一狩り行こうぜ
もうちょい投稿します。
健人、真白、バッツ、それとエリーヌの四人は、馬に乗って、村を出て森に向かっていた。因みに健人は北海道のリゾートバイトをしていた事があり、その際馬の乗り方を習っていた。鐙と鞍と手綱があれば、そこそこ乗馬できる。そして元猫の真白は当然馬を操れないので真白はエリーヌの後ろに乗せてもらっていた。
真白を自分の馬に乗せたかったが、これまたうまくエリーヌに遮られ、しょぼーんとしているバッツはいつも通り。「わざと邪魔してんじゃないのか?」と自分の母親を疑いつつも、健人と並走する。だから三頭で走っている。もっとも、真白なら走って行っても問題なかったのだが、一人だけ先に行くのも気が引けたのだった。
健人がバッツから、森に動物を狩りに行こうと聞いた時は、複雑な気持ちだった。ようやく訓練の成果を試せる嬉しさと、とうとう命を奪う事になるのかという覚悟をしないといけないという気持ちが入り混じっていた。
前の世界では勿論、動物の命を奪った事など一度もない。蚊やハエなどは殺した事があるが、今はそういう次元の話ではない。動物を、こちらの都合で殺すのだ。それが必要な事なのは十分に理解している。でもやはり相当な覚悟でやらないといけない。
向かう途中、ダンビルと村民達が、討伐のための準備をしているところに辿り着いた。4人はダンビルと皆に挨拶する。これから森に行って狩りをする事を伝えた。
「さっきゴブリン達の様子を見に行かせたんだが、既にあいつら移動しているようだ。村には早くて二日後に着くようだ」ダンビルが四人に話す。具体的な日数を言われ、緊張した様子になり話を聞く四人。
「なら、作戦開始するなら、早ければ明日、ですね」そう話す健人。
「そうだな。こっちの作業はここで終了だ。十分間に合う。後は、お前らだ」と、健人の肩に手を乗せ、「お前には余計な負担をかけてすまないな」と謝った。
村には武器を持って戦える人間が少ない。健人はそのうちの一人として、最前線で戦って貰う事になってしまった。本来よそ者である健人に、つい一週間前まで素人だった健人に、そんな負担を背負わせてしまい、申し訳ない気持ちになるダンビル。
「気にしないでください。恩返し出来るチャンスなんですから」と、笑顔で答える健人。
「……ありがとうな」言葉少なに答えるダンビル。健人も怖くないと言ったら嘘になるが、自分に出来る事があるという事が嬉しくもあった。頼りにされる事が励みにもなる。
しかし早ければ二日後か。その時が徐々に近づいてきている。生まれて初めての殺し合い。想像さえ出来ないが、きっと思っている以上に辛い経験になるだろう。誰一人として被害者を出さないよう、出来る限り頑張ろう。そう改めて健人は決意した。
「よし、とりあえず行こうか」バッツが他のメンバーに声を掛ける。そうだ。とりあえず出来る事をやろう。四人はダンビルと村民達に別れを告げて、森に向かった。
※※※
森の入口辺りで、馬を木に繋ぎ、歩いて奥に入っていく。そこから森の奥の方へ、四人でゆっくり向かう。暫く歩いていると、親子の鹿が草を食んでいるのを見つけた。息を潜ませる。まだこちらには気づいていないようだ。
「よし、タケト。やってみるぞ」バッツが小さな声で健人に告げる。健人は緊張した面持ちで小さく頷いた。
命を奪うという事は、相手のこれからの生を奪うと言う事。それはよく分かっている。分かってはいるが、初めて命を奪うのに、親子連れかよ、と健人は苦い気持ちになった。でもぐずぐずしていると逃げられてしまう。意を決してそっと近づく。他の三人も健人の動きに合わせて、所定の位置についた。
素人の健人に、野生の鹿を、しかも銃の様な火器ではなく、剣で倒すなんて、普通は出来ない。なので事前に打ち合わせておいた。他の三人が鹿を追い立て、健人の方に向かわせる作戦である。
草を食んでいた親鹿がピクっと耳を動かし、首を上げ、こちらの方を見た。気づいたようだ。子鹿も親鹿の様子に気づき、同じく頭をあげ、いつでも動けるようスタンバイしている。
まず真白が動いた。フッと鹿達の後ろに現れる。気配もなくいきなり現れて驚くと、咄嗟に逆方向に飛び出す二匹。ピョーンピョーンとジグザグに走ろうとするが、行く手にはバッツとエレーヌがそれぞれ左右に待ち構えていた。後ろには真白。二匹は仕方なく真っ直ぐ駆ける。すると、下からいきなり剣が飛び出てきて、親鹿の腹を横薙ぎに割いた。ビシャアーという音と共に飛び散る血飛沫。腹の臓物がボトボトと落ちてくる。ピクッピクッと微かに動きつつ、徐々に目から光が消えていく親鹿。それを成したのは、勿論健人だった。
息絶えるまで剣で切り裂いたまま、親鹿の腹から剣が抜けない。健人自身硬直して動けないのだ。初めて生き物を切った生々しい感触がまだ手に残っている。腹側から切り裂いたその剣は、背骨辺りで止まっているようだ。剣はゴブリンの討伐当日まで研がずにいる予定なので、切れ味は良くないが、それでも肉を断つには十分だった。
既に死に絶えた親鹿から、まだ剣が抜けない。抜く事が出来ない。「はぁ、はぁ」健人が荒い呼吸を繰り返す。バッツが黙って健人に近づき、腕をとって剣を引き抜いてやった。そして健人の剣を取り、ビュンと剣についた血を払う。「ほら、タケトが獲った獲物だ。きちんと処理して食べてやらないと」そう言って鹿を持ち帰るため、血抜きなどの処理を行い始めるバッツ。
子鹿は親が殺されている間逃げおおせていた。殺された親鹿の様子を遠目で見ている。ジッと何か言いたげに健人を見つめていたが、踵を返すとそのまま森の奥へ駆けていった。
健人の目から涙が零れた。これは単なる訓練だ。なんて自分勝手な殺生なんだろうか。そう思うと泣けてきた。子鹿をみなしごにしたのは俺だ。
「健人様は優しいにゃ」優しいまなざしを向けながら、真白がそばに来てくれた。
「はは、かっこ悪いな、俺」グスっと鼻をすすり頬を伝う涙を拭いながら、言葉を返す健人。幸い鹿の返り血は余り浴びていない。
「そんな事ないにゃ。理性と知性があるから分かるにゃ。健人様のその気持ちは、人として大事な事なんだにゃって」
「マシロちゃんの言う通りだ」鹿の処理をしながらバッツが続ける。「命を奪う事に躊躇しないってのは、本来おかしい事なんだ。今回襲ってくるゴブリンだって、あいつらはただ生きたいだけなんだしな。でも俺らだって生きたい。あいつらのために死ぬつもりはない。何処かで割り切らなきゃいけない事なんだ」
そうだな、と健人が呟いた。
そしてバッツが鹿を処理するのを、エリーヌも一緒になって手伝う。処理が終わると、皆で馬のところまで鹿を運んだ。
その後もイノシシ二匹を同じ要領で、三人が追い立て、健人が待ち伏せして狩るという方法で倒した。イノシシは鹿と違い、突進力が違う。三人が追い立てた先に健人がスタンバイし、向かってきたところを横に交わし、剣を突き刺す、といった方法で倒した。三匹目ともなると、健人もそこそこ命を奪う事に躊躇しなくなっていた。
「とりあえずここまでにしておくか」バッツはそう言い、皆同意して、倒した鹿一匹とイノシシ二匹を馬に乗せ、村に戻る事にした。
村に戻って、お互い別れの挨拶をして各々家に戻った。今回獲った獲物は、イノシシ二匹はバッツ親子、鹿は健人が持って帰った。
健人と真白は、ダンビルに鹿の処理をお願いし、夕飯を食べ、風呂の前に一旦それぞれ部屋に戻った。
「ふうー」部屋のベッドに横になり、大きなため息をつく健人。何とか今日を乗り切った。正直キツかった。でも今度はもっと沢山、知能を持った、悪意を持った魔物を殺さないといけない。この世界に来た初日に俺を襲ったあいつらだ。初日の事を考えると、まさか自分がやつら相手に戦おうとするなんて、思いもしなかったな。
そんな事を一人考えながら、つい、フフ、とふとおかしくなって笑ってしまう健人。前の世界、日本にいた頃の俺が、今の俺を見たらどう思うんだろうな。魔物退治するのに剣持って戦うなんてな。ドラムスティックばっか持ってた俺が。ああ、そういやドラム叩きてーな。バスドラのペダル踏みてー。
部屋の机の上には、電源を落としたスマホが置いてある。思いついたように、ベッドから起き上がりスマホを手に電源を入れる。勿論圏外のままだ。久々にスマホに入っている音楽を聴いてみた。イヤホンはないのでスピーカーモードだ。
「懐かしいな」笑顔になりながら曲を聴く健人。だがどこか寂し気でもあるその表情。「あいつらちゃんとライブやってんかな?」元バンドメンバーを思い出す。俺がリーダーやってたけど、あいつらにチケット捌けんのかな? ドラムは代わりが見つかっただろうか? ああ、これコピーしたかった曲だ。R&Bだがロックのテイストも散りばめていて、ドラムも変化が多彩で楽しい曲なんだよな。やってみたかったなあ。音楽を聴きながら、知らぬ間に膝を手で叩いてリズムを取っていた。久々の音楽。久々のリズム。やっぱ音楽っていいよな。
ずっと一人感傷に浸っていた健人。ちょうど曲と曲の合間になって音楽が止まる。そこでコンコンとドアをノックするのが聞こえた。
「健人様、入っていいかにゃ? 」真白だった。
大丈夫だよ、と健人が答え、真白が入ってきた。「どうしたの?」
「なんか音楽が聴こえたにゃ?」不思議そうに真白が言う。
「ああ、これだよ」健人は机に置いてあるスマホを指差す。「ここに音楽が入ってるんだ。前の世界からそのまま持ってこれたんだ」ほうほう、と真白が興味深そうに見ている。こういう機械は知らないらしい。
「なんか健人様楽しそうにゃ」真白が笑顔で健人に話しかける。
「こういう音楽を作ったり、演奏したりするのが、前の世界の俺の日常だったからね。懐かしくてね」健人も笑顔でそう返す。
「是非今度演奏してほしいのにゃ」真白が健人にお願いしてみる。うーん、そもそも楽器がないから無理だろうなあ、と苦笑いする健人。
「あ、そうにゃ」思い出したように真白が声を出す。「実は部屋に来たのは話があったのにゃ」そして健人に向き合う真白。
「明日の朝早く、独りで森に行くにゃ。だからその前に挨拶にゃ」