トラブルは突然に
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真白は農作業が終わった後、時間があれば森に行って動物を狩っている。動物は食料になるし、何より猫の時の本能で、狩り自体が楽しいのだ。それに人間になってからの動きにもっと慣れたかったのもある。狩るのは主にウサギや鹿やイノシシ。特に鹿やイノシシは村で作っている田畑に入りこみ、農作物を食い散らかす上、食肉としても貴重なので、村民達にも感謝されていた。ヌビル村は基本農業の村なので、村民はあまり狩りをしない。農作物を荒らすのを防ぐために罠を張る程度だ。真白みたいに自分から狩りに行く事はしないのである。
もっとも、真白の本当の目的は別のところにあった。
「確かこの辺りだったはずだにゃん」うろうろしつつ何かを探している真白。「以前健人様が襲われたところから、もっと先かにゃ?」
そう。ゴブリンを探しているのだ。しかしあれから約一ヶ月。ずっと探索しているのに中々見つからない。目と耳がいい真白でも。
「うーん。もう逃げたのかにゃー。あの時いたのは五匹だけだったにゃ。多分もっといるはずだにゃ。もしくは、あの5匹だけはぐれていたのかにゃ?」あれこれ考えながら森をひた走る。時には木の上を忍者のようにつたいながら。最初は縦横無尽にあちこち探索していたが、今日は真白と健人がこの世界に来た時に、最初にいた森を、再度探索している。
真白は健人より、ダンビルの家族の事を聞いていた。聞いた真白は怒った。とても腹が立った。猫の時にはなかった感情だった。他人の事で怒りを感じるのは、人間の特徴なのかも知れない。自分の事ではない、他人の事なのに。例えば自分の親兄弟、子どもに危機を及ぼす存在がいたら、それに対して怒りを顕にする事はあるだろうが、赤の他人で、しかも会ってそんなに日にちが経ってない他人の話を、我が事のように感じ、憤りを感じるなど、猫の時ではきっと想像もできなかったはずだ。
「報いたい、と思う気持ちも、きっと感謝の気持ちなんだろうにゃー。あ、もしかしてこれが思いやりって感情かもにゃ」独り言を言いながら、森を駆けていく真白。親切に対して報いたい。これも知らない感情だったが、大事な事だというのは今の真白にはよく分かっていた。
既にイノシシと鹿数匹狩り終わっている。それらを一旦森の入り口付近にまとめて置いてから、探索しているのである。しかしそろそろ日没が近づいてきている。これ以上奥に行くと、村に戻るのは夜遅くなってしまうかもしれない。
「仕方ないにゃ。今日はここまでかにゃ」少し残念そうに真白はいう。狩ったイノシシ達も持って帰らないといけない。そして美味しく食べないと。ダンビルさんに捌いて貰わないと。ふむ、楽しみだにゃ。そうニヨニヨしながら考えていたら、ふと後ろに気配を感じて振り返った。すると、それがいた。
「よっしゃ来たオラ~にゃー! ようやく見つけたにゃ!」レスラーみたいな掛け声で、嬉々としてそれに向かっていく。そう。それとは勿論ゴブリン達だ。ようやく見つけた。距離は10mほど離れていたが、不意をつこうとしたゴブリン達は、逆に自分達が先に見つかって、一様に驚いた表情をしている。次の瞬間、フッと真白の姿が消えたように見えたかと思うと、真白は既に正面にいたゴブリン一匹にヒザ蹴りを食らわして倒していた。声も出せず鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んでいくゴブリン。
それからすっくと立ち上がって真白は耳を使い、気配を探り、辺りを察知する。後十匹くらいはいる。一方ゴブリン達は、メスの人間で大喜びして襲おうとしたものの、さっき一匹やられた事で、相当強いと気づき、手を出せず真白の周りで動けずに様子を窺っている。
そして「グギャギャ!」と、一匹がそう声を出すと、やられたゴブリン以外、一斉に逃げていった。
「にゃんですとー?」拍子抜ける真白。まさか逃げるとは思っていなかった。こっちは倒す気満々だったし。逃げ出すゴブリンを見つつ少し呆気に取られてしまう。しかしここで逃がすとまた探すのに時間がかかる。これはチャンスだと真白は思い直し、すぐに追いかけ始めた。
ゴブリン達は真白より足が遅い。それでも人間よりは速いし、森の中なので障害物もあって思ったより距離を詰められない。「ああもう! 面倒だにゃ! 待てにゃ!」そう言いながら追いかけていくと、いきなり「ゴン!」と音がして何かにぶつかった。不意を突かれた真白が反動でひっくり返って仰向けに倒れてしまった。そしてその様子を、追いかけてきたのとは違う、ローブの様な服を着た、杖のようなものを持ったゴブリンが、岩の上から「グヒャヒャ」と怪しい笑い声を出しながら見下ろしていた。
※※※
「真白遅いな」もう既に日没だ。食いしん坊の真白が晩飯に遅れるなんておかしい。まだ森から帰ってきていないんだろうか?
「ダンビルさん、真白まだ帰ってきてませんよね?」健人が気になってダンビルに話す。
「そうだな。晩飯時にいないなんて珍しいな。迷子にでもなったか?」
元猫の真白が迷子になる事はあり得ない。あり得ないそうである。真白がそう言っていたから。「迷子になるなら路地裏とかで縄張りなんて張ってないニャー。迷子になるのは歌に出てくる子猫くらいにゃー」とか言ってたから。
真白の言う歌ってあれか? 迷子の迷子の子猫ちゃん~、の事か? ……なんでそんな歌まで知っているんだろう? と疑問に思ったからよく覚えている。とすれば、何かのトラブルに巻き込まれたのだろうか?
「ダンビルさん。ちょっと俺気になるんで森に行ってみます」
「夜の森は暗くて危険だ。俺も行く」
ありがとうございます、健人はお礼を言い、ランプやその他、万が一魔物がいる時の事を考え、武器になりそうなツルハシも持っていく。正直怖いが、そんな事言ってられない。真白が気になる。村から出ていく途中、どんな理由か敢えて聞かないが、村の入口で真白を待っていたジルムも、一緒に来てくれる事になった。
この辺りは当然、街灯などないから夜になると真っ暗だ。月明かりが明るく感じるくらいに。ランプを灯してとりあえず道を歩いて森に向かっていく。これだけ暗いと、馬も道が見えないから、馬車は使えない。急ぎ足で、でも慎重に歩いていく。しかし真白がどっちの方向へ行ったのか全くわからない。とにかくわかりやすいこの舗装された道の奥の森へ、行ってみる事にした。
「俺達は今三人しかいないし、余り奥へ行くと俺達も危険だ。この道すがら見つからなかったら、村の連中みんな集めて捜索する事も検討せねばな」
「そうっすね。しかし今日こそマシロちゃんに無視されないような楽しい話題を用意してたのに……。見つけたらこれをきっかけに、ブツブツ」
ジルムが何か言ってるが、どうせ彼の希望とか欲望とかはきっと叶わないだろうから、聞いてないふりをしておく健人。でも確かに大勢で探す方が確実だ。出来ればそうなる前に見つけ出したい。何事もないよう、真白がすぐみつかるよう、心底願う。そうして慎重に進んでいると、ジルムが「あれなんだ?」と指さした。
こんもりと小山のようなものがある。近寄ってランプをかざしてみると、うず高く重ねられたイノシシや鹿だった。「これマシロちゃんが狩ったんじゃないか? もしそうならこの近くにいるんじゃねーか?」ジルムがそう言う。それならいいんだが。
「とりあえずこの辺り探してみようぜ」そう話すジルムに同意し、ダンビルと三人で付近を捜索してみる。皆一人一つずつランプを持って、お互い離れない程度に、お互いの灯りが目視できる距離であちこち探してみる。
そうやって皆緊張しながら捜索していると、ランプの灯りに照らされた真白が、キョトンとした顔で見ていた。
「何やってるにゃん?」