メイ
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「はぁ、はぁ、……追ってこないのね」
気づかれていないから? 息を切らせ急ぎ足で謁見の間を離れながら、放っておかれた事を不安に思う女性。何度も後方を振り返りながら確認するも、追手は来ない。彼女は今、一人で王城の自分の部屋に向かっている。
「もしかして、気づかれつつも放置されている? ……その可能性は考えておかないといけないわね」はぁ、はぁ、と息を切らしながら、赤い高級な絨毯が敷かれている長い廊下を、自分の部屋に向かって急ぐ女性。
そしてようやく自分の部屋に辿り着き、息を整えながら、キョロキョロ見渡して、誰もいない事を確認する。あの騒動のせいで、メイド達は自分の部屋の側にいないようだ。それを幸運に思いつつ、キィと部屋のドアを開け中に入った。
「しかしまさか、バレるとは思わなかったわ」部屋の中に置いてあったガラスの瓶からグラスに水を注ぎ、一気に飲み干す。ふう、と一息ついてから、おもむろに3cm程の小さなイヤリングを取り出した。
すぐさま反応があった。バッサバッサと羽音が聞こえ、何かが女性の部屋のバルコニーの近くに飛んできたのが、閉じているガラス製の扉越しに写って見えた。その影を確認して、バルコニーのガラス扉を開ける女性。
「こんな寒空の中、しかも急に呼び出すなんて、人使い荒いですよ」自らの体を抱くようにブルルと震えながら、文句を言う魔族の男。冬なのでファーのついた黒いコートのような物を着ているが、それでも空を飛ぶという事と、高い場所は寒いようである。そして、その魔族は、男と言っても見た目は少年のような幼い顔である。とりあえず魔族の少年は、背中の大きな翼を縮小させ小さく畳み、バルコニーの中に降り立った。
「そんな暢気な事いっている場合じゃないのよ。洗脳している事がバレてしまったのよ」寒そうな魔族の少年を気にする様子もなく、要件を話す女性。
「ええ! まさか!」目を大きく見開き、唖然とする魔族の少年。
「リリアムが陛下にホーリーリフトを唱えたの。それから更に陛下がライリーに。だから今は、既に二人共洗脳は解かれているわ」
「と、言う事は、……王女が知っていた?」ホーリーリフトを唱える理由は、隷属の腕輪の解除か、魔薬の洗脳を解く場合くらいのものである。驚愕する表情の魔族の少年に、コクリと頷く女性。
「何故かは分からないわ。とにかく、ドノヴァンにも伝えないと」真剣な顔で魔族の少年に話す女性。
「承知しました。俺がドノヴァンのところにひとっ飛び行ってきます」さっきまで文句を言っていた魔族の少年も、緊急事態だと悟ったようで、折りたたんでいた背中の黒い翼を広げ、寒空の中を急いで飛び立っていった。
「しかし、せっかく上手くいっていたというのに……」魔族の少年に要件を伝えたからか、ようやく気持ちが落ち着いた様子の女性。それと同時に、計画の失敗を改めて認識してしまう。わなわなと怒りに震え、拳を握り締める。
「ああもう! 全く! 憎たらしいったらありゃしないわ!」近くにあった花瓶を怒りのまま床に叩き落とす女性。パリンと高級そうな花瓶が音を立てて割れたのを気にする様子を見せず、血が出るのではないかと言うくらい歯ぎしりをしながら、悔しそうな顔を浮かべた。
※※※
「抜け道の存在は知っていたけれど、実際使うのは初めてだわ」ちょっと楽しそうに話すリリアム。メルギドとライリーのいた謁見の間に行った際も使った隠し通路を、今度は健人達がいる隔離の部屋に向けて、白猫と共に戻っている。ダンジョンみたいね、とちょっとテンション高そうなリリアム。ロングドレスが少し邪魔だが。
リリアムは、メルギドとライリーの洗脳を解いた後、二人に断って、白猫と共に再度隔離の部屋に戻るため、隠し通路を進んでいる。メイと話をしたいがためである。
『とりあえず急ぐにゃ』リリアムのテンションはさておき、さっさと健人の元に向かいたい白猫。そうね、と念話で返すリリアム。念話するため、白猫はリリアムに抱えられている。
そして一人と一匹が、隔離の部屋の前の廊下に辿り着くと、未だシャドウバインドに拘束されたメイと、ビーナルが神妙かつ複雑な表情で、リリアムを見た。
「? どうしたのかしら?」コテンと不思議そうに首を傾げるリリアム。
『あのさ、リリアムとの事、バレちゃった』健人が念話でリリアムの問いに答えた。
『ええ? どうして?』びっくり顔になり念話を返すリリアム。そしていきなりびっくり顔になるリリアムに驚くメイとビーナル。声が聞こえないのだから仕方ない。
『洗脳を解こうと、俺が必死に訴えかけてたのを見て、気づかれたっぽい』念話で会話しつつ、ポリポリ頭を掻く健人。
「リリアム王女殿下。お久しぶりで御座います」ビーナルとメイの二人は、当然念話の事は知らないので、びっくり顔になったり、押し黙ったりするリリアムを怪訝に思いながらも、ビーナルが変な空気になっている様子に堪りかねて、リリアムに恭しく頭を下げ、挨拶をした。
「え? あ、ああ。お久しぶりね。ビーナル大臣」健人の念話に呆気にとられていたリリアムだが、突如声を掛けられ、何とか平静を装って答える。
「「大臣?」」そしてリリアムの言葉に驚く健人とケーラ。
「あら。知らなかったの? ビーナル大臣は、ここメディー王城の、王族以外の最上位役職なのよ」文官として、だけど。と付け加え説明するリリアム。
「……偉い人だったのか」「……ボク達結構失礼な事してたかも」いきなり腕を掴んでお姫様抱っこしたり、ポーイと上空に放り投げたりしてた二人。
「私に対する不敬罪で引っ捕らえてもいいくらいの事を仕出かしたのを、ようやく理解したか」フン、と鼻にかけるビーナル。
「「すみませんでした」」そして頭を下げる二人。
「ふん! 今更もう良いわ。それよりリリアム王女殿下。このタケトという青年とは、どういうご関係ですかな?」部下のはずなのに何処と無く威圧的な雰囲気を醸し出すビーナル。柄のない眼鏡をクイっと上げながら。
「え、えーと。それより先に、メイの事よね?」サッとビーナルから視線を逸らし、メイに助けを乞うように視線を合わせる。拘束している相手にそんな視線向けるのですか? と呆れた顔になるメイ。相変わらず誤魔化すのが下手なリリアム。
そしてメイは、もう諦めた様子で、リリアムの視線を皮切りに、今回の魔薬騒動について説明を始めた。
「リリアム王女は、私が孤児院出身だという事は、ご存知ですよね?」メイの問いかけに、ええ勿論、と答え頷くリリアム。
メイの話の通り、彼女は元々孤児である。孤児院で育ち成長した彼女は、身体能力の高さを活かして、冒険者となって生計を立てていた。そして魔物討伐で名を馳せていたそんな折、約十五年程前、王城内の兵士募集の話を聞き、その試験に見事合格して、王都直属の一兵士となった。
約十五年前と言えば、人族は今以上に魔物の驚異に脅かされ、時には魔族とも諍いがあった時期である。兵士となっても、冒険者の時と変わらず、魔物討伐をしたり、魔族との小競り合いを解決したり、あちこちに駆り出されていたメイ。その都度輝かしい活躍していたメイは、女性としては珍しく、隊長にまで成り上がる事が出来たのである。
「隊長として活動していた頃、時々大神官の警護などを任されていた事もありました」
「その時に、ドノヴァンと知り合ったの?」
「……ええ。確か十一年程前だったと思います」
「……」
「……メイ?」急に押し黙り沈黙したメイを不思議そうに見るリリアムだが、その深刻な顔を見て、言い難い理由があるのだろうと察した。
「私とタケト、そしてケーラが力になるから、話してみて」言葉に詰まっている様子のメイに優しく微笑みながら、メイに近づき、頭に手を置くリリアム。そして健人とケーラに目配せした。二人も、リリアムの言葉に勿論、と頷いている。
「あなたが私に、更に王やお兄様に魔薬を仕込むなんて、きっと理由があったに違いないわ。こう見えて、私達強いのよ」ウフフといたずらっぽく、それでいて高貴な優しい微笑みを向けるリリアム。
『リリアムの様子見てたら、どうやら悪い人じゃないみたいだね』『そうだな。……脅されていたんじゃないか?』リリアムとメイの様子を見ながら、念話でやり取りする二人。
そしてリリアムが「ホーリーカッター」と唱え、光の小さい複数の刃が現れ、メイを拘束していたシャドウバインドを切り刻み、メイの拘束を解いた。その場に力なくペタンと座り込むメイ。そして少し驚いた表情で、リリアムを見上げた。まさか拘束を解かれるとは思っていなかった。
「宜しいのですか?」リリアムの行動にビーナルが驚く。二人が信頼しあっているのは知っているが、それでも王と王子に魔薬を仕込み、更にはリリアムにまで魔薬を飲ませた張本人。死刑は免れないであろう重罪人であるというのに。だが、チラっとビーナルを一瞥し、いいのよ、と頷くリリアム。
「申し訳……ありませんでした」拘束を解かれ、両手を地面につき、メイの瞳から雫が零れ落ちる。その雫がポト、ポトと地面を濡らす。
「致し方ない事情があったのね」泣いているメイを慮り、しゃがんで背中に手を当てるリリアム。
「私達は、魔薬について色々調べていたの。アクーで発見され、魔族であるケーラの協力もあって、詳細を把握しているの。今回メディーに帰ってきたのも、お父様にその報告をするためだったのよ」
「そう、だったのですか」泣きながら、言葉に詰まりつつ返事をするメイ。だから、魔薬の事、洗脳の事を知っていたのか。リリアムの説明で合点がいったメイ。
「だから、きっと力になれるわ」年上なのに、まるで子どもを労わるように、背中を撫でながら優しく声を掛けるリリアム。その優しさに、メイの涙が止まらない。嗚咽し泣き続けるメイ。その間ずっと、背中を摩るリリアム。ビーナルや健人、ケーラも、黙ってその様子を見守っている。
「……私には、娘がいるのです」そして少し落ち着いたメイが、まだ少し嗚咽しながらも、ポツリと言葉を発した。
「……え?」メイの衝撃の発言に、一瞬何を言ったか分からないと言った表情になるリリアム。確かメイは結婚していないはずだ。リリアムがアクーに発つ直前までも、ずっと侍女をやっていた間も、結婚したなどと聞いた事がない。
「お察しの通り、私は結婚しておりませんが、リリアム王女の侍女になる前に、産んだ娘がいるのです」メイはグス、と鼻を啜りながら、リリアムに顔を向け説明し始めた。
約十一年前の事、兵士隊隊長となり、日々活躍する中、大神官と神官数名がメディー内のとある領地内の村に赴くため、護衛をして欲しい、とメイに要請があった。その村では、魔族との大規模な戦いがあり、王城側としても戦況を確認したい意向があった。護衛だけならギルドを通じて冒険者に頼めばよかった神殿側なのだが、その戦いのために大勢の冒険者が出払っていて、中々護衛が見つからなかった。そんな時、王城側の都合と、神殿側の要望、双方の利害が一致し、王城側は神官の護衛を引き受けたのである。
更に、女性ながらに隊長になったメイは、総神殿が運営する孤児院出身である。縁のある神殿の大神官を警護するなら、ある程度勝手を知っている者がいいだろうとの事で、メイを含めた十人程の、王都の兵士が選抜され、護衛に当たったのである。
その護衛対象が、当時から大神官を務めていたドノヴァンと、その部下の神官数名であった。
「村へ神官達を護衛し連れて行った後、私達は部下の兵と共に村の状況を確認して周っておりました。ドノヴァン率いる神官達は、戦いで傷ついた怪我人達の治療を行っておりました。そして数日程村に滞在し、全ての業務が片付いた後、労をねぎらおうという事で、神官達と兵士達とで、酒を飲む事になったのです」
固唾を飲んで話の続きを待つ面々。
「隊長である私は、神官達の代表者であるドノヴァンの相手をさせられていました。その時、業務が片付いた事もあって気を抜いていた私も悪いのですが、酒に薬を盛られてしまい、それで……」
そこで言葉に詰まるメイ。
「……無理しなくていいのよ」そっとリリアムがメイの頬に手を当てる。リリアムの目を見つめ、ありがとうございます、とお礼を言うメイ。
その後の話は、やはりと言うか、皆の予想通りだった。メイに睡眠薬を盛ったドノヴァンは、その後性欲の限りを尽くしてメイを犯したのである。その時に、妊娠させられたとの事だった。
ガン! と突如ケーラが壁をトンファーで叩いた。「……なんてクズなんだ。神官って何で皆そんなクズなんだよ!」その紅い瞳には怒りが滲み出ている。自分の姉も同じく神官によって薬を盛られ、凌辱された。目の前にいるメイも同じ事をされていたというではないか。そしてケーラ自身も、ガジット村で神官によって同じ目に遭いそうになったのだ。
「俺もいい加減腹が立ってきた。魔族なんかより神官の方が余程酷いじゃないか」拳を握り怒りを抑えている健人。アクーの神官もそうだった。ガジット村の神官もそうだった。そしてメディーの神官も。過去魔族が人族を攻撃したから何だって言うんだ。魔族より相当クズだ。人でなしだ。
「……」一方ビーナルは、メイの話をずっと黙って聞いたまま、深刻そうな顔で何かを考えている。
そして、メイの告白を聞いたリリアムは、目から涙をこぼし、抱きついた。
「気づいてあげられなくて、ごめんなさい」そう言って涙を流すリリアム。
「そんな。リリアム王女は何も悪くないのですから、悲しまないで下さい」リリアムの優しい抱擁に、同じくメイの目からも涙が零れる。
「いいえ。これが悲しまずにいられますか。あなたは私の大切な友人。それを、そんなに苦しめていたなんて……許せない!」そしてリリアムも怒りのままバン! と床を叩いた。
ありがとうございます、とお礼を言い、そしてメイは話を続ける。
「……私は立場上、そうなった事を誰にも相談出来ませんでした。女性ながらに隊長を任されていたので、男兵士達に馬鹿にされないよう、気を張っていたのもあります。……そして私が妊娠に気づいたのは、お腹の子がある程度育ってからでした。その時にはもう、子どもを堕ろす事が難しくなっていたのです。なので、私は産むしかありませんでした。そして、私は幸か不幸か、孤児院出身でした」
結婚していないにも拘わらず、妊娠し子どもを産んだと世間にバレたら、メイ自身だけではなく、その子どもも後ろ指をさされ、しなくてもいい苦労を掛けてしまうかも知れない。本当はメイが育てたいが、父親のいない女性が子どもを育てるには、この世界の世間の目は厳しい。しかも彼女は王都直属の兵士隊隊長。不運な事に、女性ながらに目立つくらいに活躍してしまっている。
だが、メイは孤児院出身である。要する、出産を含め、産んでからも世話をしてくれるコネがあったのである。
それからメイは、お腹が大きくなって目立つ前に、兵役を引退し、無事、自分が昔お世話になった孤児院で、女の子を出産したのである。
「その子は孤児として、その孤児院で面倒を見て貰う事になりました。そしてそのすぐ後、成長されたリリアム王女の侍女として来ないかと、お誘いを頂いたのです」そう言ってチラリとビーナルを見るメイ。
「……ウオッホン! まあ、今の話は、私は初耳だったがな。仕事を探していたのは知っていたのでな」照れているのか、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめるビーナル。そしてビーナルは、この時初めて、メイが突如隊長を辞めた理由を知ったのであった。
当時リリアムが十歳になろうとしていた頃、見た目麗しくなってきた娘に、そろそろ護衛が必要だと判断したメルギドに対し、同じく女性で隊長格にまで昇り詰め、当時兵役を引退していたメイを、リリアム専属の侍女として呼び戻してはどうかと、ビーナルがメルギドに推薦したのである。メルギドもそれは良い考えだと、ビーナルの進言に賛成した。そしてメイは、その話を有難く受け入れようと思った。
だが、侍女となるのであれば、メイは子どもを産んだ事を隠しておかなければならない。父親のいない子持ちの母親を、王女の侍女として働かせるのは世間が許さないと判断され、不採用になる可能性が高いからだ。出来ればメイは、この話を受けたかった。侍女として王城で働けるのであれば、総神殿の孤児院に距離が近く、しかも冒険者と違い、安全な職場で収入も期待出来るからである。そしてメイは、娘の事を内緒にし、侍女としての所作を勉強し、リリアムが十歳の誕生日と同時に、無事専属の侍女になったのである。
それからメイは、総神殿の孤児院に子どもを預け、侍女として働きながら、足繁く孤児院に通い、積極的に世話をしていた。なので、娘を孤児院に預けていたとはいえ、殆どメイが育てたようなものである。そしてメイは、娘には自分が母親だと一切告げていないのである。
「育てていくうち、不思議なもので、あんな奴の娘でも、やはり自分の娘は可愛いもので、あの子の成長は、私の生き甲斐でもありました」
「……そうだったの。全く知らなかったわ」神妙な顔で、リリアムが呟く。
「当然です。ずっとひたすら隠し通していたのですから」そこで初めて、目を腫らしながらもニッコリ微笑むメイ。
「それで、それが何故陛下とライリー殿下を洗脳する、という事になるのだ?」未だ少し恥ずかしそうなビーナルが、メイに質問する。
「……娘を、人質に取られたのです」
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