ラブストーリーは唐突に
「はあ……」真白は深いため息をついた。
「困ったにゃー」ベッドに仰向けに寝ながら、天井を見つめ独り呟く。
昨日の戦いは相当ハードだった。本当なら真白一人で健人達と離れ、ゴブリンのボスを倒しに行く予定だった。自分が一番危険な役割だったのは分かっていたし、事前に健人達と離れて単独で戦う予定だったのも分かっていた。
結果ゴブリンロードだと思っていたボスは、何故かもっと強いゴブリンチャンピオンで、しかも三匹もいた事が最初のイレギュラーだった。それは自分一人で何とか倒した。それはいい。
だが、更にオーガロードとかいう、もっと強い魔物が現れた。しかもいきなり自分に不意打ちを食らわせた。ゴブリンチャンピオン三匹を倒してホッとしていたのも原因だったが、まさかあんな伏兵がいるとは想像できなかった。が、結果健人を守れなかった。そして健人に一番強い敵と戦わせてしまった。自分は早い段階で戦闘不能にされてしまった。それが悔やまれる。
が、真白の悩みは、その自分の失態の事ではなかった。
自分が攻撃され、正直これ以上健人を守る自信がなかったあの状況で、自分を守る、そう言ってくれたのだ。薄れ行く意識の中で、その言葉だけはしっかり聞こえていた。そして健人はそれを成したのだ。最大の強敵相手に。
「……どうしよう」真白は本当に困っていた。
「……カッコよかったにゃー」天井をぼーっと見つめつい本音を呟いてしまう。
「はっ!」つい呟いて訂正する。「いやいやダメなのにゃ! 健人様はパートナーって決めたのにゃ! そんな気持ち、迷惑になるに決まってるのにゃ!」
そう慌てて独り言を言っては、また「はあ~」とため息をついていた。
真白は猫時代、家族と離れてからずっと一人で生きてきた。メス猫なのに縄張りを持つくらいの強い猫。もしつがいになるなら自分を守ってくれる強いオス猫じゃないと受け入れられなかった。そしてそんな猫いなかった。あ、ブタ猫はルックスがダメ。
そして猫時代も含め、この世界に来て、初めて守ってもらった。初めて頼りがいがあるオスだと思った。ああ、これは恋だ。初恋だ。それに気づいてしまった。
「昨日健人様におんぶされてたらしいにゃ。私はバカにゃ! なんで気絶してたにゃー! ナイスシチュエーションなのににゃ!」と、結局本音を止められずにいた。
そして今朝、健人に声をかけられ、ホントはドアを開けて健人の胸に飛び込みたかったが、当然そんな事出来るわけもなく、でも顔は見たいし、でもどんな顔をすればいいのかわからないし、デモデモダッテ状態なので、既に着替え終わっていたけど、健人が入ってくるのを結局拒否してしまったのである。
でも当然、いつかは顔を合わせないといけない。しかもこれからもずっと一緒……キャーずっと一緒にゃー! じゃなくて、もうどうすればいいのか、何しろ初めての経験なので分からず、しどろもどろになってしまっていたのである。
当然そんな真白の急激な心境の変化など知る由もない健人は、普段通りに声をかけてくる。
部屋でぶつぶつ独り言を言っていても腹は減る。空腹を満たさないといけないので、仕方なしに部屋を出て一階の食堂へ降りていった。
「おー、真白、大丈夫か?」いつもの感じで素敵なスマイル(真白補正)で挨拶する健人。
「は、はいにゃ!」ビクっとして返事する真白。「と、とても、健康的な感じ、でしゅにゃ」あ、噛んじゃった。
「どうした? 熱でもあるのか?」様子のおかしい真白を気遣って、すっと立ち上がって真白の額に手を当てる健人。
「ぎにゃあー!なんなのにゃ? このラブコメみたいな展開は何なのにゃー!」と心の中で絶叫し顔が真っ赤になる真白。
なんで真白がラブコメのテンプレの展開とか知っているかは置いといて、真っ赤になった真白を見て、驚く健人。
「おい! 顔赤いぞ? 熱はないようだけど大丈夫か?」と、顔を近づけて真白をじっと見る健人。
「も、もうラブコメテンプレはお腹いっぱいにゃああ~」と、最後の「お腹いっぱいにゃ」だけ言葉が漏れた真白。
「へ? 朝飯今からじゃないの? てか本当に大丈夫なのか?」そんな様子を見て余計に心配する健人。
「だ、大丈夫にゃ! だから近づかないでほしいにゃ! ち、違うにゃ! 近くにいて欲しい……ああもう、それもどうかと思うのにゃー!」
と、叫びながら、洗面所のあるところへ逃げるように走っていく真白。
「……なんやあれ? 」訝しがる健人。ダンビルも不思議な様子で見ていた。「なんだか騒がしいなマシロ」事情を知らない二人は、真白の変な様子に呆れていた。
「……ふえええん、泣きたいにゃ~情けないにゃ~」本当に泣きそうになりながら、洗面所に来てしまったので、まあ朝だし、とりあえず顔を洗う真白。
自分がこんなに狼狽えるとは。恋愛未経験なのはこんなにも響くのか。こんな事なら猫時代に適当にオスとくっついてればよかったのだろうか?
しかしこのままではいけない。顔を洗って再度気合を入れる。そうだ、無理やり自然体にしようとするからおかしくなるんだ。そもそも自然体にしようとしてるって、全然自然じゃない。健人様の事は気になる。じゃあそれでいい。でも、出来るだけ気持ちを悟られないように努力はしよう。
そう決めたら、何とかなりそうな気がした。覚悟を決めたら、女は強い。そして再度、今度は健人に気がある事を隠そうとはせず、食堂にやってきた。
「健人様、さっきはお騒がせしたにゃ」今度はものっすごい笑顔だ。なんかキラキラ輝いている。
「お、おお。大丈夫ならいいんだ」たじろぎながら答える健人。「とりあえず朝飯食べたら? 今日はこれから色々忙しいから」
「うん、そうするにゃ」と、なんか艶っぽい答え方で、しかもニコニコしながら上目遣いで健人をじっと見つめる。
基本超のつく美少女の真白のその仕草に、さすがにドキドキせずにはいられない健人。
「さ、さぁて、俺も顔洗ってくる」と、今度は健人が洗面所に逃げるように去っていった。
「な、なんやあれ? いつもとえらい雰囲気が違うやないか」健人がドギマギしながら洗面所で独り言を言う。今日の洗面所は独り言大会会場になってしまっている。
「えらい色っぽくなってんな。レベルアップのせいか? 女らしさもレベルアップするってか?」と、そんな訳のわからない設定にはしていないので、そんな事はあり得ないのだが、何にしても健人は真白の変わりように驚いていた。
あんな真白初めて見た。強敵との戦いで何か変わったのか? 猫っぽさが出てきたとか? あれこれ考えるも、答えは出ない。
「よく分からんが、とにかく今日やる事をしないと」とりあえず真白の変化は一旦置いといて、顔を洗い、部屋に戻って準備した。
まずはジルムとバッツ親子のところに真白と行く事にした。昨日健人はそのまま寝てしまったので、他の三人の様子を見ておきたかった。真白は何故か嬉しそうだ。そして真白が近い。
「真白、もうちょっと離れて歩かないか?」グイグイ来るので歩きにくいから言ってみる健人。なんだこの不自然な距離感。いつもはある程度距離を置いて歩くのに。
「……迷惑かにゃ?」しょぼんとして答える真白。
「いや、迷惑とかじゃなくて、歩きにくいだろ?」極当たり前の返しをする健人。
「じゃあ、腕組んでみるかにゃ?」またも超絶美少女スマイルで思い切って言ってみる真白。
「なんでそうなる? じゃあこれでいい」真白のスマイルについOKと言いそうになるのをグッと堪えて、つい冷たくあしらう。
「これでいいんだにゃ~」と真白は意に介さず嬉しそうに、相変わらず近い距離で、一緒に歩く。
そうか。こんな幸せな気持ちになるのが恋なのか。好きな人と一緒にいたい。そう思える幸せ。
なるほどなるほど、とうんうん頷いている真白を、怪訝な顔で見る健人。そうこうしているうちにジルムの家についた。