理由
更新が遅くなり申し訳ありません。
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全く日光が当たらない場所である上、閉鎖された空間という事もあり、この地下牢に続く螺旋階段は、身を切るような寒さである。
この寒々とした地下牢の階段を降りながら、護衛の兵士二人と共に、防寒対策で厚着し白い息を吐きながら、ビーナルはとある書状を手に、二人の魔族が収監されている牢へと向かっていた。
「……陛下にはまだ内容を伝えておらぬが、この真意を確かめねばならん。間違いなく、この度のメディー内での騒乱が関与しているだろうからな」
厳しい顔をしながら独り言を呟くビーナル。暫く階段を降りていくと、目的の地下牢が見えてきた。ここは重罪人を閉じ込めておくための最下層にある地下牢。地下であるため日差しを確認する格子さえないこの場所は、防寒着無しでは凍死してしまう程の劣悪な環境である。
そこに、未だ轡を咥えさせされ、後ろ手に手錠を付けられ、壁からのロープに繋がれた、着の身着のままの魔族二人が、明らかに凍えた様子で座っていた。そして、ビーナル達を見るなり、慌てて鉄格子の傍まで駆け寄り、ウー、ウー! と何か訴えかけてくる。
「まあ、大凡寒さに耐えきれぬ、とでも言いたいのだろう。因みにここは、夏は夏で蒸して途方もなく暑くなるのだけどな。だが、あれだけの事をしでかしたお前達に、情けをかける気などない。それより、お前達に確認したい事がある」
そしてビーナルは持ってきた書状の外見だけを、格子越しに二人の魔族、ギズロットとプラムに見せる。その瞬間、二人の顔色が喜色満面に変わる。その様子を見てビーナルは確信したようである。
「……やはりお前達が起こした、あの一連の騒動が関係しておるようだな」ビーナルがそう言うと、ギズロットは轡を付けたまま、ニヤリと嗤った。
「話できぬと不便だな。おい、轡を外せ」ビーナルが護衛の兵士に指示し、二人は敬礼した後、カチャリと牢の鍵を開け中に入った。そして二人の轡を外す。途端、ギズロットが笑いながら叫ぶ。
「ハハハァ! 轡を外すという事は、俺が魔法を使えるという事だと忘れていたのか! 愚か者め!」
それからギズロットはニヤリと嗤い、「ダークボール」と唱える。……が、何も起こらない。
「な、なんだと?」「魔法が使えない?」
「……愚か者はお前達の方だ。儂達が何も施さず、お前達の轡を外すと思うか? この牢は光属性魔法のクリスタルによってプロテクトされておる。王族代々伝わる魔法でな。であるからして、お前達魔族の闇属性は一切使えん。更に言えば、その手錠。それも光属性が付与されており魔族専用のものだ。いくら怪力であったとしても、魔族であれば外せんよ」
いきなり闇属性魔法を唱えたギズロットを呆れ顔で見ながら説明するビーナル。最も、魔王ガトーであれば容易に破壊できるだろうけどな、と心の中で呟きながら。
「で、だ。この書状。どうやらお前達はこれがどういう意味合いのものか、存じておるようだな」そこでビーナルは再度、手に持っていた書状を開いて見せる。
「ハッハッハ。そうだ。お前達はこれで終わりだ。メディー急襲は失敗したかもしれないが、これからまた、魔族がお前達を襲ってくるのだからな」
ふむ、やはりこやつらが起こした騒動だったのだな。ビーナルは片方しか無い柄のついた眼鏡をクイと上げ、深くため息をつく。
そこには、(和平破棄。これより魔族は劣等種である人族を魔族の下僕としうるため、攻撃を行う)といった、宣戦布告とも捉える事のできる内容が書かれていた。
だが、ビーナルは突如王メルギド宛に届いたこの書状を訝しがっていた。それには、魔王ガトーの名前が記されていなかったからだ。
「この書状にはお前達の王、ガトーの名前が無いのだ。よって、我々も扱いに困っておる、というのが本音だ」
「ハッ! ガトーはとうにやられた、って事だよ」「……お主、気でも違ったか?」
あの絶大なる強者、魔王ガトーを呼び捨てにするだけでなく、やられた、とギズロットがのたまった事に、眼鏡をクイと上げるついでに、つい眉もクイと上げ怪訝な表情をするビーナル。本来魔族は強者に傅く種族。魔王は絶対的存在であるはずなのに。
「……何やら確信めいた物言いだな」「俺達はガトーのように腰抜けじゃないんだ。俺達はこの世界の絶対的な強者、魔族だ。なのに何故、劣等種であるお前達人族と仲良くやらねばいけない? この世界を牛耳り支配すべきなんだよ!」
と、手錠をガチャガチャ言わせ、白い息を吐きながら威勢よく叫ぶギズロット。だが、ビーナルは憐れんだ目でギズロットを見下ろす。
「まあ、その我々のような劣等種に捕まっておるのが、お前達魔族なのだがな」「こ、これは仕方ない! まさかあれだけ強い奴らがいるとは思わなかったからな!」「あれは正に勇者みたいに強かった。ケーラ様も俺達じゃ到底敵わない程強かったし。ここの王女もそうだ……まさかギガントサイクロプス二体もやられるなんて思わないじゃないか。それだけじゃなく、アークデーモンをあれだけの数倒すだなんて」
ギズロットだけでなくプラムまでも健人達の強さを評価している。その言葉を聞いたビーナルは、ほう、やはりリリアム王女殿下はこやつらが称える程強くなっておられたか、と、ちょっと自分が褒められたような気持ちになり嬉しく思ってたりするのだが、そこは表情に出さず誤魔化すように、コホン、と一つ咳払い。
「成る程。タケト達の活躍があって、お前達の悪行を止める事が出来たのだな」「……あの黒髪、タケトって言うのか」
ギズロットがチッっと舌打ちをする。
「確か黒髪の勇者と名乗ってたのは女だったはずだ。しかも……」「ギズロット様。それ以上は……」
そこでハッとし、そうだな、と呟くギズロット。ビーナルはその様子を訝しがるも、その女勇者の事は知っているのでそれ以上は詮索せず、別の事で疑問を感じていた。
……その女勇者、確かアヤカと言ったが、そやつは現在行方知れず。一方、この度の災厄だと言える騒動を沈静化したのはタケト達だ。災厄がやってくると勇者が顕れる。……もしかして、タケトこそ勇者なのでは?
※※※
「づかれだぁ~~~」
グデーンと街の真ん中で大の字になるケーラに、健人も同様に地面に座り込む。リリアム達も流石に魔力が尽きていたので、皆して瓦礫の片隅に座り込み休憩していた。ただ、メルギドやライリー、更にリリアムといった王族達は、流石に地面に座らせるわけにはいかず、兵士達が用意した野営用のテント内で休憩している。
「日も暮れてきた。これからは気温も下がるし暗くなってくる。皆の体力も限界であろう。ここで一旦終わるとしよう」「そうですね、お父様」「そうね。私も流石に疲れましたわ」
メルギド達がテント内でそう打ち合わせした後、一旦表に出てその旨をメルギドが伝えると、それを聞いた面々は、ようやく終わる事ができる安堵感からか、皆一斉に顔が綻ぶ。
「とりあえず宿へ戻るか」「そうだねー」「あ、じゃあ私もタケト達と共に宿へ行くわ」
健人とケーラの言葉に、すかさず反応するリリアム。メルギドはついピクリと眉を上げてしまうが、それでも素知らぬ顔をして辛抱している様子。
「あ、え、えっと、リリアム……」「じゃあレムルス。また明日」
そう言って先に宿へ向かうリリアム。健人とケーラはちょっと不思議そうな顔をする。その時、
「はあ、はあ。ケーラさんは、どこだぁ~」「はっ、はっ、ケーラさあ~ん。俺達、頑張ったぜぇ」「ぜぇ、ぜぇ。せめて一目、ケーラさんのご尊顔をぉ~」
ずっと働き詰めで息も絶え絶えながら、それでも血走った目でケーラを探す親衛隊の皆さん。ケーラは先に彼らの気配を感じ取り、思わずササっと健人の背後に隠れる。
「タケト、あれ怖い」「いやでも、せめてねぎらいの言葉くらいはかけてやれよ」
健人がそう言うと、ええ~、とあからさまに嫌そうな顔をするケーラ。
「奴らだって結構役に立ったんだから。な?」「うう~、タケトがそういうなら」
そして渋々健人の前に出てくるケーラ。「おお! ケーラさんだああああ!!」親衛隊の一人が疲労困憊の筈なのに、ケーラの姿を見つけ一気に駆け寄る。他のメンツもその一声に一斉に駆けていった。
「ケ、ケーラさん! 俺、俺ぇ~」「ウグ、グス、頑張ったっす。ケーラさんにいいとこ見せようと頑張ったっす」「ケーラざあああんんん~~」
何故か感極まって泣いてる皆さん。その光景にケーラはゾゾっと寒気を感じ健人の方を振り返る。健人は苦笑しながら、ほら、さっさとしたほうがいいぞ、と小声で伝える。はあ、とため息を付き、ケーラは諦め顔でゴホン、と咳払い。
「えっと。みんなよく頑張った。お疲れ。また明日も宜しくね」
引き気味ながらそれだけ伝えると、「「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」」と親衛隊の皆さんが一斉に気勢を上げた。
「ケーラさんからの有り難いお言葉! お前ら聞いたか!」「おおよ! これで俺達明日も頑張れる!」「ああ、ありがたや……ありがたや……」
皆感極まって泣き出す者もいる。ケーラは顔を引くつかせ、「じゃ!」と言ってからレベル80超えたその身体能力で、その場から消え去った。
「……俺を置いていくなよなー。リリアムもそうだけど。ま、俺達も戻るか」『そうするにゃー』
そう言って白猫も健人のかばんに潜り込む。
……そう言えば、真白の神獣になった事について、改めて聞かなきゃな。健人は宿に向かいながらふと思い出していた。