂き有難う御座いますm(_ _)m

 ピッ、ーー  ピッ、ーー  ピッ、ーー ピッ --


 もう聞くのも嫌なくらい、聞き慣れた無機質な音。無駄に規則的なリズム。


「面白い事に、ずっと聞いてたら、たまに少しだけずれてたりするよね。機械のくせに」


 それは私の感覚が麻痺したからかも知れないが、と、退屈しのぎに取り留めのない事を考える。


 ピッ、ーー  ピッ、ーー  ピッ、ーー ピッ --


 もうどれだけ長い間見つめているのか分からない、その灰色の天井は、面白いもので、何も変わらないはずなのに、ずっと見続けていると、小さな変化を見つけられたりする。多分半年前に比べ、少し色がくすんだと思う。前はクモが天井を伝っているのが見えて、その忙しない動きを見る事で、ほんのちょっとだけ退屈しのぎになったんだっけ?


 ピッ、ーー  ピッ、ーー  ピッ、ーー ピッ --


 数少ない、この、約三年間の、小さくても、彼女にとってはとても大きい、その思い出を、今は何故か思い出していた。


 ※※※


「ねぇねぇ、綾花? 前のオーディション受かったんだって?」綾花の友達は、さも自分の事のように喜んでいる。


「へっへー、そうなんだよねー」その友達を見て、まんざらでもない様子の、その綾花と呼ばれた少女は、この日この友達と渋谷に遊びに来ていた。そうやって友達と喋りながら歩いている最中に、またもスカウトされる。


 あーもーまたかー、と、綾花はうんざりしていた。それに対して必死な様子のスカウトマン。何とか名刺くらいは渡そうとするも、、それを拒否し、めんどくさそうに手をひらひらと振ってバイバイした。


 片桐綾花はこの時中学3年生。自他共に認める超美少女である。肩まで伸びた艶やかな黒髪、深淵のようで、しかし宝石を思わせるような黒い瞳、やや切れ長の目と、整った顔立ち。すっと通った鼻。スタイルも抜群で、身長は160cm。中学生にしてはやや背が高い。だからか、この年にしては、出るところは出て、引き締まっているところはきっちり引き締まっている。そんな綾花なので、同級生からの告白は後を絶たない。そして綾花が通っていた学校には、当たり前のようにファンクラブまで存在していた。


「はあ~」もう何度目か分からないスカウトとナンパに疲れ果て、渋谷で有名なスイーツの店で、友達と休憩していた。


「最近じゃ、私の方をわざとスカウトして、綾花を巻き込もうとするよね」アハハとあっけらかんと笑う友達。


「もういっそお面でもかぶろうかな? もしくはもう外出歩かないでひきこもるかー」そんな訳にはいかないのも分かっているし、なんで自分がわざわざそんな苦労をしないといけないんだ、という理不尽も感じるので、冗談で言っていても実行する事はないのだが。


「でもさ、既に所属事務所決まってるんでしょ? それ言えばスカウト達も諦めるんじゃないの?」


「なんかね、マネージャーさんが、それだけは絶対に言うなって」詳しい理由は聞いてないが、マネージャーさんにそう言われるなら従わないと、と思って、スカウトが来ても事務所の名前は言っていない。


 マネージャーが危惧しているのは、綾花のような逸材を、その事務所が既に抱えていて、デビューさせようと目論んでいるのを、世間や同業者にバラしたくないのだ。これだけの逸材、事務所始まって以来の事なので、センセーショナルにデビューさせたい、そう目論んでいた。


 綾花が先日受けたオーディションは、とあるアイドルグループの選考会だった。そのアイドルグループは、今までの大型アイドルグループの後継として、大々的にマスコミやテレビで扱う事が既に決まっている。このアイドルグループのために、有名作詞家と作曲家を既に用意しているくらいの力の入れようだ。


 ここ最近、アイドルグループが溢れすぎて、才能があるのに埋もれるアイドル達が数多く出ている事を、芸能関係者達は危惧していた。


 そこで一大プロジェクトとして、各芸能事務所が協力し、強力なアイドルグループを作ろうという事になった。普段敵同士の芸能事務所だが、この試みに賛同した事務所は多かった。それぞれの得意分野を集結し、その企画は進んでいた。


 その一環で、先日オーディションがあったのだが、綾花は見事合格。しかもセンター固定という事が、既に決まっていた。そして既にデビュー前のレッスンは始まっているのであった。


 ※※※


「はい、ワン、ツー、ワン、ツー! そこ! タイミングズレてる! 何度言ったら分かるの!」ダンスレッスンの先生の怒号が飛び交う。教える方も必死なのだ。綾花をセンターとしたアイドルグループのデビューまで、あと一週間を切ったところである。時間がない。怒られているのはメンバーの一人。彼女も何とか食らいつくが、綾花のようにスムーズに踊れない。ステップが追いつかない。何度も怒鳴られ、涙を流しながらも必死にステップを踏む。


「なんで私より簡単なのに出来ないんだろう。私なんか独自のアクションあって、しかもセンターなのにさ」と誰にも聞こえないように呟く綾花。まだダンスをこなせていないそのメンバーのために、何度もレッスンを付き合わされている事も不満ではある。でもこれから同じグループとしてやっていかねばならない手前、そこは本音を抑えて我慢していた。


「よし。もう一度皆で合わせましょう。綾花、入って」そう言われて、はあ、またか、と小さくため息をついてセンターに立つ。そして音楽に合わせて、慣れた様子でダンスステップを踏む。しかし、


「あ、あれ?」何かおかしい。いつものように動けない。足がついていかない。そう思ったら足がもつれてコケてしまった。


「綾花? どうしたの? 大丈夫?」彼女が失敗するなんて思ってもみなかったダンスコーチの先生は、綾花を心配して駆け寄る。


「大丈夫、です、あれ? 立てない」何処か足を捻ってしまったのか、足に力が入らない。でも痛くはない。


「マネージャー! 救急車! 早く!」これは一大事だと判断したダンスコーチは、マネージャーに急いで119番させるよう叫んだ。痛くはないのに、大げさだなあ、と、この時綾花は思ったが、大事なデビュー前なので仕方ないとも思っていた。


 そして病院に到着し、診断で出た結果は、綾花は勿論、マネージャーやダンスコーチ、アイドルグループのメンバー、そして綾花の家族や友人までもが、絶望する内容だった。


「残念ながら、綾花さんの病気は、今の医療技術では完治が大変厳しい病気です。綾花さんの病気は、先天性のもので、徐々に手足やその他の機能を失っていく難病です」重苦しい雰囲気で医者が告げたその言葉に、綾花は、あまりの非常な現実に、そこで意識を失ってしまった。


 次の日から強制入院となってしまった綾花。完治は出来なくとも、進行を遅らせる事は稀に成功しているとの事。そのための治療が必要だからである。この病気のせいで、綾花のデビューは無くなった。芸能界の繁栄を賭けたアイドルグループは、仕方なく綾花を抜いた四人でデビューという事となった。


 学校も停学扱いとなり、元気なのに、毎日痛くもないのにリハビリをさせられ、美味しくない病院食を食べされられ、やりたくもない点滴を受けさせられた。自由がなく気が狂いそうな毎日に、病室で何度も叫び狂った。物に当たりちらす事もあった。しかし、それは徐々に出来なくなっていく。


 医者が告げた通り、足が、腕が、手が、動かなくなってきたのだ。そうなると、もう暴れる事すら出来なくなった。そのうち自分で排泄の処理が出来なくなった。痒いところが自分でかけなくなった。そして暫くすると、チューブが自分の身体のあちこちに着けられ、それが増えていった。寝たきりになった。自殺しようとしても、もう出来なかった。


 そして今、足が動かなくなった日から約三年が経過していた。身体の殆どの機能が停止し、今はただ生きているだけだった。手足は痩せ細り、骨が皮膚から浮き出ている。骨も脆くなっており、既に両手両足は何ヵ所か折れている。頬は痩せこけ、目は骸骨のようにくぼんでいる。幽霊のようなその風貌からは、デビュー前の麗しさは一切見当たらない。悲惨な状態だった。


 もう寝返りもうてない、首も動かない、確か先週までは動いていた瞼も、もう微かにしか動かせない。目が開きっぱなしだから目が乾くが、自分ではどうしようも出来ない。口につけられている呼吸補助のマウスカバーが、曇ったり透明になったりしているから、自分はまだ生きているのは分かる。だが、もうそれも終わりそうだと、何となく感じていた。


「幸せだったはずなのに、幸せになるはずだったのに、夢を叶えるはずだったのに、一体私が何したというの?」


 綾花は心の中で誰かに問う。


「どうしてこんな罰を受けないといけないの? みっちゃんが困っていたから手助けしたよ? あきちゃんが勉強わからないっていうから教えたよ? おばあさんに電車で席を譲ったよ? それなのに何故?」


 涙はまだ出せる。そしてそれが綾花の頬を伝うが、それを拭う術もない。しかしもう、自問自答は続かなかった。


 ピッ、ーー  ピッ、  ピッ、ーー ピッ 


 看護師さんを呼ぶ術はないが、心音が徐々に小さくなっていくので、そのうち気づくだろう。いつもの電子音の定期的なリズムの感覚が、徐々に狂っていく。


 ピッ、  ーー  ピッ、ーー  --


 そして何か諦めたような、悔しいような、複雑な感情の中、静かに自分の人生が終わるのを感じる。遠くでバタバタと忙しない足跡が聞こえてくる気がしたが、もう自分には関係なかった。


 ピーーーーーー--


 綾花のそばで定期的に、無機質に刻み続けてきたその音が、とうとうリズムを失った。





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