着々と準備は進んでいます
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「ゴブリン達はさっき移動を開始したようです。ですが、あれだけの人数なので、村に着くには後二~三日はかかると思います」
ダンビルは今、健人と真白が初めてきた倉庫の近くに、村人達と来ている。そこに、森の中のゴブリン達の様子を見に行った村人達が、報告に来ている。今はゴブリン討伐のため、農作業もそこそこに、村人達総出で準備をしている。そのうち50人位が、この倉庫の近くで作業をしている最中だった。
「そうか。ご苦労だった。村に戻って休んでていいぞ」探索に行った村人達を労う。「よし。もう少し向こう側までやろうか」ダンビルの掛け声に、作業をしていた村民達はそれに答え、作業を再び開始した。
「戦いができなくたって、こうやって作戦に関わる事は出来るんだ。皆疲れてるかもしれんが、村を守るために、もうひと頑張りしてくれ」
村人達は、 オー! とダンビルの掛け声に答える。戦えない村民達は、自分もこうやって討伐の手伝いができる事を、心から喜んでいる。何もせず誰かに守られるより、村のために役に立ちたい。そう思っていたからだ。
「この作戦なら、きっとうまくいくだろう。いや、うまくいってくれないと困る」ダンビルはそう独り言を呟いた。早ければ後2日。どうやら間に合いそうだ。
※※※
「はあ!」上から叩きつける健人の剣をバッツが受ける。「うらっしゃあ!」 それを気合一発、バッツが受け止め、そして下にいなしながら、斧を斜め下からかち上げのように打ち上げる。それにすばやく反応し、健人が剣で受け止めるも、力の差で吹き飛んでしまう。また健人の負けだった。
「タケトまじですげえな。よくここまで剣を使えるようになったな」軽く汗を拭いながら、バッツは健人を褒めた。
「はぁ、はぁ。そうなのかな? 正直わからねえよ」息を切らしながら答える健人。
武器と防具を選んでから一週間。あの日から毎日行っている鍛錬だが、この成長度合いはとんでもない、とバッツは心底感心していた。想像以上だ。タケトは間違いなく剣の素質がある。防御がおぼつかないのは不馴れだから当たり前だ。そもそもここまで使いこなせる事自体が異常なのだから。タケトは盾で防御するより、大剣を防御に使ったほうがいいかもな。防御は大剣の腹で受けるようにした方が、タケトにはやりやすいだろう。今はまだまだ非力だが。
今回のゴブリン討伐は、とりあえず剣が使えるようになればいい。タケトの成長を考えるのはその後だ。今は死なないようにする、それが大事なんだ。そもそもタケトみたいな戦いの経験がないやつは、武器をふるう必要がないはずなんだ。しかし幸か不幸か素質があった。
一週間前、武器を渡した時、少しでも無理そうなら諦めてもらうつもりだった。でも当日、初めて武器を持ったというのに、素質の片鱗が見えてしまった。こうなるともうタケトには武器を持って戦ってもらわないといけない。ただでさえ村には戦える人が少ないのだから。最前線に立つ事になるだろうが、出来るだけ死なないよう、鍛えてやらないと。
「最近はジルムにも勝てるようになったそうじゃないか」健人との訓練について振り返りながら、声を掛けるバッツ。
二日程前からは、健人は時々練習試合をしているジルムにも何度か勝てるようになっていた。ジルムはショートソードと盾を使って戦う。小回りが効かせる戦闘スタイルなので、小さなゴブリンを想定した練習にはうってつけだった。そもそもジルムも弱いわけではない。元冒険者のバッツに昔から鍛えて貰っている。村の入口の警護を任される程には強いのだ。
「もうゴブリン一匹程度じゃ、タケトはやられないよ」笑いながらそう話すバッツ。
健人がこれだけ武器を扱えるのには、当然理由がある。それはリズム感である。
毎日訓練をしているうち、前の世界でドラムを練習していた時の気持ちを思い出していた健人。当然ながら、この世界に来てから一度もドラムを叩いていない。ないのだから当たり前だ。ライブまでやるくらい音楽にどっぷりハマっていた健人が、一か月以上も音楽に触れない事自体、健人にとっては相当異常な状況だったのである。
一人暮らししていたアパートにも、サイレントドラムを置いて、毎日必ずと言っていいほど叩いていたドラムなのに、今は全く叩いていない。それどころか、音楽そのものにさえも全く触れていない。この村には音楽がない。前の世界では毎日スマホで音楽を聴いていたし、コンビニや電車に乗っても、何かしら音楽が流れていたが、この村はとても静かだ。聞こえてくるのは鶏の鳴き声やヤギの鳴き声、そして村人達の声くらいだ。普段の生活の中に、音楽そのものが全く存在しないのである。
そんな環境にいるうち、本人が気づかないうちに、音楽を渇望していたのである。禁断症状が出そうなくらいに。この世界の生活に慣れるのに必死でそれどころではなかった、というのもあるのだが。
そんな中、訓練をしていると、相手との打ち合いが、何となくセッションと近い感じに思えてきた健人。「トン、トン、タタン」無意識に頭の中でビートを刻む。武器と武器とのせり合いも、相手との間合いを図る時も、「トン、トン、ツ、ツ、タン」と頭の中で無意識に刻む。すると不思議な事に、相手のスペースが見えてきた。
バッツやジルムもそんな健人の不思議な間合いに驚きつつ、あれこれ間合いを変えてみる。健人は「あ、これはバスドラからハイハットに」とか「4ビートでスネアを叩きながら、バスドラは6で」など、ドラムに置き換えてイメージすると、うまく攻撃が入るようになってきた。
それはさながらボクサーがステップでリズムをとって、パンチを繰り出しているのに似ていた。実際は剣を持っているので、ステップは踏んでいないのだが。健人は全く音楽に触れなくなった事で、武器を手にした戦いの中で、自分のリズムを打ちたい欲求を満たしていたのである。そしてうまくリズム感を攻撃に変えて立ち回っていたのである。
しかし、バッツから絶賛とも言える評価をされていても、健人は全く自信が持てなかった。今は練習だからいいが、本番では殺さなければならない。当然相手も自分を殺しに来る。そのせめぎ合いで、果たしてうまく対応できるのだろうか。ぶっつけ本番でどこまでできるのか。
その様子を見てかどうかは分からないが、「そろそろだな」とバッツは言った。「マシロちゃんみたいに、森に行くか」
※※※
「ふぎゅぅ~」という情けない声を出しながら、真白が蹲っていた。真白はバッツの母親、エリーヌと訓練をしている。真白が気を抜いた一瞬、エリーヌの拳が真白の横腹に入ったのだ。今真白に与えられている課題は、(攻撃をせず、受け方を覚える)事。エリーヌが一方的に攻撃を仕掛け、それを交わしたり、腕を交差してうまく力を後ろに逃がしながら、ダメージを減らす訓練をしている。
「タケトが気になっちゃった?」蹲る真白にエリーヌが額の汗を拭いながら問いかける。さっきまで問題なく捌けていたのに、健人がバッツに吹っ飛ばされたのに気づいて、一瞬気が逸れたようだ。
「い、いや、そうじゃない、かも、知れないようにゃ?」イエスかノーか分からない曖昧な返事をする真白。
ふう、とため息をつくエリーヌ。「とにかく、タケトを守りたいなら、マシロちゃんは、周りの雑音も気にせず、訓練に集中しないと。タケトなら大丈夫よ。バッツもうまくやってくれてるから」
「分かってはいるんだがにゃー」真白の猫耳がぺたんとへたる。最近元気のない猫耳だ。
真白はこの世界に、恩人の健人を守るためにやってきたはずだった。なのに、守るべき健人が自ら強くなろうとしている。それが申し訳なく思っていた。
勿論、健人は真白を邪険にしたり、邪魔だと思っていたりするわけではない。自分の事は自分で出来る限りの事はやりたい、という、フリーター時代からの健人の真面目な性格が、プライドが、頑張っている理由なのである。
「マシロちゃんが何を思っているか分からないけど、まずは今やるべき事、自分の出来る事をすべきじゃない?」エリーヌに諭され、「その通りにゃ」と答え、すっくと立ちあがる真白。
「よし! もいっちょお願いにゃ!」何とか気持ちを切り替え、拳同士をバンっと打ち付け、気合を入れなおす真白。「そうそうその意気」と微笑みながら、エリーヌは拳を構え、訓練を再開するのだった。
真白とエリーヌが訓練を続けていると、暫くしてバッツから声がかかった。「おーい二人とも、昼飯食ったらみんなで森に行こうぜ」