対策を始めよう
もういっちょです。
「ダンビルさん、どうしようもないとはどういう事ですか?」健人はダンビルに真意を問う。
「言葉そのままの意味だ」ダンビルは無表情で答える。「相手の数が多すぎる。村の壊滅は確定したと言っていい。女子どもだけでも逃がさないと。勿論俺は残って出来るだけ抵抗するがな」 フッと半ばあきらめた表情に変わって、ダンビルが言う。
「勿論、お前と真白は逃げろ。お前らは元々よそ者だ。この村で命をかける必要なんかない」と、健人に話し続ける。
「そうですか」健人はそう答えた。「俺は確かに村の人間じゃないので、好きにさせてもらいますね」
そしてスッと立ち上がってダンビルの顔をキッと見据える。その力強さと共に怒りがあった。「俺はダンビルさんにめっちゃ感謝してんねん。だからダンビルさんが、ちゃう。この村のみんながもっかい平和に暮らせるよう、俺に出来る事を勝手にやらせてもらいますわ。それでいいですか?」
本気の言葉なのだろう、久々の関西弁の健人。その言葉には怒気がこもり、でも決意とも思える強い言葉だった。
「俺の前の世界には魔物なんかおらんかった。だから正直めっちゃ怖い。恐ろしい。でもだからゆーて逃げるんは俺らしくないからそんな事せーへん。いや、勝手にやるのはやっぱり無理や。知識ないから。だから手伝わせて下さい。お願いします」
そう言って「偉そうな事言ってすみません」と謝り、今度は頭を下げる。
急に言葉使いが変? になり、初めて強い口調で決意を聞いたダンビルは、呆気にとられながら、それでも健人の話を目を見据えながら聞いていた。健人はこの村ではどっちかというとヤサ男のイメージで、気は優しくて思いやりもある、どっちかというと弱いイメージだ。確かに力は強い方だが線は細いのでなんとなく頼りないと、村民達は思っていた。それは毎日顔を合わせているダンビルも同じだった。そんな健人が初めて強い口調で語るその言葉に、健人の申し出に、有難いと思ったし、うれしく思った。
「……お前が前に見たゴブリンが、腰抜かして逃げてしまったゴブリンが、300匹もやって来るんだぞ? 怪我どころじゃない。死ぬかも知れないんだぞ」
健人は「わかってます」と即答した。「それでもお世話になったダンビルさん、そして村の皆さんを見捨てる選択肢は俺にはないです。もし死んだら俺はそこまでの運命って事ですよ。そもそも前の世界では死んだんだし」 と、いつもの爽やかな笑顔で語る健人。
傍でそのやり取りを見ていた真白も「健人様は私が守るから大丈夫にゃん。そしてここまで来たら私も手伝いたいにゃん。そして屍の山を作るのが……にゅふふ、楽しみなのにゃん」若干怖いセリフを混ぜつつ、健人と意見を共にする真白。
「……もし危ないと思ったら、すぐ逃げるようにな。お前らの気持ちは俺が受け取った。ありがとう」と、頭を下げるダンビル。それを見て健人と真白も「「こちらこそ宜しくお願いします」にゃ」と、同じように頭を下げる。その様子がおかしくて、つい3人とも笑ってしまう。
「……もういいかな?」どうやらちょっと前から既にダンビルの家に来ていたバッツが、3人に声をかけた。
「おー、バッツ。演説お疲れさん」
「演説ってほどのもんじゃねーよ。あ、マッシロちゃーん! 今日もビューティーホーだねー」と、健人との会話もそこそこに、真白に満面の笑みで話しかけるバッツ。真白はそれを見て「そのひつこさはゴブリン並にゃ。ああ、君ゴブリンかにゃ?」と、冷たい眼差しをバッツに向けながら、けんもほろろに言い返す。ジルムもそうだがバッツは真白にやられてからというもの、ほぼ毎日真白を、入り口の警備の時は当然話しかけ、非番の時も待ち伏せしてどうにかしてお近づきになろうとしている。もう少しでス○ーカーだと言われないくらいに。
今日も自分はダンビルに呼ばれたという大義名分があったので、ウッキウキで真白が暮らしている家に来れて、相当テンションは高かったのだ。それなのに、通常通り真白は冷たい。
「ええ! マシロちゃんひどいよ」と言い返すバッツ。「じゃあもう話しかけんにゃ」バサっと一刀両断する真白。
しょぼーんと落ち込むバッツだが、真白は我関せずといった感じで放置する。一方、まあいつもの事だな、予定調和ってやつだ、変に安心する健人とダンビル。
「ああそうだ、さっき聞いてたけど、タケトとマシロちゃんも村に残って戦うんだな?」急に思い出したように健人に話しかけるバッツ。
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、一旦俺の家に二人で来てくれ。武器を渡す。使い方も教える」
「そしたら後で二人はバッツの家に行ってくれ。ではバッツ、あいつらの特性とか討伐方法とか、お前の知っている情報を教えてくれ」
健人と真白は二人して分かりました、と答えた。真白は渋々、といった様子だが。そしてバッツからゴブリンの特徴や討伐方法について話を聞く。ゴブリンの特徴は以前ダンビルに聞いたのと殆ど変わらなかった。倒し方に関しては、元が弱いので、基本は強い魔法使いが、広範囲魔法を使って倒すのが常套手段らしい。
「でもこの村には攻撃魔法を使える魔法使いもいないし、攻撃魔法を使えるクリスタルもないですしねえ」
「この村にあるクリスタルでは、攻撃魔法は使えないのか?」
「三角形しかないからな。攻撃魔法を使うなら、最低でも五角形じゃないと。そもそも三角形は生活魔法オンリーだし」
ああそうだ。思い出した。クリスタルは角が多ければ多いほど、強力な魔法を使う事が出来るって、以前バッツから聞いてたんだった。三角形より四角形、四角形より五角形って感じで。最高のクリスタルは回転楕円(ラグビーボールの形ですね)か球だそうで、要は球に近ければ近いほど、強力な魔法が使用可能だが、そういう回転楕円か球ってのは滅多にお目にかかれない超レアクリスタルらしい。バッツも一度も見た事がないって言っていたのを健人は聞いた事があった。
ついで、クリスタル魔法は、いくら頑張っても属性魔法持ちの魔法には敵わないらしい。同じ魔法を使っても、どうやってもクリスタルの魔法の方が、属性持ちより弱いそうだ。そう考えれば、ゴブリンメイジの土魔法に対応するなら、高レベルじゃなくても、同じ土魔法の属性持ちがいればいいんだが。ないものねだりはやっても仕方ないんだが。
「集団のゴブリンは、基本同じタイミングで一斉に襲ってきます。単体は弱いので、一斉に襲って混乱を招き、それに乗じて破壊したり、人を攻撃したり、女を攫うってのが定石です。特に今回は、上位種がいるみたいですから、統率が取れるでしょうから、その方法で来るのは間違いないです」バッツがダンビルに説明する。
「一気に三百匹全部来るのか。村の男どもだけでも50人もいないな。……やはり厳しい戦いになる」その説明に、ダンビルが厳しい表情で黙った。とにかく数が多すぎる。ダンビルが思い悩んだ表情をしていると、ふと、健人が手を挙げた。
「あのー、ちょっと良いですか? 」
※※※
四人で対策を練った後、ダンビルは都市に風魔法を使って伝令を送った。送った先は侯爵邸である。普段侯爵邸には滅多に伝令を送る事はないが、今回は緊急なので、急ぎ魔法を使って状況を説明する必要があった。
アクーの都市の伯爵邸に送った内容は、ヌビル村に近々ゴブリンが襲ってくる事、そのために、支援のため兵を送ってほしい事、怪我人の治療のために神官を派遣してほしい事、女子どもだけでもそちらに向かわせる予定なので、そうなった場合の受け入れ先を用意して欲しい事、等である。
この世界では、魔物からの脅威や、他に盗賊や山賊、都市の治安維持のために、各伯爵お抱えの兵隊がいる。各都市の伯爵の兵隊は、こういった様々な問題に対処すべく、警察のような役目をはたしている。今回はアクーの領内であるヌビル村での魔物討伐の支援を要請したのである。
また、神官とは、火・水・風・土そして魔族の闇以外の「光」の属性魔法が使える。光魔法は治癒と状態異常回復、他に攻撃魔法もあるが、光の属性持ちになれるのは、王族の血を引いた者だけである。実は神官の中には、王族の妾の子孫が多数いる。なので、光の属性持ちがいるのである。ただし、全ての神官が王族の血を引いているわけではないので、全ての神官が光属性持ちというわけではない。
今回は、光属性持ちの神官を、怪我人の治療のために要請したのと、それが叶わないなら、光のクリスタルを所望したい旨を送ったのである。
「もし女子どもを都市に送る事になったら、健人とマシロも一緒に行ってくれ。護衛が必要だからな」
「そうならないように頑張りましょう」
「そうだな」ダンビルはフッと笑った。「お前の作戦がうまくいくといいな」
「でもダンビルさん。多分アクーの都市は兵を送ってくれないと思いますよ。たかがゴブリンに、って思ってると思いますよ」バッツが口を挟む。
「分かってはいるんだが。何もしないよりは少しでも可能性を考慮したのだ。ギルドに依頼して冒険者を集うという方法もあったが、何分こんな田舎の辺鄙な村だから、討伐料が出せん」
ダンビルの話した通り、本来はゴブリン程度の弱い魔物の場合、都市にあるギルドに討伐料を支払い、ギルドに依頼して、討伐のための冒険者を集い、倒してもらうのが普通なのだが、ヌビル村にはそれを支払うお金がない。お金がないのなら自分達で何とかするしかない。