男の心変わり
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「すみませんでした」
さっきの殺気はどこへやら。低頭平身に頭を下げる健人。土下座しています。さっきの激昂した様子とは打って変わって、借りてきた猫のように大人しくなっている。本物の白猫は呆れた様子で「にゃーご」と一鳴きして土下座している健人の傍らに座している。
ケーラの説明でとりあえず状況を理解した健人。そしてリリアムと白猫も一緒に聞いていて理解した。ケーラの下でうつ伏せに倒れていた神官は、今は縛って動けなくしている。まだ意識は戻っていない。ケーラを助けた男は、神官がケーラに触れる寸前、麻痺毒を矢の先につけて神官に放ち、意識を失わせたのだった。
そしてケーラに付けられた隷属の腕輪は、既にリリアムがホーリーリフトを唱え外されている。
「ここにも隷属の腕輪があったのね……」少し驚いた表情でそう呟きながら、ケーラの腕輪を外したリリアム。
「俺も以前、その魔族の子に怪我させてるから、偉そうな事は言えない。今日のはその詫びだと思ってくれ」健人が今やっている、地面に正座して頭を擦り付けて謝っている行為は、相当な謝罪だというのは雰囲気で理解した男。当然土下座と言うのは何なのか知らない。とにかく健人に立ち上がるよう促す。促され申し訳なさそうに立ち上がる健人。
「ねえ。タケト。どういう事か教えて下さらない?」よく状況を飲み込めないリリアムが健人に質問する。
「以前、ケーラと二人でアクーの市場に買い物行った時に、この人にケーラが弓で攻撃されたんだよ」
「まあ、そんな事が?」驚くリリアム。でも、それが何故?
「もしかして、リリアム王女ですか?」健人とリリアムが話している最中に、男がリリアムに気付いたようだ。
「ええ。そうです。あなたはどうして、ケーラを助けてくれたのかしら? 因みに、彼女は私の仲間ですの」
「え? まさか。リリアム王女のお仲間とは……」その事実に驚く男。
「いや、以前市場で矢を放った時は、魔族が俺の家族を奪った憎しみで、つい攻撃してしまったんです」
申し訳なさそうに頭を掻きながら正直に話した。リリアム王女の仲間に攻撃してしまった。アクーにいる時の事だが、偉い事してしまったと思った男。普通に考えたら処罰されても仕方ない。だが、その事に触れず、リリアムは男の話を黙って聞いている。
「……ですが、そこの黒髪の男と、アクーの入り口で兵士から聞いた話で、種族で括って恨むのは、なんか違うんじゃないか、ってそう思ったんです。で、ついさっき、エルフが、その子を神官に引き渡したって言ってたんで」
アクーを出る際、このケーラという魔族の女を、悪く言うどころか褒め称えていた兵士達。そして、助けた時に見たこの魔族の女は、自分の知っている恐ろしく狂暴な、まるで魔物のような魔族とは全く違った。寧ろ見惚れるような美しい女性だった。
そして男は、さっき会った兵士達がまずいと言っていた意味が分かった。この魔族はリリアム王女の仲間だ。もしその仲間に何かあったら、大事になる可能性がある。故意に殺めたり傷つけたりしたら、処罰されるかも知れない。きっとあのエルフとこの神官は、リリアム王女との関係を知らなかったから、この魔族の女に手を出してしまったのだろうが。
「で、俺がいた場所からかなり近かったんで、多分ヤバい事になってるだろうと思って、急いで走って神殿にやってきたんです」
今、皆がいるのは神殿の地下室である。ここガジット村の神殿は、建物自体普通の家と変わらない大きさと造りだが、地下室があった。何の用途に使うのかは、村民誰一人知らなかったようだが。だが、今回の件で、地下室がある理由がおおよそ分かった。この神官は、今回のように女性を脅すために使っていたのだろう。因みに、後から来た健人達は、白猫のおかげで、ケーラの居場所が分かったのである。
そして、この男がたまたま神殿の近くにいたのが幸運だった。結局この村の奥の方にある宿から来た健人達は、この男より到着が遅くなってしまった。この男の助けがなければ、下手をすれば神官が事に及んでいたかも知れない。それでも健人の能力がなければ、もっと遅くなっていただろうが。
「エルフ? エルフがなんでケーラの事知ってるんです?」男の話に出てきたエルフは一体何の関係あるのだろうか? 健人が不思議そうに男に質問する。一応エルフという種族がいる事は、以前ベルアートが貸してくれた本で知っている健人。アクーにいた頃もちらほらと見た事はある。
「そのエルフって、魔法屋の店員だったんだ。ほら、ボクが今日のお昼に、土魔法を補充するために行った魔法屋だよ」代わりにケーラが説明する。
「それがなんで?」確かにケーラが魔法屋に行くと言っていたが?
「……そのエルフさん、そこの神官に隷属の契約させられてたみたいなんだ。で、ボクを身代わりにして、隷属の契約を解除して貰ったみたい」複雑な面持ちで話すケーラ。
「え? そのエルフも隷属の契約をされていたの?」リリアムがそこで声を上げた。
「そうなんだよ」ケーラが答える。リリアム同様、事の重大さを理解している様子。
ケーラに付けられていた隷属の腕輪だけでなく、一つじゃなく二つもあったとは。リリアムが驚きケーラがそれに同意している理由は、ここガジット村にも隷属の腕輪があった事である。そもそも、隷属の腕輪は珍しい物なのだ。アクーで隷属の腕輪をしている神官見習いや孤児達が沢山いたのは、神官と繋がっている魔族がいたからで、魔族自身が魔薬の実験のため大量に必要だったから。本来普通に出回っている物ではない。
「じゃあ、そのエルフも共犯なんだな」
「……そうだね。でも、元凶はそこの神官だね」憎しみの籠った目でチラリと神官を見るケーラ。本当は思い切りぶん殴りたい、蹴りを入れたいが、今それをしたところで憂さ晴らしにもなりはしない。気絶しているので反応ないだろうし。
「どちらにしても、そのエルフも探し出した方がいいな」
「ああ。それは大丈夫だ。さっき表にいた兵士が留置場に連行していったからな」
「そうなんですか。あの、ケーラを助けてくれてありがとうございます」男からの説明を聞き、これからエルフを探す必要がない事に安堵し、そして改めて男に向き直り、深く頭を下げ、お礼を言う健人。
「私からも、仲間を救ってくれて、感謝致します。以前ケーラを襲った件は、彼女が許すならお気になさらず」リリアムも同じく向き直り、頭を下げた。
「前の件、ボクはもういいよ。今回助けてくれた事の方が大きいから。改めてありがとうございます」ケーラも白い服を羽織ったまま、頭を下げる。
「にゃにゃにゃにゃにゃー」ついでに白猫も。頭を下げていないが、お礼っぽい鳴き声。ありがとにゃー、と聞こえなくもない。
「いやいや。王女に頭下げられるなんて」そう言って申し訳なさそうに頭を掻く男。以前ケーラを襲った件は不問になった事も安心したようだ。
そして、そこで気を張っていたケーラが、ようやく気持ちが落ち着いたのか、我慢できずに健人にギュッと抱きつき、そして泣き出した。
「ヒック。ヒック。タケト、怖かった」
健人の胸に頭を預け、シクシク泣くケーラ。それを優しく頭を撫で、受け入れる健人。
「ボク、タケト以外の人に、裸見られちゃった」グスグス言いながら泣き続けるケーラ。それを傍らで見ながら、本当にただの普通の女の子なんだ、と改めて感じる男。そして、このタケトと呼ばれる男は、どうやら彼氏らしいが、こんな美女が彼女なのかと、結構羨ましいと思っていたりもする。
「すまなかったな。守ってやれなくて」心の奥底から後悔している健人。悔しそうな、申し訳なさそうな表情。俺はこの子を守ると決めたはずなのに。愛おしそうに頭を撫で、それからケーラを強く抱きしめる。
「ううん。こうやって来てくれた。それだけでも嬉しいよ」その強い抱擁がとても嬉しいケーラ。少し痛いが、それでも優しくて温かい思いやりを感じる。
そして、裸を見られた、とケーラが言ったのを聞いた男が申し訳なさそうにしている。
「あの、その、すまない。俺はその……」
「あなたは、そうね。眼福だとでも思っていればいいんじゃないかしら?」フフ、といたずらっぽく笑うリリアム。普段ならケーラと健人のそんな様子に嫉妬心満開で対抗するリリアムだが、さすがに今は二人の世界を邪魔するような野暮な事はしない。手がワキワキしているのは抑えられないようだが。
そうだった。この男の人にもじっくり見られたんだった。改めてそれを思い出し、急に顔が赤くなるケーラだった。





