ナリヤの告白
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「……ねえ、ナリヤ姉さん。左腕捲ってくれない?」
嫌な予感がしたケーラだが、見つけてしまったものは確認しないといけない。
「ああ」言葉少なに返事をし、気まずそうに左腕のシャツの袖を捲って、あの木の腕輪を見せるナリヤ。
「まさか……まさかまさか!」やっぱりあの腕輪だ。最愛の姉に付けられたそれを見て、明らかに狼狽えるケーラ。
「どういう事? どうして、どうして姉さんの腕にこれが? 信じられない。信じたくない!」みるみる顔が青ざめ、頭を抱えながらふるふると顔を横に振るケーラ。
この腕輪が付いているという事は、ナリヤは今、誰かの奴隷という事だ。そして、これまでの事を省みて、この腕輪を付けられた女性が、どんな目に遭っていたか知っている。
だから、ナリヤも等しく、そういう目に遭っている。その信じたくない現実を、中々受け入れられないケーラ。
「とりあえず、外して宜しいかしら?」この世の終わりのような表情で、ずっと頭を抱えたまま、動けず固まっているケーラをよそに、リリアムが真面目な顔でナリヤに確認する。
「そうして貰えると助かる」申し訳なさそうに左腕を差し出すナリヤ。
「分かったわ」そしてリリアムはホーリーリフトを唱える。パキン、と音がして、腕輪が二つに割れて外れた。
「ああ、ようやく外れた……。長かった」カランと音を立てながら、地面に落ちた、左腕から外れた腕輪を見つめながら、自然とナリヤの目から涙が溢れ、頬を伝った。そしてホッとしたのか、そのままペタンと地面に座り込んだ。
この腕輪は、受け入れたくない暴力を、強制的に受け続けていたという証拠だ。それを行っていた張本人から距離を取る事が出来たとしても、腕輪が外れていなければ本当の安心は出来ない。いつかまた、その張本人に出会うかも知れないのだから。会えばまた、あの陵辱が再び始まる。だからずっと不安だった。だが、その不安から今、ようやく開放された。その安堵のせいだろう、地面にへたり込んだまま涙が止まらないナリヤ。
そして、地面にへたり込んでいるナリヤを、ようやく我を取り戻したケーラが抱きしめた。
「ずっと苦しんでたの?」ケーラの目に再び涙が溢れてくる。先程の嬉し涙とは違う、慈しみと悲嘆の涙。
「ああ。最近モルドーに助けて貰うまではずっと、慰み者になっていた」慰み者になっていた。ナリヤから発せられたその驚愕の言葉を聞いて、今度はケーラが我慢出来ずに嗚咽しながら泣き出した。最愛の姉からの衝撃的な告白。そんな酷く辛い目に遭っていたなんて。抱きしめながら人目を憚らず号泣するケーラ。そんなケーラを抱きしめながら、同じくナリヤも、涙を流していた。
※※※
「……ギルバート?」
泣き腫らした目を真っ赤にしながら、ナリヤが発した名前を繰り返すケーラ。その名前は、偶然にも昨日、とある女の子から聞いていた名前だ。
「知ってるのか?」どうやらギルバートを知っている様子のケーラを、同じく泣き腫らした目で不思議そうに見るナリヤ。
「あの野郎!」ナリヤの問いには答えず、らしくない悪態をつきながらバン、と怒りのままに机を叩くケーラ。その表情は正に鬼の形相だ。普段優しいケーラの、怒りが抑えきれない様子に、皆沈黙してしまった。ケーラの心情を考えると、掛ける言葉が見当たらない健人とリリアム。
ナリヤとケーラの感動の対面の後、二人が落ち着いたところで、皆はこの村にある近くの食堂に入っていた。朝食がまだだったので、食事しながら、ナリヤから隷属の腕輪の事を聞いていた三人。白猫は今は健人の首襟ではなく、足元に置かれた何かの干し肉を頬張っている。
しかしまさかナリヤからも、昨日リクルから聞いた残忍な話の主人公、ギルバートの名前を聞くとは思っていなかった三人。特にケーラは、昨晩の話の内容から、ナリヤも同じような陵辱を、ギルバートから受けていた事が容易に想像できたようで、怒りが収まらない様子だ。
ナリヤによると、昨日リクルから聞いたギルバートと言う神官は、何の因果か偶然か、何とナリヤとパーティーを組んでいたそうだ。そしてある日、ギルバートに酒に誘われた際、睡眠薬で眠らされ、いつの間にか隷属の腕輪を付けられていたそうである。
そして、それから約一年ほど、ずっと性的な虐待を受けていたが、アグニに行ってからは、それから更に肉体的な虐待が始まったと、淡々とした表情でナリヤは説明した。
ずっと姉の話を聞いていて、怒りで狂いそうになっているケーラ。歯を食いしばってずっと怒りの表情のままだ。健人は、そんなケーラを落ち着かせるようと、机の下でケーラの手をずっと握っていた。リリアムはそれに気付いていたが、さすがにそれを諌めようとはしない。健人のその行動の意味が分かっているからだ。
「やたら俺を敵対視してたわけが分かりました」話が途切れたところで、健人が言葉を挟んだ。ギルバートがナリヤにやったように、ケーラに何かして拐かしたと思っていたのが、ナリヤの説明で分かった。
「タケトはそんな事しない。絶対しないよ。だからタケトの事信じて欲しい」健人が言葉を挟んだ事で、ナリヤの話が途切れた事もあり、ようやく落ち着いた表情になったケーラ。そして健人の手を離し、今度はナリヤの手を取って、目を見つめ訴えかけるように話す。
「ああ。分かってる。タケトだったな。君はあいつとは違うようだ」ケーラに手を掴まれたまま、悪かった、と健人に頭を下げるナリヤ。ケーラは世間知らずなところがあるので、騙されているだろうと思い込んでいた。だが、会ってみて、それが自分の勘違いだと分かった。
この人族の男は、リリアムを含めた三人のやり取りをずっと見ていたが大丈夫だろう。ケーラは人を見る目はある。それは姉だからこそよく知っている。そんなケーラが見初め、心底信頼している人間なら、問題ないだろう。だから、とりあえず信じる事にしたナリヤ。そもそも、同じ黒髪で黒い瞳の人族のアヤカは、悪い奴じゃなかったのだから。
「誤解が解けたならいいです」ナリヤに頭を上げるよう促す健人。済まない、と呟き頭を上げるナリヤ。
「でも、もしかしたら、そのギルバートって神官、メディーを離れる事になったから、孤児院でやっていた虐待が出来なくなって、ナリヤさんにその欲求が向かったのかも知れないですね」リクルから聞いていた孤児院の話は、既にナリヤに伝えていた。その話の内容に驚いていたナリヤだが、ギルバートならあり得るだろうと、納得もしていた。
「私はその孤児院の事は知らなかった。火事があったのは騒ぎになったので知っていたんだが」以前、アヤカが何か気になるから、ギルドにきていた調査依頼を受けたいと言っていたのを思い出したナリヤ。よくよく思い出せば、ギルバートはその調査依頼を、何とか引き受けないよう、アヤカに促していた気がする。そしてその理由が今分かった。孤児院には、ギルバートがやっていた沢山の悪行の跡が残っていたのだ。だから、ギルバートとしては、アヤカやナリヤにバレたくなくて、孤児院焼失の調査依頼を避けていたのだろう。
「実はな、更に残念な事に、私のお腹にはあいつの子どもがいるみたいなんだ」
ふと思い出したように、自虐的にフッと微かに笑いながら、下腹部を擦り言葉を発するナリヤ。元々魔族は子どもが出来にくいのだが、あれだけ何度も遠慮なく陵辱されれば出来て当然である。どこかで覚悟はしていた。だが、こうやって他人にその事を話すのは初めてである。ずっと誰にも言えなかった。言う相手さえいなかった。ずっと独りで抱えていた。
孤独に一人苦しんでいた。その事に、今改めて気付いたナリヤ。またも目から涙が溢れてきた。
「!!」そして、またもナリヤの衝撃的な告白に、目を見開き、言葉を失うケーラ。
「そんな、そんなそんな……」ふるふると首を横に振りながら、信じられないと言った様子のケーラ。相当ショックだったのだろう。それから頭を抱え、机にうつ伏せるケーラ。ウッウッと嗚咽する声が聞こえてきた。さすがにケーラが居たたまれなくなって、優しく頭を撫でる健人。
そして、ずっと退屈そうにしていた白猫だが、さすがに弟子、もといケーラの様子を見かねて、そっとケーラの膝の上に乗り、そして伝った涙を拭うかのように、頬を舐めた。
『マシロさん、ありがとう』『無理するにゃ』念話で会話する一人と一匹。
「ナリヤさん、でしたわね。そのお腹の子、どうなさるおつもり?」泣いている二人の様子を気にも留めないかのように、リリアムがナリヤに質問した。
「リリアム! どういう意味だよ!」デリケートな事なのに、不躾な聞き方をするリリアムに対し、泣いていたがそれを止め、ガバっと顔を上げて食ってかかりながら怒鳴るケーラ。
「これよ」怒りの様相のケーラを気にもせず、冷静に、あの真っ白なクリスタルを取り出すリリアム。
「……え? それ、子どもが出来ていても効果あるの?」リリアムの意図が理解出来たケーラ。一気にクールダウンする。
「分からないわ。でも、同じ事だと思うの。やってみる価値はあると思うわ。でも、ナリヤさんが産みたい、と仰るなら別だけれど」
「お腹の子には悪いが、あんな男の子どもなどお断りだ。出来れば堕ろしたい」騙され、逆らえない状態で無理やり何度も陵辱され、挙句の果てには指を折ったりした、そんなクズの子どもを産んだとしても、とても愛情を注いで育てる自信がないナリヤ。
「分かったわ。じゃあ、このクリスタルを手に握って貰えるかしら。そして、お腹の子どもがいなくなるイメージをしてみて下さる?」
「何だこのクリスタルは?」リリアムから渡され手に取った乳白色の白いクリスタルをしげしげと見るナリヤ。光属性とは明らかに違う、見た事のない色だ。
とりあえず言われた通りにやってみるナリヤ。椅子の上にあぐらをかいて下腹部を意識し、子どもがいなくなるイメージをしてみる。すると、下腹部が白く輝き出した。それから少しして、下腹部を中心に、徐々に光が収縮して消えていった。
「……分かる。分かるぞ。いなくなってる」驚いた表情のナリヤ。
「どうやら成功したようね」ホッとしたリリアム。
「ああ。どうやらそうみたいだ」魔力を注いだからか、額に汗を滲ませているナリヤ。下腹部にあったそれが、無くなったのを確かに感じている。
「しかし、このクリスタルは何なのだ? どうしてこんな事が出来る?」不思議そうな顔をしながら、リリアムにクリスタルを返すナリヤ。
「それは内緒で」若干額に汗を掻きながら、誤魔化すように小さく返事をし、クリスタルを受け取るリリアム。実は避妊するためなんて言ってしまったら、普段からこのクリスタルに大変お世話になっている事がバレてしまうかも知れない。
「とりあえず良かった」そう呟く健人だが、正直なところ複雑な気持ちだ。お腹の子には何の罪もない。この世に産まれる事が出来ず、このまま消滅してしまった命を考えると、可哀相だと思わなくもない健人。だが、産まれたからと言って、幸せにはなれないのも分かっている。誰にも望まれず産まれてくる訳でだから。そしてナリヤに対しても、暴力的に無理やり作られ、そして産んだ子どもを、愛情を注いで育てろなどと、そんな無責任な事は言えない。ナリヤが育てなかったら、捨てられて孤児になるだけだ。そもそも、人族と魔族の混血なのだから、孤児院に預けられても、虐げられる可能性がある。産まれても誰も幸せにはなれない。そう自らを納得させる健人。
「しかし何にしろ、ギルバートってやつは相当のクズ野郎だな」リクルの話とナリヤへの虐待を聞いて、さすがに健人も腹が立ってきた。元凶はこのギルバートという神官だ。神官と言うのは最低な人間をわざと集めているのだろうか? 何度も神官が原因の問題に携わっている健人。さすがに呆れてしまっている。
「もうボクは腹が立って仕方がないよ」ケーラはナリヤより怒っているかも知れない。最愛の姉をボロボロにされたのだから仕方がない。今にでもすぐギルバートを探し出して、殺しそうな勢いだ。
「私もだ。隷属の腕輪が外れた今となっては、復讐したくて仕方がない」ナリヤに関しては当然の気持ちだろう。
「皆さんの気持ちは分かるけれど、私達はまずメディーに行かないといけないわよ」ナリヤの事で頭が一杯になっていたケーラと、ギルバートの悪魔の所業に腹を立てていた健人を諌めるリリアム。
「そうだな」「分かってるよ」冷静に返す健人と、ややふてくされた様子のケーラ。
「とりあえず、ナリヤさんはどうします? 俺達これからメディーに入るんですけど」
「そうだな。ケーラに会うという目的は達成できた。次はギルバートを追いかけようかと」ギルバートへの復讐だけでなく、一緒に行動しているであろうアヤカも気になっているナリヤ。それに、アグニの入り口前の村で借りた馬を返さないといけない。
「やっぱりそうするよね。でも、とりあえずその恰好何とかしないとね。勿論ボクがお金出すよ」ケーラがニコっとしながらナリヤに話す。申し訳ない、と気まずそうにお礼を言うナリヤ。妹に恵んで貰うのが気恥ずかしかったが、ヘンが山賊から奪った男物の服装のままで、しかもお金は、これもヘンが山賊から奪ったものしかなく、そろそろ底をつきそうだった。モルドーから助けられた状況のままだったから仕方がない。恰好付けている場合ではない。
「じゃあ、ナリヤさんの身支度を整えたら、私達と共にメディーに入ったらいかがかしら? 私と一緒なら順番待ちせずにメディーに入れるわ。ケーラと離れるのも嫌でしょうし」リリアムからの有難い進言。
「何から何まですまないな」恐縮し続けているナリヤ。タケトという人族の男といい、このリリアム王女といい、思いやりのある良い人間と共にパーティーを組んでいるケーラが、実は幸せ者だったんだと、改めて気づいたナリヤ。
「ケーラ。良い人間に出会っていたんだな」そしてようやく笑顔が溢れる。
「うん! でも、これからは姉さんもきっとそうなるよ」ケーラも同じく笑顔でナリヤに返事する。ガジット村で嫌な目にもあったが、それでもタケトやリリアム、他にアクーで出会った沢山の人々は、殆ど良い人達だったケーラ。ナリヤに起こった不幸は残念だが、これからはきっといい出会いがあるだろう、そう信じて疑わないケーラだった。





