異常事態発生の模様
戦闘シーン佳境に入ります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
「はぁ、はぁ、ここはスネアを2ビートで叩きつつ、ハイハットを4ビートで、ペダルを踏みながら」息を切らしながら、健人は頭の中でドラムを叩いているのをイメージしつつ、ゴブリンを1匹ずつ倒していた。
ゴブリンは殺気を向けて攻撃してくる。こちらが殺さないと殺される。それが実感できるからか、鹿やイノシシを殺した時より、比較的楽な気持ちでゴブリンを倒す事が出来ていた。殺意がない動物より、殺意を向けて攻撃してくる魔物を相手にする方が、若干罪悪感が薄れるからだ。
既に二十匹は倒しただろうか、健人の周りにはゴブリンの死体があちこちに倒れていた。それらに足を引っ掛けないよう気にしつつ、確実に一匹ずつ。ゴブリンは必ず集団で一人を襲う。だが賢くはないので、うまくやれば集団から引き離して、一匹にするのはそう難しくない。
そして倒していくうち、疲れているはずなのに、急に、不思議と体がよく動くようになる瞬間があった。剣が軽く感じる。訓練の時より素早く動ける。どうやら動体視力も上がっている。これがレベルが上がる、という事なのか、と健人は感心する。そしてそうなると、もうゴブリンは全く怖くなかった。
この世界に来た時には、ビビッて腰抜かして逃げてしまったのに、今はもう作業のように、近寄ってくるゴブリンを殺していく。またレベルが上がったようだ。もっと速く剣が振れる。もう一匹ずつ相手にする必要もなくなった。
そもそもゴブリンの攻撃が単調なのだ。いつも必ず上から棍棒を振り上げるから、避けるのが簡単だ。そして隙だらけ。冷静に見たら大した事ない。バッツやジルムとの訓練の方が難しいくらいだ。レベルアップのおかげもあるだろうし、力もついているので、隙だらけのその首を、スッと剣で割いていった。
それでも疲れは蓄積してくる。さすがにレベルが上がってもそれは改善しなかった。うまく休みながら、リズムを忘れず倒していく。自分がうまくやれているのは、このリズム感のおかげだ、と健人は思っていたので、長いライブで何曲も演奏している自分を想像し、ずっとドラムを叩いているイメージで戦っていた。
ジルムやバッツ親子は、健人が万が一危なくなったら、手助けするつもりだったが大丈夫そうだ、と安心していた。もう既に、彼らは彼らで残りのゴブリン達を倒していく事に専念していた。
とりあえずこっちは順調だ。ダンビルさんのいる村民達の方も、どうやら誰一人死ぬ事なく倒せているようだ。何とか村を守れそうな気配に健人達は少し安堵していた。
しかし、ゴブリンを全滅させても、ボスを倒さないと終わらない。
※※※
真白はこの村で一番強い。
訓練では一度、バッツが勝つには勝ったが、それはバッツが弱点の事を知っていて、真白がバッツを見下し、そして本人も弱点を知らなかったからである。そしてバッツに負けた後、一週間程度ではあるが、真白はエリーヌからレクチャーを受け、既に現在は、弱点をある程度克服出来ている。もうバッツには真白を倒す事が出来なくなっていた。
真白はその攻撃力や俊敏性など、戦闘力もさながら、戦いに関するセンスは、元猫の時と経験が活かされているからか、相当優れている。
更には、元猫の時も役に立った危機感知能力。これも相当高い。今回エリーヌという、戦闘の仕方を教えてくれる人がいた事で、訓練の最中に危機感知の使い方もマスター出来ていた。
弱点を素直に認め、克服でき、更に自らの能力の使い方を知った真白は、今相当強い。
だからボスと相対するのは、真白が適任だった。ボスは真白が引き止め、他のメンバーは残ったゴブリン達を掃討する作戦だった。
ボスの元に走って向かいながら、チラっと真白が健人の様子を見る。複数襲ってくるゴブリン達を、どうにか逃げつつ引き離し、一匹一匹ずつ倒している。出来るだけ安全に、確実に戦っているようだ。「大丈夫そうだにゃ。でも、さっさとボスを倒して健人様を守りに戻るにゃ」心の中でそう呟きながら、真白は少し離れたところにいるボスの元へ、全速力で走り始めた。
全速力の真白は相当速い。馬より速い。途中ゴブリンが真白を行かせまいと何とか攻撃しようとするも、疾風のような真白には当然届かない。ゴブリンメイジが正面から土の槍を飛ばしてくるも、標的が中々定まらず当たらない。ゴブリンメイジが攻撃が当たらない事にイライラして、どんどん魔法で石や槍を飛ばしているうち、ついに真白がゴブリンメイジのところに辿り着いた。
「ギュヒャ!」真白が目の前に現れ、焦りで変な声を出し、何とか土の壁を作って真白の攻撃を防ごうにも間に合わない。踵落としを一発食らわされ、そのまま命を絶った。
因みに真白は、拳に鉄製のナックルを持ち、足は踵に馬の蹄のような鉄板、脛には防御も兼ねた、鋭角に尖ったこれも鉄の板を着けている。真白の戦闘スタイルは、エリーヌと同じ、拳や蹴りで戦う拳闘士だ。
まだ少しボスまで距離はあるが、真白の足ならすぐ届く。ゴブリンメイジを倒してボスの元に向かおうとしたら、急に空が暗くなった。と、同時に真白の危機感知が危険を知らせる。
サッと後ろに逃げる真白。真上から落ちてきたそれは、その後ズドーンと大音量をあげ、真白の元居た場所に着地した。
何事かと、ゴブリンを退治していたバッツが、音がした方向を見て固まった。
「うそだろ……」
エリーヌも同じく、その落ちてきたものを見てまさかという表情をする。
「バッツ……あれって」
固唾をのんでバッツが答えた。「……ゴブリンチャンピオンだ」
ゴブリンチャンピオンは、ゴブリンロードの上位種。ロードより賢くはないが一応人の言葉を話せる。何より戦闘力が高くロードの十倍はあり、バッツやエリーヌクラスの冒険者なら、一匹倒すのに最低一パーティ四人は必要になるほどの強さである。
こんな辺鄙な場所に現れたゴブリンの集団に、本来こんな大物がいる事はない。普通はあり得ない。
「バッツ、あれ多分変異種よ。普通こんなところでチャンピオンが生息する事は考えられないもの」
そうか変異種なら確率は低いがあり得る。エリーヌの言葉にバッツが納得する。変異種とは、元々弱い魔物だったものが、病気や精神的な何かで、ストレスやプレッシャーがかかり、上位種へ変異した魔物である。ただ、変異種は滅多に現れない。
しかしロードならマシロちゃん一人で何とかなったが、これはまずい。どちらにしろとにかくマシロちゃんを逃がさないと。焦るバッツ。そしてバッツが大声で叫ぶ。「マシロちゃん! そいつは無理だ! とりあえず逃げろー!」
しかしその声を聞いても真白は動かない。動かない方がいいと判断したからだ。
「何を言ってるにゃ」遠くから聞こえるバッツの声を聞きながら、額に汗を流しながら呟く。頭の中で危機感知がガンガンアラートを出している。「私が動いたら、後の2匹がそっちを襲ってしまうにゃ」
真白が背中にツーと汗が流れるのを感じながら動けずにいると、更に二つの黒い影が、ズドーンズドーンと地面を大きく響かせて、真白の近くに落ちてきた。
それを見たバッツは唖然とした。そしてその事実に気づくと、恐怖でがくがくと足が震え出す。「う、うそだ……」状況を飲み込めない様子。
「さ、三匹も。ゴブリンチャンピオンが三匹もいる」
バッツが一匹でも無理だと言っていたゴブリンチャンピオンが、なんと3匹も現れた。