オラは死んじまった?
「……ん?」
健人が寝ころんだまま辺りを見回すと、鬱蒼と茂る森の中だった。
は? え? 森の中??
草の匂いと苔の独特の蒸した様な臭い。間違いなく森の中にいるようだ? いや待て! おかしいだろ! 俺は車に轢かれたはずだぞ? はずだよな? ……今いる光景を目の当たりにして夢なのか現実なのか意味の分からない状況に戸惑う健人。有りていにほっぺを抓ってみると痛い。この確認方法が正しいなら現実のようだ。そういや抱きかかえていたはずの猫がいない。
自分の服装はバイト帰りのままだ。長袖の白いシャツにGパンとスニーカー。ポケットにはスマホと財布が入っているし、バイトの通勤の為に買っている定期入れまでもキチンと入っている。車はどこだ? 電車はどこだ? そういや猫助けたはずだけど大丈夫だったんだろうか? とりあえず思いつく事を自問自答する健人。
森の中なので薄暗いが、ほんの少しだけ木漏れ日が彼を照らしている。少し蒸した空気の中、森林独特の草木の香りを感じる事が出来る。今は日中、どうやら昼頃のようだ。
……いやそれもおかしい。俺が帰宅してた「ハズ」なのは夜十一時頃だったはずだ。バイト帰りでコンビニで弁当買おうとしてたんだから。いつも見てる報道番組みて、今度のライブで演る曲の譜面の修正でもやろうかと考えていたはずなんだ。あ! イヤホンはない! 事故の時飛んでったのか? ……事故はどこいった?
いやまあ…… ……歩くか。とりあえず動こう。そう思ってとりあえず健人は立ち上がってみた。どうやら怪我もしていない。
余りにも意味が分からない状況だと、人はパニックにすらならないらしい。でもこれは冷静とは違う。訳が分からないから気持ちも頭もどうしたらいいのか分からないだけだ。そう勝手に結論付けたが、きっとその認識は正しいだろうと、一人納得している健人。
草を踏みしめながら森の中を歩いてみる。徐々に森が開けてきたので日差しがはっきり見えてきた。間違いない、日中だ。これは間違いなく都会の真ん中とは違うな、と、改めて周りを認識し始める事が出来てきた健人。あちこちから「ケケェ!」や「グワッグワッ」といった、何の獣か鳥か分からない鳴き声が聞こえてくるが、目視できない。どうせ見ても分からないだろうけど。動物博士でもないからなあ。と、健人は何とか独り言を言えるくらい、気持ちが落ち着いてきたようである。
三十分程そういう色々な鳴き声を聞きつつ、徐々に少なくなってきた森の中を進んでいくと、どうやら森の出口? に出てきた。そして広い野原が見えてきた。森の中では感じる事がなかった、心地よい乾いた風を感じる。それと共に草原の香りも鼻腔をくすぐる。その気持ち良さに、少し落ち着つく事ができたかも知れない。
……いやおかしいって! アスファルトどこ? 信号は? そもそも帰りにコンビニでチキンタルタル弁当買おうとしてたんだぞ! そういや腹減った! 賄いなかったからコンビニ弁当で腹満たそうと思ってたのに野原って!?
「おーーーーい!」と、無意味に叫んでみる。‥‥‥返事がない。いやそもそもなんで叫ぶ事が出来るんだよ! 死んだんだよな? 違うのか? 違わないのか? どっちだよ! どういう事だよ!
どうやら少し気持ちが落ち着いたので、健人は今更、思い出したようにパニックになったようである。