赤い〇星。いや赤い魔物
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読んで頂いている方々ありがとうですm(_ _)m
「……え?」真白が突然吹っ飛んだのを見て、状況が飲み込めず固まる健人。
真白はうつ伏せで地面に倒れている。ピクリとも動かない。20mは飛ばされただろうか?
はっ、と気づいて、急いで真白の元に向かおうとする健人。すると今度はジルムが「ぐあ!」という呻き声と共に、後方に飛んで行った。
一体何が? しかしそれはすぐ分かるようになる。
「うーん。一番手強そうな猫の獣人を先に攻撃したが」それは顎をポリポリ掻きながら呟く。「大した事なかったな」
その声の主を見てエリーヌは、「あ、あ、ああ……」と、絶望した表情で見ていた。「オ、オーガロード……」
「「オーガロード?」」バッツと健人がハモって答える。
「あ、あれは、こんなところにいる魔物じゃない……。おしまいよ、もう、全滅だわ」余程恐ろしいのか、エリーヌは目に涙をためながら、地面に膝を付き、体を両手で抱きかかえ、ガタガタ震わせて呟いた。
オーガロードとエリーヌに言われたそれは、筋骨隆々の赤い体で黒い髪の毛が肩辺りまで伸びていた。二本黒いツノが額の前方左右から出ていて、口から見える上向きの牙も相まって、まるで鬼だ。というか、鬼そのものだ。赤鬼だ。背丈は3mくらいはありそうだ。
「ほう。俺が分かる人族がいたのか。んじゃ次お前な」流暢に人の言葉を話すそれは、突然ふっと消えて、エリーヌの前に現れた。そしておもむろにアッパーカットでエリーヌの腹を殴る。腰が抜けていたエリーヌはなすすべなく吹っ飛んでいく。
「母さん!」それを見て叫ぶバッツだが、エリーヌのところには行けない。動けないのだ。飛ばされた三人の元へ行きたいが、後ろを向いた瞬間攻撃されるかも知れない。仕方なくバッツと健人は武器を手にとりオーガロードに向き直る。
「二人か」それはニヤアと嗤う。「さっきまで俺オーガだったんだが、そこに転がってるゴブリン食ったら進化しちまったんだよな」
言われた方を見ると、大剣持ちだけが、いつの間にか身体のところどころを食いちぎられたような跡があり、そこから骨がむき出しになっていた。
オーガは、凶暴な性格、そしてゴブリンより知恵が働き、強さはゴブリンロードくらいの人型の魔物だ。ゴブリンより賢いので倒すのは骨が折れる事で有名。そして武器も勿論扱える。動物の肉や人肉を主食としている。
エリーヌが恐怖するのも無理はない。オーガロードは高レベル冒険者しか討伐出来ないと言われている大物なのだ。ゴブリンチャンピオンの比ではない。バッツは冒険者として六年ほど魔物退治をしていた経験があるが、レベルが高くなかったため、高レベルの魔物を知らないのだ。
エリーヌも高レベルではないが、冒険者だった期間が長いので、大体の高ランクの魔物は見聞きして知っていた。だからこの魔物の恐ろしさは知っている。本来、こんな辺境の村の周りに出る魔物ではない。高レベルの魔物がいる地域や、ダンジョンの深い層にいるのが通例だ。
そしてこのオーガは、元々オーガの集団にいたのだが、どういうわけかはぐれてここにたどり着いてしまっていた。はぐれて腹が減っていて動物を狩るのも一人ではうまくいかない。そんな中、人間達とゴブリン達の戦いを、たまたま見つけたのだ。
うまくいけば人肉が食える。これ幸いと、自分が出て行って巻き込まれるのも嫌だったので、戦いが終わるのを物陰に隠れてじっと待っていた。ところが人間達は誰一人殺されないではないか。ゴブリンばかり死んでいく。腹は減っている。もう我慢ならず、不味そうだが死んで間もないゴブリンを食べてみた。
ダメだ。やっぱり不味い。食えなくはないが。他にないのか? ゴブリンメイジは味が違うのか? そうして辺りを見渡してみると、草原の真ん中辺りでチャンピオンが死んでいる。思い切ってそっちに行ってみよう。人間が数匹いる。バレないようそーっと近づこう。
そして一番離れている、最初に倒された大剣持ちを食ってみた。筋肉があるからか、ゴブリンよりは美味い。食える。流石にデカいから腹いっぱいになって満足した。そしたら体中がゴキゴキ、ペキペキと言い出して、デカくなった。力が漲る。
「あ、俺進化したな」オーガは気づいた。「これ多分長とおんなじだ。オーガロードだ」
長というのは、元のオーガの集団のリーダーだろう。
「そうか。長が魔物はまずいから食うな、って言ってたが、他のやつに進化されるのが怖かったからだな」
新たに進化したオーガロードはふむふむと何かに気付いた様子で独り言を呟く。「んじゃ俺が戻ったら新しい長になれるかもな」そしてニヤニヤしながら、自分の集団に戻り、自分が新たな長になる事を目論んでいた。
「だがその前に、力試ししたい」そして目を付けたのが、ゴブリンチャンピオンとゴブリンを倒した武装した人間達、真白と健人達だった。
※※※
いきなり現れたそれは、オーガロードというらしい。エリーヌさんが見た事がないほど震えていた。元冒険者だけあって知っていたのだろう。そして何より、真白が一発で吹っ飛ばされた。それが何より、こいつが相当の化け物であるという証明だ。
真白が気になる。他の二人もそうだが、早く助けに行きたい。そして、村民達に来て貰って、三人を助けてもらう事も難しい。巻き添えを食うかもしれないからだ。ここを乗り切るには、出来るだけうまく三人を回収して逃げないと。
もしくは、倒す。……倒す? 出来るわけがない。俺は素人だ。一週間くらい前までは、剣さえ握った事もなかったのに。そしてバッツは元冒険者とはいえ厳しいだろう。ゴブリンチャンピオンでさえ驚いてたのだから。
バッツと2人で協力して何とかするしかないのか? 何とかなるのか?
健人がパニックになりそうな気持ちを抑えつつ、あれこれ考えているうちに、「さあて行くぞ」と、オーガロードが殺気を放ち、「ごああああ! 」と大声で叫んだ。空気がビリビリするような咆哮。殺気を充てられて竦む二人。その様子を見て「ふん」とつまらなさそうに鼻息を出すオーガロード。「お前らも大した事なさそうだな」
まあ、食料にするか、そう考えながら、斧を持った方に飛び掛かる。「くっ!」バッツは竦みはしたが、さすが元冒険者だけあって、何とか身構え防御の姿勢をとる。ボディを狙った拳がバッツを襲うも、辛うじて斧の腹で防ぐ。しかし、斧もろとも吹っ飛ばされた。
「うぐあああ!」ゴロゴロ転がるバッツに、なおも追い打ちをかけようとするオーガロード。再度バッツの転がった方に走り寄り、転がった状態のバッツを、サッカーのボールを蹴るように、蹴りを入れる。
それをすんでのところで転がって避けるバッツ。しかし今のは避ける事が出来ても、飛ばされた時の衝撃で立ち上がれない。もう一発、蹴りを入れようとしたところで、オーガロードの肩に痛みが走った。
「なんだ?」蹴りを止め振り向いてみると、健人が必死の形相でオーガロードに剣を突きさしていた。いつの間にやら健人が近づいていたのだ。「待て待て。慌てんなって。お前は後で相手してやるから」といいながら、何事もなかったかのように、肩に刺さったその剣を握って抜いて、ポキっと折った。そして健人の腕を掴んでポイっと放り投げる。
「うわあああ!」20mは投げられた。何とか受け身をとってゴロゴロ転がる健人。しかし不味い。バッツが危ない。でも剣が折られてしまった。素手でなんて到底攻撃できない。
何とかバッツを助けないと。焦りの表情を浮かべる健人。
「んじゃまあ、死ね」動けないバッツは死を覚悟した。そんな中バッツは、「ああ、マシロちゃんとあんな事やこんな事したかったなあ」と、未だ真白が倒れているのに不謹慎な事を考えていたりする。そしてオーガロードが蹴り上げるため、足を振り上げるが、何かが背後から飛んできたのに気づいて、それをスッと避けた。
避けた先の地面には、さっき折った剣が突き刺さっていた。健人が投げたのだ。
「ほーお?」オーガロードの額に青筋が浮き出る。「そんなに先に死にたいのか」イラっとした口調で健人に向き直る。
そして健人は、さっき真白が倒したチャンピオンが持っていた、大剣を両手で持っていた。
「この状況を打開するには、あいつを何とかしないと」そう思って思い付いたのは、チャンピオンが持っていた大剣を使う事だった。無謀なのは分かっている。だが、策が全く思い浮かばない。何とか一太刀でも浴びせなければバッツが危ない。今それが出来るのは健人だけ。そしてこの大剣だけだ。
「リズム。そうリズムだ。静かに、ビートを、こういう時は24ビートの早いスティック移動だ」一旦大剣を地に突きさし、両手をぶらぶらさせて、体を左右に何度もひねってぴょーんぴょーんと飛びながらぶつぶつ言っていた。落ち着くためのストレッチだ。
「徐々に早くする。2から4、4から8」ライブで何曲も演奏し、ぶっ倒れそうになっても根性でしのいだフェスを思い出す。
その様子を見たオーガロードは、「なんだ?祈祷か? それとも馬鹿にしてんのか?」と、イライラしている。
健人はどんどん集中力が増していった。来る! 咄嗟に大剣を取り、ガシィ! と大剣の腹で、オーガロードの拳を受けた。凄まじい力なので受けきれない。受けたと同時に横にいなす。「おお」オーガロードが驚く。「よく捌いたな」
それからオーガロードが蹴り、パンチを交互に健人に打ち込むも、大剣をうまく、柄を中心に右に左にいなす。真正面から攻撃を受けないよう半身になる。徐々に早くなる攻撃。「リズムを早く。8から16、16から24」ぶつぶつ言いながら何とかかわし続ける。
健人がここまで出来るのは、真白とパーティ契約をしていた事で、レベルが格段に上がったのも理由の一つだ。実際今の健人はバッツより強い。レベルが上がった事もあり、何とか凌ぐ事が出来ている。
「ふう」一旦攻撃を止めるオーガロード。余り疲れていないようだ。どうやら遊んでいる?
「ぜー、ぜー、はぁ、はぁ……」一方健人は相当疲れて肩で息をしている。一旦攻撃が終わって、大剣を杖のようにして身体を支えている。
「ガハハ、よくしのいだな」そう嗤いながら、オーガロードは、真白が倒したチャンピオンが倒れている辺りにひとっ飛びに飛んだ。まさか……。
「うん。俺も武器使うわ。これがいい」大槌を手にした。まずい。