シーナとソフィア
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※今回やや説明がくどいかも知れません。ご了承ください。
ギイと大きな扉が開いて、水色の長い髪を後ろに束ねた、赤い厚手のガウンを羽織っている、美しい妙齢の女性が入ってきた。
「陛下。ご無沙汰ですわね」ウフフと妖艶に微笑む妙齢の女性。
「久しぶりだな、シーナ。急な呼び立てをしてすまんな」片手を上げ軽く挨拶を返すメルギド。そしてシーナと呼ばれた妙齢の女性は、メルギドのその振る舞いを見て再度ウフフと、どこか妖艶な雰囲気で微笑んだ。
「何を仰るのよ。陛下のお呼び立てなら、他の事を差し置いてもやって来ますわ」妖艶な雰囲気のまま、ニコっとメルギドに微笑み返すシーナ。そして王に対して、そんな不躾な様子に若干引いている健人とケーラ。
『リリアム。あれ誰?』『シーナ様よ。総神殿の神殿妃なの』念話なのに何故かヒソヒソ声になる健人に答えるリリアム。
『『何それ?』』そして念話でハモる二人。
リリアムが二人に念話で説明している最中に、シーナの方から先に二人に声を掛けた。
「そのお二人はどちら様?」恰好が冒険者みたいだけれど? と呟きながら。
「今回お前を呼んだ事にも関係あるのだ。とりあえず座ってくれ」健人達の返事の前に、メルギドがシーナに座るよう勧める。そして当然のようにメルギドの隣の椅子に座るシーラ。
『え? いいのか?』王の隣に座る? 普通妻である王妃が座る場所じゃないのか? 驚いた健人はリリアムに念話で聞く。
『シーナ様はお父様の第一側室なのよ』だから問題ないわ、と健人に教えるリリアム。
なるほどこの人、側室なのか。公式の愛人みたいな。リリアムから何度か聞いていたが、初めて見た側室という立場の人に、何やら感心している様子の健人。
「お前を呼んだのは、ドノヴァンと言う大神官と、王妃ソフィアについてだ」
「……何か大きな問題があったようね」ソフィアの名前を聞いた途端、雰囲気がガラリと変わり、真剣な顔になるシーナ。
※※※
慌ただしくドアをノックした後、名前を言って急いで部屋に入れてもらうドノヴァン。
「ドノヴァン! どういう事が説明して頂戴!」そしてドノヴァンが入った途端、怒り収まらぬ表情で食って掛かるソフィア。そもそも、大神官とは言え、当たり前のように王城の妃の部屋にやって来ている事自体、おかしな話なのだが。
「それより、リリアム王女が陛下の洗脳を解いた、と聞きましたが」ドノヴァンも怒りと焦りの表情ではあるが、努めて冷静に状況を確認している。
「ええそうよ。目の前で見ていましたもの。どうしてリリアムが魔薬の事を知っていたの?」その事が知りたいソフィア。魔薬の事を知っているのは、自分達だけのはずなのに。
「……」だが、その問いに答えず、なにか考え込む様子のドノヴァン。
「……リリアム王女も洗脳するよう指示したはずなのだが、それも出来なかった」そういう事か。メイが失敗したのか、と、そこに気づいたドノヴァン。昼食に自分の血を混ぜた魔薬を混入させるよう伝えたはずなのだが。
本来洗脳は、少しずつ魔薬を体に入れていくのであるが、それでも昼食の一回限りで、魔薬の量が少ないとしても、少なからず効果はあるはずなのである。だが、リリアム王女にその効果は現れなかった。それどころか、リリアム王女は、どういう訳か魔薬について、洗脳について知っていた。
実際は昼食のスープに、メイはドノヴァンの指示通り、魔薬を混入させていたのだが、白猫のおかげでそれをリリアムの体内に入れる事は叶わず、そこでメイは機転を利かせ、リリアムを気絶させ魔薬を飲ませていたのだが、ドノヴァンはその事を知らない。そして結局、メイの策略も、健人の必死の呼びかけによって失敗しているので、ドノヴァンがその事を知っていたとしても同じではあるのだが。
リリアムの洗脳失敗、更にリリアムが魔薬について事前に知っていた事。この二つが、ドノヴァンにとって大きな誤算だった。
「メイの奴め」メイが失敗した事に気づき、怒りの籠もった瞳で歯軋りをするドノヴァン。
「ねえちょっと! 返事なさい!」一人考え込んでいるドノヴァンに、イライラしながら怒りに任せて怒鳴るソフィア。
「うるさい! 黙ってろ!」だが、いきなり口調が変わり、ソフィアに怒鳴り返すドノヴァン。
「ヒィ! ご、ごめんなさい」そして王妃なのにドノヴァンに素直に従うソフィア。
実は、ソフィアもドノヴァンに洗脳されているのである。
洗脳は、従えたい相手に対して命令が出来る。そして洗脳された者は、その命令は絶対であり逆らえない。今回、メルギドとライリーに、ドノヴァンが命令したのは、(リリアム王女とドノヴァンが結婚するようにする事)である。その上で、例えば絶対命令書を使う等といった具体的なやり方は、ドノヴァンがメルギドに指示していたのである。
単に命令された事を実行するだけなので、ソフィアは普段は、王妃の立場で、上から目線の偉そうな口調でドノヴァンと会話するのだが、そんな状態でも、命令された事に対しては、ソフィアは一切逆らえない。それはメルギドもライリーも同じである。
だから、黙っていろと言われれば、黙るのである。
そして、ソフィアには別の事情がある。それはシーナの存在である。
過去、シーナとソフィアは、メルギドを巡って争っていた事がある。どうしても王妃になりたかったソフィアだったが、当時、明らかに一番寵愛を受けていたのはシーナであった。
だが、シーナは孤児院出身だった。そしてソフィアは火の都市イグニの伯爵令嬢。そもそも身分が違う事もあって、ソフィアの嫉妬心は相当なものであった。メルギドとしては、ソフィアもシーラと同じく変わらず、愛情を注いでいたつもりだったのだが。
結局、シーナが、自分の立場も考え、自ら引いて側室になったのである。彼女の場合、元孤児という事もあって、神殿妃になった際には、当時劣悪だった孤児院の環境改善を進めたい思いもあって、そうしたのである。
そしてシーナが神殿妃になってから、彼女は孤児院の改革に着手した。以前は独立採算制で、主に寄付に頼っていた孤児院を、金銭的に余裕のある神殿の直営にして、運営資金に困らないようにした。その結果、孤児院は三食寝床付きになった。また、将来孤児達が職に困らないよう、受け入れ先として、神殿の見習いと言う名目で仕事を与えた。実は今の神殿と孤児院の関係を作ったのは、他ならぬシーナだったのである。
だが、そんな彼女の振る舞いも、孤児院改革に対する情熱も、当時のソフィアは気に入らなかったのである。
長男のライリーが産まれるまでの間も、当然の如くメルギドはシーナとも逢瀬を重ねる。勿論他の側室達とも。だが、他の三人の側室達は皆貴族出身であった事と、第二、第三、第四と、言わば寵愛を受ける順位として低かったので、嫉妬の対象にはならなかった。だがシーナは違う。明らかに他の三人とは違う扱いに、王妃になってからも、ソフィアはずっと我慢ならなかった。そんな事もあって、ソフィアはシーナが神殿妃の地位から離脱する事を、当時は心の何処かで望んでいた。
だがそれも、ライリーが産まれ、更にアイラ、リリアムを出産してからは、子育てもあってそれどころではなくなり、徐々に嫉妬心は落ち着いていった。勿論シーナも、ソフィアを煽るような事はしたくなかったので、彼女もメルギドとの間に子どもが出来てからは、ソフィアの琴線に触れないよう、余り会わないようにしていたのである。身の回りの生活の方が重要になっていた上、シーナも王族と殆ど接触しなくなった事もあって、ソフィアはいつしかその嫉妬心を完全に忘れていたのである。
だが、ドノヴァンに魔薬によって洗脳された事で、心の奥底に僅かに残っていた嫉妬心が掘り起こされ、再燃してしまったのである。ソフィアの過去の心情は、総神殿内では噂になっていた話だったので、ソフィアの嫉妬心をも、ドノヴァンは利用しようと画策したのである。
ドノヴァンの目的は、リリアムを手に入れる事、そして最終的に総神殿で神殿子になる事である。彼は側室だというだけで、神殿妃になるという、今の神殿制度が気に入らない。更に彼は、性欲に塗れた今の生活を変えたくはない。だが、神殿妃ことシーナは、今の乱れた神殿内部を改革しようと目論んでいるらしい。それはドノヴァンにとって非常に不味い。自分が一番派手に、孤児院の女共に隷属の腕輪を使って好き放題やっているからだ。もし、内部調査などされてしまえば、すぐに見つかるだろう。
なら、自分がもっと上の地位になればいいと考えたドノヴァン。リリアム王女を手に入れればそれが叶うと目論んだのである。しかもリリアム王女は一目惚れした程の絶世の美女。あの女を手に入れられたら自らの欲望を全て満たす事が出来る。そう考えたドノヴァンは、普段から隷属の腕輪を仕入れていた魔族に相談した。そこで初めて、魔薬の事と洗脳の事を知り、今回の計画を思いついたのである。
魔薬の洗脳のせいで嫉妬心が再燃したソフィアは、シーナを何とかしたい。ドノヴァンは神殿子となり、今の性欲にまみれた生活を生涯続けていくためにシーナが邪魔だ。二人共シーナを陥れたいという利害は一致しているのである。
そんなソフィアに対しドノヴァンは、メルギドとライリー同様、自分の命令には逆らわないよう洗脳しつつ、協力者として、神殿妃を陥れる事を伝えていたのである。なのでソフィアは、王や王子の洗脳の状況や、婚約の進捗などを、逐一ドノヴァンに報告していたのである。慎重なドノヴァンは、計画の進捗状況を把握するため、メイ以外にももう一人味方が欲しかった。ソフィアはそれに打って付けだったのである。
要するにソフィアは、自身も洗脳されているにも拘わらず、更にメルギドやライリーの洗脳について知っていて、ドノヴァンに協力していたのである。
隷属の腕輪の件で懇意にしている魔族に、ソフィアとコンタクトを取らせ、常に状況を共有し合っていたドノヴァンとソフィア。だが、ここに来て、二人の目論見が崩れ去ってしまったのである。
二人が複雑な表情で押し黙っていると、バリーンと音がして、バルコニーのガラス戸が割れた。
「やあ。お二人さん」黒い翼を折りたたみながら入ってきたのは、魔族の幹部、ギズロットだった。
※※※
「や、やあこんばんは。どうなされましたかな?」ヒュウゥと冷たい冬の風が、割れたガラス戸から差し込んでくる。寒いはずのに、ドノヴァンはギズロットの姿を見て、汗をダラダラ掻いている。そしてソフィアは突然現れた魔族に、腕をクロスさせて自分を抱くようにして怯えた様子だ。
「あ、あの魔族は誰?」どうやらソフィアは知らないようである。ソフィアが直接やり取りしていたのは、少年のような魔族のみだから仕方ないのだが。
「王と王子の洗脳、解けたらしいじゃないか。しかも、それをやったのが、リリアム王女だってね」やれやれ、と呆れた様子で話すギズロット。
「も、もうお耳に入っていましたか」冷たい風が割れた扉からヒューヒュー入ってくる中、汗をひたすら掻きながら言葉を返すドノヴァン。
「まあね。で、どうするんだい?」返事しながら質問するギズロット。
「そ、それを、これから考えようかと」ドノヴァンの汗が止まらない。計画が失敗した事で、自分が殺されるかも知れない。怯えた表情でギズロットを見るドノヴァン。
「うーん。でも、ドノヴァン。リリアム王女と結婚するのは、もう無理だろう?」それを聞いて、スッとギズロットに近づき、ソフィアに聞こえないよう耳打ちするドノヴァン。「しかし、まだ王妃の洗脳は解けておりません」
ドノヴァンとしては、洗脳が解けていないソフィアを使って、まだ何とかしようと考えていたのだろうが、ギズロットはそうではなかった。近づいたドノヴァンに、ギズロットは直径2cm程度の紫の玉をいきなり口に放り込んだ。
「グッ! ガ、ガア!」驚いてそれを吐き出そうとするが、ドン、とギズロットがドノヴァンの背中を叩き、ゴックン、とそれを飲み込んでしまった。
「あ、ああ、ああああ……」今自分が飲み込んだ紫の玉が何か、良く知っているドノヴァン。顔が一気に青ざめ、ガタガタ震え、ガクンと床に膝を落とす。
「何故、何故……」絶望した、泣きそうな顔でギズロットを見上げるドノヴァン。
「もう要らないからだよ。君が魔物化して、ソフィア王妃はその巻き添えという事で死んで貰うよ。そうすれば、私達の事は見つからないだろうしね。ああ。君に預けていた魔薬ね、あれ回収したから」
そう言って、ギズロットが、怯えて屈んでいるソフィアに魔法で攻撃しようとした瞬間、ドンドン、と部屋の扉を強く叩く音が聞こえた。
「王妃! 王妃! ファンダルです! なにか物音が聞こえましたが!」
「チッ。思ったより動きが早いな。まさかもう兵士達が動き出しているとは。今は見つかる訳にはいかない。仕方ない。ドノヴァン。ちゃんと王妃を殺すんだぞ」徐々に理性を失いながら変化していくドノヴァンに、肩を軽くポンポンと叩いて声を掛け、急いで窓から飛び立つギズロット。
「失礼致します!」それとほぼ同時に、ファンダルが部屋に入ってきた。
※※※
「間一髪だったね」王妃の部屋からすぐ近くの森の中に降り立ちながら、ふう、と一息つくギズロット。
「ギズロット様。わざわざご自身が出向かなくとも、私が行きましたのに」その側には、少年風の魔族がいる。ギズロットを慮っているようである。
「まあ、彼とは今日で最後だったからね。餞別も含めての事だよ。それに、魔薬をドノヴァンの部屋に取りに行って貰わないといけなかったし。あの部屋の事をよく知っているのは君だからね」その言葉に、なるほど、と答える魔族の少年。
「ロゴルドからも連絡があったんだよ。勇者の洗脳は上手くいっているみたいだ」
「しかしギルバートも、まさか父親が魔物化してるなんて思わないでしょうね」王妃の部屋がある塔の上を、可哀想な人を見るような目で見上げる魔族の少年。
「まあ、あそこは、親子のようでそうでないから、大丈夫なんじゃない?」そういやメディーに戻ってくる、とか言ってたな、と、ロゴルドからの報告を思い出すギズロット。何故戻ってくるのかまでは知らないが。
「うーん。でも、計画練り直しだなあ」はあ、と深いため息をつくギズロット。それから二人は、森の中を駆けていった。
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